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2017年12月

2017年12月31日 (日)

昭和小の蛍プロジェクトの灯り


蛍P昭和小
 高知市立昭和小学校正門を入ってすぐの場所に、高知蛍プロジェクトによる太陽光ソーラー街灯が立っています。2年前にDUKEさんと四国舞台テレビ照明さんのご寄贈により、当時70基のソーラー街灯が寄贈されました。

 高知蛍プロジェクト


蛍P光②
 高知市内の津波避難ビルや小学校などに立っています。大災害で電源喪失状態になっても、この街路灯は太陽光で昼間電氣を貯め込み、夜間になると光ります。

 母(92歳)が昭和小前の毛山病院に12月15日から入院しましたので、夕食時に訪問しますと、蛍プロジェクトによる街路灯を見ることが出来ます。意外に明るいのが素晴らしいです。
蛍P毛山病院

2017年12月30日 (土)

下知地区総合防災訓練・ふりかえり


下知防災訓練1217-2017-1_NEW_R下知防災訓練1217-2017-2_NEW_R
 2017年12月17日(日曜日)の午後1時から開始されました「下知地区防災訓練」。そのふりかえりを地域防災推進課課員である中山瑞稀さんがまとめていただきました。
下知防災訓練1217-2017-3_NEW_R下知防災訓練1217-2017-4_NEW_R下知防災訓練1217-2017-5_NEW_R下知防災訓練1217-2017-6_NEW_R
 全体の流れや、各班の動きが良くわかります。また反省会の意見などもよくまられています。当日私は(下知コミュニティ・センター防災部長ですが)1避難者として、家内と2人で超高齢者の両親(父98歳・母92歳)の自宅からの徒歩での避難訓練をしていました。母は屋上の集合場所までたどり着けましたが、父は足が重く息切れし、途中でリタイヤしてしまいました。
下知防災訓練1217-2017-7_NEW_R
 「指示書」や「行動ハンドブック」も作成していましたが、当日全体の検証ができませんでしたので、「下知地区総合防災訓練・ふりかえり」はとても参考になりました。参加されなかった方が見ても様子がよくわかります。中山瑞稀さんありがとうございました.

2017年12月29日 (金)

2017年―18年の堀川耐震護岸工事

 高知県土木事務所港湾管理課発行の[高知港海岸(若松町工区)高潮対策工事・こうじニュース 2017年12月・第2号)が届けられていました。堀川周辺の若松町と二葉町の周辺家屋に配布されていたようです。
耐震護岸工事2017-12_NEW_R
 二葉町工区は海上部。既に鋼管は埋め込んであるのでその上の耐震護岸工事の基礎工事を施工するようです。陸上部の若松町工区は堤防の基礎部分の工事は終了したようです。
耐震護岸工事2017-12-2_NEW_R
 また若松町陸上部の鋼管打設部の上部に鉄筋コンクリートで新規堤防の建設も始まるようです。鋼管の打設、打設した鋼管上部の新規堤防建設。海上部の工事(二葉町工区)が来年3月末までに行われるとの告知でした。

2017年12月28日 (木)

下知地区防災計画の全体像


下知地区防災計画の戦略_R
 2017年12月26日の「下知地区防災計画第2回避難所対策部会検討会」が開催されましたが、高知市地域防災推進課係長である山中晶一さんが、「下知地区防災計画の全体像」を示していただきました。

 今回のテーマは「避難所対策」であり下知コミュニティ・センターを会場として12月17日に実施されました。
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 その経験を「計画に反映する」と同時に、蓄積されたノウハウを他の避難所たとえば昭和小・水再生センターなどでの訓練に活用できるのではないか。とのご指摘をされていました。

 山中晶一さんの説明は、的を得ています。思うに「下知地区防災計画」の最大の成果は、「検討会」でのワード・カフェや鍵屋一先生や、アドバイサーの大槻知史先生や山本美咲さんのお蔭で、参加者各位の情報量は相当蓄積されましたし、参加者各位成長したと思います。

 その経験は下知地区にとどまらず他の地域にも波及させるべきであり、「防災とは上位下達」という従来型の発想や組織論を超えるものではなかったかと思います。

 特に「未災地」である下知地域で、各下知地域の単位自主防災会のリーダー層がまんべんなく参加し、成長したことは下知地域の「資産」となりました。

 今後は本気で「下知地区事前復興まちづくり計画」策定のために参加者各位が本気で全力で動くべきであると思います。

2017年12月27日 (水)

下知地区防災計画第2回避難所対策部会検討会

 暮れも押し詰まった2017年12月26日(火曜日)に、下知コミュニティ・センターにて、午後18時30分から「下知地区防災計画第2回避難所対策部会検討会」が開催されました、
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 12月17日(日曜)の下知地区総合防災訓練に参加された下知地区減災連絡会役員や、二葉町住民有志も参加しました。

 坂本茂雄事務局長から、経過報告や今後の日程などが報告されました。

 続いて大槻知史高知大学地域協働学部准教授からは、訓練を踏まえてのワークショップの検討内容樋、グループ分けの説明がありました。
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 高知市地域防災推進課山中晶一係長からは「下知地区防災計画の全体像【役割分担)と本日の検討委員会の位置づけ」が述べられました。経験を計画に反映させること。ノウハウを他の避難所に流用(横展開)することが大事であると言われました。
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 「下知地区総合防災訓練・振り返り」ということで地域防災推進課中山瑞稀課員から、訓練の様子や反省会で出た意見のまとめをしていただきました。

 大槻先生の指示によりグループ分けされました。「自宅避難組」「下知コミニュティ・センター避難組」「マンション・自宅避難組」「各避難ビル避難組」「商業施設立体駐車場避難組」に分かれ、議論をしました。
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 大槻先生かた「訓練で困った点や不安ついて話し合いました」それを「どう解決すればいいのか」「どうやれば解決が出来るのか」をグループ討議し、「すぐできること」を表現して行きました。

 避難行動が少しづつ実現化しそうに思いました。
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2017年12月26日 (火)

高知は南海トラフ対策全般が1番遅れているそうです

  昨夜火傷治療で入院中の母(92歳)の見舞いから戻るとある全国紙の記者の方から電話がありました。用件は南海トラフ地震の対策について住民立場で何を実行していますかとのことでした。

 いきなりのお電話でしたので、「介護モード」からの切り替えが出来ず、雑談になってしまいました。

 「高知県が取材してますと南海トラフ対策が1番遅れていると思います。たとえば必要な応急仮設住宅は75000戸は必要ですが、現在15000戸しか確保されていないようです。これは全国最低水準です。

 静岡県は100%確保していますし、主な施設は高台に移設はほぼ終わっています。」

 さらりと言われましたが、ショックでした。未だに6万戸が足らないとは。わたしはこう言いました。

[高知県は県土の84%は山地と森林です、平野は沿岸部の低地にあり、津波でやられてしまいます。戸数がたりないことは最初からわかりきっています。従来型の整地して仮設住宅を建築するやり方は駄目ですし、第1用地がありません。」

