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2017年10月

2017年10月31日 (火)

10月も今日でお終いですね

台風22号から温帯低気圧になったもののその後発達、948HPになりました。大陸から冷たい空気の強い勢力の高気圧が張り出し、台風がもたらした暖かい空気と激突しより低気圧が発達し、荒れた天気になりました。強い冬型の西高東低の気圧配置になりました。

 今朝の事務所の気温は午前8時前で14度。湿度は50%。予報では日中は20度になるとか。寒暖差が激しい気温となります。私は今日まで半袖のTシャツ着用ですが、朝はさすがに寒い。体を「夏仕様」から「冬仕様」に転換するためにそうしています。体の環境への調整機能をアップするためにそうしています。

 家内からは「年寄りの冷や水」とか「やせ我慢もええかげんにしろ」と叱責されています。お風呂上りにも体に冷水をかけています。後がほかほかします。この時期から真冬にかけて実施する代謝機能を向上させるトレーニングです。

 10月上旬は名古屋大学で意見交換会。下旬は大阪でメーカーの販売店会。2回も大都会への遠征がありました。普段は町内に引きこもっている田舎者には大変でした。台風は2度もやってきました。地域の会合や講演会は7回ありました。

 父(98歳)の通院は週に3回あります。母の付添ではりまや橋商店街は週に1回あります。行事や悪天候などで10月はなんと「海の散帆」は1回だけ、しかも半日です。これでは癒されません。

 二葉町自主防災会の事業は9月ですべて完了してこの状態です。個人ブログも地域ブログも「容量オーバー」で画像のアップは出来ずじまい。どうやったら改善するのかも未だにわかりません。困りましたは対策はなしです。画像の掲載は出来ず文字だけです。「記録」ですので続けます。

 明日から11月のスタートです。3日は下知地域での「昭和秋の感謝祭」が昭和小学校で午前10時過ぎから16時まであります。仁淀川町長者地区のだんだんクラブさんの協力で「二葉町ー仁淀川町」コラボで出店します。

 二葉町自主防災会会長の森宏さんのお店の名物の「揚げ物」(鳥・すり身・芋)と仁淀川町の食材を販売します。ランチタイムに是非お買い上げ下さい。

 なんだかんだとせわしく11月も忙しい。

 

「排除や隔離をしない避難所」のありかた

 2017年10月28日(土曜日)は、下知コミュニティ・センターにて「熊本地震と排除や隔離をしない避難所」というテーマで熊本学園社会福祉学部教授花田昌宜氏の講演が開催されました。主催は下知地区減災連絡会(森宏会長)です。

 森会長の歓迎の挨拶、坂本茂雄下知地区減災連絡会事務局長から、台風22号接近での下知地区で予定されていた防災行事の中止の業務連絡がありました。花田さんの講演か始まりました。「排除や隔離をしない避難所」なんて運営がどうして可能であったのか?大変興味深い内容でした。説明が多岐に渡っていたため、聞き取った「断片」を記述しました。

「わたしは元々防災関係を専門にやっていたわけではありません。水俣病の事後対策や、障害者の就労支援、人権関係の事をなんでもやっていました。」

「実は私の自宅も地震で倒壊こそ免れましたが、全壊指定を受け、現在建て替え中で、みなし仮設に住んでいます。熊本地震は4月14日と4月16日に大きな揺れがありました。直接氏死は50人。地震後の震災関連死は192人もいます・。自殺された方も5人程度います。1年半経過しましたが、避難している人数は4万2千人います。」

「実は熊本学園大学は、行政の指定避難所ではありませんでした。でも大災害だったので、周囲の住民の皆さんさん方が次々と避難してきました。4月15日は30人、16日は350人、17日は750人でした。車中泊の人もいましたので、もっといたかも知れません。」

「避難所は大災害時に避難をされてきた人たが、次の居場所を確保する前段階の準備を去れる場所です。命を繋ぐ場所なんです。こちらの都合で閉鎖したり、避難所を追いだしたらしないようにすべきです。」

「近隣の行政側の指定避難所は、地震後開いていなかったり、準備していなかったりでした、また障害者の人達は避難所へ行っても受け入れてくれなかったり、大混雑では入れなかったりしました。入れても障害者への配慮はなく、結局出て行き車中泊されている人医たちもおられたようです。」

「人口の5%はなんらかの障害のある人たちです。身体障害、知的障害、精神障害などです。最近でこそ障害のある人たちを大きな収容所で隔離して収容するのではなく、地域の中で在宅で生活しましょうなんてことが言われています。

 しかしこと災害時の避難所では障害者は隔離され、排除されていました。地域で障害者も住民と一緒に暮らしているの位ですから、避難所でも同じですね。私たちはそういう考え方で対処しました。」

「避難所マニュアルはとくに必要ありません。要支援者には「配慮」と理解が必要です。被災障害者支援センターを学内にこしらえ、大学関係者で支援をしました。」

「災害時においては、同じ人間であるのに差別されるということはない。人並みに自然災害は襲ってきます。

 ところが、災害による被害に関しては、実質的に格差・被害を受ける人たちが出てくる。障害者、外国人、高齢者など。それにより命の保障が困難になる。」(災害と人権をめぐる考え方・格差と排除)

「地域住民が次々と押し寄せる段階では、避難者名簿を優先して書いてもらいことはしませんでした。とても時間がかかり、人員もそれに割くことはできませんでした。自体が落ち着き、皆が平穏な心で避難所生活をするようになってから、記入していただくようにしました。」

「身体障害者(車椅子)の人達は広い生活スペーズが必要です。車椅子に座りっぱなしで褥瘡が出来そうになっている人もいました。体育館にスペーズをつくり、体育館用マットを出して来て居場所をつくりました。」

「駄目ですよ。これはしてはいけない。という言葉を使用せず、こうしたらどうですが。という発想で対応しました。」

「避難所で無意味なルールはつくりませんでした。火気厳禁というルールがアルト炊き出しなども出来ません。外出許可書とかいう書式など無意味です。ルールをつくれば守らせる要員配置やエネルギーがいります。」

「部屋のなかでペット暮らしている人達もおられます。その人たちへも配慮し、教室をスペーズをつくりました。」

「情報の提供にも気を使いました。学内のLANを開放し、スマホやタブレットで情報が得られえるようにしました。充電コーナーもつくりました。」

「授業を再開しても体育館では避難所運営を継続しました。5月28日に最後の1人が移動したので、避難所を閉じました。」

「障害者スポーツセンターは、障害者の避難を受け入れませんでした。
こちらでは、メニューをこしらえ障害のある人もない人も役割をつくり、実施しました。ソージが出来ます。片付けが出来ますとか。」

「発達障害の子供たちもいました。親が必要以上に気を使い委縮されていました。気持ちをほぐしていくことが大事であることに気付きました。」

「大学関係者(職員・学生)の安否確認に4日ぐらいかかりました。避難所運営は、駆け付けた人がリーダーにしました。避難所は24時間運営。トイレの掃除は1日4回します。ただ行動障害のある人に対しては当時は対応が出来ませんでした。

 1人いたいして1人を配置する余力がなかったからです。」

「傾向としては市民側がルールを求め事が多い。リーダーの人選が大事です。」

「障害者であれ要支援者であれ、地震が起きる前まで地域に暮らしていた人達であり、施設入居者ではありません。

 だから障害者・高齢者を福祉品所へと言う考え方はしません。」

「本震翌日の4月17日には、学生たちが構内で炊き出しを開始しました。下記使用禁止の避難所なら700人分の食事は提供できません。」

「健康保持、衛生環境の保持は最低限。母子への対応。水と食料の確保は大事。絶えず避難所にはひとがいること。運営者、専門職、学生(すべてボランティア)は、弊社尾まで24時間体制の維持と稼動が必要です。

「管理はしない、配慮する原則について

 厳密な役割分担を求めませんでした。そこにいる人がその場で対応する。責任体制は、花田を中心に、2~3人が全体を統括していました。

 清掃、物資調達、医療、健康、介助体制など。外部対応は(メディア・訪問者・ボランティアに対してです。」

「避難所マニュアルについて。ルール。規則は作らない。事態は常に動いている。規則を作ると、守るためにエネルギーと時間が必要になります。」

「入所者名簿は作成しなかった。意味がない。人数把握だけで十分。出入りも自由。規制をすれば受付に人が複数必要になる。ペットの規制もしなかった。飲酒規制もしなかった。」

「熊本では福祉避難所は機能しませんでした。行政による振り分けはされたが、福祉品所自身の機能不全があった。一般の避難所で受け入れる体制づくりをすべき。

 障害者の行き場、居場所がなかった現実がありました。地域で暮らす、脱施設化の流れがあるのに、なぜ災害時に福祉避難所へ行かそうとするのか。

 障害者差別解消法を持ち出すまでもなく、ともにいきる社会づくりが必要。」

 花田昌宣さんは、今後に生かすべき教訓をいくつか言われました。

①震災前の在り方が問われる

 バリヤフリーの大学、トイレ、スリープ、教職員の意識。地域の障害者や高齢者との日常的な交流は必要です。

②地域に共生社会を根付かせよう

 学校・公共施設に障害者・高齢者などが見えなければ配慮はされない。

③緊急時の柔軟な組織運営が必要。手続きとマニュアル志向では事態に対応できません。」

 災害避難所の熊本学園モデル 4つの原則

1)障害者を受け入れたインクルーシブ(包括的)な避難所

2)運営の原則 管理はしない 配慮する

3)避難所は次のステップへの移行の場

4)災害以前に問われる日常、人と環境の条件

 講演会の聴講には、地域住民だけでなく、社会福祉関係者、行政関係者、遠く県外から来られた人など50人近い参加者がありました。講演終了後も活発な意見交換が行われました。

