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2016年12月

2016年12月31日 (土)

2016年を振り返って


 結局情報の整理はつかず(夏ごろからたりたいと思っていました)が、流されてついに年内整理が出来ず年越しになりました。

 2016年、地域防災関係の出来事を順不同で振り返ります。

1)内閣府主催「地区防災計画フォーラム」に参加させていただきました。

https://youtu.be/I6Pgcril6CE

 3月11日から」13日まで仙台市にて12日に地区防災計画フォラムがありました。前日に行きました。仙台空港から名取市へ行き5年目の慰霊祭へ出席しました。昨年お世話になりました格井直光さんと再会することができました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-31a0.html
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-2d92.html

2)高知市役所が「下知地区防災計画」を2年間支援していただくことになりました。

 内閣府の「地区防災計画モデル事業」は1年限りです。高知市下知地区の地区防災計画は、「事前復興計画」でなければなりません。それゆえ地域の中での「意見交換会」の広がりとより多くの住民の参加と意見の集約化が必要です。
 今年度と来年度の2年間、高知市が「地区防災計画モデル事業」として支援いただくことになりました。おおきな出来事です。

3)JICA研修生の皆様が下知地区を来訪(9月)
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 2016年9月22日に下知コミュニティ・センターにてJICA研修生(防災担当官)の皆さん方が来訪され、昨年に続き、座学やまち歩き、意見交換をしました。大変好評で、2017年3月2日にも下知地区でのコミュニティ防災の研修を行うことになりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/jica/index.html

4)仁淀川町長者地区との地域間交流が深化しました。
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 今年もだんだんくらぶさんのお世話で田植え体験(5月29日)、稲刈り体験(10月)、脱穀体験をしました。11月3日には「昭和秋の感謝祭」に食材販売に来ていただきました。
 12月8日には、NHK高知放送局の取材に協力いただき、長者地区の空き家や公民館施設を見せていただきました。
 
 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat43975382/index.html
 
 5)下知地域の防災の取り組みについて取材対応をしました。

 新聞社やテレビ局、ラジオ局での取材対応をさせていただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-7d93.html

(NHK高知放送局TV)12月放映
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-56bc.html

(高知新聞。高知地震新聞 10月21日掲載)
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-3e2d.html

(朝日新聞全国版 8月26日掲載)
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-98db.html

(NHK高知放送局ラジオ出演しました。「2月25日」
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6)高知港海岸直轄工事整備着手式がありました。(5月28日)
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-e49e.html


7)今治市防災士会研究大会へ参加しました
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 1月31日は今治市防災士会が主催する「第5回自主防災研究大会」へ参加しました。高知市下知地区からは、横田政道(若松町)大崎修二(弥生町)、高木妙(高埇)、原池薫(丸池)、坂本茂雄(知寄町)、西村健一(二葉町)が参加しました。鷹匠町の宮本哲夫さんも参加していただきました

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-1012.html

 応急手当と市民搬送トリアージを研修しました。

8)下知地区総合防災訓練が実施されました。

 2016年12月18日下知総合防災訓練が早朝から夕方まで実施されました。

 若松町防災会の早朝避難訓練。情報伝達訓練。昭和小での児童・教員・保護者・地域住民の合同避難訓練。午後からは下知コミュニティ・センターでの要配慮者支援訓練をしました。
 
 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-77cd.html
9)五台山市民農園活動が始まりました
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 若松町防災会長の横田政道さんが知人に五台山東部の土地を市民農園として借用し、4月から雑草除去、土の運搬、野菜の植え付けを行いました。公益信託「まちづくりファンド」の助成も受けました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat66670257/index.html

10)徳島県美波町を土佐市宇佐地区防災会と一緒に訪問しました
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  2016年7月16日は、土佐市宇佐自主防災会連合会の皆さん方の「美波町・事前復興計画研修会」に便乗させていただき、高知市下知地域からは、横田政道、大崎修二。西村健一が参加させていただきました。

 バスで一般道で片道4時間半(休憩時間含む)かかります。土佐市宇佐防災会が14人、高知市下知地区から3人、須崎市と高知市春野地区から1人の合計19人で美波町・由岐地区へ行きました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-28a7.html

11)二葉町消火・防火・炊き出し訓練をしました。

 2016年6月12日(日曜日)は、9時より高知市青柳公園にて、消火器消火訓練、放水訓練、防災炊き出し訓練を実施しました。主催は二葉町自主防災会(森宏・会長)です。二葉町や近隣町内会などから50人が参加しました。
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 結構活動していますね。情報処理が追いつかない筈です。

2016年12月30日 (金)

超高齢者を冷たい硬い床やプレハブ住宅で生活させたくはないですね

 大災害になれば、「当たり前に」、学校の体育館のような場所で避難所になります。硬く冷たい床で、高齢者やb病気のある人や障害のある人たちが生活ができるのでしょうか?
 先進国の日本というのなら、もう少しなんとかならないものでしょうか?

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 よくHUG(避難所運営ゲーム)などと大学の関係者はやりたがりますが、日本社会の現実から言えば、遊離した手法ではないかと思います。

 わざわざ更地にプレハブ式の応急仮設住宅を建設する。これも無駄のl極みではないでしょうか?これも良く自治体がやるように「抽選」でやれば、地域コミュニティは崩壊し、後の復興・復旧など「夢のまた夢」になる可能性が高いです。
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 -2004年の新潟中越地震の時の山古志村(現在長岡市に合併)では、地域コミュニティごとに、避難所生活も、応急仮設住宅も暮らすように地域住民が要求し、自治体が対応しました。

 一歩進んで日本全国で増加しつつある空き家にすぐに「疎開」できないものだろうか?そう思い5年半前から、仁淀川町の地域と地域間交流に真摯に取り組んできました。しかし高知市役所も高知県庁も未だに何の支援もしていただけません。
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 (仁淀川町長者地区では空き家などを見せていただきました。)

 未だに「下知地区の二葉町は、どこのドライ・エリアの避難所に何人が行けるのか?どこの住宅へその後住めるのか?という問いかけにも高知県庁も高知市役所も「0」回答です。東日本大震災から5年9か月が過ぎましたが、いまだに「見えない」でいます。


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(超高齢者の両親(97歳・91歳)では、到底「従来型」の避難所での生活維持は難しいと思います。

2016年12月29日 (木)

下知地区総合防災訓練総括会議


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 2016年12月27日18時半から、下知コミュニティ・センターにて、高知市地域防災推進課職員3人、高知市社会福祉協議会職員2人も含め、訓練当日各担当部署でリーダーを担当した下知地区減災連絡会メンバーら17人が出席し開催されました。

 さすがに暮れの果ての開催期日故、やむなく欠席者もいましたが、自分の部署での気づきをレポート提出いただいた人もおられました。

1)情報伝達訓練

 サーパス知寄町1、セルビ21、青柳町、青柳末広町、二葉町、若松町など下知コミュニティ・センター屋上から坂本事務局長が交信し、情報伝達が確認されました。

2)国際信号旗 避難旗・訓練旗の掲揚
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 避難訓練開始前に、若松町自主防災会会長の横田政道さんと西村健一下知CC防災部長により、避難旗(V旗)と、訓練旗(U旗・Y旗)を掲揚ポールを仮設し掲揚しました。

3)昭和小学校での避難訓練

 地域住民は100人以上の参加がありました。訓練は学校側の想定メニューどうり順調に行われました。
 「避難時の混雑を体験する」ということで南校舎屋上に、児童・教員・保護者・地域住民全員が上がりました。座ることすらできない体験をしました。
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 地域住民はその後北校舎の待機所へ移動しました。途中体調を崩された参加者が出ました。「参加された保護者のなかに医療関係者はいますか」と坂本事務局長の呼びかけで、医師と看護師が駆けつけていただき適切な処置ができました。連係で救急車も呼ばれ、搬送されました。
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 学校に血圧計がないことが判明。連絡不備で防災倉庫から毛布などを調達することが出来ませんでした。
 地域住民の階段昇降には、PTA役員も誘導していただきました。

参加した住民からは、「はじめて小学校の施設へ入れ、階段の位置や避難場所の屋上や部屋を確認できて良かった。」との感想があったとのことです。
 意見としては、「救護班をつくるべきであった。」「地域と学校との合同訓練は初めてなので、今後も協議をすすめていく」ことになりました。

4)下知コミュニティ・センターでの避難訓練
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 参加者は80人程度。うち要配慮者は12人(超高齢者・持病・障害者・乳児)が参加しました。
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 当日その場で役目を参加者から指名し、各部署のリーダー、サブリーダーをやってもらいました。

