最近のトラックバック

カテゴリー

2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

災害情報サイト・地震・台風など

行政の防災情報

無料ブログはココログ

市民サイドの防災情報

フォト

ついに総括連合赤軍と新自由主義について

2026年10月 5日 (月)

ゆるく政治や社会を考えよう

 


 


 いい加減に、ゆるく「政治」を考えてもいいのではないかと思う。左翼や右翼などの分類や、親米や反米、親中や反中の分類などは無意味であると思う。


 


 今の天皇制はあってもいいし、政治権力とは隔離されていて、明仁上皇が天皇時代(平成の30年)は、平和の鎮魂と戦没者の慰霊を淡々とされていました。現在の天皇夫妻の娘である愛子さんは、知性的で高い能力があります。何より両親から平和に対する思いも引き継がれています。


 


 天皇制が「万世一系」だとか「男系継承」という理屈は日本以外の王族には通用しません。皇室典範の改悪は「愛子天皇阻止」が目的ではないかと思いますね。王室を存続させたいのなら女子にも王位継承を認めない限りは無理であると思いますね。


 


 敗戦を認めない(歴然とした無残な敗戦)なのに歴史修正主義の世界観で、外交は仕切れないし、内弁慶的な歴史観では、近隣諸国との善隣友好も難しい。
 
 右翼でも左翼でもいいが、「異論」を冷静に聴講し、きちんと反論し、対話ができ、どこかで「おりあい」がつけられる政治的な対話をしてほしいと思います。暴力で一方的に異論を排除し、押さえつけるやり方は間違いだし、政治に対する不信が積み増されるだけだからです。

2026年8月27日 (木)

新左翼・過激派全書を読んで

s-DSCN8723
 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」(有坂賢吾・著・作品社・2014年刊)を図書館で借り、2週間の貸し出し期限内に読み切りました。

 著者の有坂賢吾氏は、なんと1991年生まれとか。35歳である。私の子どもたちより若いひとです。運動の実体験者でないので、客観的に根気強く新左翼のセクト(党派)の機関紙などを収集し、分類できたのであろうと推論します。

 私の場合は1968年(中学3年)時から、1976年(大学4年)まで、新左翼運動、社会運動から、多大な影響を受けてきました。田舎町の中学生・高校生は、当時の社会運動の渦の外周にいて、1番楽しいはずの「青春時代」のはずが、高校は卒業できなくなり、大学はまともに学校へ行けなくなり、情けない時代を過ごしました。
s-herumextuto
 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」を一読して、当時の学生時代に関わりのあったセクトのいくつかは登場しています。書いてある主張や、組織の規約を読みましたが、「共感」できる主張は全くありませんでした。じつにつまらないし、全く共感を覚えません。

 特に違和感を感じた部分は「党組織論」について書いている個所でした。

どこのセクトとは申し上げませんが、以下のような記述がありました。

「同盟員の基本条件

〇同盟員はマルクス・レーニン主義を学び、その創造的発展のためにたたかわあにといけない。

〇同盟員は個人生活を同盟の政治生活に従属させなければならない。

〇同盟員はいかなる場合にも同盟の決定を無条件に実行しなければならない。

   中略

 同盟員の組織原則と組織構成

〇同盟の組織原則は民主集中制である。

〇同盟の下級機関は、上級機関の決定に従わなければならない。

〇指導機関に対して自分の意見を述べることができるが、いかなる場合でも、決定には無条件に従い、実行されなければならない。」

 いくつかの主義主張の異なる新左翼のセクトの規約を複数散見しましたが、「似たり寄ったり」の規約でした。

 私見ですが「マルクス・レーニン主義」という表現や考え方がそもそも間違っている。最近のマルクス研究によれば、カール・マルクス自身は「おおらかな」党運営体制を目指していたという学識者もいます。
s-092660c3
「マルクス・リバイバル」(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・佐々木隆治・監訳)を最近読みました。

そこには「神格化」されたマルクス像ではなく、おおらかなマルクスがえががれています。

「もし共産主義がより高度な社会の形をめざすのであれば、「各人の完全で自由な発展」のための条件を促進させなければならない。
 そのためには共産主義を、多くの「共産主義国家」が、そのプロパガンダにおいて掲げてきた「プロレタリアート独裁」と等置する代わりに、「自由な人間たちのアソーシェーション」というマルクスの言う共産主義社会の定義を再検討する必要がある。」(序章P3)

「1人の自由な発展が、万人の発展となりうる新しい共同体づくり」です。レーニン主義の(スターリン主義)の「1人は万人のために、万人は1人のために」という矮小化された党幹部独裁主義(民主集中制)という仕組みが全世界で共産主義や社会主義を矮小化させ、堕落させてしまった思います。
s-asamasansou
 日本社会でいえば旧社会党や共産党、それらの既成政党を旧左翼として批判してきた新左翼セクトもやはり組織特性は「独裁的」でした。70年代は「連合赤軍事件」や「凄惨なセクト同士の内ゲバ殺人」を繰り返し信頼を失い消滅しました。

 最近読んだ著作では「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。

 重信房子さんは歴史の証人の1人です。1965年頃の明治大学2部での学生運動へのかかわりや、神田カルチェラタンの楽しさ、社学同から赤軍派への関り、1971年に中東レバノンに移動、30年おられました。日本に帰国後逮捕され、22年間獄中生活されました。運動論の誤り、方針の誤りも率直に認められています。
s-5168223b (1)
 重信房子さんお「手記」からすれば、「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」は、無味乾燥な記録です。運動体験のない、若い人が「記録」して新左翼の運動を表記したことに価値がありますね。

 私の感想ですが、いまはどの新左翼のセクトにも共感はありません。「50年前はどうしてこんなレベルの低い、自由度のない新左翼セクトに影響を受けていたのだろうと思いました。」馬鹿でしたね。世間知らずでした。

 後年30歳代になり、人から勧められてJC(青年会議所)に入会し、9年間活動したことがあります。自由度の高い組織体でしたので、当時は「都市再開発セミナ-」を3年間運営した事がありました。市民参加の概念は、アメリカの市民社会が先進的であることに衝撃を受けました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-b2b5.html
(「都市開発を考えるを」再読して)2010年

 当時の教本は「都市開発を考える アメリカと日本」(大野輝之・レイコ・ハべ・エバンス・著・岩波新書・1992年刊)でした、その中に「市民参加の梯子段」というアメリカの社会学者シェリー・アーンステインの定義がありました。

「アーンスティンによると、住民の参加とは住民に権力を与えることだという。また権力のともなわない「参加」はなきに等しいともいう。
s-siminsankahisigodan8dankaishin
 住民が住みたいと思い、こうあるべきだと考え都市を創っていくという目標を実行する力が与えられている、ということが真に「住民参加」のある都市づくりだというわけである。このような住民の力(権力)の度合いを大雑把にいって8段階に分類して説明しようとしたのが、アーンステインの「参加の梯子」である。

 最も最上段の住民権力が最強で、住民がコントロールを握ってその目標を果たしえる状態である。反対に、最下段は住民は都市づくりに対する彼らの目標を果たすに必要な権力は何一つ与えられない状態である。

 権力者たちが世論操作として、意味を曲解したまま「住民参加」とか、たとえば、すでに権力者側が決定した事項を黙認する役割しかない形だけの諮問委員会に、住民を任命することである。(形式的参加機会増大)

 引用が長くなりましたが、地方権力を掌握することこそが、真の住民参加なのです。そうした問題意識はこと高知市や高知県の役人も市民も皆無です。

 新左翼を含めた左翼勢力が衰退した原因は、「党組織が民主化していない」ことに尽きるのではないかと思います。いくらマルクスの思想が魅力的であっても、それを現実の社会で実現するための運動体やセクトが閉鎖的であり、独裁的であり、市民参加の要素を排除した形態であったので、社会から淘汰されたのではないかと私は思います。

 馬鹿な私がこう考えることになるのに「58年間」かかりました。

2026年8月12日 (水)

「獄に暮らせば」を読んで

s-DSCN8211
「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。率直な感想は、「重信房子さんは21年7か月の獄中生活をよくぞ生き抜いた。」と思いました。

 2000年11月8日に逮捕され、2022年5月27日に刑期満了で出所するまで21年7か月の獄中生活は、山あり谷ありであったことが読んでいて理解できました。わたしは3つの視点から注目しました。
s-DSCN8212
①獄中生活の詳細が克明に書かれていました。

 獄中生活の生活リズムは、特異です。制約だらけであり。拘置所時代と、刑務所時代とでは異なっています。

「獄の一日 2001年9月1日。

 平日は7時に起床のチャイムが鳴るが、今日は休日なので、7時30分にチャイム。(中略)

