なるほど「バカ枠を生きる」には納得
日本経済新聞2021年7月11日(日曜)の坂井修一氏(歌人・情報科学者)のコラム「バカ枠を生きる」には大いに納得しました。
大学にしろ企業にしろ、本来の実力では到底合格できるわけがないのに、入学したり入社できた人を「バカ枠」というらしい。坂井氏はこう書いています。
「勉強や研究が大好きだったし、何かを理解したり思いついたらすると,幼児のように興奮するタチ(今でもそうだ)。でも勉強や研究が得意だったかというと、そんなことはなかった。
どちらかというと勉強は苦手だったし、研究となると、毎日が失敗の連続で、膨大な時間を費やしてやっと半歩前進、という具合。そんな生活が40年以上続いてきた。」
「仕事でバカをやりながら、めげないで何度でも立ち上がれるのが良いところだったと思う。
七転び八起きという格言があるが、私など、700転び,701起きぐらいがふさわしい言葉ではなかったか。」
坂井氏は不器用な自分の生き方を少し嘆いています。しかしその生き方を恥じるどころか、誇りにしている記述があります。
「ひとつ思うのは、眼から鼻に抜ける秀才君たちには、学問を通過儀式と思う人が多いということ。この人たち、勉強や研究を自分が上手に世渡りをするための道具と思っている。」世の秀才と称する人たちをバッサリと斬っています。
「私は、学問は(短歌)も人生そのものだと思うので、ここで一生試行錯誤して、成果を宝石のように抱きながら死んでいけばいいと考えている。宝石の価値は人が決めてくれるので自分がくよくよと思い悩む必要はない。」と達観しています。
そして「決意表明」が素晴らしい。少しの気張りも無理のない言葉です。
「これで生きてこられたのだから、本当に幸運な「バカ枠」だったと言わなければならないだろう。
それでも人並み以上に苦労はしたと思うし、辛いことも多かったが、とにかく最後までこの右往左往を繰り返したいと願っている。」共感を覚えますね。
わたしも青年初期の苦い情けない体験から10年ほど前から「連合赤軍と新自由主義の総括」という壮大なテーマで考え事をし、駄文を書いてきました。
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html
(連合赤軍と新自由主義の総括)
かつて「知の巨人」と言われた吉本隆明氏や立花隆氏も総括できなかった大きなテーマを市井の小市民が出来るはずはない。しかし私はこの「大きな課題」に執着し、考え駄文を書き続けています。
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