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2016年3月

2016年3月31日 (木)

地区防災計画フォーラム2016年


2016年3月12日に仙台市博物館ホールで開催されました内閣府主催の地区防災計画フォーラムの様子と資料が、内閣府地区防災フォーラムのホームページに掲載されました。

 内閣府地区防災フォーラム2016年関連の記事です。

 http://chikubousai.go.jp/news_detail.php?eid=00022

 わたしは「津波にどう立ち向かうか」かというグループで、4分間地域の事情と取り組みを説明させていただきました。その様子は動画にもなっています。


2016年3月30日 (水)

夜須のハーバー付近の津波対策工事と表示

 YASU海の駅クラブ付近の道路のかさ上げ工事が終わったようです。ハーバー前を横切る県道の臨港道路の堤防と同じ高さにするために、海の駅クラブ内の斜路を山状に盛り上げ、道路へ下りの斜路をつけるという極めて変則的なやり方で工事が終わりました。
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 陸閘(りっこう)を道路が堤防の役割をするということらしいですが、効果のほどは不明です。しろうと考えでは県道全体をかさ上げしたら良いとは思いますが・・
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 YASU海の駅クラブの建物と管理している駐車場に津波避難場所の表示看板が出ています。400M先の手結山トンネル手前まで走って逃げないと行けないようです。年寄りには大変ですね。
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2016年3月29日 (火)

運営委員会役員会がありました

 2016年3月25日は年度末のどん詰まりですね。今日高知市役所の人事異動が公表されました。多くの知り合いの職員の皆様が移動されておられました。そんなあわただしいなか、下知コミュニティ・センター運営委員会役員会が、3階会議室Cにて開催されました。
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 坂本茂雄会長の挨拶の後、議事を審議しました。平成27年度の事業報告と決算報告を有光純一事務局長が行いました。異議はなく承認されました。続いて平成28年度の事業計画と予算案も提案され承認されました。

 3月末をもちまして有光事務局長は退任されます。後任は下坂速人さん。有光さんと同じ教員出身で、高知商業高校の校長を退職されての新任となります。満場一致で承認されました。
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 坂本会長より新旧事務局長の歓送迎会を4月11日(月曜日)に開催しようということになりました。場所や時間や会費などは後日各方面へ連絡することになりました。

2016年3月28日 (月)

河北新報の取材力と当事者目線は凄い(その11)


 2016年3月11日から、3月13日まで、仙台市にいました。滞在中にコンビニで地元ブロック紙である河北新報を購入し読みました。そのうち3月12日と13日の朝刊は、東北各地の被災地の今を詳細に報道されています。11日に訪れた名取市閖上(ゆりあげ)の様子や、市役所前のキャンドルナイトの様子も報道されていました。
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 3月13日は、高知新聞社との共同企画「むすび塾」で、東北の被災体験者の皆様が、防災津波避難訓練を行った高知市潮江南地区の住民の皆様との意見交換の様子も詳細に記事になっています。高知新聞より大きな記事でした。
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 そのなかに高知市地域防災推進課主査の山中晶一さんと、主事の山本美咲さんのコメントも掲載されています。
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 フォーラムや東北大学などでいろんな資料をいただきましたが、この河北新報の震災関連記事が1番内容が充実していました。当事者目線を失っていない編集方針が素晴らしいと思いました。
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2016年3月27日 (日)

内閣府・津波防災ひろめ隊ホームページ(その10)

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 内閣府の広報で、くまもんやふなっしーなどのご当地人気キャラを使用した「津波防災ひろめ隊」なるホームページがあります。

http://tsunamibousai.jp/project/

(内閣府・津波防災ひろめ隊プロジェクト)

 「揺れたらただちに高い所へ素早く逃げる」という「習慣」を体に中に刷り込まないと実際に津波が来た場合に助かりません。

「高い所へ逃げること」

「家族とあらかじめ逃げる場所を決めること」

「自分の命は自分で守ること」を日頃から実践できるようにすることです。


 防災の危機意識が高く、防災訓練へ参加されていた人たちは、ほとんど助かりました。訓練に無関心で参加しなかった人たちは、ほとんど助かりませんでした。歴然とした事実です。
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 また「津波避難雄ポーズ」というのもあるようです。地区防災計画フィーラムの休憩時間に内閣府の中丸さんがお披露目していただきました。
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2016年3月26日 (土)

四国塗料組合が開催されました

 今日は久しぶりに「ぬるい風」でシニア・ヨットクラブとしては海の散帆へ行くべきなんですが、会社が属している組合の四国大会ゆえにそうも行きません。まして会合の中の講演会(西やんが講師)ですので、午後1時集合で準備をしておりました。
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 午後2時から組合の会合はスタート。最初に角四国支部長が挨拶し、各県の理事長が近況報告しました。景気動向は各県とも「可もなく不可もなく」だそうです。地味な業界なんですね。

 続いて中央本部の宮原専務理事が、「平成27年度塗料販売店の経営調査報告」と今後の需要動向について講演をされました。
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 四国のブロック報告同様に全国的にも「ぼちぼち」なようです。ただ規模の大きな販売店が打ち上げを伸ばしているに対して、規模の小さな販売店は販売が低下しているという厳しい状況も報告されました。

 新しい需要動向としましては、内壁用塗料が需要があるとのことでした。日本の場合は98%はビニールクロス仕上げですが、欧米は逆に9割が塗装仕上げ。それは家屋の流通が中古住宅中心で買主が自分で塗装してリフォームするからだそうです。
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 日本でも住宅の寿命が延びる傾向にあり、市場は間違いなく拡大するだろうとの事でした。

 そして講演会に入りました。私の方から地域防災活動を皆さんもしてください。マスコミ情報は2次3次情報です。自分たちが地域で動けば本物の情報が得られます。

 また大災害が起きようともお客様は「待ってはくれません」。トヨタは5日しか待ってはくれないのです。東北の事例でもやっとの思いで3年4年かけて社屋と工場を再建したものの、得意先がその間に他社に奪われる事例が数多いからです。何らかの事前対策が必要です。と申し上げました。

西田政雄さんのほうからは、四国四県の被害予想想定と、その場合どうするのかの実践的なアドバイスがありました。「廃業もBCPのうち」という説明に参加者は驚きながらも納得されていました。
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 昨年の岡村眞先生の講演は、「南海トラフ地震とは?」の概要説明でした。西田さんの場合は「その場合、どうやって会社を存続させるのか」の実務編でした。講演会も好評でした。参加者一同感服しておりました。
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 西やんには感謝です。懇親会終了後、皆は2次会へ行きました。わたしは父(96歳)が体調不良なので、とぼとぼと雨の中歩いて戻りました。
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下知地区防災計画概要版(その9)


 2016年3月12日に仙台市博物館で開催されました内閣府主催の「地区防災計画フォーラム2016」。高知市下知地区防災計画の概要を示す資料です。全国22カ所の地区防災計画が、内閣府によろ1冊の冊子にまとめられています。

 会場での「4分間スピーチ」用には4枚にカラー印刷の資料。各地域の地区防災計画の概要は白黒印刷で冊子のなかに閉じられています。下知地区防災計画=事前復興計画(幸せになる物語)です。

 この資料をもとにきちんと地域の状況や、取組み、今後の方針や地域の決意などを説明して行けば、「1時間コース」になっていました。特に地区防災計画を「課題解決型」にとどまらず。防災対策は「まちづくり」であると言うことですから、「地域の魅力増進型」にして、地域住民の合意形成を図る取り組みとしました。

 より多くの人達に認知され、より多くの人達の善意と英知を集めて、なんとか下知事前復興計画を完成させたいと思っています。

 参考 4枚の地区防災計画の概要説明資料

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-0317.html

 1週間前に仙台から戻ってきて、その後体調を崩し、今日はようやく立ち直れつつあります。情報の整理の時間にあてています。_r


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2016年3月25日 (金)

救命胴衣の効用の記事をいただきました。(その8)


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 5年目の「3・11」から1週間目。ようやく体調も回復。仙台市での「地区防災計画フォーラム」関係と。仙台防災未来フォーラム2016関係の資料をようやく見れるようになりました。

