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2017年1月

2017年1月31日 (火)

第6回自主防災研究大会に参加しました


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 今治市防災士会が主催する「第6回自主防災研究大会」へ高知から参加しました。午前中は分科会方式。第2分科会の「災害時要援護者登録と日常支援」というテーマに参加しました。分科会のコーディネーターを西田政雄さん(防災寺小屋・塾頭)がやっていました。
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 第2分科会には、高知から大崎修二さん、楠瀬ともえさん、山本美咲さんと4人で参加しました。社会福祉関係者や民生委員、行政関係者などが参加していました。
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 西田政雄さんが「一概に福祉避難所設置と行政側は言いますが、実態は指定しただけで、マンパワーの支援策がない。そうでなくても介護施設や日常業務で目いっぱい状態。外部から要支援者を受け入れる余力などないのが現実。」
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「要支援者名簿作成が基礎自治体に義務付けられました。これも民生委員さんたちに多大な精神的な負担を強いています。ここは例示した「防災世帯調査」と「SOSカード」などを地域であらかじめ作成し、対応すれば負担が軽くなります。

 また名簿作りを地域で行うことで、地域の全体像がつかめます。」と言われました。

 実際に防災世帯調査とSOSカードを実施した事例として、高知市下知地区二葉町の状況を報告させていただきました。
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 参加者を4つの班に分け、意見交換しました。今治市の山間部や島から来られた参加者は「地域コミュニティはしっかりしています。住民の実態はつかんでいますが、防災世帯調査にあるような、取得されている資格の有無や、自宅で所有している機材の調査はいいことです。早速実施しましょう。」と言われました。
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 とにかく実践力のある今治市防災士会の皆さんであることがわかりました。
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 昼食を挟んで午後からは全体講演会があり、講師は天野和彦福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任准教授でした。テーマは「南海トラフ大地震、避難所準備・被災地支援をどうする」というテーマでした。
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 とにかく地元福島での避難所運営の実践を踏まえ、熊本地震での被災者支援を踏まえた講演でしたので、含蓄に含んだ内容でした。
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「避難所運営は住民自治が原則です。東日本大震災や熊本地震における教訓は、住民間の繋がりが深い地域ほど災害に強いということです。

 その地域が普段より準備している以上の事は災害時にはできません。災害はそれまでの地域の課題をより顕在化します。」

「大事なのは、イコールパートナーシップ、です立場が違っても、地域を良くしたいと言うも言う者同士が、対等に意見交換して、行動をともにすること

 市民×行政=協働

 「協働」の取り組みを行う際に最も肝心なことは、「対等な意見交換」を行える場と機会を設定すること」

 有名な避難所運営の心得も言われました。「さすけなふる」です。


「(さ)りげなく

 (す)ばやく

 (け)むたがらず

 (な)いものねだりをやめて

 (ふる)さとのような 避難所運営を心けます。
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 大変得られるものが大きな研究大会でした。今治市防災士会の伊藤さんや砂田さんを始め、今治市防災士会の皆様ありがとうございました。多くの提言を地域にもとかえり、今後も地域活動に活かしていきたいと思います。

2017年1月30日 (月)

「昭和小減災対策新聞」は素晴らしい!!

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 2017年1月23日付の高知新聞地域面に、昭和小が2016年度学校新聞コンクールにて最優秀賞(教育長賞)を受賞したと掲載記事がありました。コンクールは4回目ですが、小学校が受賞したのは昭和小が初めてです。
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 「昭和小減災対策新聞」ですが、内容も素晴らしい。1面の見出しは@災害に弱い学校から強い学校へ」とあります。「大丈夫か昭和小!!」と言う記事では、校舎の2階まで津波浸水するとあります。どうすればいいのか?

 記事では483世帯にアンケート。自宅での備蓄品と災害時の持ち出し品を詳細に調査し、集計し、グラフにして「見える化」しています。

 的確な分析がされています。

「家での備蓄状況は高まっている。去年の6年生の取り組みの成果と、テレビや新聞報道が広がっているからと考える。アンケート結果から昭和小校区の特徴が見えた。
 
 昭和小校区は津波のため、必ず4階以上に避難しなければならない。家に備蓄するより持ち出せるように、家の事情を考えて準備しているのがわかった。」。

 修学旅行で訪れた神戸市の「人と防災未来センター」でもしっかり減災学習をしたようです。教訓としてこう書いています。

1)あらかじめ予想し、備えておくこと!

2)しっかりした訓練をすること!

3)自分の命は自分で守ること!

4)自分たちの経験を次に伝えること!

5)地震が起きたら、その後の行動を自分で判断して動くこと!!

 素晴らしいですね。100%正しいです。地域の大人たちが、この5つの教訓がわかっていない人たちが多いです。昭和小は素晴らしいです。
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 2面の記事では「BestよりBetterを目指す!!」「O円防災」の見出しが目立ちました。それもちゃんと昭和小の備蓄の実態を調べ上げ、「生徒と地域の人があわせて1600人避難してくる!!」その場合どうなるのか?を生徒たちで仮想シュミレーションをしています。

 トイレの問題と停電時の明かりの問題を新聞で指摘しています。空き缶でキャンドルをこしらえたり。レジ袋と新聞紙を集めてトイレをつくる工夫もされ、「0円防災」と名付けています。

 まさに「減災を下知の文化に!」を実践されていますね。大変素晴らしいことです。

 昭和小の児童の皆さんとご指導されました教職員の皆様に感謝です。
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 南海地震か来ても1人の犠牲者を出さな下知地域にしないといけないと、子供たちに啓発されました。

2月1日は、下知コミュニティ・センターにて、昭和小の生徒たちによる「防災プレゼンテーション」が18時より行われます。多数の市民の皆様のご参加をお願いします。

 その後に下知地区防災計画・意見交換会が開催されます。是非ご来場ください。
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2017年1月29日 (日)

五台山市民農園へ行きました


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 2017年1月28日には五台山市民農園(下知愛のふるさと農園。横田政道農園主)に行きました。寒気は緩んではいますが、早朝はやはり寒いです。横田邸へ行きましたが、真っ暗です。外気温は1度台ですから。
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 自転車で行きますが、途中五台山三石地区にある五台山農協婦人部が主催す朝市で野菜を調達します。ホウレンソウとトマト、沢庵を購入しました。
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 農園では植えているネギを収穫しました。玉ねぎも育っています。P1010062_r


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下の果樹園の片付けやゴミ拾いをしました。随分綺麗になりました。
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 今日は横田政道さん他、黒岩さんや福谷さんも参加され4人でした。

2017年1月28日 (土)

潮江地区に「命山」を建設中


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 南海トラフ地震が起これば、海抜の低い高知市市街地は地盤沈下し、水没します。津波や浸水の脅威を減少させるために高知市は、潮江地区の竹島公園に「命山」(いのちやま)を現在建設中。高知新聞の記事によれば、来年春以降に使用可能になるとの事。
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 下知地区同様に1946年の昭和南海地震時でも、潮江地区は地盤が沈下し、堤防が崩壊して市街地は水没。長期浸水状態になった歴史があります。71年前の事ですが、地盤が上がった訳でもいなく、耐震地盤になったわけではありません。

