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2015年10月

2015年10月30日 (金)

下知地域3団体からの意見書に対する高知市長の回答

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 2015年9月14日に高知市長宛に、下知地域の3団体の会長名で意見書を提出していました。主旨は地域の「自主防災会指定の地区避難ビルを「みなし避難ビル(準津波避難ビル)にしていただきたい。」という要望書を出していました。

 回答期限の10月10日を過ぎ、ようやく10月28日に回答が来ました。
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 やはり「予想どうり」全く地域事情に配慮したとは言えないものでした。低地の海抜0メートル地帯の低層住宅に住む高齢者や移動困難者は、浸水が始まったら溺死するしか現状ではありません。

 後半の部分で津波浸水域の深さの見直し(何を根拠なのかが不明ですが)をすれば、3階建の建物も津波避難ビルに指定される可能性があるやのこと。一種の気休めですね。市長としてのリーダーシップはまるでなく、担当部局の書いた作文でした。

 南海トラフ巨大地震が起きれば高知市街地の低地は海になります。69年前の昭和南海地震でも下知地域は水没した歴史がありますから。
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2015年10月29日 (木)

震災遺構としての大川小学校


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 高知新聞2015年10月20日の夕刊記事によると、村井宮城県知事は、84人の児童と教職員が亡くなった石巻市大川小学校の校舎の保存を積極的にしないと表明しました。南三陸町の防災庁舎は例外的に保存するとのことです。
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 現地を訪れた時に驚いたのは北上川の護岸堤防より低い位置に大川小学校があり、北上川を超えてきた津波は校舎の2階屋上まで到達していました。校舎の100M先には整備はされてはいませんが、山林がありました。そこへ逃げれば多くの人達は助かったことでしょう。事実そこへ逃げた人たちは助かっています。
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「広島の原爆ドームでも当初解体の意見が強かった。石巻市の検討会では、大川小と門脇小を震災遺構として残そうという意見と解体すべきだという意見の両論が出ています。

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 広島の原爆ドームは20年経ってから保存が決まりました。石巻市もそれぐらいかかると思います。」と現地を訪問した時に聞きました。
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(門脇小学校跡。前には震災慰霊公園をつくる計画があるようです。)


 今年1月17日に阪神大震災で大被害を受けた神戸市長田区鷹取東地区の震災20年慰霊祭へ行きました。現地は全く震災の痕跡はありません。でも街の人達の気持ちは再興途中であることがわかりました。とても難しい問題です。

2015年10月28日 (水)

高知県庁のパブリック・コメントへの反応

 高知県庁産業振興推進部計画推進課の「高知県まち・ひと・しごと創生総合戦略」のパブリック・コメントをしました。その意見がどう処理されたのか気になっていました。
 先日「珍しく」回答が来ていました。

 ホーム―ページ 

 http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/120801/sougousenryaku-ikenkoubo-kekka.html

(質問)

・高知市街地、特に高知県庁より東側の市街地はすべて海抜2メートル以下の低地。そこに15万人の住民が生活し、仕事している。現状で南海地震が起きれば、低地の市街地の市民は地盤が沈下し長期浸水状態になるので、ドライエリアに避難し、その避難は長期化し、元の地域へ戻れない可能性が高い。今の県庁の避難計画では避難所も応急仮設住宅も全く足りないので、15万人は高知県内に留まれず、県外に移住することが強いられることでしょう。推定では10万人ぐらいの県民は南海地震後高知県から流出するのではないか。

(意見)

・解決策は、低地の市街地の「立体換地」を推進し、防災都市づくりを行う事である。具体的には、低地の市街地である高知市下知、潮江、高知街、高須、大津などの地域に耐震高層住宅と共用空間を建築し、低地の住民と事業所、病院や保育園、介護所、学校などを収容し、高知市の低地地区を「地震災害に強いまち」に改造することである。 室戸のジオパークや足摺竜串海岸も「地震遺跡」の観光地。高知県全体を「南海地震観光地」にすることが、観光振興になる。地震列島日本では地震や津波は避けられない。県民に「安心安全」な住居と共用空間を提供することが、南海地震を克服した高知県となり、自然と歴史豊かな高知県として定住者も増加すると考える。

(県の意見)

 県では、津波から「命を守る」対策を最優先に取り組みを進めているところであり、この中でも、高知市市街地の津波避難対策は、大きな課題であると考えています。被災した場合の復興の視点も取り入れながら施策を進めることは、地震対策として有効ではありますが、いただきましたご意見については、多くの住民の皆様との合意形成が必要となることや巨額の費用と時間がかかることから、現時点では難しいと考えます。