 下知コミュニティ・センターも避難収容所機能があります。その運営の仕組みを、運営委員会防災部長として提案しなければいけない立場です。

 花田先生の講演と意見交換で「半分程度」は見えてきたと思いました。雨の中熱心に参加いただきました参加者の皆さんに敬意を払います。熊本から来ていただきました花田昌宣さんに感謝です。

2017年10月30日 (月)

ブログの容量が一杯になったらしい

 毎日日にちブログを更新しています。個人ブログの「けんちゃんの吠えるウォツチングーどこでもコミュニティ双方サイト」と地域ブログである「二葉町防災新聞」。最近画像が投稿できなくなりました。

 画像を投稿しようとしますと「ディスク容量が不足しています」とのメッセージが出ます。それで写真などが両方とも投稿できなくなったようです。

 FBもしていますが、やはり記録やあとから検索するときにブログは便利ですから。ここまま記録できないのは辛いです。

2017年10月29日 (日)

社会的弱者を災害弱者にしてはいけない

  この地域では「家具転倒防止対策」もできていないし、まして古い木造家屋の耐震工事などもされていない。
海抜0メートイルの軟弱地盤の島の上に市街地形成された高知市下知地域。避難困難地域です。

 高齢者や所得の低い人たちも多い。また中心市街地に近く交通の利便性もあるので、他の地域から流入されてきた人も多い。新旧住民とのつながりも弱い。地方都市なのに「変に」都市化して地域コミュニティ力が弱い。

 防災の問題ではあるが、社会問題でもあると思う。「災害弱者」と呼ばれる人たちの多くは高齢者であり、何らかの障害があり、所得も低い人たちが多く居住されているのが下知地区でもあります。

 こうなると社会問題であり、政治の問題でもあるのではないでしょうか。最近そう思うようになりました。

 簡単に問題は解決しません。でもやり続けること。働きかけ続けることしか出来ません。成し遂げるまでやるしかありません。

2017年10月28日 (土)

話題を多くこしらえましたが深刻な状況は改善されていません

 2007年に結成された二葉町自主防災会。2017年で10年になります。この間にいろんな事業に取り組み実施してきました。研修や講演会、避難訓練や、防災世帯調査、独自の地区避難ビルの指定。疎開を前提とした仁淀川町との交流。など。地域間相互交流は、いろんな地域と交流を深めました。

 神戸市長田区鷹取東地区。今治市防災士会、。徳島県美波町事前復興まちづくり計画。仁淀川町長者地区。名古屋大学室井研二先生。宮城県石巻市の河瀬さん、今野さん。名取市の格井さん。テレビや新聞などの報道機関の皆様や学識者の皆様と知り合い、学ばせていただきました。

 2015年からは下知地域全体で「地区防災計画」に取り組み、高知市と一緒になって下知地区防災計画(事前復興計画)に取り組んでいます。「話題」を多く提供してきました。

 被災地ではない、未災地でありながら、一時期注目されました。でも事態はなにも改善はされていません。

 もし今南海トラづ地震が起きたら、800人の二葉町の住民のなかで100人ぐらいは死亡します。あまりに条件が悪く、「無防備」な状態で生活をしていますから。また命こそ助かったとしても、生活再建の道筋がついた状態ではありません。五里霧中ですね。実のところは。

 それがもどかしい。10年頑張って来ましたが、たかだかこれくらいしか出来ないのかと落ち込んでしまします。

 でも「やらないよりはやったほうがまし」「少しでも皆が確かる道を探そう」としてきました。

 一時期「もうやめよう」と思うこともありました。でも気を取り直しました。自分なりに出来る範囲でやります。それしかできないのですから。

2017年10月27日 (金)

高知市中心市街地再開発?

 最近海抜2Mの低地にマンションが建設されています。いずれも元は駐車場であったところです。最初から「津波避難ビル」であることを宣言し、公共性を公言する分譲マンションもあるようです。
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 意外に小規模で駐車場スペースもなさそうです。今建築されている建物は新耐震で低地の市街地では「津波避難ビル」が結果として増えるのでありがたい話ではあります。

 海抜0メートルの下知地域も「高度化」すれば、津波や浸水被害に対しても自宅でやり過ごすことができます。
 
 しかしながら分譲では1部屋が3000万円台、一時と比べ低下したとはいえ高知市の中心市街地の土地価格が高めであるからでしょう。低地の市街地の貧乏人は住み替えも出来ません。

2017年10月26日 (木)

排除や隔離をしない避難所運営

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 下知地区減災連絡会主催の講演会は,10月28日(土曜日)午後6時から下知コミュニティ・センターにて「熊本地震と排除や隔離をしない避難所」というテーマで、講師は花田昌宣熊本学園大学社会福祉学部教授です。

 熊本学園大学は、行政から避難所として指定されていませんでした。でも周辺から地震の被災者が次々と避難されてこられました。高齢者、障害を持たれた人たち。被災者をすべて受け入れ、最後の被災者が退所するまで避難所運営を続けられました。

 避難所運営の在り方を真摯に考えるための講演会です。是非ご参加ください。

2017年10月25日 (水)

下知地区防災計画・津波・浸水部会が開催されました

 2017年10月24日、下知地区防災計画は「津波・浸水対策」部会が行われました。アドバイザーは大槻知史高知大学地域協働学部准教授と山本美咲さん(県職員に出向中。前市地域防災推進課下知担当)です。
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 森宏下知地区減災連絡会会長から「下知の地域防災をみんなの知恵と力で作っていきましょう。」と挨拶がありました。坂本茂雄下知地区減災連絡会事務局長から、「前回の揺れ対策部会のまとめの補足事項と、今後の活動の予定」が報告されました。

 高知市地域防災推進課山中晶一係長から台風21号関係の報告がありました。
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「幸い人的な被害がありませんでした。強い風台風でしたので、倒木や屋根が飛んだとか、がけ崩れの情報も200件寄せられました。」とのことでした。

 大槻知史さんより問題提起と今日の意見交換会の意義目的が話されました。
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「地区防災計画の意義目的は、みんなで考えるプロレス(過程)がとても重要であるということです。報告書にまとめて終わりではありません。みんなで真底考えることが大切です。」
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「気づき、やる気、後押しなどかなり長期的な取り組みとなります。地区防災計画は今後も続く継続的な計画なのです。」

「下知地域では地震発生後20分から1時間以内に、地域内の津波避難ビル、地区指定の避難ビル、高いビルにいち早く駆け上がらないと助かりません。下知地域は更に長期浸水という問題があります。津波避難ビルやマンションで救助を待たないといけません。」

 「本日は津波から安心な場所に逃げるためのすぐやる計画を1-3年で地域でやることを検討して行きます。検討する場合の視点はm(高齢者)(こども))(障害者)(働く世代)です。下知地区で想定されることを考慮しながら検討しましょう。」と言われました。

 また次回は「事前に受援力を高めるとか、少しでも状況を改善する地区のアクションプランなども検討できたらと考えています。」と言われました。

 仙台市の津波の様子の映像を見ました。最初こそ足元をゆるりと来た津波。撮影者はタクシーから降り、運転手と一緒に近くのビルへ駆け上がります。駆け上がると道路は津波が押し寄せ車が流れるほどになりました。
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 ビルから備えつけの消火栓用のホースで逃げ遅れ屋根に上っている人を救助する様子も写っていました。

 映像をみて岩手の津波語り部の菅野和夫さんが「津波避難ビルには救命用のロープとブルーシートが必要である。」と言われていた意味が良く理解できました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-89ac.html

 続いて班ごとに津波対策のアイデアを出し合いました。今日は地域から25人の参加者が居ましたが、集合しますといろんなアイデアや知恵が出るものです。
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「大きな防災用の掲示板を作り、防災に必要なことを貼りだします。通行人にも読めるようにします。」

「掲示板いバーコードを貼り付け、それを讀みとると映像や情報が入手できるように工夫します。」

「一斉に避難訓練をしたら防災食を食べたりします。それで1000円徴収します。その費用で地区の防災備品を買い揃えて行きます。」
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「夜間の避難が怖いので、明かりを確保するように市民も行政も協力します。」

「もよりの避難ビルにロープを備えつけ、救助用に活用します。また地域同士が顔見知りになり共助の関係を日頃からつくることが大事です。」

 今回は津波避難ビルになっていただいたビルのオーナーさんたちも参加いただきました。たくさんの意見交換が出来ました。

2017年10月24日 (火)

皇太子ご夫妻が町内を通過しました

 2017年10月24日午後15時10分頃、「全国担い手サミット」に高知へ来られていた皇太子ご夫妻は、二葉町内の県道桂浜ー宝永線を通過され、五台山の県立牧野植物園に行かれました。
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二葉町内の歓迎ブースは事務所から50Mほど離れた交差点東側の歩道に町内の人達がおられました。日の丸の旗の小旗は高知市役所職員が住民各位に配布していました。
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 このポイントの警備担当は広島県警でした。私服の警察官が町内を廻り、「皇太子ご夫妻が15年ぶりに高知へ来られます。15時頃ですお構いない方は町内のクリーニング店の看板のある東側歩道にご参集ください。」と言われています。
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 やおら15時10分ほど前に行きました。既に町内の大勢の人達が歩道に待機していました。広島県警のリーダー格の警察官がハンドマイクを使用し説明をしました。