「役割担当者が一目でわかる腕章やバンダナ、ユニフォーム着用が必要ではないか」


「まずは施設の安全点検をきちんと行わないといけない。」
「受付方法は改善の余地あり。避難してきた人に座っていただいて避難者カードを書いていただくようにすればいい。」

「避難後水分補給があれば、精神的な落ち着きや血圧上昇予防にいい。」
「常に介護の必要な方については、すぐにわかる目印があれば避難移動時や避難所でも優先的に見守りや介助やしやすい。」

「最初から住民に避難者カードを配布し、それに記入していただいて持参するようにすればいいのではないか。」

「トイレの設置は数名でやりましたが、使用法の説明や後始末には、もっと多くの人員が必要です。」

「トイレに中に説明文も書きました。高齢者や介助の必要な人は手助け要員が必要です。」

「総合リーダーへの報告が必要でした。」

「途中経過をボートに貼りつける必要がありました。」

「チェックリストもこしらえ報告する必要もありました。」

「救護班と情報班、記録班は必要です。」

「トイレには蓋つきのバケツが必要です。」

「どの部署でも避難者の中から支援者を増やす必要があります。」

 市役所側からのコメントがありました。

「下知方式の避難所運営マニアルを他の避難収容所でもこしらえる必要はあります。」

「浸水エリアであり、救援が来るまでの籠城を想定した下知独自の避難所運営マニュアルとカードの作成の必要はあります。現在のものを改良していきたい。」

「下知地域内の津波避難ビルですが、中宝永町のラウンドワンと南宝永町のベストプライスホテル高知がなりました。」

 活発な議論が行われました。とりあえずのまとめです。もっと意見が出ていましたが、とりあえずはここまで。

 今回はわたし(西村健一)は「超高齢者の両親の付添避難訓練」をしていたので、全体像がわかりませんでした。総括会で他の部署の苦労もわかりました。来年は下知コミセンの防災部会で独自の避難所運営BOXと防災備品の整備を行います。
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2016年12月28日 (水)

トイレは水洗できる仕様にすべきでした。


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(一般的なトイレです。)

 30年前に自宅を新築した折には、両親を在宅で介護するという想定は全くしていませんでした。むしろ当時の主役は生まれたばかりの娘でした。育児対策ばかり念頭においていました。

 作家・曽野綾子氏(85歳)が週刊現在に連載しているコラム「自宅で、夫を介護する」が面白い。曽野氏は「自己責任論」の権化のような人でしたが、御主人の三浦朱門氏〈90歳)が認知症になり在宅介護するようになって、言うことが変化しているらしい。
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 かつて曽野綾子氏はは「寝たきりの老人が生きることには「なぜ、そんなに生かすのだ」「眠り続けているだけの老人を生かす費用は一体誰が出したのだ」と否定的意見が出るこの社会では、高齢者のジェノサイドが当然のように起こる。〈老人を抹殺することには、一種の社会的必然ができている。或いはそれは暗黙の社会的正義だと感じる層さえ出るようになった〉のだ。」と言われていました。

 人間立場が変われば、発言も変わると言う例ではあります。曽野綾子氏の「豹変」を揶揄するつもりはありません。ファシスト言論人もまた人間なんでしょう。

 いつぞやのコラムの中で「うちはそんなときが来るかもしれないと思い、トイレを全部床なども水洗いできるように家を建築するときにしました。」と書いていることに感心しました。

 以下引用します。

「トイレを汚すような事態になった場合に便器はおろかほとんど壁まで洗えるように、床に排水装置をつけることなどすべてを、その頃から用意してしまったのである。」(週刊現代)

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 そう言えば私なんぞが宿泊する安ホテルは、ユニットバスで、トイレと浴槽が同じ部屋になっています。FRP製ですね。曽野綾子氏の自宅はそうなっ¥ているのか)恐らくそうではないとは思いますが)、トイレを水洗いを出来るようにされているのでしょう。

 超高齢者の両親は、最近は尿失禁や便失禁がありきたりになりました。特に認知症の母は、尿意や便意すらわからんことが多く、オムツにそのまま出してしまいます。トイレには行くことありますが、衣服とオムツを降ろす場合に、床に便が落ちる場合もあります。
 
 父の場合は便意を感じても「間に合わない」(最近特に足腰が弱くなり、トイレに間に合わない失禁が増えて来ました。)トイレは両親の寝室がある3階と、茶の間のある2階にあります。酷い時は毎日トイレ掃除をしないといけないのです。

 「トイレ全体を水洗い出来たら」随分と清潔になるでしょう。次に家を建てることがあるならば、是非そうしましょう。

2016年12月27日 (火)

山田伝津館(やまだでんしんかん)の壮絶な記録DVD

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 2016年12月20日に岩手県宮古市から遠路来られました菅野和夫さん(宮古市在住・山田伝津館・消防庁委嘱災害伝承語り部))。菅野さんより岩手県の沿岸部を襲った東日本大震災時の大津波の映像を記録したDVDをいただきました。
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「3・11東日本大震災 風化させないために TUNAMI 山田伝津館」と表に表記されています。東日本大震災にて岩手県沿岸部(野田村・宮古市・山田町・大槌町・釜石市・大船渡市)を巨大津波が襲い,港や市街地を破壊し尽くしました。その様子を克明に記録した映像です。
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 菅野さんご自身が撮影された映像もあれば、市役所などの自治体や、個人的に撮影された映像もあります。you tubeへ掲載された映像も菅野さんが連絡を取り、投稿者の承認を得て作成された映像もあります。

 ある映像では津波の第1波に気が付かず、沿岸の護岸堤防近くを車が走っています。第2波の巨大津波が来ています。多分「早く逃げろ!!」と撮影した場所から(高い建物)から叫んでいるのでしょうが、あっという間に津波は護岸堤防を超え、港の船や、車、堤防外の家屋を押流し、破壊しながら市街地へ進入してきます。

 別の映像では高台の坂道を懸命に逃げる人の姿や、大きな家屋が道路をどんどん流されていきます。何度見ても津波の破壊力は凄いもんです。通過した後は跡形もなくなっています。

 山田伝津(でんしん)館の菅野和夫様ありがとうございました。あらためて津波の恐ろしさを再認識しました。とにかく高い所へ素早く逃げないとどうしようもないことを思い知らされました。
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 一般市民が逃げながら懸命に撮影された映像ですので、怖さが直接に伝わります。事前にできる対策はすべてしておかないと、沿岸部の人達は逃げられません。良く理解できました。

2016年12月26日 (月)

超高齢の両親の避難訓練の様子(その2)

 2016年12月25日に高知さんさんTVにて、12月18日に実施されました下知地区総合防災訓練の様子が、短時間でしたが放映されました。
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 自宅から超高齢者の両親(父97歳・母91歳)を徒歩にて避難しました。ヘルメットを被り、ライフジャケットを羽織り。避難場所である下知コミュニティ・センターを目指しました。母には家内が付添い、父には私が付き添いました。約10分で到着しました。Photo_3

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 1階ロビーで休息しました。そして4階の受付まで階段で上がりました。一旦受付をしました。両親は「SOSカード」に父は「慢性腎不全です」「減タンパク食でないと駄目です」と表記しています。母は「認知症です」と表記しています。裏には個人情報と医療情報を書いています。両親のケアマネージャーさんも来てくれました。
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 「SOSカードを」提示すれば、受付の人が避難所登録書に書いていただいたので、楽でした。
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 小川さんのお母さんが取材されている姿が写りました。
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 そして付き添って屋上の5階まで階段で上がりました。さんさんTVの画面でも両親が階段を上っている姿が出ていました。
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 屋上でKさん達と記念撮影をしました。道路状況は平滑であれば、なんとか自宅から下知コミュニティ・センターまではたどり着けることがわかりました。大きな成果でした。
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2016年12月25日 (日)

12月24日の五台山市民農園

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 朝6時に横田政道さんの自宅に集合しました。真っ暗です。防寒着を着込みヘッドライトを頭に付着し行きました。今日は大崎さん。黒岩さん、吉本さんも参加され5人です。
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 自転車で15分ぐらいの道のり。途中五台山農協婦人部の良心市があります。今日はキャベツ130円、レタス120円、沢庵の漬物100円、ホウレンソウ150円を買いました。皆露地野菜なので美味しいです。
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 それからまだ暗いですが85段の階段を登坂し、市民農園へ行きました。それぞれが植えた、野菜の確認をしました。ネギもタイモも育ってはいます。玉ねぎも、エンドウも、キャベツも育ってはいました。
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 夜が明けますと下段の農園(果樹園)の柵作りや、雑草採りをしました。今年の農園作業は28日で終了。(私は参加出来ません)。来年は1月7日から始動するようです。

