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2017年3月

2017年3月31日 (金)

「国際信号旗」を何故下知地域で掲揚すべきなのか

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 元海上自衛官でありました横田政道さん(若松町防災会長)の発案です。どうして高知市下知地域の避難所(一時避難収容所)に国際信号旗を掲揚する必要性があるのか。その理由を明示します。

1)高知市下知地域は低地(海抜0メートル地帯)であり、海に隣接しています。想定される南海トラフ地震後には地域全体が水没し、長期浸水すると言われています。救援支援は、海から来るだろうと想定しています。
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(下知コミュニティ・センター屋上からの眺望。海が近いことがわかります。)

2)国際信号旗は、官庁(海上自衛隊・海上保安庁)だけでなく、民間船舶でも広く国際的にも利用されている。国際信号旗による情報通信の意味は,万国共通である。

3)国際信号旗(こくさいしんごうき、international maritime signal flags)は、海上において船舶間での通信に利用される世界共通の旗である。その使い方は国際信号書(こくさいしんごうしょ、International Code of Signals、INTERCO)によって定められており、国際信号旗による信号を旗旒信号(きりゅうしんごう、Flag Signalling)と呼ぶ。

中世ヨーロッパでは、船舶間の通信に旗を用いることが行われてきていた。18世紀にはイギリスのリチャード・ハウが主に数字を意味する複数の信号旗を用い、その数字を符号として単語に置き換え、旗の掲揚を繰り返すことで、文章も含めた通信を行なう方法を考案した。これはホーム・リッグス・ポップハムによって改良され、トラファルガーの海戦でも通信に使用された。これらが発展し、1857年に国際信号書として、国際信号旗が定められた。

(ウィキペディアの記述から引用しました。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E6%97%97

 1857年に世界の海を当時支配していた大英帝国が国際信号旗を。船舶間の通信手段として整備し、確立したようです。

 AからZまで26の旗があります。1つ1つに意味がります。また2つの旗の組み合わせ、3つの旗の組み合わせで、相互の通信と対話が出来ます。

4)国際信号旗は、偵察ヘリからも発見されやすい。旗を掲揚することで避難所の事情が、正確に支援者側に伝達されます。電源喪失状態でも正確に支援者に伝達できます。

5)一部に「オレンジ旗」の使用も呼びかけられています。しかしそれは「ローカル・ルール」でしかありません。例えばオレンジ旗はヨットレース時には「出艇注意」の意味です。グリーン旗が出艇禁止になりますから。

 ローカル・ルールは支援者側に伝達されません。また海外の支援者には全く伝達されません。

6)国際信号旗はその名前が示すように、海外の支援者にも情報伝達が可能です。

 現在は若松マンションと下知コミュニティ・センターに臨時に訓練時に国際信号旗が掲揚されているだけです。避難勧告で避難所が開設される折には、すぐに国際信号旗を掲揚し、」情報伝達訓練をすべきです。

 将来は下知地域のすべての避難収容所に、いつでも必要時に国際信号旗を掲揚される様になれば、救援支援もより円滑になり、下知地域の「受援力」(支援を受ける力)がより増すことと思います。
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 なんとか条件付きで認可が下りました。
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 公共避難所施設になっている下知コミュニティ・センターに常設掲揚ポールを設置すべく、施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課と長い間協議をしてきました。

 このたびようやく設置許可が出ました。1つのモデルケースとして活用し、低地の高知市市街地へひろめて行きたいと思います。


2017年3月30日 (木)

下知コミュニティ・センター運営委員会が開催されました。


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 2017年3月29日に、下知コミュニティ・センター運営委員会(坂本茂雄会長)の役員会が開催されました。運営委員会役員、事務局員、高知市地域コミュニティ推進課職員が出席しました。

 下坂事務局長より、平成28年度事業報告、決算報告、センター・図書館の利用状況の説明がありました。そして平成29年度事業計画案が提案され、承認されました。
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 役員改正案がありました。地域活動部会長と図書館部会長が退任されます。新しい部会長の選任は会長が交渉し、役員会に報告することになりました。運営委員会総会は、5月24日(水)に高知プリンスホテルで開催することに決定しました。センター職員の再雇用も承認されました。

 また防災部会より提案し、運営員会として施設管理者である地域コミュニティ推進課に対し「国際信号旗掲揚ポールの設置」を要望していました。役員会の席上、地域コミュニティ推進課より提案があり、「確認事項」が提示されました。条件を満たせば設置は可能になりました。

 すべての審議は無事終了しました。

2017年3月29日 (水)

ヤッシー・パークの津波避難タワーの全容が現れました

 香南市夜須の海浜公園であるヤッシー・パーク。年中人が集まる「集客装置」になりつつあります。県内外から多数の来訪者があります。
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 いつもは海の上から見ていたヤッシー・パークに建設中の津波避難タワー。このたび陸の上から津波避難タワーを観察しました。形状は円系。斜路も設置されていて、車椅子の人も避難できます。
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 説明では津波避難タワーの3階部、4階部に避難できるようです。鉄骨部は亜鉛メッキのどぶ漬け。その上に外装塗装されるようです。床面の仕上げや、防災備品なども備えつけられ、予定では6月には完成予定とか。
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 今年の海開きまでには完成が間に合いそうです。海の散帆の途中、大津波警報が出た場合は、ヤッシーのビーチに着艇し、この津波避難タワーに駆け上がります。完成後は海上からの避難訓練も必要です。

2017年3月28日 (火)

何とも痛ましい事故

 栃木県那須町のスキー場で起きた雪崩で、死亡した8人は山のベテランの引率教員と生徒7人でした。48人全員が雪崩に巻き込まれ重軽傷であるとのことです。

 何とも痛ましい事故。将来のある高校生がなくなっているだけに言葉はない。疑問なのは、「訓練は過酷な悪天候でもやるべきなのか?」ということです。

 事故が起きたのは3月27日早朝でした。前日の26日や今日28日は比較的穏やかそうな天気図になっています。
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 でも26日は南岸低気圧が四国沖から発達しながら東進し、大陸から冷たい高気圧が南下し、寒気が吹き込んで来て東日本は季節外れの大雪になりました。
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 引率教員や管理者が天気図の傾向をきちんと見ておれば「3月27日は大荒れになる。屋外での訓練は中止。屋内での座学にする。」との判断を早めに決断すべきでした。

 ベテラン引率教員の現場の判断で、27日の登山訓練は中止の判断。それはいいんです。屋外にとどまり別に訓練をしている最中に悲劇は起こりました。

 天候を甘く見た完全な判断ミスでした。「出ない勇気」「引き返す勇気」は必要です。

2017年3月27日 (月)

丸池町・東雲町・小倉町の津波避難場所

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 2017年3月定例市議会の代表質問で、下知地域代表の市議会議員である高木妙さんが、高知市下知地区の丸池町・東雲町・小倉町の津波退避場所について問いただしていただきました。

1)まず丸池町の勤労者交流館を丸池地区の津波避難場所にするための対策について聞かれました。またこの地域には高齢者が多数居住しています。また隣接して障害者の方の通所施設「すずめ共同作業所」があります。

 高知市役所の回答は、「自然高台が遠くて津波避難ビルも少ない。平成29年度に勤労者K交流会屋上へ避難できる外付け階段と、屋上部分に安全を確保するフェンスを設置することになりました。
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 敷地が狭い関係からスロープを設置しうるのは困難である。高齢者に優しい蹴上の高さや穏やかな傾斜の階段となるようにバリヤフリー新法(高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)の「建築物移動等円滑化誘導基準」に基づいた設計で施工する。」との回答を得ました。

 確かに昨年実施されたすずめ共同作業所の避難訓練では、作業者からちより街テラスまで20分かかりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-b798.html


 また丸池町から昭和小まで20分徒歩でかかりました。階段昇降時に体調を崩された高齢者がおられ、緊急搬送されたこともありました。
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-d69c.html

