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2016年4月

2016年4月30日 (土)

6月12日(日曜)実施予定の消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練について

 2016年は「昭和南海地震(1946年)」から70年の節目の年です。また昨年下知地域で実施した「下知地区防災計画」は、7月以降、昭和小学校とも提携し、ワークショップ方式(ワードカフェ)を実施し、「事前復興計画」(下知がしあわせになるまちづくり)策定を目指します。

 下知地区の16の自主防災会連合体である下知地区減災連絡会が稼働するのは7月からです。確定している事業は、「地区防災計画」「JICA研修生徒の意見交換会」(9月22日)、「下知地区一斉防災訓練」などです。

 それゆえ二葉町自主防災会単独事業は、5月29日実施予定の仁淀川町長者地区との交流事業である「田植え体験」と、6月12日実施予定の「消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練」です。6月に事業をしないと身動きできなくなります。
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 「消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練」について説明します。

1)この5年以内に二葉町内では大きな火災が2件(2012年2015年)とありました。町内の木造密集地区でした。防火意識の向上が町内であり、昨年度は消火栓接続器具とホース、消火栓BOX,消火器BOXを購入しました。

2)二葉町自主防災会会長の森宏さん(82歳)は、小学生時代に須崎市で昭和南海地震の津波を体験しています。危機管理意識はとても高い。
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 「地震津波対策も二葉町はとても大事。同時に「防火対策」もせんといかん。初期消火の訓練は絶対に必要。ホースを利用した放水消火訓練は技量が必要。消防署員と下知消防分団に指導していただいて、町民皆が取り扱いをするのが目標である。」と言われました。

3)消火器を使用した、消火訓練は、実際に消防署員に着火していただき、燃やしながら消火訓練をします。
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4)二葉町内の消火栓は道路の真ん中にあります。1つだけ下知コミュニティ・センター前の消火栓は、歩道にあります。隣のガソリンスタンドの休日の日曜日に塀に向かって放水訓練をする予定でした。しかし「消火栓周辺の家屋の水道水が濁る可能性がある。」との指摘を下知消防分団から受けました。

 4月13日に高知市水道局総務課山中係長と意見交換しました。下知消防分団の国見副団長に同席していただきました。

「放水訓練は青柳公園内地下にある耐震貯水槽を活用いただきたい。炊き出し訓練時にも、耐震貯水槽の水を活用いただきたい。」とのことでした。

 それで青柳公園内で、「消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練」がいっぺんに実施が可能になりました。

5)高知東消防署、みどり課、高知市水道局の許可は4月14日にいただきました。
  高知市水道局は「書類はとくにありません。OKです。」と山中係長に言われました。

  6月12日(日曜)実施予定の消火放水訓練・消火訓練・炊き出し訓練の意義目的

 なかなか放水訓練の実施は難しい。幸い近隣の青柳公園で実施が可能になりました。消火栓用接続ホースセットを購入したので放水訓練が可能になりました。今後は順次買い足して、町内に配置し定期的に訓練を繰り返します。

 訓練の中で二葉町民の防災意識を啓発し、下知消防分団の指導を受けて、二葉町自衛消防隊をこしらえることを目標にしています。
 
 防火意識が高まれば、防災意識も高まります。訓練を通じて顔なじみになり、大災害が起きても隣近所で助け合う相互扶助を形成して行くことを目標としています。

2016年4月29日 (金)

愛のふるさと農園での下準備作業


 午前6時に若松町愛のふるさと農園の主催者の横田政道さん宅に集合。五台山地区に借用した土地での農作業をする場合の、下準備作業を先週に引き続き行いました。
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横田政道さんを先頭に、黒岩博さん、大崎修二さん、吉本豊道さん、原池薫さんたちと整地作業に汗を流しました。植え付けをし、畑にするにはまだまだ時間がかかりますね。
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高知ホタルプロジェクト1年目が完工しました。

 HOTARUプロジェクトとは,東日本大震災被災地である東北地方の復興支援の一環として,避難場所に迅速かつ円滑に避難する体制を強化することを目的とし,J.S.Foundationが地方自治体などを対象に津波避難誘導灯を寄附してきました。
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 東日本大震災以降、東北3県(岩手・宮城・福島)の各施設に数百基の誘導灯を設置する活動をされてきました。宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区にある日和山にも3基設置されています。J.S.Foundationのホームページのトップページの写真は閖上地区の日和山のものです。

http://www.js-foundation.com/

 平成26年4月に、(株)デューク,(株)四国舞台テレビ照明より、「南海トラフ巨大地震が迫っている高知に避難誘導灯(工事込)で寄付っしたいという申し入れが下知減災連絡会にありました。下知地区減災連絡会として、真摯に高知市側へ橋渡しを行いました。しかし市役所側が受け入れるスキーム作りに手間取り、具体的なスタートが出来たのは約1年後の平成27年2月からスタートすることになりました。
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 平成28年3月までに(株)デューク,(株)四国舞台テレビ照明とJ.S.Foundation合わせて70基(2,000万円相当)の津波施設への避難誘導灯(誘導灯機材と工事費込)を高知市に寄附していただきました。夜間停電になっても、もよりの津波避難施設に安全に誘導できます。

 2016年4月28日は、午後7時より高知市知寄町2丁目にあるパチンコタマイの津波避難ビル(立体駐車場)にて、高知ホタルプロジェクトの概要説明を報道関係者を集めて行われました、施設管理者であるパチンコタマイの武井裕彦氏[安全警備室室長)と楠瀬千絵氏(総務課主任)、地域住民代表で東雲町防災会喜多泰之会長と東雲町町内会長崎章会長、寄贈者である株式会社デューク宮垣睦男会長と株式会社四国舞台テレビ照明の武内敦取締役営業部部長が出席されました。
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 事業の概要説明は、高知市災害対策部地域防災推進課の山本美咲氏が行いました。

 事業内容が新聞やテレビなどの報道媒体で説明されることにより、事業が県民各位に理解され、また寄贈を申し入れる企業・団体が現れることにも期待したいです。
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 「善意の灯り」はとても明るいです。真っ暗に停電時に威力を発揮することになります。(株)デュークさん,(株)四国舞台テレビ照明さんとJ.S.Foundationさん 本当にありがとうございました。

2016年4月28日 (木)

福祉機器をレンタルしました。


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 2016年4月20日は福祉機器をレンタルする会社の人が来られました。事務所(自宅兼用)の入り口付近に、「つっかい棒」(ベストポジョンバーというらしい)を設置しました。アルミ製にプラスチックがまかれているので、準外部ですが、対候性は大丈夫でしょう。

 2階のトイレに「トイレ用フレーム」を取り付けていただきました。3階のトイレも付けます。
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 両親の和室の寝室には「設置型手すり」を布団の間に置きました。いずれも大工工事不要の機器です。超高齢者の「転倒防止」「立ち上がり補助」に役立つことでしょう。
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 介護保険制度で福祉用具のレンタルとして活用させていただきます。

2016年4月27日 (水)

保険会社も高いリスクを見通しています。

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 車の上乗せ保険の更新の後に、地元保険会社の人が「今後30年以内の地震の発生確率」というチラシをくれました。

 高知市下知地区は「震度5強以上の確率は  76・9%。震度6弱68.8%、震度6強以上は53.1%」とか。大変な高率です。

 交通事故で怪我する確率は24%。それより倍以上の高率ですね。

2016年4月26日 (火)

世界企業でも熊本地震では操業停止に

 やはりBCP(事業再構築計画)を策定しているはずの世界企業であるトヨタやホンダやソニーも熊本地震は「想定外」の事態であったようですね。
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 先日ある企業防災の担当者の方にお会いしました。こんな話を聞きました。

