ぼくはこんな本を読んできた

「ぼくはこんな本を読んできた」(立花隆・著・文藝春秋・1995年刊)を読みました。
31年前の著作ですが、とても「参考」になりました。というか、立花隆氏の超人的な読書力、読解力、知的生産力には驚くばかりです。
立花隆氏は1940年生まれ、2021年に80歳でご逝去されています。ウィキペディアにこう書かれています。日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家。執筆テーマは、生物学、環境問題、医療、宇宙、政治、経済、生命、哲学、臨死体験など多岐にわたり、「田中角栄研究」・「臨死体験」・「日本共産党の研究」など、多くの著書がベストセラーとなっている[3]。その類なき知的欲求を幅広い分野に及ばせているところから「知の巨人」のニックネームを持つとあります。
確か文藝春秋での「田中角栄研究」の連載で、さっそうと登場し、社会問題、政治問題尾だけでなく、科学、医療、環境問題など「研究テーマ」は多岐にわたっています。
この著作では立花氏本人が、本の読み方、購入方法や保管方法まで細かく書いていて驚きました。いろいろ書かれていますが、わたしが印象に残った言葉を拾い出してみました。
「自然科学だけでなくて、本来古典というのは、人類の知が非常にプリミティブな段階にあったときに生まれた作品でしかないのです。
私は、現代人にとって必要な過去の知の総体というのは、先程いいましたような人間の知の営みを1つ1つ系統樹に描いたときに袋小路に入りこんでしまったもろもろのものをみんな削り落としてしまって、現代の知へ直接つながっいているメインストリームを見落とす恐れのほうがはるかに強いわけです。

いたずらに古典にとらわれると、このメインストリームを見落とす恐れのほうがはるかに強いわけです。」(P51「古典より最新レポートの中に拡大集積する知の総体」)
「精読する必要はない。ノートもとらないほうがいい。はじめからそんなに張り切ると、必ず途中で挫折する。
1冊の入門書を精読するより、5冊の入門書を飛ばし読みしたほうがよい。ノートを取らなくても。ほんとうに重要なことはどの本でも繰り返されているから自然と頭に入る。
ノートをとる代わりに、アンダーラインを引いたり、ページを折っておればよい。あとは索引を頼りにすればいい。本は粗末に扱ったほうが役に立つ。後で古本屋に売るときのためにきれいにしておこうなどとケチなことは考えないほうがいい。」(私の読書論 次にひたすら読む。P70)
「私はまず大金を持って神田の書店へ行く。(中略)
1)金を惜しまず本を買え。本が高くなったと言われるが、」基本的に本は安い。1冊の本のに含まれている情報を他の手段で入手しようと思ったら、その何10倍、何百倍のコストがかかる。
2)1つのテーマについて、1冊の本で満足せず、必ず類書を何冊か求めよ。類書を読んでみてはじめて、その本の長所が明らかになる。そのテーマについて健全なパースペクティブを得ることがで きる。
3)選択の失敗を恐れるな。失敗なしには、選択能力がみにつかない。選択の失敗も、選択能力を養うための授業料と思えば安いもの。
4)自分の水準に会わないものは、無理して読むな。水準が低すぎるものも、高すぎるものも、読むだけ時間のムダである。時は金なりと考えて、高価な本であっても、読み止しでやめるべし。
5)読みさしでやめることを決意した本についても、一応終わりまで1ページ、1ページ繰ってみよ。意外な発見をすることがある。
6)速読術を身につけよ。できるだけ短時間のうちに、できるだけ大量の資料を渉猟するためには速読以外にない。
7)本を読みながらノートをとるな。どうしても取りたいときは、本を読み終わったから、ノートを取るためにもう1度読み直したほうが、はるかに時間の経済になる。
ノートを取りながら1冊の本を読む間に、5冊の類書を読むことができる。たいていは後者のほうが、時間の有効利用になる。
8)人の意見や、ブックガイドのたぐいに惑わされるな。最近、ブックガイドが流行になっているが、お粗末なのにが多い。
9)注釈を読み飛ばすね。注釈には本文以上の情報がふくまれています。
10)本を読むときには、懐疑心を忘れるな。活字になっていると、何でもももxちゅともらしく見えるが、世評が高い本にもウソ、デタラメはいくらでもある。
11)オヤと思う個所(いい意味でも、悪い意味でも)に出合ったら、必ず、この著者はこの情報をいかにして得たか、あるいは、この判断の根拠はどこにあるのかと考えてみよ。其れがいいかげんである場合は、デタラメの場合が多い。
12)何かに疑いを持ったら、いつでもオリジナル・データ、生のファクトにぶちあたるまで疑いをおしすすめよ。
13)翻訳は誤訳、悪訳が極めて多い。翻訳書でよくわからない部分に出合ったら、自分の頭を疑うより、誤訳ではないかとまず疑わってみよ。
14)大学で得た知識など、いかほどのものではない。社会人になってから獲得し、蓄積していく知識のしていく知識の量と質、特に,20代、30代のそれが、その人のその後の人生にとって決定的に重要である。若いときは、何をさしおいても本を読ん儒時間をつくれ。(P75 実戦に役立つ14か条)
立花隆氏のように、ノートをとるより、たくさん類書をよめというアドバイスは新鮮でした。今回も印象に残る立花氏の言葉をノートにお書き留めてはいます。たくさんありすぎて、全部書き写さないと行かないような「密な」内容に驚くばかりです・
探訪テーマが決まると立花氏は「それなりの大金(現金)を」持って、東京の神田の古書街に行きます。3つぐらいの大手古書店を一巡し、「はしめに」と「あとがき」を素早く読んで、次々と書籍買取、時に10数冊になることも。大人買いどころdぇはない。
またお金を出して購入した本は当たりはずれはあるでしょうが、全部目を通すようです。それが凄い。
とことん読書し、対談相手から知識や本質を聞き出すために、「事前学習」のための読書量はすさまじい。冒頭の紹介文に「執筆テーマは、生物学、環境問題、医療、宇宙、政治、経済、生命、哲学、臨死体験など多岐にわたり、「田中角栄研究」・「臨死体験」・「日本共産党の研究」など、多くの著書がベストセラーとなっている。」ということなので、分野別の関連本も購入し、自宅に蔵書するので普通の住宅やマンションでは「床が持たない」とか。