(意見)

・毎年7000人ぐらい人口が減少している高知県。県庁が危機感を持っていることも理解出来ないことはない。しかしながら沖縄県を除く地方の自治体は、3大都市圏付近を除きすべて人口減少になっている。少々宣伝しても効果は薄い。県庁が忘れ果てているのは高知県には今後30年以内に70%の確率で南海トラフ巨大地震が起きるとの予測が出ていることではないのか。

(県の意見)

 これまでも高知県では、人口減少における負のスパイラルを断ち切るため、産業振興計画をはじめとする5つの基本政策とそれらに横断的に関わる2つの政策に全力で取り組んできました。総合戦略は、これらの政策群のうち産業振興計画や少子化対策、中山間対策などを総合的に組み合わせたものです。また、この総合戦略の取り組みを下支えするものが南海トラフ地震対策です。県勢浮揚を力強く果たしていくため、これらの政策のさらなる充実強化を図りながら、官民協働、市町村との連携協調により全力で取り組んでまいります。

(感想)

 せっかく出した県民の意見に「真正面から向き合い」「きちんと回答しない」ようですね。これではわざわざパブリック・コメントを募集する必要など何もありませんね。がっかりですね。

2015年10月27日 (火)

「東北被災地に学ぶ交流の旅」報告書


 「南海トラフ地震未災地の私たちが 東北被災地に学ぶ交流の旅」報告書は、坂本茂雄さんと西田政雄さんが編集し紙媒体として作成されました。参加者各位は原稿や感想文を書きました。
 
 6月20日から23日までの間に、石巻市を中心に、東松島市、名取市の被災地を訪ね、奮闘し復興事業に取り組まれている住民組織や支援組織の人達に面談し、意見交換してきました。

 紙媒体の報告書を辛気にスキャナーで取り込み、電子媒体で保存することにしました。

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2015年10月26日 (月)

夜須での津波避難訓練に参加しました。

 

 朝は父のリハビリ・ゴルフの付添いをしていました。自宅へ戻りヨットの荷物を積み来んd夜須へ行きました。到着したら午前11時過ぎになっていました。車中で言むすびを食べていましたので、皆が昼食時にセーリングをする予定でした。
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 YASU海の駅クラブの事務局の井土さんが、「今日はセーリング関係者の津波避難訓練を11時45分からします。」とのこと。ぎ装して出艇したらすぐにすでに海に出ていた高知大学ヨット部やジュニア・ヨットクラブが戻って来ています。


 私も出艇を中止し、津波避難訓練に参加するために着艇し、ヨットを引き上げました。学生たちも次々と着艇しています。手際よく着艇して、ヨットを陸置きしますと避難訓練の説明がありました。
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 「ビーチに集合して、国道55号線を登坂し、津波避難場所まで避難します」とのことでした。

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大学生と中学生のヨット部員たちは一斉に走り出しました。わたしは年寄りなので歩きました。
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 自転車で避難場所へ向かう学生もいました。ビーチから15分かかって避難場所へ到着しますと、すでに学生たちが避難場所に集合しています。
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 海抜13.5メートルの表示がありました。国道の表示は「ここから津波浸水予想地区」の外へ脱出したわけです。
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 しかし高齢者や走れない人たちの避難はどうするのでしょうか?
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 ヨットをしている時の避難行動に参加して良かったです。

2015年10月25日 (日)

五台山1・5次避難訓練をしました

 午前8時半に二葉町を出発。下知減災連絡会五台山1・5次避難訓練を五台山鹿野段駐車場で開催しました。二葉町の担当はLPガス機器一式と鍋釜の運搬係と設営の手伝いです。荒木副会長と荷物を積んで車で行きました。
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 一通り降ろして肝心のLPガスボンベを忘れていました。森会長の送迎もありますので、一度自宅へ戻り、森会長宅へ向かい、同乗していただき会場へ向かいました。

 午前10時になり森宏下知減災連絡会会長の挨拶で合同訓練が始まりました。続いて今回の訓練の企画立案者である横田政道若松町自主防災会会長から、訓練の流れと狙いの説明がありました。
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「五台山は下知からも近い。また下知地域の被災後の様子も眺めることができる。草木もたくさん生えているし、湧水もあります。まずツバメガスさんにLPガスの取り扱いをご指導いただき、持ち寄ったお米やアルファ米。缶詰、などをお湯をガスで沸かして昼食を食べたいと思います。」
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「また五台山展望台屋上には、国際信号旗を3種類掲揚しました。訓練中である。避難場所である。水が欲しいの意味の国際信号旗です。高知市水道局と高知市安心センター屋上から確認していただくことになっています。」