 帰りにも五台山農協良心市へ立ち寄りました。たくあんも買いました。
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2016年12月24日 (土)

今治市・自主防災研究大会


 2017年1月29日(日曜日)に、今治市防災士会連合会主催の「第6回自主防災研究大会」が、午前9時半から、今治市総合福祉センターで開催されます。

第1分科会:学校・地域防災研修訓練…災害時トイレスキル、備蓄知識
第2分科会:要援護者登録と日常福祉支援、災害時の情報収集と支援活動
第3分科会:災害時医療活動の現状と優先搬送トリアージ実地訓練
第4分科会:一般避難所の開設・運営(ワークショップ)天野和彦先生
第5分科会:企業事業継続計画の策定と地域防災協力(会社経営・従業員のBCP作成の研修、介護事業所)

 午後からは全体講演会があります。

午後1時 :全体会【主催者挨拶・来賓激励挨拶】

防災講演『南海トラフ大地震、避難所準備・被災地支援どうする(仮題)』
講師: 福島大学 うつくしまふくしま未来支援センター:特任准教授 天野和彦先生

 昨年も下知地区の有志他で7人で参加させていただきました。大変レベルが高く実践的な研修内容でした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat61876293/index.html

 日程調整して今回もなんとか参加したいものです。

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2016年12月23日 (金)

見えない国際信号旗

 2018年12月18日は午後から高知市下知(しもじ)コミュニティ・センターで避難所開設・運営訓練(今回のテーマは要配慮者支援訓練)をしました。下知コミュニティ・センターが参加者や周辺住民に「避難所である」ことを表示するために。国際信号旗を掲揚することにしました。

 国際信号旗を訓練に使用することを提唱されている横田政道さんが、海上保安庁と施設管理者である高知市地域コミュニティ推進課へ行かれ、許可をいただいていました。
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 掲揚する国際信号旗は、避難所であることをしますV旗を単独で掲揚します。訓練中を表すU旗上に掲揚し、Y旗を下に2枚掲揚します。この意味は「訓練中である。」という意味です。
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仮設で国際信号旗を掲揚しました。施設管理者側の現在の意向は「屋上の避雷針より高くしないように。」というものでした。避難旗(U旗)と訓練旗(U旗・Y旗)を掲揚しましたが、ポールの高さを「避雷針の下にしました。

 そうしますと残念ながら、西方面から国際信号旗を確認できません。
 
 今後は大雨・台風時の避難所開設の折にも掲揚する予定です。見えなければ情報伝達出来ませんので、意味がありません。

2016年12月22日 (木)

高松市も市街地は標高が低い

 仕事で高松を過日巡回していました。走行中気になるのは海抜表示。海抜2メートルと言うのは低い。
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 また地元紙の記事では、新しい県立体育館を「サンポート高松」という海抜0メートルの埋め立て地に建設するとのこと。大丈夫なんでしょうか?

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 http://www.sunport.or.jp/guidance/index.htm(サンポート高松)

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2016年12月21日 (水)

菅野和夫さんとの車座懇談会

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 2016年12月20日は、下知コミュニティ・センターで、遠く岩手県宮古市から来訪されました菅野和夫さん(山田伝津館・消防庁委嘱災害伝承語り部)をおむかえして、いただきましたDVDを見ながら懇談をしました。


 急な呼びかけでしたが、FBなどを見られた高知市民が10人集まりました。菅野和夫さんのお話は津波体験と復興支援の実践を踏まえておられますので、説得力がありました。
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「避難タワーや避難ビルには、ロープ(丈夫なナイロンロープ。ヨットや登山で使用するロープ)を備えて置くべきでしょう。そしてロープにエイトノットでこぶをつくりますと滑りません。もやい結びを漂流者にすれば吊り上げ救助が出来ます。」

「物資を船から津波避難ビルに運び上げる時もロープが役立ちます。」

「津波被災直後にバールをもった人たちがうろうろしていました。何をすjるのかと思いきや、流された金庫や自販機、ATM機をバールで壊し,中にある現金を奪う窃盗団でした。震災直後は警察も機能せず、ボランティアのふりした窃盗集団が横行していました。」

「私が住んでいる地区は宮古市でも高台であり、津波の被害はありませんでした。地域コミュニティの繋がりは強く、沿岸部の津波被害に遭った知り合いや親戚を各世帯が自主的に受け入れました。津波当時逃げ込んできた人も受け入れました。」

「いつもなら相互に助け合うことが大事ですが、津波から逃げるためには時間との闘いです。津波てんでんこの言い伝えは、たとえ親でも子でも、とにかくてんでんに逃げて助かろうということです。昔からの伝承です。」

「震災直後から我が家は無事でしたので、避難所へ支援に行きました。なにが困っているのかと言われたのは、トイレットペーパーやガソリン不足を言われました。」

「後方支援は大事です。災害に遭わなかった地域はすぐに被災地を支援することをすべきです。それには普段からの地域間の交流や繋がりはとても大事です。」

「自分たちの地域はあえて防災組織をつくらなくても、絆が強くあり、互いの家の備品を出しあう体制がありました。でも高齢化してきますとそれもままならなくなる可能性があります。」

 菅野和夫さんのお話は、実体験にもとづいているために説得力がありました。急な呼びかけにもかかわらず10人集まっていただきました。菅野さんと意見交換もしました。

 参加された全員に「3・11東日本大震災 風化させないために TUNAMI 山田伝津館」のDVDをいただきました。菅野和夫さん遠路はるばる貴重なお話をしていただきありがとうございました。DVDは下知市民図書館に寄贈し地域で情報を共有化させていただきます。
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 また車座談義終了後、ささやかな懇親会を近くの居酒屋でしました。菅野さんは50年来のヨットマン。海の話でも盛り上がりました。
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昭和南海地震から70年目です。

 高知県や西日本各地に大きな被害をもたらした昭和南海地震は、1946年(昭和21年)12月21日午前4時19分に和歌山県潮岬の沖合い約50キロメートルの海底で発生しました。地震の規模を表わすマグニチュードは8.0でした。
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高知市下知地区は地盤が沈下し、堤防が壊れ海水が地域に流入。長期浸水状況が続きました。

高知県の沿岸には4~6メートルの津波が押し寄せ、大きな揺れと津波により679人が死亡・行方不明、1,836人が負傷したほか、4,846戸の家屋が全壊・流失するなど大きな被害が出ました。
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 今日は昭和難関地震から70年目。読売新聞に特集記事が掲載されていました。昭和南海地震を下知地区で体験された「生き証人」の岸田康彦さん。昭和小での避難訓練の様子も記事になっています。
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2016年12月20日 (火)

管野和男さんと高知県庁へ行きました

 高知県庁危機管理部南海地震対策課の備前さんと面談しました。酒井部長にも挨拶しました。その後高知市災害対策部地域防災対策課へ案内しました。島内さんと面談中。その後香南市へ移動し、安芸市―安田町と巡回し戻ります。
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 元水産高校の先生できさくなおんちゃんですね。みんなで夕方下知コミュニティ・センターへ来てください。雑談をしましょう。

短い時間での表現は難しいですね


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 2016年12月19日NHK高知で、夕方のローカルニュース枠「こうちいちばん」という番組にて、「「●災害に備える「シリーズ南海地震70年(1)長期浸水に備える」が放送されました。
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 私が居住している高知市下知地区は海や川に隣接した海抜0メートルの「島」高台はなく浸水被害が出れば人様の高いビルへ駆け上がるしか(垂直避難)しかありません。
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 海抜0メートル、軟弱地盤、地震が起きれば地盤沈下、津波の襲来、長期浸水状態と「絶望的な予想」しかたてられない地域です。

 その対策をコンパクトに3分程度で表現することはとても難しいことが昨日の放映でわかりました。事前の情報提供や、説明もしましたが、なかなかきちんと伝達していませんでした。
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 下知コミュニティ・センターには毛布の備蓄はあります。飲料水も2000Lタンクに備蓄しています。しかし非常用食料品の備蓄はありません。
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 あの映像は若松マンションの防災備蓄倉庫です。若松町自主防災会の活動こそ、自助・共助のお手本です。建築年数が古いと言う理由で高知市指定の津波避難ビルではありません。

