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国際信号旗

2017年3月31日 (金)

「国際信号旗」を何故下知地域で掲揚すべきなのか

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 元海上自衛官でありました横田政道さん(若松町防災会長)の発案です。どうして高知市下知地域の避難所(一時避難収容所)に国際信号旗を掲揚する必要性があるのか。その理由を明示します。

1)高知市下知地域は低地(海抜0メートル地帯)であり、海に隣接しています。想定される南海トラフ地震後には地域全体が水没し、長期浸水すると言われています。救援支援は、海から来るだろうと想定しています。
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(下知コミュニティ・センター屋上からの眺望。海が近いことがわかります。)

2)国際信号旗は、官庁(海上自衛隊・海上保安庁)だけでなく、民間船舶でも広く国際的にも利用されている。国際信号旗による情報通信の意味は,万国共通である。

3)国際信号旗(こくさいしんごうき、international maritime signal flags)は、海上において船舶間での通信に利用される世界共通の旗である。その使い方は国際信号書(こくさいしんごうしょ、International Code of Signals、INTERCO)によって定められており、国際信号旗による信号を旗旒信号(きりゅうしんごう、Flag Signalling)と呼ぶ。

中世ヨーロッパでは、船舶間の通信に旗を用いることが行われてきていた。18世紀にはイギリスのリチャード・ハウが主に数字を意味する複数の信号旗を用い、その数字を符号として単語に置き換え、旗の掲揚を繰り返すことで、文章も含めた通信を行なう方法を考案した。これはホーム・リッグス・ポップハムによって改良され、トラファルガーの海戦でも通信に使用された。これらが発展し、1857年に国際信号書として、国際信号旗が定められた。

(ウィキペディアの記述から引用しました。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E6%97%97

 1857年に世界の海を当時支配していた大英帝国が国際信号旗を。船舶間の通信手段として整備し、確立したようです。

 AからZまで26の旗があります。1つ1つに意味がります。また2つの旗の組み合わせ、3つの旗の組み合わせで、相互の通信と対話が出来ます。

4)国際信号旗は、偵察ヘリからも発見されやすい。旗を掲揚することで避難所の事情が、正確に支援者側に伝達されます。電源喪失状態でも正確に支援者に伝達できます。

5)一部に「オレンジ旗」の使用も呼びかけられています。しかしそれは「ローカル・ルール」でしかありません。例えばオレンジ旗はヨットレース時には「出艇注意」の意味です。グリーン旗が出艇禁止になりますから。

 ローカル・ルールは支援者側に伝達されません。また海外の支援者には全く伝達されません。

6)国際信号旗はその名前が示すように、海外の支援者にも情報伝達が可能です。

 現在は若松マンションと下知コミュニティ・センターに臨時に訓練時に国際信号旗が掲揚されているだけです。避難勧告で避難所が開設される折には、すぐに国際信号旗を掲揚し、」情報伝達訓練をすべきです。

 将来は下知地域のすべての避難収容所に、いつでも必要時に国際信号旗を掲揚される様になれば、救援支援もより円滑になり、下知地域の「受援力」(支援を受ける力)がより増すことと思います。
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 なんとか条件付きで認可が下りました。
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 公共避難所施設になっている下知コミュニティ・センターに常設掲揚ポールを設置すべく、施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課と長い間協議をしてきました。

 このたびようやく設置許可が出ました。1つのモデルケースとして活用し、低地の高知市市街地へひろめて行きたいと思います。


2017年3月30日 (木)

下知コミュニティ・センター運営委員会が開催されました。


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 2017年3月29日に、下知コミュニティ・センター運営委員会(坂本茂雄会長)の役員会が開催されました。運営委員会役員、事務局員、高知市地域コミュニティ推進課職員が出席しました。

 下坂事務局長より、平成28年度事業報告、決算報告、センター・図書館の利用状況の説明がありました。そして平成29年度事業計画案が提案され、承認されました。
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 役員改正案がありました。地域活動部会長と図書館部会長が退任されます。新しい部会長の選任は会長が交渉し、役員会に報告することになりました。運営委員会総会は、5月24日(水)に高知プリンスホテルで開催することに決定しました。センター職員の再雇用も承認されました。