 今回持参した二葉町自主防災会のLPガス機器。青柳公園の自主防災会倉庫に入れっぱなしで、ろくに使用していません。ツバメガスさんに点検をいただきながら指導していただきました。
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 ガスの説明が一段落して後に、日赤のポリ袋にお米を100g入れ、水を80g付け足して空気を抜き、上部を輪ゴムで縛ります。皆が出来た頃を見計らい熱湯に一斉投入しました。目安は約30分熱湯につけ、あげてから20分蒸らします。’発泡スチロールの箱に入れて蒸します。

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 昨年の下知コミュニティ・センターでの炊き出し訓練では、皆がばらばらに投入したので、出来具合が同じになりませんでしたから。今回はその教訓で時間も図りながら熱湯に入れて、蒸らしました。

 その合間にLPガスの発電機も説明いただきました。
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「コンパクトなガス発電機は灯りや、携帯電話やパソコンの電源になります。少しおおきなLPガス発電機はワット数の大きな電子レンジを使用することができます。赤ちゃんのミルクを沸かすことも可能です。」

 お昼は美味しくいただきました。

 西田政雄さんからLPガス以外の炊き出しの方法ややりかた、衛生管理についての説明がありました。下知消防分団の皆様には、消火器の取り扱い方法のご指導を受けました。
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 国際信号旗の効用については、元海上自衛隊の方に説明いただきました。

「同じ配色の旗は1枚もないし、意味は万国共通。下知は海にも近いので自衛艦艇からも国際信号旗は良く見えます。」
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 13時前に無事訓練は終了しました。主体に準備された若松町自主防災会の皆様ありがとうございました。下知消防分団やツバメガス、高知県警の皆様、視察に来られた高知市地域防災推進課の皆様もご苦労様でした。一般社団法人マンションライフ継続支援協会の皆様もご参加ありがとうございました。

 
 参加された若松町、二葉町、中宝永町、南宝永町、丸池町、弥生日ノ出町、サーパス知寄町自主防災会、南金田町、五台山地区、つきのせ町の自主防災会のご参加ありがとうございました。

 帰り際に五台山展望台に掲揚している国際信号旗を参加者各位で確認。展望台から改めて下知地域は海に近く囲まれている低地の市街地であることを参加者一同再認識しました。
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2015年10月24日 (土)

第5回昭和秋の感謝祭ポスター

  11月3日に開催予定の昭和秋の感謝祭。今年はちより街テラスを会場に行われます。

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2015年10月23日 (金)

下知コミュニティ・センター運営委員会・役員会

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10月21日は、下知コミュニティ・センター役員会(会長坂本茂雄氏)がありました。中間活動報告と中間決算報告が事務局から行われました。
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 また広報紙「下知コミュニティセンター便り」は、高知市役所広報紙「あかるいまちと一緒に下知地域の9400世帯に全戸配布されています。
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 私の担当する防災部会の「受援力向上セミナー」(講師は西田政雄さん・支援を上手に受けて地域をより早く復興する)や、避難所運営訓練の告知がされました。11月3日の「昭和秋の感謝祭」の告知もされております。
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2015年10月22日 (木)

昭和小学校での防災授業に参加しました。

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 2015年10月16日は長距離バスで大阪へ行き、会合へ出てから、夜行バスにて翌朝の6時に戻りました。そしたら珍しく通販の注文が多くあり、しかも熱心な人からの電話もありました。結局「予習」をすることなく、いきなり防災授業となりました。地域防災推進課の防災ガールズの山本美咲さんと一緒でした。

 小学校の授業参観へ行ったのは下の娘が小学生時代ですから16年ぶりでした。私が担当したのは6年2組でした。なかには先月雨の中「津波避難ビル」めぐりを一緒にした子供たちもいました。

 担任の先生が「昭和小校区はどんな地形で特色がありますか?」との質問をなげかけました。

「海抜が低い地域です。」

「海が近い地域です。」

「川に囲まれた地域です。」と的確な回答を子供たちはします。
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 次に先生がクロスワードの質問をしました。1問目は「自宅で親がいないときに地震が発生。どうしますか?携帯もつながらない」
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 「自宅に留まる」が4割。「すぐに近くの津波避難ビル」に逃げるが6割。理由は「自宅がマンションで津波避難ビルになっている。」というものでした。低層住宅のの子供たちは率先避難です。

 2問目は「公園で地震が起こりました。大きな揺れでした。大人たちは避難しなくても大丈夫と言います。あなたはそうしますか?