 しかし横田政道若松町自主防災会会長と、若松マンション管理組合理事長との信頼関係で、独自に防災備蓄を行っています。素晴らしいことです。その凄いことが伝達できませんでした。
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 また仁淀川町長者だんだんくらぶ西森勇幸会長のご配慮で、地域の空家と公民館施設を見学させていただきました。西やんや大崎修二さんにも1日お付き合いいただきました。
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 「でも私たちは、地震、災害・浸水に負けない街づくりをしたい」と白髪のお爺さんが決意表明を言っていますが、簡単なことではありません。
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 18日の下知コミュニティ・センターでの避難訓練の当日、超高齢者の両親(父97歳・母91歳)を参加させ、自宅へ家内と一緒に連れ帰り、着替えさせて、総括会が行われている下知コミュニティ・センターへ戻りました。

 近くの青柳公園にて頭の整理もなにも出来ないうちに撮影されました。短い言葉で表現することはとても難しいことであることを思い知らさえれました。
 伝えきれないことは多々ありました。テレビ媒体の伝播力は大きなものがあります。へこたれることなく下知地域の現状や課題を訴え続けるしかありません。

 「マスコミは真実を伝達する。しかし真実の1部しか伝達しない」ことを改めていもい知らされました。テレビやラジオは放映時間の制約。新聞は字数の制限があります。
 あれもこれもと一気に脈路なしに話してしまう話法を改めないといけないと思いました。反省です。

閖上復興だより41号を送付いただきました

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 宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。海に近く住宅街でした。2011年3月11日の東日本大震災による大津波で甚大な被害を受け、多くの人達が犠牲になりました。

 現在地域は復興工事の真っ最中。住宅再建予定地は盛り土工事化され、水産加工会社も新築されています。「閖上復興頼り」(編集長・格井直光氏)は、震災直後に発刊され、地域の情報を満載し、今回で41号になりました。
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 紙面からは地域コミュニティでの出来事が丹念に掲載されています。閖上神社の祈願祭や、芋煮会、。閖上中学の文化祭の様子や、熊本地震や鳥取地震への応援メッセージも掲載されています。

 広告もすべて地域のお店です。地域のコミュニティを活性化しつつ、復興されている様子が紙面から伺えます。

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2016年12月19日 (月)

NHKで下知地区の取り組みが紹介

 明日12月21日は昭和南海地震から70年。1946年(昭和21年)12月21日午前4時19分に和歌山県潮岬の沖合い ... 地震の規模を表わすマグニチュードは8.0でした。

 本日NHK高知放送局の夕方午後6時10分からの「こうちいちばん」という番組があります。高知地方のニュースと特集を放送しています。

 2016年12月19日(月曜日)は、その番組の中で「●災害に備える「シリーズ南海地震70年(1)長期浸水に備える」が放映されます。

 昭和南海地震を下知地区で体験された岸田康彦さん(二葉町在住・85歳)や、海抜0メートルで海に近い下知地区の現状。震災後の長期浸水対策として仁淀川町長者地区との「疎開を前提とした」地域交流や、地区避難ビルである若松マンションでの若松町自主防災会の取り組みなどが取材されました。
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 昨日の下知コミュニティ・センターでの「要配慮者支援」の避難所開設訓練の様子も取材をされていました。どう言う編集がされているのははわかりません。

 放映予定時間は、12月19日午後6時10分から30分の間の数分の予定とか。取材や情報提供に多大な時間で関わりました。これも地域防災活動として、割り切り対応させていただきました。

災害は想像力

「災害は想像力を働かせてください。最悪の想定を常に意識して下さい。」


「日ごろからの訓練がすべでです。訓練していないことは大災害時に出来る筈がありません。」

 今年は昭和南海地震から70年。12月18日に、下知地区総合防災訓練を開催します。多数の住民・関係者の参加を呼び掛けたい。
 罹災した東北の皆さんから伝言されました。

「最後まで諦めないことです。助かろう、生き抜こうという感覚が必要です。

1)大地震はいつ起きるかわからない。

2)起きた時の準備をしよう。

3)正しい情報をキャッチする。

4)火事を起こさない、避難の訓練をする。

5)防災グッズの準備・保存食・水を備蓄する。

 「日頃から避難訓練や、町内会の活動に参加されていた人は皆無事でした。亡くなられた人の多くは避難訓練や町内会活動に無関心で参加されない人でした。

2016年12月18日 (日)

超高齢者の避難誘導訓練

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 昭和小の避難訓練から戻り、超高齢者である97歳の父と91歳の母の避難誘導訓練をしました。なんせ超高齢者です。下知地区減災連絡会役員の業務はせず、両親の避難サポートに徹しました。
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 避難所の受付が混乱することが想定されましたので、あらかじめ「SOSカード」に、父は「慢性腎不全です」、母は「アルツハイマー型認知症」と表記し、裏面には医療関連情報も記入して行きました。

 自宅でヘルメットを被りジャンパーや外套の上からライフジャケットを着用しました。私のヨット用の物です。そして父は杖を付き、私が介助。母は歩行用補助車を押て歩き家内が介助しました。

 そして下知コミュニティ・センターへ到着しました。ご近所の左半身マヒのKさんや、隣町からシニア・カーで小川さんが来られました。普段お世話になっていますケアマネージャーの下村恵子さんや同僚の皆さん2人と社会福祉協議会の山本麻由さんもサポートに来ていただきました。
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 1階ロビーで少し休み、屋内階段を使用して4階まで昇降しました。父を介助しながらですので写真はありません。なんとか4階までたどり着きました。受付にSOSカードを出し、避難者名簿に記載していただきました。その間両親は椅子で休んでいます。
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 そして5階の屋上まで上がり集合写真も撮影しました。皆おおらかで良かったです。
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 そこで両親の避難訓練は終了。慎重に階段を4階まで下りました。帰りは疲労を考慮しエレベーターで1階へ降り、家内と2人で付添して戻りました。そして自宅の急な階段を昇降し、家内に引き渡して、総活会がおこなわれるであろう下知コミュニティ・センターへ戻りました。

昭和小学校での浸水・津波避難訓練


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 2016年12月18日(日曜日)は午前9時45分から昭和小学校で、児童・教員。保護者、地域住民を含めた浸水・津波避難訓練が行われました。当日は参観日。大勢の保護者も来ていました。それに加え学校の周辺地区の弥生町、日ノ出町、丸池町からも避難訓練に参加。二葉町や宝永町、若松町からも参加しました。
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 南正門で待機し、待機場所へ誘導しました。9時45分位に南海トラフ地震が発生。緊急地震速報が発令されました。そして児童、教員、保護者、地域住民が慎重に慌てず一斉に南校舎屋上を目指しました。大勢の人数でしたので階段は大渋滞でした。
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 屋上は満杯。主催者発表では児童・教員・父兄・住民合わせて1500人が詰めかけました。狭くて身動きできません。
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 伊藤校長先生が保護者や住民に挨拶されました。

「今日は昭和南海地震から70年の避難訓練です。下知地区は浸水し大きな被害を受けました。今後30年以内に南海地震は起きます。今日の訓練を各家庭で話し合い対策をしましょう。」

 避難誘導で体調不良の方が1人出ました

 南校舎屋上にいて結構寒空で全員が20分ぐらいいました。校長先生の挨拶が終わり、生徒から退出し各教室へ戻りました。退出する間高齢者も含め長い間屋上に立っていました。。そしてようやく屋上から降りました。

 地域住民は南校舎屋上から一旦3階まで降り、3階屋上から北校舎4階まで上がる指示でした。その折、1人のご婦人(88歳)が体調を崩され階段で動けなくなりました。

 運が良いことにその場に医師と看護師がいました。いずれも昭和小の保護者の人で若い。医療専門の方なので「たぶん大丈夫いでしょうが、念のため救急車を呼びましょう。」という医師と看護師の判断で119番しました。

 救急隊員が駆けつけ、階段からてきぱきと降ろして,救急車へ搬送し、救急病院へ搬送したそうです。元気そうになりましたので、大丈夫でしょう。
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 体育館では6年生が減災教育の発表がありました。
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 6年生の減災授業の発表は良かったです。身近な課題で「減災」について考え、クラスで討議し、問題を自分たちなりに整理し解決策を提示されていましたね。
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 「0円防災」と言って、身近な品物を最大活用して、防災備品にする工夫は優れものでした。生徒や先生たちは頑張っているにで、保護者の皆さんがもっと「燃えて」頂きたいものです。