 寝床を畳んで、定位置に置き、掃除。平日は洗濯をこの時間に行い、干すものは刑務官補助員を補助する懲役労働の人が受け取りに来るが、休日は職員、職員補助の懲役の人の労働がほぼストップするので、自房に干せる小物を洗濯。(中略)

 7時50分に点呼。順番に、自分の房の前に職員が来たら東京拘置所入所の際に決められた番号を答える。名前は存在しない。(中略)
 8時の朝食は、マグロのフレークと、焼き海苔、味噌汁。今日の味噌汁は、なすの味が少々。15分後位、食べ終わる頃に残飯を弁当箱に入れて窓口に置いておくと、回収していく。(中略)

 9時からラジオ番組が流れ出す。9時45分に室内体操の放送が流れる。部屋の掃除をされている。11時30分ころ昼食。今日の昼の献立は、すき焼き風牛肉入りスープ、辛く煮た肉じゃが風ポテト。コーヒー、ビスケット5枚。

 4時過ぎに夕食。献立は、とろみ味あんかけ肉と野菜、コンソメスープ。ザーサイ。
 4時40分夕方の点呼。5時からラジオ放送が始まる。

 9時チャイムが鳴って減灯。消灯はないが暗くなる。大体11時過ぎに床につく。」(P60)
s-DSCN8213
 重信房子さんは淡々と拘置所生活、刑務所生活の日常を記述しています。その間に裁判があり、2010年に最高裁判決が確定し(控訴は棄却)され、2010年8月5日に判決が確定。受刑者となり刑務所に移管されました。拘置所から刑務所に代わっても獄中生活は克明に記述されています。

 人権無視の身勝手な刑務所のルールなどを、留置場や刑務所の受刑囚同志団結し、待遇改善を文章化し要求し、待遇改善につなげた事例がいくつも紹介されていました。

 重信房子さんが逮捕された時も「私は何も悪いことはしていない。」という信念で顔を上げ、手錠を掲げてサムアップされていたそうです。(サムアップ(Thumbs up)とは、握ったこぶしから親指を上に立てるジェスチャーのことです。英語圏や日本など世界中で「いいね」「賛成」「了解(OK)」という意味の肯定的なサインとして使われています。

 警視庁留置所に後から入ってきた中国人が「テレビでサムアップした人だ。」ということで同房者同士が「連携」したようです。街宣車で応援演説していたのは右翼民族派で「重信房子は正義だ!頑張れ重信房子!」と拘置所の外で言っていたとか。

 ラジオ体操の時間では、ラジオ体操のふりを知らない中国やベトナム人や日本人もいるので、教えあいながら情報交換をしていました。フレンドリーな姿勢は、21年7か月の獄中生活が無駄ではありませんでした。その後2022年5月28日に刑期満了集会に現れた一人は「昭島の獄で重信さんと友達になりました。重信さんから薬を辞めなさいと言われました。もうわたしは薬を辞めました。今は福祉施設で働いています。重信さん生きて出てこれてよかった。」(P322)」と発言し大きな拍手で皆が称えました。

②癌の手術や闘病生活は凄まじい。よくぞ生き抜いたと思います。

 大腸がん(数か所以上)、小腸がん、卵巣がん、子宮がんなどがあり,開腹手術、カテーテル手術も9回以上行われていて、抗がん剤の服薬もあり、手術に家族が付き添うこともかなわず、1人で耐え抜きました。刑務所の中で生き抜いたことは凄いとしか言いようがありま
 またコロナの時代も生き抜かれました。癌の手術も過酷な条件で移動が強いられ、命がけであったことも理解できました。2008年に癌が発見され、手術を繰り返し、刑期満了で生きて出所したことは素晴らしいです。

「突如、1月27日。大阪医療刑務所(大阪府堺市堺区泥町8の80)に移されました。2月3日に大腸癌2か所の手術を行うことにました。(中略)

 1月26日夕食後、外部との連絡が取れない時刻に突然、「すべての荷物持ち出し」を命じられました。(中略)医務担当係が現れて、以下の4点を通告しました。

第一に、あす他の刑事施設へ移動する。どこか?の質問に答えられない。第二に、手術に関しての一切は行き先で指示する。第三に、すでに東拘で、行った検査も含めて追加の検査を含めて追加の検査も含めて追加の検査を行う必要がある。第四に、感染症を避けるため、一時的に人工肛門をつける可能性がある。(中略)
s-DSCN8214
 バスに乗る寸前に「高等検察庁の命令によって、大阪医療刑務所に移動する」ことになりました。手術は成功し大腸癌の2か所の摘出と、小腸の癌の摘出をしました。

 その後8回も癌の手術しています。重信さんの身体にも大変な負担でありました。著作を読むと医療刑務所の医師たちは皆優秀で腕利きでした。重信さんの身体も癌に負けず元気で獄中の22年を耐えました。

③活動履歴の総括と反省、再出発について

 重信房子さんの存在は、日本の学生運動の高揚と限界、新左翼要は運動の高揚と限界、崩壊の歴史をご自身の身をもって体験されています。
重信房子がいた時代
 学生運動の体験者の多くは「若き日の良き思い出」として語られる繰り言が大半ですが、重信房子さんは、社学同から第2ブント(共産主義者同盟)の勃興と分裂、赤軍派の結成への参加と分裂と対立。連合赤軍への違和感の表明。「昔の思い出話」ではなく、常に「今の日本社会をどうするのか」「私たちは何を獲得し、何を失い。何を間違ったのか」を率直に今なお語られていることに注目していました。

 今回の著作では逮捕後の獄中生活22年の詳細な記録と、獄中にいた2008年からの壮絶な癌との闘病の記録も読みごたえがありました。社会運動への言及も記述は少ないものの、きちんと書かれていました。

「獄中記では、日本の60年代の学生運動のうねりの中から、その1人として等身大の姿の日々を記しています。」(P12 逮捕から裁判へ)

「70年代の私たち「日本赤軍」の戦いによって、不本意ながら巻き添えにし、被害を与えてしまったすべての方々に、深くお詫びします。
 70年代当時は、武装闘争が盛んに闘われてきました。当時アラブに結集し始めた私たち、のちの日本赤軍は、パレスティナに連帯し、解放運動の一翼を担っていました。武装闘争をもって、連帯することが、最高の連帯と考えていました。当時の条件の中で、パレスティナの解放の戦いに連帯したことを、今も誇りとしています。
s-DSCN8216
 しかし同時に、自らの能力や力量不足を補う方法として、「人質作戦」などの形態をとって戦いました。こうしたありかたは、直接当事者ではない人々を戦いに巻き込み、精神的、肉体的苦痛を与えてしまいました。
 この最終意見陳述の機会に、再びお詫び申し上げます。」(P51被告人の意見陳述)

「当時は、国内の武装闘争(今から考えれば、とても武装闘争と言えるものではなく、大菩薩峠闘争とか、逮捕されて当然の稚拙な在り方でした)の行き詰まりから、やはり武装闘争を国際的に成功させているパレスティナの戦いに幻想をもっていました。そうした「青い鳥」を探すような主体状況で、パレスティナ解放運動の生死を問われる戦争の中にさんかしました。

 時代の勢いもあり、私がアラブに渡った当時は、日本も連合赤軍事件前で、まだ左翼運動は負けつつも闘い続けていました。ベトナム解放の戦いも勝利的に前進していました。そうの戦いに貢献できることは、ボランティアとして何でもしようという思いからすたーとしました。

 その中に、政治も軍事もありました。パレスティナ解放の戦いをともにし、かつパレスティナで受け入れられた力をバネに、日本の変革も関わっているつもりで、後先を考えず(戦略的に考えず)闘ったと言えます。その結果としてイスラエル史観を土台とする西洋の警察・メディアからはテロリストと言われています。(中略)
53c75d8f
 わたしたちは、国内の連合赤軍事件に悲しみ、怒りつつ、しかし鉛のような敗北感のある日本社会ではなく闘いの中で解放される海外の世界にいました。
 その分、私はPFLPやパレスティナ革命の正義性に身を寄せて、日本の国内の戦い方をだめだなあと、外在的にしか見ていなかった。またなすすべがなかったと言えると思います。」(P65 誰がテロリストなのか)

「ぼんやりと69年の7月6日事件(当時ブント内フラクションだった赤軍派がブント指導部を暴力攻撃して赤軍派誕生のきっかけになった事件)(中略)

 なんであんな戦い方しかできなかったのか?社会運動や変革の可能性を摘み取ってしまったような、私たちの戦いの稚拙さをあれこれ思い巡っていました。」(P147)