 また防災部会より提案し、運営員会として施設管理者である地域コミュニティ推進課に対し「国際信号旗掲揚ポールの設置」を要望していました。役員会の席上、地域コミュニティ推進課より提案があり、「確認事項」が提示されました。条件を満たせば設置は可能になりました。

 すべての審議は無事終了しました。

2017年3月 4日 (土)

JICA研修生との意見交換会


 2015年、2016年に続いて、3回目の高知市下知地区でのJICA研修生の皆さん15人と高知大学関係者が訪問されての意見交換会。2017年3月2日午前9時半から下知コミュニティ・センターで開催されました。
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JICAの研修生が来られる前に午前8時半に下知のスタッフは集合しました。屋上での国際信号旗の掲揚。LPガス災害時ユニットの準備。4階研修会場の設営。3階食事会場の準備をしました。
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 ほどなくJICAの研修生と、高知大学の関係者、通訳の人達が午前9時半に来られました。15人のJICA研修生の皆様は、それぞれのお国へ帰れば、「地震津波啓発センター所長」「「国家防災機構防災担当官」「地方自治・住宅・環境技官」などのキャリアの国家官僚の皆さんがたですね。会話は英語です。
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 まず高知大学准教授の大槻知史さんが、「地域での防災活動の実際 高知県の事例」ということで講義をされました。すべて英語での講義でしたので、10%程度しか内容はわかりませんでした。
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 続いて高知市役所地域防災推進課の山中晶一係長からは「高知市の共助支援と協働」というテーマで講演頂きました。

「地域コミュニティ防災のサポートだけでなく、トータルプロジュースをして、県や国にも地域の要望を伝え提言する。トータルなプロジューサーが必ずしも市役所職員でなくてもいい。学識者や地域のキーパーソンでもいいのです。」

 「下知地域で取り組んでいる地区防災計画こそがまさに、地域の住民と市役所が一体となって取り組んでいます。事前の復興計画を立てることがとてもい大事です。」

 午前が終わり屋上へ。横田政道さんが掲揚されている国際信号旗の説明をしました。続いて小吉浩之さんが、災害時対応LPガスの説明をされました。安全装置をかましているので、ハス漏れはなくなりましたとのこと。
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 LPガス発電機で電気を起こし、電動工具を稼動させました。JICA研修生の皆さんから活発な質問が出ました。
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 LPガス災害対応ユニットで沸かしたお湯で、3階会議室にてアルファ米、レトルトサバ、おむすび(電気がまにて炊飯)を関係者全員で食べました。結構美味しいです。
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 昼食後は2つの別れ下知のまち歩き。南地区を担当しました。二葉町を巡回し、いかに海と街が隣接しているのかを研修生の皆様に体感していただきました。
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 若松町の説明は横田政道さんです。広い町内には、高知市認定の津波避難ビルが1棟しかありません。若松町防災会と若松マンションが提携し、信頼関係を構築して地区避難ビルになっています。

 マンション住民と若松町住民が一体化して、若松マンションで訓練しています。今回はマンション内にある避難倉庫を見せていただきました。

 下知コミュニティ・センターへ戻りました。「住民目線の減災対策 」と「街の未来をつくる地区防災計画」というテーマでお話をしました。 日本語しか話せない地域住民は、通訳の人のお力を借りて、下知地域の住民力による減災活動と、地域住民と基礎自治体との協働で行っている「地区防災計画」=事前復興計画(私は事前復興まちづくり計画と称している)について、説明し、意見交換をしました。地域コミュニティを強化しながら、二葉町では防災世帯調査を行い、地域の要支援者情報を把握しています。
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 仁淀川町との地域交流は、田植え体験やお祭りに有志が参加。先日は空き家の訪問もしました。11月3日は下知へ来ていただいて仁淀川町の食材を販売していただいています。

 「地区防災計画」は下知地区では「事前復興計画」として取り組んできました。昨年から全体会としては8回のワークショップ。広がりとして町内会単位やマンション自主防と周辺の自主防災会が共催するなど8回のワークショップをしています。

「あるべき下知地域の姿」を徹底議論しました。そして2年目の到達点としては「子供」「高齢者・障害者」「働く世代」「コミュニティ」「災害にも強いまち」で整理しました。そして参加者各位が評価して絞り込みをしています。