 今朝の高知新聞の記事で弥右衛門地区の30代の女性の声がありました。「地域防災についてなにもわからない。県庁のホームページもわかりにくい。」と。

 情報は自分でとるもの。防災会がなければ近所に呼びかけてつくればいい。なんでもかんでもアマゾンや楽天であるまいし、ネットで注文して届けてくれると勘違いしてますね。

 自主防災会や町内会に入ってい居られなければ、原則地域の情報は入手できません。出来なければ自分から情報を取に行かないといけない。自己責任の世界です。

 生徒たちのいい発表の途中でしたが、自宅へ戻りました。97歳の父と91歳の母の避難訓練の準備のためです。

若松町早朝避難訓練

今日は下知総合防災訓練です。
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 早朝6時半からは若松町防災会の訓練からスタートです。3つの班が独自に訓練をされるようです。見学に行きました。
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まずは若松町1班、福谷若松町町内会長と橋本副会長が、担当町域のパトロールをされていました。夜明け前の暗い中、家屋の外観の点検をされていました。
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 空き家も多く、老朽化した家屋も多い若松町です。若松町唯一の高知市指定津波避難ビルはマイセルというマンションです。階段部や廊下の共用部に60人程度は一時退避は可能です。
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 次に3班の様子を見学しました。地区の地区指定津波避難一時退避所は西日本科学技術研修所です。その前に6人が集合し安否確認をされていました。災害時にはもし鍵が開いていない場合は、蹴破って入り避難してくださいとのことです。施設管理者と若松町防災会との合意済みです。
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 若松町2班は若松マンションの住民と共同してのマンション6階部への避難訓練です。周辺住民とマンション住民との合同早朝避難訓練です。今年で4年目になります。20人ぐらいの住民が集まっていました。
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 防災備品置き場の備品の説明と点検、避難者名簿の作成の必要性を横田政道若松町自主防災会会長が説明されていました。国際信号旗もマンション非常階段部に掲揚されています。避難所の表示と訓練の表示です
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 2階の防災倉庫前では、若松マンションへ避難してくる周囲の住民各位の避難訓練が行われていました。
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 今回二葉町はとくに早朝訓練はしておりません。午後14時からの要配慮者の支援訓練に超高齢者の両親(父(97歳・慢性腎不全)と母(91歳。認知症)の避難訓練想定で頭が一杯です。

 これから下知コミュニティ・センター開所と同時に屋上に国際信号旗の避難所の表示と訓練の表示を行うために行き、若松町自主防災会の避難受け入れと、各津波避難ビルとのトランシーバーで交信を行った後に、昭和小学校へ移動します。午前中の避難訓練は昭和小です。

高知市潮江・竹島公園の”命山”建設工事

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 先日高知市潮江地区の竹島公園近くを通りがかりますと、「命山」の建設工事がされていました。広域公園を盛り土し、そこを潮江地区住民の津波・浸水対策の避難所にするそうです。

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 この竹島公園の地下には、12000人の市民が必要な3日分の飲料水が貯蔵される耐震貯水槽がありますが、この盛り土により取り出せなくなるようです。

潮江地区も下知地区同様に海抜が低く、70年前の昭和南海地震時には水没していました。(写真の中央の鏡川から右が下知地区。左側が潮江地区です。)
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1000年前は下知も潮江も海でした。
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2016年12月17日 (土)

12月17日の五台山市民農園での作業


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 今朝は寒い。しかし昨夜は高知沖縄県人会の忘年会で久しぶりに飲酒をしたので、目が早く覚めました。5時すぐに朝食を済ませ、横田政道さん宅へ自転車で行きました。今日の作業は横田さんが知り合いの畳屋からもらったというゴザがあり、それを雑草が生えないように畑に敷くための運搬作業です。
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 弘化台の横田さんの倉庫にあるゴザを自転車に積み込み五台山を目指しました。そして階段を登りゴザを畑に敷きました。

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 途中五台山農協婦人部の良心市で、レタスとほうれん草を買いました。
 
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 ネギもタイモも育っています。黒岩さんがえんどうの世話をしていました。みんなで柵をこしらえました。7時過ぎになりますとようやく明るくなります。雑草をひいて今日の作業は終わりました。
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下知地区総合防災訓練のタイムスケジュール


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 2016年12月18日(日曜日)の下知地区総合防災訓練のタイムスケジュールが決まりました。午前中は昭和小学校。当日は参観日で2時限目の冒頭で南海地震が起きたとの設定で、シェイク・アウトし、安全確認後に決められた避難場所へいくことに。
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 地域住民は北校舎に避難し、待機します。避難行動の終了後は体育館へ移動し、6年生の発表(防災活動の)や、チェックされている高知市地域防災推進課の講評を聞きます。

 一時解散。午後1時半集合で会場を下知コミュニティ・センターへ移動します。こちらは高齢者やハンディを持たれている人達の支援をテーマの避難所開設訓練です。福祉分野からは、県庁生協介護福祉センターから3人、高知市社会福祉協議会から1人サポートに参加いただけます。とても心強いです。
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 要配慮者にどういう対応すれば良いのかを、実践することで課題を見つけて行きます。

2016年12月16日 (金)

若松マンションの防災備品備蓄は物凄いです

 2016年12月12日は、若松町にある若松マンションのNHKの撮影を見学に行きました。仕事を済ませ少し遅れて駆けつけました。
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 若松町自主防災会会長の横田政道さんが、防災備品について説明されていました。備品置き場は若松マンション6階のスペースに透明な化粧箱のなかに」あります。

 米や缶詰、レトルト食品、防寒用品、コンロ.鍋、消毒液、ソーラーランタン、ガスコンロ、携帯ガスボンベ、簡易トイレ、トイレ用錠剤、トイレットペーパー、トイレ用カバー等[ほかにもありました)が在庫されています。
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 若松マンションは居住者が若松町町内と一体して防災に取り組まれていることがわかりました。鉄筋の6階建てですが、建築年次が古いため、高知市指定の津波避難ビルになれません。
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(高さは申し分ないのですが・・・・)

 それゆえ高知市の支援は一切ありません。すべて若松町自主防災会が主体になり揃えたそうです。凄い防災備品の在庫です。そのほかに、マンション住民以外の若松町町内住民が駆け込んできた場合の、簡易式ベットを階段につくる資材なども在庫されています。

 凄い事であるとただただ感心しました。横田政道さんの行動力、実行力は凄いものです。

 下知を取材されたNHK高知放送局制作番組は、12月19日午後6時10分からの高知1番で放映される予定です。

2016年12月15日 (木)

南海地震に備える番組撮影中にご近所で事故

 2016年12月19日(月)に午後6時10分からのNHK高知放送局での番組「高知いちばん」のコーナーで「災害に備える」という南海地震対策の高知市下知地区での取り組みを放映するようです。

 下知地区防災計画意見交換会の様子や、昭和南海地震の体験者岸田康彦さん(85歳)の取材仁淀川町長者地区での「疎開を前提とした交流風景」や、若松町自主防災会の地区指定津波避難ビルの防災備品装備の様子などを撮影されていました。

 そして今日が下知地区の「屋外ロケ」。白髪のお爺さんが下知の現状を下知の風景の中で説明しました。まずは電車通りにある「海抜0メートル表示」、宝永町歩道橋の上で道路交通量の多さ。もし今この場で地震が起きて、大津波警棒が出たら、皆どこへにげるのでしょうか?

