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2020年10月 8日 (木)

閖上(ゆりあげ)便り2号

閖上だより第2号1_NEW
「前進 元気を運べ 閖上だより 2号」(発行元 一般社団法人ふらむ名取)から送付されてきました。

 1面は8月11日に打ち上げられた「鎮魂の花火」についての記事でした。東日本大震災の「月命日」の8月11日に7丁目閖上グランドで花火が打ち上げられたとのことでした。

 75発約3分間の花火でしたが、多くの人達に感銘を与えたとのことでした。記事によると近隣町内会の協力のほかに、名取市文化スポーツ課、消防署、閖上公民館、仙台空港事務所の協力もありました。見物された多くの人達から歓声と拍手があったとのこと。素晴らしい行事でした。
閖上だより第2号2_NEW
 2面は閖上地区各地の夏祭りや交流活動、応急手当講習会や、エコ学習などが掲載されていました。震災後9年間に閖上に新しくできた施設や住宅、公園などで盛んに地域コミュニュティ活動がされている様子がよく理解できました。

 3面は「閖上散歩」「閖上自転車紀行」「”閖上の風”を求めて」という3人の随筆が掲載されています。
閖上だより第2号3_NEW
 名取水門の役割については「閖上散歩」に詳しく記述されていて理解出来ました。変わりゆく閖上地区の様子をロードバイクで走り記述している「閖上自転車紀行」は、街並みの光景が目に浮かびます。

 5年前と4年前に閖上地区を訪問した折には、日和山周辺は盛り土工事の真っ最中であり、沿岸部の水産加工施設は完成していましたが、住宅は殆ど居住地域には建っていませんでした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html
(当時格井直光さんから日和山で震災当時の話を傾聴しました。)

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-8809.html
(2016年3月11日も閖上地区を訪問しました。)
yuriage2015nen 6gatu
 紙面4面は広告欄も地元企業ばかりなので、地域情報満載です。「その日に備える防災メモ」と「閖上知って」のコーナーは、地名の由来や歴史についての記述がありました。私は個人的には各地の地理歴史は好きな方なので、興味深く読みました。
閖上だより第2号4_NEW
 伊達家と四国宇和島との縁も深く、伊達正宗の長男が幕府の命令で宇和島10万石藩主になり、名取からも領民が同行したとか。猿猴沼の由来も、四国では河童のことを「猿猴(猿猴)と言っていたので、帰郷した名取の領民が水害後に出来た沼を「猿猴沼」と命名したとか。楽しいお話ですね。

 閖上地区には閖上だより第2号4_NEW東日本大震災の「震災遺構」はありません。でも地域コミュニュティがしっかりしているので、被災地にもどる人の割合が、高いのではないかと思いました。それは「閖上だより」のような「地域コミュニュイ紙」の存在もとても大きいと思います。

2020年7月 4日 (土)

閖上(ゆりあげ)復興だより創刊号

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 「閖上だより」という地域コミュニティ紙が、編集長の格井直光さんから送付されてきました。賛助会員になっていますので、格井さんからのメッセージも同封されていました。

 2011年3月11日に東日本大震災による大津波が閖上地区を襲い、まちは破壊され多数の犠牲者が出ました。生き延びた住民の皆様は各地に分散されて避難生活を送られていました。
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 震災半年後に創刊されたのが「閖上復興だより」でした。その後9年間60号発行され地域の人々の心のよりどころとして機能してきました。この度「閖上だより」として地域地域コミュニュイ紙としてスタートされました。

 紙面1面には「閖上だより」と書かれた神戸市在住の書道家・野原神川さんの力強い題字になっています。

 「四季折々の閖上の情報を前向きに発信します」と、復興され街になっている閖上地区の写真と共に、編集長の格井直光さんの決意表明が掲載されています。
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 2面には春の地域行事や出来事が掲載されています。紙面の2面と3面の花壇には「閖上」(ゆりあげ)という地名の由来について書かれています。

 第4代仙台藩主の伊達綱村公が浜を視察したところ、名前はと聞くと「ユリアゲ浜」ですとのことで、漢字はなかったそうです。領民がそれでは困るだということで山門内から海が見えることから、門に水を書き「閖」ユリ、「上」アゲとなり「閖上」の漢字で仙台藩の国字になりました。とのことでした。