 なんと全員が「率先避難する」との回答でした。

 理由は「地震に詳しい大人は少ない。」

 「ラジオで確かめてみる。」
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 「揺れが1分以上続いたら南海地震ですから。すぐに逃げます。」という回答。いあやはや恐れ入りました。きっちり学習しています。

 あとは「津波が来ます。すぐに津波避難ビルに駆け上がってください!!。」と勇気を振り絞って大声を張り上げ自分が率先避難することで、大勢の人達が後に続き助かるからですね。

 教室の後ろでは修学旅行に行った神戸市の人防災未来館の訪問した感想文が掲示してありました。熱心に見学された様子が文面から伝わりました。

2015年10月21日 (水)

五台山1.5次避難訓練

  五台山1.5次避難訓練が下記要領で、10月25日に開催されます。

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2015年10月20日 (火)

今野清喜さん講演会でのレジュメ

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2015年10月11日の今野清喜さん(石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役)の講演会当日のレジュメです。

 そのなかで「自助とは、

*自分で歩いて避難できるようにしておくこと。

*普段の暮らしで、防災、減災のことを少しは考え生活すること」と書かれています。
 全くそのとうりであると講演を聞きながら思いました。

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2015年10月19日 (月)

朝日新聞に昭和小の防災授業が掲載されました

朝日新聞高知版(10月18日)に、2015年10月17日に昭和小学校で行われた防災授業。坂本茂雄さんと国見俊介さんと山本美咲さんと私が防災アドバイサーとして登壇して授業に参加しました。その様子を堀内記者が記事にしていただきました。

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2015年10月18日 (日)

高知市長への下知地区3団体の意見書

  下知地区町内会連合会と下知減災連絡会、下知地域内連携協議会の3団体にて、高知市長宛に「自主防災会指定の津波避難ビルをみなし津波避難ビルにしていただきたい」という意見書を2015年9月14日に提出しました。

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2015年10月17日 (土)

五台山と若松町耐震護岸工事を視察

 2015年10月11日は、宮城県石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役の今野清喜さんと、坂本茂雄下知減災連絡会事務局長と、横田政道若松町自主防災会会長とで、南国市大湊地区の津波避難タワーを視察後、五台山へ行きました。

 五台山は横田政道さんが、「1・5次避難場所」と定義し、週に1回か2回山中を散策しています。湧水や四季折々の樹木や草木があり、秋は栗が落ちています。春はぜんまいやわらび、初夏はたけのこなど。
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 横田さんに解説いただきながら頂上の展望台へ行きました。こちらからは高知市街地が一望でき、下知や潮江の市街地がいかに海に近く低地であることを今野清喜さんに説明しました。

「わたしは30年ほど前に高知市へ来たことがあります。その頃はこれほど高いマンションは建っていませんでした。驚きました。確かに下知地区には高台はなく、こうした高層マンションを津波避難ビルにして逃げ込まないといけないですね。」と言われました。

 車中で坂本茂雄さんが「昭和南海地震時の下知地区の浸水状況の写真と現在の市街地を対比した写真」を今野清喜さんに見せておられました。
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 五台山から青柳橋を渡り、若松町の耐震護岸工事現場を見ました。1期工事は終わったとの事です。1・3Mの直径の鋼管を油圧で23M地中に埋め込み、そのうえに堤防を建設し、地震や津波で引き倒されない堤防づくりです。
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 今野清喜さんは元宮城県庁の土木技師。河川や港湾や道路の部署におられたそうです。専門家の観点で見ていただきました。

 高知市下知地域では、河川の堤防道路が1番海抜が高く(1・5Mから2M前後)、市街地は下がっている事。電車通りの国道32号線は海抜0メートルであることを説明しました。

 ホテルにチェックインされ、車で下知地域を巡回し、講演会場の下知コミュニティ・センターへ向かいました。そちらで有光センター長に施設の説明(防災倉庫・LPガスユニット・貯水タンクなど)をしていただきました。

2015年10月16日 (金)

香南市夜須町坪井の津波避難タワー


  先日ヤッシー・パークへ行っておりました。道(55号線)の対岸を見ると建設中の津波雛タワーが足場が外れていたので見に行きました。
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 海抜14・8Mの表示がありました。夜須町は髙い建物がありません。津波避難タワーはこの町では命を守る砦です。
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2015年10月15日 (木)