「熊本地震の前に首都圏で企業防災の研修会がありました。出席していたのは関東、東北、中部、関西、中四国の企業担当者。そういえば九州の企業の人達はいませんでしたね。とのこと。

「九州は地震なんか想定していないと思いますよ。20年前から九州には自動車関連やIT関連の企業が製造ラインをこしらえていますが、危機管理意識は薄かったと思います。世界のトヨタも操業停止せざるをえないでしょう。」とのことですね。

 「地震白紙地域」であった九州が、4月14日に発生した地震が未だに収まりません。行政や市民だけではなく、世界企業ですら「想定外」の事態であるようです。

 そうなると川内原子力発電所が何故「安全だ」と政府は言い切れるのか?全く疑問ですね。この事態に更に原発災害が起きれば日本国は滅亡します。
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 福島第1原子力発電所は関係者の懸命な努力にもかかわらず、未だに危険性を除去できていません。

2016年4月25日 (月)

若松町・愛のふるさと農園

 2016年4月24日は午前6時に、若松町の横田政道さん邸に集合。中宝永町の黒岩博さんと3人で、五台山の東倉谷地区を自転車で目指しました。目的はこれから始める市民農園づくりです。

 まず市民農園予定地へいきました。農園予定地は2か所あります。最初に先週ねぎを植えた場所を確認。健全に成長しています。
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 次に道路下の農園予定地の草刈りを3人でしました。最近雨が多いので雑草が深く茂っています。鎌で刈りました。本当は根っこから引き抜かないといけないのですが・・
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 草刈りが1段落して横田政道さんが「若松町愛のふるさと農園」という立札を建てました。今後本格的に雑草の除去と、農作物の植え付けをしていきます。破竹と文旦を収穫しました。
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 次にたけのこ採りに行きました。殆ど成長しきっています。「雨後の竹の子」という具合に雨が降ると竹は一気に成長します。プレハブ住宅(軽量鉄骨)の家屋も貸してくれるようです。将来整備し、作業小屋や避難場所にしていけばいいねということいになりました。
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 土地と家は横田政道さんの知人のSさんが無償で横田さんに貸していただいたものです。「もしもの大災害」に備えて将来の食料確保や避難所確保になればとは思います。先週第1歩を踏み出しました。今週は2歩目です。

 帰り際に近くの農家の軒先でえんどう豆(100円)を購入しました。破竹と一緒に家内に炊いていただきます。文旦も農園予定地に自生していました。1個採りました。収穫有の雑草刈取り作業でした。
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2016年4月24日 (日)

「転ばぬ先の介護」は2002年からスタートでした

この軽トラを購入したのは2002年1月[平成14年)です。日韓W杯が開催された年でした。
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 この年に両親がいずれ介護状態になる可能性があるだろう。ということで家内と2人で土曜日ごとに二級ホームヘルパーの講習を受けました。そして認知症病樋での研修やデイ・サービスや訪問介護の実習もしました。

 認知症の病棟は苛酷でした。20人の高齢の認知症の人達に介護士は僅かに3人。朝からおむつ替えに奔走しました。4人部屋でしたが、自分の空間はベットの上だけ。廊下にテレビが置いてあり、ドアもエレベーターも窓もすべて鍵がかけられていました。

 2日間朝から晩まで研修しました。苛酷でした。海で鍛えていますが半端な疲れではないですね。ヘルパーさんは女性が多く大変そうでした。14年前ですから父は82歳、母は76歳で、後期高齢者でしたが、居間より遥かに2人とも元気でした。

 早めに介護の予行演習をしていたことが、今にして思えば少し役立っているかもしれません。

 それは「極力施設には入れたくない。」「施設は人手は常に足りないので良くなるはずはない。」「可能な限り健康寿命を維持し、在宅で介護すべきである。」と強く思いました。

 仕事が忙しい年齢になって来るので、どうしても親が「倒れてから」の介護になります。私の場合は「転ばぬ先の介護」を心がけをしています。その方が労力が少なくて済みます。

 介護予防通所リハビリや、家が狭く階段生活で、和室仕様(寝室が)で、「バリヤアリー」の家ですから、両親は結果的に足腰が鍛えられ、健康寿命が超高齢者になっても維持できています。

 本人の努力もありますし、身体機能が健康であることが大きいです。何よりも家内の協力がとても大きいです。

 超高齢者の両親の在宅介護を毎日家内と2人でしていますと、教えられること、気が付くことがとても多くなりました。勉強になっていますね。


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 減災対策に置いても、自然に「高齢者の視点」や「高齢者の立場」を最近では特に強く意識するようになりました。


2016年4月23日 (土)

中央構造線と原発に関する言及が少なすぎますね

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 2016年4月14日発生した熊本地震。最初はごく狭小な地域の内陸型地震のようでしたが、」16日には地震域は拡大、しかも最初の地震の30倍規模のM7.3になりました。内陸型地震としては1995年の阪神淡路大震災と同じ規模になりました。


 各テレビや新聞各紙の「洪水のような」地震報道をところ毎日シャワーのように浴びていますが、おかしなことに気が付きました。
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1)熊本地震は余震が多く既に、2004年の中越地震の数を超えている。
  各地の地震の震度表示は出ますが、何故か隣県の鹿児島県が出ないことが多い。

2)最初は益城町中心の内陸型地震でしたが、次第に東寄りに震源が変化し、
  阿蘇町あたりになり、熊本県の東隣の大分県でも地震被害が出るようになりました。
  その理由の説明が殆どありません。
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3)中央構造線という日本最大の活断層があります。「1000年位に1度動く」らしいのですが、その中央構造線に  沿って東へ震源域が移動しているようにも思えます。
  しかしそのことにマスコミや地震学者が言及しないのは何故か?
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4)今回の地震にほど近い川内原子力発電所に関する報道が少なすぎます。
  なぜマスコミは川内原発を訪問し、本当に安全に運転しているのか報告すべきでしょう。またこの機におよん   で、なぜ川内原発の運転を停止しないのか?なぜマスコミはそのあたりを調査し、追求しないのでしょうか?


5)中央構造線のほど近くに川内原発(鹿児島県)と伊方原発(愛媛県)があります。福島第1原子力発電の原発   災害の経験をしています。川内原発は「免震棟」もないようです。万が1の事故があった場合の対応は不安で  す。

  まして地震や噴火と連動した被害が出て場合、九州全体が壊滅する可能性もありますから。ただちに運転を   停止すべきでしょう。そういう報道が全くされていません。
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2016年4月22日 (金)

何故素早く激甚災害指定を政府はしないのか?

 2016年4月14日の熊本地震は大きな被害を出し、10万人の避難者が発生しています。未だに地震は置き続けていまして、終息の気配が見えません。地震直後に熊本県知事は、首相官邸に対して、自衛隊の派遣要請と、激甚災害指定を要請していました。4月21日現在も適応されていません。
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 自衛隊は当初2000人程度の派遣。逐次派遣され2万人規模に。日本では1度も災害支援の実績のない米軍の大型ヘリのオスプレイまで派遣されてきました。速やかな激甚災害指定が被災地に望まれますが、地震発生後1週間経過するのに未だに指定になりません。どうなっているんでしょうか?何故なんでしょうか?

