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2022年7月31日 (日)

「70歳が老化の分かれ道」を読んで

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 「70歳が老化の分かれ道」(和田秀樹・著・詩想社新書・2021年)を読みました。副題は「若さを持続する人、一気に衰える人の違い・・」というところに関心がありました。

 今年の1月22日ごろ、母が誤嚥性肺炎で高知医療センターへ入院しているときに日本経済新聞の書評広告で見かけました。オーテピアの図書館で予約しました。65人目とか言われていました。半年して借りることが出来ました。

 「軽い本」なので気軽に読めました。気になったか所をメモしました。

 著者は高齢者専門の総合病院の勤務医で高齢者たちを毎日観察していました。「もはや70台は現役時代の延長で居られる期間となった。」と結論づけました。

 80歳ぐらいまでは、多くの人が現役時代のような生活を送れる可能性がある社会になってきた(P18)と言い切りました。


 ただ70歳代の過ごし方が「人生100年時代の ターニングポイント」です。(P19)

 戦後日本人は栄養状態の改善と医学の進歩が劇的に体格が向上し、寿命も延びました。しかし勘違いをしてはいけないと著者はいいます。

「80歳や⑨0際になっても、いまの70代の人達の様に元気で活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくと言うのは幻想でしかありません。

 若返るのではななく、医学の進歩によって、「死なない」から町長寿になると言うのが「人生100年時代」の実像です。」(P20)

 わたしは65歳にして仕事が面白くなり「新しい創業」のような仕事を小規模なが展開しています。普通の人が現役を理タウやした年齢でフルタイムで働き、最近では母(96歳)の在宅介護まで家内としています。

 「90歳までは現役で行く」と思い込んでいましたが、それは幻想であるとのこと。和田秀樹氏の考え方も参考にしながら生きて行きます。

 「70代というのは、意欲的に身体を動かしたり、頭を使ったりしないと、すぐに要介護になってしまうというリスクがあるのです。」(P35)

 意欲の低下は、脳の前頭葉の老化と、男性ホルモンの現象が主な原因であるとか。

「70代に身につける「習慣」がその後の人生を救う」(P41)

「何ごとにおいても「引退」などしてはいけない。(P46)

 いい言葉です。仕事も社会活動も、「海の散帆」も、リハビリウォーキングも「引退」hがしませんから。偉そうにせず、楽し気にやり続けます。

「働くことは、老化防止の最高の薬」(P51)

「運転免許は返納してはいけない。」(P57)

 父は99歳まで運転免許を持っていました。脳血管障害で90歳の時倒れて以来、実際の運転はしていません。です免許の更新だけはしていました。それでいいんです。

「実は高齢ドライバーは危なくはない」(P61)

「肉を食べる習慣が老いを遠ざける」(P66)

「介護を生きがいにしない」P159

 あくまで著者は一般論で述べています。70代で仕事もリタイヤし、超高齢の親の介護がはじまった。命には限度があり、いつかはお別れが来る。その喪失感でがっくりくるひともいるので、筆者は介護保険制度をフル活用して、自分だけで背負わないようにすることだと。

 介護士さんからも「手を抜いて介護すること」とご指導を受けています。言わんとするとことはわかります。

「歳をとって優しくなることが幸せの近道」(P184)
 「70歳が老化の分かれ道」(和田秀樹・著・詩想社新書・2021年)を読みました。副題は「若さを持続する人、一気に衰える人の違い・・」というところに関心がありました。

 今年の1月22日ごろ、母が誤嚥性肺炎で高知医療センターへ入院しているときに日本経済新聞の書評広告で見かけました。オーテピアの図書館で予約しました。65人目とか言われていました。半年して借りることが出来ました。

 「軽い本」なので気軽に読めました。気になったか所をメモしました。

 著者は高齢者専門の総合病院の勤務医で高齢者たちを毎日観察していました。「もはや70台は現役時代の延長で居られる期間となった。」と結論づけました。

 80歳ぐらいまでは、多くの人が現役時代のような生活を送れる可能性がある社会になってきた(P18)と言い切りました。


 ただ70歳代の過ごし方が「人生100年時代の ターニングポイント」です。(P19)