2)「小倉町町内会が従来から津波避難施設として期待されていた下知水再生センター管理棟が耐震強度がないことが判明しました。どう津波避難場所を確保するのか。」と高木妙市議は問いました。

 市役所側の回答は以下のとうりです。

「下知再生センター管理棟は耐震強度に乏しいので、建て替えをすることになりました。その期間中に、南海地震が発生した場合は、管理棟に隣接して水処理棟の屋上があります。地上から8Mの高さがありますので、一時雛場所といて活用できるのではないかと検討している。」とのことでした。
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 丸池・東雲・小倉地区は海抜0メートルの低地で軟弱地盤です。江ノ口川と久万川に隣接しています。津波避難ビルも少ない地域です。今回の高知市議会の質疑で、津波避難施設の確保が徐々に進展していることがわかりました。

2017年3月26日 (日)

五台山市民農園へ行きました。


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 2017年3月25日は、五台山市民農園(下知愛のふるさと農園)へ2週間ぶりに行きました。先週は荷物運びで車で搬送して、荷揚げをせずそのまま帰りましたから。
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 午前6時に横田政道さんところへ集合。それから自転車でまずは五台山農協婦人部の良心市で野菜のお買いもの。今日はトマトとねぎ、キャベツを買いました。いずれも100円です。すべて露地もの無農薬です。
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 それから移動し農園の83段の階段を登坂します。農園の草引きをしました。ネギも生きています。大根も芽が出ました。玉ねぎをいただきました。
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 下段の果樹園の竹のササの葉の片付けをしました。紙袋に詰めて持ち帰り。生ごみの日に出します。
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2017年3月25日 (土)

フードバンクの活動

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 高知市大川筋2丁目(愛宕交差点西100M)の所に、フードバンク高知があります。社会貢献的な活動をされております。

 このたびは賛助会員になり、行政側から賞味期限前の防災食をいただいてきました。3月2日のJICA研修生との意見交換会での昼食や、サーパス知寄町1の防災訓練や二葉町自主防災会の会合で支給しました。ありがとうございました。

2017年3月24日 (金)

いの町長からの素っ気ない回答にがっかりです

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 私の両親は高知市の隣町のいの町町民です。父(97歳)の自宅もあり、いの町には税金も父は納税しています。父(97歳)はいの町川内の出身。母(91歳)と結婚して高知市に住んでいました。昭和41年(1966年)にいの町に自宅を建築しました。以来51年間両親はいの町住民でした。

 今年両親の介護認定があり、父は要介護度1、母は要介護3でした。父は介護度は低いですが、慢性腎不全でありステージ4です。透析1歩手前で踏ん張っています。そのために週3回専門医の診察と点滴治療に週3回植田医院に通院しないといけません。

 母は身体的には問題は何もありません。しかしアルツハイマー型認知症と9年前から判定されました。2011年から介護判定され、介護予防通所リハビリ施設や、ディサービスを利用しています。

 今年からいの町独自の福祉政策で評価していました「在宅高齢者などオムツチケット交付事業」と「家族介護支給金」が打ち切られてしまいました。

 その理由が「ご両親は住民登録されておりますが、居住地がいの町でないということからオムツチケットの支給要件を満たしていないことになっております。」との「素っ気ない」回答が文章でいの町長から来ました。

 固定資産税や住民税、介護保険料などの納税を両親は一切いの町に滞納しておりません。51年間支払い続けています。

 「役場の裁量」で出来ることらしいですが、いの町長は「福祉の専門家」を全面に出して昨年の町長選挙で当選された人だけに、「事なかれ主義」の「役所点数稼ぎ主義」の対応には、「大いに失望しました。」。がっかりです。

 最近とみに両親は尿失禁と便失禁が多くなりました。オムツの使用量も増えました家計の負担も大変です。在宅介護で懸命に踏ん張っているところです。

 「小さな役場の理屈」で、納税者であるいの町民の支給される権利が奪われる現実には、釈然としません。両親も事情があって高知市の私の自宅に同居しているに過ぎません。仕事しながら在宅介護ケアするのは、職場と自宅が一緒でないと駄目です。その事情に配慮してくれない「社会保障」ってなんだか釈然としませんね。

2017年3月23日 (木)

広報・下知減災2月号が発刊

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 下知地区減災連絡会・広報紙「広報下知減災」(2017年2月号・15号)が発刊されました。事務局長の坂本茂雄さんのご尽力です。
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 今回の紙面は現在下知地域で取り組んでいる下知地区防災計画特集です。2017年2月1日に開催された「第7回下知地区防災計画検討会」の詳細な報告がされています。昭和小6年生の「防災学習の発表会」は素晴らしく、大いに地域の底上げになりました。

 下知地域では、昨年度の内閣府のモデル事業でスタートしましたが、当初から「事前復興計画をこしらえる」ということで意見交換と検討を繰り返してきました。そして5つの課題に集約して行くことになりました・
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「子供」「高齢者・障害者」「働く世代」「コミュニティ」「防災に「も」強いまち」です。それぞれに課題があります。どうすれば、今までのワークショップやワードカフェを通じて出てきた意見を実現させるためにはなにが必要なのか?

 今後はより実践的な「アクション・プラン」を立案し、どんどん実践し、地域全体を盛り上げる創意工夫が必要となりますね。下知地区が「モデル地区」ですから、なんとか成功事例とし、他の地域へも波及させていかなければ、地区防災計画は成功しません。
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2017年3月22日 (水)

地域防災力シンポジウムへ行きました。


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 2017年3月14日は、午後3時から高知県民文化ホールで開催されました「地域防災力向上シンポジウム」(主催・一般社団法人地震予兆研究センター)へ行きました。年度末平日のせわしい時期の開催でしたが、200人を超える参加者がいました。

 徳島県美波町からは井若和久さんも参加されました。事前に下知地区防災計画(事前復興計画)の説明を行い、資料をお渡ししました。

 この時期は県も市町村も3月定例議会の時期。防災関係のこの種のフォーラムは行政関係職員の「動員」で格好つけている傾向がありますが、役所関係の出席者が皆無なで200人来場したのは大変なことです。

 八木下重義氏(一般社団法人地震予兆センター長)が企画の意図を説明されました。「地震予知ではありません。元気予報だって40%の確立です。研究途上ですが大地震の予兆を掴むことが出来れば、将来地震予報ができることをしたいと思います。大震災で亡くなる人を1人でも減らすために、今日は様々な立場の人達にお話ししていただきます。」

 岡村眞氏(高知大学総合研究センター防災部門特任教授)は「地震は自然現象です。被害が出るのは人災です。淡水池の堆積物を分析して、過去の大地震の規模や間隔をしらべてきました。地球が教えてくれます。」

「こうした研究に熱心だったのは東北電力でした。過去の津波のデータを分析し、14Mの高さに女川原発を建設しました。東日本大震災では津波は13Mまで来ました。

 自然の現象を無視したのは東京電力でした。30Mの高台へ削って津波にすべてやられ、日本国に多大な被害を与え続けています。企業の経営者の差が出ました。」

 横田政道さん(若松町防災会会長)は、地域の防災活動を報告しました。松岡明里さん(高知大学防災すけっと隊代表・防災士)からは、多彩な活動内容の報告がありました。
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 10人のパネラーのシンポジウムの進行も八木下重義氏は、きちんと仕切られていました。終了後交流会も場所を変え近くの三翠園ホテルで行われました。いろんな人にお会いしました。
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2017年3月21日 (火)

第4回まちづくり条例見守り委員会

 2017年3月13日は、「第7期高知市市民とパートナーシップのまちづくり条例見守り委員会」(山崎水起夫委員長)が、午後7時よりたかじょう庁舎会議室で開催されました。
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 今回のテーマは「まちづくりファンドの応募者を増やし、市民への認知度を上げるための方策」について、「広報」面と「制度」面から検討するというものでした。参加者と市職員も2つのグループに分かれ、ワークショプをして意見を出し合いました。
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「まちづくりファンドを活用した後がどうなっているのかのフォローも必要ではないか。」