 そのなかで「津波避難困難地域 救命胴衣の常識重要に」という河北新報平成26年(2014年)12月29日の記事のコピーを、2016年3月12日に開催されました内閣府主催「地区防災計画フォーラム」会場で渡されました。

 名刺交換をさせていただきました。桜小路東区区長・自主防災会会長の飯沼晴男さんという人でした。お話を聞きますと、ご自身も亘理町(わたりちょう)にお住まいで津波の経験もあり、知人が津波に流された時に救命胴衣を着用されていて助かったとの経験があるようです。

(ある人のホームページに当時の宮城県亘町の被害が確認できます。知りませんでしたが、甚大な被害です。ご趣味のラジコンヘリからの空撮写真のようです。)

http://shi.na.coocan.jp/tohokukantodaijisin-1.html

 飯沼さんは「あなたの話を聞いていて、津波から逃げることがとてもむ難しい地区であると思いました。私の知人は津波の流されましたが、救命胴衣を着用していたので助かりましたので。」とご自分が河北新報に寄稿された記事のコピーを持って来ていただきました。

 瓦礫に巻き込まれ、救命胴衣が着用しても無益ではないかと聞いていました。でも実際に救命胴衣の着用で生存された人がおられたということです。参考になりました。

2016年3月24日 (木)

二葉町自主防災会・役員会・防災リーダー会が開催されました。

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 2016年3月17日に二葉町自主防災会の役員会・防災リーダー会が、午後6時半から下知コミュニティ・センターで開催されました。今回は出席状態が悪く15人の出席でした。
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議事次第は以下のとうりです。

1)消火栓使用訓練。消火器消火訓練の実施。

 青柳公園にて実施。同時に炊き出し訓練も行います。耐震貯水槽を使用。
 消火栓に繋いで消火放水訓練。火を消火器で鎮火する訓練をします。
 高知東消防署・下知消防分団に協力要請します。
 実施については、青柳公園の使用許可。高知東消防署への協力依頼が必要。
 高知市水道局へも連絡の必要あり。日程調整中。

 予定日(候補日)  5月22日(日曜)・6月12日(日曜)・6月19日(日曜)と原案を出しました。

 意見がいろいろ出ました。また下知消防分団の国見俊介さんのアドバイスもいただきました。それで今回は「消火栓マンホールの蓋開訓練」と「一部放水訓練」を、6月12日(日曜日の午前10時から実施することになりました。
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2)津波避難訓練の実施。(下知地区減災連絡会と協議)

 下知地区、一斉津波避難訓練(下知地区減災連絡会)と同時に行い予定。

 (日程調整中)12月18日(日曜)か、12月23日(金曜・祝日)が候補日

 計画では市の防災行政無線で「津波発生・ただちに避難」を放送。
 二葉町町民各位は、自宅近くの津波避難ビルへ避難。
 防災リーダーは、携帯トランシーバーで、会長。副会長へ連絡。安否確認訓練を実施。
 下知コミュニティ・センターでは、炊き出しを行う。(メニューは検討中)
 各地区防災会も集まり、炊き出し食材を食べながら昭和南海地震の体験者の皆さんのお話と昭和南海地震の記録DVDを観賞する。意見交換を行います。

 こちらは、原案どうりにいこうということになりました。森会長からは「町内一斉訓練もやらんといかん」との意見も出されました。
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討議事項としては2つ出されました

1)二葉町内に新しい消火器を10本購入する。(消火栓使用訓練。消火器消火訓練で使用するので、補充が必要です。)参考見積もりがあります。

2)二葉町には現在14の津波避難ビルがあります。市認定のビルは5カ所(下知C・C,岡村ビル・町田ビル・スカイパレス二葉・ハイツ六泉Ⅲ9にすぎません。地区指定の津波雛ビルに、おいおいに非常用トイレを備えるべきであると思います。参考見積もりがあります。

 市役所のほうで配慮してくれないだろうか。という意見も出されました。地震が来て浸水すれば、自宅のトイレも使用できません。非常用のトイレは自宅でもかまえる必要があるのではないかとの意見も出されました。

  連絡事項として以下の報告がありました。

1)仁淀川町との交流事業。仁淀川町長者地区での棚田での田植え体験。5月28日・29日か、6月5日の予定です。

2)昭和秋の感謝祭は、11月3日(祝日)にちより街テラスにて開催。仁淀川町長者の皆さんが来られます。

3)下知地区防災計画(事前復興計画)ワークショップは今年度も随時開催します。

4)JICA留学生との交流会は、9月22日(祝日)に開催予定です。

 トランシーバーの交信訓練は、荒木副会長の指導の下されました。
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2016年3月23日 (水)

東北大学災害科学国際研究所を訪問しました(その7)

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 2016年3月13日は、内閣府の「地区防災計画フォーラム」の翌日。仙台市青葉区にある東北大学災害科学国際研究所を訪問しました。当日の午前中は今村文彦所長の講演もありました。

 施設は仙台市郊外の東北大学青葉キャンパス内にあり、建物も増築されています。途中からでしたが今村文彦氏の講演も聞きました。おおむね研究の方向性と今後の目標を話されていました。
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 続いてコンサルタント会社国際興業の会長であるサンドラ・ウーさんの講演もありました。こちらは民間会社のオーナーだけあって企業としての減災対策のいくつかを紹介していました。
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「民間会社が防災・減災活動に参加しなければならないが、まだまだ参加は少ない。当初は税金を払っているから国や行政が防災・減災をやるのは当然だ。というのが従来でした。

 でも世界的に注目されているのは「ステーク・ホルダー」という民間企業・NPOや学識者住民組織の存在です。復旧・復興には欠かせない存在となりつつあります。

1)事業継続性(BCP)

2)サプライチェーン

3)地域との連動

4)防災

5)ローカル 強靭なまちづくり

 減災には、ハードとインフラの整備とともに、しっかりしたコミュニティの存在が必要である。と言われていました。

 前日は仙台防災未来フォーラムの総括シンポも聞いていました。

 所詮は学識者の話は「きれいごと」にすぎず、気の利いたことは話してはいますが、ほとんど記憶に残りません。防災・減災学会ののりではないか。一体それがなにか被災地に役立つことをしたのかと言いたい。

 学識者の歯切れの良い綺麗ごとの話を聞いていますと、「震災後5年経過しても盛り土や高台には住宅が建てられていません。」「堤防や道路工事が住宅建設に先行している」「「企業の再建が遅れると得意先が霧散してしまい経営が大変だ。」「原発被害は未だに解決せず、10万人の人達が避難生活を強いられている」重たい現実に対して、なんら答えになっていないように思いました。

 仙台防災フォーラムで10数キロの資料などを宅配便で自宅へ送りました。そのほとんどは役立つことはないでしょう。下知地区防災計画や事前復興計画に役立つ情報を探すことは容易ではありません。綺麗ごとのフォーラムや学会では現実社会には役に立たないのかもしれません。


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2016年3月22日 (火)

消火栓表示の広告会社

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 消火栓と言うのは、道路の下に埋められています。多くは反射塗料でマーキングされています。夜間時でも車のライトに照らされますと反射し、位置を明示します。

 しかしその上に宅配便や配送のトラックなどが一時停車や駐車していますと、全くわからなくなり、実際の消火活動に支障をきたす恐れもあるようです。
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 甲藤雄司さんが消火栓を標識として明示する活動をされておられます。広告主をとり、広告も明示しながら全体を赤くペイントし「消火栓」と明示しています。大事な活動ではないかと思いました。なかなかのアイデアですね。
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 二葉町も春過ぎに、消火栓を「開ける練習」「ホースをつなぐ練習」「放水する練習」をする予定です。道路を良く見ますと丸型の蓋の消火栓と、四角の蓋の消火栓があるようですね。下知消防分団の国見俊介さんに聞きますと、四角のタイプは古いそうです。いろいろとやってみる必要がありそうです。
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2016年3月21日 (月)

地区防災計画フォーラム2016-IN仙台(その6)


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 2016年3月12日は、内閣府の「地区防災計画フォーラム」です。会場は仙台市博物館です。それぞれの議会開催中ですが、週末の休みを利用して地元代表の坂本茂雄さん(県議)と高木妙さん(市議)も当日朝駆けつけてくれました。前日より高知市地域防災推進課の山中晶一さん、山本美咲さんたちもサポートしていただいています。