 パソコンで「ゆりあげ」を変換すると「閖上」がすぐに出ます。いつも藤儀に思っていました。すぐに読めないのに閖上とすぐに変換される理由がわかりました。歴史的な由来が地名にはありました。
閖上便り3_NEW
 3面には閖上近辺を散歩なさる人と、サイクリングされる人の文章が掲載されています。散歩やサイクリングで再発見される地域の良さや、気づきがあります。わたしも腰痛改善のために2月半ばから「リハビリ・ウォーキング」を朝晩地域でしていますので、よく理解出来ます。

 4面は編集後記と、防災メモが掲載されています。下段の紙面広告からも地域の事情がわかります。
閖上便り4_NEW
 地方紙である河北新報などの地域記事にも閖上地区の動向は掲載されていると思います。より細かい住民目線の記事は、地域コミュニティ紙ならではです。震災を乗り越え、9年という長い年月で復興なさいました閖上地区。

 住民同士の心の絆をより確かなものとするために「閖上だより」があるということがよく理解出来ました。

 なにかと絆の薄れがちな。我が町のことも気にしながら、日々の生活に流されている私ですが、多くの「気づき」を与えていただきました。他の地域の地域活動の頑張りを知ることはとても大事であることと思いました。

2020年3月29日 (日)

閖上復興だより最終号

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 2020年3月20日付発行の「閖上(ゆりあげ)復興だより60号」(編集長・格井直光さん)が送付されてきました。
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 東日本大震災直後から8年6か月の長きにわたり閖上復興だよりは発刊され続け、閖上の人たちの地域コミュニュティの再構築に多大な貢献をされたと思います。編集長の格井直光さんを始め、取材された人い、編集作業をされた人、広告を出稿された地域の企業の皆様の協力があればこそ60号発刊されました。
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 個人的には2015年と2016年に閖上を訪れました。その当時はまだ嵩上げ工事の最中でした。閖上復興だよりの最近号では、災害公営住宅が建設され、個人の住宅も建設されている風景が紙面に掲載されていました。
閖上復興だより最終号4_NEW
 順調に復興が成し遂げられていることが紙面からよくわかります。それも閖上地区の皆さま各位の地域を愛する心が形になり、お祭りになり、交流行事となって実現していくことで達成されてきたのであると思いました。



 今後は「閖上だより」という」地域コミュニュティ紙として6月から出発されると伺いました。
日本経済新聞 格井直光さん312_NEW
 いつ来るかわからない南海トラフ地震の脅威を毎日感じながら生活しyている身の上ですが、閖上の皆様の頑張りや、つながりの深さを紙面から感じ、励まされたことでした。



 編集委員の皆様、お疲れさまでした。



 「もう1度、心をひとつに」されて、閖上地区の再生再興に力を尽くされてください。またいつか訪れてみたいと思っています。

2020年2月 6日 (木)

閖上復興だより59号


閖上復興だより59号 1_NEW
 閖上(ゆりあげ)復興だより59号(編集長・格井直光さん)が、一般社団法人ふらむ名取より送付されてきました。

 紙面1面は閖上地区の新年を迎えた様子が記事になっています。初日の出、ゆりあげ港朝市、新春の集い、どんと焼きは9年ぶりに復活しました。地域コミュニュティが再生されるつあるようですね。
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 紙面2面と3面は「閖上復興だより終刊・・・それぞれの思い」を持たれた皆様の文章が掲載されています。
閖上復興だより59号 3_NEW
 小原武久さんは」、震災後閖上を離れ、仙台市のみなし仮設住宅で生活されていました。

「わたしにとって「閖上復興だより」が唯一の情報源でした。
   中略
 当時の名取市での復興計画の進捗状況は、震災の影響でホームページにアップされておらず、私だけでなく「閖上復興だより」を見て初めて計画内容を知った被災者も多くいたと思います。」

「大好きだった故郷・閖上を離れ、コミュニュティ(町内活動)で培ってきた人間関係も破壊され、生活も離れ離れにならざるを得ませんでした。

 中略

ばらばらになった閖上の人々をつなぐ役割を十分に果たしたと思います。加えて、復興計画の情報だけでなく、震災前にあった懐かしい味(店)が復活したことや、「閖上復興芋煮」など各種イベントを企画し。”もう一度心をひとつに”をモットーに分散したコミュニュティの再生にあたっていただきました。」