 戦後日本人は栄養状態の改善と医学の進歩が劇的に体格が向上し、寿命も延びました。しかし勘違いをしてはいけないと著者はいいます。

「80歳や⑨0際になっても、いまの70代の人達の様に元気で活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくと言うのは幻想でしかありません。

 若返るのではななく、医学の進歩によって、「死なない」から町長寿になると言うのが「人生100年時代」の実像です。」(P20)

 わたしは65歳にして仕事が面白くなり「新しい創業」のような仕事を小規模なが展開しています。普通の人が現役を理タウやした年齢でフルタイムで働き、最近では母(96歳)の在宅介護まで家内としています。

 「90歳までは現役で行く」と思い込んでいましたが、それは幻想であるとのこと。和田秀樹氏の考え方も参考にしながら生きて行きます。

 「70代というのは、意欲的に身体を動かしたり、頭を使ったりしないと、すぐに要介護になってしまうというリスクがあるのです。」(P35)

 意欲の低下は、脳の前頭葉の老化と、男性ホルモンの現象が主な原因であるとか。

「70代に身につける「習慣」がその後の人生を救う」(P41)

「何ごとにおいても「引退」などしてはいけない。(P46)

 いい言葉です。仕事も社会活動も、「海の散帆」も、リハビリウォーキングも「引退」hがしませんから。偉そうにせず、楽し気にやり続けます。

「働くことは、老化防止の最高の薬」(P51)

「運転免許は返納してはいけない。」(P57)

 父は99歳まで運転免許を持っていました。脳血管障害で90歳の時倒れて以来、実際の運転はしていません。です免許の更新だけはしていました。それでいいんです。

「実は高齢ドライバーは危なくはない」(P61)

「肉を食べる習慣が老いを遠ざける」(P66)

「介護を生きがいにしない」P159

 あくまで著者は一般論で述べています。70代で仕事もリタイヤし、超高齢の親の介護がはじまった。命には限度があり、いつかはお別れが来る。その喪失感でがっくりくるひともいるので、筆者は介護保険制度をフル活用して、自分だけで背負わないようにすることだと。

 介護士さんからも「手を抜いて介護すること」とご指導を受けています。言わんとするとことはわかります。

「歳をとって優しくなることが幸せの近道」(P184)

2022年6月16日 (木)

母が退院・在宅介護がスタート

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 2022年6月15日ですが、母(96歳)は、3月21日の今年2度目の下肢蜂巣炎による緊急入院(1度目は1月14日)以来87日ぶりに自宅へ戻りました。

 1月14日は「誤嚥性肺炎」で緊急入院。14日間の入院生活でした。1月から6月15日までの166日間のうち101日間も入院したことになります。1月から6月までの60%は入院生活でした。DSCN3288

 お陰様で「誤嚥性肺炎」と「下肢蜂巣炎」という難しい症状は改善しました。しかし入院中に要介護3から要介護5になりました。

 高知医療センターも転院先の細木病院も医療スタッフの皆様は大変良くやっていただきました。完全看護の高知医療センターに入院中に要介護3から要介護5になってしまったのは、とても残念です。要介護5と言うのは「すべての身体機能に関しては全介助が必要」ですから。

 いろんな選択肢のある中で15日に退院し、夫婦2人で母の在宅介護をするということになりました。仕事しながら2階での在宅介護がスタートします。
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 第1回の介護担当者会議も母も出席して(というか退院して自宅へ戻ると疲れ果て2階の介護ベットに寝ていますが、参加者に見ていただきました。)開催されました。通所デイサービス関係者、訪問診療所看護師、介護用品レンタル会社担当者とケアマネージャーさん出席されました。皆さん「在宅介護」の支援者です。

 明日は訪問診察の医師の診察があります。母の状態を正確につかんでいただきます。
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 17日(金)は通所デイサービスがスタートします。

