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新潟中越地震の教訓

2019年6月17日 (月)

帰るに帰れない長期避難世帯の現実


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 2019年4月7日の高知新聞記事が気になりました。「帰還迷う長期避難世帯」「認定解除後環境整備に隔たり」という見出しが出ています。

 2016年4月の熊本地震から今年で3年が経過しました。記事によりますと自宅周辺が土砂崩れなど危険な状態が続いた場合に,全壊と同等に支援が受けられる「長期避難世帯」として480世帯が認定されていました。今年2月までにすべて解除されましたが、帰還された人たちは少ないとのことでした。

 若い世代ほど避難先での生活が定着しますと、ますます帰還する必要性を感じなくなるでしょう。単なる復旧だけではなく(それも長期間かかります)、地域の魅力を向上させ、観光客を呼び込めるような仕掛けをしないといけないと、いわれる人もおられるとか。

 2004年の新潟中越地震で756世帯が長期避難世帯と認定された旧山古志村。解除後に約7割の住民が帰村しました。「棚田の景観に配慮した道路復旧や、伝統的な民家の地場産材を使用した建築支援など国が復旧・復興プランを策定しました。南阿蘇村の住民の人たちも視察されたとか。

 他人事とは思えない。現時点で地震で被災したら、おそらく地域は地盤沈下し、長期浸水が解消されないので、戻ることは不可能ですから。

 昭和南海地震では現在の下知地域は、長期浸水しました。(水色のゾーンは低地の市街地です。)

2016年5月 2日 (月)

長島忠美復興副大臣の講演とシンポ


 2016年4月30日は、土佐経済同友会(吉澤文治・代表幹事)主催のオープン・セミナーに下知地区有志とともに参加していました。講師は2004年の中越地震の時の旧山古志村(現在は合併して長岡市)の村長でありました長島忠美さん(復興副大臣)の講演会でした。
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 メモをしていましたが、書ききれないほどの教訓と先駆的事例が、山古志村には沢山あることを思い知りました。人は困難な状況になった際、「立ち上る」という心情的に的に強靭な人たちが、被災者を引っ張って行くような覚悟が各業界のながで求められるということを長島さんは言われました。
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「まさか自分のところで地震(壊滅的な被害が出て、避難生活が強いられる)とは、思っていませんでした。9年前(1995年)の阪神大震災がありましたが、どこか他人事のようにみんな思っていました。

 平成16年10月23日午後5時56分、猛烈な揺れ。立ち上がることができません。停電になり真っ黒闇になりました。」

「揺れが収まってから携帯ラジオをつけました。長岡や小地谷市のことは言っていますが、山古志の事は何も言わない。ひょっとして役場の機能がマヒしている状態で県庁に伝わっていないかもしれないと思いました。
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 翌朝明るくなって役場に向かって歩きましたが、道路と言う道路が崩落し無くなっていました。担当職員と連絡をつけ、出張中の職員には状況を伝え、山古志には戻って来るなと伝えました。道なき道をとうり、普段の4倍の時間をかけ役場へたどり着きました。

 途中見た風景は、見たこともない状況でした。家屋の倒壊、道路の崩落。山古志村は錦鯉の産地ですが、養殖用のため池が崩壊していました。村民は屋外で避難していました。」

「午前10時ごろに村の状況がわかりました。まもなく冬がやってきます。全村避難を決意しました。県知事に伝えました。そして自衛隊のヘリで全村民が長岡市に避難しました。

 避難所生活も、その後の仮設住宅の生活でも心がけたのは、普段の付き合いを重視し、コミュニティを意識して避難生活をするということを強く主張し実行しました。」

「よく広域避難と言うことが言われます。できるだけ被災地にちかいところに仮設住宅をつくりました。自分でできることは被災者自身がやること。物資の仕分けや、洗濯、トイレの掃除などは、ボランティアの手助けを受けながらも自分たちでやることにしていました。」

「仮設へ移ることは自立の第1歩。食事は自分でつくること。それで各業界に協力いただき、冷蔵庫や暖房器具を680個、鍋釜を220個寄贈いただき、全世帯に配布しました。
 