「6年前から二葉町が仁淀川町長者地区と交流をしていますのは、一種のモデル事業です。甚大な被害が想定される沿岸部と被害が軽微な地域との事前の「地域間交流」なんですよ。

 高知県は年間7000人人口が減少しています。当然空き家がどんどん増えています。、その有効活用を官民が一体となって行い不足する6万戸の住宅を空き家で確保できるのではないですか。

 改修費用は多少かかるでしょうが、敷地から仮設住宅を建てる費用や撤去する費用を考慮すれば全然コストが安いと思いますよ。でも高知県が市町村に大号令をかけてやっているのは、都会からの移住者対策です。全然ミスマッチなんです。」と申し上げました。

 高知が1番対策が遅れていると言われて「そうだろうな」と思いました。

2017年12月25日 (月)

今回の総合防災訓練は合格点ではないか

 26日に開催される「下知地区防災計画・避難所対策検討」会は、実質反省会にもなると思います。当日私は超高齢者の両親(父98歳・母92歳)の避難訓練を自宅から行っていて、全体像を全く確認できませんでした。
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 事前に下知減災連絡会や地域防災推進課のご支援とアドバイスを受け、下知コミュニティセンター防災部会長の立場で「下知総合防災訓練。各班行動指示書」と「下知コミュニティ・センター避難所開設・運営ハンドブック」を作成しました。
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 8月30日の防災部会でセンターの4階と5階の防災倉庫を片付けをして、防災備品がどこにあるのかをおおよそ把握していました。今回の避難訓練参加者各位が、「何がどこにあり」「避難所運営で何が必要なのか」を訓練で確認が出来たのではないでしょうか。

 当日避難所運営参加者の多くは地元二葉町から参加していました。事前に坂本さん作成の下知地区減災連絡会のチラシと一緒に「二葉町の皆様へ 12月17日午後1時に集合です。」のチラシも一緒に回覧板で流しました。

 地区防災計画検討会や防災訓練に今まで参加してこなかった町民も多く参加されていたたようです。参加者各位が「指示書」を元に避難訓練しましたが、後で聞きますとおおむねうまく行ったと聞きました。

 うまくいかなかった事例や具体例を知りたいと思います。

 当日は75歳以上の後期高齢者の人達も参加されていました。いわゆる「元気な高齢者」です。ちゃんと「戦力」になっていたようでした。

 元気な避難者とそうでない避難者

 17日に下知総合防災訓練へ参加された人たちの大半は徒歩で自宅から来られ、徒歩で非常階段を屋上まで上ることが出来た人たちです、年齢を問わず元気な避難者各位が、当事者意識を持って運営訓練が出来たことはある程度成功したのではないかと思います。

 下知CC防災部会と書いたオレンジ色の防災チョッキの着用も当事者意識を持っていただく効用がありました。
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 わたしは昨年と段違いに脚力の衰えた父(98歳)を付添していました。昨年は自宅から徒歩で10分で来れたのに、今年は25分以上かかりました。更に階段登りで4階までいくのに20分はかかりました。

 今回の教訓は父のような超高齢者の要支援者は、ほぼ徒歩での避難は無理です。津波避難ビルは垂直避難です。足腰の衰えている高齢者には苛酷です。

 近所でも高齢者に呼びかけましたが、ほとんど参加しませんでした。多くは自宅避難になると思います。ですが今回は「自宅避難者班」をこしらえることができませんでした。

 次回はこしらえ、在宅避難者と連絡を取り、安全を確保していくのかが課題です。

 歩けない人や階段登りが難しい人もおられます。大災害時に犠牲者になるのは、そうした歩行困難者です。その人たちをどう支援していくのか。或いは支援なんかできるのか?その課題に向き合わないと、問題は解決しません。

 わたしは「今すぐやる課題」として「地域間交流」の必要性を感じます。甚大な災害を受ける地域と、そうでない地域が事前に地域間交流をすることは、「震災関連死」をなくすための有力な手段ではないかと思います。

 二葉町が仁淀川町長者地区と事前の地域間交流を行ってきたのは、まさに災害弱者をなくすための解決策になるとの思いからでした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat43975382/index.html

 避難訓練が「元気な健常者のためだけの訓練」だけではいけないのではないかと思います。

 12月21日に母(92歳)が急遽毛山病院(昭和小前)に入院しました。12月9日にやけどをしましたが治りが悪く、患部が化膿したためです。父(98歳)も慢性腎不全と心不全により、足がむくみ、歩行には介助が必要になりました。

 11月半ばあたりから父の歩行困難が顕著になりました。よりシビアになってきたのは12月に入ってからでした。そして今回の母の入院です。病院は火傷治療しかしてくれず、病院任せにしておくと身体機能の低下と認知機能の低下は免れません。
 
 バリヤ・アリーの階段生活の自宅故に、身体機能の低下があると住むのが大変です、すでに父がそうなっています。母までそうなれば私と家内ともども共倒れになります。

 現時点では災害後に避難所へ行く選択肢はありません。自宅で籠城するしかありません。鉄骨3階建てですので傾いていなければそうします。それからどう生活するのか。具体的に検討しなくてはいけなくなりました。

 ただ現時点では1階の会社機能は壊滅します。こちらも生活の糧ですので移転も含め再生策を事前に対策を立てないといけなくなりました。

 個人のシビアな現実と地区防災計画をどう絡めていくのか。自分のなかで整合性がとれるのか。来年はより真摯に検討しなければいけなくなりました。

 超高齢者の体調不良で皆様にはご迷惑をおかけいたしました。今後も状況が好転しなければご迷惑をかけると思います。

2017年12月24日 (日)

超高齢者の避難・生活は下知では難しい

 2017年12月17日の下知地区総合防災訓練に超高齢者の両親(父98歳・母92歳)と参加しました。昨年に比べ父の身体機能の衰えは著しく、徒歩で200M歩くのに25分もかかりました。10分休んでからの階段登りは4階までが20分かかりました。
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 到底浸水時。津波襲来時には間に在りません。溺死です。またよしんば避難所へたどり着いても、生活は両親ともできないと思います。

 現状の避難所は劣悪で「元気な人は病気になる」「高齢者や障害者、傷病者は死ぬ確率が高い」場所です。ではそうすればいいのか?良い回答はありません。
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 うちは鉄骨3階建てなので、地震で傾かなければ自宅へ超高齢者の両親ともども籠城するしかないですね。今回のように下知コミュニティ・センターの避難所開設・運営へ駆けつけることができません。

 独自の「高台移転」を真剣に考えないといけなくなりました。こちらも知恵がありません。来年はどうするのか真剣に検討します。

2017年12月23日 (土)

12月23日の五台山市民農園


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 今年最後(?)の五台山市民農園へ行きました。6時20分前後は夜が明けていません。三石の五台山農協婦人部の良心市でネギとミカンとミニトマトを買いました。夜明けを待って市民農園へ。
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 避難小屋の基礎に使用するブロックを上げました。今日の分で終りとか。工事用のネットを業者から横田政道さんが頂いてこられたようで随分様になっていました。文旦も実りつつありますね。