18日の土曜日と19日の日曜は夫婦二人で母を1日中介護の2日間となりますね。

 20日は午前9時に訪問看護師さんが来られます。午後からはショートステイをお願いする事業所の方との面談です。

 あれこれせわしいようです。不安はいくらでもありますが、やれる範囲で夫婦で取り組みます。支援していただける専門家のアドバイスに傾聴していきます。


 母は本物の「要支援者」です。避難困難地区の下知の海抜0メートルの二葉町で生き抜いていかねばなりません。身が引き締まりますね。

2022年6月15日 (水)

要介護5の母(96歳)の在宅介護がスタートします。

 2022年6月15日(水曜)ですが、午後13時半に54日間お世話になった細木病院を母は退院し自宅に戻ります。介護タクシーで帰ります。

 思えば「誤嚥性肺炎」で1月14日に高知医療センターに緊急入院して、2度にわたる高知医療センターへの入院と細木病院の転院で、101日間の入院生活でした。

 1月から6月15日まで166日ですが、入院した日は、高知医療センターと細木病院で101日間でした。今年に入り60%は入院していたことになります。身体機能も「寝たきり」では低下するのは当たり前ですね。

 今日は午前10時半過ぎに病院へ行き、先に入院費用を支払います。11時に母の入院室に来るように言われています。早めの昼食であるペースト食の食事介助のレクチャーをしてくれるようです。

 食事が終われば、母が飲み込めない食べかすの「吸引」の作業手順を習います。私は不器用なので1度や2度操作しただけでは上手くいきません。15秒以内とか言われました。

 荷物をまとめます。介護タクシーが13時半に病室まで車椅子で迎えに来ていただくので、一緒に付き添い退院し、自宅へ戻ります。

 要介護5の母の在宅介護が今日から始まります。

 FBの友人である村山和彦さんは人生の大先輩。村山さんは、介護保険のない時代にご両親の介護をなさり看取られました。

「親を送り出してから1人前」と言われました。その言葉が今は身に沁みます。

 今回も特養や療養型病院、老健施設などへの入居の申し込みはしています。今日の退院と即転院とはなりませんでした。

 何より大きいのは家内が母の在宅介護に賛成していただいたことです。母の生活空間は2階です。1階は会社の事務所です。私も家内も現役で働いています。2階まではわたしがおんぶラックで母を背負い階段昇降します。

 仕事の方では取扱品目の値上の交渉や、品切れの対応に追われています。4年前から始めた新規事業も軌道に乗りつつあり、手を抜くことは出来ません。

「在宅介護しながらテレワークで仕事する。」ことになります。テレワークも在宅介護も慣れていないので苦労はするでしょう。

「要介護5の母親の在宅介護」は事例が少なく珍しいかもしれません。可能な限り、報告します。へばる可能性もありますから。

 個人ブログなどにも掲載していきます。

 仕事と在宅介護に費やす時間が増加します。そうなると地域防災活動の時間が減少します。夕方以降の会合は今のところ出席できませんから。

 地域防災活動は代役がいくらでもいますが、母の在宅介護は家族しかできませんから。もちろん訪問医師や看護師、」言語聴覚士、理学療法士らの専門家のお知恵やサポートも受けながら紀子入れたらいいなと思います。

 6月14日までに仕事関係と地域活動は6月分は済ませました。6月末までは、在宅介護についてのレクチャーを真摯に受講し、自分のペースをつかみます。

 

2022年5月13日 (金)

母の病状説明を聞きました。


2022年5月11日ですが、母(96歳)が4月21日から入院している細木病院の医療関係者(医師・看護師・理学療法士・作業療法士・管理栄養士・ソーシャル・ワーカー)皆様が集合し、母の現状を丁寧に説明いただきました。

 詳しい病状の説明は情報が多すぎますのでメモもとっていないので、どうだったか再現はできません。でも「悪くはなって」いないことが良くわかりました。

私は「まぐろ状態で介助が大変ではありませんでしたか?」と聞きました。」

「最初はそうでした。でも最近では1人介助でベットから立ち上がれるようになりましたし、歩行器を使えば10M程度は歩けます。」と看護士さんや理学療法士さんは言われました。