「市民の活動と市役所の活動がコラボできるのであれば、つなぐ作業も必要ではないか。」

「概要を説明するDVDを作成し、動画を会合で上映して広報する」

「まちづくりDファンドとはのQ&A(よくある質問)をこしらえる」

「毎年変わるテーマを決め、その枠で3つぐらいつくる。その分野が得意な市民の応募があるのではないか」

「総会シーズンにPRすることも大事。」とか意見が出されました。

 報告事項として「市民と行政の協働のための自己点検チェックシート」の取り組み状況についてや、コミュ二ティ施策について報告がありました。

 午後9時15分で懐疑は終了しました。

2017年3月20日 (月)

山菜&野草ウォーキング


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 2017年3月19日は、YASU海の駅クラブ事業「春満載 山菜&野草ウォーキング」に家内と参加しました。午前8時半に集合なので、家内は両親の弁当をこしらえ8時に自宅を出ました。
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 到着しますと40人ぐらいの参加者がおられました。今回の事業は地元香南市夜須の千切と駅前の町内防災会の企画です。防災炊き出し訓練も兼ねていると言うことで、参加費が無料になりました。
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 講師は土佐和ハーブ協会会長の松岡和久さん。押岡洋子さんも野草採取の支援に来られていました。ご主人は海上で大学ヨット部の熱血指導をされておられます。今日は最高のお天気。ハーバーには高知大学ヨット部やジュニア・ヨットクラブが出艇しておりました。
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 海の駅クラブを出発、サイクリングロードを歩きました。この道は土佐電鉄安芸線の軌道跡です。途中トンネルもあります。高台にあるので、津波災害時に地域住民の避難場所になるようです。防災倉庫もすぐ近くにあるとか。
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 途中で道端の雑草を松岡和久さんが「これは食べられます」「これは毒草です」と瞬時に判断されます。ご指摘に従い参加者は次々に野草を採取していきます。いわば「道草」ウォーキング。雑草採取に熱中してますと先へなかなか進めません。
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 次から次へと松岡さんは食べられる野草を指摘されますが、到底1度万々えと姿を見ただけでは覚えきれるものではありません。渡された16種類の野草の写真と見比べますが、なかなかわかりません。
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 ウィーキングコースは、手結山から塩谷へ。手結岬から坂道を下り、大岐の浜へ降りて行きました。かつてこの浜にマリーナ建設の話があり、夜須町内が賛成反対に分かれ対立して大変な時代がありました。結局バブル崩壊で立ち消えになり、強引に着工されたものの、堤防の1部が建設されて工事は凍結されました。
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 その後手結の真行寺付近の山へ。手結地区の避難場所の広場の上の高台へそのまま葉っぱをハガキとして出せる野草もありました。
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 1時間半のウォーキング後は、参加者各位は古新聞の上に採取した野草を広げ、松岡和久さんに鑑定いただきました。
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 食べられる野草。成長しすぎて硬くて食べるのは避けたほうがいい野草。洗った方がいい野草。洗わないほうがいい野草があるうことがわかりました。

 昼食は地元の防災会の人達が準備いただきました。炊き込みご飯は、「缶詰のひじき、、魚の缶詰、コーンの缶詰を使いました。防災食品は5年持つと言われます。でも高い。スーパーで売っている缶詰は3年。でも安い。今日のように3年が来る前に食べて入れ替えればいい。」という素晴らしい実践をされています。
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 傍らで採取した野草を松岡さんや押岡さんが、衣をつけて天ぷらをこしらえていただきました。何種類か食べましたがどれも美味しかったです。野草を食べられる知識があれば山の中に避難しても生きのびることが出来ることがわかりました。
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 夜須町の人達は先進的ですね。感心しました。お世話になりました。

 

2017年3月19日 (日)

「君と僕との防災」特集は秀作

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 ビックコミック・スピリッツ(小学館)15号は、「総力特集・君と僕との防災」です。付録に「永久携帯版・防災MINI BOOK」が、2冊」ついています。

 グラビアページには、AKB48メンバーの舞木香純さん。中学1年生の時に福島で被災。やがて原発避難で住んでいた街に住めなくなり疎開されたとか。「AKB48が被災地訪問に来てくれて、わたしも勇気づけられた1人。震災を経験したものとして次の世代に伝えて行きたいです。」
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 同じくAKBメンバーの佐藤七海さんは「東日本大震災の時仙台にいて小学6年生でした。授業中、校舎の4階でひどく揺れて・・。窓から外を見ると黒いものがワーっときて、「なんだろうあれは」と思ったら津波でした。

 停電してガスも水道もダメになって、避難所の小学校の教室や体育館に逃げてきた人が溢れてたのを良く覚えています。その経験があるので、防災については家族みんなで考えてて、家具に突っ張り棒をするのは当たり前、いつ地震が起きても大丈夫なように水や非常食を車に積んでいます。付録の「防災ミニブック」はわたしみたいに震災を経験した人ではなく、どれほど怖いものか知らない人に、渡したいと思いますね。」
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 若い人達は防災に無関心であると良く言われますが、そんなことはありません。アイドルだって被災するし、災害に遭遇するのです。
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 そういえば昨年7月のビックコミック・スピリッツは「丸ごと日本入ってます。」ということで、「日本国憲法の特集」をしていました。放送メディアや大新聞社が、政府に取り込まれ、「権力の番犬化」していく時流に抗して「自由な精神」を発露していましたね。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-4481.html

(スピリッツは日本国憲法特集でした 2-16年7月)

 東日本大震災から6年が経過し、防災に関する関心が薄くなっています。次世代を担う若い人たちに防災に関心をもってほしい。スピリッツ編集部の高い志を感じました。

 付録の「防災MINI BOOK」は優れものですね。是非購入してください。お薦めの雑誌です。
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2017年3月18日 (土)

3月18日の五台山市民農園

 2017年3月18日は午前6時に、若松町の横田政道さん(下知愛のふるさと農場主)宅へ集合しました。久しぶりに丸池町の吉本豊道さんにお会いしました。丸池町の避難場所になる資料をお渡ししました。

 横田さんから「車を出すように」と言われました。五台山市民農園用の農具やロッカーなどの備品を若松町町内会の倉庫と弘化台の横田さんの倉庫から積み込み農園前に行きました。

 荷物を降ろして戻りました。いつもより両親が早く起床したとの連絡が家内からありました。荷揚げ作業を手伝うことなしに戻りました。朝食後は父(97歳)の付添でリハビリゴルフです。

「快適都市」はコンパクト・シティそのもの


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 2017年3月11日(土曜日)の「コミュニティ計画推進市民会議」に初めて出席しておりました。その席上に懐かしい人達に再開し、昔話をしました。

 FBでも交流のある漁師明さんと、元高知短期大学教授の福田善乙さん、市役所の山地さんでした。わたしが27年前の高知青年会議所時代にこしらえた「快適都市」という概念と、小冊子(1990年から92年にかけて都市再開発セミナーを展開、3冊冊子を発刊しました)

 当時は記録媒体がWEBが今の時代のように普遍化していませんでした。紙媒体の小冊子にこだわり作成したものでした。

 現在高知市の「まちづくり」は、知るうるだけで4つのまちづくり計画が、ばらばらに相互連携されず、生真面目に真摯に行われています。

1)地域コミュニティ推進課の
「コミュ二ィティ計画」があります。

2)福祉の関係のまちづくり(福祉関係部署と社会福祉協議会。

「私たちが市と一体的に立てた地域福祉活動推進計画の中でうたっている「誰もが安心して暮らせる支えあいのあるまちづくり」


3)コンパクト・シティ計画(都市計画課)

