「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を読んで
「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」(室井研二・著・名古屋大学大学院環境学研究科・准教授)を読みました。室井研二さんは2013年頃から2015年までの3か年間、高知市下知地域へ名古屋から通われ、多くの市民有志から聞き取り調査をされました。また高知市役所や高知県庁も訪問し、裏付け資料も調査をされていました。
2016年3月に発刊され、贈呈いただきました。何度も読み返しましたが、内容が重たいので、なかなか読書ノートをとる事ができませんでした。
地震・津波災害となると、理工系の地震工学の学識者や、土木工学の学識者の声が大きいようです。おおむね被災後の復旧・復興工事も土木建設が主体であり、行政の上意下達式のやりかたが復興工事においてもまかりとうり、いろんなトラブルを引き起こしています。
1995年の阪神大震災後の神戸市の復興工事が1つの例ですが、莫大な公共投資の割には、まちが復興し発展したとは到底言えない現実を見て来ました。2011年の東日本大震災の被災地を2015年に巡回する機会がありました。そこでも復興工事が遅々として進まない地域と、手早く集団移転事業が完了していた地域がありました。
高台造成工事や、盛り土による低地のかさ上げ工事も工事期間は最低5年はかかると言われ、人のライフサイクルと、復興のサイクルとのずれが指摘されています。「復興災害」という言葉もあります。
室井研二さんは学識者ですが、フットワークが軽く、広範な聞き取りと調査活動をされ、独自の視点で著作を書かれました。2012年から2015年までの3年間高知市下知地区をフィールドワークされ、行政、大学、住民などに聞き取り調査もされました。時に一緒に懇親会にも参加いただきました。2015年の下知地区有志が主体の「東北被災地交流ツアー」にも現地集合で参加されました。
社会学的な観点での被災予定地域の調査活動には、わたしは大変興味がありました。必要性を常に考えていました。
下知は干拓地であり、長らく農地や荒れ地でした。明治以降も海運業が盛んな時代は、ウォーターフロントの街として、農人町、南宝永町、二葉町、若松町の堀川沿いは港湾町として発展していました。
路面電車の伸長や、道路の伸長により、中心街にほど近い地の利もあり、零細鐵工所や商業、住居混合型の街として発展してきました。
高知市の都市計画事業が、東京五輪前後(1964年)に下知地区でも区画整理事業が行われました。人口の急増で、賃貸や分譲のマンションが「地の利」を活用して建設されました。
戸建て住宅に住む古くから住む住民と、分譲や賃貸マンションに移入してきた住民との融和は子弟が小学校へ通学している間の繋がりしかなく、地域コミュニティとしては、きわめて弱い結びつきしかありませんでした。
市内の他の地区では開催されている地区運動会も、90年代前後に「世話役不足」で休止され、以後開催されていません。室井研二さんは、そのあたりも詳細に観察されておられます。
「もともと遊水地として利活用が図られていた土地で急激に市街地化がすすんだことで、0M地帯では水害が頻発するようになった。そうした開発と災害の矛盾を決定的に印象づけたのが、1970年に発生した高知水害(台風10号)である。」(高知市の開発と災害履歴 P69)
「高知市0M地帯の災害脆弱性は開発に関連した土地利用の変化によって地用されてきた。市長局もそのことを自覚し、防災の観点から開発規制の必要性が強調されてきたが、他方では都市化に伴う住宅需要への対応や、工業開発に関連した土地利用対策に追われ、実際の防災は土木工学的な対策に終始する経緯をたどってきた。
その結果、市街地では先進的な排水対策が進んだ一方で、想定浸水域でスプロール的に都市化が進み、災害ポテンシャルがこれまでになく拡大するという皮肉な状況が生み出されている。」(高知市の開発と災害履歴 P70)
室井研二さんは、高知市下知地域の地理的特性、歴史的な背景や、高知市政の都市政策の観点から独特の表現で記述されています。大変重要な観点ですので、長文になりますが、引用させていただきます。
「第1に、高知市の0M地帯では、工学的な防災対策がこれまでになく進展する一方で、社会経済的な災害脆弱性がこれまでになく深刻化していることである。
こうした矛盾はいうまでもなくこれまでの開発政策や都市化の歴史的帰結として現出しているものであり、工学的な防災対策と開発(規制)政策の整合性の欠如に起因するものである。
この点に関する真摯な歴史的反省とともに、行政には防災対策の前提として充て対策地区のコミュニティが置かれている社会経済的現状に対する政策的な配慮が求められよう。」
