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2026年7月23日 (木)

「はたちの時代 60年代と私」を読んで

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 重信房子さんの著作の2冊目は「はたちの時代 60年代と私」(重信房子・著・太田出版・2023年刊)を読みました。1冊目の「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」(重信房子・著・2001年・幻冬舎刊)を読みました。1冊目は重信さんが日本へ30年ぶりに帰国され逮捕され、懲役20年が確定し、当時はパレスティナに置いていた娘さんのメグさんあてに書かれたものでした。

 2冊目の「はたちの時代 60年代と私」は20年の刑期を終えて出版されたものでした。
本の中で重信さんが言われていましたが、最初の10年は裁判の手続きや制度のことに忙しく、後の10年はじっくりと自分の生い立ちから、活動履歴を振り返り、過去を思い出しながら丹念に記述されています。
重信房子がいた時代
 素晴らしいのはかつての重信房子さんの学生時代のお仲間(明治大学2部学生たち)が「土曜会」というグループをつくりなにかと重信房子さんを支えてきたことですね。「出所したら文句を言わないといけないから、みんなお互いにいきていこうぜ!」という趣旨はすばらしいです。暗さのみじんもない。素晴らしい人間関係です。

 たぶん「土曜会」の人達の支援があったので、出版が出来たのではないかとおもいました。重信房子さんの家庭環境や生い立ちの個所と、キッコーマンに勤務しながら明治大学2部学生時代に体験された文学研究会、学生集会や、自治会活動、学費値上げ闘争、などが詳細に丁寧に記述されています。

 対話や討論、意見交換を続けながら、可能なら合意形成する地道な努力を当時の重信房子さんは孤軍奮闘してやっておられました。サークルや自治会や、学費値上げ反対闘争などの真摯な重信房子さんを知っている学生時代の仲間が「土曜会」の人達がベースになっているのではないかと想像します。

 1965年に入学し、」67年ごろになると60年安保闘争で解体した全学連の再建が始まり、67年ごろにはセクト(党派)の影響も出てきて。3派全学連(社学同・中核派・社青同解放派)がはびこってきた時代でもありました。

 第3部の実力闘争の時代(P100)から、社学同への加盟(P115)、激動の戦線(P155)は、羽田闘争や三里塚闘争や、神田カルチェラタン闘争など。世界中の学生運動が高揚し、aある意味1番楽し気な時代のように思います。
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 1969年を過ぎたあたりから、第二次ブント(共産同)も分裂基調になり、そのなかから、「前段階武装蜂起」を唱える赤軍派が関西方面から現れ、勢力を拡大していったようでした。

「赤軍派は大きな構想を描きつつも、その始まりで、出発の方向性を誤ったのです。今からとらえれば、ブント自身が「党」といいながらも、学生運動の大衆闘争機関の指導部でしかなかったと思います。
 そして中核派など、新左翼党派と競合しながら、それがブント内に反映し、路線も組織論も近視眼的な矛盾に規定され対立にと思います。やり方が違っても、共同する条件と方法はあったと思いますが、当時の未熟さでは、分裂は必然だったとも言えます。

 だとしても、党内に自分たちの要求を通すために暴力をふるうというやり方は、中大グループもそうですが、赤軍派がブントに持ち込んだ誤りであったこと、後のブントの分解の原因となったこと、また「連合赤軍事件」にも影響を与えたことは事実です。
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 7月6日の赤軍派の振る舞いを、使命感で正当化したことは、以降の赤軍派の自身の戦い方の傲慢、未熟な英雄主義を伴う闘いの出発点となってしまったのです。「7・6事件」という事実を直視し、もはや半世紀前近い前の事件ではありますが、まず戦ったかつての友人たちに、当時の赤軍派の一員として謝罪しておきたいと思います。」(P236「過ちからの出発」)