 低地の市街地では自主防災会や高知市地域防災推進課の尽力で、民間施設(マンション・商業施設など)を、津波避難ビル、地区指定津波一時避難ビルにする活動をやってきました。ある程度の避難ビルは確保したものの、階段昇降を伴う「垂直移動」のために、足腰の弱った高齢者や、身体機能に障害のある人の移動・避難はとても困難です。
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 盛り土をした人工地盤の高台(命山)は1つのアイデアです。下知地区でも広域公園である青柳公園や丸池公園に(命山)は必要でしょう。高密度発泡体を活用した浮体式の人口地盤を行政側も活用すべきであると思います。
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2017年1月27日 (金)

YASU海の駅クラブ理事会


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 2017年1月24日はNPO法人YASU海の駅クラブ理事会に行きました。理事メンバーのうち4人が委任状、1人が欠席と、。なかなか皆さんご多忙です。
 本年度事業の進捗状況の報告と、次年度の事業計画案が披露されました。

 千並事務局員が定着し、ようやく3人事務局体制(井土・横山・千並)が確立しました。繁忙期の事業対応は昨年夏も乗り切りました。一方で行政からの委託事業ばかりでなく、独自の財源確保の必要性も丸岡克典理事長から出されました。

意見交換をして散会しました。

ユニークな事業は3月19日に予定している「山菜&野草・ウォーキング」です。災害時の食糧不足時に役に立つ「生きのびるための知恵」であると思います。
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2017年1月26日 (木)

広報下知減災・1月号

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 下知地区減災連絡会の広報紙「広報下知減災」2017年1月号が、発刊されました。事務局長の坂本茂雄さんが編集・発行されています。年に3回程度不定期に発刊され、高知市下知地区の各自主防災会や準備会に配布されています。

 2017年1月号は、現在下知地区で、2015年から取り組んでいます「下知地区防災計画」の特集です。下知地区全体での意見検討会の様子や、下知地区を8つのブロックにわけ、2~3の町内ごとに意見交換会を昨年10月から11月にかけて実施しました。その様子がレポートされています。
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 下知地区防災計画は、「事前復興計画」を意識して意見交換されてきました。罹災後どうやって安心・安全な街下知をこしらえるのはどうすればいいのか。それには下知の街が魅力的でなければいけない。それはどういうことなのかをずっと議論をしてきました。

 その意見交換会の地域での広がりと、深堀をしていったのが、2年目の下知地区防災計画でした。昭和小学校でも6年生たちが、事前復興まちづくりへの提案もしていただきました。各町内でも多様意見が出ました。
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 2年前に下知地区有志が現地(石巻市)を訪問し、大変お世話になった川瀬総一郎さん(雄勝歯科診療所所長)口腔ケアの重要性を講演でお話いただきました。3面に記事を掲載しています。

 昨年12月18日に実施した下知地区総合防災訓練には、早朝各防災会での地区避難訓練、午前中は昭和小での避難所体験訓練、午後からは下知コミュニティ・センターにて「要配慮者支援訓練」をしました。

 超高齢者である父(97歳)と母(91歳)も訓練に参加させていただきました。10名ほど80歳以上の高齢者や障害を持たれている人達も参加しました。昭和小でも下知コミュニティ・センターでも課題がいくつも見つかりました。
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 2月1日は午後6時から、「地区防災計画第7回検討会」が午後6時から下知コミュニティ・センターで開催されます。冒頭に昭和小6年生の防災学習の成果発表がされます。
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2017年1月25日 (水)

介護担当者会議・2017


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 2017年1月24日、両親が各種介護ケアでお世話になっている施設やサービスの事業所担当者が集合し、事務所にて介護担当者会議が行われました。ケアマネージャーの下村恵子さんの呼びかけで、事務所にて両親と家内も出席して行われました。

 昨年役所の担当者の「介護認定調査」がありました。その後「介護認定審査会」があり、1月13日付で判定が出ました。
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 父の要介護は1。母は要介護3でした。父は今までは要支援2でしたが、加齢から来るADL(Activities of Daily Living)「日常生活動作」または「日常生活能力」とも言い、歩行・起立・トイレ動作・入浴・食事・着替え・身だしなみなど、日常生活を営むために最低限必要な能力のこと」が随分低下したからです。

 母は要介護3。アルツハイマー型認知症で、最近では排尿・排便の感覚すらなくなってきています。なんとかこれ以上悪化しないように、人格破壊にならないように、歯止めをかけたいと思います。要介護3が在宅介護の限界でしょうね。

 家族も施設も努力しましたが、両親とも身体能力の低下(とくに歩行能力、下半身の身体能力)の衰えは顕著になり、見守らないと常に転倒する恐れが日常化してきました。

 今回の介護者担当者会議では、両親の身体能力の低下防止、尿失禁・便失禁の抑止するための体操や措置をお願いしました。
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 母が通所するデイサービスの担当の方がこう言われました。

「食事の後、10分ぐらいは職員が付き添って排便をトイレでするように仕向けています。うまくいったときはみんなで喜んでいます。」というお話には感動しました。「排泄は人間の尊厳である。」と思うからです。

 おむつで排尿、排便すれば簡単ですが、やはり尿意や便意を感じ、トイレに行き用を足すことは人間としてとても大事な行為であると思うからです。両親とも消化器系の疾患はなにもない健康体なので、超高齢者とは言え、排尿と排便を自分で用を足すことができれば言うことはないからです。’(父は慢性腎不全ですが、他の内臓は健康体です。)

 リハビリ系の施設に担当者も「便秘気味の利用者さんもいるので、運動の時も排便体操のようなことも取り入れて行きます。」と言ってくれました。福祉機器レンタル会社の人は「おくだけ手摺」や「突っ張り棒」などのレンタルもしていて、動作の補助をしてくれています。今日はお試しで歩行を補助する4点つえをお試しで借りました。

 2011年に両親は介護保険の認定を受け、今年で6年目になります。在宅介護では限界ぎりぎりではないかと思っています。なんせ超高齢者(父97歳・母91歳)ですから。

 両親の在宅介護が始まってから、人生観が変わりました。「見えないもの」が見えるようになりました。両親から学ぶことも多いです。介護関係者の皆様、ありがとうございました。良い人生勉強をさせていただいています。

 人間の命は限りがあります。いつまで超高齢者の両親の在宅介護が出来るのかわかりません。私も家内もともに還暦を過ぎました。「老・老介護」になりつつあります。

 両親の在宅介護ケアをする以上は、自分たちが元気でないといけないし、風邪をひくこともいけないのです。健康に気遣うようになりました。かえって健康になったような気がします。性格的にも「気が長くなりました。」

 また街中で、高齢者や身体のハンディを持たれている人などが転倒しそうな姿を見たり、車に乗り込むのに苦労されている姿を見ますと、とっさに駆けつけサポートが出来るようになりました。毎日・日にち両親の在宅介護ケアをしているからでしょう。

2017年1月23日 (月)