 私の記憶が正しいければ当時のブントの議長はさらぎ氏でした。明治大学泉校舎で赤軍派が一方的に暴行した事件であったと思います。党内議論せず暴力で反対派を排除したレーニンの真似をしたと思われます。

 刑務所の待遇改善や、賃金の安さでは出所後の生活がなりたたない。また健康保険の対象ではないこともおかしいと指摘されています。

 とぎれとぎれでしたが読み切りました。引用し、紹介した文章はごく一部でしたが感動しました。この50年間の私個人のテーマであった「連合赤軍と新自由主義の総括」もなんとかできそうに思えるようになりました。重信房子さんに感謝です。
6de25a7b

2026年7月27日 (月)

「マルクス・リバイバル」を読んで

s-725817123_2534182973696371_7330364963618523487_n
 図書館で「マルクス・リバイバル・キーワードと新解釈』(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・監訳、佐々木隆治・監訳・2025年刊・地平社)をようやく読み切りました。2週間の貸し出し期限では読み切れず、リクエストががないことを図書館で確認し3回貸し出しを延長してようやく読みました。


 


 驚いたのは590ページもある書籍。編著者は1976年生まれの社会学教授。50歳。
監訳者は39歳と52歳の大学教授。私の大学入学当時も「初期マルクス」の研究が日本で盛んでした。もう53年も前のことです。


 


 マルクスの初期の著作と言えば「へ―ゲル法哲学批判」「ドイツ・イデオロギー」「フォイエル・バッハ論」「経済学・哲学草稿」「哲学の貧困」「フランスの内乱」「共産党宣言」などでした。
s-727345387_2534182983696370_4503317353856359901_n
 マルクスの巨大な概念構築のために、大陸の哲学や社会思想の読みこなし、後年イギリスへ渡ってから、当時の産業先進国のイギリスの経済学を丹念に分析し、資本論研究につながっていきました。


 


 その程度のことは、学生時代に「現代の理論社」等の雑誌などで読んでいました。しかし当時の日本の社会は「連合赤軍事件」(1972年2月)、早稲田大学での川口大三郎さんのリンチ殺人事件(1072年11月)のあとの新左翼セクト同士の際現のない内ゲバ殺人の連鎖が無限に継続する暗黒の時代が続きました。


 


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html (連合赤軍と新自由主義の総括)


 


 田舎育ちの「早熟な政治少年」は、連合赤軍や内ゲバ殺人の巨大な渦の外周をぐるぐる回されて「50年間も」暗闇のトンネルに閉じ込められてうじうじしていました。転機は2024年に「重信房子のいた時代:(油井りょう子・著・絶版)と「彼は早稲田で死んだ」( 樋田毅・著・文藝春秋刊)を精読して、50年の呪縛から解放されました。
s-749315061_2561751470939521_856202938632328353_n
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-b83a12.html (「重信房子がいた時代」を読んで)


 


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-a3dfc5.html (「彼は早稲田で死んだ」を読んで)


 


 自分が50年暗いトンネルの中にいた時代に生まれた若い学者(子供世代の知識人たち)が「マルクス・リバイバル」なる新しい概念でのマルクス像を提示していました。


 


 マルクスの概念に従い22の項目別に記述があります。
「資本主義」「共産主義」「民主主義」「プロレタリアート」「階級闘争」「政治組織」「革命」「労働」「資本と時間制」「エコロジー」「ジェンダー平等」「ナショナリズム」「移住」「植民地主義」「国家」「グローバル化」「戦争と国際関係」「宗教」「教育」「芸術」「テクノロジーと科学」「マルクス主義」でした。従来型のマルクス研究ではとりあげないテーマで学識者がコメントをしています。


 


 マルクスの著作をもとに、現代社会を各著者なりに「アップデート」して書いてありました。わからん項目が大半でしたが、読みごたえがありました。


 


 


 私は真面目にマルクスの著作(資本論など)を読み込んでいませんので、的外れな感想ですが、これはと思う部位を書きました。学生時代は「連合赤軍」と「内ゲバ殺人」の悪影響を強く受けた人間です。ほとんどの人達が無関心な問題でしょうが、50年間もうじうじと悩んでいましたから猶更です。22項のうち「政治組織」の問題が最も関心がありました。


 


 「政治組織」(ピーター・ヒューディス)(P175)


 


「マルクスの組織概念の基礎は、早くも1843年にはすでに見ることができる。」(P175)


 


「レーニンはマルクス主義の歴史の中で立場を確立したが、彼の組織概念(中略)は、とりわけ大衆に代わって権力を独占する一党独裁主義国家を推し進めて点で、きわめて自滅的なものであった。(中略)
s-カールマルクス関連本 001
 労働者階級ではなく、労働者階級の名において支配すると訴える知的エリートに指導された単一の政党による権力の独占が、ソ連やその他のスターリン主義国家において、歴史のおける最も抑圧的な体制を準備した。」(P195)


 


「カール・マルクスは、生涯を通して革命組織に積極的に関与し、そこに参画しながら彼がどのような寄与をしたのかは、彼の数多の仕事の中でも最も議論されてこなかった問題の一つである。」(P175)


 


「一世紀が経ってみて、理論と実践の切り離しがどれだけの存在がもたらしたかは、いまや明らかである。いまこそ、マルクスの「政治的な」貢献、つまりは政治組織への貢献を再検討するときである。」(P196)


 


 マルクスの生存中に「プロレタリアートの党は、職業革命家たちに小さな集合からなされなければならないというブランキの見解を認めませんでした。


 


 しかしマルクスの没後には、マルクスの概念とは別物の党組織論が台頭し、大衆に代わり権力を独占する一党独裁国家を推し進めた点ではレーニンの間違い、スターリンの犯罪性は明らかです。マルクスの組織論概念とは別物でした。


 


 わたしが覚えているマルクスの概念は「1人の自由な発展が万人の発展となりうる新しい共同体(組織)」でした。


 


 一党独裁的な政党やセクトなどが、いくらマルクスの考え方の素晴らしさ、ユニークさを説いても、実現すべき党組織が個人の尊厳を限りなく無視する独裁政党故に何の説得力もありません。世界の多くで「いわゆる左翼政党」が退潮していますが。組織論がまちがっているから大衆は、見抜いて支持をしないと思われます。多くの既成左翼は気がついていないようですね。
s-746693787_2561751484272853_4627698555763922592_ns-749270072_2561751547606180_5189605468650914964_n


 

2026年7月22日 (水)

「りんごの木の下であなたを産もうと決めた」を読んで

6de25a7b
 以前今は絶版になっていいる 「重信房子がいた時代」(油井りょう子・著・世界書院刊)を読みました。2024年のことで、友人が貸してくれました。著者の油井涼子さんは、明治大学2部で重信房子さんの同級生。1967年から68年頃の2年ぐらいの付き合いでしたが、明治大学での学園闘争や文学サークルでの付き合いや、「神田カルチェラタン」で一緒に道路に机を一緒に出して一時的に封鎖したとか、楽し気に重信房子さんとの行動を書かれていました。

 一読して。重信房子さんは、「普通の生活者感覚のある人」「1960年代後半から1970年代初頭の激動の時代の渦の中にいた人ですし、著者の油井さんは、重信房子さんの生い立ちから家庭環境、学生生活も丹念に描いていますので、人物像がわかりました。

 そんなことで、とにかく私が高校を留年した1971年2月に引き起こされた「連合赤軍・あさま山荘事件」と1972年11月に「早稲田大学構内で革マル派による一般学生川口大三郎さんへのリンチ殺人事件」から連なる際限のない内ゲバ殺人抗争が激化し、日本社会から「社会運動」「政治闘争」が、2つの「ブラックホール」に吸い込まれ消滅しました。

 私個人は「連合赤軍」や「内ゲバセクト」の渦の渦中にいたわけではなく、大きな影響(悪影響)を受けた渦の外周に居ただけの人間です。ですが渦巻は渦の外周ほど高速で回転します。強い悪影響を受けながら、鬱鬱とこだわり続け、貧弱な頭脳で1972年から52年間考え続けてきました。

 考えたことは、「なぜ日本の新左翼セクトは仲間殺しをし、セクト同士で連携することなく、殺し合いを際限なくするのだろうか?