 どんな食事をペースト食でしているのかも丁寧に管理栄養士さんは教えていただきました。

「足のむくみの原因は1つではありません。腎臓や肝臓が悪くてもむくみます。お母さんはそれはないです。足のポンプが衰えて体液を上に上げる力が衰えてくると座っていると夕方足がむくみます。下肢蜂巣炎はほどなく完治します。」と主治医の先生も丁寧に説明いただきました。

 1人の超高齢者の母に対して、多くの専門家の医療関係者の皆様が真摯に対処していただいていることがよく理解出来ました。あとは母の生命力が応えきれるかどうかでしょう。あと1か月ぐらいで1月の入院前を100としたら60位まで回復いただいたら喜ばしいことです。あとは母の頑張り次第でしょう。

2022年4月22日 (金)

母の退院 転院で多忙な1日

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2022年4月21日のリハビリ・ウォーキングは、10898歩でにととまりました。夕方は歩けませんでした。

1か月入院した高知医療センターを4月21日の午後退院するので入院費用を支払いました。
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午後1時に介護タクシーが迎えに来たので、母は車椅子で乗り込みました。私も一緒に乗り込みました。母に会うのは久しぶりです。
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生憎の雨のなか細木病院に転院しました。各種入院手続きをしました。病室までが入らせてくれました。医療センターから持ってきた母の衛生用品や着替えを整頓しました。


早速医師の診断もありました、足の蜂巣炎はほぼ治っています。もう少し治療が必要ですね。
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最長60日程度しか入院出来ません。次の進路を検討しないといけないです。やることがたくさんありますね。

2022年4月21日 (木)

またまた怒涛の渦中に


 一時期は「濁流に呑まれ、滝壺に落下し水中でもがいている状態」の様だと表現していました。今またその状態になりつつあります。

 ただ前回(1月から3月頃)の状態と異なるのは、4月9日に家内の許可が出て、丸1日海に浮かんで海の散帆(セーリング)が出来たことでした。おかげでフル充電できました。

その成果なのか、渦中にあれど、今回は比較的冷静に対処しています。体が流されつつも「次はどうする」と思案できていますから。

 2022年4月21日は母(96歳)は2回目の入院した高知医療センターを退院します。そして細木病院へ転院します。自宅で在宅介護できるようになることが目標です。


 出来るのかどうかはわかりません。自信もありません。やれるようならやります。仕事も繁忙ですね。それはいいことです。地域防災活動もこれから始まります。


 せめて月に1回は「海の散帆」ができれば最高です。そうありたいと切に思います。海からエネルギーをいただいたら乗り切れそうですので。

2022年4月20日 (水)

「障害のある方の防災」を読んで

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 高知市社会福祉協議会 高知市障害者福祉センターから「こうちノーマライゼーション VOL47 特集 障害のある方の防災」が送付されてきました。
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 書き出しは「障害者は高齢者の先駆者である」とあり、「近い将来、必ず起こるであろう災害に対策として、傷害のある方の課題を知ることで、これからの防災課題を考える。」とあります。

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 確かに言われるとうりです。現在96歳の母は、良い介護3で認知症です。今年に入り2回の緊急入院生活で「誤嚥性肺炎」と「両下肢蜂巣炎」はほぼ完治しましたが、ほとんど歩行が難しくなりました。でも退院を言い渡されています。

 自宅は平屋ではなく階段生活の「バリアアリー住宅」です。災害時避難する場合は、母を背負い避難する必要があります。果たしてそれは可能なのか?

 2015年に下知地区の有志他8人で「東北被災地交流ツアー」そして東日本大震災の被災地を訪ねました。そこでは石巻市の湊中学の非常階段をデイサービスの利用者の高齢者は登ることが出来ず全員が亡くなったと説明を受けました。
湊中学非常階段
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-8315.html


 それで高知大学ヨット部で使用していない廃船を譲渡していただき、避難場所の少ない丸池町に「救命艇」として移設しました。


http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-422e03.html


 今回の高知ノーマライゼーション4_NEW「障害のある方の防災」は、多様な障害があり、とても難しい問題をはらんでいます。

また障害の種類も身体傷害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、難病の日とも含むようです。

 ノーマライゼーションでは、障害者団体のリーダーの方たちが取材に応じて「障害と防災」についてお話しされています。
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 各傷害者団体のリーダーの方たちは「防災はまずは自分たちでできることから」と言われています。