 都市機能の「立地適正化計画」がある。

4)下知地区防災計画(事前復興まちづくり計画)地域防災推進課と下知地域住民との協働。

 それぞれが秀作の活動をしていますが、ばらばらです。一緒にやれないものでしょうか。

 そんなとき「快適都市」をこしらえた時代を思いだし、3人で昔話をしていました。

「27年も経過しているが、「快適都市」で言われていたことは古びてはいない。今こそやるべきであはないか。」

「高知青年会議所に当時期待していたが、その後は継承される動きはなかったのが残念ですね。」とか言われました。

 当時はバブリーな時代でしたが、アメリカの都市再開発の概念を学んでいました。徹底した市民参加と情報公開の原則。それだけは今でも覚えています。
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 (NYのサウスストリート・シーポート・1988年)

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(ボルティモア・イナハーバー1988年)
 どんな地域計画づくりの場合も「計画策定段階からの市民の参加」は保証され、」市民自治や市民の自主管理まで到達しないと本物ではないと思うからです。

 住民の合意形成を無視した行政側のごり押しによる復興事業などは、まちとコミュニティの破壊活動以外なにものでもありませんから。

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2017年3月17日 (金)

下知地域では立体換地が必要であると思う

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 現在進行している下知地区防災計画は、事前復興まちづくり計画です。

 下知地区防災計画(2016年)の到達点は、議論を「事前復興計画」としながら、「下知地区の目指す5つの柱を策定しました。

1)子供(子供たちが伸び伸び元気に遊べるまち9

2)高齢者・障害者(お年寄りや障害がある人が安心と生きがいをもって暮らせるまち)

3)働く世代(産業が活発で働きやすいまち)

4)災害に強いまち(魅力があり 災害に強いまち」

5)コミュニティ(地域活動が盛んで 名前で呼び合えるまち)

 事前復興計画のコンセプトは

「伸び伸びと遊ぶ子供たちを中心に、地域の繋がりで、楽しく安心して暮らせるま、災害に「も」強いまち下知」です。事前復興計画を検討して行くうえで、以前「立体換地」について勉強会をしたことがありました。

 2013年5月31日に高知市下知コミュニティ・センターにて「、香南市長清藤真司氏と、副市長の野中明和氏で講演をしていただきました。テーマは「立体換地から学ぶ下知再生への道」(防災部会講演会)です。

 低地で軟弱地盤の高知市下知地区。かねてより県議時代から清藤真司氏は「下知で都市機能を残そうとすれば、立体換地しかないだろう」と言われていました。香南市でも沿岸部の吉川・赤岡.岸本・夜須地区をかかえています。

 土地の交換や移転など個人の生活や事業所の運営にも直接かかわる問題。それゆえ利害のない香南市市長と、副市長が、高知市下知地域の現状を把握頂き、「立体換地」について、具体例も出しながら丁寧に説明をいただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-55c0.html

(「立体換地から学ぶ下知再生への道」)

 それから4年。下知地域では、2015年より「地区防災計画」(事前復興計画)が議論されています。どのような形で下知地域を復興させるにしろ、「誰もが住みたいと思う街を創る」ことでないと、建物や施設をつくるだけでは、下知は良くなりせん。

 立体換地の説明の中でも、以下の事柄が前提条件として説明されました。

 災害に強い街であることは大切ですが・・この地域で暮らし続けるために大切なことが他にもあるのではないですか・と問いかけられました。

1)安全で暮らしやすい環境ですか

2)次世代の若者が住んでくれますか

3)高齢化は大丈夫ですか

4)少子化は大丈夫ですか

5)楽しく美しく自慢できる街ですか

6)働きやすい魅力あるまちですか

 その課題をしっかり議論し、具体的な対策ができないと、建物だけ建設したところで下知は良くならないと解説されました。

 結局同じ課題でした。「地域に投資を呼び込めるだけの魅力と地域住民のやる気がなければ、実現しないことが良くわかりました。

 またモデルケースとして、二葉町の1区画を「立体換地」をしてまちづくりをしたらどうなるのかを、絵を描いていただきました。実現可能な面白いプランではないかと思いいました。

 今後も勉強して行きたいと思いました。 以下の画像は講演会の時に提供いただいたものです。

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2017年3月16日 (木)

二葉町自主防災会・役員・リーダー会

 二葉町自主防災会の「役員・リーダー会」が、2017年3月16日に下知コミュニティ・センターで開催されました。今年は二葉町自主防災会が結成されて10年になります。
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 昭和南海地震を須崎市で体験なさった森宏会長から挨拶がありました。


 資料で西村情報班長が10年の歩みを説明しました。
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1)昨年事業の活動報告

消火・放水訓練(2016年6月12日)・消火器・消火栓ホース設置(7月)
仁淀川町長者での田植え体験(5月29日)下知スマイルフェア・昭和秋の感謝祭への参加

2)二葉町自主防災会として購入する省機材について(別紙参考)

  防災ベスト・各地域避難ビルへのソーラー・ライト取り付け 検討事項に

3)その他 意見交換

4)ホタルプロジェクトについて(報告)二葉町へは設置できず。

5)避難訓練の実施の必要性は

6)消火栓BOX.ホース 消火器と消火器BOXの必要性は 検討事項に。

7)2017年度活動予定

  仁淀川町長者地区での田植え体験と交流会 (5月末か6月初め)

  下知スマイルフェア(7月)。昭和秋の感謝祭(11月)への参加。

  避難訓練の実施(情報伝達訓練) 時期未定

  下知コミュニティ・センターの避難所開設訓練 時期未定
   (下知地区減災連絡会・防災部会との連携)

 防災ベストやソーラー・ライトについては、具体的に見積もりを取って検討することに参加者が賛同しました。また意見として、「自宅から避難所までの道のりを示したマニュアルを作成してはどうか」が出ました。

 またバールなどの種類を調査してほしいとの要望がありました。

 荒木副会長が携帯トランシーバーの操作について確認されました。

 二葉町自主防災会は、役員・防災リーダーが36人いますが、今日の出席は14人でした。寂しいものです。参加者各位に非常食を持ちかえりいただきました。

だんだんついしん・3月号が来ました


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 高知市下知地域の(二葉町など)と地域交流をしている仁淀川町長者地区。だんだんくらぶ(会長・西森勇幸氏)の地域活動紙である「だんだんつうしん」(2017年3月号)が送付されてきました。

 作成されましたのは、仁淀川町の地域おこし協力隊の小原紀子さんです。今回も長者地区の地域情報盛りだくさんですね。「棚田の景観保存策」「長者小の学習発表会」「「だんだんの里(農村レストラン)の恵方巻きの販売」「秋葉祭り雪のため一部行事中止」など。

 裏面は長者だんだんくらぶと交流している高知大学地域協働学部の学生たちの紹介や、事業計画などの紹介がありました。

 人口減少、少子高齢化の進行する中山間部ですが、仁淀川町長者地区は元気です。
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2017年3月15日 (水)

第7回コミュニティ計画推進市民会議

 2017年3月11日(東日本大震災から6年目)は、「コミュニティ計画推進市民会議・第7回全体交流会」へ参加ししておりました。午後1時半から17時半までの長丁場。終了後は懇親会がありました。

 下知地域内協議会会長の国見俊介さんと、連携協の個人会員であり、」高知市まちづくり未来塾のメンバーの鍋島佐和さんのお誘いがありましたので、急遽参加しました。本来なら前日プロギア・レディスの父(97歳)の観戦を車椅子を持参ししていました。上天気でしたので「海の散帆」へ行く予定でした。高知市の地域コミュニティ推進課関係の会合は、3月13日にも予定されています。

 最初に吉岡章副市長の挨拶と、「高知市のコミュニティ施策」訪うテーマで講演がありました。」
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 そもそも論でいきますと吉岡副市長のお話で理解しましたが、高知市のコミュ二ティ計画の歴史は古く、坂本昭時代に「コミュニティ・カルテ」(坂本市長は医師でしたので、地域の実情と課題をカルテと呼んでいた。)があり、対応部署として昭和51年に「自治活動課」をこしらえました。