 個人ブログで「連合赤軍と新自由主義の総括」なるタイトルをつけ、20年以上前から考え続けてきました。なかなか解決しませんでした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html
(連合赤軍と新自由主義の総括)

 それで今回重信房子さんの著作を直接読んでみることにしました。
s-DSCN7626
「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」(重信房子・著・2001年・幻冬舎刊)その1を読んでの読書感想文を書いていました。

 最終ページにこう書いてありました。

「本書は重信房子本人が、娘メイの国籍取得のために出生届を提出した2000年12月26日から、法務局戸籍係が警視庁に真実出生の有無を確認するための接見をに赴いた2001年3月1日までの間、警視庁留置場で書き続けた法務局宛の上申書である。」とのことです。
s-DSCN7625
 昭和20年生まれの重信房子さん。ご自身の生い立ち、家庭環境、家族関係や高校卒業後キッコーマンに入社し、明治大学2部学生になり、学年集会に参加し、学生運動に参加。街頭闘争にも参加しますが、持ち場は常に「救対」。でもで傷ついた学生たちを病院へ運ぶ役割。

 ご自身の生い立ちから、成人し学生運動し、党派ともかかわり、赤軍派内部の分裂から、パレスティナに渡り、独自の活動を展開、最大の展開は「リッダ空港襲撃事件」でした。ペレスティナアラブ社会での英雄になりましたが、日本ほかの諸国では「テロリスト(人殺し)」の評価でした。

 「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」という本は、娘のメイさんに対して、ご自身の生い立ち、社会運動へのかかわり、パレスティナとのかかわりを語っています。

「アメリカのベトナムでの侵略に反対し、社会正義を求め、」公正な市民社会を求め闘ったことです。日本の私たちの失敗は、当時ごくわずかな人しか、社会運動に-人民の中に帰らなかったことです。
s-DSCN7627
そして”軍事”や”武装”による解決策を万能薬として求めるという焦りや、稚拙さから現実に立ち向かう術(すべ)を、物や技術に求めたのです。武装蜂起することがすべての目的になってしまいました。戦術が目的になって、人々の心を縛りました。  

その結果”武装”とか”軍事”とか言わないことは日和見主義だとされる時代をつくります。これらは、ブント(第二次)という組織自体が内包し、赤軍派によって拡大した間違った「攻撃型階級闘争論」によって、日本の左翼運動全体に影響を与えました。連合赤軍の誤りも、赤軍派のこうした誤りの結果と言えます。」と虚心坦懐に振り返ってろられます。

 わたしは社会運動の外周にいただけですが、重信房子さんは、結果的に運動の渦の中心におられた人の言葉故に説得力があります。

「30年以上前に、私たちは敗北したのです。
でもその敗北が、元気のない日本をつくっているように思います。”68年世代”が復権し、あなたたちと、歴史を楽しく語れる時が来ると信じています。
 母さんたちの世代は、運動の高揚に図に乗りすぎ、人々の社会を変えようという力に真実を求めず、自分たちがどう戦うかに夢中でした。
s-DSCN7628
 そして常に社会を変えようと言いながら、対象・他者を批判するだけで、自己を祈願みる視座をもっていませんでした。外因のせいにしながら、敗北と失敗を、それと認めずに,想いだけが水膨れのように膨れていきました。
 そうしたことを、当時を振り返りながら反省し、70年代後半に闘いを転換しました。
「自分を変えることなしに、世の中を変え得ない!」
 この言葉が私たち自身の70年代の教訓になって、今も私たちに“粋がり”を戒めさせます。」(P71日本では運動の高揚に図に乗りすぎた)

 重信房子さんは1971年に少数の仲間と一緒にレバノンに行きます。はじめは義勇兵としてパレスティナ解放戦線(PFLP)として活動を始めました。そして1972年5月30日、イスラエルのテレアビブで空港襲撃を3人の日本人が参加(奥平・安田・岡本)しました。

 パレスティナ・アラブ世界では「英雄」になりましたが、イスラエルからは暗殺の対象になりました。連れ合いとなった奥平剛士さんは銃撃戦で亡くなり、翌年メイさんが生まれました。

 1982年にイスラエル軍がベイルートに侵攻し、レバノンに住めなくなり、パレスティナに移動し、子育てしていたそうです。1990年にソ連と東欧諸国が崩壊し、アラブ社会への支援が細りました。2020年に日本に潜伏していた重信房子さんは逮捕され、懲役20年が確定しました。

 獄中に収監され始めた当初に書籍を書かれたようです。当時はメイさんはパレスティナにおられました。懲役20年ですから20年間は社会に出られません。メイさんが知らない日本社会のことを重信房子さんは語られています。どうしてパレスティナに行ったのか。30ね乗られてどうしておられなくなったのか。日本でどうして20年間牢獄にいなくてはいけないのかを自分の言葉で語られています。

 失敗事例や、信じていた理論の間違いも認めています。「歴史の証人」としての貴重な発言であると思いました。

2026年7月21日 (火)

週刊読書人の重信房子さん特集記事

s-週刊読書人・重信房子1 001
 県外在住の友人から久しぶりに手紙と、「週刊読書人 2026年6月12日号」を郵送してくれました。昨年緊急性の高い重篤な症状から完全回復し、健康状態を維持しているという嬉しい連絡もありました。

 

 お互い70歳を超えますと、「若くもなく」死に至る病が忍び寄ります。若い時代の3倍努力しないと「現状維持の体力」が維持できない現実を思い知る毎日です。
重信房子がいた時代
 2年ほど前も、絶版になった「重信房子がいた時代」を貸していただき、2回熟読し、お陰様で「50年間暗いトンネルでうじうじしていた」精神状態から脱出できました。

 

 

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-b83a12.html (「重信房子がいた時代」を読んで)

 

 今回の「週刊読書人の重信房子さん特集記事」は、重信房子さんと、明治大学教授丸川哲史さんとの対談記事でした。

 

 書籍の紹介があり「獄に暮らせば(作品社)」の刊行に関する対談でした。重信房子さんは1971年に日本を出国し、パレスティナ解放闘争に参加していました。2000年11月に日本国内で逮捕され、2022年5月に刑期満了で出所するまで20年間獄中にいました。その獄中でつづった日誌をもとに出版されたということです。
s-週刊読書人・重信房子2 001
 友人によれば、「重信さんの20年の獄中生活を支えたのは、「土曜会」というノンセクトの当時の明治大学2部の元学生たちでした。当局は20年ももたず獄死してくれることを狙っていましたが、自己批判を果たし20年の刑を満期出獄できたのは、昔のノンセクトの仲間が大きい。」「彼女の裁判や、入獄中の支援には、法学部教授の宮崎繁樹先生(のちの明治大学総長)がこの本で知りました。1暴力過激派学生の女性であれば、彼女の母校、明大の総長がここまで支援することはありません。とのことでした。いかに重信=過激派のレッテル貼りが作為的に作られて者であるかとわかります。」と言われていました。
s-週刊読書人・重信房子3 001
 また重信さんは対談の中で、活動の反省をこめてこうも言われています。

 

「当時は自分たちで何でもできると思っていて、夢に燃えていた。あの時は武装闘争だったけれど、そうではなく、自分たちのことを1番知っているひとが故郷に帰って、合法性を生かして合法的に闘う。
 それを私たちはやってこなかった。ヨーロッパの人達を見ていると、もちろん法律の違いはありますが、合法性をぎりぎり利用して抵抗を続けている。私たちも、みんなが自分の持ち場で対抗社会的に活動をしていたら、日本をこんなに悪くすることはなかったんじゃないか。」
「連合赤軍事件を大きな契機にして、左翼は社会の中で発言しにくくなって落ち込んでしまった。でも落ち込んで黙っていること自体が、社会総体の中では権力を利していることになる。まだまだ頑張らないといけないよ、と今はもう一つの自分が励ましてくれている感じです。」(週刊読書人 3P)
s-週刊読書人・重信房子4 001
 また重信房子さんは、娘のメイさんに「あなたは異議なしと言ってくれる友達にまもられてきた。外へ出たら厳しいことがたくさんあるから。」との。ご本人もまだまだ「外の世界に」な慣れていないともいわれています。

 

 「階段を降りることが怖い」とか、パソコンも携帯もわからないからゼロからやり直し」だとのことでした。
s-週刊読書人・重信房子5 001
 YouTubeで重信房子さんが「中東情勢」の解説をされています。聞いていて的確な情報提供であり、30年間パレスティナで生活されてこられたので、アメリカ経緯の情報提供に依存する現在のテレビや新聞では知られない、パレスティナの現実をかたられています。それはきちんと聞いてみたいと思います。

 

 3年ぐらい前「あさま山荘事件50年特集」をテレビでやっていて、私と同い年の(当時高校生)だった連合赤軍のメンバーが「50年経過したけど、自分がどうしyてこんあことしたのかわからない」と語っていました。

 

 重信房子さんには、明治大学2部の元学生たちの「土曜会」のメンバーに支えられているので明るいし、」前向きです。パレスティナで30年。獄中で20年の経験を活用して、現在の日本社会を体験されて、いろいろ話していただきたいと思いました。

 