長者の棚田の稲刈りの様子です。

 去る2015年5月30日(日曜)に、仁淀川町長者地区のだんだんクラブの皆様に大変お世話になり二葉町関係者有志は田植え体験をさせていただきました。その植えた稲が生育し、10月6日(火曜)に稲刈りが行われました。
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 当日長者小学校の児童と一緒に稲刈りが行われ、二葉町自主防災会荒木三芳副会長が参加いただきました。写真はお世話をされましただんだんクラブの副会長である岡崎信守さんより送っていただきました。
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 長者のだんだんクラブの皆様は、11月3日(火曜・祝日)に開催されます「第5回昭和秋の感謝祭」にご参加いただくことになっています。いつも仁淀川町の食材は大人気です。
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 写真は稲刈りの様子と、田植えの様子です。昭和秋の感謝祭の様子もです。

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2015年10月14日 (水)

高知新聞夕刊に今野清喜さん講演会の記事が掲載されました。


高知新聞2015年10月14日夕刊記事です。写真入りで大きく紹介されていました。

「平時の地域活動重要」まさにそのとうりです。そのことで地域の人達は救われ、助け合いました。普段から全く参加しなかった人の7割が亡くなられたそうです。今更ながら地域活動の重要性を再認識しました。
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 10月25日には、「五台山1・5次避難訓練」、11月3日はちより街テラスで「第5回昭和秋の感謝祭」、11月29日は下知コミュニティ・センターで「避難所運営訓練」を開催します。皆さん「生存するために」参加いたしましょう。

今野清喜さん講演会


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 2015年10月11日に、下知コミュニティ・センターにて今野清喜さん(石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役)の講演会が開催されました。
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 森宏下知減災連絡会会長から歓迎の挨拶がされました。坂本茂雄事務局長からは、6月に下知減災連絡会有志で6月に実施した「南海トラフ地震未災地の私たちが、東北被災地に学ぶ交流の旅」の報告書を今野清喜さんのご紹介かたがた説明されました。
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 そして今野清喜さんの講演が始まりました。詳細については後日西田政雄さん(防災寺小屋主宰)が当日ビデオ撮影されておられます。後日動画としてネットに上がると思われます。参考にしてください。」
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 講演のなかで印象に残った語句を列挙します。

「3月末に県職員を退職する予定でした。2年前から町内会長もしていました。東日本大震災当日は、休暇を取り家内と定年後のことについて話していました。2011年3月11日午後14時46分に大きな地震がありました。

 とにかく長い地震でした。家内は庭に出ていて、私は転倒防止策をしていないピアノを抑えていました。過去に宮城県沖地震も体験していますので、家具の固定など地震対策はきちんとしていました。」

「しかし津波に対してはほとんど無防備でした。大津波警報も出ました。しかし前年ン2010年のチリ地震遠地津波も予報は3Mでしたが、実際には数十センチに津波でした。今回もその程度でしょうとたかをくくっていました。」

「町内会長をしていて自宅にいました。家内は民生委員をしていて町内に2人とも顔見知りが多かったです。揺れが長かったので津波の恐れもあるので、ご近所に声をかけ、地域の避難場所になっている葬祭会館のホタルへ避難しました。」

「大津波が見えたので急いでホタルの2階へ避難しました。蛍の前は幹線道路。車に乗ったまま流されている人たちを多く見ましたが、どうしようもありませんでした。」

 「蛍には250人ぐらいが避難していました。学校のように指定避難所ではないので、水も食料も施設に備蓄していません。ろうそくだけは豊富にありました。」

「震災当日は晴れていましたが、津波が納まると余震が多くありました。施設の職員もいましたので、避難所のためにカーテンを剥がして利用させてもらいました。」

「避難していた人たちも町内会の行事や防災訓練、盆踊り大会などで顔見知りが多く心強かったです。ローソクの灯りの範囲で班をつくりグループをこしらえました。水や食料は用意の良いひとは玄関先に防災グッズのリックなどで非常食と水を持って来ていましたが、1割もいませんでした。」

「顔見知りが多くてパニックにはなりませんでしたが、水も食料も不足するので、3日目あたりから話合いをして、決死隊をつくり館の外へ調達に行きました。流れている缶詰や袋入りの飴などを調達し、皆で分け合いました。水は別の集会所に置いてありました。」

「情報はラジオが頼りでした。電気も携帯電話も使えません。3月14日に自衛隊が来てくれておむすびをくれました。皆が満足できる量は供給されません。服薬している人が多くて薬の不足に困りました。」