 ところが同時期の昭和50年と51年に高知市は大雨洪水災害が2年連続で起きました。その後を継いだ横山龍雄市長は、市民の命と財産を守るために排水施設整備や雨水対策を最優先課題として長年やりました。

 どんどん人口が増えていた時代でありました。そして平成5年から「地域コミュニティ計画」づくりを各地域と一緒になって策定していきました。最近では少子高齢化問題や、人口減少問題と南海トラフ地震対策が高知市政の大きな課題となっています。

 「住民主体のコミュニティ」を目指しています。と説明されました。

 続いて一宮地区、布師田地区、下知地区、朝倉地区の各地域活動の発表がありました。
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 一宮地区はコミュニティ計画を実現するための活動が報告されました。「地域の見守り」「青少年の育成」「安心・安全」「文化・厚生」「地域福祉」「コミュニティ」等が事業として活発に展開されています。

 布師田地区は、地域の中にある歴史資源と自然を活用したコミュニティづくりを実践されています。「ぬのしだめぐり」というウォーキング・マップをこしらえています。布師田の旗をこしらえ、お祭りを企画し、餅まきや寄せ鍋などを行い、地域の親睦から、コミュニティづくりをされています。
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 下知地区は、国見俊介会長が、地域の事業の報告と意義をお話しされました。「無理なく。継続できる、ゆるい交流事業を心がけました。」と言われました。
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 ラジオ体操は土日はお休みで2週間・10日間実施しました。参加した子供たちには景品も差し上げました。大人にもです。スマイル・フェスは、7月にちより街テラスで開催しています。地域に関連した団体や商店がお店を出し、コンサートや踊り、で参加者も盛り上がりました。また昭和秋の感謝祭(11月3日)には、防災を手軽に体験してもらう工夫もし、実施されています。
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 BONDS(ボンズ)という地域コミュニティ紙を、下知地域内にある藁工ミュージアムと連携して作成し、下知地区の全世帯に配布しました。現在下知地区防災計画も推進されております、そのテーマは「事前復興まちづくり計画」なんです。

朝倉地区の場合は、朝倉小と朝倉第2小の住民同士の交流を目的に活動されています。どの地域にも共通な課題「やっている人達が年配者ばかり」「後継者が育たない」「若い現役世代が地域活動に参加しない。」悩みを抱えています。

 地域コミュニティの強化しなけば地域は元気になりません。「地域コミュニティの再構築は、多様な主体が協働する新たな地域・個性ある地域」を間褪しているようです。

 各地域の活動は多様性があります。でもベースは人の絆であり、地域内でお互いが顔見知りになり、一緒に行動することにつきます。
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 交流カフェを挟んで、地域コミュニティの先進地区である岡山県倉敷市箭田(やだ)地区の取り組みと活動内容の説明を受けました。とにかく尋常な活動ではない。8つの班が年中なにがしかの活動をしています。

 内容は素晴らしいし、レベルも高いです。しかし岡山県は災害がシクなく、大手企業も倉敷市には立地し、同時に観光都市でもあります。倉敷は50万都市(企業も多く税収が多い)。高知市は30万。経済力もありますし、市民各位が余裕があるように感じました。高知と条件が違いますので真似はできないと思いました。
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 続いて懇親会をしました。こちらは高知流の宴会となりました。当初は参加に躊躇しましたが、行って見ていろんな「世界」があることが分かっただけでも大成果です。
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2017年3月14日 (火)

久しぶりの五台山市民農園

 2月の半ばあたりから体調が悪く、五台山下知愛のふるさと農園(農園主・横田政道さん)へ行っていませんでした。2017年3月11日(土曜日)は午前6時に横田邸へ集合しました。
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 横田政道さん、福谷幸雄さん、黒岩博さん、大崎修二さんの4人は常連メンバー。水曜日も行かれています。今日は私まで加わりましたので総勢5人の参加でした。

 五台山農協婦人部の良心市で、キャベツとトマト(小さめの)を購入しました
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 まずは「農園」のほうの手入れをしました。ネギを収穫しました。先日植えた大根ですが黒いマルチを被せ、苗がでているところに穴をあけました。雑草予防です。
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 続いて「果樹園」のほうでは伐採した竹の片付けをしました。5袋竹のくずを落としました。その後横田さんの案内で、竹林を見に行きました。農園を借りている所有者の土地であるそうです。
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2017年3月13日 (月)

それぞれの高知市の部署が独自にやっている地域計画の整合性・統一性・総合性は?

1)地域コミュニティ推進課の

コミュ二ィティ計画があります。

2)福祉の関係のまちづくり(福祉関係部署と社会福祉協議会。

「私たちが市と一体的に立てた地域福祉活動推進計画の中でうたっている「誰もが安心して暮らせる支えあい
のあるまちづくり」


3)コンパクト・シティ計画(都市計画課)

 都市機能の「立地適正化計画」がある。

4)下知地区防災計画(事前復興まちづくり計画)地域防災推進課と下知地域住民との協働。

 それぞれが秀作の活動をしていますが、ばらばらです。一緒にやれないものでしょうか。

2017年3月12日 (日)

第8回下知地区防災計画

 「第8回下知地区防災計画」(事前復興計画)は、2017年3月9日午後6時より、下知コミュニティ・エンターで開催されました。2015年度に内閣府の「モデル事業」としてスタートした下知地区防災計画。2016年度・2017年度は高知市のモデル事業として推進されてきました。

 今回は2年間の意見交換会のまとめを行い、2017年度に繋げる会合です。また意見交換会の後は、講師・指導員の鍵屋一先生も参加して、懇親会も予定されています。

18時から20時までは、今までの振り返り、地区防災計画の意義目的について、鍵屋先生と坂本事務局長に報告いただきました。
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 続いて参加者全員でのワークショップをしました。今回のテーマは「挨拶が出来る街下知」のアクション.プランです。どうやったらみんなが気持ちよくあいさつできるのか。そのプランを皆で出し合いました。
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 立ち会っていただいたコメントを天野先生(福島大学)と大槻先生(高知大学)に頂きました。最後に高知市役所地域防災推進課の山中係長から、今後の展望と課題の問題提起があり、森宏下知地区減災連絡会会長の講評で意見交換会は終了しました。
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 引く続いて近くの居酒屋びっくり鳥を貸し切りにして懇親会をしました。2時間限定の筈が大幅時間オーバーになり、中締めで帰りましたが23時半になっていました。
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2017年3月11日 (土)

東日本大震災から6年目

 2011年3月11日に発生した東日本大震災。巨大地震でした。まる6年が経過しましたが、未だに12万人の罹災者の皆様が、避難生活をされておられます。

 またNHKが報道していましたが、被災した企業ですが、注文が震災前の7割前後ですが、設備資金として借りた資金の返済猶予の5年間が過ぎ、返済が大きな負担になっているとか。事業継続に厳しい判断がなされています。

 わたしの家族についてですが、6年前の3月11日は、父(当時91歳)は、慢性腎不全が悪化し、全身がむくんでいました。当時は介護認定も受けておらず、車椅子もレンタルすることなく、土佐CCへプロギア・レディスの観戦に行っておりました。

 お昼ご飯を食べてから「しんどい」と言い出したので、無理をせず帰りました。国道55号線経由で自宅へ戻りました。その直後に東日本大震災が発生しました。高知県の沿岸部も大津波警報が発令され、香南市夜須町の国道はすべて閉鎖(通行禁止)になり、解除されるのに数時間かかりました。腎不全が悪化していましたので、危ないところでした。

 翌月に父は植田一穂先生のご紹介で、高知医療センターへ2週間入院し、徹底した利尿治療を行い、生還できました。減タンパク食、適度な運動、水分補給で、健康を維持しています。もし数時間動けない状態でしたら、命にかかわっていたと思います。運が良かったとしか言いようがありません。

2017年3月10日 (金)

高知県庁の「復興計画策定」は机上の空論


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 過日地元紙の高知新聞に高知県庁が発表した「南海トラフ地震発生後の復興作業の流れ」というものがありました。

 震災後1か月後に「都市復興基本方針策定(県)]「第1次建築制限」とあり。

2か月後に「都市復興基本計画(県)」「第二次建築制限・災害危険区域指定」「区画整理事業」「防災集団移転促進事業(高台移転)へとあります。

 6か月後に「復興計画策定(県、市町村)を策定し、「復興事業がスタート」することになっています。

 実際に手際よい復興事業のスタートが、震災後僅か半年後に可能なんでしょうか?このチャートに、地域住民のことが全く表現されていません。どうなっているのでしょうか?