 1市民の私が地区防災計画フォーラムの発表者。とても強力な支援者の皆様です。会場へ入りますと、昨年石巻市でお世話になり、高知市での講演に来ていただきました今野清喜さん(湊東地区まちづくり協議会代表世話役)が奥様と一緒に来場していただきました。ありがたいことです。
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 「あなたのブログを見て来ました。事前に連絡しようかなと思いましたが、そのまま来ました。」とのことでした。とても強力な援軍の登場です。

 今野清喜さんとの昨年の意見交換と講演会の様子のブログ記事です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/…/…/07/post-8315.html

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/…/…/10/post-6b11.html

私としては以下の内容のことを発言したくあらかじめまとめていました。4枚のまとめと、配布資料を参考資料にしながら説明するつもりでした。

(1)まずは自己紹介します。

 私は西村健一と申します。年齢は62歳です。小さな会社を経営しています。会社事務所・倉庫と自宅は同じ高知市下知(しもじ)地区にあります。家族は私と同年齢の家内と、96歳で慢性腎不全の父(要支援2)と、90歳の母(認知症。介護3)の4人で暮らしています。子ども2人は社会人となり家を出て生活しています。

 高知市下知地区の自己紹介をします。
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 高知市中心の播磨屋橋から東へ1キロの市街地。下知地区の世帯数は平成22年度で8200世帯、人口は1万6000人。全域が海抜0メートル、軟弱地盤で河川や海に隣接しています。自然地形の高台は皆無。事業所や商業施設、学校や保育所、病院、高齢者施設もあります。

 1946年の昭和南海地震では下知地域全域が1メートル地盤沈下し、長期浸水状態に。1970年の10号台風でも大雨と高潮で全域が水没しました。

 雨水対策は大下水工事と排水ポンプ場設置で時間雨量77ミリに対処でき、浸水しなくなりました。しかし南海トラフ巨大地震では、地盤沈下と浸水被害が予想されるので、経済的に余力のある企業や個人は高台地区に移転し、下知地域では空き地が増えています。

 想定される南海トラフ地震の震度は7.全域が海抜0メートルで海に隣接した軟弱地盤。自然の高台は皆無であり、避難場所はビルしかありません。70年前の昭和南海地震でも甚大な被害と浸水被害、長期浸水した地域です。地震と津波で大きな被害が予想されます。

(2)下知地区の取り組みと事前復興計画の必要性
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 都市部の市街地で、単位自主防災会組織の結成も2007年頃からでありました。町内会、マンションをベースにした単位自主防災会の連絡組織として2012年10月に下知地区減災連絡会が16の下知地区の自主防災会が参加し結成されました。

 主な活動内容としては

防災講演会・防災セミナーの実施

*2年前に住民と市役所が協働して「昭和小校区津波避難計画」を策定しています。

防災訓練(情報伝達・炊き出し訓練・避難所開設訓練・避難所運営訓練の実施

防災世帯調査の実施(自己申告制。病歴・介護歴・服薬情報・緊急時連絡先・有資格)

*昭和小学校の防災学習への協力と連携。(若い世代との連携)

マンション防災力強化の取り組み(マンションに避難所機能を持たす)

疎開を前提とした他地域との連携と交流。(仁淀川町・今治市など)

 下知地区では、「地区防災計画=事前復興計画をつくる必要性」があります。

〇南海トラフ巨大地震は今後30年来に70%起きると予想されています。

〇家屋の倒壊、浸水。津波、地盤沈下、長期浸水は必ず起きます。

〇被災直後に、まちづくりを考える余裕はない。(未だにいつドライエリアにいけるのか。どこへ避難するのか、いつ戻れるのか、いつ浸水が解消されるのか行政側より明確な回答はない。)

〇あらかじめ被災後のまちづくりを考えておくこと。事前復興計画が下知地区では必要です。

〇復興が遅れますと、若い人たち、現役世代が下知地区から出て行きます。戻って来ません。

(3)下知地区防災計画の策定(その1)
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 下知地区防災計画は3つの要素から出来ています。

*「命を守る」(揺れや津波から身を守ること)

*「命を繋ぐ」(長期浸水地区での避難所の開設・運営・避難生活全般の管理)

*「生活を立ちあげる」(速やかな復旧・復興のための合意形成が必要)

 下知地区は、既に2年前に「昭和小校区津波避難計画」を策定しています。
 アドバイサーの鍵屋一さんには、住民の合意形成を行うためのワードカフェを4回ご指導いただきました。参加者が、テーマに沿って自由に意見を出し合い、集合知を紡ぐことで、意見が活発化し、前向きな提案が数多く出ました。

●第1回目検討会(都市復興を考える)平成27年9月
 被災後のまちづくりについて

●第2回検討会(生活復興を考える)平成27年11月
 高齢者・現役世代・子供たちの課題

●第3回検討会(復興のコンセプトを考える)平成27年12月
 事前復興のコンセプトについて

●第4回検討会(下知地区が幸せになる物語を考える)平成28年1月
 コンセプトを達成するための幸せになる物語

(4)下知地区防災計画の策定(2)

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 下知地区防災計画では、住民発意の事前復興計画「あるべき下知のまちづくり・しあわせになる物語」を議論し、住民合意を継続して目指しています。津波や、浸水、地震に強いまちづくりを広範な住民と行政職員とで議論をしてつくりあげていきます。

 復興計画のコンセプトイメージ

 「子供たちが伸び伸びと遊べる、どこか懐かしいまち。下知」
「みんなが考えた 幸せになる物語」

→地域コミュニティの再構築と創造がともなうこと。

◎自分たちがつくった事前復興計画として、魂(意欲)に入った仏(計画)とします。

◎より多くの地域住民の参加を募り、引き続き検討を行い、合意形成を目指します。

◎個別計画(命を守る、命を繋ぐ、生活を立ち上げる)を策定を進めます。
 時間があれば、こういうことを言いたいです。

 8年前から交流のある神戸市長田区鷹取東地区のリーダーの石井弘利さんはこう言われました。

「住民側は集まって、まちづくり協議会をこしらえて、地域の要望を役所に言うことや。言わないと何も始まらん。それをせんと文句ばかり言っても何も変わらん。

 住民側も勉強せんといかん。役所に対抗するには勉強が必要や。地域の絆を強めて、地域からの要求を聞いてもらうことや。それにはメンバーには役所の人にも入ってもらい、一緒に地域づくりをやっていたらえいと思う。

 いずれにしろこの地域は南海地震が来るのだから、その時に困らないように、地域の地盤のかさ上げをするとか、耐震地盤をこしらえるとか、耐震高層住宅を建てるとか地域の要求を行政側に出すことや。それを地道にやっていくことです。」

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/…/…/06/post-977a.html

(石井弘利さんのご冥福をお祈りします)

 昨年宮城県の石巻市、東松島市、名取市を訪問し、住民の皆さんと交流しました。そのなかでいちはやく集団移転され、自宅や職場を再建されておられました東松島市矢木西立沼地区まちづくり協議会の皆様は、住宅の移転と仕事である農業の再建いちはやく成し遂げられています。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/…/20…/07/22-8d88.html

 (東北被災地興隆ツアー2日目 2015年6月21日)

 地域の合意形成が早く、行政側と共同して移転計画を練り上げたことが大きいのではないかと思いました。わたしたちも「下知地区事前復興計画」をこしらえます。可能なら事前に事業のいくつかは着手し、震災対策、津波対策を行いたいものです。
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 と言う事でしたが、何度練習しても10分以上かかってしまい4分間でのプレゼンテーションは無理であることがわかりました。

 とは言え、断片となりましたが、4分間で上記の主旨の「見出し」部分は述べたと思います。自己評価としては頑張りましたが75点と言うところです。

 休憩時間に、参加されておられた宮城県亘理町(わたり町)の自主防災会の会長さんが「あんたらの町も大変だね。私らの町も2011年には津波にやられ大変だった。救命胴衣を着用していた人は助かった事例がありました。是非実行されてください。」と言われ、当時の新聞の切り抜きのコピーをいただきました。