 続いて「高層マンションでの防災活動」ということで、サーパス知寄町1自主防災会橋本副会長より、マンション防災のありかたについて説明がありました。
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 「マンション防災カフェ」はより多くの住民参加がされています。

 横田政道さんからは、五台山での市民農園活動についての意義目的が話されました。手順を踏んで土地を借用し、楽しみながらの農園作業され、地元農家の人達とも顔見り交流をされています。

 国見俊介さんからは、「のれん33番地の取り組み」についてお話しされました。昭和小の児童を事件や災害から守ることを目的にのれん33番地は結成され、協賛広告で運営されています。夏休みはスタンプラリーをしています。子供たちは元気にあいさつができるようになりました。

 松本志帆子さんからは、藁工ミュージアムとしての地域の関わり方、アートと防災、演劇集団の力も借りながら「防災キャンプ」も実施された報告がありました。
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 下知地域全世帯に配布した地域メディア紙ボンズの発刊。藁工夏祭りの実施や、下知のイベントへは積極に参加されています。

 最後に研修生と下知地域の発表者は4つの班に分かれ、今日の研修の感想や意見交換をしました。一緒に意見交換した方からは「事前に真摯に対策を考えているところが素晴らしい。」「住民が積極参加しているところは評価します。「講義だけではなく、イベントやお祭りや、いろんな行動様式で防災に取り組んでいることには評価します。」と言われました。

 なかなか熱心なJICA研修生の皆さんでした。大槻先生を始め、関係者の皆様お疲れ様でした。
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2017年1月16日 (月)

「歴史地震の話」を読んで


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 「歴史地震の話 -語り継がれた南海地震」(都司嘉宣・著・高知新聞社・2012年刊)を下知市民図書館で借りて読みました。

「防災の概念を覆した東日本大震災。宝永地震を記録した土佐の資料と同じような「黒い津波」の記述が出てくる」。その記述は当時種崎(高知市種崎地区)に住んでいた土佐藩士が詳細に記述している。宮古の津波と同じ黒い津波が人々の住む集落を襲い、記述者は奇跡的に助かりました。

 都司嘉宣氏の講演は、以前高知市の主催する「防災人づくり塾」で聞いたことがあります。古い記録に残る古文書を分析し、過去の地震記録から、現在の減災対策を説いています。

「東日本大震災は、貞観地震(869年)以来の大地震と言われる。」

 中略・・

「今回の地震でも、津波被害は東北地方だけでなく、関東地方の茨城県や千葉県にも及んだ。これに対し、明治三陸地震(1896年)の津波も、昭和三陸地震(1933年)の津波も被害は三陸海岸に限定されており、宮城県石巻市より南の海岸ではほとんど被害が出なかった。」

「今回の地震の津波で重大被害が出た範囲は、。明治、昭和より大きく、貞観地震に津波にほぼ一致する。」

 東京電力福島第1原子力発電所の大被害も、地震学者が「貞観地震並みの津波が来る恐れがある」ことを東京電力も原子力規制委員会も全く無視し、何の対策も打たなかったゆえの大被害であったのです。彼等の不作為が地域に大きなダメージを与え、それはいまも続いています。
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 津波の対する備えている東北沿岸部。それもも大きな被害が出たのは、東日本大震災が1000年に1度の大地震」であったからでした。
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 岡村眞高知大学特任教授によれば、「土佐市宇佐町の蟹ヶ池では、歴史記録に残る南海トラフ地震の中で最大の宝永地震(1707年)に匹敵する巨大津波が、過去6500年間に少なくとも16回以上起きていたことを確認。

 その間隔は300~350年で、特に2150年から2300年前には宝永地震を大きく上回る規模の地震が起こった痕跡も見つかっている。」(高知新聞・2017年1月4日「高新大賞に岡村特任教授(高知大)過去の巨大津波判明」)とあります。

 高知で記録に残る地震で最大規模は宝永地震(1707年)。揺れも高知城下では強かったと記録されています。
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「図を見て一目で分かることは、農人町から東、国分川にかけての地域で、震度7の強い地震被害を生じた場所が現れていることである。現在の城見町、宝永町、知寄町、稲荷町等の地域に相当する。」(P203)。二葉町も該当します。