 畑ではジャガイモが収穫の時期に。タイモは葉っぱが枯れています。時期は終わりですね。来年に期待しましょう。
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 今朝は9時過ぎに母(92歳)のお見舞いに行きます。元気づけないと、何もしないでいると廃人になりますから。昼食時に一緒にご飯を食べに行きます。午後からはクリスマス・ケーキを持参して家内と一緒に行きます。

地域間連携は「すぐやる」べき項目

 海に隣接していて海抜0メートルの高知市下知地区。高台もないので「生きのびる」ことは難しいし、生活再建はさらに難しい。ではどうすればいいのか。1番良いのは「高台移転」です。津波も浸水も心配のない地盤が固い高台地区への移転です。

 大手企業は次々と移転しました。取り残されているのは零細企業と所得の低い住民です。1・6万人が下知地区の住んでいます。

 高台地区を整備し市街地形成もしないし、低地の市街地をかさ上げもしないし、「できない」ことを行政側は言い訳にしています。国の助成で耐震堤防が出来たところで、下知地区は「地盤沈下」するので浸水を防げないそうです。住むことは出来ないし、生活再建も難しい。

 2011年から仁淀川町と二葉町の地域間交流を形を変えて継続しています。これは「モデル事業」であります。仁淀川町ー二葉町交流モデルにこだわっているわけではありません。

 被害の甚大な地域と、被害が軽微な地域が高知市内で連携することも大事です。それを「事前に」やるべきであうということを「仁淀川町ー二葉町」の地域間交流で示しているだけです。

 「お金がない」という前に「すぐやる」ことができるのは「地域間交流」です。しかも事前の交流です。

2017年12月22日 (金)

二葉町の皆様へ

 12月17日の下知コミュニティ・センターでの下知地区総合防災訓練にご参加いただきました町民の皆様ご苦労様でした。いろんな体験ができたと伺っています。

 参加された方も、当日ご都合がつかず参加出来なかった皆様も下知地区減災連絡会主催の「避難所対策部会」へ是非ご参加ください。


日時   2017年12月26日(火曜日) 午後6時半より

場所   下知コミュニティ・センター4階多目的室

議題   下知地区防災計画・避難所対策検討について

 下知コミュ二ティ・センターは二葉町内にある避難施設です。二葉町の皆様は「当事者意識」を皆が持って、もしもの災害時にはご近所に声掛けしながら避難しましょう。

 気が付いたこと、こうしたらいいなと思う事を12月26日に話し合いをしますので、是非ご参加下さい。
 
 暮れの果てのご多忙な時期ですが、昭和南海地震は12月21日に発生いたしました。災害は時期を選んでくれません。

 二葉町自主防災会の役員の皆様、防災リーダーの皆様のご参加をお願いします。
 多数の皆様のご参加をお願いします。

二葉町自主防災会会長 森宏

2017年12月21日 (木)

災害復興基本法の制定を


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 日本経済新聞12月18日の記事は「まさにそのとうりだ!」と思う良い記事でした。「復興は被災者主権で」「法整備と省庁の常設必要」と主張するのは津久井進氏(日弁連復興支援委員長・弁護士)です。

「70歳の人は70年間の歩みに重きを置き、若い人は将来に重きを置いて避難する。家庭内でも考えが異なるのに一律に施策を押し付ければ、家庭や地域は崩壊する。」

「一律に高台移転や巨大防潮堤を建設するのは、被災地の歴史、例えば漁師町としての過去を鑑みれば不自然だとわかる。何度も津波に遭いながら暮らしが続いてきているのに、海の様子が見えなくなるような施策は過去の否定で、人々のプライドを傷つけることになる。」

「原因は被災地から遠く離れたところで行政が決めている事。県庁や霞が関での判断は現場のニーズに即していないし、空気感がずれる。」

 辛辣な意見ですが、賛同できます。かつて阪神大震災で丸焼けになった神戸市長田区鷹取東地区の復興事業に取り組まれていた石井弘利さんも言われていました。

「行政は例外がないから出来んと言う。それもしつこく言い続けるとそれは実現する。役所と対抗するには勉強しないといけない。まちづくり協議会などの住民の広範な組織で議論して、勉強して行政側と対峙しないといけない。」

「長田では市役所主導の再開発ビルが建ちました。家賃や管理費が高いので店舗が埋まりません。震災後住民とくに借家人が地域から多く出て行き人口も減りました。住民側の意向と市役所の再開発プランとの隔たりが大きいのです。」

 災害復興基本法は、人間の尊厳の確保と被災地の再生。主役は被災者であり、同復興するのか被災者が自ら決定する権利があることが大原則。憲法で「すべての国民は個人として尊重される」ことと同じであるろ津久井進さんは言われています。

 政府が推し進めようとしている「緊急事態法」なるものは、被災地から遠く離れた中央省庁主導のやりかた。上手く行くはずはありませんね。

2017年12月20日 (水)

2017年の下知総合防災訓練について

 仕込みや準備作業は、可能な限りしました。避難訓練時の「指示書」や「避難所開設・運営ハンドブック」も下知コミュニティ・センターの防災部会の会合や、下知地区減災連絡会役員や高知市地域防災推進課の皆様のご協力。ご支援があり作成させていただきました。

 私は下知コミュニティ・センターの防災部長です。8月30日に防災部会の皆さんと協力して4階と5階の防災倉庫片付け整理しました。防災倉庫のどこに何があるのかについて頭に入っていました。それを思い出しながら指示書をこしらえました。

 また8月にビル改装現場から西田政雄さんが、ひざ掛けや、タオル、ホットカイロなどを貰って来ていただいていました。今回の訓練で役に立ったようでした。

 当日は超高齢者であり本物の要支援者である両親(父98歳・母92歳)のケアに追われ、避難訓練全体を俯瞰することは全く出来ませんでした。
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 ご参加された皆さんから写真を借用し眺めています。下知コミュニティ・センター防災部会の防災チョッキも参加者が着用していただき、手際よく各班で動かれていたようでした。
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 今日参加され「遊軍班」(全体統括)の副リーダーをされた二葉町の西森俊一さん(元町内会長)に感想を聞きました。

「参加者の8割は二葉町から来てました。町内会活動をあまりしない人も来られていました。いつものように防災のリーダーが指揮するのではなく、参加した人がその場で班をつくりリーダーを作ることには最初はびっくりしました。

 けんど皆嫌がらずにやってくれました。遊軍班(全体統括)のMさんも町内の女性ですが、最初は大丈夫かなと思っていましたが、ちゃんと的確に指示を出していました。

 サブリーダーになり、普段交流のない人達とチームを組んで活動しました。」皆他の班も初めてのことでも指示書を見ながらなんとかやり遂げていました。良かったと思います。

 今日も参加された町内の方が3人で店へ来られ、大変言訓練でした。と言っていました。やってよかったと私も思います。

 実際の災害ではぶっつけ本番。それを事前に体験できたことは大変良かったと思いますね。」とのことでした。
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 わたしは超高齢者の両親のケアで目一杯でした。今回は父の状態がシビアでしたので観察する機会がありませんでした。提供いただきました写真を見ても参加者各位の皆さんの懸命さが伝わって来ますね。

2017年12月18日 (月)