 これでは高知県庁が「あらかじめ(事前)に」住民に相談なしで、協議することなしで、「復興計画」なるものをこしらえ、半年後に事業をスタートさせるとしか考えられません。

 住民不在の復興委事業が上手くいかないのは当たり前。阪神大震災の経験や教訓を高知県庁は全く考慮しているように思えませんね。おかしい。

 半年以内という時間的制約は、おそらく国の支援や制度融資、交付金の締め切りがそうなっているからではないでしょうか?本末転倒ではないでしょうか?よくわかりません

2017年3月 9日 (木)

やれる範囲で精一杯やります。

 今年は二葉町自主防災会が結成されて10年。いろんなことをやって来ました。「話題」になるようなこともしました。結構新聞やテレビやラジオなどで取り上げられました。でもお手伝いしていたけるひとが常に少ないので、しんどいと思っています。活動を辞めようかと思った時期もありました。

 ただ個人の事情を申せば、現在私の父は97歳、母は91歳。今年中に父は98歳、母は92歳になります。二葉町町内会の班長業務が、今年当番の人の母親(102歳)の体調が悪く、いつ逝去してもおかしくない状況が続いているとか。またその次の当番の人も体調不調が続いていると訴えていました。

 ものは考えようで、3年後になれば、父は101歳となり、母は95歳です。「超・超高齢者」になっています。現状より元気であることは考えにくい。であるならば両親が元気なうちに「やるべきこと」はやってしまいましょう。と考えることにしました。


 やれなくなれば、いくらやりたくともできませんから。やれる範囲でやることにしました。そう考えたら楽になりました。

2017年3月 8日 (水)

二葉町自主防災会・活動記録 2007年から2016年まで

いろんな活動をしてきました。すべてを列挙はできませんが、このブログ「二葉町防災新聞」から二葉町自主簿言う再開に関連する事業を拾い出してみました。それ以外に取材対応や、番組出演などもありました。


二葉町自主防災会・活動記録 2007年から2016年まで

2007年    二葉町自主防災会活動開始
         防災備品購入・防災マップ作成(1回目)

2008年    神戸市長田区鷹取東地区との意見交換会の実施


2009年    防災炊き出し訓練実施(青柳公園)

         今治市自主防災連合会が来訪・交流会(青柳公園)

         窓ガラス飛散フィルム貼訓練

2010年    防災・減災タウンミーティング

         家具転倒防止。窓カラス飛散防止講習会

2011年    二葉町防災世帯調査を実施

         仁淀川町との交流開始(6月・11月)


         昭和秋の感謝祭へ参加

         防災人づくり塾へ二葉町有志が参加

2012年    仁淀川町Bスタイル研究会へ参加(長者地区との交流)

         2つの防災倉庫をコーポシーロード5階へ移転

         仁淀川町長者地区での田植え体験交流

         昭和秋の感謝祭へ参加・仁淀川町も参加

         下知地区減災連絡会が結成・参加

         徳島防災センター研修

         仁淀川町長者地区との交流会

         下知コミュニティ・センター防災部会設立

2013年    下知コミュニティ・センター開所

下知まち歩き・(岡村眞先生)

         徳島県三好市住民との交流・山菜取りに参加

         仁淀川町長者地区での田植体験交流会

         仁淀川町「疎開・宿泊」体験

         仁淀川町長者小で、宇宙メダカ・宇宙大豆贈呈式

         仁淀川町長者での脱穀作業に参加

    
         携帯用トランシーバー(10台)購入しました。


         防災講演会「市民目線から見た長田区鷹取東の復興」
         「浮体式人工地盤が下知を救う」

         二葉町防災世帯調査を実施しました。

         昭和秋の感謝祭に参加。(二葉町・仁淀川町コラボ)

         LPガス発電機を導入。西森ビルに保管。


2014年    仁淀川町・だんだんの里1周年祝賀会へ参加

         仁淀川町・長者で田植え体験しました。

         徳島県美波町自主防災会連合会との意見交換会

         高知県警・長期浸水対策訓練に参加しました。

         情報伝達訓練(トランシーバー)を実施。

         二葉町防災マップを作成(2回目)配付・掲示


         下知地域内連携協議会が発足しました。

         昭和秋の感謝祭に参加しました。

2015年    長田区鷹取東震災20年慰霊祭に参加。

         二葉町で火災発生

         堀川耐震護岸工事の開始(県)

         仁淀川町長者での田植え体験

         高知蛍プロジェクトを仲介(太陽光発電街路灯事業)

         東北被災地交流ツアー(石巻・名取・東松島)へ参加

         内閣府地区防災計画モデル事業に採択・スタート

         津波避難ビルが4カ所増えました。

         下知すまいるふぇあに参加しました。

         今治市防災士会連合会との交流

         JOCA研修生(防災)との意見交換会

         仁淀川町泉川地区との交流会・鳥形山見学

         昭和小児童・下知まち歩きへの協力

         下知情況付与型避難所運営訓練

         昭和秋の感謝祭へ参加しました。

         地区防災計画意見交換会4回実施


2016年    消火器BOX4か所 消火栓BIX1か所設置

         地区防災計画フォーラム(仙台)へ参加

         高知蛍プロジェクト1年目(太陽光発電街路灯70設置

         仁淀川町長者での田植え体験

         高知港海岸直轄海岸整備事業着手式(耐震堤防3重防護

         消火・放水・炊き出し訓練の実施(青柳公園)

         スマイル・フェア・しもじに参加しました。
  
         液体消火器の購入と配置(町内5カ所)

         JICA研修生(防災)の下知地区訪問

         昭和秋の感謝祭への参加

         下知地区防災計画・町内意見交換会の実施

         仁淀川町長者で稲刈り体験をしました。

         下知地区総合防災訓練

         山田伝津館。震災語り部菅野和夫氏来訪

         下知地区防災計画意見交換会の実施(年度4回)


2017年    JICA研修生(コミュニティ防災)との意見交換会

         下知地区防災計画2年度のまとめ


 

          

          

2017年3月 7日 (火)

ロープ1本が人を救う


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 横田政道さんが、ロープワークをされますと、JICA研修生の皆さんも瞬時に理解していただきました。ロープや国際信号旗は万国共通なんです。

 私たちは英語でのコミュニケーションは出来ませんが、ロープワークでコミュニケーションがとれました。次回はロープワーク寸劇、国際信号旗寸劇を考え上演してみたいと思いました。

 下知地区は長期浸水する。救助は宮古市長が言われるように「海からやってくる」のですから。下知地区ではロープワークと国際信号旗は、「必須科目」になりました。
 (写真は 2017年3月2日JICA研修生の皆さんとの意見交換会です)

横田政道さんが、下知コミュニティ・センターの3階ベランダから、津波で流され、逃げ遅れた人を救助するためにロープを垂らし、釣り上げる「イメージ図」を作成いただきました。
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 山田伝津館の菅野和夫さんが「ロープワークで漂流している人、逃げ遅れた人を引き上げることができる。」と言われていました。

「大湊小学校と大湊保育所の立地位置から避難方法を電話で聞きました。

そしたら、いずれも近場の避難タワーに駆け込むことになっておりますと近場にタワーが完成し逃げ込めば助かると安心しきっているようです。それが送って頂いた大湊避難タワーでした。