まちづくりファンド中間発表会


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 2017年1月22日(日曜日)は、高知市の公益信託「まちづくりファンド」の中間発表会があり、午後13時半から16時半まで、高知市鷹匠庁舎6階会議室で見学しておりました。
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 下知愛のふるさと農園(代表・横田政道さん)の中間発表がありました。黒岩博さんがサポートされています。発表の後の会場での意見交換会では、好意的な意見が多かったです。」

「活動内容が具体的でわかりやすい。」

「苦労されている様子に感動を覚える。」などでした。

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 9団体が中間発表に。学生まちづくりコースが1団体、まちづくりはじめの一歩前コースは「下知愛のふるさと農園」を含む3団体。最大5万円の交付金コース。

 まちづくり一歩前へコースは、30万円交付金コース。岩崎諄江さんの「大津子供会連合会」や、坂下直美さんの「シアターTACOGURA」など5団体が発表しました。運営委員に宮地貴嗣さんもおられ、結構会場は顔見知りの人がいました。
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 いろんな考えかた、いろんな活動があるもんだと感心しながら聞いていました。

 

2017年1月22日 (日)

オープン・ハートの日々の記録展

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 1月14日(金)のはりまや橋商店街での金曜市で、オープンハード代表の宇賀恵子さんから「はあと33番地に集う、日々の記録」という案内パンフをいただきました。

 案内によりますと「はあと33番地に集う、日々の記録」の展示会を以下の日程で、高知市藁工ミュージアムにて行います。

(日時)2017年2月3日(金)から3月20日(月・祝日)まで

    午前10時から午後18時まで(入館は17時30分まで)

(場所)藁工(わらこう)ミュージアム

(観覧料)無料

 2016年11月から12月にかけて、NPO法人オープンハートが運営する「はあと33番地」にて日々の出来事を写真に記録するワークショプを開催されえちました。

 写真家宮下裕史さんを講師に、日々の出来事をカメラで皆が撮影、プリントアウトし、撮った時の想い等を書き加えたブックを1人が1冊作成されました。

 展示会を開催します。
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*NPO法人オープンハート はあと33番地

 多機能型障害者福祉サービス事業所(生活介護・放課後等デイサービス)慈雨。重度重複の障害のある人たちが、学校卒業後も住み慣れた地域で暮らし、地域の中で生きていく場を実現するために、医療・教育・福祉と連携し、1人1人の個性に応じた日中活動を提供する拠点として設立されました。

 〒780-0803 高知市弥生町3-16 
  電話・FAX 088-882-1226

*オープンハートさんにつきましては、2004年にお話ししたことがありました。もう13年も前の事ですね。

 http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/gesuto6/uga.htm

2017年1月21日 (土)

五台山市民農園・新年会


 五台山市民農園(農園主・横田政道氏)の2017年度の新年会が、高知市知寄町のびっくり鳥で行われました。
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 農園関係者(横田・黒岩・福谷・吉本・島内・西村)と加盟希望者の楠瀬さんが参加しました。楽しく懇親させていただきました。自撮りの写真を撮りましただ、黒岩さんと横田さんが写っておりません。すみません。

 明日は午後1時半から、高知市鷹匠庁舎で、農園も補助を受けたまちづくりファンドの中間発表会があります。
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まちづくり条例見守り委員会


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 2017年1月16日の高知市は寒かったです。就労後午後7時からの「高知市市民と行政のパートナーシップのまちづくり見守り委員会」の第3回検討委員会が、たかじょう庁舎で開催されました。高知市地域コミュニティ推進課が事務局をしています。

 今回のテーマは「公益信託まちづくりファンドのあり方」について、制度面,広報面、事後・事前のとりくみについて意見交換をしました。
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 全体議論の後で、2つの班に分かれての意見交換。松づくりに関しては「一騎当千」の人達ばかりなので、議論はつきません。時間内で出た意見を大雑把にまとめて今日のところは終わりました。

「3年間の助成期間が終了後は、エントリーした事業はどうなったのか?」

「もっと支援を受けやすい審査にすべきではないか」

「応募段階で動画で応募したらどうか」

「まちづくりファンドを説明するDVDを制作すべき」

「もっと資金額を増やす努力をすべき」

「備品購入は駄目だと言うのではなく、活動資金を生み出せるものであればもい認めるべきです」との意見などが出されました。

  次回は3月に開催予定です。

2017年1月20日 (金)

災害対応非常食備蓄は自己責任で

  あるメールマガジンに掲載されていた記事。大都市部での災害対応のようですが、共通する項目もあるので、シェアしました。また「災害準備は自己責任が原則」という言葉にも納得しました。一利はありますね。

「また、非常食や備蓄に関して最も大事なのは、「人に言わない」ということに尽きます。備蓄をしているというのを自慢げに言っているのは、非常時に頼りにしてくれと言っているのと同じでしょう。装備品を自慢しているプレッパーズはプレッパーズにあらず!

汚い発想かもしれませんが、備えてなくて死ぬやつは自業自得なわけで、自衛の基本は他人なんぞより自分が助かる…を最優先事項にするわけなので、常日頃から様々な危機管理について、うっすらでも良いので「どうしたらいいか」を脳内非常訓練しておくと、何倍も「非常食」を活用できるんじゃないでしょうか?」という考え方もありですね。

 http://www.mag2.com/p/news/233587

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2017年1月19日 (木)

今年最初の資源・不燃物ステーション

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 2017年1月13日(金)は、高知市二葉町町内会による資源・不燃物ステーションが午前6
時より8時までの間、下知コミュニティ・センター前で行われます。荒木三芳二葉町町内
会副会長(衛生委員)の指揮の下、各班の当番が仕分け指導に来られています。
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 まだ夜が明けない午前6時過ぎに自宅の資源・不燃物を持参しました頭にヘッドランプ
をつけて行きました。足元が明るく両手が使えます。。雑紙(印刷ダンボール)と瓶類
(透明・青・茶黒)を出しました。
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 高知方式の町内会単位の仕分けステーションが運営されています。月に一度町内の人達
が顔合わせする機会ですが、今朝は寒く真っ暗でしたので出足は遅いようでした。

 高知方式の仕分け

 https://kotobank.jp/word/%E9%AB%98%E7%9F%A5%E6%96%B9%E5%BC%8F-887612

2017年1月18日 (水)

読売新聞高知版に掲載されました


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 昨日早朝午前5時半過ぎから、高知市青柳公園で、阪神大震災22年慰霊の集いを、下知地区減災連絡会有志でおこないました。 2017年1月18日の読売新聞高知版に、記事が掲載されています。

 僅か8人の参加でした。私たち以外に高知県内で、追悼の動きはなかったようです。見出しにありますように、参加した各人は「自主防災の強化を誓い。」ました。

高知新聞夕刊に「追悼式」が掲載されました


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 2017年1月17日午前5時46分。22年前の阪神大震災が起きた時刻に、参加した下知地区減災連絡会(森宏会長)の有志8人が、青柳公園で黙とうしました。高知新聞夕刊に掲載(早崎康之・記者)されていることは坂本茂雄さんのFBで知りました。

 震災当時兵庫県在住で金融機関に勤務されていた皆本隆章さん(青柳末広町防災会長・下知地区減災連絡会副会長〉が、当時の体験を参加者皆に話していただきました。「どうすることもできませんでした。」と言われていました。