「こちらを通過する予定時刻はやや遅れ15時10分前後となりました。」

「通過する場合は申し上げます。まず③と表示した警察車両が通過します。通過3分前です。続いて①という警察車両が通過します。通過1分前です。」

「写真撮影は構いません。フラッシュはたかないでください。運転手がびっくりして早く通過してしまいますので。」

「それから前の人を押したり、物を投げたり、走ったりしないでください。危険です。通過直前にロープとカラーコーンを撤去します。それより前に出ないようにお願いします。」との注意事項がありました。
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 先導する警察車両が現れ、説明どうり③の警察車両、①の警察車両が通過しました。いよいよです。先導の白バイ2台が通過し、先導の車の後に、旗を立てた車両に皇太子ご夫妻が乗られた車です。
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 あっというまに通過していきました。安物のデジカメではうまく撮影出来ませんでした。
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ソフトでしたが警察の危機管理対策は見事でした。
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 通過後ご婦人方が「雅子さん上品で綺麗な人やねえ。テレビ映りが悪いんや。やはり気品がありますね。」との評論をされていました。心身ともにお元気そうで何よりでした。

2017年10月23日 (月)

台風21号の爪痕


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 四国高知は台風の進路から大きく外れていましたが、強風が12時間以上吹きました。総選挙で知り合いが当選したのでお祝いに行こうかとも思いましたが、周囲で聞こえるバリバリという音にビビって外出を控えました。
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 一夜明け「前原ー小池」の野党分断・利敵行為により予想どうり自民党が圧勝していました。ご近所の家屋の様子を倉庫から見ると、屋根が剥げているではありませんか。
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 物干し台も壊れているし、飛んだ部材はうちの敷地まで落ちていました。

 防災会の防災マップもどこかへ飛んでいきました。今台風21号は関東へ行っているそうですが、大きな被害がないことを望みたい。
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トリプル・ブッキングの防災講演会

 2017年10月28日(土曜日)は、偶然ですが、皆聴講したい防災講演会や意見交換会が3つも重なってしまいました。
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下知地区減災連絡会主催の講演会は,10月28日(土曜日)午後6時からの「熊本地震と排除や隔離をしない避難所」というテーマで、花田昌宣熊本学園大学社会福祉学部教授です。

 熊本学園大学は、行政から避難所として指定されていませんでした。でも周辺から地震の被災者が次々と避難されてこられました。高齢者、障害を持たれた人たち。被災者をすべて受け入れ、最後の被災者が退所するまで避難所運営を続けられました。

 避難所運営の在り方を真摯に考えるための講演会です。

同日聴講したい講演会が2つあります。
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 1つは東北大学災害科学国際研究所(津波工学分野)所長である今村文彦氏の講演@南海トラフ地震と津波に備えるには?東日本大震災の経験と教訓から:です。

 13時15分から15時15分まで高新文化ホールです。

 今村先生は、昨年仙台市での「地区防災フォーラム全国大会」の帰りに東北大学災害科学研究所で講演を聴講しました。国内外の企業が東北大学へ詰めかけ、提携し共同研究している姿を目撃しましたから。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-22f0.html

 また同日安芸市では、高知新聞と河北新聞が共同して企画された「むすび塾×いのぐ塾IN安芸」が企画されています。
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 東日本大震災の「語り部」として、名取市閖上の格井直光さんも高知へ来られます。残念ながら先方のご都合でお会いすることはできません。

 名取市で2015年と2016年の2回お会いしました。また「閖上復興便り」の編集長としてもご活躍されておられます。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-31a0.html

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2017年10月22日 (日)

避難準備情報が13時に発令されました


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 超大型台風21号が四国に接近しています。2017年10月22日の午後13時に高知市で避難準備情報が発令になりました。昼寝をしておりましたがたたき起こされました。防災行政無線でも聞き取れませんが何やら言っております。
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 13時30分過ぎに下知コミュニティ・センターに防災装備(長靴・合羽上下、ヘッドランプ付きヘルメット)で再び行きました。既に担当の市役所職員が避難所開設の準備をしていました。
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 4階で総選挙の投票は行われています。3階の和室が避難場所になりました。2階の下知図書館は、15時で閉館との張り紙がありました。(一応災害対策本部と図書館長とで協議されたようです。)
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 10月19日の下知コミュニティ・センター運営委員会(坂本茂雄会長)にて協議されていたこと「台風などの避難所開設時における図書館の運営について」が心配される事態に早速なりました。図書館が閉館するまでは待機することにしました。
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 その間に避難してくる人がおられました。下知地域の人が2人と旅行者(自転車で日本一周旅行の人)が避難されてきました。

 13時に避難所が開設され、下知市民図書館の閉館予定が15時と、2時間の時間差があります。おまけに今日は衆議院議員選挙の投票日。4階で投票所が開設されています。複雑な様相でした。

 高木妙さんも来られお話しました。市内の避難所を下知を皮切りに巡回されるとか。現状を高知市地域コミュニティ推進課の井上課長補佐にも電話で伝達しました。
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 坂本茂雄下知コミュ二ティ・センター運営委員長にも報告しました。森宏二葉町自主防災会会長も投票に来られましたので、高木妙市議も交え、下知の地域防災のありかたについて意見交換しました。

 16時前に退館しました。これから風雨が強くなるという予報です。

投票に行って、テレビ番組を見よう


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 投票後は近所の喫茶すみれさんでモーニングをいただきました。看板と表示板をお店の中に入れました。結構な風ですので。スポーツ新聞が置かれていて、昨夜の総選挙最終日の様子の記事は面白い。
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 今夕の地上波テレビは、すべて総選挙特番。BS番組の多くもそう。タレントのアホな解説や談合記者クラブのぬるい解説なんぞ聞きたくもない。時間の無駄。

 高知市2区の動向や、四国比例の動向が早く知りたいだけ。後は週刊誌などの候補者の党宅予報が当たるかどうかでしょうか。

 池上彰氏の番組と、BSTBSの外国人特派員のな番組は必見です。

 池上彰氏の番組はBSジャパンで午後7時50分から。「池上彰の総選挙」です。
 遠慮会釈ない切り込み、権力者に媚びない質問などが面白いでしょう。

http://www.bs-j.co.jp/…/deta…/201710/13791_201710221950.html

 またBSTBSでは、「総選挙から読み取る日本 外国人特派員と大物政治家の対談」は見逃せない。日本語の達者な外国人特派員。日本の談合記者クラブへ入っていないので、独自の解釈で日本の政治に切り込む。とても面白い番組です。

http://www.bs-tbs.co.jp/gaikokujinkisha/

 最終の当落が判明するのは午前2時ごろか。昼間は引きこもりなので、昼寝をして深夜のテレビ観戦に備えよう。

嵐の中投票に行きました


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 台風21号の接近で、夜半から雨と風が強い高知市。台風接近で避難所開設の可能性もあります。それで合羽と長靴、ヘットライト付きヘルメットを被り、傘をさして下知コミュニティ・センターへ行きました。センター4階の投票所へ行きました。(もし避難所開設の事態になれば3階が避難所になります。)
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 投票立会人として、二葉町の荒木さんと若松町の福谷さんが来られていました。午前7時から午後1時までだそうです。午後1時から午後8時までは別の地域の人が立会人になるそうです。聞きますと多少の日当は出るそうですが、弁当などはないそうです。
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 定刻の7時に選管の責任者が時間を確認して宣言し、投票所が開所。持参した入場券と引き換えに投票用紙が渡されます。今回は選挙区、比例代表、裁判官審査の3枚の投票用紙が渡されます。それぞれに投票します。
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 投票箱が空であることを確認させていただきました。最近投票所には1番乗りなので、各投票箱が空であることを確認し、写真撮影しています。確かに空であり、厳重に鍵がかけられ、投票が始まりました。
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 風が強く、投票後交差点で突風で傘が壊れました。今回駐車場も少ないし、風雨も強いので投票率は全国的に下がる可能性は高いですね。でも投票へは行くべきです。切に願います。
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総選挙の争点は原発の可否であるはず

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北朝鮮ミサイルが飛んできたらどうすると好戦的な議論をされる政党関係者が多い。

 そのミサイルが54基ある原子力発電所と核燃料施設へ飛んできた場合防衛は出来ますか?

 戦争準備しながら原発を稼働させ、原子力施設の防衛をしないで国民の安全は守れるのでしょうか?自民党は回答せよ。国策として原発の稼働を掲げ、憲法を改正してまで戦争準備までしようとしている。ならば日本の防衛上の1番の弱点である原子力施設をどのようにして防衛するのか回答していただきたいものです。

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2017年10月21日 (土)

超大型台風接近中


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 22日の総選挙投票日、23日の仕事日の日本列島を直撃する台風21号。気象庁の台風予報でも「超大型」と表記されています。


<21日06時の実況>気象庁台風情報

大きさ 超大型
強さ 非常に強い
存在地域 日本の南
中心位置 北緯 21度00分(21.0度)
東経 130度55分(130.9度)
進行方向、速さ 北北東 15km/h(8kt)
中心気圧 925hPa
中心付近の最大風速 50m/s(95kt)
最大瞬間風速 70m/s(135kt)
25m/s以上の暴風域 全域 280km(150NM)
15m/s以上の強風域 南側 950km(500NM)
北側 750km(400NM)
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 今朝の事務所の気温は20度。湿度は79%です。台風の北上にもかかわらずひんやりとしています。台風の勢力が沖縄付近で強くなったのも海水温が高いからでしょう。

 今朝予定していました父(98歳)のゴルフ・リハビリは父が「大雨だから行きたくない。・」との意向で中止。明日も雨なので洗濯物が乾かないのでコインランドリーに。スーパーへの買い出しも行かないといけないです。
 