 図書館で「はたちの時代」と「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」を借りてきました。読んでいます。
s-DSCN7493

2026年6月26日 (金)

連合赤軍と新自由主義の総括はほぼできそうです。

 


 個人ブログの「けんちゃんの吠えるウォッチング-どこでもコミュニュティそい方向サイト」は2004年1月1日から毎日更新しています。いまやSNS全盛時代にブログを毎日更新している人も珍しいと思う。


 


 ブログは当初「WEB LOG」(webとlog(履歴)という言葉を合成したweblogが原義で、これを縮めたのがblog。日記のように簡単に更新できるホームページのこと。SNSもやっていますが、あれは「刹那メディア」ですね。広まることは期待できますが、記録媒体としては使いにくい。


 


 私の場合は「思いついたことを」すぐに書かないと忘れるので、ブログに書いています。ブログは記録媒体としては、カテゴリー別や、作成年月で分類されるので、後日検索するのに都合がいいですから。


 


「連合赤軍と新自由主義の総括」というカテゴリーに基づく投稿文は、ずいぶん昔です。


 


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html


 


第以回目の投稿は2009年4月17日ですから。


 


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-0065.html (今こそ連合赤軍の組織原理・思想的総括を)


 


 17年前からこだわり続けていました。17年前も以下のように書いています。


 


 「現在日本の若者たちが「政治に興味がない。」という大きな原因の1つは「連合赤軍事件」の負の遺産であると思います。国家権力もマスコミを活用し大々的な宣伝を「連合赤軍事件」を使ってしました。「社会運動は怖い」「政治に無関心なほうが格好いい」「政治よりもファッションだ。音楽だ。芸能だ。」ということを大手広告代理店を使用し若者たちに刷り込みました。そのたくらみは成功しました。


 


 しかし現代の時代「野放しのグローバル資本主義」が、格差社会を生み出し、貧困を拡大しました。職につけない若者たちが多く、仕事があっても不安定な非正規雇用です。今こそ「命がけで」社会の悪==新自由主義と闘わないといけないと思います。


 


 近くあろうであろう総選挙での自分たちの意志の表明も必要です。おかしな制度であれば、フランスの若者たちのように街頭に繰り出し、デモを行い政府に譲歩を迫る迫力も必要です。インターネットも「前向きな社会運動」に活用していただきたい。そう思います。


 


 だから今こそきちんと「連合赤軍事件の思想的総括」が必要です。そして人間の解放を標榜する組織なり、運動体が人間を抑圧し、排除する組織にならないような抑止が絶対に必要です。


 


 旧ソ連邦や東欧の共産党独裁体制や中国や北朝鮮の共産党は国家レベルの人民の抑圧装置でした。反論を許さない独裁組織の危険性は、追い詰められた20人足らずの組織で象徴的に現れました。


 


 それは新左翼も日本共産党や旧社会党(いわゆる協会派)も皆同じです。


 


 いまこそその組織論の間違い。思想的な総括をすべきです。そして社会運動を再構築しないといけません。映画を見てつくづくそう思いました。」


 


さて2026年。72歳の老人は同「総括」するのか。そのうち(近い将来)にきちんと書きますので、期待してください。
「


 

