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2015年2月

2015年2月28日 (土)

移住者を募ることより 低地の高知市民の安全を考えてほしい

 いろんな機関が調査する全国移住希望者県ランキングがあるらしく、2014年は山梨県が1位であり、長野県のV4はならなかったらしい。

 高知県は2013年こそ6位でしたが、2014年は16位と低迷とか。これなんぞも競争なので、いくら電通を活用して多額の税金でPRしても他県も同じことをしているので、トップにはなれませんね。

http://matome.naver.jp/odai/2141142736640821101

 高知県は南海トラフ巨大地震の対策が「なおざり」でありますからね。特に高知市市街地の0メートルに住んでいる13万人の高知市民への避難誘導体制や、避難先、生活支援策などのロードマップなども未だにありませんから。

 13万人の県民の対策をせずに最大500人の移住者(うち400人は定住しなかったらしい)をひがちに[懸命に)やるよりも、県民の命と財産を守る活動を高知県庁と高知市役所はやっていただきたい。
 中途半端な「とりあえず防災」では命は救われませんから。

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2015年2月27日 (金)

地域防災マップは役立つ情報の満載を

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 とにかく今回の高知市役所災害対策部の「小学校校区ごとの津波避難マップ」は実践には全く役に立たないしろものでしょう。

「とにかく高知市下知地域は揺れると同時に地盤沈下が始まるでしょう。強い3分近くの揺れ(震度6強から7)の最中に地盤が沈下するので、浸水が始まるでしょう。下水等から海水が溢れだし、地震後5分以内に近くの避難ビルへ駆け上がらないと下知の人達は溺死しますよ。

 30分後に津波の第1波が来ます。想定どうりの地震なら地盤沈下と津波で下知地域は5Mの浸水となりますから。地震の時は建っておればどこのビルでも駆け上がらないと駄目です。遠い津波避難ビルは特に高齢者は避難できないので無意味です。」と高知大学の岡村眞特任教授は言われます。

「現実」を全く無視した高知市役所災害対策部幹部の「脳天気さ」には呆れるばかりです。事なかれ主義と市役所防衛の危機管理意識は「超一流」であり、市民の安心・安全には全く配慮がありません。
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二葉町防災マップでは黄色の表示です。まともな市役所の地図(当初のもの)は「地区指定避難ビル」となっています。

 1年間の地域でのワークショップでは左の地図になっていました。ところが莫大な税金を使用して全戸配布された地図には、全く表記されず、市役所認定の「津波避難ビル」が表示されているだけですね。

 高知市役所災害対策部の幹部職員は「住民とのワークショップ」を全く無視した何の効果もない地図を作成し、配布しました

2015年2月25日 (水)

若松町での耐震護岸工事

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 高知県高知土木事務所が高知市堀川の若松町部分の耐震護岸工事が始まっています。工事説明書が近隣住民に配布されていました。

 今回の工区は若松町の5丁目と8丁目の県道に並行した岸壁です。陸側に鋼管抗を地中25メートルの非液状化層まで埋め込み護岸を平成する工法のようです。

 10月までの予定だそうです。堀川岸壁は青柳橋付近から堀川水門まであります。3年ぐらいで耐震護岸工事は完成するようです。
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 堀川耐震護岸工事に対する県の説明

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-e993.html

 堀川耐震護岸工事の説明会です。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-f063.html

 高さは現行の屏風のような高潮堤防と同じですが、液状化対策を行い、津波の引き波でも壊れない堤防であるとの事。堤防が壊れなければ、浸水解消の時期も早くはなりますね。

2015年2月24日 (火)

高知市津波浸水地区

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 高知市中心市街地を貫く国道33号線。枡形付近の国土交通省の道路表示鉄柱の看板にここから津波浸水想定区間」と表示されています。つまり国が公認した低地で地震が起きれば地盤が沈下し、津波の襲来で間違いなく水没する市街地です。

 高知市災害対策部が配布している「高知市津波ハザードマップ」で着色されている地域(市街地)が該当します。間違いなく水没するので、この地域を車で走行する場合は、車を放棄し、近くの津波避難ビルや歩道橋などに駆け上がらないと溺死します。
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 この低地の市街地に13万人の市民が生活し、仕事をしています。避難や、疎開、生活再建。生活支援のロードマップは高知市災害対策部は全く提示していません。というか「しようとしていない」としか思えません。

 私たちは行政に過剰にあてにせず、自分たちできることは提案し、実行して行きます。自分の命と生活は誰も守ってくれないからです。

低地の下知地域は69年前の「昭和21年12月21日」の昭和南海地震で地盤が沈下、液状化で土守堤防が崩壊し。海水が低地の市街地に流れ込み大きな被害がありました。
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 高知市下知地域は全域が海抜0メートルで、国の言う「津波浸水想定地区」なんです。
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2015年2月23日 (月)

香南市・吉川地区の津波避難タワー

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 2015年になってから香南市でも本格的に沿岸部に津波避難タワーが建設されています。夜須にも坪井地区に建設中です。