 またまた「海の散帆」へは悪天候で行けないです。来週は関西への出張。講演会などがありまたまた行けないようです。海が遠いですね。

下知コミュニティ・センター運営委員会が開催されました。


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 下知コミュニティ・センター運営委員会(会長・坂本茂雄氏)が、2017年10月19日に、下知コミュ二ティ・センター会議室で開催されました。
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高知市地域コミュニティ推進課の野町係長と西尾課員も出席されました。議題は平成29年度前期(9月末まで)の事業報告と後期の事業計画、予算の執行状況について、下坂センター長から説明があり、審議の結果承認されました。

 また防災部会から提案されていました、5階屋上部に掲揚する国際信号旗掲揚ポール設置につきましても、承認されました。具体的な設置工事の段取りが始まります。国際信号旗は3年ほど前から横田政道さん(若松町自主防災会会長)の発案でした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-1850.html

 下知コミュニティ・センターは国道32号線(電車通り)より南部の収容避難所であるので、大災害時にいち早く国際信号旗のV旗を掲揚することで、偵察ヘリや、海上船舶からの発見が早くなり、救命・救助・支援がすみやかに行われることでしょう。
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 「その他」の議題では「台風などの避難所開設時における図書館の運営について」は、「避難準備情報が高知市から発令され、貸室業務が停止されているのに、図書館が開館されていて利用者が暴風雨の中来館している状態がありました。危険なので、下知コミュニティ・センターが避難所開設されたと同時に図書館も閉館するように検討していただきたい。」との要望を運営委員会として高知市に提出することが決議されました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/cc-8188.html

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 国見俊介地域活動部会部長から「11月3日の下知地域挙げての昭和秋の感謝祭にご協力をお願いします。」との協力要請がありました。ポスターも役員各位が持ち帰りました。

2017年10月20日 (金)

美波町事前復興まちづくり計画が日本経済新聞に掲載されています。

 2017年10月16日付の日本経済新聞34面(社会面)に、下知地区が交流しています徳島県美波町(由岐地区)の「事前復興まちづくり計画」についての記事が掲載されています。(添付画像参照)
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 昨年7月に土佐市宇佐自主防災会連合会の人達と美波町を訪問し意見交換しました。
美波町は徳島大学の駐在の人(井若氏)がおられ、大学の建築・土木部門の協力も得て、具体的に町内高台への移転計画も立案しつつあります。進んでいます。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-28a7.html(美波町訪問)

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-6e0e.html(事前復興まちづくり計画)

2)10月6日(金)は山中係長様とともに名古屋大学情報文化部へ行き、学識者や行政関係者、南区住民の皆様と意見交換会をしてきました。


http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-05c4.html(意見交換会)

*南区星崎地区は、下知地区と同様に同時期「地区防災計画」を策定していります。
 意見交換会の前に「まちあるき」をし、地域のキーマンの方とも意見交換してきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-365a.html(南区まちあるき)

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-00b0.html(南区住民リーダーとの意見交換)

2017年10月19日 (木)

原子力施設の防衛をどうするつもりなのか?


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 日本国憲法を改正し、戦争法案(安保法制とやら)を推進して、北朝鮮と一戦を交えることはいとわないと言う自民党・希望の党・維新の関係者の皆様にお伺いしたい。現在の自衛隊の防衛力で日本国の54基の原子力発電所と核燃料処理施設(六ヶ所村)などは守れますか?
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 いくつか質問があります。きちんと回答して下さい。

1)原子力施設をどうやって防衛するのか?P3Cの迎撃ミサイルシステムを何故原発を守るために配備しないのでしょうか?何故自衛隊や海上保安庁で原発や核施設の警備と防衛をしないのでしょうか?(現在は警備保障会社が警備をしています。)

2)万が1原子力施設が敵性国家や国際テロリストによって爆破された場合、対処策はありますか?あるのであれば、詳細に述べてください。

3)世界1の軍事大国であり、核兵器を保有しているイスラエルは、何故自国に原子力発電所を建設しないのでしょうか?その理由はなんであると思われますか?

4)北朝鮮と緊張関係を持続しながら、外交的に圧力をかけながら、原子力発電所の再稼働をすることについて、安全対策(軍事的な攻撃に対して)大丈夫である根拠を具体的に示してください。

5)万が1日本国内の原子力施設が福島第1原子力発電所以外に、原子力施設が、災害などで被害を受けメルトダウンすれば、頼みの在日米軍は家族を連れて日本から撤退すると思われます。そうならない確証があればお示しください。


6)在日米軍が日本から撤退した場合、自衛隊の力だけで国の防衛は可能ですか?災害支援と原発対応と国土防衛の3方面作戦は可能なのか回答してください。
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7)在日米軍が撤退した場合は、中国が侵攻する可能性があると思われますか?その場合阻止することは可能でしょうか?

 自民党・希望・維新の関係者の皆様の回答をお願いしたいものです。
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2017年10月18日 (水)

元卓球世界チャンピオン浜田美穂氏講演会

 高知市出身で元卓球世界大会(サラエボ)優勝者の浜田美穂さん。現在は高知工科大学教授です。講演会は下知地区町内会連合会(福谷会長)主催。福谷さんも卓球選手でした。2017年10月14日に下知コミュニティ・センターで開催されました。

 下知コミュニティ・センターでも毎週金曜日は卓球サロンが夕方開催されています。卓球は市民レベルでも広く親しまれているスポーツの1つです。

 卓球と言えば娘が中学・高校の部活でやっていました。しかし生徒会や美術部や漫画部との掛け持ちでしたから真面目にやってはいなかったと思いますね。

 「土佐女子卓球部で子どもが6年間お世話になった。」という人も聴講に来られていました。70人の参加者がいました。
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 最初に福谷会長が挨拶しました。

 次に坂本茂雄顧問(県議会議員)が歓迎のあいさつをされました。「下知コミュニティ・センターも開所して4年位になります。地域活動部会が卓球サロンをやっていて大盛況です。私もメンバーですが、最近は全然参加できていません。生涯スポーツと言う点でも、もしもの災害時に命を繋ぐためにも体力の維持は必要です。」
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 福谷さんが日本の一流の卓球選手の国際試合の様子があります。と言われ映像を見ました。バックハンドやフォアハンド、カットなどの技術が試合で披露されています。全く卓球をしたことのない私には「神業」としか言えませんでした。
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 ウィキペディアに浜田美穂さんの卓球選手として、指導者としてのキャリアが掲載されていました。

 濱田 美穂(はまだ みほ 1947年 - )高知県出身の卓球選手。戦型はカット主戦型。世界卓球選手権の女子シングルスで小和田敏子と共に最後にメダルを取った日本人選手である。 その後第54回世界卓球選手権個人戦で平野美宇が48年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得した。現在高知工科大学教授。

 中央大学文学部に進学、1966年の関東学生新人卓球選手権大会では女子シングルス、ダブルスで優勝した。1969年、世界選手権ミュンヘン大会女子シングルスで3位に入った。

 1970年大学を卒業、タマスに入社、1971年の世界選手権名古屋大会女子ダブルスで3位。同年の全日本卓球選手権の女子ダブルスでは大関行江とのペアで優勝した。

 1973年の世界選手権サラエボ大会女子ダブルスで優勝した。タマスには1975年まで在籍した。その後高知に戻り結婚、1978年より土佐女子高等学校で指導者を始める。
卓球指導者としても1991年の世界選手権千葉大会女子コーチや1992年のバルセロナオリンピック強化スタッフなどを務めた。とあります。世界水準の選手でした。
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 講演の内容を印象に残ったことを書きとめました。

 「私は下知に縁があります。父が若松町の会社に勤務していました。後に独立して鉄工所を始めました。近所にバトミントン選手がいました。土佐女子中学へ入学し、最初はバトミントン部へ入部するつもりでした。」

 浜田さんは「出会いの大切さ」ということでいくつか話をしてくれました。

「土佐女子では5月の中間試験が終わった後に、クラブへ入部できます。最初はバトミントン部へ入るつもりでした。ある日体育館で卓球部が練習していました。高校2年生の四国チャンピオンになった先輩が練習をしていました。見ていますと卓球は美しく、華麗に見えました。いつのまにか卓球に引き込まれました。
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 そして卓球部へ入部しました。でもあまり練習に打ち込む熱心な生徒ではありませんでした。」

「2つ目の出会いは、6月に県民体育館で、日本選手と欧州の選手との国際試合があり観戦にいきました。一流選手の技に感心し、いつかは日の丸をつけて国際大会へ出たいと思うようになりました。」

「そこで考えました。日の丸(日本代表)選手になるためには、部内でも強くならないといけないし、県内や四国でも強い選手になり全国大会で活躍しないといけない。と思うようになりました。」

「それで素振りを1日100回することに決め、登校後すぐに体育館へ行き舞台の上にある鏡を見て素振りの練習をしました。卓球を始めた時に世界水準の試合をみたことが大きかったです。」

「そして中学3年生の時に中学高校一貫校だからと思いますが、鹿児島県で開催されたインターハイに同行するように言われ試合を見学しました。すると守備の打ち方だけと思っていたシェイク・ハンドを関東の選手たちは攻撃に使っていました。」

「また片手の男子の卓球選手がいて、左手だけでサーブを上げ、打つ選手でした。試合がない時は片手で腕立て伏せをしていました。それで感銘を受けました。」
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「わたしは練習量が多いのですが、試合になると負けたりしました。あるとき松下幸之助さんの本を読んでいて、はっとしました。