「避難所には看護士さんが2人いました。丹念に薬の種類を聞き取りをしてくれました。食料を食べる場合は爪を切って清潔にしましょう。トイレを綺麗に使いましょう。掃除しましょうと言って下さり、避難所の雰囲気が明るくなりました。

 子供たち、高齢者、女性、の順に優先するルールをつくり、6時半にはラジオ体操もしました。また7時、11時、16時半位に連絡タイムをつくり、情報を共有化しました。」

 「避難5日目になると湊第2中学からヘリで広域避難所へ移送するという情報が入り、避難者の半分が移動し、半数は自宅などが気になる人が多く、残留しました。」

「県北部にいる親戚が仕出し屋をやっていました。なんとか連絡して300食のおむすびとから揚げを避難所へ届けてもらいました。皆が元気になりました。常日頃から被害を受けていない地域との交流は大事である。支援はありがたいと思いました。」

「10日間の蛍での避難所生活でした。教訓を上げてみます。

1)役割分担を決めること。各分野の責任者を決めること。施設内で飲酒は禁止にしました。

2)要援護者の早期の移設を心がけました。

3)服薬の薬は大事。看護士さんが2人おられて助かりました。普段から自分の服薬する薬は持参するか、薬手帳などを携帯するようにしないといけない、携帯電話の画僧に記録することも大事です。

4)、夜間の見回り警備も大事です。

5)情報を施設内で共有化するために、連絡を7時、11時半、16時と行いました。

6)トイレの掃除と清潔化が大事です。

7)自分たちでやれることは自分でやること。

8)ペットの問題で苦労しました。」

「地域で多くの人が亡くなりました。常日頃の繋がりがとても大事です。盆踊りの時に炊き出し訓練をしていて、参加されている町民は防災意識が高く、皆助かりました。亡くなった人たちは、行事へも防災訓練へも参加しない人たちでした。」

「要援護者や高齢者の皆さんも「助けて下さい」と周りの人に遠慮なく言う事です。それにより地域の人達が結果的に早く避難できます。よくあるのは私は高齢だから逃げないとか言おう人がいます。放置して逃げることが出来ず説得中に津波に巻き込まれ命を落とした人もおられました。」

「自分がどんな地域に住んでいるのか。地域の特性と特長、危険個所を知ることです。

 参考図書として「石巻赤十字病院の100日間」石巻赤十字病院+由井りょう子著・小学館2011年9月刊)です。」

 講演をノートに聞き取りながらですので、今野清喜さんの講話を時系列的に正しく聞き取りできたかどうかは正直自信はありません。印象に残った事柄を記述してみました。

 送迎の間や、地域の見学をされている間に今野清喜さんと話をしました。事前に下知地域の事情も独自に検索されていました。事前にいろいろとやっていることや、他の地域との交流(今治市や仁淀川町)などは有益であるとも言われました。

 ご指摘されたのは市街地ゆえの火災対策をすべきではないかと言われました。自宅からの失火や津波で自動車が流されての火災(石巻市門脇小学校付近)や、石油施設での火災(気仙沼)なども起きたからです。

 正直懸念はしていますが、事前の対策まではしていません。

 訴訟が起きている事例として、高台にあり安全な場所に保育所はありましたが、保護者宅へ送迎しようとして送迎車を出して津波に遭い亡くなった事例。

 近くに高台があるのに業務を続け銀行の支店職員の多くが死亡した事例。裏山が隣にあるのに、そこへ逃げずに運動場に待機して教員と児童の多くが亡くなった小学校。犠牲者が出ますと復興の足かせになります。

 とにかく下知地区の危険性を熟知し、地域の特性を住民皆が把握し、実際に南海地震が起きた場合、素早く津波避難施設(市指定や地区防災会指定のビル)に垂直避難することです。

 避難所運営や受援力(支援を受ける力)を意識してつけることでしょう。

 南海地震はいつ起きるかわかりませんが、70%の確立で起きることはまちがいありません。災害大国日本で生きのびる知恵と工夫は国民1人1人が考え、実行することでしょう。
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2015年10月13日 (火)