DVDを送り、このような津波がくることを想定してロープとブルーシートを準備するか、逃げる際に持ち込むように話しましたら首を傾げていました。

話して納得して頂きましたが実現出来るかどうか。

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(南国市大湊津波避難タワー)


大湊小高見節生校長さんから聞きましたが、200名収容で屋上には備蓄品もあるとか。
話しましたが、備蓄品は生き延びた方々が利用できるのであって、その前にやることがあるのでは。

それは、タワーまで在校生58名の命をいち早くタワーに誘導できるか。子供らがロープにすがって同一歩行で走る。

学年別前後には端端を持った職員が監視しながら急ぐ。

タワーに向かっている際に過呼吸や狭心症で倒れた児童が出た場合、ブル―シートに包んで職員や高学年の子供等に運搬させる。万が一タワーに辿り着いて避難者200名の中から死者が出た場合はシートで包んで生徒には見せない。等に使える。

 こちらでも、3.11当日坂を駆け上っていたおばあちゃんが急死した例がありました。

避難ビル、タワーにロープ、ブルーシートの備えを訴える資料造りに勤しんでいます。

出来ました見て頂きたいです。


山田伝津館 菅野和夫」

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(香南市夜須町坪井・津波避難タワー)

2017年3月 6日 (月)

坂本茂雄氏の県議会での1問一答について


2017年3月6日(月)は、父(97歳)の通院が順調に終わったので、高知県議会を傍聴に行きました。下知地域代表の坂本茂雄さんが質問されるとのこと。「南海地震対策」や「バリヤフリー・ツアー」などの興味深いテーマでした。
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 写真は県議会議会棟の入口。議場の写真は休憩時間に撮りました。雨が降りそうでしたので車で行きました。吉本豊道さんに会いました。また傍聴席では笹岡和泉さんにお会いしました。傍聴後意見交換しました。
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 冒頭に坂本茂雄さんは。「下知地区の昭和小では防災・減災教育に力を入れています。命を守る教育です。子供たちと先生と地域とで考え、実践しています。昭和小減災新聞が2年連続で受賞し、昨年は教育長賞をもらいました。

 関連記事 「昭和小防災学習発表会」

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-d208.html

 防災に関心が薄いとされている20代から40代の世代への周知をどのように教育的な観点からされるのか。教育長にお聞きします。」と言われました。→が回答です。

1 南海トラフ地震対策について          

(1) 防災教育・啓発について (教育長)に質問。

→参観日に避難訓練や防災キャンプを組み合わせるように、啓発に努めています。

ア 小中学校と地域が連携した訓練のシステム化について

→地域と連携して訓練をしている学校は増加しています。


イ 県立高校への防災関連科の創設について

 兵庫県の舞子高校は、2000年の設立されました。宮城県の高城高校にも防災専門科があり、防災のスペシャリストを養成しています。南海トラフ巨大地震の襲来が確実とされている高知県の県立高校に設立する意義があります。設立すべきであると思います。

→若者に防災意識を高めることは大事なことです。昨年11月には世界津波高校生サミットが開催されました。現在は県立高校に防災専門家をつくる計画はありません。(教育長)

→ 防災スペシャリストの養成の必要性は理解できます。それが高校なのか、もっと上の学校なのか、別の仕組みなのか。検討の余地はあります。(知事)


(2) 緊急防災・減災事業債の在り方について (危機管理部長)

ア 津波避難対策等加速化臨時交付金の措置の継続について

→津波避難対策等加速化臨時交付金につきましては、県内沿岸部にほぼ津波避難タワーは建設できました。また避難路等の整備については、南海トラフ地震対策特別措置法を活用します。(危機管理部長)


イ 地域の実情に応じた対策について

→新たな問題が出れば、その都度対応していきます。(危機管理部長)

(3) 長期浸水対策と広域避難の検討について (危機管理部長)

 平成24年度に「広域避難対策の取り組みの加速化を行うとしていたが、未だに殆ど進展していません。長期浸水の被害の出る地域住民は不安です。今年度の進捗状況を聞きます。


ア 取り組みの加速化について

イ 広域避難に備え地域間交流を行う地域などへの支援について

 県の積極的な支援が必要であると思う。

→安芸・高幡・幡多地域では地域連携が進んでいます。県内の避難者すべてを県内で引き受ける方針で進捗しています。(危機管理部長)


2 バリアフリーツーリズムについて

(1) バリアフリーツアーセンターの開設について 

 全国にバリヤフリーセンターは21か所あります。四国では新居浜にあるだけです。宿泊・運送・介護・医療が連携した取り組みが必要であると思う。三重県の事例では、バリヤフリーツアーセンターが出来てから観光客が大きく伸びています。

→ いろんな部署が関わる領域です。現在情報を収集すています。(観光振興部長)

(2) バリアフリー・モニター会議の機能的再開について(地域福祉部長)

→現在は解散しています。事前のヒアリングなどを実施いたします。

(3) 東京オリンピック・パラリンピックなどの事前合宿の誘致などを契機とした宿泊施設や移動サービスのバリアフリー対応の拡充について

 2008年の香港では、北京五輪に対応して、バリヤフリー対策をしました。車椅子で7~8人搭乗できるバスだとか導入刺激です。

→大事な問題なので、関係部署と協議します。(地域福祉部長)


3 自民党改憲案の緊急事態条項について (知 事)に聞きます。

(1) 緊急事態要件を憲法に限定的に定めていないことについて

(2) 緊急事態宣言の期間に制限が設けられていないことについて


(3) 国会開会中でも、内閣が国会の法律に代わる政令を制定できること    について

(4) 事後に議会の承認が得られない場合、効力を失う旨の規定がないこ    とについて


(5) 緊急政令で制定できる対象に憲法上の制限がないことについて

 災害対策基本法で、災害対策はできます。あえて緊急事態用件を出す必要性はあります。


→あくまで立憲主義に基づいた、なんらかの法整備が必要であると思います。(知事)

4 動物愛護教室について                        

(1)開催回数と参加対象生徒数について

(2) 知事の見学について

→行事が立て込んでいまして、出席することが出来ませんでした。機会をつくりたいと思います。(知事)

 質疑と応答で40分。とても短い。まし坂本茂雄さんは、事前に独自に調査し、行政部局に出向き問い合わせをされたり、詳細な準備をされておられます。それだけに中身が濃く、全く時間が足りませんでした。

 私なりの傍聴した感想です。私見もです。

1)県立防災高校は必要でしょう。イベントも大事ですが、専門部署の能力を向上させるためには専門高校や大学は必要であると思います。

2)海抜0メートルの地震後の長期浸水する地域に住んでいる者としては、県の広域連携の取り組みは遅々として進んでいません。取り組みの加速化と、どこまで進展しているのかが見えない。

 また県や市町村が「勝手に」連携したところで、受け入れる側の住民にとっては、「顔の見えない交流」が押し付けられるだけではないのか。下知地域と仁淀川町長者地区のように、「顔の見える交流」をしている地域の支援をお願いしたいものです。

3)バリヤフリー・ツーリズムについては、高知県観光の柱にすべきです。日本1の長寿県構想とリンクさせ、高齢者や障害者にやさしい高知県なるべきで、施設や観光地、移動交通機関、支える仕組みをこしらえるべきでしょう。

4)既にバリヤフリー・ツーリズムを実践している新京町にある「ふくねこ」(「タウンモビリティステーション)がボランティアでやっている。県や市の観光協会は全く対応していません。

 ふくねこに業務を委託してバリヤフリー・ツーリズム・ステーションとして稼動させることです。障害者の雇用にもつながります。

5)緊急事態要項は、災害対策にかこつけた粗悪な法律にすぎません。普段から減災対策を実践しておれば、全く必要ではないことが明確です。何も実践しない机上の防災対策をしようとする議員が賛同しているだけ。もっと地域防災を勉強していただきたい。

2017年3月 5日 (日)

