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2016年4月24日 (日)

「転ばぬ先の介護」は2002年からスタートでした

この軽トラを購入したのは2002年1月[平成14年)です。日韓W杯が開催された年でした。
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 この年に両親がいずれ介護状態になる可能性があるだろう。ということで家内と2人で土曜日ごとに二級ホームヘルパーの講習を受けました。そして認知症病樋での研修やデイ・サービスや訪問介護の実習もしました。

 認知症の病棟は苛酷でした。20人の高齢の認知症の人達に介護士は僅かに3人。朝からおむつ替えに奔走しました。4人部屋でしたが、自分の空間はベットの上だけ。廊下にテレビが置いてあり、ドアもエレベーターも窓もすべて鍵がかけられていました。

 2日間朝から晩まで研修しました。苛酷でした。海で鍛えていますが半端な疲れではないですね。ヘルパーさんは女性が多く大変そうでした。14年前ですから父は82歳、母は76歳で、後期高齢者でしたが、居間より遥かに2人とも元気でした。

 早めに介護の予行演習をしていたことが、今にして思えば少し役立っているかもしれません。

 それは「極力施設には入れたくない。」「施設は人手は常に足りないので良くなるはずはない。」「可能な限り健康寿命を維持し、在宅で介護すべきである。」と強く思いました。

 仕事が忙しい年齢になって来るので、どうしても親が「倒れてから」の介護になります。私の場合は「転ばぬ先の介護」を心がけをしています。その方が労力が少なくて済みます。

 介護予防通所リハビリや、家が狭く階段生活で、和室仕様(寝室が)で、「バリヤアリー」の家ですから、両親は結果的に足腰が鍛えられ、健康寿命が超高齢者になっても維持できています。

 本人の努力もありますし、身体機能が健康であることが大きいです。何よりも家内の協力がとても大きいです。

 超高齢者の両親の在宅介護を毎日家内と2人でしていますと、教えられること、気が付くことがとても多くなりました。勉強になっていますね。


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 減災対策に置いても、自然に「高齢者の視点」や「高齢者の立場」を最近では特に強く意識するようになりました。


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