 すべての発表が終わった後の総括としてアドバーサーの国際エメックスセンター事務局長 川脇康生さんは「みなそれぞれの地域の特色が良く出ていた発表でした。特に高知市下知地区は、事前復興計画づくりを議論しているということで先進的な取り組みを評価したい。」と言っていただきました。終了後川脇さんと意見交換しましたが、「大災害後の事後復興事業は、地域の合意形成がとても難しいので良い試みですね。」と言っていただきました。
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 また地区防災計画を立案された内閣政策統括官の方も「高知市下知地域の皆さんの頑張りは良くわかりましたよ。」と言っていただきました。これも地元下知地域のみんなの頑張りの結果です。全国フォーラムの発表者、プレゼンターとしては明らかに役不足でしたが、地区防災計画に取り組んできた内容(報告書)などで、関係者各位の高い評価を得ることが出来ました。
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(内閣府の中丸さんが休憩時間に「津波避難ポーズ」を実演していただきました。
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 次年度は内閣府のご支援は受けられませんが、下知地区の私たちは独自高知市役所の支援も受けながら下知地区防災計画=事前復興計画(しあわせになるまちづくり)を形にして、盛り上げていく決意です。

フォーラムの関係者の皆様ありがとうございました。大変勉強になりました。
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2016年3月20日 (日)

フォーラム前夜祭での懇親会(その5)

 2016年3月11日は、仙台JCのキャンドル・ナイトを見学後、翌日12日の「地区防災計画フォーラム」関係者の懇親会会場へ行きました。仙台市内のある居酒屋。やはり東北で高知の居酒屋とは少し趣が違います。
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 高知からは山中さん、山本さんと私が出席しました。フォーラムの発表者で福井の人と、新居浜市の人も来ていました。高知市下知地区のアドバイサーの鍵屋一さんや、関西情報センターの坊農さんや、内閣府の長沼さんや中丸さんも参加されており、多士済々の人達と得難い交流が出来ました。
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 フォーラムの前夜ですが、二次会、三次会にも行ってしましました。田舎でのちまちました社会と異なり、大きなお話も聞くことができ有益でした。仙台は東北各地の産物の集積地。食べ物は美味しくつい食べ過ぎ、飲み過ぎになってしましました。
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2016年3月19日 (土)

仙台青年会議所のキャンドル・ナイトを見学しました(その4)

 名取市から仙台市へ移動。宿泊ホテルでチェックインし、荷物を置いて移動しました。仙台市勾当台公園市民広場で行われる仙台青年会議所が主催するキャンドルナイトを見学しました。
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 ホームページによると昼間には安倍首相夫人の安倍昭恵さんが来ていたらしいです。

http://www.sendai-jc.or.jp/2016/citizen/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%91%EF%BC%96%E3%81%AE%E3%81%94%E5%A0%B1%E5%91%8A/
 
 
 午後6時過ぎからキャンドルに点灯が始まり、中学生の合唱団が歌っていました。
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 ところが雪が降り始めました。地元の人たちは「5年前の大震災の時は晴れていました。地震の後雪が降りより寒くなりました。今日は同じ天気です。」と言われました。テントに中では展示もありました。
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 仙台青年会議所は黄色いハンカチ運動をやっているようです。まったく同じ時間に高知青年会議所は「とさのおきゃく」とやらをやって飲食の販売などをしていたようです。どうせなら仙台青年会議所と交流し、招待し「おきゃく」をするなり、東北の物産を販売するなりしたらいいのにと思いますね。
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2016年3月18日 (金)

名取市の追悼式と格井直光さんにお会いしました。(その3)


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 2016年3月11日は、午後から名取市閖上(ゆりあげ)の日和山からタクシーで、名取駅前に向かいました。途中歩道橋を超えるあたりから、更地がなくなり当たり前に住居が立ち並ぶ風景になりました。名取市役所付近、名取駅付近は当時も全く津波の被害はなかったようでした。名取駅前から会場までシャトルバスで行きました。
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 午後2時半開始の名取市追悼式(名取文化会館)へ参列しました。入口で記帳し着席しました。会場舞台正面には大きなスクリーンがあり、東京での天皇・皇后両陛下が出席される会場の中継がありました。
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 名取市長の弔辞や、村井県知事の弔辞(代読)に続き、元山古志村村長で現在は復興副大臣の長島忠美氏の弔辞がありました。
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「新潟中越地震の時に、苦渋の全村避難を決断しました。その時集落のコミュニティ維持を心がけ、避難所生活も仮設住宅生活もコミュニティ単位で行いました。神戸の皆さんの助言があったからです。そして2年後に村へ戻ることが出来ました。」
 長島さんは、実践者であり言葉に説得力がありました。
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 また遺族代表としてスピーチをされた高橋善夫さん(震災前住所は閖上6丁目)は、「復旧・復興事業に置いても隣近所や地域のコミュニティが何より大事であると思います。孤立している人はいないか今でも仮設住宅を見守りしています。」と言われていました。やはり地域の繋がり、ご近所力が何より大事です。高橋さんのお話を聞いてそう思いました。式典に参加しますと真摯な追悼する気持ちになります。
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 会場を埋め尽くした名取市の人達のそれぞれの想いを感じることが出来ました。
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 追悼式典の後に、昨年お会いした閖上復興便りの編集長である格井直光さんに名取市役所前の広場でお会いしました。閖上地区での追悼式に参加され、名取市のキャンドル・ナイトを開催されるとか。
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 私は「昨年6月に閖上の日和山に来ました。土地のかさ上げが進んでいましたので、皆さんもう住宅を建てられていると思っていましたが・・」と聞きました。

 格井さんは「当初は27年度に住宅着工の予定でした。計画は遅れ気味になっています。地域の合意形成に少し時間がかかってしまったこともあります。」と言われました。皆震災後の大変な状況の中で、地域の再建、住宅の再建のお話をしていくこと自体が大変であったと思います。他人事とは思えませんでした。

 高知市下知地域に引き付けて考えるに、山古志村のように「町内単位」の避難所生活、仮設生活を強く地域の意志で行政側に要求しないと駄目であると思いました。長島村長はそれを実行されたのでしょう。状況がひっ迫しますとなかなかそれが出来ないと思われます。

 下知は長期浸水すると言われ、今の事例でも「どこのドライエリアに行くのか」「仮設住宅はどうなるのか」のめどすらわかりません。空いてるからという理由だけで、下知地域の二葉町は香川県へ。若松町は鳥取県へ疎開避難することも考えられます。そんな状態で短期間で地域の合意形成など出来る筈はありません。

 盛り土嵩上げとなりますと嵩上げ工事だけで最低5年はかかります。インフラ整備に2年,住宅建設に1年はかかります。まして地盤が沈下し、浸水しておれば、一体何年かかるのか想定すらできませんから。もっと時間はかかります。
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 名取市役所の献花台へも行きました。記帳をして献花しました。こじんまりした献花台でした。3月11日はあちらこちらで追悼をされているのであると思いました。
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 もう5年も経過した、まだ5年しか経過していない。人それぞれに思いがあるでしょう。高知市に居ますとテレビや新聞など報道機関の中でしか東日本大震災は意識されていません。献花後名取駅へ移動し、列車で仙台に向かいました。

2016年3月17日 (木)

名取市閖上(閖上)地区を訪問しました。(その2)

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 2016年3月11日。東日本大震災から5年目。仙台空港で昼食後、空港からタクシーにお願いし、空港からほど近い名取市閖上(ゆりあげ)地区の日和山へ行きました。この地域は海と隣接し、平地が広がり高台はありません。高知で言えば、香南市吉川や赤岡のような場所です。

 岩沼市在住の運転手さんでした。幸い自宅は被害は免れたとか。仙台空港から閖上の日和山をめざしました。運転手さんはこう言われました。
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「地震と津波前は、この地域はびっしりと家が建っていました。日和山も見えませんでした。わたしの個人的な意見ですが、堤防などは早めに工事して出来上がりますが、家は5年経過してもまだ建っていません。早く家を建てるべきであると思いますね。」
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 確かに昨年6月もこの名取市閖上地区の日和山に来ました。未だに高台盛り土工事がされており、宅地に家屋が建設されておりません。タクシー運転手に待機していただいて、日和山と慰霊碑とプレハブ慰霊館を訪問しました。