 2年前の2015年1月17日に有志が集まり始まりました。昨年は岡﨑修一さん(南金田自主防災会会長〉が、竹を加工しろうそくをセットしたキャンドルを作成していただきました。

 今回は細々した追悼式でした。かつては中央公園でも大きな追悼式が開催されyていました。追悼はイベントではありません。規模の大小ではなく「追悼する気持ち」「命がけで伝えていただいた神戸の想い」を共有する場でもあります。高知でも追悼式をしたのは私たちだけでした。

 今年は昭和南海地震から71年目です。両親の世代は体験者です。高知もいつ南海地震が起きるのかわかりません。事前の準備と対策をまず自分たちが行い、生きのびることが大事です。

2017年1月17日 (火)

阪神大震災から22年目の追悼


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 2017年1月17日は、午前5時10分過ぎから、高知市青柳公園へ行きました。岡﨑修一さんが制作していただいた竹製のキャンドルとろうそくを持って行きました。坂本茂雄さんの呼びかけで2年前から追悼の集いを始めました。

 「1・17」とろうそくを立て、下知地区減災連絡会の有志8人が集まり阪神大震災から22年目の慰霊をしました。未災地の高知ですが、71年前の昭和南海地震では下知地域は壊滅的な地震による被害を受け、堤防決壊で海水が地域に流れ込み、長期浸水状態となりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-7f5a.html

 岡村眞高知大学特任教授によれば、過去6500年の間に大きな南海地震は16回も起きています。100年に1度の規模の地震。300年に1度の地震、1000年に1度の地震が起きていました。
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 災害に備えることにはきりがありません。まだまだやりつくしてはいません。今年は少しでも個人的に、地域的にも減災になるような活動をしていきたいと思います。.
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 高知県内には追悼の行事はないようです。報道関係ではテレビ高知・読売新聞・高知新聞など寒い中取材に来られていました。参加者の中で22年前に阪神大震災を体験された皆本さんが個別取材をされておられました。

アクセルは右足、ブレーキは左足で

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 最近よく耳にするニュースは「車のアクセルとブレーキを踏み間違え。、車が暴走し事故を起こしてしまった。」ということ。オートマチック操作の自動車特有の事故のようです。

 高齢者に多いとされている「アクセルとブレーキの踏み間違い」。それを完全に防止するためには、2つの方法しかないでしょう。

1)オートマチックの車を辞めて、昔ながらのマニュアル車にします。
  クラッチを手動で切り替える(手の操作と足での操作が同時に必要)
  操作を間違えばエンストするので暴走はしませんから。

2)右足はアクセル専門。左足はブレーキ専門。両足を使い、役割を
  わけで運転すれば間違いません。

 ただ1)ですが、最近乗用車に関しては、軽四までオート車になっていますね。軽トラはメニュアル車が多いので、軽トラに乗るべきでしょう。

 2)ですが、皆自動車学校で、右足1本で車を操作することを指導され、覚えています。「右足はアクセルだけ」「左足はブレーキだけ」にすればいいんです。まず間違いはおこりません。

 自動車学校の指導もそうすればいいと思います。

2017年1月16日 (月)

「歴史地震の話」を読んで


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 「歴史地震の話 -語り継がれた南海地震」(都司嘉宣・著・高知新聞社・2012年刊)を下知市民図書館で借りて読みました。

「防災の概念を覆した東日本大震災。宝永地震を記録した土佐の資料と同じような「黒い津波」の記述が出てくる」。その記述は当時種崎(高知市種崎地区)に住んでいた土佐藩士が詳細に記述している。宮古の津波と同じ黒い津波が人々の住む集落を襲い、記述者は奇跡的に助かりました。

 都司嘉宣氏の講演は、以前高知市の主催する「防災人づくり塾」で聞いたことがあります。古い記録に残る古文書を分析し、過去の地震記録から、現在の減災対策を説いています。

「東日本大震災は、貞観地震(869年)以来の大地震と言われる。」

 中略・・

「今回の地震でも、津波被害は東北地方だけでなく、関東地方の茨城県や千葉県にも及んだ。これに対し、明治三陸地震(1896年)の津波も、昭和三陸地震(1933年)の津波も被害は三陸海岸に限定されており、宮城県石巻市より南の海岸ではほとんど被害が出なかった。」

「今回の地震の津波で重大被害が出た範囲は、。明治、昭和より大きく、貞観地震に津波にほぼ一致する。」

 東京電力福島第1原子力発電所の大被害も、地震学者が「貞観地震並みの津波が来る恐れがある」ことを東京電力も原子力規制委員会も全く無視し、何の対策も打たなかったゆえの大被害であったのです。彼等の不作為が地域に大きなダメージを与え、それはいまも続いています。
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 津波の対する備えている東北沿岸部。それもも大きな被害が出たのは、東日本大震災が1000年に1度の大地震」であったからでした。
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 岡村眞高知大学特任教授によれば、「土佐市宇佐町の蟹ヶ池では、歴史記録に残る南海トラフ地震の中で最大の宝永地震(1707年)に匹敵する巨大津波が、過去6500年間に少なくとも16回以上起きていたことを確認。

 その間隔は300~350年で、特に2150年から2300年前には宝永地震を大きく上回る規模の地震が起こった痕跡も見つかっている。」(高知新聞・2017年1月4日「高新大賞に岡村特任教授(高知大)過去の巨大津波判明」)とあります。

 高知で記録に残る地震で最大規模は宝永地震(1707年)。揺れも高知城下では強かったと記録されています。
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「図を見て一目で分かることは、農人町から東、国分川にかけての地域で、震度7の強い地震被害を生じた場所が現れていることである。現在の城見町、宝永町、知寄町、稲荷町等の地域に相当する。」(P203)。二葉町も該当します。

 都司氏は宝永地震のような「千年地震」対策として、具体的に「家屋・財産は守りきれないとあきらめ。せめて人の命だけは守りきることを考えること。そのために次の(A)から(C)を考慮すること。」(P305)とあります。

(A)沿岸集落に4階建て以上の鉄筋コンクリート住宅がある場合には、その所有者と契約を結んで津波警報が発令された場合に、4階以上を、一般市民への避難場所として開放すること。4階以上には津波非常用に、非常食、飲料水、長靴、懐中電灯、ラジオなどを用意しておくことだ。

(B)背後の丘陵に上がる斜面が居住地から近い場合には、幅広で緩やかな避難路をもうけ、途中に夜間でも見えるようにソーラーバッテリーによる照明を設置すること。避難先は20M以上の標高があること。

(C)4階以上の鉄筋コンクリートのビルがなく、集落の背後に避難に適した丘陵に上がる斜面もない場合は、一定間隔に「津波避難タワー」を設置すること。その避難場所の標高は宝永地震の津波を参考にして、おおむね15M以上とすること。

 と都司氏は提言されています。高知市の指定避難ビルの下知コミュニティ・センターでは食料備蓄は行われていません。市の配備計画も未定です。

 下知地区には、4階建て以上の建物すらない地域もあり、海抜も低く、低層木造住宅が多く、高齢者が多く居住しています。AからCの基準を未だに満たしていません。

 二葉町自主防災会は、地区指定避難ビルとして11カ所のビルを所有者の協力を得て指定しています。そのビルには飲料水や食料、非常用トイレの備蓄は未だに行われていません。

 都司氏はこうも言われている。なお、今までの津波避難の対策の中に考慮されていないことも実行されたこともあないが、次の(D),(E),(F)、(G)も検討したい。。(306)とあります。

(D)津波警報が出た時、漁船などは、いち早く港外に移動させる。この時その船に手早く乗せることの出来る住民も積極的に便乗させることはできないであろうか?