 2011年の東日本大震災時は、今は何かと批判されている民主党の菅直人首相時代でした。激甚災害指定は速やかに実施されていました。日本ではありえないとされた「原発メルトダウン」が起きてしまい、首相官邸の混乱もありました。
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 今回の熊本地震不気味です。何故が地震学者は言及しませんが、地震が日本最大の活断層である中央構造線に沿って起きています。このまま地震が置き続けますと、東側は愛媛県の伊方原発があり、西南には鹿児島県の今稼動している川内原発があります。
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 未だに首相官邸は「リーマンや大震災のような大災害ではない。」と言い続けていますが、10万人の日本国国民が避難し、床に転がり、路上や車の中で避難生活を強いられる現状は大災害と言わずしてなんと言うのでしょうか?

 国民の生活感覚とあまりにも違う「特権階級」の人達が政府閣僚にいるので、こんなざまになるんでしょう。

 安倍内閣は「安全はすべてに優先する。」という原理原則を逸脱した内閣であり、危機管理が全くできない内閣です。川内原発を運転停止にして退陣すべきでしょう。これだけ地震災害、噴火、台風、大雨の多い日本は「危機管理省」をこしらえる必要があります。

2016年4月21日 (木)

平成28年度二葉町町内会総会

 二葉町町内会平成28年度総会が、2016年4月21日午後7時より、下知コミュニティ・センターで開催されました。30人が出席しました。
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 楠瀬繁三町内会長が挨拶されました。
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 平成27年度の事業と決算、平成28年度の事業計画案と予算案もすべて承認されました。
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 報告事項として二葉町自主防災会から、6月12日の「消火放水。消火、炊き出し訓練」「5月29日の仁淀川町長者での田植え体験」の説明をしました。
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 午後8時半にすべての審議を終えました。

自衛隊はサンダーバード(国際救助隊)になるべきです

 安保法制が2016年3月29日に施行されました。自衛隊は国際貢献と称して海外で軍事行動が出来ることになりました。わたしは釈然としない思いを抱いています。

 日本は世界有数の災害大国です。地震や津波の脅威と被害は常にあり、台風や大雨災害、大雪災害は毎年起きています。火山の噴火も常に起きています。災害大国日本で災害時の救援・救出支援活動として自衛隊は目覚ましい働きをしてきました。

 日本が本気で国際貢献するのであれば、1万トンクラスの船を2隻建造し、そこに災害救援物資や食料や水を満載し、災害出動に長けた自衛隊や消防、医療チームを乗せて、世界や国内の災害被災地域にすぐに出動できるように体制を整えます。日本の災害救助・支援で築かれた技術としくみは世界各地で大歓迎されることでしょう。

 武器を携行した軍事行動での国際貢献より、はるかに万人に感謝される国際貢献となりうることでしょう。自衛隊はサンダーバード(国際救助隊)になれるし、なるべきでしょう。それこそ日本が世界に誇る国際貢献となると私は思います。

2016年4月20日 (水)

石巻市湊東地区は着実に復興されています。


 2015年6月20日に、坂本茂雄さんの先導で有志8人で、石巻市を訪れました。応対いただきましたのは今野清喜さん(湊東地区まちづくり協議会代表世話役)でした。石巻市を一望する日和山から市街地を一望し、門脇地区から、震災当時お住まいになっていた湊東地区を案内いただきました。

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 湊東地区の復興事業の概要を現地にて説明を受けました。そして2015年10月11日に高知市へ来ていただきました。下知地域の市街地もご案内し、講演をしていただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-6b11.html

 2016年3月12日に、仙台市で開催された内閣府主催の「地区防災計画フォーラム」会場で今野さんに再開しました。そしてお礼の手紙を出していました。お返事をいただきました。

「湊東地区の区画整理事業は、平成30年3月の完了をめざし一歩一歩進んでいます。」

「震災から満5年が過ぎ、復旧、復興は確実に前へ進んでいますが、命を亡くされた方々の家族の心のきずは、まだまだ癒えていません。

 下知で話をさせていただいたように、災害から命を守るということを第1に考えていただき、防災、減災に取り組んでください。」

「継続することが大事だと思っていますので、これからもがんばってください。わたしも地域からラ・フランス(洋梨)用なしですよと言われるまで世話役を続けていきます。お互い、次の世代にどう継いでいくのかが課題ですね。」と述べられていました。

 まちづくりは長い年月を経て継続されていきますね。下知地区は「地区防災計画は事前復興計画である。」という考え方でまちづくりに取り組んでいます。

 湊東地区の工事進捗状況の資料も送付いただきました。現在は道路の側溝や雨水函、汚水管の建設がたけなわのようです。湊第2小学校の運動場跡に、人工芝の子供たちがサッカーが出来る人工芝のグランドも出来るようです。
 
  石巻市立病院も8月に開院するとのことです。復興事業もたけなわのようですね。

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2016年4月19日 (火)

高知市防災士連絡協議会総会が開催されました。

 平成28年度高知市防災士会連絡協議会(宮川隆彦会長)総会が、2016年4月18日、午後7時より高知市総合あんしんセンター大会議室にて開催されました。294人の会員のうち103人が出席、委任状出席が82人で合計185人の出席とみなし、会員の過半数は出席していますので、総会は成立しました。

 最初に出席者全員で熊本地震での犠牲者に対して黙祷をしました。
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 最初に宮川隆彦会長が挨拶。「昨年は結成するだけが目的でした。今年はより実践的な活動をしたい。」と決意を述べました。
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 続いて審議に入りました。議長に岩村和典さんが選出されました。議案の説明は理事の橋本達広さんがされました。
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 平成27年度の事業報告・収支決算報告と、平成28年度の事業計画案と収支予算案は、いずれも承認されました。特に28年度は「活動を強化するために自主財源として、防災カレンダーを地域の企業に1口5000円の協賛を受けて作成する。」ことが決議されました。
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 また5人の役員が推薦され、賛同を受けました。審議事業は承認されました。

 分科会活動報告では3つの分科会、「長浜会」「浸水対策協議会」「1企業1防災士」が報告されました。中でも「長浜会」は、8回の会合を開催し、「独自の避難所運営マニュアルを作成する。」ことを目的に10数人の参加者で議論を積み重ねてきたようでした。
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 地域の特性を活かした避難所マニュアルづくりも佳境に来ているようでした。

 最後に門吉高知市災害対策部部長が挨拶されました。
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「ハード面での対策は一巡しました。今年は下知。潮江、高須地区にて住民アンケートを行います。その結果にて県が津波シュミレーション事業への情報提供になります。」と言われました。

 午後9時に終了しました。

2016年4月18日 (月)

イプセン 民衆の敵を観劇しました。


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 2016年4月16日は午後8時から、高知市南金田町にある多目的ホール蛸蔵で上演されました「イプセン 民衆の敵」(演出・藤岡武洋氏)を家内と2人で観劇させていただきました。
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 FBでの友人である藤岡武洋さんからご案内があり、私も家内も演劇を見るのはそれこそ東京時代の学生時代(40年前)以来でしたので、行きました。

 会場で渡されたパンフに藤岡武洋さんはこう書かれています。

「個人と言う意識に目覚めた人民が社会に参加して行くには様々な問題(夫婦・家族・経済・道徳・宗教・人権。差別・・・)を解決してゆかねばなりません。これら普遍的な問題は、社会が複雑・多様化するほど鮮明に大きく浮き上がります。」

「イプセンはこの戯曲を喜劇としています。場面場面、立場立場で考えが、言質が変って行く。何が正義か、誰が正義か。人間と言うものは問題に向き合おうとすればするほど必死であればああるほど「喜劇」なんでしょう。

 チラシにのせたあらすじを思い出してください。驚くほど現代の日本に通じていませんか。

  中略・・・。

 私やシアターTACOGURAは、たとえ喜劇と笑われようと社会に向かいあいたいと思います。」
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 観劇後の感想は、「常にありえる話である。」と思いました。