 都司氏は宝永地震のような「千年地震」対策として、具体的に「家屋・財産は守りきれないとあきらめ。せめて人の命だけは守りきることを考えること。そのために次の(A)から(C)を考慮すること。」(P305)とあります。

(A)沿岸集落に4階建て以上の鉄筋コンクリート住宅がある場合には、その所有者と契約を結んで津波警報が発令された場合に、4階以上を、一般市民への避難場所として開放すること。4階以上には津波非常用に、非常食、飲料水、長靴、懐中電灯、ラジオなどを用意しておくことだ。

(B)背後の丘陵に上がる斜面が居住地から近い場合には、幅広で緩やかな避難路をもうけ、途中に夜間でも見えるようにソーラーバッテリーによる照明を設置すること。避難先は20M以上の標高があること。

(C)4階以上の鉄筋コンクリートのビルがなく、集落の背後に避難に適した丘陵に上がる斜面もない場合は、一定間隔に「津波避難タワー」を設置すること。その避難場所の標高は宝永地震の津波を参考にして、おおむね15M以上とすること。

 と都司氏は提言されています。高知市の指定避難ビルの下知コミュニティ・センターでは食料備蓄は行われていません。市の配備計画も未定です。

 下知地区には、4階建て以上の建物すらない地域もあり、海抜も低く、低層木造住宅が多く、高齢者が多く居住しています。AからCの基準を未だに満たしていません。

 二葉町自主防災会は、地区指定避難ビルとして11カ所のビルを所有者の協力を得て指定しています。そのビルには飲料水や食料、非常用トイレの備蓄は未だに行われていません。

 都司氏はこうも言われている。なお、今までの津波避難の対策の中に考慮されていないことも実行されたこともあないが、次の(D),(E),(F)、(G)も検討したい。。(306)とあります。

(D)津波警報が出た時、漁船などは、いち早く港外に移動させる。この時その船に手早く乗せることの出来る住民も積極的に便乗させることはできないであろうか?

(E)2011年東日本大震災の時、例えば宮城県女川町では、4階建てのビルの屋上に緊急避難した人がいたが、津波は更に高い所まで水位が上昇し、そこに避難した人も津波に巻き込まれた。この場合、その4階建てのビルの屋上に、ゴムボートとふいごがあれば、ゴムボートを膨らませて脱出できたのではないか?

(F)寝たきり老人など、津波警報発令時に機敏に移動できない人は、標高15M以上の所に住居を移す「隠居部屋」の考えを取り入れられないか?

(G)どうしても沿岸に住居を持たざるを得ない漁師は、今後はそこに7階以上のマンションを建てて住むという居住様式を取り入れる。この場合は、ふだん、1階から3階に住んでいる人は津波警報発令時には4階以上に移動することを、そのマンションの住民全体が協力する。
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 というアイデアを都司氏は出されています。(D)の津波発生時の港から沖への船での避難は津波に向かっていくことになるので、どうでしょうか?

 (E)の構想は、私たちは高密度発泡体による浮体構造物を屋上に設置することを検討しています。研究会や講演会も開催しました。

  高知市下知メガフロート(浮体人工地盤)構想を実現したい。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-06a8.html
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 (F)につきましては、二葉町は6年前から仁淀川町の住民の皆様との「疎開を前提とした」地域間交流をしています。一向に高知県庁も高知市役所も動こうとしないのは「不作為」であると思います。
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 (G)は現実的な対処法であると思います。そして都司氏は「おわりに」のなかでこう言われています。

「多くの犠牲者を出した東北地方の被災地に目を背けることなく、そこにいて、命を失うことなく切り抜けた人の証言や、写真やビデオ映像に目を背けることなく、冷静に観察すれば、千年震災の津波にあっても命を全うすることが出来るのであろう。

 そうしてそれを、実践的な津波防災対策に生かしていくべきであろう。そのさい、従来の常識にはとらわれない方法を採用するという、ある程度の「思い切りの良さ」が必要となるであろう。」(P307)