(E)2011年東日本大震災の時、例えば宮城県女川町では、4階建てのビルの屋上に緊急避難した人がいたが、津波は更に高い所まで水位が上昇し、そこに避難した人も津波に巻き込まれた。この場合、その4階建てのビルの屋上に、ゴムボートとふいごがあれば、ゴムボートを膨らませて脱出できたのではないか?

(F)寝たきり老人など、津波警報発令時に機敏に移動できない人は、標高15M以上の所に住居を移す「隠居部屋」の考えを取り入れられないか?

(G)どうしても沿岸に住居を持たざるを得ない漁師は、今後はそこに7階以上のマンションを建てて住むという居住様式を取り入れる。この場合は、ふだん、1階から3階に住んでいる人は津波警報発令時には4階以上に移動することを、そのマンションの住民全体が協力する。
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 というアイデアを都司氏は出されています。(D)の津波発生時の港から沖への船での避難は津波に向かっていくことになるので、どうでしょうか?

 (E)の構想は、私たちは高密度発泡体による浮体構造物を屋上に設置することを検討しています。研究会や講演会も開催しました。

  高知市下知メガフロート(浮体人工地盤)構想を実現したい。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-06a8.html
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 (F)につきましては、二葉町は6年前から仁淀川町の住民の皆様との「疎開を前提とした」地域間交流をしています。一向に高知県庁も高知市役所も動こうとしないのは「不作為」であると思います。
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 (G)は現実的な対処法であると思います。そして都司氏は「おわりに」のなかでこう言われています。

「多くの犠牲者を出した東北地方の被災地に目を背けることなく、そこにいて、命を失うことなく切り抜けた人の証言や、写真やビデオ映像に目を背けることなく、冷静に観察すれば、千年震災の津波にあっても命を全うすることが出来るのであろう。

 そうしてそれを、実践的な津波防災対策に生かしていくべきであろう。そのさい、従来の常識にはとらわれない方法を採用するという、ある程度の「思い切りの良さ」が必要となるであろう。」(P307)

 二葉町全世帯と対象とした「防災世帯調査の実施」。それに基づいた「50Mに1つの地区津波一時避難ビルの指定」「疎開を前提とした仁淀川町との地域間交流」「避難所に国際信号旗を掲揚する」(海からの支援要請)、を実践してきました。

 更に下知地域として有志ですが「五台山市民農園」の実施(食料確保)と2次避難場所の確保、さらには「災害時相互避難協定の地域同士の締結」などが今後の方向性です。

 千年地震を迎えてやる過ごす段階にまだ達していません。個人や家族のレベルでなんとか今年は近づいてみたいと思っています。支援を受ける側から、支援する側になりたいと思うからです。

 

2017年1月15日 (日)

1月17日阪神大震災・22年目の追悼

 下知地区減災連絡会事務局長の坂本茂雄さんの呼びかけで、今年(2017年)1月17日も、高知市青柳公園集合で、「阪神大震災22年目の追悼」を有志で行います。

(日時) 2017年1月17日 午前5時半集合

(場所) 高知市青柳公園北詰

*追悼のろうそくと竹筒は岡﨑修一さんが作成していたきました。昨年よりわたしが保管していました。

*着火マンがないので、各自持参ください。

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 昨年の様子です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-1afc.html

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 1昨年の2015年には、西田政雄さんと一緒に交流のある神戸市長田区鷹取東地区へ「20年慰霊祭」に出席しておりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-ed22.html

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2017年1月14日 (土)

寒いさなかの五台山市民農園


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 2017年1月14日。今年2回目の市民農園訪問です。今朝の高知市の寒い事。今までの暖冬は何だったのか!!。氷河期になったのではないでしょうか?朝6時過ぎに「農園主の」横田政道さん宅へ集合しました。今日は横田さんと私の2人だけとか。

 6時半前に出発しました。今日明日のセンター試験の受験生の皆さんも寒さに負けないように。頑張ってきたことを寒さ程度で挫けないように。対策すれば克服できますから。

 さて年寄りは着ぶくれするぐらいに着込み、アンダーウエアを着用し、ホッカイロを背中に張り付けて行きましたが、寒い事でした。弘化台の横田さんとことでゴザを自転車に積み込みました。
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 青柳橋を渡るころには夜が明けて来ました。五台山農協婦人部の良心市(早朝の6時頃から水曜日と土曜日に開催)へ行きました。野菜を買うためです。今日はトマトとミカンを購入しました。
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 最初に土地のオーナーのSさんの元自宅へ登坂。急な勾配の階段を横田さんがゴザを抱えて登ります。雑草が生えないように地面に敷き詰めます。
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 竹林寺と月の「2ショット」が見えました。
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 続いていつもの市民農園へ。今日の作業は主に文旦の木の根元まわりの養生。ござを敷きつめました。強風で飛ばないようにブロックを置きました。
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 上の農園の野菜の生育状況ですが、玉ねぎもブロッコリーも、エンドウも、ネギもタイモも順調ですね。横田さんお話では玉ねぎを2月に収穫し、大根を植える計画であるとの事でした。
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 帰りに北と西の山々を見ると雪雲が張りついています。これから明日にかけて高知は寒くなりそうですね。

 今日明日は南国(?)高知も寒そうです。天気図は西高東低の冬型。この気象配置が暫く続くとか。冷たい風が強く吹きます。ゴルフリハビリを予定していた父(97歳)もさすがに「行きたくない」ということで、中止にしました。
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 北や西の山を見ますと上空に雪雲がおります。冷たい北西の風は昼前から吹くことでしょう。

下知CCへはソーラー街灯は結局断念に


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 2017年1月12日に、下知コミュニティ・センター前に、高知ホタル・プロジェクト煮適合するソーラー街灯をつけるべしで、高知市地域防災推進課と、施設管理者である地域コミュニティ推進課職員と、下坂センター長、地域住民として荒木二葉町町内会副会長、」横田若松町防災会長、西村下知CC防災部長が現地調査をしました。

 昨年9月27日も現地調査しましたが、その場合は下知コミュニティ・センターが北向きになっていて、非常階段部も、影になり日照が足りないと言う事でした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-04da.html

 それで冬場の1番日照の少ない時期に再調査しましたが、「セットになったソーラー街灯」の取り付けは、日照時間の不足で断念しました。やはり南向きで日照がないと街路灯がセットされている「蛍プロジェクト」の利用は残念ですが出来ません。
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 ただ下知コミュニティ・センターは単なる津波避難ビルではなく、下知区南部の二次避難場所(津波避難収容所)の機能もあります。それゆえ「明かり」は停電時に必要であることは、関係者各位は認識しました。