 原子力発電所や原子力施設が立地している自治体は、「原発交付金」で自治体の経済が潤っています。その地域の雇用も経済も原子力発電所や施設に依存していて、反対の声をあげればまちに住むことが難しい状況にあるようです。

 福島第1原子力発電所の大きな災害が起き、未だに10万人の人達が遠隔地に避難しているのに、「何事もなかったように」平気で原発を再稼働させようとします。これほど熊本県で地震が群発しているのに、すぐ近くにある川内原発は操業停止を一切しません。

 その「非常識」ぶりには驚くばかりです。

 演劇の力は凄いものがありますね。上演後の説明や対談で藤岡武洋さんは、「イプセンはノルウエーの劇作家。人形の家が有名です。日本へ入ってきたのは今回上映した「民衆の敵」が最初でした。ちょうど自由民権運動や、足尾鉱毒問題などがあった頃に明治の日本社会であっただけに入って来ました。

 演劇はプロパガンダに利用されます。時代を超えて訴えることも出来ます。」と言われました。

 110分の上演時間でしたが長くは感じませんでした。机と椅子を置いただけの舞台セットに、映像で1場面、2場面と変わります。場面が変れば登場人物の自己主張も変わります。「民衆の味方」「民衆の敵」という概念が、人々の立場立場で豹変し、変動する有様が描かれていました。

 少数派の孤立感、焦燥感も描かれていました。イプセンは1882年頃の人ですが、124年前の社会と現代も変わりのない現実を思い知らされました。

 観客も20代から40代前半の「現役世代」の若い人たちが大変でした。アンケートの年齢を記入する欄の上限が「50代以上」でひとくくりにされているところが、現実です。
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 一方で仕事と超高齢者の両親の在宅介護の合間にやっている地域減災活動は、この劇場に殆どいなかった「50歳以上の」60歳代、70歳代、80歳代が主体です。

 熊本の地震災害を観察してもそうですが、大災害は全世代に関わりのある問題です。私たちの取り組みは、昨夜いた若い「現役世代」の若い人たちに殆ど伝わらない。一方で現役世代の人達は、地域社会で殆ど基盤を持っていない。(あるとすれば子供を通じた学校PTA程度。子供が卒業すれば地域との縁はまた切れます。)

 どう世代間を繋げばいいのか。模索しています。

 下知地区防災計画づくり=事前復興計画づくり(まちづくり)を本気で担うためには何が出来るのか真剣に考え実行しないといけない。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat66030848/index.html

(内閣府地区防災計画フォーラム)

2016年4月17日 (日)

五台山で市民農園の開始


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 2016年4月16日は、朝6時集合(若松町愛のふるさと石碑前).

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、横田政道さんが友人に借りた五台山地域の山と畑で、タケノコ堀をし、ねぎを植えました。
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 「若松町愛のふるさと農園」(田内千鶴子さんに由来)です。朝1番に良い汗をかきました。
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2016年4月16日 (土)

緊急地震情報には驚き

 2016年4月16日は午前1時半の地震(震度3)には驚きました。寝室が鉄骨の3階なので、揺れを大きく感じました。それからNHKラジオをつけていました。熊本県と大分県での大きな地震が起きていて、夜が明けてテレビで見ますと物凄い被害がでています。

 今回は新潟中越地震(2004年)のような内陸型の活断層が動く地震。プレート型地震ではなさそうです。気になるのは日本最大の活断層である中央構造線に沿って震源域が東へ寄ってきていまして、地震が収まる気配がなく、午前1時半の地震の規模はマグニュチュード7.3と阪神大震災規模の巨大地震となりました。
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 とは言え、四国高知は震源域とは遠く離れていますので、大丈夫と判断し、五台山でのタケノコ堀りから戻り、一段落して両親の調子を見極め、家内にお願いして夜須の海へ出掛けました。
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高知大学ヨット部とジュニア・ヨットクラブも新入部員の体験帆走をしているようでした。
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 爽快な晴天で波もなく、程よい風ですいすいと赤岡漁港沖まで帆走しました。

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 今朝は朝6時スタートでしたので、午前5時過ぎに朝食を食べていました。お腹が空いたので、1度ハーバーへ上がって昼食を食べようと帰路についていました。
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 その時携帯のエリア・メールが送信されてきました。「緊急地震速報 日向灘で地震発錆強い揺れに備えてください。」との内容。ほどなく香南市の防災行政無線で「緊急地震速報です。高知で大きな地震が起きる可能性があります。海にいるひとはただちに避難してください。」とのこと。
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 慌ててハーバーへ着艇しました。ハーバーにグリーン旗が掲揚されました。出艇禁止になりました。事務局の横のポールにも黒と赤の吹き流しの「避難準備」も出ました。絶好のセーリング日和でしたが、断念しました。

 結局日向灘の地震は誤報だったようです。やれやれでした。本当なら南海トラフ巨大地震ですから。良かったと思うしかありません。半日海の散帆が出来たので良しとしましょう。

高知県LPガス協会の災害対応力は優れものですね


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 ご近所のツバメガスの公文秀明さんに「備えて安心!!LPガス 災害に強いLPガスは平時も緊急時も地域を支える安心のエネルギーです」というパンフレットをいただきました。一般社団法人高知県LPガス協会が、国のLPガス安全委員会支援事業により制作されたとのことです。
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 8Pのパンフは大変わかりやすい。LPガスは地域密着型の熱源であることが良く理解できました。LPガスは全国の総世帯数の半数の2500万世帯で利用されていて、高知県では7割の24万世帯で利用されています。産業用としても飲食店やホテル、病院、学校、工場などで利用されています。
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 特筆すべきは「災害に強いエネルギー」であるということです。罹災後の復旧・復興が早いエネルギー源です。東日本大震災後も被災地でのいち早い炊き出しにフルに活用されています。

 安全対策も進化しています。ガス漏れを感知し、漏れをすぐに遮断する装置「マイコンメーター・ガス放出型高圧ホース・バルブプロテクター)が設置されています。高知県LPガス協会独自には、「50㎏容器にはチェーンを2本がけ」していますし、「ガス放出防止型高圧ホース」と「バルブプロテクター」を取り付け安全対策を進めています。
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 積極的に行政へも働きかけをされていて、最近では公共施設、特に避難・収容施設へ導入されてきました。「下知コミュニティ・センター屋上部でのLPガス災害時ユニットの導入が契機となり、各地の防災コミュニティ・センターへLPガスが導入されました。消防団にもLPガス発電機が導入されています。」と公文さんは言われました。

 実は以前はLPガスに対して偏見を持っていました。

「都市ガスに比べ遅れている印象がありました。また地震や津波や洪水時にボンベからホースがちぎれて切断され、ガスが噴出して爆発するのではないか。」と思い込んでいました。

 LPガス協会の独自の対策が進んでいまして、その中でも高知県LPガス協会の取り組みが素晴らしいものがありますね。

 LPガスのいいところは手軽さですね。メンテナンスも不要ですし、家庭用の電気を気軽に造ることが出来ることです。熱源と同時に発電ができるというのが大きな特色。災害時にも「個別対応」が出来るところがLPガスの大きな特色です。
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 高知市の場合、大きな問題は津波浸水地区のなかにある市役所の公共施設(市営住宅・コミュニティ・センター等)の熱源は電気になっています。つまりオール電化です。平常時には、それでもいいのかもしれませんが、災害時の対応は電気は残念ながら全く出来ません。都市ガスも、水道も同様です。

 市内のマンションへお住まいの人達の多くは、自分たちだけは大丈夫であると過信し、地域の防災訓練にも参加しない人が大半です。停電すれば水道が使用できない、熱源も確保できないことを情報として掴んでいただきたいですね。陸の孤島になりますから。