 真剣勝負ということを書いていました。竹刀で試合をしていると打たれても痛いだけで怪我しません。それが木刀になると怪我をするようになるのでのらくらとは出来ません。

 それが真剣で戦うとなると、負けると死んでします。必死で戦います。今までの自分は真剣さがなかったことを思い知りました。どうしたら相手に勝てるのか。懸命に作戦を考えるようになりました。」

 「運について」という話もしていただきました。

「大学ではベスト16で終わりました。ベスト4までなら国際大会へ行けたのです。これで卓球ともお別れと思っていましたら、監督に呼ばれ、選抜選手の練習相手をしてくれと言われました。」

「嫌だなと思いましたが、カットマンが少ないので指名されたのです。欧州選手はカットマンが多いのでした。練習試合で男子選手に勝ったこともあります。それを卓球界の大御所の人が見ていて、追加の世界大会派遣選手になりました。」


「それで国際大会へ行きました。中国の選手が文化大革命が終わって復帰したばかりでした。彼等の真剣さ、懸命さに打たれました。中国の選手には負けたくないと思いました。」

「それで社会人になっても卓球を続けました。サラエボの世界大会の時に、ルーマニアの選手と組んだ国際ペアで優勝しました。くさらず練習したからでしら。」

 「最近思うことがあります。自分のためだけでなく、相手のためを思い努力することが必要ではないか。トップ選手には人間力も必要である。。誰かのために頑張ろうと思った方が結果がともないます。」

 自然体で「教訓」を語られました。ご自身の卓球人生ですべて実践なさっていることなのでとても説得力のある講話でした。いい話を聴講させていtだきました。下知町内会連合会の皆様ありがとうございました。

2017年10月17日 (火)

二葉町資源・不燃物ステーション


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先月は体調不良のために欠席した二葉町町内会の資源・不燃物ステーションの仕分け当番。2017年10月12日(金)はなんとか行きました。前日までの背中のねじれが完治しましたので。毎月第3金曜日が二葉町町内会の資源・不燃物ステーション運営の日です。
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今朝は午前6時前に下知コミュニティ・センター前に仕分け当番に行きました。夜明けが遅くなりまだ薄暗い。徐々に明るくなります。

 6時半前後になりますと次々と瓶類や缶類、新聞紙、雑誌、段ボールや家電製品や不燃物、家具などが持ち込まれてきます。
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 皆手慣れたもので、手際よく仕分けしていきます。瓶や缶を眺めていますといろんな種類のお酒や飲料水等が入っていた容器だけに個性がそれぞれありますね。
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 車でどっさりと持ち込まれる来る人もいます。月に1度の二葉町町内会のコミュニティになっています。皆であいさつし顔見知りになっていきますから。
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 世話役の荒木三芳二葉町町内会副会長は5時半過ぎから立て看板や、瓶類を入れるコンテナー類の設置など事前準備をされています。世話役の下支えがあればこその資源・不燃物ステーションです。

2017年10月16日 (月)

母の口腔ケアと両親の「いい歯の表彰」

 
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 2017年10月12日は、母(91歳)に付添い歯医者へ行きました。歯磨きと歯垢取りの「口腔ケア」です。1カ月に1回歯医者へ行っています。それというのも自分では歯磨きが不十分です。たまに家内や私も母の歯磨きをしますが、うまく磨けません。
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 どうしても歯の汚れや歯垢を完全に除去することは難しい。それで月に1度歯科医師に点検していただき、歯科衛生士に歯磨きと歯垢の除去をしていただいています。

 父(98歳)も母もともに90歳を超えていますが、26~7本は自分の歯があり、入歯やインプラントの歯は1本もありません。歯医者の団体などは「80-20運動」(80歳で20本以上の歯を残そう」という運動をされています。

 それでうちの両親は90歳なので、担当のケアマネさんが「歯科医院を通じて県のいい歯の表彰にエントリーされてください。」と言われるので、両親のかかりつけ歯科医院である嶋本歯科を通じて夏ごろにエントリーしました。
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 そしたら先日高知県健康政策部健康長者政策課のほうから手紙が来ておりました。「優良賞」に両親とも選ばれたそうです。11月末に表彰状と記念品を高知県歯科医師会から郵送されてくるそうです。まずは良かったです。
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わたしも昨日歯がうずく感覚がするので歯科医師で診察を受けました。レントゲンも取りましたが、とくに虫歯も歯槽膿漏もないとのこと。
 「以前治療された歯がうずくのは、体の疲れなどで免疫力が落ちた時に、なります。体調が回復すれば起きません。酷くなったらまたご来院下さい。」とのことでした。

 私や子供たちも昔から歯は健康です。両親の歯が健康である因子が遺伝したのでしょう。それだけはいいところを継承したようです。

 わたしが子供の頃、麻雀ブームで近所の歯科医師の先生がうちへ来てマージヤンを良くしていました。お土産にわたしに必ずチョコレートを持って来てくれていました。後年虫歯治療にその歯科医院へ行きました。その先生は「あんまり虫歯にならんかったのう」と言っていました。

 口腔ケアの重要性は石巻市の河瀬聡一郎先生が昨年高知へ来られ講演いただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-5825.html

 一般食を自分の歯でいつまでも食べられることが健康の第1歩であると両親を見ていて思いました。わたしも歯のメンテナンスを欠かさないようにしたいと思います。

2017年10月15日 (日)

菅野和夫さん防災講演会IN安芸市


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 岩手山田伝震館の震災語り部である菅野和夫さんの防災講演会が、2017年10月10日午後7時から安芸市防災センターにて開催されました。主催は安芸市自主防災組織連絡協議会です。仙頭ゆかりさんに骨折りをしていただきました。

 40人の関係者が参加していました。下知からは若松町防災会の横田政道さんと、二葉町防災会の西村健一と防災DVD制作会社のSさん他1名が参加しました。
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 最初に安芸市自主防災組織連絡協議会会長が挨拶され、高知新聞社の関係者が10月28日に安芸市で開催されます「むすび塾」の話をされました。
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 菅野和夫さんの話はとても具体的です。ご自身も宮古市の高台住宅団地の防災会長。2011年の3月11日もまさに防災会の会合を予定していた平成21年当時は「10年以内に70%に確率で地震が起きる。」と言われていました。

 それで「3・11」の2日前にも地震があり、これが宮城地震なのかと皆が思い込んでいました。また後から分かった事ですが、3月11日だけで、宮城、岩手、福島、茨城で11回も地震がありました。」
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「津波の圧力で、本体の津波が来る前に水路を伝わり津波が陸上に新輸する現象がありこちでありました。」

「気象庁の3・11の最初の津波予想は3Mでした。ところが2回目は6Mととなり、3回目は10M強の津波予報になっていました。たいていの人達は第1回目の3Mしか聞いていません。あとは停電で罹災地の人達は聞いていません。」

「防災行政無線はお音が割れて聞こえませんでした。」

「ハザード・マップをうのみにしないことです。現実に釜石でも想定以上に津波が来ています。群馬大学の片田先生の教えに従い、中学生たちは「想定を信じることなく」「率先して自分たちが逃げることで地域の人達にお知らせすることが出来ました。」
最善策をたてて逃げること」が大原則です。
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 「避難所運営は。入歯、服薬している薬情報、眼鏡の調整する人が、なかなか見つからず苦労しました。」
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 津波避難ビルや津波避難タワーへ、想定以上の高さの津波が襲来してもロープとブルーシートがあれば、生存率が高くなりますよ。とご自身の体でロープワークをされていました。とても実践的な防災講演会でした。
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 菅野和夫さん遠い岩手から駆けつけていただきありがとうございました。また講演を今回献立ていただきました安芸市自主防災組織連絡協議会の皆さん、仙頭ゆかりさん、今治市防災士会連合会(10月6日開催)の皆様ありがとうございました。

 きっと菅野和夫さんの「命がけの」体験談が多くの命を救うことになると思います。皆さまありがとうございました。

2017年10月14日 (土)

名古屋市街を歩きました

 2017年10月7日は、午前中は高蔵寺ニュータウンを歩き回り、午後からは、名古屋市中心部の栄地区を歩きました。生憎の雨でしたので、名古屋城などにいくこともなく、テレビ塔周辺を歩いただけでした。
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 かおちゃんから「国宝犬山城は必見」と言われていましたが、一方で「名古屋にも丸善がありますよ」との情報を選択しました。丸善は遠い昔東京勤務時代職場の近くに本店がありました。懐かしかったので、行くことにしました。
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 三越やドンキホーテの店舗は通りから見えますが、わかりません。市民グループが街宣をされていました。「辺野古基地建設反対」を言われていました。署名活動もされておられたので、署名しながら丸善の所在地を聞きますと、次の交差点を左折し100Mほどにあると教えてくれました。
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 ありました。目的は生産性出版のスケジュール手帳を買うことです。1階の手帳コーナーですぐ見つかりました。高知市では見つけることができないので、毎年メーカーの全国販売店会が横浜や大阪であるのでその時に購入しています。さすがに名古屋は大都会です。

 名古屋の人に聞きますと「高層ビルがないから」とやや卑下した発言もありましたが、人を威圧する超高層ビルは嫌いです。名古屋は道路の幅も広く、大都市でありながら、余裕がある街並みになっています。
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  最近は、東京・大阪にくらべて物価が比較的安いと言う評判で、中国人留学生が多いそうです。生憎の雨でしたので、丸善で3時間近くいました。いると購入したい本がいくらでもあるので、田舎者には目の毒です。3冊買いました。有り金全部使いそうなので我慢しました。
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  街路にノーベル賞を受賞した人の手形があったり、公園では小規模な音楽イベントもやっていました。バスターミナルから名古屋空港へ行きました。歩道橋にスロープ併用も見かけました。スロープを併設するとなると相当長い斜路をつくらないといけないようです。
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2017年10月13日 (金)