「普段は電源からバッテリーに充電し、停電時にバッテリーから電気を供給する式の照明がいいだとう。」

「センサーライトにすれば、人を関知してその時だけ明るいので持ちは良いとは思う。」という提案がされました。悩ましい問題です。

2017年1月13日 (金)

JICA研修・下知まち歩き下見


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 2017年1月9日は、3月2日にJICA研修生(コミュニティ防災研修)の皆様が、下知地区の「街歩き」をされるので、該当地区の二葉町・若松町・稲荷町界隈を下見しました。

いかに当該地区が海抜が低く、海が近く、市街地であるのか。また自助・共助の「お手本」である若松マンションでの若松町自主防災会の活動を体感していただきます。
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 下知コミュニティ・センター出発(0分)→隣のガソリンスタンド(海抜0.2M表示)→二葉町交差点(電線同士も交差点)→二葉町自主防災会・消火栓・消火器収納BOX(3分)→二葉町木造低層住宅街→二葉町元火災現場→国道56号線海抜シール・5M表示(7分)→国道56号線街路→岡村ビル前(市認定津波避難ビル)→二葉町歩道橋(高さ5・3M)(9分)→二葉町の地区指定避難ビルの説明→鏡川大橋落橋防止対策(12分)→堀川浮桟橋・ハーバー→堀川水門説明・耐震護岸工事(17分)-二葉町での説明終了
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 二葉町―若松町へ。若松町行政防災無線(22分)-若松町消火器BOX・海抜表示(24分)→若松町交差点→若松マンション(25分)-自助・共助活動の説明・事例紹介・(10分間程度)→(35分)→稲荷町方面→青柳公園地下耐震貯水槽(40分)-下知コミュ二ティ・センター帰着(45分)
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 おおよそ45分コースです。

2017年1月12日 (木)

国際信号旗を常時掲揚するための高知市との協議


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 2017年1月11日は、国際信号旗を非常時(災害時)にすぐに掲揚できるための協議を、施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課田村智志課長以下3人と下知コミュニティ・センター坂本茂雄運営委員会会長、西村健一防災部長、横田政道若松町防災会長、下坂速人センター長が立ち会いました。

 国際信号旗については、以下の記述があります。

「国際信号旗(こくさいしんごうき、international maritime signal flags)は、海上において船舶間での通信に利用される世界共通の旗である。その使い方は国際信号書(こくさいしんごうしょ、International Code of Signals、INTERCO)によって定められており、国際信号旗による信号を旗旒信号(きりゅうしんごう、Flag Signalling)と呼ぶ。

 中世ヨーロッパでは、船舶間の通信に旗を用いることが行われてきていた。18世紀にはイギリスのリチャード・ハウが主に数字を意味する複数の信号旗を用い、その数字を符号として単語に置き換え、旗の掲揚を繰り返すことで、文章も含めた通信を行なう方法を考案した。これはホーム・リッグス・ポップハムによって改良され、トラファルガーの海戦でも通信に使用された。これらが発展し、1857年に国際信号書として、国際信号旗が定められた。

(ウィキペディアの記述から引用しました。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E6%97%97

 1857年に世界の海を当時支配していた大英帝国が国際信号旗を。船舶間の通信手段として整備し、確立したようです。

 AからZまで26の旗があります。1つ1つに意味がります。また2つの旗の組み合わせ、3つの旗の組み合わせで、相互の通信と対話が出来ます。
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 国際信号旗の掲揚する意義目的は協議者全員で共有しました。問題は「常設」とした場合の、リスクや、他の施設との兼ね合いなどを施設管理者側は言われていました。公共施設ですから当然でしょう。

確認したことは

「性能保証された製品を使用すること。」

「伸縮するアルミ製のポールを使用すること。」

「避雷針の保護角内に平常時は髙さをおさめ、非常時(災害時)には伸ばして、国際信号旗を掲揚する」ことになりました。

 具体的には下知コミュニティセンター坂本茂雄運営委員会会長から、設置要請文を高知市地域コミュニティ推進課宛に要請文を送付し、課内で検討していただくことになりました。

 地域住民の安全を守るために関係者各位で努力をしました。

 写真は訓練時に仮設で掲揚しています。

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2017年1月11日 (水)

地区防災計画・事務方スタッフ会

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 2017年1月10日、下知コミュニティ・センターにて、下知地区防災計画・事務方スタッフ会が開催されました。下知地区減災連絡会のスタッフと高知市地域防災推進課担当者、国際興業の担当者が出席しました。本年度開催予定の意見交換会は、2月1日と3月9日に予定されています。
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「2月1日の意見交換会の冒頭に昭和小6年生の防災学習の成果発表を行います。12月18日の昭和小での避難所体験訓練の後、体育館で報告会はされました。多くの地域の参加者が次の準備などで聞かれていないので、報告会を開催します。」と坂本下知地区減災連絡会事務局長から報告がありました。広報下知減災2017年1月号もまもなく発刊されます。

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 昨年の11月以降、各町内会単位で7ブロックで行われた意見交換会の成果が報告されました。本年度の事業に狙いと絞り込み、次年度に向けた課題の議論などが行われました。


山田伝津館(でんしんかん)の写真本


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 岩手県山田町の山田伝津館の震災語り部の菅野和夫さんから送付されてきました山田町の写真集を見ました。

「岩手県山田町 海と街と祭」「しかし山田に住む人々は 海を恨むことはなく 明日に向かって歩み出す 岩手県山田町」(いずれも山田伝津館・発刊)を見ました。

 宮古市の隣町の山田町。風光明媚な海岸線があり、漁業の盛んな街でした。写真集には震災前の海での営み、海水浴場、海での祭りの風景や、山田町の日常が写真に残されています。
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 2011年3月11日の東日本大震災での津波はその美しい海辺の風景を破壊し、街の営みを跡形もなく破壊しつくしました。
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 でもメッセージにあるように[海を恨むことなく海と共存していく」決意表明が感じられる写真集でした。

 下知市民図書館に寄贈する予定です。来月あたりには貸し出しが可能になると思います。

 大震災にへこたれない山田町の人々の気概を感じました。

2017年1月10日 (火)

「防災オタク」と呼ばれていますが・・・。

 先日も「意識のかい離が怖い」と嘆きました。
 年末には新聞やら、テレビにまた登場したこともあり、「防災オタク」とより呼ばれることでしょう。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-f606.html(意識のかい離が怖い)

 またある人から「防災宗教みたいに、突っ走ってもいかん」とも言われました。でも自分のやっていることなど、たかが知れています。仕事と在宅介護の合間に自宅周りの地域防災活動をしているにすぎません。昔から言えば活動領域は狭くなりました。狭くなりましたが、より「公共性」が増したのか、取材が多くありました。取材をさっれば、いただける情報もたくさんあります。
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 所詮は市井の市民にすぎないのですが、かなりの情報量を入手しています。しかし地域の中ではある意味「突出しすぎている」ので、「うざい」存在であったり、「やかましい防災のおんちゃん」になっているんでしょう。でもそれは仕方ないと思います。取材対応も、また1つの地域防災活動の1つであると割り切りました。
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 「防災オタク」でもなんでもいい。阪神大震災や、東日本大震災の被災者の皆様からの「命がけの声や教訓」をないがしろに出来ません。聞く耳を地域の中でも持たない人が少なからずおられます。いいんです。それはそれで。少数でも聞いていただければそれでいいんです。
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 自分から「売り込んだ」ことは防災活動に関しては全くありません。市井の市民でありながら、得ている情報量は「大変なものではないか」と思います。たとえ疎んられ手も自分と家族を守るために、今後も無理のない範囲で、今年も地域防災活動に励みます。