 発災から11日後にみんなで山古志へ帰ろうといいました。復旧業務での対応で避難所周りは深夜になり村民との対話が出来ないので、ノートを置き、それに思いを書いてもらいました。翌日讀んで返事を書きました。あるとき、いつも戻れるのかわからないと書いてありました。

 山古志は高齢者が多い。戻れるのが5年先、7年先ではいけない。それで2年で帰ろうということを宣言しました。」

「そのためには全村民から、どこへどう道路をつけようが、かまいません。という事前承認を受けるために、判子をもってきてもらい村に委任していただきました。その書類を県庁へもっていき、速やかな復旧・復興工事をスタートできました。」

 これは凄いことです。住民と役場の信頼関係、住民のコミュニティがしっかりしているからこそできたことです。「あいつかいるから嫌だ。」というバラバラの気持ちではありません。村民と役場が1つになり復旧に動くさまが良く理解できました。
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「ある時子供たちが元気がなくなっていることに気が付きました。聞いてみると大人たちは議論ばかりして詳しいことがわからない。ということでした。自衛隊にお願いしてへりで村の様子を上空から子供たちに見せてもらうことにしました。

 戻ってくると子供たちは泣いていました。後日子供たちも頑張ろうという意識がめばえ積極的に行動することになりました。地域に誇りを持つことを子供たちも理解しました。」

「考えられない災害はいつどこで起きるのかわかりません。熊本地震もそうです。5日間ぐらい救助や支援が来ないことを地域を家庭を守るにはどうしたらいいのか、事前にできることは対策しておくことが大事です。」

「耐震補強はしましょう。携帯電話は飛ばないように、保管しましょう。家族との連絡方法は遠くにいる親戚や友人に頼みましょう。中継基地になってもらいましょう。持病の薬は5日分ぐらい確保して下さい。薬手帳は携帯してください。」

「情報が途絶えることが1番いけないことです。マスコミの人達は多くの情報を持っています。たくさんの情報をいただきました。マスコミからの批判を恐れ、情報発信しなければ、人々の不安を煽ることになりますから。」

 長島忠美さんは、メモをみるいこともなく、淡々とお話してくれました。多くの教訓をいただきました。抜かっていることも多くあることでしょう。知事や同友会の吉澤代表幹事の対談の様子は後日また整理しまとめます。

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会場は200人来ていました。

 

2015年1月30日 (金)

危機管理に想定外はありえない

 東日本大震災は「未曾有の大災害」と言われました。そして地震や防災の専門家から「想定外」という発言がされました。わたしはそれはおかしいと思います。

 日本の歴史で奈良時代に東北で貞観地震がありました。古文書に残された当時の役所の記録を読むと東日本大震災規模の地震と津波が東北沿岸を襲っています。

岩波新書に「歴史の中の大地動乱」((保立道久・著・・2012年刊)にも貞観地震。関東の大地震、富士山の噴火、南海トラフ大地震と災害が連動していました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-c86f.html

 専門家が貞観地震の先人の記録を真摯に受け止め事前対策をしておれば、福島第1原子力発電所の事故は予防できました。それがとても残念です。
Fukusimagenoatuhigai


 危機管理は「想定出来うる最悪の事態を徹底して検討・検証し、そうならないための事前対策をつきつめて実行すること」であると私は思います。
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Nihonkatudansou


日本は地震列島であり、災害大国であります。「想定外」などという言葉は使用禁止です。

 安易に専門家や行政が「想定外」という言葉を使用しないでいただきたい。

2013年9月10日 (火)

日本の原発は震源地の上にすべて立地

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 ある政党の講演会でいただいた資料です。地震の観点からしますと、日本の原発は「地震帯」の上に立地しているのが一目瞭然です。

 あらためでこの画像を眺めますと、世界の原発と日本に立地する原発の違いは一目瞭然。アメリカ東部、中国、韓国、インド、ロシアヨーロッパの原子力発電所は地震のない地域に立地しています。欧州の原発で開発された「ストレステスト」なるものが、日本の原発の安全性を測定することに有効かどうかはわかりません。