 県道春野―赤岡線の両側に吉川地区では津波避難タワーが完成しました。鍵がかかっていて(非常時には壊して開けてくれとの表示)があります。でも南国市の津波避難タワーのように、日ごろから開放して誰にでも上がってもらうようにしないといけないと思います。

 通過車両も多いですから。地域住民と通過車両の人達用の施設であると思います。
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2015年2月22日 (日)

肺炎球菌ワクチンのチラシ

防災対策で高齢者の肺炎対策も予防段階ですべきでしょう。
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 現在日本人の死亡要因の3位は肺炎とか。65歳以上が96%以上を占めています。それで各医療機関では「肺炎球菌ワクチン」の高齢者への摂取を呼びかけています。

 このワクチンは確か65歳とか70歳とか、きりのよい年齢であれば、1000円で接種できたと思います。うちは医療者になっている子弟がおられる叔母(83歳)の薦めもあり、父(95歳)は一昨年、母は昨年接種しました。
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 2人ともきりの良い年齢ではなかったので、8000円ぐらい費用は掛かったと思います。でも接種すれば5年間は有効でありますね。

 父も一昨年12月に接種し、昨年3月にインフルエンザになりました。特効薬が効きました。肺炎球菌ワクチンも接種していたので、」肺炎のリスクは低かったですね。

 お元気な65歳以上の方は、接種されてください。ご両親が高齢になり在宅でお元気な人で肺炎球菌ワクチンを接種しておれば安心は安心ですから。

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2015年2月21日 (土)

仁淀川町泉川地区との交流


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 2月19日は泉川地区の野々宮益輝さんのご招待で大植地区にあるトマト栽培ハウスや地区にある「資源」である自然環境や集会所や空き家、万屋などを見学しました。
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 4年前から海抜0メートルに居住する高知市二葉町住民は、仁淀川町の各地域の住民の方と交流事業を行ってきました。「疎開」を前提とした交流です。

 この地域でも、まずは地域の人達との交流をして、懇親をして親身な付き合いに発展して、その先はお互い知恵を絞りましょう。ということになりました。自然環境の素晴らしさと人の温かさを感じました。
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 今年は鳥形山作業所の見学や蛍散策などを行い、地域同士の交流を勧めましょうということになりました。心が洗われた1日でした。

2015年2月20日 (金)

高知市役所に「切り捨てられた」地域の防災情報

 高知市役所の防災対策部の幹部職員は、「市民の安心・安全よりも」、高知市役所組織の「危機管理」を最優先する思考方式になっていることが改めてわかりました。市民不在の「防災行政」の一端です。

 高知市下知地域の海抜0メートル地域にある二葉町や隣町の若松町の自主防災会が、懸命に地域内のビル所有者やマンション住民や不動産業者に働きかけ、協定を結んだ「津波一時避難(退避)場所)(市役所の表現では地区避難ビル)は、一切地図上から削除された小学校校区別の「防災マップ」として高知市内の全世帯に全戸配布されます。

 地図の上の緑で表記された「津波避難ビル」だけの表記となります。
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二葉町や若松町の高齢者の皆さんが、避難出来る筈のない距離に点在するだけのものであり、現実には地域では何の役に立ちません。恐らくこれは通過交通者の「ビジター用」の防災マップとなるでしょう。今回画像に上げた地図情報は詳細な地域情報であり、市役所作成の「防災マップ(?)」とは全く異なります。

市役所作成の「防災マップ」(?)は紙はデポ紙と言う水に濡れても破れない高価なもの。しかも全戸配布。多額の税金を使用して、結果的に地域の「限定情報」しか配布しない高知市役所防災対策部の姿勢はいかがなものかと思いますね。

 要は「二葉町防災マップ」も、平成26年度に住民サイドで市役所職員と一緒に検討した「昭和校区津波避難計画書」で上がってきた貴重な地域情報を一切切り捨てた形での「市役所作成の防災マップ」になりました。
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一体地域での「検討会」は意味があったのでしょうか?なんだか空しい。

2015年2月19日 (木)

下知減災連絡会と地域担当職員とのワークショップ

 2015年2月17日は、下知コミュニティセンターにて、下知減災連絡会の3役と二葉町と若松町防災会幹部と、高知市役所地域防災推進課の実務担当者との「地域防災に関するワークショップ」が開催されました。
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 下知地域内での「津波避難場所」の白紙地域の問題や、近況報告や情報交換が行われました。防災の実務担当者である山中チーフや防災ガールズの担当防災職員は、現場を踏まえておられるので市民目線で対応することが可能です。

 意見交換の中では「前向き」な意見も数多く出ました。海抜0メートルに居住する高知市民が13万人いる現状を今すぐにどうのこうのは言えません。「とりあえず防災」でも問題山積み状態です。

 「諦めず」に地域の減災対策に取り組むしかありません。
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2015年2月18日 (水)

今後30年以内の強い地震が起きる確率の地図

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強い揺れの予想。高知と水戸が70%、横浜が78%とか。首都圏地震と南海トラフ巨大地震は確率が高いということですね。札幌あたりは安心地帯ですね。