立花隆さんの仕事場、「ネコビル」顛末記 妹尾河童の記述とビルの内部のイラストは面白い。地下1階、地上3階の建坪27坪の「書庫ビル」。見取り図を見ると「完全に書庫ビル」。トイレも風呂場も、台所もない。

2階に女性秘書の作業部屋がありますが、トイレもない。「生活感」がまるでない。
文中にどこかに立花氏が書いてありましたが、自社ビルがないと普通の建物では、書籍の重みで床が抜けるらしい。普通の書籍の在庫量ではありませんから。
鉄筋コンクリート造りのマンションも実は床が弱いとか。それで自社ビルの書庫ビル兼仕事場の建設竣工となったらしい。外壁にはネコの絵が描かれ、ユニークなビルだっららしい。
実はこの本は31年前1995年に刊行されています。阪神大震災が起きた同じ年です。デジタル社会が今ほどまだ広まっていない時期。立花隆さんは2021年のコロナ渦の最中に80歳で逝去されています。

2026年の今の時代にも立花さんが健康で生存されていたらAIや「テクノ封建制」といわれているGAFAMの少数大企業のデータの寡占化、独占化の危険性や、「パリ協定」などの環境ガイドラインが達成されず、気候破壊の高温化、大雨災害、大洪水、氷河の融解から崩落大洪水(ネパール)、などを立花さんはどう考え、対処法をどうされるのか聞いてみたい。
遺言で書籍や著作や資料はすべて廃棄して、無にしてほしいと言われえたそうですが、「知の巨人」の業績や著作をいくつか知るものとしては「もったいない」。
わたしも若いころ、「偏ったぞ雑な思想」に振り回され、58年間も無駄な時間を過ごしてしまいました。気が付けば72歳のお爺さん(もうすぐ73歳)になりました。悔やんでもい悔やみきれない、情けない人生ですが、せめて生涯を終える前に、立花さんの「勉強法の」1つでも活用して「一矢を報いたい」です。

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