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2018年12月24日 (月)

閖上復興だより52号をいただきました。

閖上復興だより52号ー1_NEW_R
「閖上(ゆりあげ)復興だより52号」(発行者一般社団法人ふらむ名取・編集長・格井直光さん)を送付いただきました。東日本大震災から7年8か月。宮城県名取市閖上地区は甚大な津波の被害を受けましたが、地域は確実に復興しています。
閖上復興だより52号ー2_NEW_R
 震災直後から発刊されているという「閖上復興だより」。52号でも閖上地区の地域のお祭りや行事を丹念に取材され、記事にされています。
 52号もすべてが貫かれています。3面に格井直光さんの「先人の教え」という文章があります。
「名取市は震災遺構を残さない方針です。日和山だけが凝る。そこに昭和三陸地震津波の石碑、忠魂碑、英霊碑が震災後から横たわっています。

 語り部で案内をするときは、必ず先人の教えをとして伝わらなかった事が閖上地区の残念な出来事とお話しします。東日本大震災をどのように伝えていくか、被災地では色々とかんがえているところです。」
「各地の伝承施設を見学、語り部の方たちを訪問し、震災シンポジュウムなどに参加し、防災士の資格を取得して目下勉強中です。」と言われています。
閖上復興だより52号ー3_NEW_R
 格井さんは和歌山県広川町の「いなむらの火」を改めて見習おうと言われています。安政南海地震(1954年)で大津波が襲った時に、地元の庄屋の浜口悟陵が村民の避難を助けるために、稲を積み上げていた稲わらに火をつけ高台の神社に誘導しました。

 格井さんは震災後の浜口梧陵のとった独自の震災復興事業に注目されています。
「震災後に復旧作業の指揮をとり、家50軒を建てて被災者に提供し、米なども提供し、100年後にまた津波が来るであろうと備えて、海岸に高さ5M長さ600Mの堤防を枡築、私財を投じて村を復興させました。その結果被災者は村を離れることもなかったようです。

 そして92年後の1946年昭和南海地震が発生し高さ4Mの津波が襲いましたが堤防のおかげで村の大部分は守られました。」

 浜口梧陵さんはつくづく凄い人であると思います。600Mの堤防と言えば、現在高知県土木部が若松町ー二葉町に耐震護岸堤防を建設中ですがほぼそれと同じ規模。私財を投じてこしらえてということは今更ながらに凄いことです。閖上復興だより52号ー4_NEW_R
 今回の閖上復興だより52号も全頁地域情報満載でした。参考になりました。

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