菅野和夫さんと再会しました

昨年12月下旬に、愛媛県鬼北町の部派遣事業」(総務省消防庁)の「津波語り部」派遣講師で来られたついでに高知県へも立ち寄っていただきました。師走故に人を集めることが出来ませんでした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-ccd0.html

 今回は情報班長の西村が名古屋へ行って名古屋大学での防災お意見交換会に参加することで。高知市では全く体制が取れませんでした。それで10月6日に今治市防災士会連合会で講演をしていただきました・30人が聴講されました。

 10日は安芸市での防災講演会です。安芸市消防防災センターにて開催されます。

 10月8日は有志で高知市は葉牡丹で夕食会をしました。中味の濃い意見交換会でした。
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 ロープワークもご披露いただきました。
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 人のつながりは大事ですね。

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2017年10月12日 (木)

高蔵寺ニュータウンをひたすら歩きました

 最近「人生フルーツ」という津端修一・英子夫妻の自然体の姿が多くの人達に感銘を与えました。実はわたしは高知青年会議所に在籍していた25年前に、NHKの斉藤ディレクターさんにお願いして高知へ招聘していただきました。高知の都市の在り方を考えるという「都市再開発セミナー」でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-0a83.html
(ブログ 人生フルーツを見て)

 2017年10月7日。早朝から始動し高蔵寺ニュータウンへ行きました。津端さんの住所も何も知りません。行けば現地に誰か知っている人が居る筈だ。そう思いこみ行きました。
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 高蔵寺駅からは離れていてバスでいかないと駄目であることを知りました。また大規模団地でありいくつも区画がわかれていて、小学校だけで複数あるようです。
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 バスの運転手さんに聞きましたがわからないとの答え。ただスマホで検索していただき、1番最初に開発された場所をバスがとうるからと言われ、乗り込みました。中央団地前で降りました。
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 雨がどんどん降って来ます。団地は坂道だらけ。丘陵を切り開き開発したことがわかります。いたるところに公園があり、雑木林が残っています。
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 歩いていた年配者に聞きましたが、誰ひとり知りません。団地が出来た頃入居したと言うご婦人にも聞きましたがわからないとの事でした。
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 栗の木があったようで、クリが無造作に落ちていました。

 雨の中2時間近く歩きましたが手がかりはありません。いい森林浴ができました。ここからだと名古屋の中心街まで電車で30分と言うところです。

 昔伊勢湾台風で大きな被害をだした名古屋市。高台移転の意義もある宅地開発事業でした。西欧の建築やビオトープの知識のある津端修一さんでしたが、高度成長時代はその理想はじつげんされることはなくありきたりの団地になってしまったようです。

 でもここを開発された意味は理解することは出来ました。

2017年10月11日 (水)

名古屋大学での意見交換会のゲストスピーカー


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 2017年10月6日(金)は、午後6時から名古屋大学情報文化学部棟4階STS4教室で、参加者との意見交換会に高知市役所地域防災推進課係長山中晶一さんと一緒にゲストスピーカーをしました。テーマは「新しい防災の考え方を求めて」です。
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 最初に室井研二准教授が挨拶されました。次に今春3月に退官された田中重好先生からも挨拶をいただきました。ずっと新しい防災のあり方を研究なさって来られました。
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 「なかなか行政は、逃げるのは難しい地域ですよ。なんてことは言えません。でも自主防災会は言えますね。


 いつもは10人程度の会合であると聞いていましたが20人を超える学識者や行政関係者、企業関係者、大学院生が参加していました。
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 最初に山中晶一さんが、高知市の立場で地区防災計画を今は下知地区でモデル事業でやっていますが、どのように全市的に広げるように横展開するのかをお話しされました。

「内閣府のモデル事業として2015年度は取組みました。当初から住民参加型の地区防災計画としてスタートしました。下知地域は各種データで説明しましたように、標高も低く(海抜0メートル)、地盤も弱く、高台もない地域です。」
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「課題解決型の防災対策ではなく、魅力増進型の防災対策として地区防災計画を推進しています。声の大きなリーダーの意見にみんなが従うのではなく、参加者皆が意見を言い合う、ワードカフェ方式で下知の地区防災計画は意見を集約させてきました。」
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「地区防災計画は、「魂を入れる」(心・仲間づくり)「仏を作る」(形・計画、モノの確保)「仏を磨く」(継続・訓練。見直し)で行われています。」

「地区防災計画を来年度には高知市防災会議に提案するようにします。高知市地域防災計画に反映していけるようにしていければと思っています。そして他の地域にも地区防災計画を広げて行きたいと思っています。」
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「黒潮町の地区防災計画は、町職員全員が担当地区を決め3人一組で地域へ入り、地区防災計画の議論を進めています。下知地区では住民が主体になった地区防災計画であると思います。」
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 下知地区減災連絡会の西村副会長のほうからは「住民目線の減災対策・主に二葉町の活動」活動実践について話をしました。

「地域住民の実態を把握するために防災世帯調査を実施しました。各世帯の人達の病歴。介護歴・障害等を書いてもらいます。服薬情報(薬手帳)も貼り付けていただきます。そして家にある防災資機材を申告していただき、専門職の資格を持った人も申告頂きました。

 町内に医師や看護師、介護師や整体師、手話通訳者、薬剤師などが町内に居られることもわかりました。」

「要支援者(80歳以上、10歳以下を防災世帯調査で把握し、役員所有の地図では、赤点で印をつけている。その結果津波避難ビルまで遠い班では、自宅から50M以内を目標に津波避難ビル指定を地区(防災会・町内会)でやりました。」

「もしもの時の疎開と言うことで6年前から山間部の仁淀川町の住民と交流をしています。空き家や公民館を借用する話をしていっています。しかし行政側の支援は具体化していません。」」

「長期的視点や大きな話をすれば、立体換地をして耐震高層住宅を事前に建設し整備すれば、揺れや、浸水、津波の犠牲者は激減します。」という話をしました。
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 意見交換会ではいろんな意見が出ました。

「いろんな地域の経験を横に広げていくことが大事です。なかなか広がらないので、今日のような会を通じて広げるべきだ。」

「研究所だけでなく、いろんな立場(地域の)人たちを集約していくことも大事です。」

「行政職員のマンパワーも不足気味。最近でこそコミュニティ防災が言われ出しました。それだけ地域の繋がりが弱って来ていますね。」

「避難所へ皆収容するのではなく、在宅避難者へも情報を正確に伝達することことが大事であると思う。」

「行政は公平を強調しすぎる。一所懸命やっている地域には、予算を傾斜配分すべきです。」

 なかなか話は尽きませんでした。有志による懇親会でも熱い議論が続いていました。ゲストスピーカーの1人をしながらの意見交換でしたので、参加者の発言内容をきちんと記録できず、断片的な記述になってしまってことをお詫びします。

2017年10月10日 (火)

仁淀川町・長者での稲刈り体験


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 2017年10月10日(火曜)。53年前の東京五輪時も快晴でした。今日の高知県は快晴。仁淀川町長者では、だんだんくらぶの皆様と下知地区代表の荒木三芳さん(二葉町防災会)と大崎修二さん(日の出・弥生防災会)2人が参加されて稲刈り体験をされました。
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 だんだんくらぶの藤村吉男さんに大変お世話になって様です。長者小の児童たちは学校行事の関係で早めに稲刈り体験授業は終了されています。

 5月26日に荒木さんも大崎さんも田植えに行かれています。その刈取りが今日でした。休み明けで父親【98歳】の通院で西村情報班長(二葉町防災会)は欠席です。
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 大崎さんが現地から稲刈りの様子を撮影し送信いただきました。晴天で気持ちよく鎌で稲刈りされています。コンバインも活躍しています。刈り取った稲の束は重ねて天日干しされています。昔ながらのの農村風景はいいですね。つい50年前の日本の姿です。懐かしいです。
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 荒木さん、大崎さんお疲れ様でした。
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松下繁行さんと意見交換しました。


 2017年10月6日は雨の中、室井研二名古屋大学大学院環境学研究科准教授と、大学院生の若山さんに、名古屋市の南区の星崎地区と白水地区を車で巡回いただき、地域特性を説明頂きました。工場や企業が多く、沿岸部で標高も低いようです。
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 南医療生活協同組合常務理事の松下繁行さん室井先生がご紹介いただき、事業所へ寄らせていただきました。松下さんを中心とする地域コミュニティ活動についてお話を伺いました。
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「私はもうすぐ70歳の段階の世代です。同世代は仕事をリタイヤされた人が多いが、まだまだ元気です。女性は地域にいろんな繋がりを創るのが上手ですが、男は下手です。そこで「男塾」を立ち上げました。」
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「まずは家具転倒防止対策を地域でやろうということで、男塾のメンバーがボランティア活動でやっています。なにもしなかったら、身体機能も脳の機能もどんどん低下しますから。」

「地域ささえあいセンターと言うグループをこしたえました。そこでさまざまな活動をしています。。男のサロンや、子供の広場、ふれあい食事会をやっています。」
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「既存のコミュ二ティの寄合やデイ・サービスなどは女性主体で、男が行っても孤立しがち。ここでは囲碁将棋をしたり、コーヒーを飲んでお喋りしたりしています。時にボランティア活動もします。男塾で地域の男衆の居場所をこしらえています。」

「子供も広場も参加費100円でやっています。当初貧困家庭の子供対象の子供食堂も検討しましたがとりやめました。子供世帯の世帯収入に関係なく100円持ってきたらお腹いっぱい食べられます。また外国人の子供たちも来ています。」
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「ふれあい食事会は400円でみんなでカレーライスをこしらえ食事会します。この間は60人の参加者がありました。」