2017年1月 9日 (月)

2017年初の五台山市民農園

 2017年1月7日は夜明け前の午前6時に若松町の横田政道さん宅に集合。既に黒岩博さんが来ていました。自転車で出発しました。途中五台山農協婦人部の良心市へ寄りました。こちらも今年初市とか。
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 大根やホウレンソウや春の七草を購入しました。今週は井上正雄さんの有機野菜の配達がなかったので家内に喜ばれました。
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 夜明け前の五台山市民農園。85段の階段は適度な運動です。
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 白菜や玉ねぎエンドウも育っています。ネギも元気でした。
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 下の果樹園で雑草取りと竹の間引き作業。横田さんはタイモを掘っていました。1時間ほどの作業でした。タイモをわけていただきました。
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2017年1月 8日 (日)

春野から長浜の海岸堤防は凄い


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 仁淀川河口大橋から桂浜にかけての県道は太平洋に面しています。こちらへ津波が押し寄せれば背後地の人家は危険です。万里の長城のような巨大な堤防がつくられていました。
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 技研製作所の「インプラント工法」による堤防のようですね。

https://www.giken.com/ja/implant/solutions/implant_levee/

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 見上げるような堤防ですが、頼もしく思いました。途中高知市がこしらえた津波避難タワーも見ましたが、高さが低く感じました。
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2017年1月 7日 (土)

岡村眞さんの功績ははかりしれません

 2016年1月4日の高知新聞では「岡村眞氏が高新大賞を受賞されたと大きく掲載されていました。本当に岡村眞さんには啓発されました。
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(写真は高知新聞電子版より)

 岡村眞さんの功績は計り知れないです。それまで私は下知地域に住みながら南海地震対策には関心がありませんでした。岡村さんの講演を町内の人達と聴講し、10年前にようやく二葉町自主防災会を立ち上げたのですから。

 記事にありますね。

「 土佐市宇佐町の蟹ケ池では、歴史記録に残っている南海トラフ地震の中で最大の宝永地震(1707年)に匹敵する巨大津波が、過去6500年間に少なくとも16回以上起きていたことを確認。その間隔はおよそ300~350年で、特に2150~2300年前には宝永地震を大きく上回る規模の地震が起こった痕跡も見つかっている。」とか。

 6500年の間に巨大地震が土佐では15回も起きています。南海地震は高知の人間にとってはもやは「宿命」。なんとか3分間をやり過ごし、津波から逃れ、浸水対策をして生きのびたい。

2017年1月 6日 (金)

津波火災をどう防げばいいのか?

  昔から津波に襲われると、多くの確率で津波火災が発生するようです。東日本大震災では津波に襲われた気仙沼で海沿いの石油タンクが地震と津波で破損。大量の油が海へ流出。何かの火で発火し、おおきな火災になりました。

 先日読んだ「3・11大地震私記」(田村剛一・著・山田伝津館・2014年)でも、山田町の大規模火災が詳細に書かれています。津波の被害を逃れた家屋が火災で全焼しました。

 防止する方法としては[感電ブレーカー」などがあります。でも石油施設からの出火や、車が津波で流されて電気系統がショートして発火することは防止できません。
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 高知市中之島の石油施設。石油タンクやタンクローリー車、LPガス充填所など、二葉町・若松町の対岸にあります。とても心配しています。

2017年1月 5日 (木)

珍しく背広で挨拶回り


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 今日から仕事始めです。年に数回程度(昨年は10回ぐらいか)しか着ない背広姿(挨拶回りと冠婚葬祭・祝賀会・総会など)なので、写真を下知コミュニティ・センターで氏原さんに撮っていただきました。

 高知の場合は昨日から始業の会社と、今日からのところ、明日からのところがありますね。途中高須の南国道路の工事現場を見ました。高知インターから分岐し、布師田―高須ー五台山を通り高知空港までの高速道路です。平成30年までに五台山まで出来るとか。
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 また潮江の竹島公園の命山も盛り土が高く積みあがっています。午後からも挨拶回りに背広姿で巡回します。窮屈で肩が凝ります。少し正月太りしましたね。
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高須地区の高速道路は「避難タワー」になるでしょう。潮江地区の「命山」もです。下知地区の「高台」については公共投資は一切ありませんね。酷いものです。

「3・11大震災私記」を読んで

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 「3・11大震災私記」(田村剛一・著・山田伝津館・2014年刊)を読みました。2016年12月20日に、岩手県宮古市在住の「震災語り部」である菅野和夫さんから「3・11東日本大震災 風化させないために これが巨大津波だ。」(山田伝津館)のDVDをいただき、何度も視聴した後だけに、田村剛一さんの体験記は、一読してとても重たいものでした。

 私記では田村剛一さん宅は、山田町で、津波に襲わましたが、1階部が1・3メートルの浸水があり半壊で家屋は残りました。在宅避難者の厳しい生活も綴られていました。長期浸水状態が南海地震が起きれば予想される高知市下知地区。他人事とは思えません。

 震災当時は救援避難物資は山田町役場にたくさんありました。支給されるのは町指定の避難所だけであり、田村さんのような在宅避難者には全く支給されませんでした。

 半壊の在宅避難者には電気関係も自己負担だったそうです。

「それからが大変、一階の電気製品、ガス製品は全て新しく買い替えなければならなかった。ガスメーターも給湯器も海水をかぶり使用不能だ。それがなかなか手に入らない。仮設住宅建設が優先され、半壊家屋には廻ってこなかったからだ。」

「それだけでは済まなかった。ガスコンロ、風呂釜、便器、冷蔵庫、炊飯器、テレビ、茶箪笥、食器棚・・・・。すべて使えなかった。そうしたものの中に、支援物資として、役場に届いているものがたくさなると聞き、役場に出向いて、

「半壊家屋も被災者だ。いくらか、半壊者にも分配したらどうか」と係りに申し入れた。とことが返ってきた言葉を聞いて愕然とした。

「支援物資が欲しかったら、仮設住宅に入ってください」といわれたからだ。」

「これから自立しようとするのに、物が欲しかったら仮設住宅に入れとは何事か。」私は席をたって部屋を出た、そういわれた人は私だけではない。

 役場は半壊家屋には冷たかった。同時にこんな考えでは町の復興は難しいように思えた。」(「半壊被災者の嘆き」P100)
 
 田村さんは実体験なさっているので、書かれていることに説得力があります。この文章を読んで、南海地震の後を想像しました。うちは鉄骨3階建て。揺れと浸水でも運よく耐えられ半壊状態で残るかもしれない。でも半壊は半壊で今のままの行政システムでは大変な労苦が必要であることがあらためて理解できました。