その他のカテゴリー

120%の体力 2013年参議院選挙 2015年昭和秋の感謝祭「 2016仁淀川町防災キャンプ 2016安芸市合同防災研修会 2016年参議院選挙 2016昭和秋の感謝祭 2017衆議院選挙 2018年昭和秋の感謝祭 2018年高知県県知事選挙 2019年参議院選挙 2019年高知市長選挙 2019年高知県知事選挙 2019年高知県議会議員選挙 2019高知市議会選挙 2022年サッカーW杯 2022年参議院選挙 2022年沖縄県知事選挙 2023年二葉町総合防災訓練 2023年参議院補欠選挙 2023年高知市長選挙 2023自民党政治資金疑惑 2024nen 2024健康診断 2024兵庫県知事選挙 2024年の備忘録 2024年は猛暑? 2024年東京都爺選挙 2024年東京都知事選挙 2024年米国大統領選挙 2024年総合防災訓練 2024年衆議院議員選挙 2024総合防災訓練 2024能登半島地震 2024自民党総裁選挙 2025下知文化展 2025仁淀川町防災キャンプ 2025参議院選挙 2025大阪万博の防災対策 2025総合防災訓練 2025自民党総裁選挙 2025防災人づくり塾 2026W杯アジア最終予選 2026下知減災連絡会総会 2026年第2回仁淀川町防災キャンプ 30年以内に起きる事故や災害の確率 3・11ミニ慰霊祭 52年目の覚醒 70歳代の大人の遠足・同窓会 79回目の原爆慰霊日 81年目の沖縄終戦記念日 AIの限界とつまらなさ AIデータセンターは攻撃対象に AI作成の迷惑メール? AI立国の危険性 AI覇権は電力次第 BCP(事業再構築計画)推進 BEC詐欺 BMI 22 DMATの役割の変化 DUKE50周年記念コンサート EVのけん引役は軽 EVは環境にやさしくない? EV自動車 EV車が環境に負荷? EV車の未来は? EV車は普及しない G2の時代 JICA下知地区研修 JICA研修生の皆さんとの意見交換会 monnbasu2024 NHK南海地震対策特集番組 NHK高知放送局 NPO高知減災ネットワーク会議 SNSやユーチューブの摩訶不思議 SNS禁止法案 SOSカード SUP体験日誌 tyosimasa U23アジア杯優勝2024年 USAIDの閉鎖は罪悪だ W杯カタール大会2022 W杯優勝の壁は厚い W杯日本VSオランダ W杯日本VSスウェーデン戦 W杯日本VSチェニジア W杯日本VSブラジル W杯2026 W杯3位決定戦 W11の不便さ あんぱんのロケ地 あんぱん・戦争編の重苦しさ いの町小鎌田地区防災会 いの町水害・土砂ハザードマップ いの町防災活動 おくだけトイレ おすすめサイト おぞましい極右政権 おんぶらっく おんぶらっく大人用 お金をほしがる有権者がいる? だれでも防災 ついに総括連合赤軍と新自由主義について なでしこジャパン ふらむ名取 ふるさと住民登録制度 まちづくり条例見守り委員会 むなしさの味わい方 やなせたかしさんの功労 やなせたかしさんの功績 やなせたかしさんの文学的影響力 やなせたかしさん・著作本 やなせたかしさん高知での実績 やる気の問題とは よさこい祭り アジアサッカーの地殻変動 アナゴリズムの特性 アナフィラキシーショック アマノ製無人駐車場の故障 アメリカの世紀の終焉 アメリカの衰退と世界不況の到来 アメリカ帝国の没落 アメリカ政治の異常さ アンパンマンミュージアムと詩とメルヘン館 イスラエルVSイラン戦争 イランのデータセンター攻撃 イランの歴史と文化 イラン戦争の悪影響 インド映画 ウクライナ問題 エアコンの功罪 エアーバック式担架 エチレンの供給不安 エチレンの重要性 エンタメ産業の育成 オアシス再結成 オランダの水上住宅 オールドサッカーファン オール沖縄の強み カップヌードルミュージアム カツオが不足気味とか カツオ不足の影響 カラー・ユニバーサルデザイン カンボジアはIT先進国 クーリングシェルター グダグダ政治のG7 ゲバルトの杜・彼は早稲田で死んだ コミュニケーション能力 コロナ感染療養日誌 ゴミの不法投棄対策 サイエンスカフェ サイバー対策で取引先選別 サイバー攻撃対策 サッカーW杯2026 サッカーW杯2026北中米大会 サッカーW杯2026関係 サッカー日本の躍進 サッカー観戦日誌 サッチャー2世の運命 サポート詐欺 サンリオ・ビューランド サーチャージ制の導入 シニアは労働力 シニア・ヨットクラブ シネマネコ スターリンク スフィアの現実化 スフィア基準 スマホの機種変更 スマホは韓国・米国・中国 スマホビジネス スマホ依存症は危険 スマホ広告の弊害4 スマホ活用防災講座 スマホ活用防災講座2024 スマホ活用防災講座2025 スマホDEリレー スマホSOS通信 スランプ セーリングは脳幹トレーニングに最適 タモリステーション南海地震対策特集番組 タワマン最上階は法人が所有 ダイエット宣言 ダブルスタンダード チャックベリーの映画 チョ・ホンリさんの被災地支援活動 テクノ封建制 テトラ投入は津波には無力 デジタル全体主義 デジタル防災無線 トイレ問題の重要性 トイレ対策 トカラ列島群発地震 トラック物流問題 トランプ・リスク トランプ・高市大不況 トランプ関税 トランプ関税の弊害 トランプ関税への各国の対応 トンボ自然王国 ドン・キホーテ出店問題 ドン・キホーテ高知店の開店 ナフサ不足 ナフサ不足による経済危機 ナフサ不足の不安 ナフサ不足への対応策 ナフサ危機は終わらない ナフサ危機下の企業経営 ニュース ハイテクWEB工作員 ハイパーレスキュー艇・シーレックス バランス感覚 バリアアリー住宅 パソコンの臨終とデータのコピー パソコン・インターネット ヒト型ロボット100億台 ヒューマンネットワーク ビックコミックオリジナルは秀悦 ビートルズ世代 ピアフロート(浮体物) ピースウィンズ・ジャパン ファクトリーチェック フードバンク ブレイディみかこの著作 プレゼンの方法 ペット ボブディランの映画 マイナーな減災・防災活動で見えるもの マルクス・リバイバル マルクス・リバイバル2 マンション防災会の防災訓練 ミラノ冬季五輪 メガネの走行テスト モバイルバッテリー ユニバーサルな防災・減災対策 ヨットと人生 ヨットは脳幹トレーニングに最適 リハビリ・ウォーキング レッド・ツェッペリン レトルト玄米長期保存食 ロック音楽の元祖 ロック音楽の大御所 ロープワーク ロープワーク講座 ロープワーク2025 三好市との交流 下知コミュニティ・センター防災部会 下知コミュニュティセンタ- 下知中小零細企業BCP研究会 下知交番だより 下知交番との協働 下知図書館建て替え問題 下知地区事前復興まちづくり計画研究会 下知地区法人会 下知地区防災計画 下知地区防災計画・ブロック会 下知地域コミュニュティ交流事業 下知地域内連係協議会 下知市民図書館改築問題 下知広報交番4月号 下知排水ポンプ場 下知文化展・コンサート 下知法人会 下知減災女性部会 下知減災弥右衛門部会 下知減災連絡会 下知町内会連合会 下知防災紙芝居 下知CC水防対策 不当要求責任者講習会 不燃物・仕分けステーション 不燃物・資源仕分けステーション 世代別の分類 世界同時不況の予感 世界1のBCP 世界1の自動車大国・中国 両下肢蜂巣炎 両親の供養 両親の墓参り 両親の逝去とサッカーW杯 中国デフレ経済 中国製造業の躍進 中土佐町との交流 中央アジア5か国の旅 中宝永町自主防災会 中宝永町防災キャンプ2025 中宝永町防災キャンプ2026 中村哲さんの偉大さを示す映画 中道の意味とは 中道改革連合 事前復興まちづくり計画 事前復興まちづくり計画の理念 事前復興・防災講演会 事前復興対策ランキング 事前復興計画に策定作業 事業所部会の展開 事業継続力強化計画 事業継続力強化計画セミナー 事業継続力強化計画支援セミナー 事業緑強化計画支援セミナー 二居住生活の現実化 二液型エポキシ塗料の硬化剤の選定条件 二葉町のごみ問題 二葉町ゆかりの巨匠 二葉町内防火対策 二葉町町内会 二葉町町内会お花見慰安会 二葉町町内会・防虫・清掃 二葉町町内会・防虫・清掃日 二葉町町内会防虫・ごみ拾い 二葉町町内会防虫噴霧 二葉町総合防災訓練2020年 二葉町総合防災訓練2013年 二葉町総合防災訓練2019年 二葉町総合防災訓練2021年 二葉町総合防災訓練2022年 二葉町総合防災訓練2023年 二葉町自主防災会行事 二葉町自主防災会2024年事業計画 二葉町資源・不燃物スターションの設置 二葉町防災マップ 二葉町防災世帯調査 五台山・市民農園 五台山2次避難所構想 五台山2次避難構想 人助けの国際貢献 人助けの国際貢献を! 