 確かに重信さんが当時の赤軍派の理論というかスローガンが「前段階蜂起」と「国内外根拠地論」もスローガン先行で、モデルにしていたロシアの「革命前夜」の状況名など日本にはまるでなく、赤軍派は小人数の精鋭部隊で混乱を引き起こすとかでしたが、ほとんど未遂に終わり、逮捕者だけが増えていきました。
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 特に大菩薩峠の福ちゃん荘での大量逮捕、赤軍派幹部の逮捕は大打撃でした。その残党が「よど号ハイジャック」で北朝鮮へ行った田宮グループ。後の国内残留組は連合赤軍事件をひき起こし同じ活動家仲間の惨殺に向かいました。重信房子さんの少数のグループが1971年にレバノンに向かい、パレスティナの人たちと連携していきました。

 偏狭で狭小な「革命史観」ですべてを解釈し説明することなど到底不可能。連合赤軍は、ロシア革命のカリスマ独裁者レーニンの「民主集中制」という組織原理から派生しているだけに、構成員は逆らうことが出来ず、仲間の殺害と絶望的な武装闘争に加担し破滅してしまいました。
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 当時一時的に興隆した新左翼系の社会運動も道連れにして滅亡してしまいました。連合赤軍事件前後の新左翼党派間の「内ゲバ」抗争も重なり、絶望感もあり、国民各位が政治に対して失望感を抱きました。以来「政治のしらけ」「社会運動の停滞」が日本社会に続いています。

 重信房子さんは、30年間アラブ社会・パレスティナで、日本赤軍のリーダー的な存在となり生活し、子育てされていました。20001年に日本へ帰国し逮捕され、20年間拘留生活を体験されました。20年の刑期を終え社会復帰された後の2023年に振り返られています。

 運動の渦中、渦の真ん中におられた人の社会体験、生活体験だけに貴重な記録です。私は70年代初頭は田舎の高校生でした。毛沢東思想を崇拝し、声をかけてきた人が後の連合赤軍に合流したようです。私は臆病者であり、坂本龍馬のように「脱藩」して参加することなどよう考えませんでした。合流しなくて良かったです。

 結局高校を留年して、翌年大学へ入りました。そこは「内ゲバ戦争」の最中でした。革命思想を唱える党派の構成員が殺し合いをしていました。重信房子さんが体験された1968年の「神田カルチェラタン」のような楽し気な風景などまるでありませんでした。

 連合赤軍事件と内ゲバ殺人現象の「ブラックホール」にお吸い込まれ、日本の社会運動は壊滅してしまいました。その挙句ヘンテコな政治状況になりました。私は50年間の「暗黒」からは脱しましたが、「何をどうしていいのか」はわかりません。18歳の若者は気が付けば72歳の老人になりました。残りの人生で懸命に考え生きていきたいと思います。

 重信房子さんの2冊の著書は、大変参考になりました。

2026年7月22日 (水)

「りんごの木の下であなたを産もうと決めた」を読んで

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 以前今は絶版になっていいる 「重信房子がいた時代」(油井りょう子・著・世界書院刊)を読みました。2024年のことで、友人が貸してくれました。著者の油井涼子さんは、明治大学2部で重信房子さんの同級生。1967年から68年頃の2年ぐらいの付き合いでしたが、明治大学での学園闘争や文学サークルでの付き合いや、「神田カルチェラタン」で一緒に道路に机を一緒に出して一時的に封鎖したとか、楽し気に重信房子さんとの行動を書かれていました。

 一読して。重信房子さんは、「普通の生活者感覚のある人」「1960年代後半から1970年代初頭の激動の時代の渦の中にいた人ですし、著者の油井さんは、重信房子さんの生い立ちから家庭環境、学生生活も丹念に描いていますので、人物像がわかりました。

 そんなことで、とにかく私が高校を留年した1971年2月に引き起こされた「連合赤軍・あさま山荘事件」と1972年11月に「早稲田大学構内で革マル派による一般学生川口大三郎さんへのリンチ殺人事件」から連なる際限のない内ゲバ殺人抗争が激化し、日本社会から「社会運動」「政治闘争」が、2つの「ブラックホール」に吸い込まれ消滅しました。

 私個人は「連合赤軍」や「内ゲバセクト」の渦の渦中にいたわけではなく、大きな影響(悪影響)を受けた渦の外周に居ただけの人間です。ですが渦巻は渦の外周ほど高速で回転します。強い悪影響を受けながら、鬱鬱とこだわり続け、貧弱な頭脳で1972年から52年間考え続けてきました。

 考えたことは、「なぜ日本の新左翼セクトは仲間殺しをし、セクト同士で連携することなく、殺し合いを際限なくするのだろうか?