 宝永町歩道橋からは東の葛島の橋が見えます。久万川と浦戸湾。北は一文橋で江ノ口川、南は鏡川大橋で、堀川と鏡川に下知南部地区は囲まれています。更に江ノ口川と堀川は新堀川という運河で繋がっています。

 つまり高知市下知地区は海抜0メートルに島です。
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 ランドサットから撮影した2.5万分の1のデジタル標高地形図。水色の部分は高知災市街地。すべて標高3M以下です。「1000年前の高知の予想図」を見ていただきました。私の住んでいる二葉町は海の底です。
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 最後のメッセージとしてこう申し上げました。

「高知は関東と違い地震は起きる回数が少ない。避難訓練に参加しない人が大半。また訓練してもすぐに忘れます。下知地区は海抜0メートルで自然の高台はありません。

 いつ何時地震が起きるかもしれません。それは仕事の最中、授業の最中、自宅での就寝中、車や自転車の通勤・通学中かもしれません。そこで南海地震が発生しても、下知地区は海抜0メートルですので、すぐに近くの津波避難ビルに駆け上がり、垂直避難しないと助かりません。

 70年前の昭和南海地震は、過去の南海地震からすれば大きな地震ではありませんでした。それでも高知市下知地区と潮江地区は地盤が沈下して水没していました。
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 想定どうりの南海トラフ巨大地震が起きれば、1000年前の高知市のように水雄没する可能性があります。という話をしました。

 それでも下知地区で生活し、仕事をして、学び、通過する場合は、いつなんどき地震が起きても、命を守る行動をとりましょう。

 下知は防災・減災は文化であり、たしなみです。避難袋を持つのは当たり前。耐震補強するのも当たり前。揺れたら近所の津波避難ビルへすぐに書け上がること。隣近所で助け合いしましょう。個人も家族も学校も企業も、地域も事前対策を進めましょう。

 そして「命を守り」「命を繋ぎ」「生活を再建する」ために「下知地区防災計画=事前復古まちづくり計画」を下知地区みんなで意見交換し、議論し作り上げましょう。ということを申しあげました。

 12月19日の「こうちいちばん」http://www.nhk.or.jp/kochi/program/b-det0003.htmlにて、編集され、ほんの僅かな時間放映されると思います。

 二葉町歩道橋の上で撮影されながら、そのような事を申しあげ、最後の「ロケ」は終了しました。その最中に警察と消防の車がサイレンを鳴らしながら疾走し、ご近所へ行きました。

 何事かと集まっているご近所の人に聞きますと、事情はわからないが建物から人が落下したらしく、消防が懸命の救命活動をしているようでした。やがて救出され、救急搬送されていきました。

 いろんなことが起こりますね。

下知総合訓練への関係者事務局会議

 2016年12月14日は、午後6時半から下知コミュニティ・センターにて、18日に実施されます下知地区総合防災訓練の関係者事務会が開催されました。
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 下知地区減災連絡会の役員と高知市役所地域防災推進課、高知市社会福祉協議会から10人が集まり、検討をしました。
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 今回は「要配慮者支援訓練」も大きなテーマです。また防災会の役員が避難所訓練のリーダーになるのではなく、参加した住民からリーダーを選びともに訓練をし、リーダーとなる人たちを広く養成して行く目的もあります。
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 想定される事態を予測し、意見交換をしました。このなかで要配慮者の支援の対策は、専門家が出動するまでの発災直後から、「命を繋ぎ」「専門家にお任せする」までが実は1番大変。一切合財を地域で担うことは大変です。そこへの支援と仕組み作りが大きな課題であることが理解できました。

 とにかく18日は地域の高齢者やハンディを持たれている人達に参加を呼びかけ、ともに避難訓練にしなければなりません。
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2016年12月14日 (水)

昭和小にて 昭和南海地震体験者の話を傾聴


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 2016年12月12日(月)は、NHK高知放送の依頼で「昭和南海地震を下知地域で実体験された岸田康彦さんの話を傾聴する」エキストラ出演しました。今日は寒くて途中から雨になり大変でした。

 高知新聞に掲載された岸田康彦さんの昭和南海地震体験

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-7f1d.html

 昭和南海地震当時は岸田さんは、昭和小の前に居住。揺れで外に飛び出し、」倒壊した隣の家族の救出を行っていたそうです。屋根を剥ぎ、奥さんを救出。その後ご主人を探しましたが梁の直撃で亡くなられていました。2歳の子供さんをかばって亡くなったとか。、子供を救出後、浸水が始まったので、すぐに昭和小の2階まで逃げたそうです。
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 一時期は500人の避難者で溢れていました。戻れたのは翌年の2月頃であったとか。」

 岸田康彦さんは体験者としてこう言いました。

「水や食料は支援が必ず来ます。わたしは避難後3日ぐらいは飲まず食わず。でも人間は死にやしません。それよ理大事なのは持病のある人は、薬です。それを余分に持っていないといけないです。

 12月18日の下知地区総合防災訓練のポスターは所所に貼られています。まだまだです。しかし回る時間がありません。12月13日は午後から下知コミュニティ・センター内の防災倉庫を案内します。
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2016年12月13日 (火)

山田伝津館の語り部 菅野和夫さんが下知へ来ます。


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 東日本大震災で大きな被害を受けました岩手県山田町。山田伝津館の震災語り部である菅野和夫さんがこのたび下知コミュ二ティ。センターへ来てくれます。

(日時) 2016年12月20日(午後5時半過ぎ~

(場所) 下知コミュニティ。センター 3階会議室C

 山田伝津館 http://denshinkan.jp/

 山田伝津館では、3.11東日本大震災の記録を収集・保存し、
大震災の教訓を後世に残すため、写真集・記録集・映像(DVD)を編集・出版しています。
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 12月21日は昭和南海地震から70年目です。岩手の大津波の貴重な経験をざっくばらんに傾聴いたしましょう。

 菅野さんは津波記録のDVDを高知県の自治体防災部署に配布するために、12月20日は早朝から室戸方面へ訪問され、夕方高知市へ戻ります。そのため時間は多少遅延などあるやもしれません。

 震災を知る機会ですので、ご都合のつく方は是非ご参加ください。

2016年12月12日 (月)

堀川の耐震護岸工事もたけなわ

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 高知市二葉町に隣接している運河の堀川。こちらでは海側に耐震護岸堤防を建設中です。工事施工者である高知県土木事務所より、近隣住民に工事の様子を伝達するチラシが来ておりました。

 二葉町工区の完工は来年3月末のようです。

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(既に完成している若松町の東端は、海側に耐震護岸堤防を建設しています。二葉町工区も同じようになるでしょう。)

2016年12月11日 (日)

黒潮町の現実は過酷です

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 旧大方町と佐賀町が合併した黒潮町。集落は海沿いの国道55号線の両側に形成されています。平地は少なく山が海の近くにある。

 想定34Mの津波が来ると言われている。それゆえ役場でいただいた訓練用のチラシですが、表は「防災業界では有名人」である、矢守氏と片田氏が出席されているシンポジウム。

 裏面はおそらく全戸配布されたと思える夜間の19時からの津波避難訓練の内容を表記したチラシです。高齢者に配慮して1時間で訓練が終了するように計画されています。
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 黒潮町が直面している現実から言えば、下知の取り組みは「ぬるい」です。着実に前進はしていると思うので、地域全体の盛り上がりが次の課題ですね。

2016年12月10日 (土)

ヤッシー・パークに津波避難タワー建設中

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 12月10日は、香南市夜須でディンギーのセーリングをしました。ヤッシーの海からは津波避難タワーはすぐですね。完成すれば海での帆走でも安心感が増しますね。
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12月10日の五台山市民農園

 朝6時に横田政道さんの自宅に集合。冬至も近いので真っ暗だし、寒い事。自転車で出発。五台山へ向かいます。途中五台山農協婦人部が主催する良心朝市で野菜を調達します。の予定ですが、別のイベントに出店するとかで良心市はお休みでした。
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 まだ真っ暗な状態で五台山市民農園(下知愛のふるさと農園。農場主横田政道さん)へ行きました。津波雛入道等の太陽光ソーラー街灯がついています。、足元は暗いです。
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 農園では大崎修二さんが植えた葉キャベツ(?)が成長しています。ネギも成長していました。タイモも育っているようです。
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 下の果樹園で雑草引きをしている間に夜が明けました。横田さんと大崎さんが竹を組んで梯子をつくりました。自生している文旦の収穫です。わたしは5個だけいただきましたが、ほかの人は袋が一杯になるほど収穫していました。
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JICA防災担当官・下知研修事前打ち合わせ


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 2016年12月6日は、来年3月2日(木曜日)に予定されているJICA防災担当官の高知市下知地区での研修会・意見交換会の事前打ち合わせが、下知コミュニティ・センターにて行われました。

 研修担当の高知大学大槻知史先生より。プログラムの目的と研修スカジュール案が提示され、意見交換をしました。今回は「コミュニティ防災」をメインとする研修になるようです。

 当日午前中は「高知の地域防災について」と言うテーマで大槻先生と、高知市地域防災推進課山中晶一係長からのプレゼンテーションが行われます。

 昼食は下知コミュニティ・センター屋上のLPガス災害対応ユニットを稼働させお湯を沸かし、非常食を参加者皆で食べます。午後からは下知地区を2つに分けてまち歩きをします。下知がいかに低地であり、海に隣接しているという地域特性を参加者に理化していただきます。