下知総合避難訓練 高齢者避難の課題

 自宅から超高齢者である両親(父98歳・母92歳)に付添い徒歩で、下知コミュニティ・センターへ向かいました。母は家内と手を繋いで約7分間で到着したとか。父は歩行に苦戦。5M歩くたびに息切れし休まないといけない。到着するのに25分かかりました。
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13時センター前道路集合には間に合いませんでした。

 1階のロビーで父はしばし休息。意を決して階段昇降をしました。吉本豊道さんが付き添っていただきました。森宏会長(83歳)も付き添っていただきました。休み休みして20分ほどかかって4階の多目的室までたどり着きました。
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 県庁生協介護福祉センターのケアマネージャーの仁井田佳代さんも付き添っていただきました。母は一緒に階段昇降し、集合場所の屋上まで行きました。父は踊り場たびに小休止するので、その間に屋上の様子など見に行きました。父が4階まで上がるに20分以上かかりました。
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 現状の父の足取りでは徒歩での避難は難しいことが良くわかりました。
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 4階多目的室に登録用紙(避難者カード)に名前と住所などを記入し、両親の避難訓練は終了しました。車をとって来て積んで自宅へ戻りました。父の入浴介助しました。

 やはり直立歩行でまともに歩けないので自宅からわずか200M先の下知コミュニティセンターですが、父は無理であることが確認できました。ではどうすればいいのか。現状では地域防災ではどうしようもありません。

 個人のレベルで真剣に考えないといけないです。同時に会社の存続もです。せっかく今の仕事が面白く今日もトレーニングをキャンセルして残業してますから。「64歳にして仕事が面白い」状態は大事にしたい。同時に両親の身の安全も真剣に検討したい。来年は安心できる環境で仕事をしたいと真底思います。

2017年12月17日 (日)

下知地区総合避難訓練2017年

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 下知地区総合避難訓練は2017年12月17日に開催されました。午前10時から下知地区減災連絡会役員によるスタッフ・ミーティングが行われました。今回の「指示書」の確認と意見交換が行われました。

 今回は減災連絡会役員はサポート役になり、避難訓練に参加した住民の中からリーダーを選び、各班による避難所開設・運営訓練を見守るという形です。

 うちの場合は98歳の父と92歳の母を家内と4人で自宅から徒歩で200M離れている下知コミュニティ・センターを向かいました。母は家内と約7分で到着し、階段昇降もケアマネさんのサポートもあり順調に上り、集合場所の屋上まで行きました。
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 父は5M歩くと小休止を繰り返し、なかなか前進出来ない状態でした。約20分はかかりました。ロビーで休息して階段昇降しました。しかし踊り場で椅子に座って休息しないと登れません。4階まで上がるに20分はかかりました。屋上への昇降は断念しました。
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 登録班が避難所名簿作成のスペースを設営したので、机で自分の名前と住所を書きました。これ以上は無理なので、早退しました。エレベーターで1階のロビーへ降り、車をとって来て車で自宅へ戻りました。
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 そして自宅へ戻り、父の入浴介助をしました。終わってからセンターへ駆けつけましたので、反省会の最中でした。父の身体能力が格段に低下していることにショックでした。徒歩での避難は難しいことがよくわかりました。
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2017年12月16日 (土)

日曜日は下知地区総合防災訓練です


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 さて今年は何人の参加者がいるのか。また参加者各位で「指示書」だけで避難所の運営が出来るものなのか。わかりません。

 この3週間は超高齢者である両親(父98歳・母92歳)の医療・介護に追われていました。「地域防災」に集中できない状況が続いております。

2017年12月15日 (金)

超高齢者の避難訓練について思案中

  超高齢者の両親(父98歳・母92歳)はこのところトラブルが多い。

  父ですが11月半ば過ぎに、3M歩行するたびに「しんどい」と言いだし、自宅の階段昇降も見守りが必要になりました。診断は「慢性腎不全に心不全」ということ。くるぶしから下の足がむくんでいます。重りをつけて歩いているようなもので、本人も苦しいと思う。

 母のほうは元気でしたが、先週の土曜日、12月9日の夕飯時に、熱いお湯の入った急須をテーブルでひっくり返し、両足太ももを火傷しました。当然医院はどこもお休み。残業なさったいていた植田先生に特別に診ていただき、高知医療センターへ紹介状を書いていただき、応急処置をしていただきました。月曜日に近所の形成外科を紹介いただき、処置しました。

 父のむくみはなかなか取れない。身体能力の衰えが激しい、歩行に介助が必要になりました。

 「年相応」といえばそれまでですが、自宅での介護負担が増加しました。覚悟はしていましたが、結構しんどいです。

 2017年12月17日の下知地区総合防災訓練への参加はどうしようか思案中。土曜日に主治医の植田先生と相談してみます。自宅から下知コミュティセンターまで何分徒歩でかかるのかを計測してみたいです。帰りは車で連れて帰ります。

2017年12月14日 (木)

実践的な今治市防災士会

 2017年の高知市での「市民とつくる防災フォーラム」の講演会におきまして今治市防災士会事務局長の伊藤雅章さんと砂田ひとみさんにお会いしました。その折に「今治市防災士会活動への参加ご案内」という資料をいただきました。

 「防災士の活動と役割」という項目では

1)月1回の定例会や研修会へ参加すること。

2)居住・参加する地域。職域での自主防災会の結成と育成・活性化に努めること。

3)災害発災時には地域・職域で、日頃の研修の成果を生かし、避難、救護、復旧支援のリーダーシップを発揮するとあります。

 未だに年に2回ぐらいの講演会と「分科会」活動しか出来ず「生ぬるい」高知市防災士会とは全く違いますね。地域密着と実践を目標にされているところが凄いです。

 2016年4月から2017年2月までの活動実績と予定を合わせますと、なんと24回です。別に「防災レディス&ママカフェWITHおやじカフェ」が毎月第2土曜日、日赤応急手当研修会が毎週木曜日とあります。

 150人会員がおられると言う事ですから、地域防災活動の担い手のリーダー研修会を付きに度以上の頻度で実行されているところが凄いです。

 また2018年(平成30年)2月17日(土曜)18日(日曜)は「第7回自主防災会研究大会が今治市総合福祉センターで開催されます。2年前から下知地区有志も参加するようになりました。今年のテーマは「避難所運営について」です。
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2017年12月13日 (水)

零細企業のBCP

  10年間やった地域防災活動は一段落がつきました。関心のない者は、いつまでたっても関心がない。「天は自らを助けるものを助ける」だったか、生きようとする意志を持たないものが、大地震で下知地区で生きのびる確率は低い。

 生き残ったら生活再建です。それも事前に対策しておかないと駄目です。宮城県の新聞社である河北新報は、新潟県の新潟日報に原稿を送り、印刷していただいて翌日から新聞を発行しました。

 それとおなじことを零細企業でもやろうと思います。来年はそれを形にします。

2017年12月12日 (火)

第6回市民とつくる防災フォーラム


関谷
 「第6回市民とつくる防災フォーラム」(主催・市民とつくる防災フォーラム実行委員会)が2017年12月10日(日曜日)午後13時から、高知市総合安心センターにて開催されます。