 2015年6月に訪れました宮城県石巻市沢渡地区。半壊の家に住まざるを得ない人たちの苛酷な生活を思いだしました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/22-8d88.html

 津波被害をより大きくした原因の1つに気象庁の津波警報の第1報が「予想される津波の高さは3メートルです」との発表が大きいと田村さんは言われます。

「3メートルの津波であれば堤防を超えない。海をわざわざ見に行った人たちもいました。」その人たちは実際は10メートルを超える津波がやってきたので皆犠牲になったそうです。

 昨年講演に来られた宮城県石巻市の今野清喜さんも同じことを言われました。

「3メートルの津波と聞いて逃げない人が多かったです。前の年にチリからの津波の予測が3メートルと言われて実際は50センチでした。皆それを覚えていたので逃げなかった。後から気象庁は10メートルに変更しました。でもその時は停電で情報は伝わりまでした。」

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-5f70.html

 また田村さんの私記の中で、驚いたのは津波火災でした。津波に耐えた家屋から出火し、残っていた家屋に燃え移り地域全体が全焼しました。地震と津波で消防も出動できませんでので、余計恐ろしさを感じました。

その他印象に残る、ずしんとした記述が多くありました。一読しましたので、下知市民図書館に寄贈します。登録されてから後でまた借りてじっくり再読します。
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2017年1月 4日 (水)

意識のかい離が怖い

 「NHKの年末のテレビで出演しているのを見た。要するに下知に避難タワーをこしらえてくれと言いたいわけか」と久しぶりにお会いした知人が言います。これもメデイァ効果なんでしょう。それはいいですが正確に自分たちの活動が伝わってはいません。

 「平成28年度 高知市防災意識調査 調査結果結果報告書」を一読しても、意識のかい離に唖然とします。自主防災会の活動やた、講演会や講習会の実施や、学識者やメディアの取材にも対応してきましたので、そこそこの知識は蓄積されています。

 しかし地域住民各位、とくに町内会や自主防災会に入っていない人たちへの広報は全くされていません。そこが問題です。次から次と情報がどんどんこちらへは来ますが、自分から情報を集めようとしない人には、全く情報は入りません。

 「防災情報収集も自己責任だ」と言うしかないですね。自分から情報を集めないと、下知地域では生きのびることが難しいのですから。ぞの自覚がない人たちが多すぎます。

2017年1月 3日 (火)

高知市防災意識調査を見ましたが・・・・


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 昨年末に地元市議の高木妙さんに、「平成28年度 高知市防災意識調査 調査結果報告書」(高知市防災政策課作成・パシフィックコンサルタンツ(株)・調査分析)をいただきました。昨年5月に。高知市の下知地区。江ノ口地区、潮江地区、高須地区の4カ所地域で5000人の市民を無作為抽出し、自宅へアンケートを郵送し回収し、分析したものです。

 調査項目は「①南海トラフ地震について」「②南海トラフ地震の長期浸水被害について」「③災害に対する備えについて」「④地域の自主防災活動について」というものです。

 一読して、自分たちの地域防災活動が、いかに地域に浸透せず、無関心な市民が多い事実に唖然としました。特に30代・40代・50代の若い世代。まるで他人事。

 さすがに4地区は「浸水エリア内である」と回答した人たちが9割近くいましたが、自分が備えをしているのか?食料備蓄はしているのか。どこへ避難するのか?自主防災会の訓練に参加したことがあるか。の設問には極めて低い参加率であり実施率でした。

 災害時にスマホやネットやLINEで情報を集めると言う呆れた回答する人も複数いました。ネットは平時には便利ですが、震災のような非常時にはほとんど役に立たないということが理解されていません。

 行政任せ、他人任せの市民がいかに多いか思い知りました。

 町内会にも自主防災会にも加入していない市民については、広報の方法すらありません。この数年報道機関の取材依頼にはすべてに対応していますが、それでも下知地域についても浸透しきれていません。

 一読しただけですが、厳しい現実を思い知らされました。

2017年1月 2日 (月)

二葉町工区耐震護岸工事

 2016年12月30日にようやく仕事治めをしました。すぐ近くの堀川で行われている二葉町工区の耐震護岸工事を見に行きました。
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 工事名は「高知港海岸(若松町地区)高潮対策工事」と看板にも表記されています。先日施工業者の現場担当者が「近隣の皆様へのお知らせ」ということで、工事の概要を知らせるチラシを配布して来ておりました。

 現場担当者によりますと、現在は「鋼管パイラーによる鋼管矢板の圧入」をしている最中であるとか。若松町工区では主に陸上でやっていますが、二葉町は人家が堤防のすぐ近くにありますので、海側に鋼管を押し込んで堤防をこしらえる工事をしています。
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 工事現場全体を養生シートで覆っていますので全景を見ることができません、わずかに堀川水門越しに鋼管が見えました。

 それより心配なのが中ノ島の石油基地のタンクやタンクローリー。頻繁に出入りしています。
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鏡川の堤防は矢板を2か所堤防の中に圧入し、鉄筋で固めています。堤防に高さは5M程度です。もし津波の高さが5Mより大きいと堤防を乗り越え、石油タンクやローリー車を堀川を挟んだ対岸の二葉町や若松町に流れ込んで来ることでしょう。
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 東日本大震災で気仙沼は石油タンクが破壊され、津波火災が発生しました。中ノ島の石油施設は陸上部へ移転していただきたい。

2017年1月 1日 (日)

2017年のスタートですね

 あけましておめでとうございます。2007年がスタートしました。
昨年は、やや抑え気味に1年を過ごしました。今年はギア・チェンジして全力で地域防災活動に取り組みます。

 酉年ですので飛躍するように、次元が1つ変わるような動きをしていきますので、よろしくお願いします。
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高木妙さんの市政活動報告

 2016年12月30日の留守中に高知市下知地域代表の市議会議員の高木妙さんが、来られていたようです。市政活動報告「高木妙のご報告下知編」と「平成28年度高知市防災意識調査 調査結果報告書 高知市」を持って来ていただきました。

 市政活動報告のなかで、「丸池橋南岸の歩道整備」は下知地域住民の悲願でした。四国ガス前から以前はなんと歩道が階段になっており、高齢者などは難儀しておちました。自転車通行もできません。7年越しの市政への要望が実現しました。

 また「昭和小のトイレ改修、さらに前進」とあります。昨年(2015年)の下知地域内連携協議会での高知市長との意見交換会の席上、当時の昭和小PTA会長から「昭和小のトイレの改修」の要望がありました。席上市長は検討するとの回答。

 高木市議が現地調査し、教育委員会とも折衝され、洋式トイレ化するめどを12月市議会の議案に盛り込み実現化のめどがたったようです。大きな前進です。

 2016年12月18日に、昭和小にて下知地区総合防災訓練が、児童。教員、保護者、地域住民約1000人が参加して行われました。昭和小は地域の津波避難ビルでもあり、収容避難所にもなっています。その場合の」トイレ問題が悩みでした。高齢者は和式トイレでは用を足すことが困難であるからです。

 今後も下知地域の代表として高木妙市議にはご活躍されることを期待します。
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