 続いて「下知地区の災害リスクとコミュニティ防災の役割」と「街の未来をつくる地区防災計画」について下知地区減災連絡会副会長の西村健一が報告します。本来なら地味局長である坂本茂雄氏がすべきですが、生憎3月定例県議会の真っ最中ですので出席できません。
 
 続いて「みんなのコミュニティ防災を目指す新しい取り組み」を[マンション防災」(橋本氏)「地域内連携協議会の取り組み」(国見俊介氏)、「芸術と子供防災」(藁工ミュージアム)、「五台山市民農園の役目」(横田政道氏)をスピーカー予定者として報告いただきます。

 意見交換ワークショップを行い、質疑応答を行います。
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 大槻先生によれば、9月22日のJICA研修が参加者に高い評価を受けたとの事です。今回は「コミュニティ防災」なので3月に決まったと言う事です。

 平日で受け入れ側も大変ですが、責任は重大ですね。

2016年12月 9日 (金)

12月9日の二葉町資源・不燃物ステーション


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 2016年12月9日(金)は、今年最後の二葉町の資源・不燃物ステーションです。朝6時から二葉町町内会副会長荒木三芳さんの指導の下、各町内の班長が仕分けをされています。
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 「高知方式」と言われる細かい資源物の分類は、瓶であれば「透明」「茶・黒」「青」と仕分けされています。段ボールは無地と印刷段ボール(雑紙)にしw消されています。この資源・不燃物ステーションの運営は町内コミュニティの大事な事業の1つです。
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 月に一度二葉町民が挨拶を交わし、知らない人とも顔見知りになる効果があります。高知市は町内会の事業により大規模な中間処理施設を建設する必要性がなくなりました。その分町内会に手厚い支援をすべきでしょう。

 今日は午前中は父(97歳)の植田医院への通院の付添です。午後からは母(91歳)の付添ではりまや橋商店街へ行く予定です。今年もあと20日でお終いです。

津田喜章さんの熱い想いの「てんでんこ」記事


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 朝日新聞2016年12月5日と6日の両日は、NHK仙台放送局のアナウンサーである津田喜章さんの「てんでんこ」という記事が連載されています。

 見出しは「番組のキャスターは。ときに怒れるアナウンサーと呼ばれている。」(5日)。「番組で被災者に呼びかけた。がんばれる人だけが、がんばって下さい」(6日)記事を読むと津田喜章さんが熱い人であることを思いだしました。

 昨年坂本茂雄さんが企画された「東北被災地交流ツアー」に参加した折、参加者の懇親会の席に津田さんは同僚の塚原さんと一緒に来てくれました。

「防災避難訓練に、30代や40代の参加者が少ない。それでは駄目だ!!。子供たちを守るのはその世代ではないか!」と強く言われました。坂本茂雄さんのFBへの投稿で思いだしました。

 12月18日に開催される下知地区防災訓練。若い子育て世代がどれだけ参加し、真剣になれるのか。地域の未来はかかっています。
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2016年12月 8日 (木)

仁淀川町長者で取材対応をしました。

 仁淀川町長者地区と高知市下知地区との地域間交流の様子を取材したいとNHKから申し入れがありました。長者だんだんクラブの西森勇幸会長と岡﨑守信副会長にご無理をお願いし、一緒に取材対応をしていただきました。
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 昼食は農村レストランだんだんの里でしました。長者小学校の児童が長者のゆるきゃらであるいのほし(いのししと星ケ窪の愛称)と一緒に仁淀川町をPRするCM撮影をしていました。
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 取材には大崎修二さんと西田政雄さんにもご協力いただきました。

 西森会長にお願いし、長者地区の空き家の様子を見せていただきました。外見からは空き家と思えない家屋が多かったように思います。数件古城(こしろ)通り沿いの空き家の説明を西森さんにしていただきました。
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 古い家屋は解体されていました。
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「昭和43年(1968年)頃の長者は人口が2400人いました。古城(こしろ)通り二は、映画館やパチンコ店もありました。今は長者地区の人口は609人です。つい最近までお住まいされていた人の空き家もあります。」とのこと。

 長者の広域公民館と、空き家の内部も見せていただきましたが、取材対応に追われ写真を撮影出来ませんでした。

 4年前から高知市下知地区の二葉町と仁淀川町長者地区との交流が始まりました。田植え体験稲刈り体験、花ショウブ祭り、七夕祭り、キャンドルナイトなどに有志で参加しました。とても楽しい体験でした。また11月3日の下知地区での「昭和秋の感謝祭」ではだんだんクラブの皆様に食材販売をしていただきました。

 やはり「顔の見える地域間交流」をしたうえで、「疎開を前提とした話し合いを」しないといけないと思います。南海トラフ地震の高知市民12万人に「広域避難」を言われていましすが、高知県庁も高知市も未だに具体化していません。

 どうか近日中に、私たちの「地域間交流」に高知市役所や仁淀川町、高知県庁も加わっていただきたいと思います。南海トラフ地震も迫っています。仁淀川町他ちゅ山間部の過疎高齢化も急速に進んでいます。今なら手を打てます。1日もはやく行政も参加いただいて、南海地震に怯える下知住民と過疎高齢化に悩む長者地区の皆様との「WIN WIN」の関係を盤石なものにしたいと強く思います。

 12月19日のNHK高知の夕方のニュース枠の南海地震特集で放映されるやに聞きました。

父の避難訓練(2回目)をしました。

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 2016年12月7日ですが、2回目の父(97歳)の自宅からの下知コミュニティ・センターまで徒歩での避難訓練をしました。
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 今回は歩行補助車は使用せず、杖を使用し歩きました。休まず10分程度で到着しました。センター1階で休息しました
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 階段は避難所運営本部のある4階まで自力で登りました。時間は自宅からセンターまでは約10分。4階までは約8分で登りました。18日の「要支援者」訓練に、本物の要支援者として参加できるめどが立ちました。
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2016年12月 7日 (水)

長者だんだん通信12月号が発行されました

 「長者だんだん通信12月号」(発行者・仁淀川町だんだんくらぶ会長・西森勇幸)がこのたび発行されました。
 仁淀川町役場の地域おこし協力隊の小原紀子さんが編集・発行されました。
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 11月5日に行われた「長者キャンソル・ナイト」。10月13日に実施された「長者小の稲刈り作業」、11月3日に遠路ご参加いただきました「昭和秋の感謝祭」の記事も掲載されています。
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 3つの事業すべてに参加しました。全部楽しい行事でした。やはり地域おこしは「面白く」ないといけませんね。

 2面はだんだんくらぶメンバーのご紹介と、高知大学・学生との地域交流の様子が記事になっています。
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2016年12月 6日 (火)

高砂春美氏の受援力と避難所運営への提言には納得しました


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 2016年12月4日に高知市あんしんセンターにて開催されました「第5回市民とつくる防災フォーラム:(主催・市民とつくる防災フォーラム実行委員会(委員長中岡久幸氏)」の講演会と研修でした。

 講師の高砂春美氏は(南阿蘇復興支援センター)を運営されています。過去阪神大震災や東日本大震災での復興支援ボランティア活動の中で、感じておられたことや、コメントを話され、また資料にまとめていただいています。
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 「避難所運営に関する自主防災組織の取り組みについての課題・問題点」という資料は、経験を踏まれて的確な言葉が多く出て来ます。

「被災者の安全と当面の衣食住を確保する(一次機能)と、生活復旧を支援する(二次機能)に区別する。」

「行政職員・教職員が出勤できない事態を想定した組織づくり。避難者中心の避難所運営のための組織づくりを支援する。」

「災害時にもリーダーシップを発揮する人材を養成する。」

 また「避難者をお客やゲストにしない。」「避難所は避難者が運営することを原則にする。ノロウィルス対策と言われますが、トイレを清潔にし、手洗いを励行すれば防止できることです。避難者自身でできることです。」と実践を踏まえているだけに説得力がありますね。
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 「内閣府の避難所の班構成は12人も人がいります。実際には安否確認や救出支援活動で精一杯。班分けはおろか、避難所の開設さえままならないことが多い。」
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「班分けや役割分担をつくって(安心してしまう)傾向が多い」

「班編成や組織や原則にこだわった避難所運営マニュアルや訓練では、避難所運営本部により管理という面が強くなる。管理からは自治は生まれないという実態があります。」
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「自治・自立は交流から生まれ、ボランティアなどはそこを支援する」という避難所運営のあるべき姿を事例から学ぶべきではないか。」