 今回は基調講演が「津波避難と情報―東日本大震災から学ぶ」として関谷直也東京大学特任准教授。災害時の情報伝達のありかた、情報入手の在り方.限界などを」広範囲に講演頂きました。

「大災害時や災害直後の情報収集に被災地で1番や役に立ったのがラジオでした。また新聞も役に立ったそうです。」

「コンセントから電源が必要としないメディアが被災地では活躍しました。1日・2日は存在感が大きいです。新聞は河北新聞は新潟県の新聞社で印刷し翌日に配布しました。被災者は多くの情報が得られました。」

「ツイッターやFBなどのSNSやインターネットなどは被災地以外のインフラが破壊されていない地域では、支援するための情報の共有化などには役立ちました。気仙沼市はNTTの中継局が高台にあったので、ソーシャルメディアの活用が唯一可能でありました。」

「情報伝達の方法は多様化して1つに頼らない事ですね。」

「防災ハザードマップを超える津波が襲来し犠牲になった事例が東日本大震災は多かった。より高い高台へ逃げた人は助かった。南三陸町の防災庁舎にしても町幹部が籠城していたが、皆まさか屋上まで津波が来るとは誰も想定していませんでした。」

「熊本地震ではLINEが活用がされました。それは電源が喪失しなかった珍しい災害であったからです。支援側の行政職員がLINEで情報を活用した希有な例でした。」

 「インターネット、GPS/GIS,ドローン、スパコンなどはすべてアメリカの軍事技術の転用です。日本の災害対応技術も優れていますが、どうしてもアメリカの軍事技術の応用のようなパワーはありません。」
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 参加者は60人ぐらいいました。いずれも各地域で防災活動を頑張っているコアな人たちです。講演終了後質疑応答もありました。私の方から2つ質問しました。

「ある自治体では。地震後15分で大津波が来る想定です。市幹部は車での避難はいけないと言う。住民側は高齢者が多く車避難ではないと坂道を登れません。意見が対立しています。

 また避難準備情報があります。施設管理者により解釈がまちまちで混乱しています。高齢者が避難して来るのに、施設の通常利用がされていて釈然としません。」

 関谷氏はこう回答いただきました。

「どこにも車での避難を禁止はしていません。地域でよく話合いして、1番いい方法を選択してくださいということです。

 また避難準備情報も避難に時間がかかる要支援者の早めの避難の呼びかけです。その施設が通常業務が出来るということは安全であると言う事でもあります。こちらも良く協議されてください。」とのことでした。
横田防災用具
 国際信号旗のブースは横田政道さんが出されていました。防災用品の展示コーナーもありました。ドローンの実演もあったそうですが、超高齢者の両親が気になるので早退させていただきました。

2017年12月11日 (月)

かわいい防災の推進者

 2017年12月9日の毎日新聞高知版に、高知大学防災すけっと隊代表の松岡明里さんの特集記事が掲載されていました。

「防災をかわいく 手軽に してみたい」というコンセプトで、防災ポーチや防災お菓子ポーチや防災ダンブラーなどを隊員たちと開発されてきたようです。

 以前にもNHKラジオでも聴講したことがありました。こういう視点も大事であると思いました。
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2017年12月10日 (日)

昭和小避難訓練と6年生発表・ソーラー充電スタンド


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 2017年12月8日ですが母(92歳)のはりまや橋商店街での「活き活き100歳体操」(介護予防体操)が終わり帰路に着こうとしたときに主治医の先生から電話がありました。

「介護認定調査の件ですが、お母さんは認知症が昨年より少し進行しているように見えます。どうされますか?」とのことでした。母は主に家内が介護しているので家内の意見も聞かないといけないです。

 戻って話し合いをしました。

「排泄障害が酷くなっただけで他の生活は変化はない。」とのことです。
 紹介状を書いて頂いて、高度医療の病院でMRIを撮影し、精神科の医師の診察が必要とか。今回は間に合わないにで来年お願いするにしました。

 そんなこんなで遅くなり国見俊介さんから(鈴木敏恵先生が昭和小に寄贈いただいたソーラー充電スタンド」を屋上か4階に上げると言う作業時間に遅れてしましました。

 体育館へ行くと丁度6年生の防災活動の発表が終わったばかりでした。子供たちと教員と父兄と高知市や下知消防分団、近隣住民も聴講していました。

 鈴木敏恵先生のソーラー充電スタンドの説明をされていて佳境になったときに家内から電話がありました。父(98歳)のことでした。後ろ髪を引かれながら昭和小を後にしました。父のおむつがえをしました。母の着替えもサポートしました。おやつを用意しました。手洗いを監視しました。
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 超高齢者が2人いますと「見守り」が常に必要です。特に最近はそうです。できるだけよりそうようにしています。

 今日の昭和小の訓練や6年生の報告会や、鈴木敏恵先生のソーラー充電スタンドにつきましては、新聞各紙、テレビ局が来て取材をしていました。夕方のニュースや翌日の朝刊に掲載されると思いますので注目してください。

2017年12月 9日 (土)

12月9日の五台山市民農園

 寒い朝でした。午前4時半に起床して作業をするつもりが寝過ごして起きたのが5時40分過ぎ。慌てて朝食を食べて身支度して自転車で五台山へ向かいました。夜が明けていません。
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 6時20分過ぎに五台山農協婦人部の朝市へ。今日は9時からイベントだそうです。野菜の代わりに五台山小学校の児童と保育園の園児が描いた図画が展示されていました。6年生は修学旅行で行った広島の原爆ドームや宮島の風景、園児は野菜や果物の静物画でした。

 美味しくてかじった果物も描かれていました。

 夜が明けて農園へ行きました。寒さで地上部の葉っぱは元気がありません。地中にある玉ねぎやジャガイモ、タイモは育っています。下の果樹園では簡易避難場所づくりが行われていました。
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 7時になりますと両親の介護ケアを家内としないといけないので、戻りました。冬期は滞在時間が短くなりますね。土曜日の午前中は父の通院に付き添います。

寒い季節の資源・不燃物ステーション


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 毎月第2金曜日は二葉町町内会の資源・不燃物ステーション・仕分け当番の日です。2017年12月8日は午前6時からですが夜が明けていません。寒そうなので着込んで行きました。5時50分に到着しました

 会場の下知コミュニティ・センターも暗いです。ただ昨日に比べ今朝は暖かい。しかし天気図を見ますと次第に西高東低の冬型になるので午後から風が吹き寒くなるのではないでしょうか?