 次に地域とのかかわりを持ちたい、一緒の防災訓練に参加したいとも言われています。そのあたりの繋がりが希薄なように思いました。
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 地域防災の立場から申し上げますと、傷害の人も家族も、地域の防災訓練に参加していただきたいです。
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 今回二葉町町内会と二葉町自主防災会は共同で「二葉町防災世帯調査」を4年ぶりに実施します。そして協力いただいた世帯には、世帯の人全員に「SOSカード」を配布します。

 防災世帯調査は病歴、介護歴などを記入していただきます。防災会が保管します。SOSカードはご自身のお困りごとを自分から名のっていただくカードです。これはご自身で常時携帯していただきます。

二葉町防災世帯調査表2022年_NEW
 下知地区の二葉町は「避難困難地区です」。地域のコミュニュティ力が問われます。とりあえず防災世帯調査から始めます
荒木さん防災世帯調査への想いSOSカードと私の情報カード_NEW

2022年4月13日 (水)

自宅を終の住処にする方法

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 「施設に入らず 「自宅」を終の住処にする方法」(田中聡・著・詩想社新書・2021年刊)を久しぶりに図書館で借りて読みました。

 まさに96歳の母の老老介護(現在は母は医療センターに3月21日より入院中)に追われる私にすれば、「教本」になるやもしれないと思い、オーテピアで予約申し込みを3月初めにしていました。3週間後の3月30日に下知図書館から連絡があり、ようやく借りることが出来ました。

 筆者の田中聡氏は建築設計士であり、介護施設の施設長もされておられました。その知識と経験からの表題のような提案をしています。

 ただし一読して見て、自宅での在宅介護は、比較的介護度の低い場合のお話が主体であり、うちの母のように96歳という超高齢者で、要介護3(4が出る可能性があります)の場合は、てきようしないのではないかと思いました。

 記述の中で身につまされた箇所がありました。(長文引用します。)

「介護のために家族が仕事を辞めることは絶対に避ける。あくまでも仕事を続けながら、できる範囲での介護を行う。足りない部分は介護保険サービスなどをうければよいのだ。」(P77)

「介護生活において絶対に100点満点を目指してはいけないということだ。介護するほうもされる側も、ほどよい距離を保ちながら60点ぐらいを目標とし、樹歳は30点ぐらいでもお互いに我慢が出来れば成功とかんがえてもよいくらいでいいのだ。」(P78)

 記述は「一般論」としてさらりと書いてありますが、1番身に染みた言葉でした。

 介護は撤退戦と割り切ろうと筆者は述べています。なるほど。

「仕事が出来る人ほど「介護敗戦」に突き進む。

中略 介護に対して、真面目に前向きに、まさに仕事と同じように取り組んでしまい。仕事が出来る人ほど、これまでの成功体験を介護でも適用しようとしてしまう傾向があるという。

 しかし仕事に向かうように介護に取り組んでしまうと、それは「配線」への直行ルートである。」

「その理由は、仕事に対しては目標を設定し、綿密なスケジュールを立て、自ら汗をかいて実行する。その目標は、ほとんどの場合は成功や成長という結果にリンクしているはずだが、介護は貢献が報われることのない撤退戦だ。」

「前進の期待があるからモチベーションを維持できるが、介護ではむしろ諦めなければならないことが多々起きる。昨日よりは明日の成長を目指す仕事のメソッドとは違う方法論が必要だ。」(P80)

「じりじりと悪化する状況を前提においたとき、最も必要なのは、その戦線を受け持つあなたが最後の瞬間まで戦い抜く精神力を維持することだ。」

「そのために必要なことは、一人で何もかにもやろうとせず、組織や社会の力を借りる。人に相談して悩みをわかってもらい、支援をうけることだ。ただ、肉親が相手だと冷静に判断実行するのは非常に難しいことになる。」