 個人ブログで「連合赤軍と新自由主義の総括」なるタイトルをつけ、20年以上前から考え続けてきました。なかなか解決しませんでした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html
(連合赤軍と新自由主義の総括)

 それで今回重信房子さんの著作を直接読んでみることにしました。
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「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」(重信房子・著・2001年・幻冬舎刊)その1を読んでの読書感想文を書いていました。

 最終ページにこう書いてありました。

「本書は重信房子本人が、娘メイの国籍取得のために出生届を提出した2000年12月26日から、法務局戸籍係が警視庁に真実出生の有無を確認するための接見をに赴いた2001年3月1日までの間、警視庁留置場で書き続けた法務局宛の上申書である。」とのことです。
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 昭和20年生まれの重信房子さん。ご自身の生い立ち、家庭環境、家族関係や高校卒業後キッコーマンに入社し、明治大学2部学生になり、学年集会に参加し、学生運動に参加。街頭闘争にも参加しますが、持ち場は常に「救対」。でもで傷ついた学生たちを病院へ運ぶ役割。

 ご自身の生い立ちから、成人し学生運動し、党派ともかかわり、赤軍派内部の分裂から、パレスティナに渡り、独自の活動を展開、最大の展開は「リッダ空港襲撃事件」でした。ペレスティナアラブ社会での英雄になりましたが、日本ほかの諸国では「テロリスト(人殺し)」の評価でした。

 「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」という本は、娘のメイさんに対して、ご自身の生い立ち、社会運動へのかかわり、パレスティナとのかかわりを語っています。

「アメリカのベトナムでの侵略に反対し、社会正義を求め、」公正な市民社会を求め闘ったことです。日本の私たちの失敗は、当時ごくわずかな人しか、社会運動に-人民の中に帰らなかったことです。
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そして”軍事”や”武装”による解決策を万能薬として求めるという焦りや、稚拙さから現実に立ち向かう術(すべ)を、物や技術に求めたのです。武装蜂起することがすべての目的になってしまいました。戦術が目的になって、人々の心を縛りました。  

その結果”武装”とか”軍事”とか言わないことは日和見主義だとされる時代をつくります。これらは、ブント(第二次)という組織自体が内包し、赤軍派によって拡大した間違った「攻撃型階級闘争論」によって、日本の左翼運動全体に影響を与えました。連合赤軍の誤りも、赤軍派のこうした誤りの結果と言えます。」と虚心坦懐に振り返ってろられます。

 わたしは社会運動の外周にいただけですが、重信房子さんは、結果的に運動の渦の中心におられた人の言葉故に説得力があります。

「30年以上前に、私たちは敗北したのです。
でもその敗北が、元気のない日本をつくっているように思います。”68年世代”が復権し、あなたたちと、歴史を楽しく語れる時が来ると信じています。
 母さんたちの世代は、運動の高揚に図に乗りすぎ、人々の社会を変えようという力に真実を求めず、自分たちがどう戦うかに夢中でした。
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 そして常に社会を変えようと言いながら、対象・他者を批判するだけで、自己を祈願みる視座をもっていませんでした。外因のせいにしながら、敗北と失敗を、それと認めずに,想いだけが水膨れのように膨れていきました。
 そうしたことを、当時を振り返りながら反省し、70年代後半に闘いを転換しました。
「自分を変えることなしに、世の中を変え得ない!」
 この言葉が私たち自身の70年代の教訓になって、今も私たちに“粋がり”を戒めさせます。」(P71日本では運動の高揚に図に乗りすぎた)