 設備・供給システムがネットワーク化されていて、大災害時に供給システムが分断されますと、使用できない時代になり、多くは地中に埋設されていたりするので、復旧には多大な時間がかかってしまいます。

 津波避難ビルで多くの周辺住民が退避しても、熱源がオール電化ですと、炊き出しその他は全く出来ません。2013年4月に開所した下知コミュニティ・センターもそうでした。地域住民として「熱源を設計変更して、オール電化からLPガスにしていただきたい。理由は下知地域は長期浸水が予想され、孤立します、すぐに炊き出しをしないといけないからです。」と高知市役所側に要望しました。
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 結果は下知コミュニティ・センター本体の熱源はオール電化で設計変更は難しい。屋上にLPガス災害時ユニットを設置して対応する。ということになりました。それが先例となり、各地の防災コミュニティ・センターの熱源にLPガスが普及したようです。

 オール電化での熱源は、下知地域などの低地の浸水が予想される低地では不向きです。都市ガスも供給不安がありますね。熱源と電源の確保という点ではLPガスは優れていますね。
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2016年4月15日 (金)

地区防災計画の事務局打ち合わせ


 4月になり年度が変りました。昨年内閣府のモデル事業で実施されました「下知地区防災計画」ですが、本年度も高知市の支援を受けて継続していくことになりました。それで2016年4月8日に、事務局スタッフ打ち合わせ会をしました。

 メンバーは下知減災連絡会西村副会長、坂本事務局長と、高知市地域防災推進課山中係長、山本氏、田中氏、中山氏でした。
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 「より深く」「より広範な人たちの参加」にて、「下知が幸せになる物語」を議論して行くことと同時に、個別の課題解決項目で、「揺れから守る」「長期浸水対策」を埋めていこうという方向性を確認しました。
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 どういう考え方でまちづくり(事前復興計画)をしていくのかの議論は計測しながらも、課題解決型の「宿題」もすべて完成させていく、同時並行させる方向性を確認しました。
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 新しいスタッフも加わり、顔合わせもあり、自由討議でしたので、取り留めもない事でもありましたが、新たな気持ちで新年度の下知地区防災計画のスタートをきることができました。
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 デジカメを忘れたので写真はガラケーで撮影したものと画像資料です。

2016年4月14日 (木)

「福島の事故から何を学べばいいのか」講演会へ参加しました。

 2016年4月10日は、人権啓発センターでの講演会「プロメテウスの罠取材で知った福島の人々」(講師・朝日新聞社・東京本社・文化くらし報道部BE編集部)依光隆明氏)を聴講しました。主催は原発をなくし・自然エネルギーを推進する高知県民連絡会(共同代表外京ゆり・徳弘嘉孝・山崎秀一)です。
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 会場が溢れるほど200人に近い参加者が来場していました。普段合わない知り合いの人に多く会いました。家内は美容院へ行きました。自宅からは往復徒歩で行きました。

 司会進行は外京ゆりさんがされました。「依光隆明さんは高知新聞記者時代は社会部で県闇融資問題を追及されていました。朝日新聞へ転職されてからも福島原発事故の検証をされておられます。ご清聴下さい。」と言われました。
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「2011年3月11日に東日本大震災が起きました。東京電力福島第1発電所はその時津波で浸水し多くの設備が破壊されました。」12日に1号機が水素爆発しました。14日に3号機が水素爆発しました。15日に甚大な放射性物質が出ました。
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 最初は南の風でしたが、夜になり南東方向からの風になり、雨と雪が降ったので放射性物質が地上に降り注ぎました。」

「3月15日夜 浪江町昼曽根で毎時330マイクロシーベルトが検出されました。3月17日夜に飯館村長泥で、毎時95マイクロシーベルトが検出されました。福島原発から33キロ地点。」

 事故当時政府は福島原発から20キロ以内は強制避難。30キロ以内は屋内待機だったそうです。33キロ地点での高濃度の放射性物質の検地は驚きでした。現場の担当者が懸命に測定し、霞が関に報告しても、「そんなことはありえない」という無責任な対応が相次ぎ、首相官邸まで貴重な現地情報が伝達されなかったそうです。
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「飯館村は農業の村。敗戦後開拓され農業で成り立っていて、原発マネーの恩恵はまるでありません。災害当初は沿岸部から避難民が多数やって来て、住民は炊き出しをし、おむすびをふるまっていました。」
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「しかし自分たちは普通の服装をしていているのに外からやってくる人たちが皆防護服を着用していました。住民が疑念を持ち始めた時に長崎大学の竹村先生は放射能は大丈夫と発言されました。」
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「原子力安全委員会の記録にも、福島原発から30キロ以内は危ないとの記録がされていました。30キロ以内が危ないということにあんると国民がパニックになるだろうとの国の配慮で公表はされませんでした。」

「国側は混乱することをひたすた恐れ住民は情報が得られず見捨てられました。」

「しかしアメリカは日本在留の米国人に対して、独自に福島原発から80キロ以内からの退避を要請しました。日本政府は20キロ以内の退避を言っている時にです。

 米国側の根拠は4号機の危険性からでした。そこには使用済み核燃料が783本と使用中の核燃料が548本あり、合計1335本の核燃料が保管されていたからです。もし4号機が爆発したら250キロ圏は強制退去になり東京・神奈川はアウトで関東は人が住めなくなっていたのです。
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 4号機は偶然水が張られていて、水素爆発で壁が吹っ飛び幸運にも大量の水が核燃料プールに流れ込み事なきを得ました。まさに日本は偶然助かりました。」

 問題点はいくつかあったと依光隆明さんは指摘しました。
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「事故対策マニアルでは13の省庁から45人の官僚がオフサイトセンターに駆けつけることになっていました。実際に来たのは5省庁の26人しか来ることが出来ず機能不全でした・。

 いくら立派なマニュアルや対策してあるから大丈夫なんて言えないですね。伊方でも同じことが起きる可能性だってあります。」

 「放射能測定装置のスピーディの173枚のデータは1枚も首相官邸に届いていませんでした。住民無視もはなはだしいものです。」

「文科省の官僚はそんな数字は出る筈はないと無視し、報道する側も小さな記事しか出しませんでした。」

 事実誤認の情報が何故生まれたのか?依光隆明さんは解説しました。

「放射能測定の現地の専門家2人は困難な状況の中で測定を繰り返し、正確な情報を霞が関へ送り続けていました。しかし現地の事情はことごとく無視されました。そういう場合報道機関が現地で検証し取材すべきですが、当時は現場が永田町になり官僚組織と東京電力本社が現場なり、現地取材が疎かになりました。
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 官邸や官庁や東京電力の発表を掲載し報道すれば楽ですし、その情報が間違っていても、官邸や官庁や東京電力の責任であり報道機関の責任ではないと言う安直さが横行しました。」

「すぐに専門家と称するひとをマスコミは使いますが、オールマイティの専門家なんていません。たとえば宮崎を言う原子力工学の専門家の見解として、福島原発の北西側が多く汚染されていることに関して、「山があり風は北西風なのでありえない」とか気象学の専門ではない発言をしています。風が常に方向が変わることは漁師さんならだれでもわかることでしょうに。」

「霞が関も新聞社も住民が対象地域に住んでいるのに「見ないことにして」いました。

「取材して思うのは、現地の住民(国民)は冷静です。パニックになっていたのは霞が関と東京電力でした。」

「福島原発直後は大本営発表だと国民の批判がありました。今はまた政府発表をそのままの報道に戻りました。確かに労力をかけて記事を書いても売り上げには繋がりません。ですが読者が新聞社をチェックしませんといけないのです。新聞は読者が育てるものですから。。