 二葉町全世帯と対象とした「防災世帯調査の実施」。それに基づいた「50Mに1つの地区津波一時避難ビルの指定」「疎開を前提とした仁淀川町との地域間交流」「避難所に国際信号旗を掲揚する」(海からの支援要請)、を実践してきました。

 更に下知地域として有志ですが「五台山市民農園」の実施(食料確保)と2次避難場所の確保、さらには「災害時相互避難協定の地域同士の締結」などが今後の方向性です。

 千年地震を迎えてやる過ごす段階にまだ達していません。個人や家族のレベルでなんとか今年は近づいてみたいと思っています。支援を受ける側から、支援する側になりたいと思うからです。

 

2017年1月12日 (木)

国際信号旗を常時掲揚するための高知市との協議


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 2017年1月11日は、国際信号旗を非常時(災害時)にすぐに掲揚できるための協議を、施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課田村智志課長以下3人と下知コミュニティ・センター坂本茂雄運営委員会会長、西村健一防災部長、横田政道若松町防災会長、下坂速人センター長が立ち会いました。

 国際信号旗については、以下の記述があります。

「国際信号旗(こくさいしんごうき、international maritime signal flags)は、海上において船舶間での通信に利用される世界共通の旗である。その使い方は国際信号書(こくさいしんごうしょ、International Code of Signals、INTERCO)によって定められており、国際信号旗による信号を旗旒信号(きりゅうしんごう、Flag Signalling)と呼ぶ。

 中世ヨーロッパでは、船舶間の通信に旗を用いることが行われてきていた。18世紀にはイギリスのリチャード・ハウが主に数字を意味する複数の信号旗を用い、その数字を符号として単語に置き換え、旗の掲揚を繰り返すことで、文章も含めた通信を行なう方法を考案した。これはホーム・リッグス・ポップハムによって改良され、トラファルガーの海戦でも通信に使用された。これらが発展し、1857年に国際信号書として、国際信号旗が定められた。

(ウィキペディアの記述から引用しました。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E6%97%97

 1857年に世界の海を当時支配していた大英帝国が国際信号旗を。船舶間の通信手段として整備し、確立したようです。

 AからZまで26の旗があります。1つ1つに意味がります。また2つの旗の組み合わせ、3つの旗の組み合わせで、相互の通信と対話が出来ます。
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 国際信号旗の掲揚する意義目的は協議者全員で共有しました。問題は「常設」とした場合の、リスクや、他の施設との兼ね合いなどを施設管理者側は言われていました。公共施設ですから当然でしょう。

確認したことは

「性能保証された製品を使用すること。」

「伸縮するアルミ製のポールを使用すること。」

「避雷針の保護角内に平常時は髙さをおさめ、非常時(災害時)には伸ばして、国際信号旗を掲揚する」ことになりました。

 具体的には下知コミュニティセンター坂本茂雄運営委員会会長から、設置要請文を高知市地域コミュニティ推進課宛に要請文を送付し、課内で検討していただくことになりました。

 地域住民の安全を守るために関係者各位で努力をしました。

 写真は訓練時に仮設で掲揚しています。

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2016年12月23日 (金)

見えない国際信号旗

 2018年12月18日は午後から高知市下知(しもじ)コミュニティ・センターで避難所開設・運営訓練(今回のテーマは要配慮者支援訓練)をしました。下知コミュニティ・センターが参加者や周辺住民に「避難所である」ことを表示するために。国際信号旗を掲揚することにしました。

 国際信号旗を訓練に使用することを提唱されている横田政道さんが、海上保安庁と施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課へ行かれ、許可をいただいていました。
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 掲揚する国際信号旗は、避難所であることをしますV旗を単独で掲揚します。訓練中を表すU旗上に掲揚し、Y旗を下に2枚掲揚します。この意味は「訓練中である。」という意味です。
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仮設で国際信号旗を掲揚しました。施設管理者側の現在の意向は「屋上の避雷針より高くしないように。」というものでした。避難旗(U旗)と訓練旗(U旗・Y旗)を掲揚しましたが、ポールの高さを「避雷針の下にしました。

 そうしますと残念ながら、西方面から国際信号旗を確認できません。
 
 今後は大雨・台風時の避難所開設の折にも掲揚する予定です。見えなければ情報伝達出来ませんので、意味がありません。

2016年10月 6日 (木)

市民の発意と工夫を高知市役所は無駄にするな!!