 重信房子さんは1971年に少数の仲間と一緒にレバノンに行きます。はじめは義勇兵としてパレスティナ解放戦線(PFLP)として活動を始めました。そして1972年5月30日、イスラエルのテレアビブで空港襲撃を3人の日本人が参加(奥平・安田・岡本)しました。

 パレスティナ・アラブ世界では「英雄」になりましたが、イスラエルからは暗殺の対象になりました。連れ合いとなった奥平剛士さんは銃撃戦で亡くなり、翌年メイさんが生まれました。

 1982年にイスラエル軍がベイルートに侵攻し、レバノンに住めなくなり、パレスティナに移動し、子育てしていたそうです。1990年にソ連と東欧諸国が崩壊し、アラブ社会への支援が細りました。2020年に日本に潜伏していた重信房子さんは逮捕され、懲役20年が確定しました。

 獄中に収監され始めた当初に書籍を書かれたようです。当時はメイさんはパレスティナにおられました。懲役20年ですから20年間は社会に出られません。メイさんが知らない日本社会のことを重信房子さんは語られています。どうしてパレスティナに行ったのか。30ね乗られてどうしておられなくなったのか。日本でどうして20年間牢獄にいなくてはいけないのかを自分の言葉で語られています。

 失敗事例や、信じていた理論の間違いも認めています。「歴史の証人」としての貴重な発言であると思いました。

2026年7月21日 (火)

週刊読書人の重信房子さん特集記事

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 県外在住の友人から久しぶりに手紙と、「週刊読書人 2026年6月12日号」を郵送してくれました。昨年緊急性の高い重篤な症状から完全回復し、健康状態を維持しているという嬉しい連絡もありました。

 

 お互い70歳を超えますと、「若くもなく」死に至る病が忍び寄ります。若い時代の3倍努力しないと「現状維持の体力」が維持できない現実を思い知る毎日です。
重信房子がいた時代
 2年ほど前も、絶版になった「重信房子がいた時代」を貸していただき、2回熟読し、お陰様で「50年間暗いトンネルでうじうじしていた」精神状態から脱出できました。

 

 

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-b83a12.html (「重信房子がいた時代」を読んで)

 

 今回の「週刊読書人の重信房子さん特集記事」は、重信房子さんと、明治大学教授丸川哲史さんとの対談記事でした。

 

 書籍の紹介があり「獄に暮らせば(作品社)」の刊行に関する対談でした。重信房子さんは1971年に日本を出国し、パレスティナ解放闘争に参加していました。2000年11月に日本国内で逮捕され、2022年5月に刑期満了で出所するまで20年間獄中にいました。その獄中でつづった日誌をもとに出版されたということです。
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 友人によれば、「重信さんの20年の獄中生活を支えたのは、「土曜会」というノンセクトの当時の明治大学2部の元学生たちでした。当局は20年ももたず獄死してくれることを狙っていましたが、自己批判を果たし20年の刑を満期出獄できたのは、昔のノンセクトの仲間が大きい。」「彼女の裁判や、入獄中の支援には、法学部教授の宮崎繁樹先生(のちの明治大学総長)がこの本で知りました。1暴力過激派学生の女性であれば、彼女の母校、明大の総長がここまで支援することはありません。とのことでした。いかに重信=過激派のレッテル貼りが作為的に作られて者であるかとわかります。」と言われていました。
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 また重信さんは対談の中で、活動の反省をこめてこうも言われています。

 

「当時は自分たちで何でもできると思っていて、夢に燃えていた。あの時は武装闘争だったけれど、そうではなく、自分たちのことを1番知っているひとが故郷に帰って、合法性を生かして合法的に闘う。
 それを私たちはやってこなかった。ヨーロッパの人達を見ていると、もちろん法律の違いはありますが、合法性をぎりぎり利用して抵抗を続けている。私たちも、みんなが自分の持ち場で対抗社会的に活動をしていたら、日本をこんなに悪くすることはなかったんじゃないか。」
「連合赤軍事件を大きな契機にして、左翼は社会の中で発言しにくくなって落ち込んでしまった。でも落ち込んで黙っていること自体が、社会総体の中では権力を利していることになる。まだまだ頑張らないといけないよ、と今はもう一つの自分が励ましてくれている感じです。」(週刊読書人 3P)
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 また重信房子さんは、娘のメイさんに「あなたは異議なしと言ってくれる友達にまもられてきた。外へ出たら厳しいことがたくさんあるから。」との。ご本人もまだまだ「外の世界に」な慣れていないともいわれています。

