いの町水害・土砂ハザードマップに思うこと

先日いの町役場へ用事がありました。用事が終わり、役場の防災部局を訪ね「いの町水害・土砂ハザードマップ」をいただいてきました。
亡き父から相続した築60年の家屋が。JRいの駅ちかくにあります。このハザードマップは「大雨によって仁淀川の堤防が決壊した場合の想定される浸水区域と浸水深が表記されています。
それによると「古家
は最悪3M程度の浸水深」になるようです。水色の版図図では「水深が1Mから3M」となっています。
枝川地区からいの駅前地区、いの役場周辺街区のほとんどは「浸水地域」となっています。いの小学校、いの中学校も水没地域にあり、高台にある枝川小学校といの南中学校は浸水外地区のようですね。
1975年のいの大水害は50年前です、あの頃とこれでは浸水区域はほとんど変わりません。がけ崩れ危険地域もほぼ同じです。
ただあの頃は宇治川、早稲川の水が、仁淀川本流の水位上昇により排水されず、逆流して内水面氾濫を起こしました。当時激甚災害に指定され、国の直轄事業で40年近く、いの町の浸水対策をしてきました。しかし内水面氾濫と仁淀川の堤防決壊という事例は異なりますが、50年前に水没した区域は、今回も水没します。いの町で安全な宅地は、いの町南部の天王団地しかありません。
「1000年に1度の大雨」の場合のハザードマップ(2日間総雨量が904ミリ以上)の場合の浸水想定時のようです。
昨年5月に国土交通省主催の「仁淀川整備計画の変更の説明会」を聴講にいきました。川底を浚渫して、堤防高を高くするとか言っていました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2024/05/post-a57469.html
50年前も当時の自宅は床上浸水。平屋でしたので、近くの農協会館へ避難しました。翌日午後に避難指示が解除されたので自宅へ戻りました。近くの国道は枝川方面に水が引いて行っていて木材や瓦礫も一緒に流れていきました。
50年間国も懸命にいの町の洪水対策をしていました。それでも「限界がある」ことを改めて思い知りました。
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