 何より医療生活協同組合が地域コミュニティ形成に深く関わっていることが面白いと思いました。そしてとても実践的。サロンでお茶会して行事を立案することもあすそうです。

 松本繁行さんの熱意で地域の繋がりが深まっていることが良くわかりました。やはり地域のリーダーは私心のない松本さんのような「熱い心」のある人が必要です。

 「人が集まるサロン」はとても大事ですね。ただただ感心しました。市下知地区でもこのようなサロンは必要であると思いました。一緒にお茶する、食事する。コミュニティ活動の基本ではないかと思いました。見習い「今すぐに実行」したいものです。

2017年10月 9日 (月)

名古屋市南区を視察させていただきました

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 2017年10月6日(金)ですが、名古屋に到着後すぐに名古屋市役所防災危機管理局を訪問。地域防災室地域防災係り主事の橋爪勇人さんより「星崎地区防災計画(地震編)と「ナゴヤ 避難ガイド 南区版)を頂きました。私たちが住んでいる高知市下知(しもじ)地区同様に低地の市街地を形成している南区の星崎地区関係の資料です。現地視察する前に一読しました。
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 2016年3月に仙台市で「地区防災計画・全国会」がありました。同じ時期に星崎地区も下知地区もエントリーされていますね。
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 名鉄常滑線柴田駅で待ち合わせしました。名古屋大学大学院環境学研究科室井研二准教授と大学院生の若山さんと3人で、名古屋市南区の低地の市街地である星崎地区、白水(はくすい)地区を巡回しました。

 生憎の雨でした。若山さんが車で柴田駅まで来ていただき本当に助かりました。若山さんが雨の中星崎・白水地区を車で案内していただきました。
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 まず最初に白水地区の護岸堤防道路へ行きました。説明を聞きますと、伊勢湾台風後に、護岸が強化されたとか。この地域も標高が1番高いのは護岸堤防い道路です。その堤防道路から数メーター引く場所に市街地が形成されています。

 またある小学校ですが、津波避難ビルになっています。校庭から外階段で屋上へ避難できるようになっています。
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 地名の説明を受けましたが、1度聞いたぐらいでは記憶できませんでした。沿岸部に埋め立てられ形成された市街地のようです。下知と同じです。違うのは工場や会社施設などが地区に多くあります。大同特殊鋼の工場もありました。
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 企業が地域内の土地を広大に使用されています。住民だけの地域コミュニティは難しそうです。企業にも協力を依頼し、ともに災害に立ち向かわなければいけないのですから。」

2017年10月 8日 (日)

make no little planz

20世紀初頭、シカゴ大火後の都市再生計画を立案した米国の都市プランナーであったダニエル・H・バーナムはこう言われています。

「小さな計画など立ててはならない。それは人の血を騒がすような魔力を持たず、それ自体もおそらく実現しないだろう。

 壮大な計画をつくるのだ。気高く、理にかなった図式は、ひとたび記憶されば決して絶えることなく、常に成長し自己主張し続けていくものだということを忘れずに、希望を高くもって働こう。

 あなたの合言葉は秩序であり、道標であるものは美である。」

 関東大震災後に当時の東京市長であった後藤新平が壮大な東京復興計画を立案しました。予算不足と反対に遭い、その多くは実現しませんでしたが、実現した事業もいくつかありました。

 以前鍵屋一先生がご紹介いただきましたアメリカのサンタクルーズ市の再生計画も市民各位と行政側と専門家の真摯で真剣な議論の末に立案されたものでしょう。

 下知地区防災計画も「壮大なスケール」で次世代の人達が継承し、発展させていくものでならないと私は思います。

 さて「揺れ対策」に戻りますが、下知地区で1番被害が想定されますのは、軟弱地盤の0メートル地帯の木造低層住宅に住んでいる高齢者たちです。多くは年金暮らしか、生活保護を受けています。「社会問題」としての観点が必要であると思います。

 二葉町でも自主防災会が結成されて10年の間に、民生委員で副会長のAさんと一緒に世帯の巡回をしました。市の補助制度である「家具転倒防止対策」で実施したのは2人だけでした。なにかと「めんどう」な制度は使い勝手が悪い。

 家具転倒防止対策ですらこのありさまですから、まして家屋の耐震補強となると先立つお金がないので踏み込む人はほとんどいないのが現実です。それをどうすればいいのか?有効な対策を検討すべきではないでしょうか。「本人の自覚」でも「啓発」以外の方法手段が必要であると思います。

 「最底辺を救う」対策でなければ、死者・負傷者ゼロは達成できません。重たい問題です。

2017年10月 7日 (土)

わかりやすい表示板の活用

 今治市防災士会が、避難所開設・運営訓練に、参加者がわかりやすいように、ボードに大きな字で、指示した事柄を書いています。

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 とてもいい表示ですね。さっそく見習います。

2017年10月 6日 (金)

第10回下知地区地区防災計画検討会


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 2017年10月5日に下知コミュニティセンターにて、第10回下知地区地区防災計画検討会が開催されました。一昨年から下知地区防災を始めました。今回はアドバーザーの鍵屋一先生と、大槻知史高知大学准教授、山中晶一さん(高知市ではコア・メンバーです。
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 今回は「揺れ対策」のまとめをするための検討会です。森宏下知地区減災連絡会会長のあいさつがあり、事務局長の坂本茂さんより「揺れ対策部会」の経過報告が行われました。下知地域の単位自主防災会の今後の行事(避難訓練等)を説明しました。
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 アドバイサーである鍵屋一先生は、最初の導入部で必ず体操をされます。それがチャンネルの切り替えになります。

 まず「誰が逃げろと伝えたか?」では、家族は1位。2位が近所・友人。3位は福祉関係者でした。

 また地域に防災事業を盛り上げようと言う気分もあります。それを実現するためには、専門家の立場でのアドバイスが必要です。

 班分けでは、活発な意見が出されました。今後の分析が楽しみです。

 
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2017年10月 5日 (木)

五台山避難所・夜間確認作業


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 いつもは早朝6時過ぎには五台山市民農園へは行きます。10発4日は午後5時前に横田政道さんところへ集合、自転車で夕暮れの市民農園を目指しました。
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 土曜日は出張で行けないので農園のたいもや、かぼちゃ、芋などの生育を確認しました。上の畑からは高速道路の高架工事が良く見えます。高知インターから分岐した南国道路ですね。後2年半で完成予定だそうです。
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下の果樹園のササの葉を掃除したりして日暮れを待ちました。

 将来的に高台の避難所として整備していく予定です。明かりが必要です。横田さんが充電式のLEDライトやソーラー・ランタンを吊り下げていらだきました。随分明るいです。やはり避難所には明かりが必要です。
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 暗くまりますと2つの明かりのたのもしいこと。中秋の名月も見ました。うっすら雲がかかっています。明日は午後から天気が崩れる予報です。
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2017年10月 4日 (水)

憲法改正より原発の廃炉が先だろう!!


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 10月22日に投開票の衆議院選挙。「体制選択選挙」であると言われてます。「憲法改正をして北朝鮮といつでも戦争が出来る国にしなければならない」と安倍首相は声高に叫んでいる。野党の希望の党も維新も安保法制(戦争法案)と憲法改正に賛成だ。

 この状態ではいわゆる「改憲勢力」が憲法改正の発議に必要な国会議員の議席の3分の2以上どころではなく5分の4を占める勢いだ。声高に「戦争だ」「北朝鮮をやっつけろ!」を言うのは自由であるが、憲法改正よりも最優先課題がある。それは「原発の廃炉」である。
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 週刊現代、10月14日・21日の合併号にとても気になる特集記事があります。

「緊急シュミレーション 北朝鮮のミサイルが日本の日本の原発に落ちたら」「朝鮮労働党幹部が標的の1つと明言」「いつミサイルが飛んできてもおかしくない。北朝鮮をめぐる情勢。もし日本の原発に着弾すればその被害は想像を絶するものになる」

 トランプ大統領に追随し、安倍首相は「北朝鮮には対話でなく圧力だ、」と強硬姿勢で戦争も辞さない。そのためにはついに憲法改正まで言いだし、自民党の選挙公約にまでしています。

 それは勇ましいことですが、日本には弱点、しかも致命的な弱点があります。それは国内に54カ所にある原子力発電所と核燃料保管施設の存在です。多くは北朝鮮近くの日本海沿いにあります。もし原発が攻撃され爆破されたら、日本国民は生存することが出来ません。
 
 世界1の軍事大国イスラエルが何故自国に原発の建設を諦めたのか?それは世界1の軍事力とスパイ組織をもってしても僅か1基の原発を守りきれないと判断したからです。日本は原子力発電所だけで54基もあります。自国の防衛をどうするのか?安倍首相は原発の防衛しきれるのか?ちゃんと国民に回答していただきたい。

 記事の中に「最近北朝鮮では日本にいる米軍はもちろん、日本と言う国自体が強大な敵と言う認識が強まっている。

 敵国の1番の弱点を狙うのは戦術的には当然。狙われるのは日本にある50基以上ある下の原発です。」(軍事アナリストに西村金一氏)

 直接原発が攻撃されなくても災害大国日本です。大地震や大津波や大噴火で原発がッメルトダウンすれば、頼りにしている在日米軍は1番先に日本から逃げ出しますから。自衛隊は原発災害対策と被災者支援に廻ります。とても国防どころの話ではありません。少し冷静に考えたらわかることです。政治的主張が右とか左とかではありません。
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 今回の選挙は「戦争準備をしながら」「原発を推進する」という安倍自民党に投票しては亡国になります。「原発を廃炉にする」と明言する政党と候補者に入れます。国防のために私はそうします。