 読者の側も面白い記事はいいと言い。つまらん記事はつまらんと言うないと伝わりません。」

「報道は、権力の不正や隠し事を掘り出して吠える「ウォッチ・ドック」(番犬)でなければいけないはず。それがポチ(権力の飼い犬)になれば終わりです。」

 「情報は独自に住民側も収集し、判断しないといけない。行動する場合に必ず責任を取る人が必要です。国も県も逃げ回りましたが、三春町は全員に安定ヨウ素剤を飲ませました。それは副町長の深谷さんが「俺が責任を取る」と言われたからです。

「不幸になった人の教訓をくみ取ること。2度と不幸にならないようにすること。県などは避難計画をつくっているから安心だと言うのではなく、住民1人1人が事故が起きた時どうするのかを検証しないといけない。」といけない。

 講演終了後も8人から質疑応答がありました。盛況のうちに講演会は終了しました。
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2016年4月13日 (水)

ヤッシーの津波避難タワー予定地を確認しました


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 2016年4月9日は、道の駅の駅長である山本宏幸さんにお願いしてヤッシー・パークの中ほどにあるイベント緑地にこのほど建設される津波避難タワー予定を視察させていただきました。
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 海水浴場シーズンに稼働する更衣室とシャワー室、管理人事務所と会議室の部屋の建物の前で、3本のヤシの木が目印です。高さは6Mで円形状。階段と斜路が併用して設置されユニバーサルな施設になります。

 もともとヤッシー・パーク自体がミニ・スーパー堤防であり、標高が8Mあり盛り土してつくられています。8M+6Mで14Mの高さが確保され、300人が収容可能になります。
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 海で散帆していた折は、ヤッシー・パークへ着艇し、平成28年3月末完成予定のヤッシー内の津波避難タワーに駆け込むことが1番生存率が高いですね。

2016年4月12日 (火)

下知CC新旧センター長歓送迎会


 2016年4月11日は、高知市下知コミュニティ・センターの新旧センター長の歓送迎会(主催は下知コミュニティ・センター運営委員会・会長は坂本茂雄氏)が、午後6時半から南宝永町の高知プリンスホテルにて行われました。

 有志の主催で30人が参加しました。初めに下知コミュニティ・センター運営委員会・会長は坂本茂雄氏が挨拶されました。
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 続いて高知市地域コミュニティ推進課課長田村智志氏がスピーチされました。
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 退任される有光純一さんがスピーチされました。思い出深い話がいくつかありました。有光さんは退任後は、現在週2回潮江の子供科学館図書館へ行かれています。そのほかの日は、お母様(96歳)の在宅介護をされています。スピーチ終了後、有澤陽子さんより地域を代表花束贈呈をいたしました。
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 新任の下坂速人さんがスピーチされました。決意表明を伺いました
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 乾杯の音頭は下知町内会連合会会長の福谷幸雄さんです。
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 急な案内でしたが、年度初めの多忙な時期にもかかわらず、30人の下知地区のキーマンに集合頂きました。皆さん和気あいあいと[高知流の宴会」をされています。
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 予定の時間にまりましたにおで、中締めは下知地域内連携協議会会長の国見俊介さんが行いました。

 今日はアウエー気分。今年で5回目のスーツ着用であったからですね。

2016年4月11日 (月)

高知市下知メガフロート(浮体人工地盤)構想を実現したい。

  現在高知市下知地域の海岸部と、河川堤防は、耐震護岸工事は、技研製作所が開発された、「インプラント工法」にて施工されています。

 インプラント工法  https://www.kochi-seizou.jp/attention/?hdnKey=596&lang=jp

 「地球と握手する」という画期的なインプラント工法による堤防工事によって、地震や津波で堤防が崩壊する危険性は格段に低くなりました。それは喜ばしいことです。

 しかしながら「南海地震が起きれば地盤が最大2M沈下する」と言われている下知地区。現在の0メートル地帯が、マイナス2M地区になりますので、浸水被害(海水による)は免れません。高知県土木部の説明では、「堤防が耐震化したので、排水はかなり短期間で可能になった。」と自画自賛していますが、現在のところ何日で浸水が解消するのかめどはたっていません。

 落ち着いて考えればわかりますが、2Mも家屋が海水に浸水したままでいますと、家屋は全壊と同じです。鉄筋・鉄骨の建物でも将来鉄部は腐食するでしょう。地下に埋まっている水道などの復旧はかなり先になるので、浸水地区の市民各位は家屋の片づけすら出来ません。

 堀川の浮桟橋とインプラント・ポッド工法はコラボできないものでしょうか?

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 この浮き桟橋は周囲はコンクリートや緩衝材で巻かれていますが、中身は高密度の発砲樹脂だそうです。つまり水に浮きます。潮の干満で浮桟橋は上下しますが、支柱によって取り付けられていて、外れて漂流することはありません。

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 但し、この支柱は、鉄製のパイプの中にコンクリートを流し込み、周りを硬質ゴムで巻いた構造。経年劣化で錆が来ています。よく見るとそれがわかります。

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 技研製作所の考案された「インプラント・ボット工法」は、支柱を地中深く打ち込み、津波・浸水で逃げ遅れた人の救済を想定されて開発されたようです。

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 この工法と、耐震堤防や護岸づくりに活用されているインプラント建設工法と、浮体構造物組み合わせで、下知地区全体が「メガフロート=浮体構造物地区」になれば、下知地区は安心・安全地区になり変わります。
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 地域全体を盛り土をし、かさ上げするのには莫大な経費と5年以上の時間がかかります。到底無理です。であるならば、以前小谷鉄穂さんとJSPやマリンフロントさんたちが考案いただいた「浮体構造物」を、人工地盤として市街地全体に施工すればいいのではないかと私は思います。

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 画像は普段は公園施設として普段使いしている場所が、浸水時に避難場所になるという逆転の発想です。それをより大きく考えて、下知地域の市街地全体が人工地盤になり、浮体構造物になればいいのではないか。とわたしは思います。

 技研製作所の技術とJSPの技術がコラボすれば実現は不可能ではありません。盛り土をせず、高密度発砲樹脂を地中に埋め込み、周りをインプラン工法で固めれば可能ではないでしょうか。

2016年4月10日 (日)

海の散帆中の津波避難対策


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 海の散帆は、高知県香南市夜須のNPO法人YASU海の駅クラブのハーバーに、ディンギーを陸置きしています。そこでぎ装し海へ出艇して行っています。

 もしも沖合で大津波警報が発令された場合はどうするのか。NPO法人YASU海の駅クラブ会報誌「SEA BREEZE」、「海から避難する際の高台と避難場所、地域の浸水想定、施設の対応のご案内」と言う記事に詳細はあります。
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 海の駅のハーバー付近であれば、400メートル離れた国道55号線の登り坂をひたすら登り、避難場所と表示された地点までいくしかありません。
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 来年はヤッシー・パークの緑地に津波避難タワーが出来ます。そこへ駆け込むしかありません。月見山沖であれば、着挺し、高潮堤防の階段を上がり、狭い階段を降り、国道55号線を超え、月見山参道まで駆け上がるしかありません。
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 30㎝の津波が夜須へ到達するのが地震発生後10~15分です。

 最大津波の浸水深さは、ヤッシーパークで12・1M。手結港で10~15M、海の駅クラブ付近前で5M~10Mです。

 実はヤッシー・パークも海の駅クラブのあるハーバーも1種のミニ・スーパー堤防です。ヤッシー・パークは海抜8Mの高さがあり、海の駅クラブのハーバーは海抜7Mです。

 それゆえヤッシー・パークの津波避難タワーの高さは6M程度です。国道の北側にある津波避難タワーは、地面の高さがヤッシーパークより低いので、より高くつくられています。夜須川の対岸ですので、ハーバーに居る時は避難できません。
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 遊んでいる時も常に地震・津波対策を意識しなければいけないのです。