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 日和山から周囲を見渡しますと、個人の住宅は未だに建設されておりません。東方面に水産加工団地が建設されています。閖上地区の核施設である閖上小学校と閖上中学校は解体・移転が決まったようで、解体工事の最中の様でした。
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 やはり5回忌ということもあり、閖上の日和山は大変な人が訪問されていました。日和山山頂には慰霊碑がいくつも建てられ、献花されていました。日和山から見回すと、東方面に水産加工会社が建設され始めたところが昨年と変化していました。早く家が建つべきであると思います。
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 日和山に隣接して名取市の慰霊碑が建てられています。慰霊塔は9・09メートルで2011年3月11日の名取市付近の津波の高さであるそうです。名取市だけで1000人近くの市民が亡くなられました。献花もさせていただきました。
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 JSファンデーションが寄贈された太陽光蓄電ソーラー照明が3基建てられていました。
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 運転手さんに待っていただいて、閖上の震災展示室を見学しました。そこでは震災慰霊の時間に飛ばす紙風船の寄せ書きを市民の皆様がされておられました。
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 タクシーには荷物を預けるために名取駅まで行ってもらいました。名取市では1つの水路の両岸で、津波が来た地域と、来なかった地域がありました。車が名取市中心部に近づくと津波の痕跡はまるでありませんでした。
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 午後2時半からの名取市文化会館での慰霊祭に参列するために駅前からのシャトルバスで会場へ向かいます。

2016年3月16日 (水)

高知市議会を傍聴しました。

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 午前中に植田医院で診察。インフルエンザではないとの判定。風邪であるということです。5日分の薬が処方されました。風邪とは言え、痰がでる、咳は出る,で結構しんどいもの。普通に仕事して良いととのことでしたので、調整し午後2時からの地域代表である高木妙さんの総括質問を傍聴しに行きました。大事をとって車で行きました。

 弥生町の大崎修二さんも傍聴に来ていました。高木妙さんの質問は多岐にわたりされています。そのなかで関心があった事と、下知地域に関連するやり取りを記述します。

 昨年4月に開設した京町商店街のタウンモビリティ・ステーションについて。「障害者・高齢者の移動の権利をサポートする施設として昨年開設されました。予想以上の評判です。今後はユニバーサル・トラベルの観点も加え、中心市街地活性化の拠点施設として支援は組めないか。」と問いかけました。

 市長や部局の部長の回答も前向きの様でした。防災問題についても高木妙さんは質問をされました。

「防災対策部の主要事業の一つに掲げられた「地区防災計画策定推進事業」についてお伺いします。
地区防災計画とは、東日本大震災の教訓をもとに、国の防災基本計画と都道府県及び市町村の地域防災計画では網羅できない「共助」の取り組みを高めるために、平成25年の災害対策基本法に追加規定されたものです。

そこで内閣府では、この制度を普及させるために、26年度より全国でモデル地区の指定を行い推進しています。本市でも、下知地区減災連絡会が、27年度「地区防災計画策定」のモデル地区の指定を受け検討を重ねて来ました。」

「この取り組みが出来たのは、先の昭和南海の長期浸水被害の経験を持ち、災害に対する危機意識の高い地域住民等とともに、

1、先駆的で自主的な取り組みのモデルがあったことに加え

2、地域の活動拠点が完成し部会ごとの活動が活発化したこと、

3、地域内連携協議会が結成されたことで地域の世代間交流が生まれ、危機意識を共有する取り組みが強化されてきたこと、そして

4、この地域に住み続けたいとの願いを持った住民の思いと熱意を紡ぐアドバイザーの力があったこと、

5、やる気のあるリーダーと共に頑張る人材が豊富なこと 等が上げられます。

モデル事業では、全国でも稀な、「復興後の街づくり」に視点をおいて、事前復興計画を策定し、合意形成の手法に習熟することを目指し取り組みました。
今後は、実効性ある地区防災計画を策定するには、地域の特性を良く分析し、地域の実情にあった現実的な対策を盛り込まねばなりません。」

「そこで,地区防災計画の策定支援に関して,

1、本年度予算の計上の目的と使途、具体的な支援の在り方について伺います。また、
2、市町村防災計画への反映について、今後の
3、市域への取り組み拡大について

 市長と防災対策部長に伺います。」と問いかけました。

 回答は「内閣府の支援は1年ですが、下知地区の地区防災計画=事前復興計画は3か年計画と聞いています。高知市の他の地域のモデルとなるように仕上げていきたいと思います。また市職員も当初から関わりがあるので、職員の研修技量も上がります。」

 市長も「昨年1度下知地区の皆さんとは意見交換をしました。計画の節目の時期や、仕上げの時期に、意見交換会をすることはお互い有益なので行いたいと思います。」と言われました。

 また津波避難ビルが皆無である丸池・弥生地区についても高木さんは具体的に提案されました。

「昨年、津波避難ビル指定のガイドラインについて、一定の条件に合致した場合に高さ基準を考慮して津波避難ビルの指定を行うとされました。それを基に考えると、都市整備も未着手で、高齢化が進む丸池、弥生地域の有力な避難場所の候補に挙げられている、

「勤労者交流館」の避難ビル指定と整備に着手をするとすれば、どのような整備計画と、スケジュールになっていくのか伺います。」

 災害対策部長の回答は、「地域の地盤の高さや諸条件をクリアすれば、勤労者交流館は津波避難ビルに指定することは可能であると思います。」とのことでした。

 少しずつ高知市下知地区で「生きのびる方策」が出始めたように思いました。  

仙台空港へ着きました(その1)

  今日から2016年3月11日から13日まで、12日に仙台市で開催されました内閣府主催地区防災計画フォーラム」に参加していました。前日の3月11日は東日本大震災から5年目の慰霊の日でした。慰霊祭への参加、関係者との交流、地区防災計画フォーラムの様子や、街の様子などをレポートしていきます。

 2016年3月11日は、早朝に高知駅前を出発し、飛行機で大阪伊丹空港へ行き、経由して仙台空港へ向かいました。
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 機内サービスのコップにも「3・11を忘れない」と表記してありました。
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 仙台空港には、スケートの羽生選手の写真とメッセージも添えられていました。
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 ロータリークラブの支援メッセージもありました。津波の痕跡を示す写真や表示もありました。
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2016年3月15日 (火)

いの西バイパスは快適でした

  長期間工事をしていた国道33号線のいの西バイパス。3月9日ごろに完成したらしい。いの町枝川から仁淀川を渡り、鎌田までが、「アッと」言う間に行けます。枝川付近の渋滞が緩和されます。

 それと盛り土した道路なので、浸水被害もなさそうです。災害時の支援道路としても活用できそうです。
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中小零企業は生きのびることがとも最も重要「

 さすがに、うちのような冷零細企業でも「年度末モード」。見積もりの依頼が3件あり、問い合わせが2件ありました。出荷証明書の依頼が2件、注文も2件ありました。

 午前中は父(96歳)を連れて雨の中植田医院へ行きました。車の量も多い。

「血液検査の結果は良好です。検査項目の腎臓に関する項目(クレアチリン・尿素窒素・カリウム)の数値が標準より悪いだけです。他の数字は健康体。年齢を考えたら言うことはありません。」と植田一穂先生。
 診察と点滴を言えて眼鏡屋さんへ。「やはりフレームは折れています。メーカー修理に出すと3週間はかかりますよ。」と言われました。

 「似た色のフレームをつけてください。左右で色違いになっても構いません。」と祝いしました。さきほど電話があり取り付けに成功したそうです。午後から取に行きます。
 出張報告も書かねばなりませんが、日中は全く無理ですね。写真の整理すら出来ていません。
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2016年3月14日 (月)

市民参加が大前提の地区防災計画


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 坂本茂男さんの場合は。地区防災計画や事前復興計画で土木部長の答弁を引き出したのは大きな成果です。

 ただしその答弁内容や記事にあるように、県庁が相変わらず上から目線で「市町村を指導し、市町村が住民を指導する」上意下達式であります。市民参加型の行政との協働を目指している本来の地区防災計画=事前復興計画とは似て非なるものです。そのあたりを今後は問いただしていただきたいです。

 これでは本来の市民参加型の地区防災計画ではありません。このたりの「勘違い」を指摘し続けてください。

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2016年3月13日 (日)

高知港・津波三重防護堤防は効果的なのか?