「介護にあたって必要な心構えは「現場の働き者」になるのではなく、プロジェクトマネージャーとしての「マネジメント」を常に意識することだ。

 マネジメントの最大の目的は、いわば顧客であるお父さん、お母さんの幸せの達成だ。そのために必要なのは、介護プロジェクトのマネージャーであるあなたの心と体の健全さと収入をお維持することだ。」

「ケアマネやヘルパーさんらの介護のプロは、あなたのプロジェクトに参加してくれるプロフェッショナルのスタッフだ。

 介護が必要な人に対して、なんでもやってあげるのではなく、その人がまだ持っている力を引き出しながらの関りが重要で自分で出来ることは自分でやってもらう。

 その見極めが出来れば、身体の衰えの進行が遅くなることが期待できるし、介護の作業量の伸びも緩やかになる。」

「そうしたプロの力も借りながら、介護プロジェクトを動かすマネージャーとしてある程度安定した介護体制をつくることを目指すべきである。

 そして安定した介護体制をつくることが、仕事と介護の両立には最も重要なことである・」(P81「老親を施設に入れず、自宅で介護するための心得」)

 年明けからの母の緊急入院2回と、急激な身体機能の衰えは、「ショック」でした。懸命に介護しても報われない現実に何度も打ちのめされました。

 それはどこかで「100%回復しろよ!」を叫んでいた自分がいたのでしょう。ケアマネさんは「60%も回復でよしとしましょう。」と常付根言われていました。

 なるほど介護は「撤退戦」であると。「結果は出ない」「身体機能は落ちる」ことを前提に、気持ちよく母が終末を迎えることができるお手伝いを考えた方がいいということらしい。

 なんだか気が楽になりましたね。立ち直れそうな気がします。

2022年4月 6日 (水)

母の今後の治療方針と方向性


 2022年4月5日ですが、午後に家内と高知医療センターへ行きました。2人とも看護士が検温し、問診票に書きました。それで特別に母にも会いました。入院した先月3月21日以来の対面でした。少しやつれていましたが、はきはきと笑顔で答えるいつもの母でした。

 担当医師からは病状の説明をされました。「先週は酸素吸入もしていましたが、今は外しています。食欲もありペースト食は完食して、元気になりつつあります。足の方ですが、傷の部位が一部壊死している箇所があり、治療をしています。完治にはもう少し時間がかります。随分と元気になられました。」とのことでした。

 担当看護士は「いつもにこやかにしていますので、気持ちがいいです。今日はことさら元気です。息子さんたちに面会してより元気になると思います。」

 担当の理学療法士は「前回1月の入院時もケアしましたが、その時よりは身体機能は残念ながら落ちています。でも少しずつ回復しています。元には戻らないとは思いますが、ある程度は回復すると思います。」とのことです。

 私からは「足の治療は治るまで可能ならしてください。今の状態では会いたく介護は無理そうですね。転院先の病院で治療しながら在宅介護でいきていけるようなリハビリもしていただきたいですね。」と申し上げました。

 ソーシャルワーカーさんは「希望に沿うように頑張ります。」と言われました。よく医療スタップの皆様は真摯に対応されています。感謝です。母も早く元気になり自宅に戻ってきてほしいと切に思います。

2022年4月 2日 (土)

母の入院している病院に行きました。

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2022年3月30日ですが、午後からは家内と一緒に高知医療センターに行きました。母の着替えを持って行きました。着替えを回収しました。

相変わらず面会はできません。担当看護師は「今日はベースト食を元気に食べました。」と言われました。
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口から食べられたら元気なはなるはずです。なかなか退院の兆しはみられません。

帰り際に病院内の喫茶店でソフトクリームを食べました。気温が上がったので食べたくなりました。
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 後に退院支援職員看護士さんから電話がありました。

「お母さんの容体は良くなっていません。酸素吸入しています。また足の具合もよくないです。

 転院先ですが、治療も出来、リハビリも出来る病院には空きがなく転院は困難です。療養型病院を探します。自宅での看取りもご希望ということもうかがっています。

 来週の月曜日に担当医との話も聞いてください。」とのことでした。

 暗澹たる気分です。人間には寿命はありますが、母には100歳まで元気でいてほしいと思う。それは個人的な希望とは思いますが。

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