 父(98歳)の介護ケアがありますので、午前7時には早退させた頂きました。寒いのと暗いせいで出足が悪いようです。当番は来年3月までですが、1月から3月までは寒くて大変です。
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2017年12月 8日 (金)

高知の山間部を巡回しました

 2017年12月7日朝は1番の冷え込みになり、車のフロントガラスに霜が降り凍結していました。しかし天気図は移動性高気圧だし、霜が降りるのは風がない証拠。外気温が日差しがあれば上がるだろうと予測しました。昨夜に奥さんの実家が仁淀川町の黒岩さんに聞きますと、暖かめで雪は溶けたとの情報も得ていました。

 昨夜(12月6日)は懇親会で帰宅が23時過ぎ。すぐに寝て午前5時に起床。昨日の地区防災計画11回検討会を自分なりにまとめた資料をブログとFBに掲載しました。それから朝食を食べ、両親が起床しますと介護ケアをして午前8時過ぎに事務所を出ました。
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 今日はすべて一般道路。朝のラッシュは反対車線で順調。いの町の仁淀川をさかのぼり、旧吾北村から本川を目指しました。坂道も乾いていました。本川の大橋ダムの貯水池も8割程度の貯水率。今時にすればある方ですね。
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 池川の439市で地元特産の味付けこんにゃくといり餅を買いました。それから仁淀川町を巡回しました。丁度お昼前になったので、ランチは長者のだんだんの里へ行きました。

 農村レストラン・だんだんの里は大盛況でした。なんでも景観修復事業にだんだんクラブと県が一緒に今後展開するらしく、打ち合わせの後の昼食タイムになっていました。下知地区の有志が田植え体験や、稲刈りや脱穀体験で大変お世話になりました西森会長や藤村さんにも会いました。農村レストランの大野さんにも挨拶しました。
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 長者の大銀杏も数日前まで葉っぱがあったそうですが、いまはすべて落葉していました。昼食はランチ(ヒレカツ定食)とコーヒーを頼みました。とても美味しかったです。
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 昼食後越知と佐川町を巡回し、いの町と春野町を廻り、桂浜と種崎経由で戻って来ました。県中央部だけでしたが、一般道路はしんどいですね。

 戻るとほどなく両親が介護予防通所リハビリ施設から帰宅しました。今日は父の入浴日。入浴介助をしました。頭も洗いました。気持ちよさそうにしていました。まだ足の腫れが引いていません。明日植田一穂先生に診察時に聞いてみます。

2017年12月 7日 (木)

下知地区防災計画第11回検討会


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 2017年12月6日(金)に午後6時半から下知コミュニティ・センターにて下知地区防災計画第11回検討会が開催されました。下知地区減災連絡会の役員ばかりでなく、地域の津波避難ビルの所有者の皆さんや、昭和小学校の教員、札幌市の地域防災担当係長の方もご参加いただきました。
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 最初に森宏下知地区減災連絡会会長の挨拶があり、坂本茂雄下知地区減災連絡会事務局長より経過報告と、今後の下知地区での当面の取り組みについて説明がありました。12月8日の昭和小での防災訓練や、12月17日の下知地区総合防災訓練についての概要説明がありました。

 「これまでの議論の確認」ということで高知大学地域協働学部大槻知史准教授から説明がありました。大槻先生には、下知地区は地盤も悪いし、海抜も低く、自然の高台もない悪条件の中で住民が、想定される大地震が起きても「生きのびる」ための個別計画「揺れ対策」と「津波避難対策」についてアドバイスをいただいていました。
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 従来から下知地区防災計画の議論の中で確認されたテーマは「災害にも強いまちづくり」です。そのためには「揺れ対策」と「津波避難対策」についても「すぐやる計画」(短期1年―3年で地区でたることの実施計画づくりと、「行政と協力して改善をまざすことの」中長期の計画づくりの概要説明がありました。

 議論の結果や検討会参加者の意見は漏らさずまとめられています。それぞれが説明されました。

 続いて「地域外避難生活を考える 命の健康と尊厳を守るために」と言うテーマで、第1回下知地区防災計画のアドバーサーをされている鍵屋一氏(跡見女子大学教授」より説明がありました。

 いつもの体操から入り参加者の緊張をほぐします。」講演がはじまりました。

「災害対策で大きな問題になっているのは、直接死の問題とともに、せっかく災害から生きのびてもその後の避難生活の中で亡くなる災害関連死の問題です。昨年の調査では2011年の東日本大震災の死者は22010人ですが、災害関連死は3474人おられました。
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「災害関連死を抑止することが最重要な応急の災害対策です。命を繋ぐには共助と公助がが必要です。公助はすぐにはきたいできません。自助で事前対策をし、。ご近所での共助を強くする。そのうえに新たな共助としてNPOや企業の支援があり、行政の公助がようやく出て来ます。」

「避難生活を困難にするのは、人、物資、資金、情報、ノウハウなどの「資源不足」です。資源不足の中では、高齢者、障害者、乳幼児、病弱者、女性と優先順位をつけても資源の奪い合いになる。「受援力」(支援を受ける力)が大切です。」

「不幸だが不幸ではない避難生活を目指しましょう。ロバート・ウォールディガー(心理学者の言葉に、人を健康で幸福にするのは、良い人間関係に尽きるのです。
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 避難生活にも強い地域のイメージは、住民の参画意欲の高い地域です。また高齢者でも障害者でも支援ができます・。それは「心」の支援です。

 要配慮者こそ、すぐれた「こころ」の支援者になります。」との講演がありました。

 そしてワードカフェに入りました。今回のテーマは避難生活から命・健康、尊厳を守る希望を書き意見交換をしました。同時に対策も話しあいました。高齢者・障害者、子供を対象に意見交換をしました。
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 ワードカフェでは、「意見を否定しない」ことがルールであり、どんどん皆が発言していき、意見を書きます。
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 「いっそのこと小規模な避難所を自分たちでこしらえるべきおでしょう。お金も出して」

「高齢者は大規模避難所では無理。最初から空き家などで生活すべき。障害者も同じである。

「ディ・サービスでは歌を歌い、体操をし、ゲームをします。避難所でも同じようにすべきです・子供たちの遊び場にも配慮すべきです。」

 高齢者を介護している家族、高齢者施設勤務の人、昭和小の教員や民生委員の人や潮町内会役員や、障害者施設の利用者の会の人も参加し、多様な意見が出ました。

 また東京から鈴木敏恵さん(一級建築士・次世代教育クリエータ)も傍聴にきていただきました。12月8日に昭和小に「ソーラー充電スタンド」(スマホ120台を5分で充電できる装置)を寄贈していただくために来ていただきました。
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 多くの皆さんの善意で「避難困難地区」である下知地区の減災対策は充実しつつあります。

超高齢者の両親は「いい歯」の表彰されました

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 本年度高知県歯科医師会(会長 野村和夫氏)が募集していました「平成29年度高知県いい歯の表彰・熟年者」の部の優良賞に選ばれたとの連絡があり、表彰状と記念品(ボディソープと薬用入浴剤が送付されてきました。
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 ケアマネージャーの下村恵子さんからの提案があり、両親のかかりつけ歯科医院の嶋本歯科からエントリーを夏ごろしておりました。
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 父は98歳、母は92歳です。2人とも1本も入れ歯はなく27本程度残っています。自分の歯で一般食事を食べることが人生の楽しみであり、健康の基礎であると思います。超高齢者になると世の中からそう褒められることはないので、良かったと思います。
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2017年12月 6日 (水)