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 高知県議会と高知市議会に南海地震災害対策調査特別委員会があり、そこでの報告書があります。学識者や国・県。高知市の行政関係者が集まり検討した結果の「産物」の報告書のようです。
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 大津波の威力を「少しでも」(効果は不明)低減するために、高知新港外側への堤防、高知新港の堤防と、孕地区より北側の低地の市街地が形成されている護岸堤防を強化すると言う事らしい。
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 しかしながら、低地の高知市下知地域は地盤沈下し、浸水が始まります。浸水は防げれないし、生活基盤の破壊は免れません。
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「減災=できるだけ浸水面積を提言する。津波到達時刻の遅延を図る」という程度の事に過ぎません。
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 L1(100年に1度の地震程度)には護岸は耐えられるようですが、L2想定になりますと、「越流しても倒れない堤防」になるということらしいですね。
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2016年3月12日 (土)

下知地区防災計画=事前復興計画の概要

 内閣府主催の「地区防災フォーラム」が、2016年3月12日午前11時から仙台市で開催されます。下知地区減災連絡会を代表して「下知地区防災計画=事前復興計画の概要」を発表します。

 しかし与えられた時間は僅かに4分間。そしてわずか4枚にまとめ資料を画面に映しても説明。高知の田舎者が東北仙台の地で、うまくやれよと言われても・・・。難しい。

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2016年3月11日 (金)

何故住宅復興に時間がかあkるのでしょうか?

なぜこれほど日本は住宅の復興が遅く時間がかかるのか。その理由を学者たちの論文を探したが見つけられない。
 仙台空港から名取市閖上(ゆりあげ)まで載せていただいたタクシー運転手さんが「堤防の建設は早いが、家はいっこうに建たない。順序が逆だろう。」と言われていたことが全くの正論。

 フォーラムやシンポジウムとやらで気の利いたことを発言したところでなにも現状がかわっていません。学識者の皆さん方は何をしているんでしょうか?

 昨年石巻で合流した室井研二さん(名古屋大准教授)は、やたら高台や盛り土建設に時間がかかり、まちの復旧が遅い日本の現実を嘆かれていました。

「インドネシアの大津波で甚大な被害を受けたアチェは、今や何事もなかったのように街が出来ています。まず街が復興しなければいけないと思う。」と言われました。防災分野でも日本は先進国でもないのではないかと思いますね。日本の事例が世界をリードするなんてことはないと思うようになりました。_r_2


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2016年3月10日 (木)

高知県議会の予算委員会を傍聴しました。

 

 2016年3月7日はは午後から高知市役所に所用が。その後城西公園で。詩人槇村浩の石碑を探しようやく見つけました。その後高知県議会の予算委員会を傍聴しました。地元代表の県議である坂本茂雄さんの一問一答の質疑がありました。

 まずは「南海トラフ地震対策について」でした。

 長期浸水が心配される高知市市街地(下知地区など)に対して、調査のアンケートを実施するが、その場合は地元自主防災会などの意見も徴集し、検討会への参加をさせるべきである。

 また要支援者名簿は、個人情報ではあるが、本人の同意があった場合は、自主防災会や、マンション管理組合にも開示すべきではないか。場合においては事前の開示すべきではないかと質しました。

 危機管理部長が回答。「長期浸水エリアについてはより多くの住民の意見も配慮します。要支援者名簿の開示については慎重に検討中である。

 また坂本氏が「地区防災計画を高知県下で取り組んでいるのは高知市下知地区と黒潮町だけです。兵庫県などは地区防災計画を積極的に取り入れています。高知県はより前へ出てほしい。」と言われました。

 危機管理部長は「検討中である」に留まりました。

 「憲法における緊急事態状況の必要性について」は、坂本茂雄氏は「現行法の枠内で十分に対応できます。緊急事態要項をあらたにつくる必要性はない。」と知事を糺しました。

 知事は「緊急事態、国家存亡の危機になる大災害時は、国会が機能しないことも想定できる。それゆえそういう事態になった場合の「緊急事態法」は必要であるとの見解を示しました。

「観光振興における宿泊施設のバリヤフリー化について」について観光振興部長に質問されました。

 4年前に対して33施設が45施設が対応しています。4年前より増えています。」との回答。坂本さんは「ユニバーサル・ツーリズム」の概念を観光当局や観光業界は理解し、実践すべきだと言われました。

仕事の合間に傍聴し、走り書きをしました。やりとりを正確に再現しているのかは正直自信がありません。_r


今年は9月22日にJICAの皆さんとの研修交流です

  高知大学地域協働学部准教授の大槻知史さんと打ち合わせをしました。今年は9月22日(木曜)・祝日に、下知地区でコミュニティ防災型の研修と意見交換をしようということになりました。

 昨年の研修の留学生の皆様のご意見を大槻さんが持って来ていただきました。おおむね好評のようで、関係者一堂ほっとしています。
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2016年3月 9日 (水)

映画「ベトナムの風に吹かれて」を見てユニバーサルな減災について考えました

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2016年3月5日に、映画「ベトナムの風に吹かれて」(大森一樹監督作品・松阪慶子・草村礼子主演)を家内と2人で高知市のあたご劇場へ自宅から散歩がてら歩いて観に行きました。先週は凄い人であったようですが、今日の初演は25人ぐらい。でもあたご劇場にしては多い。2回目も同じ人数が来ていましたから。

http://vietnamnokaze.com/(ベトナムの風に吹かれて 公式サイト)
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 うちは母(90歳)が8年前からアルツハイマー型認知症になっていて、介護3になっています。認知症は身近な問題。どうしても見なければならない映画でした。ケアマネージャーの下村恵子さんが10年ほど前から草村礼子さんと親しい間柄らしく、草村礼子さんは今回あたご劇場の初演にも駆けつけられ舞台挨拶されたとも聞きました。
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 高知の社交ダンス界の人達との交流のリクエストがあり、FBで交流している新土居和行さんを下村恵子さんに紹介し、ご多忙の中、草村礼子さんとの面談をしていただきました。それが先週の事でした。上映は11日までなので、わたしにとっては今日行くのがラストチャンスでした。
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 物語は、主役のみさお役の(松阪慶子)は、日本で離婚した後に憧れの地ベトナムへ移住し、日本語教師として働いている。認知症が進行しはじめた母(草村礼子)を義兄(柄本明)が施設に預けようとしていることを知り、母をベトナムに連れて来ることを決意する
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 母は慣れない土地での生活に戸惑いながらも、ベトナムの人々の温かさに触れるうちに少しずつ笑顔を取り戻していく。そんなある日、母が思わぬケガを負ったことをきっかけに、みさおは介護の現実に直面する。「トイレ行きたい!」と夜中に起こされ、在宅介護の厳しい現実も丁寧に描かれています。
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 新潟から出たことのない母親をいきなりベトナムに引き取り一緒に住むと言う荒唐無稽な話ではありましたが、ベトナムの活気ある都市風景や、近隣の人達の人情が、違和感なく映画の世界に入り込めました。

 かつてベトナムの大女優も認知症になり徘徊していて劇場へ来ると、現役の女優になってしまう。同じく認知症の(草村礼子さんの演じる)母親との掛け合いも面白い。身につまされる映画ですが、なにかほっとする映画でした。

 かつて学生時代の仲間であった奥田英二がベトナムまでやってきて新たな展開に。学生時代は、ベトナム反戦運動を学生たちが懸命にやっていた時代。「かつて俺たちがベトナムのためにやっていた運動。縁もあるもんだ。」という言葉は面白い。

 確かにベトナムは、フランス、日本、アメリカ、中国という大国相手に戦争し負けませんでした。したたかさと逞しさを感じる国。画像からも凄さが伝わってきます。ベトナムとの合作映画と言う事ですが、良い映画でした。楽しめました。

 3月11日(金)までの上映です。観賞をお薦めします。

 この映画を見てつくづく考えましたのは、ハンディを持たれている人を地域の中でどう把握し、どう支援していくかということでしょう。現状では自主防災会ごときが、大災害時に救援などできません。わたしにとりましても、超高齢者の両親と同居していますので、他の人達の救援支援にはまずできないと思うからです。

 事前の情報提供することだけが自主防災会の役目ではないかと思います。

2016年3月 8日 (火)