 行政側に私たち下知住民は文句ばかり言っているのではありません。自分たちでやれることはやり、出来ない部位や支援を受けたい要望事項のみ市役所に打診をしています。

 今回の1件は、横田政道さん(若松町自主防災会会長)が、提案した「情報伝達手段に国際信号旗を」の一貫したものです。

 それは高知市下知地区南部の災害時の津波避難ビルであり、避難収容施設にもなる下知コミュニティ・センター。その屋上に多様な情報伝達が可能な国際信号旗を、緊急避難時にすぐに掲揚するために、下知コミュニティ・センター屋上に自作した掲揚ポール(アルミ製もしくはFRP製)を固定し、駆けつけた地域の自主防災会メンバーや下知コミュニティセンター運営委員会防災部会メンバーがすぐに国際信号旗が掲揚出来るために、施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課に要望をいたしました。

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(現在はロープで借り止めしています。)

高知市地域コミュニティ推進課
課長 田村智志様

 いつもお世話になっております。

 下知コミュニティ・センター5階部屋上への掲揚ポール常設許可をお願いします。


 下知コミュ二ティ・センターは、災害時の高知市指定の避難収容所になっています。猿9月19日・20日の台風16号接近の折には、高知市から避難準備情報が発令され、避難所が開設されました。

 また9月22日には高知大学からの要請で。JICA研修生との意見交換会(昨年に続いて)行いましたが、避難所開設していることを周辺住民にお知らせするために、下知コミュニティ・センター5階屋上に、国際信号旗を掲揚しました。

 実際の大災害時においても速やかな国際信号旗の掲揚が必要です。5階屋上の鉄骨部位に金具で固定すれば、倒れることはありません。現状はロープで固定しています。

 施設利用の許可をいただきましたら、金具で固定します。国際信号旗掲揚用のロープと金具などはこちらで用意します。写真は9月22日の国際信号旗の掲揚の様子です。

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 国際的に決められた信号旗を船に掲げておけば、火災や操縦困難、試運転中、投網中など、その船の状態を周りの船舶や陸上の信号所などに知らせることができます。
 言語の違いなどに関わりなく意志の疎通をはかるために、あらかじめよく使う文例を文字の記号に割り当て、国際的に統一したものを「国際信号」と言います。

 下知コミュニティ・センターでは「避難所開設」V旗とW旗と、訓練旗としてU旗とY旗を合わせて掲揚しました。JICA研修員(各国の防災担当官)にも説明し、理解を得ました。
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 大災害時に掲揚すればヘリや沖合の船舶からすぐに発見されます。下知地区は海が近いからです。(9月22日の掲揚の様子です。)
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 下知コミュニティ・センター運営委員会防災部長 西村健一

 現在地域コミュ二ティ推進課としての「口頭での」回答は、」

「掲揚ポールを固定化するためには、風力測定などの独自の調査をしなければいけないと思う。」とのこと。それはどういう試験をするのか、現時点では全く不明です。

 国際信号旗は常時掲揚するのではなく、緊急時のみに限られています。地域防災の啓発の観点からは、住民発意の提案であるし、市役所側は意図を充分にくみ取っていただきたいと思いますね。

2016年10月 3日 (月)

台風18号への警戒は必要でしょうね

 週初め、月初めのスタートの月曜日ですが、あさっての5日あたりに四国へ台風18号は最接近の予想です。

 下知コミュニティ・センターも「避難準備情報」が発令され、避難所になるでしょう。その場合は、屋上ポールに国際信号旗のV旗を掲揚しないといけないですね。

 気象庁の台風情報 http://www.jma.go.jp/jp/typh/ を常にチェックする必要があります。

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2016年9月30日 (金)

下知コミュニティ・センターへはソーラー街路灯設置は無理とか


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 2016年9月27日(火曜日)、高知市地域防災推進課職員たちが、津波避難ビルに設置すべく太陽光ソーラー街路灯の現地調査に、下知コミュニティ・センターへ来ました。下知地区減災連絡会からは西村副会長と横田政道若松町自主防災会会長が立会しました。