人口ピラミッド 人口減少社会 人新世の黙示禄 人殺し兵器の輸出 仁淀川整備計画の変更説明会 仁淀川町への広域避難訓練 仁淀川町への疎開(広域避難訓練)が全国報道 仁淀川町ー二葉町との交流事業 仁淀川町防災キャンプ 仁淀川町防災キャンプの報道 仁淀川町防災キャンプの意義目的 仁淀川町防災キャンプ2025 今年はヨット40年目 今治市防災士会・連合防災部会との交流 今野清喜さん講演会 介護入門講座 介護研修講座2024 令和熊本地震 令和5年度高知県南海トラフ地震対策優良取組事業所認定制度・認定書交付式 企業BCP 企業の災害対策 企業の社会貢献 企業版ふるさと納税 企業BCPs悪 企業BCP策定講座 伝える力の重要性 伸び行く東アジア経済圏 低レベルの日本IT産業 低温火傷 住宅着工戸数と空き家の戸数 体力ドックという仕組みはいい 体成分分析 何でも言える同窓会は宝物 保存食・保存食材 保育所のミスマッチ 保護貿易時代の経済 個人ブログの意義目的 偉大な日本人・中村哲さんの映画 健康寿命 健康寿命の延伸 健康寿命の延長 健康維持には散歩は最高 傷害のある方たちとの協働 先祖供養 先祖供養の大事さと困難さ 先駆者の逝去 免許の更新 公共 公共インフラの維持管理 公共交通のありかたについて 公共避難施設の食料備蓄 公明党の連立離脱 共感経済という概念 兵庫県立大学青田良介先生 内弁慶内閣 内臓脂肪レベルの低下 内閣府・地区防災計画フォーラムIN仙台 内閣府地区防災計画 分譲マンション建て替え問題 副市長人事案件2023年 加山雄三さんは凄い 劣悪な日本の避難所事情 北海道地震(仮称) 医療・介護情報の共有化の必要性 半身社会を生きる 南海トラフ地震臨時情報 南海トラフ巨大地震新想定 南海トラフ巨大地震注意 南海トラフ巨大地震臨時情報・注意 南海地震情報 南海地震特集番組 南海地震関係 危機管理の意識 危険な大型雑貨店 原子力災害 原爆慰霊の日 参政党の躍進の分析 参議院徳島・高知合区補欠選挙2023年 友人の必要性とつくり方 双極性障害 双極性障害1型 双極症について 反米から親米への転換策 受援力向上セミナー 受援力(支援を受ける力) 口腔ケアの重要性 古家の解体 台湾と中国の関係性 台湾は防災対策の先進国 台湾問題 台湾問題の悩ましさ 台湾有事問題 台湾気象庁職員の方が来訪 台風の進路 台風・大雨対策 台風対策 台風情報 右手薬指の裂傷 吉本隆明全集 吉正7回忌 名取市閖上地区との交流 名古屋大学・室井研二准教授 名古屋市南区・白水・星崎地区 名物店イトエが亡くなりました。 嚥下障害改善食 四国巡業 国家情報局とは? 国政との関連 国民政党自民党の終焉 国語力・読解力の向上 国際信号旗 在日外国人の虐殺事件 在日外国人問題 地区防災計画学会・高知大会2018 地域のレジェンドを偲ぶ会 地域コミュニュティの確認 地域コミュニュティ紙 地域コミュニュティ紙閖上だより 地域学概論 地域移管交流の社会的意義 地域警察との連携 地方紙の衰退を憂う 地震での基礎杭の折れ 地震で傾く基礎のリスク 地震保険 坂本茂雄さん県政かわら版 坂本茂雄・県政かわら版 坂本茂雄県議県政かわら版 城東中吹奏楽部演奏会 堀川浮桟橋 堀川浮桟橋の修繕 堀川浮桟橋の滑り止め対策 報道関係 墓参り・墓掃除 夏休みラジオ体操 外国人との共生社会の実現を 外国人との明るい共生社会 外国人活用策 多様性を許容する社会 夜須沖からの津波避難 大の字泳法 大成功の仁淀川町防災キャンプ 大相撲の面白さ 大都市部の不思議な慣習 大阪の衰退 大阪万博の問題点 大阪北部地震2018 天安門事件から35年 天才手塚治虫の人生 天皇制について 天皇家と靖国神社 天皇皇后夫妻の動向 太陽灯LED照明 失われた30年 女性の視点(生活者)の視点 女性リーダーのありかた 女性部会の必要性 好調なイタリア経済 子どもにスマホを持たせるな 学生運動・社会運動の効用 学識者・大学関係者 學校安全対策課 安芸市合同防災研究会 安芸市防災連合会との合同研修会 安野光雅の世界 安青錦の活躍は励み 実践的な防災講演会 室井研二先生 室井研二先生の著作本 宮沢和史コンサート 家具転倒防止対策 家具転倒防止対策支援事業 家具転倒防止講習会 家屋の手入れ 容量オーバーを嘆く 富裕層向けホテル 対立しない合意形成 対面高速道路の恐怖 小さな命を守るお話会 山本理顕さんの理念は凄い 岡本正さん著作集 岡本正弁護士著作物 岡本正弁護士講演会 岡村眞先生・江ノ口講演会 岡村眞先生・講演会 岡村眞先生講演会 岸田文雄首相の退陣宣言2024 左派リベラル勢力の共闘は? 左翼の衰退はなぜ? 左翼勢力の衰退 左翼政党の退潮 巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂浮力体 差し込み型移転 差別をなくす方法手段は 市役所版下知事前復興まちづくり計画 市民と作る防災フォーラム2025 市民目線での減災対策 市職員の避難訓練 帯状疱疹 平和を堅持する天皇家 平和大使としての天皇家 平成28年度下知地区防災計画 年に1度の健康診断 年末年始のごみ対策 年賀状終いについて 広域地域間連携 広域疎開への執着 広域避難マニュアル作成検討会 広域避難生活の困難さを伝える記事 広域避難訓練 広報下知交番 広報下知減災 広報下知減災36号 広島への原爆投下80年 広島平和記念式典 廃校後の活用法 弥右衛門公園の防災機能? 弥右衛門公園防災フェア 彼は早稲田で死んだ 復旧・復興は簡単ではない 復旧・復興対策 復興まちづくり訓練 徳島県総合防災訓練2024 徳島県美波町との交流 心と体 心の病 心の病について 心身のリラックス 心身の体調整備は難しい 性加害問題 怪人・渡辺恒雄氏の逝去 恵比寿堂は3つの神様が同居 悪路走行可能なキャタピラー台車 悪路走行可能な台車 悲惨な日本の雑魚寝避難所 情報セキュリティ対策 情報伝達手段 情報伝達訓練 情報戦の重要性 情報班 感染症対策 憲法記念日 戦争災害 戦後最大の思想家の著作 戦後80年談話 戸籍年齢・身体年齢・精神年齢 手結福島・南地区自主防災会 折りたたみ式ベットとエアーベット 折りたたみ式ベットの必要性 折りたたみ式ベット7台設置 授業員の安全と健康が第一 排泄(排尿・排便)ケアの必要性 揺れ対策 損保会社の動向 損保保険の重要性 携帯・デジカメ 摂食嚥下障害 放射線測定器 政府のやってる感には幻滅 政治の金のシビアな問題 政治は3流、経済も3流 政治学者フクヤマ氏の持論 政治家の妄言 政治家の学歴詐称問題 政治資金問題 救命胴衣の着用も大事です 救命艇エアーボート 救命艇南風の存続 救急救命法 敗戦後80年に思う 教え子を戦場に送るな!! 散歩の効果 散歩の効用 文化・芸術 文藝春秋6月号 新しい地域コミュニュティ 新しい生活習慣(その2) 新アメリカ帝国主義 新下知ポンプ場見学 新型コロナウィルス感染症 新左翼・過激派全書 新帝国主義時代? 新潟中越地震の教訓 施設管理者の災害対応 旅行・地域 日中関係の修復 日本の向こう3軒・両隣 日本の裁判官 日本は交易国家 日本も連立政権時代に 日本共産党 日本国憲法の再評価 日本国憲法の重要性 日本政治のカオス 日本政治はカオス 日本政治は面白くない 日本経済の凋落の象徴 日本経済新聞の経済評論 日本経済新聞コラム 日清食品・完全メシ 日米地位協定の改定 日米地位協定の改定を 日経のコラムは面白い 日記・コラム・つぶやき 日銀・新紙幣発行の意義目的は? 日韓友好の碑 日韓親善 明仁天皇と平和主義 映画「ゲバルトの杜 彼は早稲田で死んだ」 映画「スープとイデオロギー」 映画「マイケル」の凄さ 映画「宝島」のパワー 映画「戦雲(いくさふむ)」 映画ボレロ永遠の旋律 映画・テレビ 映画・福田村事件 春子ロス 昭和南海地震 昭和南海地震の記録 昭和南海地震79年 昭和小学校の防災学習 昭和小学校の防災教育 昭和小津波避難ビル巡り 昭和小津波避難ビル巡り2025 昭和小運動会 昭和小防災オープンディ 昭和小防災フェア 昭和小5年生のプレゼン 昭和校区地域内連係協議会準備研究会 暑熱順化 暴力追放運動 書籍・雑誌 有償ボランティアの効用 木製歩道のメンテ 本調子の出ない日々 東京五輪・パラリンピック2021 東京五輪・パリ五輪のあり方 東京近辺見聞録2014年(1) 東北被災地交流ツアー 東南アジアの菓子事情 東日本大震災の罹災地から学ぶ 東日本大震災の震災遺構 核融合発電 格安テレビの購入 極右政権はNG 横浜市の風景 横紋筋融解症 橋本笙子さん講演会 正院町の実践に学ぶ 歯のメンテナンス 歯の健康維持 母を支援いただいた皆様へのお礼 母ショートスティ 母デイケア 母・春子の供養 母・春子健康情報 母・春子在宅介護日誌 母・春子3回忌 母・細木病院入院 母春子の祈祷 母春子の1周忌 母西村春子・介護日誌 毛様体筋 気仙沼大谷地区に学ぶ 気象に異常に追随は無理 気象の異常が大きい2026 気象庁情報の正確な伝達 気骨の自民党議員・村上誠一郎さん 水上温泉雪景色 水泳の指導は必要 水道管凍結防止対策 水道蛇口の破損 水難救助訓練 水難防止対策 江戸時代の識字率 沖縄の貧困 沖縄・ガザ連帯集会 沖縄基地問題 沖縄政治の独自性 沖縄県知事選挙2026 沖縄経済の発展 沖縄返還50年 沖縄返還52年目 沖縄返還53年 河瀬聡一郎氏講演会 治す介護の推進を 津波浸水仮想救助訓練 津波避難ビル 津波避難ビルの好例 津波避難ビル巡り2023 津波避難施設について 津波避難訓練 浦戸湾三重防護整備異業 浦戸湾1周ウォーキング 海からの受援を 海からの高台避難 海での防災対策 海と酒~海と生きる。