広報下知減災 2017年11月号

 「広報下知減災 2017年11月号」は、坂本茂雄事務局長により作成され、現在下知地区で配布されています。

 下知地区防災計画のなかの個別課題である「揺れ対策」と「津波・浸水対策」の意見交換会の様子が記事に掲載されています。

 下知地区全体が地盤が弱く、水面に隣接し、しかも全域が海抜0メートルと言う悪条件だらけですから。古い木造低層住宅も多く、大変は耐震補強されていません。自助・共助で努力していく課題と、公助(行政)が関与した中長期的な解決策についてのh議論もありました。

 最終面は下知地区減災連絡会主催の講演会の報告記事です。
「下知地域の社会構造と防災対策」「ペット同行避難」「隔離も排除もしない避難所」でした。
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広報下知減災2017年11月号2_NEW_R広報下知減災2017年11月号3_NEW_R広報下知減災2017年11月号4_NEW_R

2017年12月 5日 (火)

二葉町町民への回覧板用呼びかけ文です

二葉町の皆様へ

                 二葉町自主防災会 会長 森宏

 12月17日(日曜日)午後1時前に、下知コミュニティ・センターで、2017年度下知地区総合防災訓練があります。

 二葉町町民の皆様の避難所は、下知コミュニティ・センターです。師走でとてもせわしい時期ですが、町民の皆さんは全員が参加してください。71年前の昭和南海地震は12月21日の午前5時前に起きました。災害は時期を選んでくれません。

 とくに参加していただきたい町民の皆様

1)木造家屋で1階建て、2階建てのお住まいの町民の皆様です

 想定どうり南海地震が発生しますと、震度7の強い揺れと同時に、地盤が沈下し、浸水がすぐに始まります。地震発生後30分後には津波が押し寄せて来ます。

 最大5メートルの浸水が二葉町で想定されています。鉄骨・鉄筋の3階建て以上の建物にすぐに避難しませんと溺死してしまします。二葉町民は下知コミュニティ・センターへ避難してください。どんな場所なのか。避難した生活はどうなるのか。是非12月17日は体験しましょう!!

2)高齢者の方。体の障害のある方、小さなお子様がおられるご家族も

 とっさの避難が難しい皆様も、自宅から下知コミュニティ・センターまで徒歩で何分かかるか。屋上まで階段を上って何分かかるのか。実測しましょう。

3)ペット(犬や猫)を飼っておられる町民の皆様

 12月17日の下知地区総合防委細訓練は、「ペット同行避難」も行う予定です。ペットをケージに入れて、下知コミュニティ・センター屋上に同行避難訓練に参加してください。


〇二葉町自主防災会役員・防災リーダーの皆様は「二葉町防災会」の防災ベスト着用、ヘルメットなど着用の上ご参加ください。

〇二葉町町民の皆様は、ご自分の薬手帳や薬、飲料水など携帯できる避難袋を持参し、避難生活ができる服装と装備でご参加ください。

〇今回の下知地区総合防災訓練は、参加した人全員が「避難所運営スタッフ」になります。役割分担も参加者で決めますので、リーダーや班長を名乗りでて体験しましょう。

〇事前に訓練出来た以上の事はできません。町民の皆様各位はご家族で参加され、避難所開設・運営訓練にご参加してください。多くの「気づき」が得られます。

2017年12月 4日 (月)

12月17日の避難訓練用の「指示書」を下書きしています。

 頭をひねりながら、事態を想定して書いています。意見を聞いて修正します。

下知総合避難訓練・各班行動指示書(2017年12月17日)

(スタート時)すばやく手早くやりましょう

◎リーダーを決めましょう

◎サブリーダー(3人程度)決めましょう

◎3階用具室から防災ベスト40着(段ボール入り)を持ってきます。

◎班長を決めましょう(リーダーが指名しても可)

◎決める班長です。(目標班員人数)合計40人

 総務班(10人)・情報伝達班(5人)・衛生班(5人)・健康維持班(5人)

 食料調達班・登録班(5人)・遊軍班(5人)・在宅避難班(今回はなし)

◎ガムテープに班と名前を記入する。防災ベストに貼ります。(10分以内に)

(総務班)10人

◎各部屋の安全確認を手分けしてざっとしましょう。

◎貼る場所は、入口 4階多目的室・屋上出入り口・3階和室・A室・B室・C室

◎防災倉庫(4階・5階)の開錠

◎飲料水タンク室の開錠と飲料水タンクの給水可能の確認

◎各部屋割をします

◎3階和室 介護者・要配慮者の部屋  張り紙をします。
 椅子も用意してください

◎3階B室 応急救護所  張り紙をしてください。

 救急箱セットは 4階防災倉庫に一式があります。

◎3階A室 授乳室・乳幼児の親小部屋  張り紙をしてください


◎3階C室 居住スペーズ  張り紙をしてください。

 防災畳(3階用具室)からだしてください。

◎4階多目的室  最初は登録(避難者カードの記入]スペースをつくる

 椅子や防災畳などを並べる。  無線室の通路確保

◎屋上 ペット避難用スペースの確保 ペット誘導リーダーを選定します。

 屋上東南角にキャリーカード置き場をつくる。

 テント張。机・いす ブルーシートを敷く。

 寒い場合は段ボールで風よけ対策

 ペット同行避難者の受付 ペット避難者名簿の作成

 テント張は食料調達班と共同で行う。

(情報伝達班)5人

◎避難所入り口・各避難室前や部屋に避難所の決まり事やお願いを書いた紙を貼りだしてください。(セロテープなどで貼ってください。)。

◎ホワイトボード伝達事項が書けるように、3階エレベーター前、4階エレベーター前に設置する。多目的室。3階C室へも設置する。

◎ホワイトボートのない部屋と場所(屋上・3階和室。3階A室・3階B室に段ボールなどで簡易掲示板を設置する。

◎5階屋上に国際信号旗Y旗を掲揚する。あわせてU旗(上)Y旗(下)に掲揚する。(訓練中と言う意味です。)

◎情報付与があるので、それを各掲示板に書き貼りだす。

◎避難所の様子を防災無線で災害対策本部へ随時報告する。

 避難者の数。怪我人の有無。搬送が必要な人の有無など

◎大津波警報発令中の表示をする

◎流言飛語の否定と対策を常に意識する

(衛生班)5人

◎3階部。4階部の男女・多目的トイレに、段水時を想定した非常用トイレ袋、凝固剤・始末用袋などを設置する。(トイレ関連備品は4階防災倉庫にあります。)

◎トイレや各避難所入口に手洗い用ジェルを設営する。椅子の上などに置く。
 (衛生用手合いジェルは4階防災倉庫にある)

◎水洗禁止の張り紙を、3階・4階のトイレに貼りだす。

◎ノロ・インフルエンザ・感染症の人がおれば本部(遊軍班)へ連絡する

◎救急箱(4階防災倉庫からとってくる。

◎応急処置室を3階B室に設置する。机といすを用意する。

◎防災畳などで寝かせるスペースをこしらえる。
 (防災畳は3階用具室にある。)


(健康維持班)5人

◎避難所の身体異常を発見する。各部屋の巡回

◎避難者の持病の収集と発見を行う。(部屋にて聞き取り調査)