 

 「階段を降りることが怖い」とか、パソコンも携帯もわからないからゼロからやり直し」だとのことでした。
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 YouTubeで重信房子さんが「中東情勢」の解説をされています。聞いていて的確な情報提供であり、30年間パレスティナで生活されてこられたので、アメリカ経緯の情報提供に依存する現在のテレビや新聞では知られない、パレスティナの現実をかたられています。それはきちんと聞いてみたいと思います。

 

 3年ぐらい前「あさま山荘事件50年特集」をテレビでやっていて、私と同い年の(当時高校生)だった連合赤軍のメンバーが「50年経過したけど、自分がどうしyてこんあことしたのかわからない」と語っていました。

 

 重信房子さんには、明治大学2部の元学生たちの「土曜会」のメンバーに支えられているので明るいし、」前向きです。パレスティナで30年。獄中で20年の経験を活用して、現在の日本社会を体験されて、いろいろ話していただきたいと思いました。

 

 図書館で「はたちの時代」と「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」を借りてきました。読んでいます。
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2026年7月19日 (日)

猛暑の中の海の散帆

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 2026年7月18日ですが、いつもよりも早く8時前に自宅を出て夜須のハーバーに向かいました。

 早くもヤッシーパークは賑わっていました。何やら芝生広場前ではイベントをやっているとか。「餃子祭り」とからしいです。予定にしていないので参加はしませんでした。
 また今日はハーバーにはだれもいません。大学生は試験で来れないとか。1人で独占。ワンマンハーバーでした。
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 風も微風で心地よい。年寄りにやさしい夜須の海でした。しかし猛暑でした、氷結したスポーツドリンクを4本飲みました。(500CC)です。それとOS-1(経口補水液)のゼリーを、行き帰りに飲みました。
 それでも洋上で左
s-749355815_2559985904449411_4279175114327659017_n足が攣りました、伸ばしても治りません。それでディンギーヨットの上で立ち上がりました。すると痙攣がおさまりました。風が弱ければよい対処法でした。
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 15時過ぎに高校生時代の兄・妹が、千葉県と名古屋から来るとのことで半日限定の海の散帆でした。帰り際右手が攣り、ハンドル操作に苦労しました。渋滞していたので、ゆっくり走行している時にもみほぐしました。いろいろあります。
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2026年7月15日 (水)

エアコンの効用と弊害

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 2026年7月14日の13時過ぎですが、事務所の気温が33・6度になったので、エアコンを稼働させました。その後エアコンを稼働させていない2階の茶の間は34度を超えていました。

 テレビ番組は「エアコンをつけてください。」「熱中症対策にエアコンをつけてください」と叫んでいるようです。でもうちの町内の同じ班内には、エアコンを設置していない家が2軒あります。どのようにして暑さを凌いでいるのでしょうか?

 私ら夫婦も、もはや老人ですので、電気代を気にしつつエアコンを使用しています。でも家に設置している人も何とか暑さを凌いで耐えているようです。局所冷房したら、排熱は屋外へ出るので余計に暑い。まして事務所は東西南北の西北南が空き地と道路になり、空き地は駐車場になりました。熱気が周囲から押し寄せてきます。昨年までとは状況が変わりました。それでエアコンが稼働しています。

2026年7月14日 (火)

遂に事務所のエアコンが稼働しました。

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 2026年7月13日ですが、午後2時半頃に事務所の気温が32度7分になりました。
家内は沖縄出身なので暑さには慣れています。「33度になればエアコンつける。」とのお達しでした。

 まだエアコンつけることはないと思いきや「2階の部屋は33度5分になっている!」とのことで、家内が降りて来るとエアコンをつけました。1時間ぐらい稼働すると28度ぐらいになりました、涼しい。
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2026年7月13日 (月)

皇室典範の改正(改悪)の意味とは?