 また資料の中で「受援力の考え方」という提起は的確であると思いました。
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 「大規模災害に対しては、地域の防災力だけでは限界があり、支援要請の判断と受援体制の整備が必要。」

 資料を画像にしました。熟読しましょう。

2016年12月 5日 (月)

第5回市民とつくる防災フォーラム


 2016年12月4日(日曜日)は、午後12時半から16時半の予定で、「その初動が命を守る!」という講演会とワークショップが開催されました。

 主催は「市民とつくる防災フォーラム実行委員会」(委員長中岡久幸氏)です。場所は高知市総合あんしんセンターです。下知地区減災連絡会の森宏会長と一緒に電車で行きました。
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 到着しますと講演が既に始まっていました。
 講師の高砂春美氏(南阿蘇復興支援センターよろず相談室)は、阪神淡路大震災の最中に避難所運営本部を立ち上げ、被災者の自立と復興を目標に活動をされてこられました。東日本大震災後も支援活をなさっておられます。現在は熊本地震の被災地の阿蘇と南阿蘇地域を支援されておられます。
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「繰り返される自然災害での対応を見ていると、被災者側にも支援者側にも、災害の教訓が活かされていない場面が散見される。
行政には対応の限界がありますので、早い段階から外部の応援部隊を頼るべきですし、被災者は自らニーズを発信して、少しでも置かれた環境を改善して行く努力をすべきです。」

「当初熊本県は県外からのボランティア支援を拒絶していました。大災害時に平時の対応をしていました。市町村の要望がない限り動かないと決めていました。熊本市は50万都市で自力で何とかなりますが、益城町や阿蘇や南阿蘇はどうにもありません。

 われわれは地元の要請もあって阿蘇と南阿蘇の支援に入りました。」

 言われていることは実にもっともなことです。いただいた資料でべつにまとめます。
 
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 春野東小学校取り組みの発表がありました。5年生6人の発表でしたが、堂々としていました。防災訓練の様子や、防災授業の様子もわかりました。地域と連携した取り組みが行われています。
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 南海中学校では、防災への取り組みを寸劇にしていました。校区内にある若宮八幡宮の長宗我部元親にちなみ「一領具足」の考え方で「いつでも避難・防災」を意識した生活を送るようにしているとのことでした。
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休憩の後に7つの体験・体感コーナー(シェイクアウト・簡易トイレ・自分の部屋・緊急・救命処置・避難所運営・ガラス飛散防止・アルファ米試食)などもあり、実践的な内容となっています。
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 各地防災会のメンバーに多くお会いしました。下知からも8人参加しておりました。18日の下知地区総合防災訓練の参考になりました。市役所の山中晶一さん、主催者の中岡久幸さん、西田政雄さんご苦労様でした。

2016年12月 4日 (日)

12月18日は下知地区総合防災訓練


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 2016年は「昭和南海地震」から」70年目の年です。1946年に発災した地震によって高知市下知地区は地盤が沈下し、堤防が崩壊して海水が地域へ流れ込み長期浸水状態になりました。


 昭和南海地震の記録 

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 強い揺れの後に自宅から脱出した下知住民は、避難収容所と指定されている昭和小学校へ午前中は避難します。当日昭和小は参観日になっており、600人の生徒と同数の父兄が学校へ来校しています。

 昭和小では2時間目の授業で南海地震が発生したという想定で避難訓練(屋上避難)を実施します。周辺の地域住民も昭和小への避難訓練を行います。

 午後からは下知コミュニティ・センターへ会場を移し、避難所開設訓練を行います。運営人材を育てていくことが目的です。

 また要支援者避難誘導を行います。
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2016年12月 3日 (土)

五台山市民農園へ行きました。

 2016年12月2日は午前6時に、横田政道さんところへ集合。途中ブロックを積むために弘化台にある横田さんの倉庫へ立ち寄り、ブロックを自転車に積み込み五台山を目指しました。
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 わたしの自転車は安定が悪いので最後尾。歩道の狭い新青柳橋はふら付くので歩いて渡りました。途中五台山農協婦人部の良心市へ皆が立ち寄り、わたしはミニトマトを買いました。
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 役立たずの私は農園ではひたすら雑草引き。たかだか30坪の農園ですが雑草は生えるもの。それぞれに野菜は成長しています。
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 下の果樹園では文旦が黄色くなりはじめ、竹林が伐採され、かなり広くなりました。ブロックは作業小屋の足場になるようです。
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地震保険のチラシです

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 一般社団法人日本損害保険代理業協会のチラシをいただきました。
いつ起きてもおかしくない大地震です。

 「地震保険の保険金は、被災時の”生活再建資金”となります。」「地震・噴火・またはこれらによる津波を原因とする損害は地震保険で補償します。」「火災保険ではお支払できません。」「地震保険は火災保険とセットで加入することができます。(単独では加入できません)」とか。

 地震保険は火災保険で補償されない地震・噴火・津波により家屋や家財が火災・損壊・流出・埋没の損害を被った時に、保険金が支払われます。

 政府と損害保険会社が共同で運営している保険ですので、確実に支払われます。地域によって保険料は異なりますが、最低限の火災保険と地震保険に入る必要性はありますね。
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 日本は地震列島です。どこで地震が起きるのかわかりません。2012年時点では熊本や鳥取で今後30年以内に震度6弱以上の地震に見舞われる確率は、4%台でした。高知などは60%以上ですから。
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2016年12月 2日 (金)

超高齢者の身体機能維持は、事前減災対策の1つです。

 父の身体機能維持に全力を尽くしております

 「災害弱者」と呼ばれる超高齢者。日常の観察から事前の避難行動や対策に繋げたいものです。でも現実はシビアです。

 慢性腎不全でステージ4の父(97歳)です。植田一穂先生のお蔭で、腎機能は25%程度は維持され、減タンパク食摂取と、適度な運動と、植田医院での診察、指導とと点滴で生活を維持しています。

 しかしながら今年は猛暑が続き、週3回の植田医院での点滴と水分補給で、腎機能の低下は防止したものの、外出を猛暑で最低限に控えたために、足腰が弱りました。歩行速度が遅くなり、転倒する危険性も増加しました。目を父から話すことが出来なくなりました。
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 自動車への乗降は立ち合いをしないといけないですね。特にドアの開閉時には。古い車なので、ドアの先端が尖がっていて、ゴムで巻いていません。両親は背が低いので、自分でドアを閉めると、その鋭角の金属部の先端が顔へ当たりますから。
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 今はなんとか自分で乗りこめ、自分でシートベルトを締められます。降りる時は怖いので、立ち上がりの補助とドアの閉める場合の補助は絶対にしないと危険になりました。車の買い替えも検討していますが、どのメーカーも適切な車はありません。
 
  車高高が1・55M以下で、ドアが横開きの車を探していますが、ありません。何故1・55Mniこだわるかといえば、立体駐車場に入庫できる高さです。横開きは超高齢者の乗降が楽に出来るからですね。現状では横開き車は車高が高く、立体駐車場へは入れないです。
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 転倒すれば大事になります。要支援2であった叔母は自宅での転倒がもとで救急搬送され、歩けなくなり、要介護4となり自宅生活が不可能になり、特養に入所しています。

 うちは狭い2階建て。3階建て住居なので、バリヤ・アリーの生活環境です。足腰が弱ると生活の維持が困難になります。それゆえ少しでも残存じている機能を維持管理し、足腰の衰えを防止する対策を今まで以上に慎重にする必要がありますね。

 介護予防通所リハビリ施設も見学し、管理者と話し合わないといけないのかもしれません。家族の介護ケアには当然限界があります。政府与党が、介護保険制度を破壊しようとしていますので、先行きには暗雲が立ち込めていますね。

2016年12月 1日 (木)

父(97歳)の事前避難訓練


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 12月18日に開催されます「昭和南海地震70年 下知地区総合防災訓練」に参加するために、2016年11月30日の午後、自宅から徒歩で父(97歳)の付添で事前避難訓練をしました。
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(出発前に自宅前でしりもちをつき転倒。無事でした。)
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 信号待ちもありましたが10数分で自宅から下知コミュニティ・センターへ到着しました。1階ロビーで少し休んでから階段昇降をしました。「うちの階段よりは楽だ」といって今日は3階まで登りました。」帰りはエレベーターで降りました。
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 徐々に歩行訓練して、なんとか12月18日の総合防災訓練までには、完歩したいものです。本物の「要支援者」ですので、少し頑張ってみたいと思います。主治医の許可ももらっていますので。
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