下知地区防災計画の報告

 2016年3月12日に、仙台市で開催されます内閣府主催の「地区防災計画フォーラム」に高知市下知地区代表として参加することになりました。住民代表の発表者となりました。
 しかし、1地区の発表時間は僅か4分間。気力が萎える設定です。まとめをもとに原稿を柿、印刷し紙を見ながら音読しましたが、ゆっくり読むと最低で8分かかりました。

 プレゼンテーションというものは、聴衆に短い時間で好印象を与えるもの。簡単ではないし、プロではないので早くもギブアップ気味ですね。


(1)高知市下知地区の概要

(自己紹介)

 私は西村健一と申します。年齢は62歳です。小さな会社を経営しています。会社事務所・倉庫は同じ高知市下知地区にあります。家族は私と同年齢の家内と、96歳で慢性腎不全の父(要支援2)と、90歳の母(認知症。介護3)の4人で暮らしています。

 高知市下知地区の自己紹介

 高知市中心の播磨屋橋から東へ1キロの市街地。広域下知地区の世帯数は平成22年度で8200世帯、人口は1万6000人。全域が海抜0メートル、軟弱地盤で河川や海に隣接しています。自然地形の高台は皆無。事業所や商業施設、学校や保育所、病院、高齢者施設もあります。

 1946年の昭和南海地震では下知地域全域が地盤沈下し、長期浸水状態に。1970年の10号台風でも大雨と高潮で全域が水没しました。

 雨水対策は大下水工事と排水ポンプ場設置で時間雨量77ミリに対処でき、浸水しなくなりました。しかし南海トラフ巨大地震では、地盤沈下と浸水被害が予想されるので、経済的に余力のある企業や個人は高台地区に移転し、下知地域では空き地が増えています。

 想定される南海トラフ地震の震度は7.全域が海抜0メートルで海に隣接した軟弱地盤。自然の高台は皆無であり、避難場所はビルしかありません。70年前の昭和南海地震でも甚大な被害と浸水被害、長期浸水した地域です。地震と津波で大きな被害が予想されます。


(2)下知地区の取り組みと事前復興計画の必要性

 都市部の市街地で、単位自主防災会組織の結成も2007年頃からでありました。町内会、マンションをベースにした単位自主防災会の連絡組織として2012年10月に下知地区減災連絡会が16の下知地区の自主防災会が参加し結成されました。

 主な活動内容としては

*防災講演会・防災セミナーの実施

*2年前に住民と市役所が協働して「昭和小校区津波避難計画」を策定しています。

*防災訓練(情報伝達・炊き出し訓練・避難所開設訓練・避難所運営訓練の実施

*防災世帯調査の実施

*昭和小学校で防災学習への協力と連携。

*マンション防災力強化の取り組み

*疎開を前提とした他地域との連携と交流


下知地区では、「地区防災計画=事前復興計画をつくる必要性」があります。

〇南海トラフ巨大地震は今後30年来に70%起きると予想されています。

〇家屋の倒壊、浸水。津波、地盤沈下、長期浸水は必ず起きます。

〇被災直後に、まちづくりを考える余裕はない。(未だにいつドライエリアにいけるのか。どこへ避難するのか、いつ戻れるのか、いつ浸水が解消されるのか行政側より明確な回答はない。)

〇あらかじめ被災後のまちづくりを考えておくこと。事前復興計画が下知地区では必要です。

〇復興が遅れますと、若い人たち、現役世代が下知地区から出て行きます。戻って来ません。

(3)下知地区防災計画の策定(その1)

 下知地区防災計画は3つの要素から出来ています。

*「命を守る」(揺れや津波から身を守ること)

*「命を繋ぐ」(長期浸水地区での避難所の開設・運営・避難生活全般の管理)

*「生活を立ちあげる」(速やかな復旧・復興のための合意形成が必要)

 下知地区は、既に2年前に「昭和小校区津波避難計画」を策定しています。

 アドバイサーの鍵屋一さんには、住民の合意形成を行うためのワードカフェを4回ご指導いただきました。参加者が、テーマに沿って自由に意見を出し合い、集合知を紡ぐことで、意見が活発化し、前向きな提案が数多く出ました。

●第1回目検討会(都市復興を考える)平成27年9月

 被災後のまちづくりについて

●第2回検討会(生活復興を考える)平成27年11月

 高齢者・現役世代・子供たちの課題

●第3回検討会(復興のコンセプトを考える)平成27年12月

 事前復興のコンセプトについて

●第4回検討会(下知地区が幸せになる物語を考える)平成28年1月

 コンセプトを達成するための幸せになる物語

(4)下知地区防災計画の策定(2)

 下知地区防災計画では、住民発意の事前復興計画「あるべき下知のまちづくり・しあわせになる物語」を議論し、住民合意を継続して目指しています。津波や、浸水、地震に強いまちづくりを広範な住民と行政職員とで議論をしてつくりあげていきます。

 復興計画のコンセプトイメージ

 「子供たちが伸び伸びと遊べる、どこか懐かしいまち。下知」

「みんなが考えた 幸せになる物語」

→地域コミュニティの再構築と創造がともなうこと。

◎自分たちがつくった事前復興計画として、魂(意欲)に入った仏(計画)とします。

◎より多くの地域住民の参加を募り、引き続き検討を行い、合意形成を目指します。

◎個別計画(命を守る、命を繋ぐ、生活を立ち上げる)を策定を進めます。

 時間があれば、こういうことを言いたいです。

 8年前から交流のある神戸市長田区鷹取東地区のリーダ-石井弘利さんはこう言われました。「住民側は集まって、まちづくり協議会をこしらえて、地域の要望を役所に言うことや。言わないと何も始まらん。それをせんと文句ばかり言っても何も変わらん。

 住民側も勉強せんといかん。役所に対抗するには勉強が必要や。地域の絆を強めて、地域からの要求を聞いてもらうことや。まちづくり検討委員会のメンバーには役所の人にも入ってもらい、一緒に地域づくりをやっていたらえいと思う。

 いずれにしろこの地域は南海地震が来るのだから、その時に困らないように、地域の地盤のかさ上げをするとか、耐震地盤をこしらえるとか、耐震高層住宅を建てるとか地域の要求を行政側に出すことや。それを地道にやっていくことです。」

 昨年宮城県の石巻市、東松島市、名取市を訪問し、住民の皆さんと交流しました。そのなかでいちはやく集団移転され、自宅や職場を再建されておられました東松島市矢木西立沼地区まちづくり協議会の皆様は、住宅の移転と農業の再建いちはやく成し遂げられています。

 地域の合意形成が早く、行政側と共同して移転計画を練り上げたことが大きいのではないかと思いました。わたしたちも「下知地区事前復興計画」をこしらえます。可能なら事前に事業のいくつかは着手し、震災対策、津波対策を行いたいものです。

2016年3月 7日 (月)

内閣府2005年資料を検証します。

 2005年(平成17年)に、内閣府が高知市下知地区を調査していました。

表題は「第 4 回 津波避難ビル等に係るガイドライン検討会 モデルケースによる検証結果について 」とあります。

http://www.bousai.go.jp/kohou/oshirase/h17/pdf/050323shiryou1.pdf

 今はPDFでしかその当時のレポートは残っていません。

 当時はいまだ二葉町自主防災会も結成されていませんでした。二葉町自主防災会が結成されたのは、2007年です。2005年当時から高知市下知地区は「津波避難困難地区」と言われているようでした。

  「simozi-2005.pdf」をダウンロード

2016年3月 6日 (日)

高知市下知地区の自己紹介

 高知市中心の播磨屋橋から東へ1キロの市街地。広域下知地区の世帯数は9400世帯、人口は2万人。全域が海抜0メートルで軟弱地盤で河川や海に隣接しています。自然地形の高台は皆無。事業所や商業施設、学校や保育所、病院、高齢者施設もあります。

 1946年の昭和南海地震では下知地域全域が地盤沈下し、長期浸水状態に。1970年の10号台風でも大雨と高潮で全域が水没しました。

 雨水対策は大下水工事と排水ポンプ場設置で時間雨量77ミリに対処でき、浸水しなくなりました。しかし南海トラフ巨大地震では、地盤沈下と浸水被害が予想されるので、経済的に余力のある企業や個人は高台地区に移転し、下知地域では空き地が増えています。