 まさに閖上復興だよりは、閖上コミュニュティの再生・復活に大きな役わりを担っていたことを理解出来ました。復興計画の概要も、市役所に代行して公表し、多くの閖上関係者が情報を共有できた役割も果たされていました。

 編集部員の皆様の思いを、短い文章ですが理解することができました。何より編集長の格井直光さんのご苦労は並大抵ではなかったと思います。

 「津波で流失し、大勢の人が犠牲になった閖上。負の印象を払拭できたら、故郷閖上と胸を張って云えると思っています。

 東北の宮城、名取川河口の海辺のまちを多くの人に好きになってほしい。そのためには閖上を震災の前よりも盛り上げなくてはならないと思います。

 これまでの応援・ご支援に厚く感謝申し上げます・あと1回頑張ります。」と格井さんは書かれてります。

 4面は閖上の地域の行事の報告記事です。どこで何がおこなわれているか。取材し記事を書き、編集することは大変な労力です。
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 わたしは2015年と2016年に閖上を訪問させていただきました。格井さんから日和山で津波のお話を伺いました。当時はまだ嵩上げ工事の最中でした。

 紙面からは道が整備され、住宅が建つ様子が伝わってきます。でも地域コミュニュティがしっかりしなければ、地域は再生できません。人と人を繋ぐ大きな役割を「閖上復興だより」は果たされました。
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 次回で最終号となるようですが、形を変えた広報紙が継承していくように伺っています。「閖上復興だより」の編集長格井直光さん、編集委員の皆様、お役目ご苦労様でした。遠い四国の地からエールを送ります。

2019年12月11日 (水)

閖上復興だより58号


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 閖上復興だより第58号 もう一度心を一つに(格井直光編集長・一般社団法人ふらむ名取発行)が送付されてきました。

 一面は台風19号水害の記事でした。宮城県名取市でも内陸部を中心に床上浸水が70世帯、床下浸水が120世帯あったそうです。幸い犠牲者はいませんでした。

 記事では自主避難して市の指定避難所へ行ったものの、避難場所が地下1階の武道場であったそうです。そこで名取川が氾濫する恐れもある状態で、4階の乱とルームへ行くには、いったん外へ出て4階へ行かないといけない。早めの避難を職員に言ったところ「まだ氾濫していないので様子見しようと」との回答。

 警戒レベル5が出てから他の市民も多くなってきたので、ようやく階上への避難開始。日付が変わっていたそうです。元気な人には4階まで歩いて避難されればいいのに、全員がエレベーターで避難したので、40分近く全員避難にかかりました。

 万が1近くの名取川が氾濫し、施設が停電になったいたらどうなっていたことでしょう。記事から心配しました。

 また「なにも持たずに」避難してくる人も多かったとのことでした。記事にはこう書かれています。3面にも台風19号と21号の避難場所で感じたことが記載されていました。

「8年前に「命」と向かい合った私たちです。防災についてもう1度見つめてみませんか。日和山の震災メモリアル公園遺構の広場に旧日和山町教訓碑「空ぶってもいいんでねいの。助かれば!」今年5月に建立されたものです。

 東北の皆様は台風慣れ、水害慣れされていないかもしれないですね。南四国の高知は「台風銀座」と言われ毎年のように大雨と暴風雨に襲われていました。水害に対する警戒心は私の地域の人たちは根強く持ってはいます。

 ただしその経験が、地震、液状化、地盤沈下による浸水、津波の襲来、津波火災と想定される南海トラフ地震による「複合災害」に通用するのかは疑問です。1つの経験則で、複合災害は乗り切れないでしょう。
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 2面と3面は「芋煮会」の特集です。「第9回閖上復興芋煮会」「即位礼記念・芋煮交流会」「第1回IMONI・1グランプリかわらまちテラス閖上」「中央町内会芋煮会」「閖上中央第1団地芋煮交流会」「秋の味覚を楽しむ会 閖上西地区だより」

 「芋煮会」だらけですが、四国の人間にはなじみがありません。調べますとこう書いてありました。

「芋煮会(いもにかい)とは、日本の主に青森県を除く東北地方各地で行われる季節行事で、秋に河川敷などの野外にグループで集まり、サトイモを使った鍋料理などを作って食べる行事である。バーベキューと併行して行われることが多い。 」wikipedia