 なんだかおかしな話で、法案の主旨は「天皇制の存続」を前提としながら、天皇になれるのは「男子のみ」に限定し、女性の皇族が天皇になる道を未来永劫なくすという取り決まりを、何故か急いで決めごとにしました。なんだかおかしいと思いますね。
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 今上天皇夫妻は、国際親善に貢献しています。また戦没者や災害時の被災者への慰問や慰霊の旅をおろかそにせず、真摯に取り組まれてきました。現在天皇家の長女である愛子さんは天皇の後継者にふさわしい1人と思っていますが、それを「させない」ように国会で決めるというのは滅茶苦茶ではないかと思います。
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 そこでAIに聞いてみました。

 

Q 欧州の王朝では女性にも王位継承権があります。それはいつごろからで、なぜでしょうか?王位継承権はいつ頃ヵら男女平等になりましたか?またその理由は何でしょうか?

 

 

A 欧州の主要な王室で性別を問わない「絶対的長子相続制」が導入され、王位継承権が完全に男女平等になったのは1980年以降です。それ以前の中世〜近代においても、一部の地域を除いて女性の即位(女王)や女系(母方)の継承自体は認められていましたが、基本的には「男子優先」のルールが存在していました。
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 欧州における女性の王位継承権の歴史と、男女平等へと移行した理由について解説します。1. 女性の王位継承権は「いつから」「なぜ」あったのか?

 

いつから:中世(12世紀頃)から段階的に古くは、フランスを中心とした「サリカ法」により、女性や女系による王位・財産の相続を一切認めない地域もありました。しかし、イギリス(イングランド)などでは中世から「男子優先の認知長子相続法」が一般的であり、直系男子が途絶えた場合の「最後の手段」として、12世紀のマティルダ女帝の時代から女性の王位継承権が主張されていました。
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 その後、16世紀にはメアリー1世やエリザベス1世といった初の公式な女王が誕生しています。なぜ:王朝の存続と領土の維持を最優先したため欧州の王室が女性や女系の継承を(男子がいない場合の特例として)容認した最大の理由は、「血統(王の直系)を途絶えさせないため」です。家名よりも血縁の重視:欧州では、女性が他家に嫁いで王朝名(苗字のようなもの)が変わったとしても、元の王の「血」を引いている直系の子孫であれば、女系(母方)であっても正統な後継者とみなす価値観がありました。
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 政略結婚と領土の合邦:女性に相続権があることで、他国の王族と結婚した際に双方の領土や王位を平和的に統合できるという、国際政治上のメリット(メリットであり、同時に戦争の引き金にもなりました)が存在しました。2. 王位継承権が「男女平等」になったのはいつから?性別を完全に排除し、「生まれた順番」だけで継承順位を決める絶対的長子相続制は、20世紀後半の1980年にスウェーデンが世界で初めて導入しました。

 

 その後、以下のように欧州各国へ広がっていきました。1980年:スウェーデン1983年:オランダ1990年:ノルウェー1991年:ベルギー2009年:デンマーク2013年:イギリス(2011年合意、2013年王位継承法制定)現在、主要な欧州君主国の多くがこの「男女平等な長子先任制」へ移行しています。

 

 男女平等(絶対的長子相続)になった「理由」は何?主な理由は、現代社会の基本原則である「男女平等」の価値観を、王室にも適用させるためです。

 

 具体的には以下の3つの背景があります。社会価値観の変化と国民の支持:2回の世界大戦を経て女性の社会進出や参政権が拡大し、「男女平等」は現代民主主義の根幹となりました。王室が時代遅れの男尊女卑的な制度を維持し続けると国民の支持を失うため、「時代に適応し、国民の信頼を維持する」目的で改正が行われました。

 

 王室の役割の変化:かつての君主は自ら戦場に赴く軍事指導者(ゆえに男性が有利)でしたが、現代の君主は「国家の象徴」としての役割が主です。象徴としての公務を果たす上で、性別による能力の差はないと考えられています。将来の安定と公平性:性別に関係なく「最初に生まれた子が継承する」というルールは、国民にとっても非常にシンプルで公平であり、継承順位を巡る混乱を防ぐメリットもあります。