地球33番地のイベントを見学しました。

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2017年3月3日午前10時半過ぎです。父(97歳)の通院時間が延び、戻るのが遅くなりました。一文橋公園でのイベントのは関係者が集まっていました。
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 地域のオープンハートさんもブースを出されていました。関連企業の人達が多く来られているようでした。このイベントですが、1番最初は平成3年3月3日午後3時33分位に始まった記憶があります。
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 長男が昭和小の3年3組だった関係で見に行きました。当時横田橋の下の河原から子どもらが鯉を放流していました。26年ぶりに見学しました。生憎会社から呼び出され2分ぐらいの滞在でした。お天気が良くて何よりでした。

2017年3月 4日 (土)

JICA研修生との意見交換会


 2015年、2016年に続いて、3回目の高知市下知地区でのJICA研修生の皆さん15人と高知大学関係者が訪問されての意見交換会。2017年3月2日午前9時半から下知コミュニティ・センターで開催されました。
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JICAの研修生が来られる前に午前8時半に下知のスタッフは集合しました。屋上での国際信号旗の掲揚。LPガス災害時ユニットの準備。4階研修会場の設営。3階食事会場の準備をしました。
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 ほどなくJICAの研修生と、高知大学の関係者、通訳の人達が午前9時半に来られました。15人のJICA研修生の皆様は、それぞれのお国へ帰れば、「地震津波啓発センター所長」「「国家防災機構防災担当官」「地方自治・住宅・環境技官」などのキャリアの国家官僚の皆さんがたですね。会話は英語です。
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 まず高知大学准教授の大槻知史さんが、「地域での防災活動の実際 高知県の事例」ということで講義をされました。すべて英語での講義でしたので、10%程度しか内容はわかりませんでした。
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 続いて高知市役所地域防災推進課の山中晶一係長からは「高知市の共助支援と協働」というテーマで講演頂きました。

「地域コミュニティ防災のサポートだけでなく、トータルプロジュースをして、県や国にも地域の要望を伝え提言する。トータルなプロジューサーが必ずしも市役所職員でなくてもいい。学識者や地域のキーパーソンでもいいのです。」

 「下知地域で取り組んでいる地区防災計画こそがまさに、地域の住民と市役所が一体となって取り組んでいます。事前の復興計画を立てることがとてもい大事です。」

 午前が終わり屋上へ。横田政道さんが掲揚されている国際信号旗の説明をしました。続いて小吉浩之さんが、災害時対応LPガスの説明をされました。安全装置をかましているので、ハス漏れはなくなりましたとのこと。
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 LPガス発電機で電気を起こし、電動工具を稼動させました。JICA研修生の皆さんから活発な質問が出ました。
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 LPガス災害対応ユニットで沸かしたお湯で、3階会議室にてアルファ米、レトルトサバ、おむすび(電気がまにて炊飯)を関係者全員で食べました。結構美味しいです。
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 昼食後は2つの別れ下知のまち歩き。南地区を担当しました。二葉町を巡回し、いかに海と街が隣接しているのかを研修生の皆様に体感していただきました。
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 若松町の説明は横田政道さんです。広い町内には、高知市認定の津波避難ビルが1棟しかありません。若松町防災会と若松マンションが提携し、信頼関係を構築して地区避難ビルになっています。

 マンション住民と若松町住民が一体化して、若松マンションで訓練しています。今回はマンション内にある避難倉庫を見せていただきました。

 下知コミュニティ・センターへ戻りました。「住民目線の減災対策 」と「街の未来をつくる地区防災計画」というテーマでお話をしました。 日本語しか話せない地域住民は、通訳の人のお力を借りて、下知地域の住民力による減災活動と、地域住民と基礎自治体との協働で行っている「地区防災計画」=事前復興計画(私は事前復興まちづくり計画と称している)について、説明し、意見交換をしました。地域コミュニティを強化しながら、二葉町では防災世帯調査を行い、地域の要支援者情報を把握しています。
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 仁淀川町との地域交流は、田植え体験やお祭りに有志が参加。先日は空き家の訪問もしました。11月3日は下知へ来ていただいて仁淀川町の食材を販売していただいています。

 「地区防災計画」は下知地区では「事前復興計画」として取り組んできました。昨年から全体会としては8回のワークショップ。広がりとして町内会単位やマンション自主防と周辺の自主防災会が共催するなど8回のワークショップをしています。

「あるべき下知地域の姿」を徹底議論しました。そして2年目の到達点としては「子供」「高齢者・障害者」「働く世代」「コミュニティ」「災害にも強いまち」で整理しました。そして参加者各位が評価して絞り込みをしています。

 続いて「高層マンションでの防災活動」ということで、サーパス知寄町1自主防災会橋本副会長より、マンション防災のありかたについて説明がありました。
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 「マンション防災カフェ」はより多くの住民参加がされています。

 横田政道さんからは、五台山での市民農園活動についての意義目的が話されました。手順を踏んで土地を借用し、楽しみながらの農園作業され、地元農家の人達とも顔見り交流をされています。

 国見俊介さんからは、「のれん33番地の取り組み」についてお話しされました。昭和小の児童を事件や災害から守ることを目的にのれん33番地は結成され、協賛広告で運営されています。夏休みはスタンプラリーをしています。子供たちは元気にあいさつができるようになりました。

 松本志帆子さんからは、藁工ミュージアムとしての地域の関わり方、アートと防災、演劇集団の力も借りながら「防災キャンプ」も実施された報告がありました。
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 下知地域全世帯に配布した地域メディア紙ボンズの発刊。藁工夏祭りの実施や、下知のイベントへは積極に参加されています。

 最後に研修生と下知地域の発表者は4つの班に分かれ、今日の研修の感想や意見交換をしました。一緒に意見交換した方からは「事前に真摯に対策を考えているところが素晴らしい。」「住民が積極参加しているところは評価します。「講義だけではなく、イベントやお祭りや、いろんな行動様式で防災に取り組んでいることには評価します。」と言われました。

 なかなか熱心なJICA研修生の皆さんでした。大槻先生を始め、関係者の皆様お疲れ様でした。
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2017年3月 3日 (金)

二葉町耐震護岸の工事状況の報告

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 二葉町堀川岸壁で行われている耐震護岸工事ですが、今年度工事は、鋼管を油圧で海中に押し込んで終わりのようです。後の堤防建設は、来年度(4月以降の)工事のようです。
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 再来年3月末で工事は終わりそうです。

2017年3月 2日 (木)

二葉町町内会新旧班長会


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 2017年2月28日は、午後7時より下知コミュニティ・センターにて、二葉町町内会に新旧班長会が開催されました。二葉町町内会の役員と新旧の班長ら32人が出席しました。

 班長会の前に「地域猫の会」の人と、高知市保健所の人が、「地域の奈良猫対策」の話をされ、意見交換をしましたが、簡単な問題ではないと思い知りました。防災で地域の人をいかに犠牲者を出さない工夫を考えているので、野良猫の事まで頭が回りません。

 続いて二葉町町内会の行事予定の審議をしますた。最大の行事の1つである町内親睦会は、4月2日に決まりました。晴天なら青柳公園。雨天時は下知コミュニティ・センターです。この2年は雨天が続き下知コミュニティ・センターでしています。

 月に一度の資源・不燃物ステーションの仕分け当番。6月から8月までの間に町内の消毒作業も確認されました。午後8時半位に散会しました。

 うちの13班は来年度当番予定の人が、体調が悪いとかで、「飛んで」うちになるやもしれません。

2017年3月 1日 (水)

ヤッシーパークの津波避難タワー建設中

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  2017年2月26日に夜須の海へ行きました。海上からヤッシーパーク方面を見ますと、イベント緑地西側に、津波雛タワーが建設されていて、姿を現しました。亜鉛めっきされたタワー鉄骨が組まれています。

 完成予定は6月とか。600人が収容可能だそうです。

 岩手県宮古市の山田伝津館の語り部である菅野和夫さんは「津波避難タワーに、救助用のロープやブルーシートを常備すべき」と言われています。こちらの津波避難タワーにはすぐに常備すねきです。

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