酒に夢見る 海の散帆 海の散帆の効用 海上都市構想 海鮮・串揚げの店・火の鳥 浸水地域の県指定災害拠点病院 浸水対策備品 浸水時救命艇 消火器の取り換え 深層地熱発電システム 温井恵美子さん講演会 温暖化と異常気象 滑る堀川浮桟橋問題 漫画甲子園 火葬と土葬の共存 災害に強い熱源としてのLPガス 災害ケースマネジメント 災害ボランティアセンター 災害大国・日本 災害大国・日本の教訓 災害大国日本は後進国以下 災害対策に損保の活用 災害対策士 災害後の住宅再建 災害後の速やかな対応 災害時の医療支援のありかた 災害時の食料確保 災害時の食糧支援事業 災害時国際貢献・支援 災害用伝言板 災害食とカップヌードル 無人精算機の故障が改善 無能な高市内閣 無責任企業アマノの無人精算機 熊本地震関連2016年 熱中症に気を付けて 燃料デブリの取り出し 父吉正の命日 父吉正の7回忌 爺さん同士の会話 爽やかな経営者 牧野富太郎と植物 牧野富太郎の偉大さ 犠牲者0を目指す黒潮町の地震・津波対策 猛暑の中のセーリング 猛暑の中の帆走 猛暑の兆し 猛暑の海の散帆 献血の検査結果 献血定年 獄に暮らせばを読んで 現地調査・表敬訪問 現役世代の防災訓練参加が課題 生活の再建 生活を再建する活動 生活習慣病予防健康診断 生活習慣病健康診断 生活習慣病賢信 生涯現役の先人 産経新聞の印象操作記事 町内会と街路灯 町内全世帯配布 略奪文化財 略奪文化財の返還 疎開保険 発泡スチロール板 白内障と目の病気 白物家電の凋落 白紙委任はナチスの手口 百114銀行 皇室典範の改正(改悪) 目のメンテナンス 目指せYA体 県内大学防災サークル 県教職員友の会作品展 県教育委員会学校安全対策課 県東部巡回 県私立幼稚園連合会 県立大学地域学概論 県議会報告 真備合同研修会1210 真備町関係者との交流 眼の療養と社会復帰 眼鏡がいらない生活? 眼鏡による視力調整 眼鏡の調整は難しい 石像と石碑 石油製品(包装資材・工業薬品・塗料 石破VSトランプ会談 研修会・講習会 硝子体切除術 社会性を持たせてしゃべる 神戸市長田区鷹取との交流 神戸市長田区鷹取東地区との交流 福祉・防災の観点 福祉事業所との防災連携 福祉防災を学ぶ 禿鷹大手資本の高知進出 私の腰痛 科学で説明できない人間の体 空き地だらけの二葉町 窓ガラス飛散防止講習会 立体換地 立憲民主党代表選挙2024年 立花隆・読書論 竿チャージ性の社会への導入 第2回仁淀川町防災キャンプ 第2回下知地区事前復興まちづくり計画研究会 第2回仁淀川町防災キャンプ 米中首脳会談 精神分析の基本 紙媒体 紙媒体・二葉町防災新聞 紙媒体二葉町防災新聞 紙媒体二葉町防災新聞の必要性 紙媒体二葉町防災新聞10月号 終わらないナフサ危機 終活セミナー2024 終活セミナー2025 経済・政治・国際 経済低迷の打開策 経済学者の提言 経済産業省 統一教会問題 総合防災訓練の課題と希望 総合防災訓練意見交換会 総合防災訓練第1回意見交換会 総合防災訓練第2回意見交換会 総合防災訓練2025 美波町自主防災会連合会 美貌と人生 老人力 老木倒壊の危険性 老舗飲食店の閉店は悲しい 耐震護岸工事 耐震貯水槽活用問題 耳垢栓塞の恐怖 聴覚障碍者との情報共有 育児 能登半島地震 脂質異常症 脱水症対策 脳が浸疲れる。脳が追われる。 脳ドック診断・脳トレ 脳幹トレーニング 臨時情報 自主防災会の交流事業 自主防災会同士の交流 自助力 自民党の常識・社会の非常識 自民党の常識・社会の非常識2025 自民党の自壊現象 自民党支持者の悩み 自民党総裁選挙2025 自民党裏金問題 自治体との協働 自然災害と企業の法的責任 自然高台津波避難場所 自衛隊の救助訓練 至誠天に通ず 芸術の鑑賞 若いアーティストの台頭 苫小牧不燃資源ステーション 英国社会の現実 蓄光塗料 藤子不二雄・Fは大天才 藻谷浩介さん講演会 藻谷浩介著作集 蜂に刺された 衛星ビズネス 被災者支援ソーシャルワーク研修 西山謹吾氏講演会 西日本豪雨災害・真備町 西村吉正・春子服薬情報 西村春子逝去 西森酒店の閉店2025 西谷文和氏講演会 要介護は突然に 要支援者用食材 親しい人の葬儀は辛い 観天望気・日常の観察と天気予報 言論の自由 訪問看護 認知機能検査 認知症の早期発見・早期治療 認知症の早期発見対策 認知症啓発セミナー 認知症治療の新薬 認知症症候群関連 誤嚥性肺炎対策 読売新聞西日本版 読書について 読書の重要性 謄写版の世界 警察広報 警察広報下知 豊後水道地震 象徴天皇制 財政破綻は国の滅亡 貸本文化 起震車体験 超高齢化社会の問題 超高齢者の事前減災対策 身近な野菜で防災食 車椅子利用者の参加 軍拡と平和 転ばぬ先の介護 輪島朝市とゆりあげ朝市との交流 輪島朝市・ゆりあげ朝市の連携 近江商人の先見性 通信遮断の経済損失 連合赤軍と新自由主義の総括 進化する学校防災教育 過脂肪体質 過脂肪症 道の駅やすの雛人形展 道路の段差問題 道路補修に日本版GPS 遠地津波 遠地津波への対応 適正体重の維持 避難人形の展示 避難所の改善 避難所の食事問題 避難運営のノウハウ 酷い物忘れ 里見和彦・著「定年のデザイン」 重信房子がいた時代 重信房子さん「はたちの時代」 重信房子さん著作 重信房子に聞く(週刊読書人) 重信房子・著作集 量販店での防災フェア 鉄道の必要性 鍵屋一さんの福祉防災 鍵谷一先生事前復興・講演会 長嶋茂雄さんご逝去 長期浸水救助救出計画 長者キャンドルナイト 長者キャンドルナイト2025 長距離寝台バス 閖上だより 閖上だより21号 閖上だより22号 閖上だより24号 関係人口 関東大震災から100年 関東大震災時の朝鮮人虐殺 阪神大震災30年の集いと慰霊祭 防災の基本は生活再建 防災キャンプの意義 防災サロン10月 防災マップづくり 防災世帯調査 防災備品の管理 防災備品整理棚 防災啓発懇談会 防災啓発用 防災啓発用映画 防災啓発番組 防災士 防災対策予算減額 防災対策先進地黒潮町 防災専門職の行政配置 防災庁の設置 防災庁の設置問題 防災活動でのスマホの活用 防災炊き出し体験訓練 防災炊き出し訓練 防災用品展示会 防災省構想 防災紙芝居 防災紙芝居プロジェクト 防虫・清掃作業 防衛費GDP5%増は無理筋 防錆対策・防錆塗装 防錆管理士の視点 阿部晃成さん講演会 陸上自衛隊手漕ぎボート 雄良運転手50年 雛人形の展示 雨合羽と散歩 雪道・凍結道・高知自動車道路対策 電源の確保 電話を恐れる若者 震災語り部管野和夫さん 青年団体に長寿を祝う会 靖国神社を考える 非常備蓄用ミキサー粥 靴底消毒 音楽 音楽フェスの市場拡大 音楽文化 音楽文化の殿堂 音楽業界 食事情報 飲料水の備蓄 養老・藻谷対談 首筋の激痛対策 首筋療養対策ベット 香南市手結・福島・南地区 高学歴のインドネシアの若者 高市内閣の心配事 高市政権の危うさ 高市発言による経済損失 高市発言の家紋 高松市1万人アリーナ開所 高知HOTARUプロジェクト 高知の結婚披露宴 高知の製パン事情 高知の観光資源? 高知地震新聞 高知大学との協働事業 高知大学防災すけっと隊 高知市みどり課 高知市事前復興計画案 高知市地域コミュニティ推進課 高知市地域防災推進課 高知市政 高知市津波SOSアプリ 高知市社会福祉協議会 高知市総合防災訓練 高知市自主防災組織連絡協議会 高知市花火大会2026 高知市議会 高知市長との意見交換会 高知市長との意見交換会資料2015年 高知市防災士会連絡協議会 高知市防災政策課 高知新聞・声ひろば投稿文 高知県の中山間部 高知県下の自治体の「広域避難」 高知県初の疎開(広域避難)訓練 高知県危機管理部 高知県土木部 高知県地産・地消課 高知県政 高知県看護協会 高知県立大学との共同 高知県立大学との協働 高知県議会 高知県高校生津波サミット学習会 高知県高校生津波サミット2023 高知県高校生防災サミット 高知警察署下知交番 高知HOTARUプロジェクト 高知JC70s融年 高齢化が加速する町内会 高齢者と車の運転 高齢者は成り行きではだめ 高齢者・認知症対策 高齢者運転免許講習会 黒潮町の事前復興まちづくり計画 黒潮町合同研修会2025 1・17ミニ慰霊祭 1票の格差是正で地方は消滅に 1,17 2地域居住の推進の手引き 2拠点居住 2013年SUP同窓会 2015年統一地方選挙・県議・市議 2016W杯アジア最終予選 2016年の決意表明 2016年熊本地震 2016年熊本地震関係 2021年衆議院議員選挙 2023年東京見聞録 2023年県議会議員選挙 2023年高知市議選 2023年高知市長選挙 2024年アメリカ大統領選挙 2024年二葉町総合防災訓練 2024年防災キャンプの中止 2024種議員選挙の予測 2024総合防災訓練・参加者分析表 2024能登半島災害 2024韓国の戒厳令騒ぎ 2025仁淀川町防災キャンプ 2025参議院選挙 2025年の活動報告 2025年サッカーW杯アジア予選 2025年・決意表明 2025年南海トラフ巨大地震被害想定 2025年重大な出来事 2025総合防災訓練 2025自民党総裁選挙の意義目的は? 2026W杯決勝トーナメント 2026・3・11ミニ慰霊祭 2026・8・15 2026年W杯優勝 2026年猛暑の影響 2026年総選挙への疑問 2026年衆議院選挙 2026総合防災訓練 2026衆議院議員選挙 24時間型資源・不燃物ステーション 3丁目の夕日の世界観 4・28沖縄デーとは 50年来の友人 50年続くサークルの交流 53年間の暗闇からの脱出 70歳のスタート 70歳代の人生観 8大会連続のW杯出場 8月14日の自己責任の失火について 80年目の沖縄終戦記念日 84年前の日米開戦 88年目の坂本竜馬像 A型RHマイナス型血液 AIが作る未来 AIが作る社会 GAFAM NPO高知市民会議(防災)