 

 女性君主も当たり前、欧州の王位継承とは? 2021/12/24 — スウェーデンが王位継承権を男女平等にしたのを皮切りに、83年にオランダ、90年にはノルウェー、91年にはベルギーが男女関...朝日新聞諸 外 国 の 王 位 継 承 制 度 - 国立国会図書館英国においては、 王位は王の直系の子孫に、 長子相続および代襲相続の順序にしたがい、 男 子優先で継承される。

 

 直系の子...国立国会図書館なぜ「女系・女王」をイギリスは容認してきたか 「男系・男子」に ...2019/06/09 — エドワード3世はフランスにおいては女系になります。イギリスでは、女系にも王位継承権が認められていた。

 

 挿入画像に市よいうしていますが、ビックコミック・オリジナルに「セシルの女王」という漫画が連載されています。16世紀のイングランド王朝の権力闘争を描いています。イギリスでは1500年代に女性にも王位継承権があったとわかりますね。

 

 世界の王朝の流れが「女性にも王位継承権がある」ことが大勢の流れです。日本だけがかたくなに「男性天皇に」こだわる理由が今でもわかりません。

2026年7月10日 (金)

日本の政治は面白くない!!

 わたしの価値判断は、全く個人的な見解にすぎません。その判断基準は「わたしにとって日本の政治は面白いか、面白くないか?」ですが、。結論は「全く面白くありません。」

 

 今当面の話題は、「皇室典範の改正(改悪)」だとか、「衆議院のg定数削減」「副首都問題」とか。全く関心のないことばかりです。

 

 「皇室典範の改正」という問題の本質がわからない。第1今の皇室天皇家はよくやっている。また日本の天皇家だけが「男子だけの相続」「男系天皇制」にこだわっいている理由が全く分かりません。天皇家の長女の愛子さんが次の天皇になっても全く構わないと思います。いけない理由は理解できません。

 

 欧州にも王室は残存しています。英国、オランダ、ベルギー、スウェーデンなどは「男系相続」ではなく、女性の王族にも王位継承を認めています。なんだか国際親善や平和のための慰霊の旅をしている現在の天皇家を冒涜しているのが、政府と与党ではないかと思います。「面白くない」話です。

 

 それから「衆議院議員の定数削減」」「副首都構想」も、国会で議論した形跡がないし、大阪維新の思い付きにすぎません。議論したことないものを多数決で決めることなどするものではないでしょう。これも「全く面白くない」政治の話です。
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 また高市内閣の「やろうとしている」ことは「すべて面白くない。「国旗棄損法」(?)、「スパイ防止法」(?)、「人殺し兵器の輸出促進政策」「アメリカ(トランプ大統領)隷属政策」「隣国の独裁国・中国との不必要な摩擦と対立政策」「円安促進政策」。

 

 日本を中国や北朝鮮のような「全体主義国家」を目指すような行動履歴ばかりしています。実につならないし、面白くない。

 

 1番だめなのはトランプの大義なきイラン戦争を止めることもせず、友好関係を歴代政権が継続していたイランとの関係も冷却化させました。全く不必要な行為です。面白くない。
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さらにはホルムズ海峡封鎖以来、日本へのナフサ供給がカタールからこれなくなり、40%供給カットになり足りないのは当たり前。それを「ナフサの総量は足りている。目詰まりだ。」とのデマを平気で流すセンスや神経が許せないし、面白くない。

 

 自民党も人材がいないわけではないので、全く面白くない高市早苗首相は早く退陣してもらいたい。

2026年7月 9日 (木)

閖上だより25号


 一般社団法人ふらむ名取編集の閖上だより25号が送付されてきました。
s-閖上だより25号-1 001
1面は「日和山・メモリアル公園」についての説明記事でした。
 名取市は「震災遺構」という被災した建物がありません。震災の被害を訪問者に伝える役目が4基の石碑が果たしているという記事でした。

