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2019年4月 3日 (水)

閖上復興だより54号


閖上復興便り54号-1_NEW
 「閖上(ゆりあげ)復興だより54号」(編集長格井直光さん)が、先日宮城県名取市の一般社団法人ふらむ名取から送付されてきました。閖上復興だよりは震災直後から発刊され、B4の大きさの紙面で閖上地区の地域コミュニティ紙として今回で54号発行されています。
 復興の様子や、地域のお祭りやイベント、学校行事など地域情報が満載されています。紙面の協賛広告も地域情報です。震災後バラバラの避難生活をなさっていた閖上地区の皆様の心をつなぐ地域コミュニティづくりに大いに役立っていると思いました。

 今回の1面は「8年・・・・閖上を見つめて」とあります。編集長の核井直光さんは,紙面一面にこう書かれていました。

「閖上では日和山周辺の震災メモリアル公園が整備中です。もうすぐきれいな公園に生まれ変わります。かさ上げ住宅地は、公民館、かわまちてらす閖上の完成を待っている状況です。
 この8年間の間に閖上地区は、5Mのかさ上げをし、6階建てのアパート8棟と住宅ができ、県道10号線以西には、田んぼを埋め整地した住宅と小中学校が建ちました。新しい閖上が現れ、見慣れる風景の中「あんどん松」が昔の面影を残しています。」

「4月25日にオープンする、かわまちてらす閖上に26店舗が出店します。その中で様相を買え、食堂「ももや」、中華食堂「浜一番」、「若草寿司」魚亭「浜や」などが復活します。しかし復活ならずの店舗も数多くあります。
 新たに進出する店舗が多く交流人口拡大に一役も二役も貢献していただけると期待しています。5月26日には、まち開きを行い新公民館を開設します。閖上も「復興」と呼べる日がもうすぐです。」

「「復興」を早くしたい、閖上を再生したいという思いで、様々なイベントを企画し、そしてこれからは、閖上の人たちの手でイベントを行ってほしいと思っています。それが可能になると感じています。それが可能になると信じています。
 本来の町機能が蘇り1つの閖上として歩んでほしいと願います。6月以降は、新公民館中心に地区民運動会や盆踊りなど震災前に行っていた行事を取り戻し、それが閖上コミュニティ再生へつながることでしょう。これも先が見えてきたからだと思っています。」

「震災を忘れず伝える使命感を持ち、全市民がそれぞれの地域、立場で語り継いでいくことが伝承です。名取市は震災遺構(物言わぬ語り部)を残さない方針の為、語り部だけでは充分に伝えることが難しいです。
 市全体として取り組むことが不可欠と考えます。二度と同じ悲劇を繰り返さないためにも。
 閖上の教訓を発信し、防災意識を高め、自然災害から「命を守る」ことが犠牲になった方たちへのせめてもの供養と考えます。
 8年を迎えた閖上、自然の恵みに感謝をして、ゆっくりと歩んで新しい閖上となってほしいです。格井直光」

 格井直光さんの想いを詰め込んだ文章ですので、全文書き写しました。個人的には閖上は2015年・16年に訪れました。当時日和山に上り、格井直光さんから震災当時の様子を聞きました。翌年もかさ上げ工事の真っ最中。閖上小学校が解体工事中であり、閖上港付近には水産加工場が建設されていました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html(2015年の訪問)
閖上復興便り54号-2_NEW
 震災慰霊碑とプレハブで震災展示館がありました。当時はかまぼこ工場の津波後の壊れたビルがありましたが、先日解体たようです。ご心配されておられるように震災を想起させる遺構が閖上地区は完全になくなりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-8809.html(2016年訪問時)

 2015年1月17日に阪神大震災20年慰霊祭で訪れた神戸市長田区鷹取東地区にも震災遺構はありません。住宅は再建され、新長田駅前は高層住宅が立ち並び、鉄人28号のムニュメントがありました。地元の人に聞きますと、震災直後は駅前広場にも仮設住宅が建てられていたと語られていました。体験を伝承していくことはとても難しいです。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-11e6.html(2015年長田)

 閖上の皆さまの強い決意を格井直光さんが表現なさっていました。しっかりうけとめさせていただきました。高知市は実は73年前に昭和南海地震を経験しています。当時の体験者は80代後半から90代になっています。敗戦直後のこともあり、慰霊碑などや震災遺構などもなく、町には全く痕跡すらありません。

 命がけの体験を語っていただきました、閖上の皆様や、長田の皆様の教訓や忠告を自分たちはどう生かされるのかを私たちは検討し、減災のために実践します。

 2面は交流のある大阪のうつぼロータリークラブでふろむ名取メンバーが格井直光さん他5人が講演され、交流をされたとの記事でした。大阪も過去の宝永(1707年)と安静(1854年)の南海地震時には津波で大きな被害を受けています。閖上の体験談は減災活動に活かされると思います。
閖上復興便り54号-3_NEW
 3面は新設された閖上小中学校から18名の卒業生のことが記事になっていました。震災前年に閖上小学校へは46人が入学されました。2年生に進級する直前に東日本大震災が起き、不二ガ丘小学校の間借りしながら学校生活を生徒たちは過ごされていました。避難生活の関係で転校・転出された生徒もおられ、今年の3月8日に卒業式を迎えました。

 4面では、名物のカツ丼が復活したことや、西日本号の被災地に義援金を津久井弁護士を通じて送金され。感謝状を贈られたとの記事が掲載されていました。津久井弁護士は昨年高知市下知コミュニティ・センターでも講演いただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-d31f.html

 また「閖上復興だよりサポーターの皆様」の紹介で、下知地域の地域代表である坂本茂雄さんのお名前をおみかけしました。

 閖上復興だよりは、地域コミュニティの核として機能されていることが紙面からもよく理解されました。
閖上復興便り54号-4_NEW

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