南国市の津波避難タワーを視察しました。

 2015年10月11日は、高知空港へ坂本茂雄さんと、横田政道さんと3人で、防災講演会の講師である今野清喜さん(石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役)を出迎えに行きました。
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 到着の飛行機が30分程度遅れました。高知の状況を理解いただくために、空港近くの南国市大湊地区にある津波避難タワーを見ていただきました。大湊保育園と大湊小学校の狭間に津波避難タワーはあります。
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 飛行場に近いので、高い建物は建設できません。海が近く、平地なので、各集落ごとにこうした津波避難タワーが南国市には14基あり、昨年建設されました。
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 津波避難タワーは堅牢に造られており、震度6強の地震に耐えられ、低層住宅にお住いの住民や園児や児童を収納できる広さです。斜路もあり、乳母車や車いすでも昇降できるようになっています。
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「仙台空港近くに地形は似ていますね。」と今野さん。「こういう施設ができると安心ですね。でも常に訓練する必要はあります。」とも

 降りて来ますと寄贈されたとは思いますが、まんぼうという津波避難救命艇も置かれていました。井戸のポンプもありました。ただ、地表部にあるので、実際に役にたつのかどうかは不明です。
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 当日は風が強く吹いていました。冬場とか夜間とか雨の日とかにでも避難訓練していつでも逃げ込める練習する必要はありますね。

2015年10月12日 (月)

11月7日開催予定のHUG

 11月7日にHUG訓練が丸池町であります。当日は下知コミュニティ・センターで「第2回内閣府 地区防災計画検討委員会」があるので行けそうもないです。

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2015年10月11日 (日)

今野清喜さん防災講演会

 今年6月に実施した「東北被災地交流ツアー」。1日目にお会いした石巻市の今野清喜さんをお招きしまして防災講演会を本日開催します。


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2015年10月10日 (土)

緊急地震速報講演会

  高知地方気象台と高知県、高知市が主催で「緊急地震速報講演会 迫りくる南海トラフ地震 命を守る緊急地震速報」とか言う講演会があるようです。

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2015年10月 9日 (金)

二葉町町内会資源・不燃物ステーション

  

秋本番となりました
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 ご近所の喫茶店もゴーヤが片付けられ、ハロウウインの大きなカボチャが登場しています。うちはまだしつこくゴーヤさんがおります。随分枯れてきました。

 今日は二葉町町内会の資源・不燃物ステーションの日です。荒木三芳副会長の指揮のもと各班の当番の町民が手際よく「仕分け」をしています。
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 今回はうちの家庭は多くはありません。高知方式の仕分けのシステムは、町内会に支えられて実施されています。

2015年10月 8日 (木)

受援力向上セミナーを開催します。

 受援力(じゅえんりょく)という言葉はまだ世の中になじんではいません。

 受援力の言葉の意味を解説します。

受援力 読み方:じゅえんりょく

ボランティアの援助を受け入れる能力のこと。特に、災害の被災地における、住民個人のレベルから行政レベルまでの、災害ボランティアの受け入れ能力を指すことが多い。

内閣府は、災害が起こった際に、ボランティアやボランティア活動に対する地域住民の理解が不十分であると、ボランティアの力が有効に活用されない場合があることを指摘している。また、被災地に国内外から大勢の人員が駆けつけたり、大量の救援物質が送られたりした場合、十分な対応ができずに混乱が生じ、「第二の災害」と称されるような事態に陥る例もある。そこで、受け入れ側の被災地に対しても、ボランティアへの理解や、ボランティア活動をコーディネートする能力、すなわち受援力が求められるようになった。コーディネートの業務には、例えばボランティアの名簿管理、機材の分配、保険への加入などがある。

地域の受援力を高めるためには、平時からボランティアやボランティア活動に対する理解を深めることが重要だとされている。地域によっては、防災訓練において災害ボランティアセンターを設置し、ボランティアの受け入れを想定した内容の訓練を行う取り組みもある。

また、地域住民レベルの受援力だけでなく、行政の受援力向上も課題とされており、平時から災害時の業務を想定し、応援人員の配置計画や復興計画の事前策定などを行うことが求められている。阪神・淡路大震災を経験した兵庫県神戸市は、2013年に全国の自治体に先駆けて「災害受援計画」を作成し、災害時の受援の総合窓口として「応援受入本部」を設置する方針を発表した。

それで今回「受援力向上セミナー」を企画いたしました。講師は西田政雄さん(防災寺小屋・主宰)です。

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2015年10月 7日 (水)

内閣府「津波ひろめ隊」サイトがあります

 内閣府のゆるきゃらを使用した「津波ひろめ隊」のサイトがあるようです。

http://tsunamibousai.jp/

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2015年10月 6日 (火)