 日本とアメリカ西海岸の原発は、大陸プレート境界の地震域にすべて立地、過去には大地震が起きている地域です。10年位に1度の頻度でこの地域は大地震を経験しています。

 2011年8月1日に高知市で開催されました「自然エネルギーへの転換を考えるつどい」(主催日本共産党高知県委員会)を聴講したときに、この画像はいただきました。

 講師は吉井英勝参議院議員(共産党)でした。確か吉井議員は、2007年頃参議院の質問戦のなかで、新潟中越沖地震の教訓から「福島第1原子力発電所は大津波が来るので危険である。ただちに対策をすべきである。」と言われていました。答弁したのは記憶に間違いなければ当時の安倍首相。「大津波が来るというのは歴史的な知見はなく安全である。」と言っていたような記憶があります。

 吉井英勝氏は、京都大学工学部原子核工学科卒。現職国会議員では、原子力工学への知見のある数少ない人です。「地域地域の自然再生エネルギーの取り組みをどんどん推進して原発に頼らない生活を各地域でしましょう。」と呼びかけられました。主旨には私も大賛成です。

 自然エネルギーへの転換を考えるつどい(2011年8月1日)

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-85f8.html

 「原発抜き・地域再生の温暖化対策へ」を読んで

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-105d.html

 ただ問題なのは 国会で吉井英勝氏がきちんと日本での原発立地や稼動の危険性をいくら指摘しても、国策で原発を推進していますので、政府与党は聞き入れません。原発立地の自治体は国から「迷惑料」として莫大な原発関連交付金が手厚く交付されるので、原発依存経済となり脱却できません。原発立地自治体ではほとんど原発推進首長や議員が当選してしまいます。脱原発は依然として少数派なのです。

 しかし原発推進の経済が大自然の猛威で破壊され、今尚15万人の福島原発災害により避難されておられる人たちがいます。日本の原発が地震帯の上に立地している以上、いつまた大地震が起きるかわかりません。

 日本は地震大国です。この地図を見てもわかりますように、日本の陸地面積は、400分の1です。でもM8以上の巨大地震は全世界の2割が日本で発生しています。地震・火山エネルギー排出量は全世界の1割が日本です。
 
 東京五輪のプレゼンテーションで安倍晋三首相は「原発汚染水問題は国の全責任で解決する」と国際公約されました。東京五輪が開催される2020年前に福島原発の安全な事故処理対策のめどを立てないといけません。僅か時間は7年しかありません。

 東京五輪の経済波及効果のみに「浮かれている」場合ではありません。「世界の地震の震源分布と原発立地」を冷静沈着に眺めて見てください。答えは自ずから出てくると思います。

2009年10月23日 (金)

新潟中越地震から5年

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 (写真は西田政雄さん提供。新潟中越地震直後の旧山古志村です)
 今日は新潟中越地震から5年目であるといいます。都市型災害(長岡市)と中山間部での災害(旧山古志村)がありました。南海地震が想定される高知でもその経験を生かさなければならないと思いました。

 「みなさんありがとう」感謝の旗 中越地震から5年(朝日新聞)

 今や高知では防災情報NO1,防災寺小屋塾長西田政雄さん。

 やはり現地を訪問し、現地の罹災者との信頼ある交流をされてきた西田政雄さんなりの「リアル」な情報は大変役立ちました。それが地元の二葉町で自主防災会を結成し活動するきっかけになりましたから

 今朝のNHKニュースでも報道されていましたが、罹災後まちの人口が減少し、商売人も生活再建には厳しいものがあるようです。それでも地域と共存してご商売をされるスーパーの姿には心打たれるものがありました。

 自主防災会をこしらえたとはいえ、まだまだ活動は不十分です。まして低地の地域には退避する耐震構造の建物は皆無です。昭和の南海地震では建物の倒壊だけでなく、地盤が沈下し浸水した被害も下知地域は受けているのです

 ですので罹災地の経験を真摯に学んで自分たちがなにができるのか行動していかないといけないと思いました。
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 山間部の道路はいたるところで寸断されていたそうです。高知もそうなるでしょう。

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