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2016年12月21日 (水)

菅野和夫さんとの車座懇談会

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 2016年12月20日は、下知コミュニティ・センターで、遠く岩手県宮古市から来訪されました菅野和夫さん(山田伝津館・消防庁委嘱災害伝承語り部)をおむかえして、いただきましたDVDを見ながら懇談をしました。


 急な呼びかけでしたが、FBなどを見られた高知市民が10人集まりました。菅野和夫さんのお話は津波体験と復興支援の実践を踏まえておられますので、説得力がありました。
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「避難タワーや避難ビルには、ロープ(丈夫なナイロンロープ。ヨットや登山で使用するロープ)を備えて置くべきでしょう。そしてロープにエイトノットでこぶをつくりますと滑りません。もやい結びを漂流者にすれば吊り上げ救助が出来ます。」

「物資を船から津波避難ビルに運び上げる時もロープが役立ちます。」

「津波被災直後にバールをもった人たちがうろうろしていました。何をすjるのかと思いきや、流された金庫や自販機、ATM機をバールで壊し,中にある現金を奪う窃盗団でした。震災直後は警察も機能せず、ボランティアのふりした窃盗集団が横行していました。」

「私が住んでいる地区は宮古市でも高台であり、津波の被害はありませんでした。地域コミュニティの繋がりは強く、沿岸部の津波被害に遭った知り合いや親戚を各世帯が自主的に受け入れました。津波当時逃げ込んできた人も受け入れました。」

「いつもなら相互に助け合うことが大事ですが、津波から逃げるためには時間との闘いです。津波てんでんこの言い伝えは、たとえ親でも子でも、とにかくてんでんに逃げて助かろうということです。昔からの伝承です。」

「震災直後から我が家は無事でしたので、避難所へ支援に行きました。なにが困っているのかと言われたのは、トイレットペーパーやガソリン不足を言われました。」

「後方支援は大事です。災害に遭わなかった地域はすぐに被災地を支援することをすべきです。それには普段からの地域間の交流や繋がりはとても大事です。」

「自分たちの地域はあえて防災組織をつくらなくても、絆が強くあり、互いの家の備品を出しあう体制がありました。でも高齢化してきますとそれもままならなくなる可能性があります。」

 菅野和夫さんのお話は、実体験にもとづいているために説得力がありました。急な呼びかけにもかかわらず10人集まっていただきました。菅野さんと意見交換もしました。

 参加された全員に「3・11東日本大震災 風化させないために TUNAMI 山田伝津館」のDVDをいただきました。菅野和夫さん遠路はるばる貴重なお話をしていただきありがとうございました。DVDは下知市民図書館に寄贈し地域で情報を共有化させていただきます。
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 また車座談義終了後、ささやかな懇親会を近くの居酒屋でしました。菅野さんは50年来のヨットマン。海の話でも盛り上がりました。
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