 結論は「下知コミュニティ・センターの出入り口は北を向いており、市道を隔てた歩道に街路灯を設置しても冬場は影になり日照時間が確保できない。高知ホタル・プロジェクト仕様の太陽光蓄電ソーラー街灯は設置できません。」ということになりました。

 下知コミュニティ・センターは、単なる津波避難ビルではなく、国道32号線より南地区では唯一の避難収容所施設でもあります。地域防災拠点として重要な施設です。他の手段で停電時の照明の確保を検討しなければならないです。

 屋上部の国際信号旗掲揚のためのポールの固定化について、施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課に打診をし、5階屋上部に仮設してある様子も現地確認いただきました。
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 こちらは市側の直接費用負担はなく、ポールも国際信号旗もロープも滑車も防災部会などが、負担して用意しています。屋上金具への固定化の申請です。金具などで倒れないように設置し、避難準備情報が発令したら、近所に居住する二葉町防災会部員が、ただちにV旗を屋上ポールに掲揚します。
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 またポールの最上部には、ソーラー式蓄電式点滅灯が付いていて、夜間は点滅するようになっています。許可が出ましたら直ちに設置します。
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2016年9月27日 (火)

下知地域の津波避難ビルには国際信号旗を掲揚しよう

 国際信号旗(こくさいしんごうき、international maritime signal flags)は、海上において船舶間での通信に利用される世界共通の旗である。その使い方は国際信号書(こくさいしんごうしょ、International Code of Signals、INTERCO)によって定められており、国際信号旗による信号を旗旒信号(きりゅうしんごう、Flag Signalling)と呼ぶ。

中世ヨーロッパでは、船舶間の通信に旗を用いることが行われてきていた。18世紀にはイギリスのリチャード・ハウが主に数字を意味する複数の信号旗を用い、その数字を符号として単語に置き換え、旗の掲揚を繰り返すことで、文章も含めた通信を行なう方法を考案した。これはホーム・リッグス・ポップハムによって改良され、トラファルガーの海戦でも通信に使用された。これらが発展し、1857年に国際信号書として、国際信号旗が定められた。

(ウィキペディアの記述から引用しました。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E6%97%97

 1857年に世界の海を当時支配していた大英帝国が国際信号旗を。船舶間の通信手段として整備し、確率したようです。

 AからZまで26の旗があります。1つ1つに意味がります。また2つの旗の組み合わせ、3つの旗の組み合わせで、相互の通信と対話が出来ます。

 最近でこそ、大地震後の浸水時に孤立した津波避難ビルの住民同士がスマートフォンのWIFI機能を活用した「スマホDEリレー」という仕組みも東北大学で開発されてはいます。

 下知地域での国際信号旗の活用の提唱は、若松町自主防災会会長の横田政道さんです。津波避難ビル同士の通信は、携帯型ポータブル・トランシーバーでやっていました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-ba99.html

 2年前に二葉町自主防災会と下知地区減災連絡会で津波避難ビル同士の情報伝達の確認をしました。下知コミュニティ・センター屋上からは、目視できるビル同士の交信は出来ますが、電車通りを超えると電波が届きません。

 当時横田さんがいろいろ無線機を購入して試験しました。届く無線機は「違法」になります。電波法に抵触するほど電波が強い。消防などが使用する無線での伝達を地域の防災会で情報を共有するというテーマでしたが、現行法の壁が分厚く実現しませんでした。

 そこで、元海上自衛官であった横田政道さんが考案したのが国際信号旗でした。若松町自主防災会は実際に避難訓練を国際信号旗を使用して実施しています。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-3a5d.html

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 下知コミュニティ・センター防災部会でも、横田さんに習い、国際信号旗を下知コミュニティ・センターに必要最小限購入し、防災倉庫に保管しています。JICAの研修生の皆様との意見交換会時には、屋上に横田政道さんが国際信号旗を掲揚していただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/jica-634b.html

 今後の課題は、避難所開設時に「日常化」することです。掲揚するポールも仮設していますが、施設管理者の許可を得て、常設化したいと考えています。
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 下知地区の津波避難ビルや、地区防災会指定の津波一時退避場所にも国際信号旗がビル屋上に掲揚されることを目指したいと思います。

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