「第2に、南海トラフ地震被害想定の見直しが住民生活に逆説的な影響をもたらせていることである。いうまでもなく被害想定の見直しは災害への危機意識を高め、防災対策を拡充する狙いを持つものであるが、逆にそのことが地価の下落を招き、階層的低位層の土地への緊縛を帰結している面がある。
これは災害・防災に関する「科学」的な想定やそれに依拠した工学的対策と、そうした想定の社会経済的な受容や生活面での対策のギャップともいえる問題である。そうしたギャップをどう埋めるのかが、防災の課題としてとわれるべきであろう。」
「第3にコミュニティの「放置」と「再生」ともいうべき動向がみられることである。これまでの分析が示すのは、災害脆弱性が開発の歪みの帰結として立ち現れ、そのしわ寄せが階層的周辺層に集中していることである。
そして、その地を離れることが叶わない人たちの間で、最後の依り場として地域的結束が再生され、同様の困難を抱えた地域との連帯のもと地域の生き残りが模索されると言う現実である。それが「下からの」防災の現実的な姿なのである。
確かに、下知減災連絡会の取組にはコミュニティ防災の範例として評価されるべきものも多いが、それは見方を変えれば「放置」されたが故の強いられた共同なのであって、住民だけの対応には自ずと限界があることは明らかである。
このような現実に自治体がどう向き合い、どのように応えることができるのか。地区防災計画の真価や防災パラダイムの転換の内実も、こうした意味での自治や分権の行方を追うことからも明らかになろう。」(まとめにかえて P77)
室井研二さんの3点に指摘は的確です。南海トラフ地震に関しては、常に「地震学者」による科学的な知見が披露され、自治体や報道機関の広報もおおむね、それに沿っている。
多くはしゃらっと「高知市下知地域は全域が海抜0メートルの市街地。高台はなく軟弱地盤で海に隣接している。想定される震度は6強から7。地盤は最大2メートルは沈下する。津波は地震発生後30分で到達するが、その前に地域は浸水が始まり、長期浸水する可能性があり、復興、復旧はとても難しい。」と言われている。
国や県や高知市の対応の多くは、「国に浦戸湾3重防護の耐震堤防を認めていただいた。16年後に完成すれば下知の浸水は想定より早く解消される見込みだ。」
と県土木部は言う。しかし未だに長期浸水時に、「どこのドライエリアに避難するのか?」「応急仮設住宅の建設など可能なのか?」「長期浸水は解消されても地盤沈下したままで市街地の再生は可能なのか?」の疑問に対して、高知市も高知県もなんの回答も未だに(東日本大震災から5年半経過した現在でも)持ち合わしていない。
要は高知県庁の下知地区など高知市の低地(海抜0メートル)の減災対策は、河川と海岸の護岸工事のみに特化しています。避難計画や支援計画は高知市の領分として関与しようとしません。
一方高知市ですが、浸水からの一時避難対策に過ぎない「津波避難ビル」の指定に追われているのが現実。その多くは民間所有のマンションなどであり、所有者の「良心」にすがっているのが現実。(ある民間賃貸マンションの津波避難ビル。屋上を入れれば150人が避難可能。しかし屋上には鍵がかけられている。理由は飲料水タンクがあり、異物を混入されることは嫌だから。)という理由。もっともです。その津波避難ビルは実際には、階段部と廊下で30人程度しか避難できません。)
低地の下知地区でも、民間の5階建て程度のマンションすらなく、津波避難ビルが地域の町内に皆無な地区も未だに存在しています。そうした地域であれば市役所が津波避難ビルや津波避難タワーを建設すべきであるが、その兆しは全くないようです。
まして被災後の復興計画や、生活再建のめどなど、現状では「想像の世界」のなかです。具体的な「ロード・マップ」「工程表」は全くありません。
下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画をこしらえていくなかで、そのあたりの個別課題も具体的なものにしていきたいと思います。
つくづく防災・減災活動にも室井研二さんがご指摘された「社会学的な視点」と「都市計画の視点」は必要であると思います。
室井研二さんの著作「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を参考にし、熟読して、下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画に反映し、市民自治の原則で「下知が幸せになる物語」をみんなの力で作り上げたいと思います。
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