地区防災計画=事前復興計画

 既に2年前に「昭和小校区津波避難計画」を策定しています。地区防災計画では、住民発意の事前復興計画「あるべき下知のまちづくり・しあわせになる物語」を議論し、住民合意を継続して目指しています。津波や、浸水、地震に強いまちづくりを広範な住民と行政職員とで議論をしてつくりあげます。

2016年3月 5日 (土)

海から見るヤッシー・パーク津波避難タワー予定地

 先日香南市夜須町にあるヤッシー・パーク。この施設内に津波避難タワーができることになりました。斜路も取り付けられるようです。

 海から予定地を見ました。ヤッシーパークの広場は8Mの高さがあります。その上に建てられるので、かなり高くなります。
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 これで安心して海の散帆が出来ます。
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2016年3月 4日 (金)

技研製作所へ行きました。

 2016年3月1日は、青年会議所時代の先輩(スポンサー[紹介者)であり、業界組合の理事長の角裕和さんの取次で、高知市布師田にある技研製作所へ横田政道さんと大崎修二さんと一緒に行きました。

https://www.giken.com/ja/(技研製作所HP)

 目的は、「高知市下知地域の低地で海に近いため、南海地震が起きれば必ず水没しますので、浮体式の人工地盤などをこしらえていただけませんか。」という意志を伝えるためでした。


 代表取締役社長の北村精男社長が、面談していただきました。当初30分ぐらいの予定かなと思いきや、「時間は大丈夫?」と言われ、開発されたインプラント・工法の説明や会社の理念、建設・土木工事に対する考え方などを丁寧に説明いただきました。なんと3時間近くいました。

https://www.giken.com/ja/implant/method/(インプラント工法)

「今までの堤防は、砂の上に盛り土をして、表面をコンクリート打ちをしているだけ。津波がくれば一貫の終わり。うちのインプラント工法は、地球と握手しているので、津波などに堪えられるんですよ。」
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「従来の土木工事は永久構造物として建設するから、環境が破壊されます。インプラント工法は、役目の終わった堤防などは、撤去し、別の場所で活用する。われわれは工法革命と称しています。」

「河川の護岸工事でも、最初から工場でPCの箱をこしらえておきます。それをインプラント工法で、地球と握手させます。1日で30M施工できます。10日で300M。それも3人役でできます。」

 説明は北村社長自らがしていただきました。開発にかける想いや、苦労話も聞かせていただきました。そして工場施設の見学も一緒に行きました。

 津波実験装置もありました。

https://www.giken.com/ja/videos/tsunami_simulator/

 工場の中で「インプラント・ポット」に興味をもちました。油圧で地中に押し込んだ柱に椅子とテーブルを設置しますと6~7人は津波・浸水から逃れることが出来ます。
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 オレンジ色のポリエチレンのタンクがありました。船底は船に似せてあるそうです。津波実験装置で試験をして開発されました

 北村社長の説明を聞いていまして、開発され実用化した技術もさることながら、理念も素晴らしいと思いました。
「建設のあるべき姿は、環境性、安全性、急速性、経済性、文化性がなければならない。」とのことでした。
「地元の住民の方たちが会社へ来られたのは初めてです。お話を聞いて大変良かったです。」と言われ一同恐縮していました。
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 噂には聞いてはいましたが、よくぞ高知の田舎に世界企業が誕生し、成長し続けていることは凄いことですね。今後も交流していくことを確認しました。刺激を受け、良い勉強になりました。

2016年3月 3日 (木)

ユニバーサルな社会について考え込みました。

和食 七福の座敷と対応について

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 2016年2月28日(日曜日)お昼は超高齢の両親(父96歳・母90歳)と家内と、息子も一緒に5人でクラウンパレス・ホテルの2階の和食レストラン七福で会食をしました。父は慢性腎不全で要支援2.母は認知症で介護3です。2人ともなんとか2歩足で自力歩行は出来ます。

 まず車から降りることが両親とも足腰が弱くなりつつあるので案外大変。降ろすのに時間がかかりました。タワー・パーキングなので、後続車が何台もおると焦ります。こういう場合は駐車場係りの人も乗降を手伝ってもらいたいもの。
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 移動は徒歩とエレベーター。あらかじめ2階の七福は予約してありゆっくり出来ます。和室ですが椅子席を予約していました。ところが靴を脱いで畳の上へ上がらないといけない。

 靴を脱ぐのに、父はいったん座敷へ座ると、今度は立ち上がるのに往生しました。父や母の体を抱え込み引っ張り上げないと立ち上がれません。段差が15センチで実に中途半端。高齢者は1度座り込むと立ち上がることが困難です。思い知りました。

 近くに手摺もなにもありませんから、介助しないと父は自力で立ち上がることができませんでした。

 食事はめいめいが好きなものを頼みました。和定食ですね。結構多くの食材があり、美味しかったです。この部屋を改造したばかりと言うことで、食後のコーヒーをサービスしていただきました。
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 食事が終わって靴を履かせることがまたまた大変。部屋に会った椅子を靴脱ぎ場へ持ち出し、父を椅子に座らせ、先に靴を履かせました。立っては履かすよりは安定性があります。通路も凸凹していて、すり足で歩く父には危険でした。手を繋いで歩きました。

 高齢化社会といいます。足腰の弱い高齢者も多いと思います。ホテル側もユニバーサルな施設の在り方を、高齢者や障害者の意見も聞いてきちんと勉強し対応してもらいないものです。実に不便でしんどかったです。料理は美味しかったですが、超高齢の両親の対応に追われ精神的にしんどかったです。なんとか無事に帰れました。

 高知にはユニバーサルな施設のホテルはありませんね。またこちらが困っているのに職員が協力をしてくれるホテルは皆無ですね。恐らく職員研修(高齢者の介助・障害者の介助など)もしていません。黒服の男性職員もおろおろするだけ。これでは高齢化社会に対応しているとは到底言えませんね。改善するようにお願いします。
 
 

2016年3月 2日 (水)

二葉町自主防災会・役員会・防災リーダー会開催のお知らせ

 今年は、昭和南海地震から70年目の年です。
 今後30年以内に70%の確立で起きるとされる南海トラフ巨大地震。下知地域の地震は揺れは震度7、地盤は沈下し、地域全体の浸水が始まります。30分後に津波が下知地域へ到達します。

 自宅から安全に避難して、地震発生後5分以内に、自宅近くの津波避難ビルに駆け上がらないと命は助かりません。

 また二葉町では、ここ4年で2件の大きな火事がありました。二葉町町内会と連携して、消火栓ホース1式を1セットと、消火器収納BOXを4つ購入し、町内の中西邸に消火栓BOXと消火器BOX,前田邸と荒木邸と島内邸に消火器BOXを配置いたしました。

 本年度は津波・浸水避難訓練と、消火訓練を実施する予定です。

1)消火栓使用訓練。消火器消火訓練の実施。

 青柳公園にて実施。同時に炊き出し訓練も行います。
 消火栓に繋いで消火放水訓練。火を消火器で鎮火する訓練をします。
 高知東消防署・下知消防分団に協力要請します。
 
 実施については、青柳公園の使用許可。高知東消防署への協力依頼が必要。
 日程調整中です。


2)津波避難訓練の実施。

  下知地区、一斉津波避難訓練と同時に行い予定。(日程調整中)
  想定では市の防災行政無線で「津波発生・ただちに避難」を放送。
  二葉町町民各位は、自宅近くの津波避難ビルへ避難。
  防災リーダーは、携帯トランシーバーで、会長。副会長へ連絡。
  安否確認訓練を行います。

  下知コミュニティ・センターでは、炊き出しを行う。
  各地区防災会も集まり、昭和南海地震の体験者の皆さんのお話と、
  昭和南海地震の記録DVDを観賞する。

3)防災リーダーは各自、携帯トランシーバーを忘れず持ってきて下さい。

2016年3月 1日 (火)

インプラント・ハット工法

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 橋梁建設に朗報のようです。技研製作所がこのたび「インプラント・ハット工法」を開発したそうです。橋のけたを地中深く打ち込むことで、耐震性を増し、復旧・復興をいち早く進めます。

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