2016年4月 9日 (土)

二葉町不燃物・資源仕分けステーションの日


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 毎月第2金曜日の午前6時からは、高知市二葉町町内会の「不燃物・資源物の仕分けステーション」設置の日です。2016年4月8日も実施されました。
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 設置場所の下知コミュニティ・センター前の歩道では、荒木三芳二葉町町内会副会長のご指導で、仕分け作業の当番の班長たちが、手際よく町民が持ち込んできた資源物や不燃物を仕分けしています。
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 瓶類でも透明と青・黒と茶色に仕分けされています。段ボールも無地と印刷ダンボール(雑紙)とに仕分けされています。

 回収のコンテナーに整理して入れられています。4月から新年度になり各班の当番が変わったようです。
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 「高知方式」と言われる市民各位が資源・不燃物の仕分けを行う仕組みは、1976年から導入され、40年目になっています。

高知方式とは

76年7月に高知市が始めた家庭ごみのうちの資源・不燃物ごみの収集方烹町内会や衛生組合などが組織する登録団体が市内約1200カ所にある「資源・不燃物集積所」の管理や分別を担う。

資源化による利益の一部は「分別支援金」として各団体に還元される。この方式により、高知市は中間処理施設が不要になっている。

市民1人当たりのごみの排出量が全国市区町村の平均とほぼ同じにもかかわらず、1人当たりの年間処理経費は06年度で全国平均(1万3180円)の約7割(9540円)に抑えられている。
(2009-06-05 朝日新聞 朝刊 高知全県 1地方)

2016年4月 8日 (金)

生活不活発病の予防と対策は絶対に必要ですね

 先日ぼんやりとテレビを見ていましたら、大川弥生さんというベテラン医師と6人の医大生が東日本大震災の被災地の仮設住宅を調査訪問し、聞き取り調査する風景が映像に出ていました。

 目的は「生活不活発病の予防と治療」でありました。「生活不活発病」は、それまで「廃用症候群」と言われていた症状を大川弥生さんが、名称を替え、医療関係者をはじめ、広く社会に啓発活動をされておられます。

 ちなみに生活不活発病とは

 「外出せず運動もしないから体がなまった」などということは老若問わず我々が日常的に経験することだ。しかし、それが生活に支障をきたすほどの症状になった場合、医学上の「病気」と認定されることがある。それが「生活不活発病」だ。「廃用症候群」とも呼ばれ、出かけたり運動したりせず、生活が"不活発"になったことが原因で、体や頭のはたらき(機能)が低下する疾病で、とくに高齢者に多く見られるという。

 従来「廃用症候群」と言われていた症状を「生活不活発病」としたのは、積極的な社会参加こそが、予防になり、治療になるという考え方からだとのことです。

■社会参加から生活動作、心身機能という「上から下へ」の流れを把握

 人が生きるということは、大きく「社会参加」「生活動作」「心身機能」の三つのレベルに分けられ、「社会参加」を頂点とした三層構造になっている

。社会参加は生きることの目的であり、そのための手段として、「歩く」「話す」などの生活動作がある。そして生活動作の要素として、「足を動かす」「口を開く」などの心身機能がある。  

生活不活発病は、この三層の「上から下への因果関係」で起こる。すなわち、社会参加の制約が、生活動作の低下を引き起こし、そのことが心身機能の低下をもたらすのである。したがって治療や予防についても、この「上から下へ」で考える必要がある。  だが、他の病気については「下から上へ」で考えられることが多い

。心身機能が低下したから病気になり、社会参加ができない、というように。生活不活発病については逆の考え方をしなければならない。この発想の転換が、患者・利用者中心の医療・介護・福祉の発展にもつながっていくのである。

 引用は霞が関ナレッジスクウエアのホームページからです。

 http://www.kk2.ne.jp/kk2/biz02/00000128.html/

 うちの超高齢者である父(96歳)の生きるための動機は、「ゴルフの練習をすること」です。打ち話し場で球を125発打つために、足腰の鍛錬を週に3回介護予防通所リハビリ施設でしています。
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 2008年に脳血管障害で倒れ緊急搬送された病院で開頭手術し、3月のリハビをした時も、」そのメニューにゴルフクラブでの素振りを入れていただきました。懸命のリハビリに堪えたのも、その願望があればこそでした。

 認知症の母(90歳)は、明るく社交的な性格なので、どんどん外出させて、運動するようにしました。圧迫骨折や脊椎間狭窄症などで腰痛が持病ではありますが、何かに熱中していると痛みを忘れている時があります。
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 週に3回の1日ディ・サービスと、週に2回父と一緒に介護予防通所リハビリ施設へ行っています。金曜日の午後は、都合をつけて、はりまや橋商店街へ繰り出し、買い物と、活き活き100歳体操(介護予防体操)へ行っています。

 両親とも自分のやりたいことをやることで、「生活を活発にして」、生活不活発病を抑止していると言えると思います。4月4日は雨の中、地元二葉町町内会の大懇親会へも参加させていただきました。
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 大災害で生活習慣が大きく変わります。被災者対策として、地域減災活動の中でも予防と対策として重要メニューの中に入れるべきでしょう。

2016年4月 7日 (木)

介護の問題は深刻ですが、人間的でもあります。

 私のように還暦過ぎて両親が健在という事例は珍しいらしい。健在であっても超高齢者(父96歳・母90歳)ですので、なんらかの介護の上での問題は毎日発生します。

うちの場合は父が慢性腎不全で、要支援2.母は認知症で介護3です。幸い2人ともそれ以外の内臓疾患も持病もなく、歯もすべて自分の歯があり、直立2本足歩行が出来ます。トイレも着替えも食事も自分で出来ますから、幸運であると思います。

 尿失禁や便失禁は仕方がありません。認知ですぐ忘れることも仕方がありません。なんせ「超高齢者」ですから。世間では75歳以上を後期高齢者と言うそうですが、うちも場合は両親は90歳を超えていますからね。次元が違います。

 いずれにしろ健康で長寿であることに感謝しています。「転ばぬ先の介護」を常に心がけしてきました。今のところは成果が上がっていると思っています。でもいつまでも健康であるとは限りません。いつかは両親も衰え、終末が来ることでしょう。精一杯介護サポートをしたいものです。

 父が脳血管障害で倒れ、母が認知症と判明したのは2008年のこと。8年前の事です。介護認定を受けたのは5年前の2011年でした。それ以後人生観が変わりました。いい勉強になりました。世界観も変わりました。人格も変わりました。

 知らない人がよろけたり、車椅子で苦労していれば、すぐに駆け寄り自然体でサポートできるようになりました。体が反応するんです。それは毎日超高齢者の両親をサポートしているので自然にそうなりました。人間も鍛えられていると両親には感謝しています。

 ユニバーサルな視点からの防災・減災対策を自然に考え、検討できるようになってことも両親のおかげです。

2016年4月 6日 (水)

新たな地震研究により危機は早く来るようです。

4月4日(日曜日)に「真田丸」の後に放映された「巨大災害 MEGA DISASTER Ⅱ日本に迫る脅威  地震列島 見えてきた新たなリスク」を視聴しました。


http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160403

 地球の内部のマントルの動きは複雑。いままで日本は4つのプレートがぶつかり合っているという定説が覆り、複雑に10数個のプレートに分かれているとか。


 とくに今までノーマークであった活断層ではない内陸部で大きな地震がたはつすることもいわれました。
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 また宮崎県の日向地震が起きれば、誘発されて南海トラフ巨大地震が想定より(今後30年以内に70%の確率で起きる)のが、もっと早く起きるのではないかと若手の地震学者が言い始めました。そうなると「なにもかにも」が不十分な高知市下知地域。個人の備えも、地域の備えも、行政の備えも全く不十分ですね。