減災活動にも「構想力」が必要

  最近仕事と両親の在宅介護の合間に少しだけ活動できる地域防災活動。そのなかで最近特に思うのは「減災活動にも構想力が必要である。」と言うことです。構想力がなければ、行政主導の従来型の「上意下達」の防災になってしまいます。

  構想力は努力しないと身に付きません。わたしは常に意識しています。でもぞ上手に説明できないので、不平不満分子のように言われます。とても悔しい。なんとかしたい。

 来年は「構想力」で堂々とした地域防災活動をしたいと思います。

2017年10月 3日 (火)

坂本茂雄さんの県議会質問を傍聴しました。


 月曜日はせわしい。父(98歳)の付添で植田医院で診察と点滴です。雨ですが月初めですので混んでいます。帰り際は雨が激しくなり、父の送迎には苦労しました。

 なんかと戻り午前11時からの高知県議会を傍聴に行きました。傍聴席には大崎修二さんと外京ゆりさんも来られていました。傍聴券と災害時に頭を守る頭巾も渡されました。

 地域代表の坂本茂雄さんが午前11時10分に登壇しました。一問一答で、質問項目は以下のとうり、盛りだくさんです。

 坂本茂雄(県民の会)さんの質問項目

 1 南海トラフ地震対策における「地区防災計画」

   について

 2 憲法における緊急事態条項について

 3 原発問題について

 4 都市計画道路はりまや町一宮線について

 5 部落差別解消推進法に基づく具体的施策につ

   いて

 6 化学物質過敏症への対応について

(1)南海トラフ地震対策における「地区防災計画」について

坂本「2013年に災害対策基本法が改正され、地区防災計画が地域住民と基礎自治体により議論し策定していくことが可能になった。取り組み地区防災策定のための県民への啓発をより行う必要があるのではないか。「共助」の防災計画としても大事であると思う、県の対応は?」

危機管理部長「全県下全戸配布した「南海地震に備えチョキ」のなかにも地区防災計画の概要を表記しております。」

坂本「冊子に1度記載だけではなく、より広範な啓発が必要であると考えます。また県策定の南海地震対策行動計画への地区防災計画の位置づけについてはどのように考え行動しようとしているのか?」

危機管理部長「実践的な訓練の中で周知徹底するようにしていく。活動事例集にも加え、広報する。共助を高めるためには必要であると考えている。」

(2)憲法における緊急事態条項について

坂本「今回の総選挙でも自民党は憲法改正を1つの公約に掲げています。憲法は時の権力者を縛るためにあるのが立憲主義ですが、安倍政権は緊急事態法を制定しようとしていて、大規模災害を想定し、私権の制限や国会決議なしで政府がすべて処理すべきように言っている。

 過去ナチスドイツも緊急事態要項を悪用し、国民主権を破壊した歴史があります。
災害対策で言えば、入念な事前対策と、被災地の地域住民と自治体がすべきこと、してほしいことが1番わかっている筈です。

 熊本地震においても、国は屋内避難を呼びかけました。しかし熊本では当時強い余震が起きていて、避難所の建物が倒壊する可能性もありました。自治体職員の適切な判断で屋外避難をしたのです。

 地方や地域の事情を知らない中央政府が法律で権限を持ちますと、今回のような地域の事情を熟知した自治体職員の適切な対応が出来なくなります。知事はそのあたりはどう考えますか?」

知事「南海トラフ巨大地震は東日本大震災の16倍の規模で起きるであろう超大規模災害です。事前対策は県や各自治体においても行ってはいますが、被害想定をはるかに超える事態になることも考えられます。

 緊急事態法も必要ではないかと考えます。」

(3) 原発問題について

坂本「映画「日本と再生」のDVDを知事にお貸ししました。その感想とエネルギー政策についてお聞きしたい。エネルギーの地産地消を目指すべきであると思います。高知でも自然再生エネルギー資源をより活用すべきであると思います。

 伊方原発の再稼働に対する県の取るべき立場について知事に聞きます。」

知事「DVDは見せていただきました。自然再生エネルギー比率を上げ、原子力の比率を下げないといけないです。その方向に行くと思います。
 伊方3号機が稼働しているので、阿南火力発電所の定期点検が出来ました。

 太陽光、風力、水力、バイオマスの自然再生エネルギーをまとめ送電していく仕組みが確立されていません。一方で人工呼吸器をつけている患者さんが県下で1000人います。そういう人達は電力不足は命に係わります。電力の安定供給は必要であります。原発の比率は下げるべきですが、現状では止むをえないです。」

(4)都市計画道路はりまや町一宮線について

坂本「都市計画道路 はりまや町―一宮線についてお聞きします。ある調査では2030年までの高知県の車保有台数は現在より17%減少するとの調査結果が出ています。
 新堀川界隈では、希少動物が生息しています。また歴史的な資源もあります。先ごろ寄せられたパブリック・コメントでも傾聴する意見が多くありました。

 工事は6年間中断していますが、残りの事業費は着工するとして26億程度で観光できるでしょうか?」

土木部長「人件費が33%、資材費が12%上がっています。また水辺空間を残すため新堀川に隣接する横堀公演を切り込みを入れる(水辺のために)工事も発生すれば事業費は膨らみます。」

坂本「まちづくり協議会における検討の結論時期ですが、来年中とか、予算を執行し工事をしなかっらペナルティがありますか?」

知事「1年以内に決めるとか期限はありません。ただし、道路の通行車両が増え、危ないと言う声も聴きます。事業をしなかったと言ってペナルティはありません。


(5)部落差別解消推進法に基づく具体的施策について

坂本「部落差別解消推進法が制定されました。しかしながらネットでの差別や露骨な差別が後を絶ちません。部落差別のない人権が尊重される社会の実現に向けた取り組みについて知事の所見を聞きます。

知事「部落差別は許されないことです。PDGDサイクルで同和問題の正しい理解をより徹底していくようにします。」

坂本「学校教育における部落問題学習、同和教育の現状把握と今後の展望について教育長に聞きます。」

教育長「部落差別解消の取り組みを教育現場で人権教育を徹底して行います。」

坂本「ネットでの部落差別情報掲載の現状把握とモニタリングについて、文化スポーツ部長に聞きます。」

文化スポーツ部長「ネット上の差別事象については、書き込みなどを発見すればプロバイダーに削除を要請しています。昨年は9件県下でもあり削除を要請しています。」

(6) 化学物質過敏症への対応について

坂本「微量の化学物質に体が反応し正常な生活が出来ない人たちが全国に100万人いると言われています。相談窓口の設置が必要であると思います。また在籍児童生徒の把握はしているのか。災害時にいける避難所などでの配慮はどうなのか。」

教育長「児童生徒は、小学生で5人、中学生で2人います。教室ではエアコンに空気清浄器を導入しています。」

危機管理部長「災害時の避難所対策で検討しています。」

 

2017年10月 2日 (月)

ヤッシーの津波避難タワーに海から避難訓練

 2017年10月1日は、香南市夜須町のヤッシーパーク西側の海面で緊急地震情報と大津波警報を受信。と言う想定でヨットでヤッシー・パークに着艇し、津波雛タワーに何分で行けるのか大崎修二さんと一緒に避難訓練しました。
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 ところが風が弱くなり、ヨットはゆっくりとしか帆走しません.軽量の大崎さんはいち早く着艇。走って津波避難タワーへ行く様子がわかります。わたしは体重がお重いので焦れど岸辺は遠い。10分かかってようやく着艇。大崎さんに送れること5分。
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 それからビーチにヨットを引き上げました。大崎さんのヨットも引き上げアンカーを砂浜に打ちました。ヨットを2艇引き上げたので息切れしています。走れないので徒歩で避難。私の場合はビーチから津波避難タワー上階まで3分30秒かかりました。
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 夜須は南海トラフ地震が発生したら第1波が15分ぐらいで来るそうなので、わたしは「アウト」です。津波避難タワーにたどり着けず溺死してしまいます。
 
 海上で大津波警報を受信しても、風の弱い時はヨットでは逃げ切れません。かといって赤岡・岸本海岸は防潮堤に登れる階段が少なく、防潮堤が住宅地より標高が高い有様。一旦防潮堤から下へ降りて、津波避難タワーへ行くか(赤岡・吉川】か、自然高台の月見山へ駆け上がる(岸本)しか方法はありません。

 とても悩ましい。だいたい津波避難タワーは、陸地の人達の避難設備です。海の上にいる人たちの避難を想定していないことを思い知らされました。

2017年10月 1日 (日)

9月最後の五台山市市民農園


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 夜明けが遅くなりました。2017年9月30日です。起床は午前5時。朝食を食べて5時45分位に横田政道さん邸へ。ほどなく福谷さんが来られました。
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 自転車で途中にある五台山農協婦人部の良心市へ。端境期で露地物の野菜も少ない。そのなかでねぎとピーマンを買いました。
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 階段を上り市民農園へ。たいもに水と肥料をやりました。有機農家の井上正雄さんから水遣りと肥料はやらんといかん。うんとぜいたくな作物やと聞いています。
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 大崎修二さんも来られました。下の果樹園で笹の葉を集めごみ袋に入れる作業をしました。随分片付きました。
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 1袋自転車に積んで帰りました。戻ると超高齢者の両親の朝食の準備を手伝いました。今日は父(98歳)のゴルフ・リハビリの付き添いです。母(91歳)は1日ディに出かけます。
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