◎その場合持病の薬の持ち出しの有無。薬手帳の有無の確認。

◎脱水症予防のための飲料水の支給と確保
 (飲料水2Lペッとボトルは4階飲料水タンク室にある。)

◎飲料水と紙コップ(4階防災倉庫)をセットにし、各避難場所に配布する。

 屋上・4階多目的室・3階和室・3階A室・3階B室・3階C室。

◎情況付与に対応する。

(食糧調達チーム)5人

◎館内非常食の確認と展示(4階多目的へ展示)
 (4階防災倉庫に非常食セットと米飯の非常食有)

◎屋上の炊き出し準備作業

◎テントを張る (5階防災倉庫) 机を出す。

◎LPガスユニット備品の組み立て(5階防災倉庫)

 ブロックを床に敷く ゴトク(ガスコンロ)を置く

 大きなやかんを2つ用意する。

◎やかんに飲料水を4階飲料水タンクよりくみ出す。

◎LPガスユニットのカギは5階防災倉庫ガソリン発電機に付属している
 鍵を開け、ユニットの安全装置を解除する。

◎紙コップは部屋に用意する。(4階防災倉庫)

◎お湯を沸かし、飴湯(生姜湯)、お茶を用意します。

 (14時頃にお湯を沸かし 避難者分科会会場へ飴湯とお茶を出します

◎お湯を沸かし終えたらコンロが冷えるのを待機し、片づけます。

(登録班)5人

◎4階多目的室に避難者カード記入用に机といすを配列する。

◎「度の合う眼鏡セット」を4階防災倉庫から用意する
  (老眼・近眼すべてに対応した度の調整できる眼鏡があります。)

◎避難者カードと鉛筆と番号札を素早くセットする。

◎避難者カードと鉛筆と番号札を避難者に配布する

◎避難者を4階多目的室に誘導し机の上で落ち着いて記入させます。

◎登録用紙を回収し、避難者名簿を回収する。

◎避難者名簿が出来たら本部(遊軍班)に報告し手渡す。

(遊軍班)5人

◎4階多目的室 防災行政連絡無線近くに本部を設置する。

◎各避難所を巡回し、問題点がないか聞き取る。

◎混乱し手薄な班を手助けする

◎チームリーダーとサブリーダーの誰かは必ず本部に居ること。

◎情報付与があれば、情報伝達班に連絡する。

◎各避難所、各班からの苦情をメモし、整理する。

◎随時 各班リーダーを一堂に集め情報交換する。

 今回は訓練を行いませんが、「在宅避難者班」も必要です

(参考)

(在宅避難班)

◎下知コミュ二ティ・センター周辺の在宅避難者の確認。状況把握。

◎在宅避難者に何が必要なのか巡回して調査する。

◎在宅避難者名簿を作成する。

◎在宅避難者への情報伝達方法を開発する。
 

2017年12月 3日 (日)

師走最初の五台山市民農園


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 このところいろいろあってご無沙汰の五台山市民農園です。夜明け前の午前6時過ぎに農園主の横田政道さん宅へ行き、自転車で三石の五台山農協婦人部の良心市へ行きました。今日は大根とミニトマトを購入しました。

 2年前に井上正雄さんにいただいた「たいも」(サトイモ・アカメとも言います)を掘ることに。お試しに一株掘りました。結構ありました。自宅で土を洗います。

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 父(98歳)の植田医院への通院がありますのでこれにて早退させていただきました。下の果樹園では避難所づくりのために自生する孟宗竹の伐採をしているようです。弘化台の卸売市場の市民開放デーです。朝食を一緒に食べれば美味しいのですが、今日はご一緒出来ませんでした。

2017年12月 2日 (土)

「市長と語ろう会」の高知新聞記事

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 2017年12月29日に下知コミュニティ・センターで開催されました「平成29年度第1回市長と語ろう会」について、翌日30日の高知新聞6面に記事になっていました。

 海に隣接し海抜0メートル地帯の軟弱地盤の下知(しもじ)地区は自然の高台もなく人口が密集した市街地を形成しています。高知市は市長や2人の副市長や関連部局の幹部職員20人と住民70人が出席しました。

 下知地域各町内からまんべんなく意見や提案、要望が出され、市長が丁寧に回答する意見交換会でした。お互い感情的にならず意見交換をしました。当然即答できないこともありました。

 高知新聞の記事は意外に大きく掲載されていました。長期浸水が予想される市街地でッ第1回目であったことと、冷静なやりとりが評価されたのではなかったかと思います。

 とは言え、わたしが質問した「広域連携」「被害が少ない地域との事前の地域間交流の必要性」については「0回答」の部分もあり、高知市及び県の浸水対策が土木事業に依存し過ぎの部分はありましたね。

 完成に16年かかる周辺堤防工事と、排水ポンプ場が完成しても「浸水は免れない」下知地区であることが明らかになりました。問題は簡単ではありません。エンドレスなテーマであることがより明確になりました。

2017年12月 1日 (金)

ある超高齢者の医療と介護の実例

高知医療センターへ行きました。

 2017年11月29日は、高知医療センターへ行きました。 父(98歳)は慢性腎不全(ステージ4)であり、最近は心不全を起こし、体がむくみ、僅か5Mの歩行で息切れする状態になりました。足もむくみが来ています。主治医の植田一穂先生の紹介で、今日高知医療センターの腎膠原病科の土山芳篤先生をご紹介いただき、紹介状を持って受診にいきました。

 父を車椅子を借りて待機させ、駐車場へ車を置いて総合受付に向かいます。遅れてはいけないので、どうしても少し早めに来ました。土山先生には6年前に救われているので、期待しています。主治医の植田先生もその想いで紹介していただきましたので。

 診察予約時間は10時半からでしたが、9時過ぎに医療センターへ行きました。その前にたくさんの検査があります。まず尿の検査。トイレに連れて行きました。ついで血液検査。今回はトラブルなしに採血できました。6年前は6人の看護士が変っても採血できなかったのですが、今回はスムーズでした。

 それから胸のレントゲン検査、超音波検査(エコー)が心臓と腎臓の検査がありました。心電図の検査もありました。奥のほうで(部屋には付き添い者は入れません)。大声で「わしは返るぜよ。もう終わってくれ!!」

 循環器の医師の診察がありました。

「心臓機能は確かに6年前から言えば弱ってはいますが、特別な治療が必要な状態ではありません。」とのことでした。

 腎膠原病科の土山芳篤先生は循環器の医師の見解や、各種検査データーを見られて診察しました。

「短期的な入院も検討していましたが、心臓が思った以上に弱ってはいないので、植田先生にお任せして、当面は利尿剤投与をしてむくみをとることをすればいいかがでしょうか。むくみは腎臓からも来ていますので、それをとりましょう。

 どうしてもうまくいかない場合はまた入院を検討します。」とのことでした。

 結果は植田医院へ「差し戻し」治療と言うことになりました。植田一穂先生の診察が適切であると思いました。午後から植田医院へ父と行くことになり、今後の治療方法について話を聞くことにしました。先生と話をし貸した。利尿治療のおかげで腫れは半分になりました。

 やはり信頼すべきは主治医であり、かかりつけ医師との信頼関係です。災害時にも活きることでしょうから。

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