2016年4月 5日 (火)

復興・復旧は3年以内が限界でしょう

 関係者が懸命に努力はされていますが、昨年と今年1部ですが東北各地の東日本大震災での被災地を見学し、現地の地元紙である河北新報の記事で知る限り、復興・復旧に大変時間がかかっています。

 津波や浸水の脅威から免れるために、山を削って高台に住居地域をこしらえる。あるいは津波で浸水した地域を盛り土で嵩上げをして土地をこしらえそこへ住居を建築する。震災後5年が経過しますが、未だに基盤整備中の箇所が多いようで、個人の住居が建築されていません。

 2004年のスマトラ大津波で大きな被害が出たインドネシアのアチェ市。訪問してきた学識者の人に聞きますと、「跡形もなく街は再興されている。」とのこと。「日本は復興・復旧が遅すぎる。」との見解を示されました。

 「高台や嵩上げ工事は5年かかる」と言われています。また事業費用も多額の費用がかかるようです。いち早く復興した地域は、津波の来ない地域に、集団移転していています。そちらは3年以内に復旧・復興され、個人の住宅や職場環境まで再建されていました。

 どの復旧・復興方法も最終的には、地元住民と基礎自治体の行政の判断であると思います。

 但し、人生設計や、個人のライフサイクルから言えば、「3年以内の復興。復旧」が望ましいことです。そうでなければ難しいと思います。

 ひるがえって高知市下知地域。全域が海抜0メートル地帯。そこへ9400世帯、2万人が居住しています。2万人がそっくり移住できる高台の土地は高知市近辺にあるのでしょうか?まったくわかりません。

 でも民間市民有志が探す必要はあるでしょう。また3年以内に復旧・復興できる方法手段があるのではないか。それを研究する必要性がありますね。

2016年4月 4日 (月)

気になる5M表示

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 高知市内の市街地で、とくに0メートル地域の国道で見かける「5M表示」。諸説が色々あり、高知市街地の0メートル地帯では、最大5M浸水するという意味なんでしょうか?

 写真は高知市のはりまや町1丁目。歩道橋の先には新堀川がありその先は菜園場町。海抜2M以来ですから、5M表示とあっても、道路である国道32号線からの高さは3Mぐらいでしょう。

 これが300Mぐらい先の宝永町や二葉町になりますと、この5M表示が見上げるぐらいの高さになり、3階建ての床面程度の高さになります。それは宝永町や二葉町が海抜0メートル地域であるからです。

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 なんせ二葉町や宝永町・若松町や丸池町や弥生町などは、昭和小学校の周りの市街地は「海抜0メートルの島」なんですから。
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2016年4月 3日 (日)

二葉町町内会の大懇親会

 2016年4月3日(日曜日)は、二葉町町内会の最大行事である大懇親会が開催されました。晴れれば青柳公園での花見を兼ねた懇親会ですが、昨年と同じく雨になりました。会場は、下知コミュニティ・センターの4階の多目的室です。

 うちは父(96歳)と母(90歳)という超高齢者が2人います。家内と2人でサポートしながら、自宅からゆっくり歩いて会場の下知コミュニティ・センターまで行きました。午前10時半頃集合と聞いていましたが、到底その時間帯には出れません。 なんとか着替えをさせて徒歩で向かうようになったのは11時前です。
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 お弁当は二葉町内にある森食料品店の2段重ねの折詰。お酒やドリンクは西森酒店。懇親会に要の店舗が町内にあるのはいいことです。カラオケも町内の音響サービスからレンタルしたようです。二葉町最大の行事なので、町内会役員各位は大はりきりで準備をされていました。
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午前11時過ぎから大懇親会は始まりました。町内会長と役員各位の挨拶もそこそこに、すぐに乾杯。カラオケ大会も始まりました。両親も機嫌よく食べ、皆と懇談しています。父も飲酒しています。坂本茂雄さんもカラオケしていました。
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 12時半過ぎになり一段落したので、両親を自宅へ連れて帰りました。戻ると私のリクエストした「海その愛」がかかりました。あまりに長いので皆辟易したと思われます。
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 町内の各班のコーナーを巡り飲みました。いつもの倍ぐらい飲んでしましました。午後2時半過ぎにようやく散会しました。飲み過ぎたんで一度昼寝をしました。しんどいです。
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 昼間のお酒はききますね。たまにはいいことです。
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長島忠美復興副大臣講演会


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 2016年4月30日(土曜)は、午後1時半より、高知市クラウンパレス新阪急高知にて復興副大臣である長島忠美氏の講演会があります。表題は「来るべき大震災に備えるための家族の絆づくりと心構え」です。主催は土佐経済同友会。

 第2部では高知県知事と同友会代表幹事の吉澤文治郎氏を含めたパネル・ディスカッションも予定されています。
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 良い企画であると思います。長島忠美さんは2004年の中越地震の時の山古志村村長。地域コミュニティや人々の絆を大事にし、全村避難をされ、そして見事に復興されました。避難所生活でも応急仮設住宅でも集落単位や地域コミュニティ単位での移動を重要視されました。良く行政にありがちな「抽選による」地域コミュニティ壊しを一切されなかったリーダーでした。

 当時旧山古志村を訪問際れた西田政雄さんのレポートです。

http://www.nc-21.co.jp/doko…/whatnew1/nishida/yamakoshi.html

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 2016年3月11日には、宮城県名取市での5年目の追悼式典に参加され、ご自身の言葉で追悼のスピーチをされていました。
 
 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/…/…/03/post-31a0.html
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 間違いなく来るであろう南海トラフ巨大地震。多数の高知県民は長島忠美氏の講演を傾聴すべきであると思います。(2004年当時の中越地震後の山古志村の写真は西田政雄さんから借用しました。
 チラシは土佐経済同友会の横山敬さんにいただきました。町内で回覧しています。

2016年4月 2日 (土)

四国ブロック大会での記念写真


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2016年3月25日の四国ブロック研修会での記念撮影です。講師の西やんは目立っております。講演も大好評でした。

2016年4月 1日 (金)

ネット依存症?

 今朝(3月30日にことです。)は何故が、インターネットの接続が悪い。パソコンを起動したときに、まずウイルス除去ソフトを起動させますが、「インターネットの接続を確認してください。」と表示が出ています。

 かれこれ2時間ぐらい接続できない状態。始業時までには繋がるのでしょうか?おかげで始業前の1仕事が今日は出来ないことに。そうなるといつものルーチンが出来ないから朝からリズムが狂いますね。それだけ普段は意識はしていませんでしたが、ネット依存症になっていますね。

 たかだかお客様からのメールのチェックをするにすぎませんが、注文やお問い合わせがあり、その業務が始業前にやっていましたから。いつもなら10分程度接続できない状態がたまにあります。しかし今日は断続時間が長い。

 慌てずに始業時まで待ってみましょう。さて始業後も接続できないとなると、どちらへ連絡すればいいのか良くわからない。書類を見て見ないといけない。年度末の月末だと言うのにめんどくさいことこの上ないですね。

始業前にようやく正常化に。今朝は2時間のネット不通状態に。始業前の一仕事ができなかったことが「被害」と言えば被害。原因は不明。なんだかよくわからん社会の仕組みですね。

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