 これからの寒い時期を乗り切るための東北の皆さんの伝統ある食文化であることが理解出来ました。それゆえ地域コミュニュティごとに開催されているということですね。

 4面には、閖上復興だよりが、第60号で終刊という記事がありました。地域の自治会や町内会なども活動を開始し始めましたので、ひととうりの役わりを終え、来年4月以降は地域報誌の発行をされていくとのことでした。
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 4年前の2015年6月に名取市閖上を訪れ、翌年3月にも訪問させていただきました。その時以来「閖上復興だより」を送っていただいています。

 地域コミュニュティの在り方を考えるうえで、とても貴重な情報満載の閖上復興だよりでした。学ぶことがたくさんありました。
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 格井さんを始め編集スタッフの皆様ご苦労様でした。遠く四国からお便りさせていただきます。

2019年7月 9日 (火)

母ははりまや橋サロンへ行きました。


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 2019年7月6日(金)ですが、午後から母(93歳)と一緒にはりまや橋商店街サロンへ行きました。今日は雨の心配がないので、歩行補助車を積んでいきました。

 まずはコロッケ屋さんで夕飯のコロッケを購入しました。
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 次に谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を買いました。今日は母の好きなチョコレートケーキは売り切れでした。

 今日の活き活き100歳体操は13人の参加者がおられました。京町商店街にある「吹く猫」(タウンモビリティ・ステーション)の笹岡和泉さんが、県外から視察に来られていた人を連れて見学に来ていました。一緒にお婆さん達と活き活き100歳体操をされていました。
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 はりまや橋商店街での活き活き100歳体操は、高知市でも1番早く始めた場所です。屋外のテント下。商店街の真ん中で体操をしているところは全国的にも珍しいと思います。

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/whatnew1/nagano-o/nagano-o1.html

2019年5月21日 (火)

閖上の復興を伝える河北新報記事


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 2015年6月23日に、高知市下知地域関係者5人と、有志3人の合計8人で、宮城県名取市閖上地区を訪問しました。日和山を訪問した折に、説明いただきましたのが格井直光さん(閖上震災を伝える会代表)でした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html

 その時震災の状況を聞いた後、「閖上復興まちづくり事業」のお話も聞かせていただきました。それから4年。格井直光さんから送付いただいている地域コミュニティ紙「閖上復興だより」から復興の様子をのぞかせていただいています。
河北新報記事・閖上・511-1_NEW
 このたび4月21日に閖上地区にて、河北新報主催の「防災ワークショップむすび塾」をふらむ名取(代表理事・格井直光さん)と地元の皆さんとの話し合いの様子が記事になっていました。4月22日と5月11日の河北新聞を送付いただきました。じっくりと読ませていただきました。

 震災前に7000人が暮らしていた閖上地区。9メートルの津波が閖上地区を襲い900人を超える人たちが亡くなられました。記事からは復興事業が進展されるにつれ、震災の記憶が薄れ、伝達・伝承していく難しさを言われていました。
河北新報記事・閖上・511-2_NEW河北新報記事・閖上・511-3_NEW
 むすび塾参加者が言われているのは「地域コミュニュティの大切さ」でした。閖上地区では、5月26日に「閖上まちびらき」を行えるようにまで復興が進展されています。

 「未災地」高知市の海抜0メートルの軟弱地盤の海に隣接している二葉町に住んでいます。被災地の皆さんの「命がけの体験」からくるアドバイスに傾聴し、地域なりに懸命に地域減災活動をやってきたつもりです。しかし地域の安全性や、今の状態で南海トラフ地震が襲来すれば、会社を再建することは不可能です。まだまだ「安心・安全」な域には到達していません。
河北新報記事・閖上・511-4_NEW
 記事を読みまして「本気で」減災対策を個人、家族、会社、地域で実行しなければいけないと改めて思いました。格井直光さんありがとうございました。皆様のご助言を忘れず活用して、今後も活動を継続していきます。
河北新報記事・閖上・511-5_NEW

2019年2月 4日 (月)

閖上復興だより53号

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 先ごろ、宮城県名取市の一般社団法人ふらむ名取が編集・発行しています「閖上(ゆりあげ)復興だより53号」(編集長・格井直光さん)が送付されてきました。