美波町安部地区の凄い避難計画

  昨年訪問していただきました徳島県美波町自主防災会連合会。その折いただいた資料です。津波対策がシビアで凄いです。
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2015年10月 5日 (月)

徳島防災センターへ視察へ行きました。


 2015年10月4日(日曜日)は、午前8時出発にて、南金田自主防災会(岡崎修一会長)の「徳島防災センター研修」に参加しました。当初は参加者が少ないとのことでしたが、私たちを含め35人の参加でした。

 特筆すべきは幼い子供たちや、若い世代の親御さんや現役世代の参加が多く、頼もしく思えました。

 往路のバスの中で、以前西田政雄さん(防災寺小屋・主宰)に提供いただきました「昭和南海地震の記録」や「阪神大震災の記録」の動画を観賞しながら向かいました。
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 徳島防災センターは、予約をしていますと、施設の概要と目的を専門の職員が解説していただけます。シアター・ルームで南海地震の概要やすみやかな避難行動が必要である映像が流れます。
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 続いて地震体験ルームに移動しました。
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 消火器訓練ルームや煙体験ルーム、強風体験ルームも行きました。
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 4回目の体験ですが、あらためて事前の防災訓練は必要です。

 防災備品も展示してありました。1人の1週間必要な飲料水の量の説明も展示してありました。
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 昼食は阿波の里でみんなで食べました。ハレルヤ製菓へも立ち寄り、徳島県立阿波十郎兵衛人形浄瑠璃館も見学しました。
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  充実した研修でした。南金田の皆様ありがとうございました。

2015年10月 4日 (日)

改めて昭和南海地震の記録映像動画

動画:昭和南海地震の記録

2015年10月 3日 (土)

持病持ちの人達の食材備蓄は現状は自己責任でしょうね。

  慢性腎不全の父(96歳)は、穀類(米・餅・パン・麺類)のタンパク質摂取が駄目で、加工食品としての「減タンパク」の穀類(米・餅・パン・麺類)を通販でヘルシー・ネットワークで購入しています。

 たんぱく質30グラム以下のレシピ

http://www.healthynetwork.co.jp/top/recipe/asp/list.asp?s_cate1=1&s_keyword=%8c%a3%97%a7

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 行政が関与する非常食(アルファ米など)は、普通食に限られます。所詮は最大公約数的なことしかできないでしょう。アレルギー体質の人も同じで、自己責任で在庫しないといけない。

 最低1か月分の減タンパク食を備蓄しないといけない。健康を保持しているのに、何の補助支援制度もない。それが釈然としませんね。

 

2015年10月 2日 (金)

二葉町防災新聞 10月号

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 紙媒体の「二葉町防災新聞 2015年10月号」を作成しました。記事の内容は、8月22日に実施した仁淀川町泉川地区との交流会の様子です。町内に回覧していただきます。

 あとはお知らせです。

 WEBの時代とは言え、FBやブログだけでは伝達できないことはあります。紙媒体を作成することは手間暇はかかりますが、必要性があります。発刊が不定期です。定期発刊すればいいことはわかりますが、時間的な余力がありません。

2015年10月 1日 (木)

避難行動と避難所運営の実際を聞く講演会


 
 私は6月に4年3か月経過した宮城県石巻市・女川町、東松島市、名取市の現地を訪れ、被災者や支援者の皆様と意見交換をしました。大震災後の厳しい現実に立ち向かい、復興する住民の皆様の力強い意志に動かされました。

 今後30年に必ず来ると言われている南海トラフ巨大地震。被災地を訪れ交流してつくづく思いましたのは、「災害対策は事前対策がすべて」であると言う事です。自宅の家具転倒予防や耐震補強や、地震保険や資金対策、企業の継続計画など、事前にきちんと対策をしないと、大地震が起きれば簡単には復興・復旧が出来ない現実も見せていただきました。
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 10月11日には、住民リーダーとして活躍されている石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役の今野清喜さんを講師として招聘し「避難行動と避難所運営の実際」を講話いただく予定です。午後6時から下知コミュニティ・センターで行います。
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「避難訓練に日ごろ参加している人は殆ど助かりました。訓練に参加しない人の多くは亡くなっていました。」今野さんの貴重な体験談、教訓を傾聴いたしましょう。


下知減災連絡会主催防災講演会

「避難行動と被災地での避難所運営の実際」

(講師) 今野清喜さん(石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役)

(日時) 2015年10月11日(日曜日)午後6時より

(場所) 下知コミュニティ・センター 4階多目的ホール

 *会場には駐車場がありません。公共交通機関をご利用ください。

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