 私が閖上を訪問したのは、2025年と2016年でした。10年ほど前のことです。かさ上げ工事の最中であり、写真のような建物は建築jされていませんでした。時間と共に復興は進み、それと共に震災の記憶は薄くなります。どう後世に伝承していくのかは大きな課題です。
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2面は、閖上地区の地域活動の記録です。
「学校協働活動」では、閖上小中学校の協働活動として、閖上海岸に海浜植物の観察活動をされています。ハマボウフウ、ハマヒルガオ、ハマエンドウ、コウモウムギ、ハマニガナなどを専門家のアドバイスも得ながら観察をされています。

「山のお祭り(日和山)富士姫神社」

 記事によれば震災前は、日より前公園前に露店が立ち並び、家族jずれでにぎわっていたそうです。それを懐かしむ住民も茶話会でいたそうです。現在は神事が行われています。
 祭り好きな閖上の人達と、新たに住民になられた方々が、将来に向け「山のお祭り」の在り方を共に考える機会になりそうな記事でした。

「閖上小中学校運動会」

 6月13日(土曜日に閖上小中学校(497名)の運動会が快晴のなか開催されました。紅白に別れ対抗戦。徒競走や全8種類の競技がおこなわれました。
 全児童生徒、保護者、地域住民が参加した「閖上大漁節」の踊りでは、学校と地域が一体化したそうです。
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 3面は「閖上散歩」と「自転車旅行」の投稿文が掲載されています。
「大聖寺新築工事」では、商店の跡地に、天台宗のお寺が新築されたとのことでした。「一隅を照らす」という最澄の言葉どうりに閖上を見守り続けていただきたいとのことでした。

 自転車紀行はこ今回はお休みで、投稿者が避難所生活でお世話になった女優で脚本家の渡辺えりさんも映画「三角屋の交差点で」という映画の上映の案内で仙台市での交流の良いうすが書かれていました。ある家族が原発事故の様々な問題が発生する中で淡々と生きていく姿が描かれています。ドキュメンタリー映画でした。

「第1団地茶話会」の報告記事がありました。茶話会も7年目。現在93歳から64歳まで14~15名が集っています。持続可能な運営をめざした話し合いが行われました。ふらむ名取はこのg茶話会から」元気をいただいているとか。楽しいお話会は必要ですね。

「その日に備える 新・防災気象情報」の説明がありました。5段階の警戒レベルのなかで、3段階目からの安全な避難行動、対策が必要ですね。
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4面は、地域企業の協賛広告も、貴重な地域情報です。
「閖上知って」コーナーでは、戦前の宮城県県民歌の解説がありました。作詞をされた高松茂夫氏は閖上小学校に勤務されていた時代があったそうです。なかなか壮大なスケールの「県民歌」でありました。

「追討 前名取市長・佐々木一十郎さんの追悼文が掲載されていました。「災害に強い街・閖上の基盤をつくられた」と表記されていました。
 地域社会と共生し、地域の情報を詳細に広報誌として発行されています。閖上の地域コミュニュティの要として活動されていることがよく理解できました。

2026年7月 8日 (水)

7月の防虫・掃除の作業しました。

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 早朝のW杯フランスVSパラグアイ戦の前半途中でしたが、二葉町町内会の町内防虫、ごみ拾い行事に参加しました。

 梅雨で雨が心配でしたが、2026年7月5日は二葉町町内会の防虫・清掃作業に参加しました。私は清掃担当です。二葉町町内会副会長の荒木三芳さん(衛生委員)の指揮のもと防虫(ハエ・カの駆除噴霧)と、ごみ拾い(缶などの回収。ボウフラの発生防止)のたrmです。

 ごみ集積ポイント廻s-739252441_2547375892377079_969629323091103848_nりの清掃と雑草を刈りました。町内の道路のごみ拾いもしました。途中小雨が降りましたが、すぐに止みました。8月も第1週の日曜日の早朝に防虫・清掃があります。

 今朝のリハビリウォーキングは、3908歩、2・74キロ、33分歩きました。
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