 2019年は東日本大震災から8年目になります。「閖上復興だより53号からも、閖上地区の復興の様子を感じることが出来ました。1面では8年ぶりにかつて閖上地区にあった飲食店や販売店など27店舗が戻られるようですね。
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 5月に閖上地区のまち開きが整備され、仮設住宅も平成31年度中に廃止されます。
 2面はそれぞれの地域コミュニティでの活動の報告記事がありました。昭和3年に名取を襲った昭和三陸地震津波の石碑が火口から3キロ地点にあり、先人の教訓と戒めを勉強してなかった自らを戒める記事もありました。
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 3面には「みやぎ防災フォーラム2018」の様子のレポート記事がありました。基調講演をされたのは加藤孝明さん(東京大学・準教授)で、「地域コミュニティから始まる防災「も」まちづくり」と言うテーマで基調講演をされました。加藤さんは2018年3月3日に高知市で開催されました「地区防災計画学会」でも事例発表されていました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-c083.html

 4面には愛媛県伊方町尚tリ地区との知機関交流の様子の報告記事がありました。やはり他の地域との交流事業は大変ですが、とても大事なことであることが読んでいてよくわかります。
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 いつも思いますが紙面の広告もすべて地元企業や店舗が出しているところがいいですね。
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 3年前に内閣府の地区防災計画事例発表会が仙台しでありました。名取市の閖上の日和山を訪ね、名取市市民会館での慰霊祭にも参加しました。そのあと格井さんにもお会いしました。3年前のことでした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-31a0.html
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2018年8月15日 (水)

閖上復興だより50号を送付いただきました


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 宮城県名取市で、住民主導の復興まちづくり活動をされている一般社団法人ふらむ名取が発行されています「閖上(ゆりあげ)復興便り もう1度心をひとつに」(編集長:確井直光さん)より第50号が送付されてきました。

 1面には「復興庁より表彰」された記事が掲載されていました。「ハード面の復興は役所。ソフト面の復興は私たち被災者がお互いを助け合うこと。」という決意を実行されてきた実績を評価されたことと思いました。
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 2面には「閖上神社の再建」が嵩上げ地似て本格化する記事です。また閖上地区のランドマークでありました日和山周辺も、メモリアル公園の整備とともに変貌されるとのことでした。

 3面は復興が形になり家屋が嵩上げ地に建っている様子を報告されていました。4面は8月の地域のイベントや盆踊りについてのお知らせ記事も掲載されています。
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 広告も含め地域情報満載の「閖上復興便り」にはいつも感心しています。力強く復興されている閖上地区住民各位の詩型を垣間見ることが出来ました。震災直後から発刊されて通算50号。素晴らしい地域活動です。
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2018年6月 9日 (土)

閖上(閖上)復興便り49号


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 先日「閖上復興便り 49号」(格井直光編集長)を送付していただきました。東日本大震災直後から発刊され続けている地域コミュニティ新聞です。閖上地域の生活情報が満載されています。

 1ページ目は閖上小中学校が4月7日に開校したと言うニュースです。被災後7年間は仮設の仮設校舎だったとのことです。被災後7年を経て新校舎が完成、29人の入学性がありました。

 2015年、16年と閖上地区を訪れました。閖上小学校と閖上中学校の旧校舎は解体工事の真っ最中でした。当時小中学校の統合校舎が新設されることを聞きました。完成は喜ばしい事です。」
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 2ページ目は仮設校舎での閖上中学の卒業式、小学校は不二が丘小学校に間借りして勉強していた生徒たちの卒業式が行われたことが記事になっていました。4月から新しい校舎にて小中学生は勉学に励みます。

 3面は閖上地域の情報です。仮設住宅での「再会の集い」が開催され、3つの団地に転居された元仮設住宅に住んでおられ住民80人が集まり交流をされたとの記事でした。也八地域の繋がりは何を置いても大事なことですね。それを感じさせる記事でした。
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 また別の仮設住宅では、200人の元仮設住宅居住者がアチまりお花見お別れ会を師たちの記事でした。近く仮設住宅は閉鎖されるとの事です。

 4面では閖上地区の象徴である日和山にある閖上神社に新しい朱色の鳥居がが設置され、お披露目されたとの記事が掲載されていました。閖上地区の復興のシンボルとして今後も機能していくことでしょう。
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 またこの地域コミュニティ紙には、地元企業の広告が掲載されています。地元地域経済を支え、地域に貢献している企業や店舗がサポーターとして協賛広告を出稿されています。大事な地域情報であると思いました。

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