北海道は泊原発がなくなれば日本で1番安全な地域になりますね。

やはり日本は世界1の地震国ですね。上の地図と下の地震予想分布図を重ねて見ると良くわかります。地震の確率が低いからと言って地震がないわけではありません。日本はどこにいても災害の危険があるところですから。

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2015年2月17日 (火)

「耐震被覆による活動期に地震防災」を読んで


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 「耐震被覆による活動期に地震防災」(五十嵐俊一・著・構造品質研究所・2012年刊)を読みました。下知減災連絡会で一緒に活動している坂本茂雄さんにお借りしていました。筆者は東京大学工学部卒業後、大手ゼネコンである大成建設に入社、勤務の傍ら米国大学へ留学したり、東大で研究したりした経歴の人。書いていることもユニークです。

「現代の都市とインフラは、鉄筋コンクリートの発明とセメントの大量生産により実現したといえる。建設分野では、これがメンテナンスフリーで、地震で破壊することはないと信じられていたいうパラダイムがある。

 しかし前世紀末から鉄筋コンクリートは、その真の姿を現し始めた。経年劣化し、崩落を初め、大地震の度に崩壊し、多くの犠牲者を出している。環太平洋地震帯上に、かつてない高密度で急速に造られたコンクリートの都市とインフラは、大地震で壊滅する危機に瀕している。

 その他の地域でも経年劣化により早晩、崩壊する運命にある。これに対抗するために、大量の鉄とコンクリートをさらに投入するように求めても、資材、費用、労力ともにとても、追いつかない。診断や補強、補修を計画する専門家も不足している。」

 筆者は「鉄筋コンクリート構造物」の限界を謙虚に認め、限られた資源(人も)でより安全な工法を提起しているのではないでしょうか。

 耐震基準は現実に起きる地震に適合していない。また想定が低いので役に立たないとも。それから対策としても耐震補強の多くは費用の割に役に立たない。免震や制震もそれほど効果的であるとは言えないとも筆者は言います。
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(プレースを鉄板などで固めると、周囲が破損し、変形が大きくなりビルの倒壊につながると指摘されています。P53)
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P76の写真では「現行耐震基準の1・5倍の長期優良住宅が震度6強の揺れで倒壊。耐震強度不足の家屋は倒壊しませんでした。
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それで筆者は構造物の柱の部位を「耐震被覆」することを推奨しています。そのほうが、耐震診断や、耐震補強に多大なコストをかけるよりも、強度もコストも優れていると言います。

 (耐震被覆すると、全体でエネルギーを吸収し変形が小さくなります。)
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 さてそのあたりは正直どうなのかわたしには判断がつきませんでした。

阪神大震災以降に高架橋などの柱部分で被覆による耐震工事を見たことがありました。それが本当に効果があるのかどうか。今後の検証が必要でしょう。意外にもこうした建設分野でも「出たとこ勝負」というところがなんだかなとは思いました。

 香南市を走行するごめん・なはり線の高架部分の部位は柱部分に耐震被覆工事がされているようです。
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2015年2月16日 (月)

防災・防犯・安全対策に「蓄光塗料」の活用を

 日中(光のある場所)では、塗膜に光を蓄え(蓄光)、照明の全くない暗闇でほのかに光を発する「蓄光塗料」。

 従来は「蓄光塗料」は時計の表示板や屋内電気スイッチの一部とか、ごく少量、屋内仕様で使用されていました。従来の蓄光材は、水分に弱く屋外での使用は不可能でした。近年になって蓄光剤を直接外部に触れないようにプラスチックなどに練り込んで表示板を作成されるようになりました。

 しかし値段は高価であり、練り込みの場合蓄光剤本体の総量が少ないため、期待される輝度が低下していたようでした。

 このたび屋外使用に適した蓄光塗料が開発されました。防災や防犯、各種の安全対策に多様に活用できることになりました。用途は拡大しています。

 今まで自主防災会などでは高価すぎて手が出なかった蓄光パネルなどに変って、蓄光塗料は多様な活用が出来ると確信しています。
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2015年2月 7日 (土)

復興<災害>を読んで


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 「復興<災害>―阪神・淡路大震災と東日本大震災」(塩崎賢明・著・岩波新書・2014年12月刊)を読みました。実は、1月17日に神戸市長田区鷹取東地区の20年」慰霊祭に行く前に新刊本で購入していました。一応行く前に積読はしていたものの、震災から20年経過した長田の現実に打ちのめされ、ようやく読書ノートが書けるようになりました。

震災から20年が経過していても、借金の返済をされている人たちや、長年続けてきたご商売をやむなく廃業されている商店主も多いと聞きました。鉄人28号(作者の横山光輝氏が神戸の出身)の巨大な像のある新長田駅前から鷹取東地区を歩きました。思いは複雑でした。

 住宅は新しくなってはいますが、ところどころに空地もありました。3階建てが多いですが、住民の方に聞きますと、区画整理事業で減歩され道路に土地を提供したので敷地が狭くなり3階建てにされた家屋が目立ちます。
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 たしかに長田には、震災遺構はありません。JR新長田駅前は高層マンションが林立し、駅前商店街の商業ビルも立派でした。しかし活気があるか、発展しているのかと言われますと、(高知とは比較できない大都市神戸市ではありますが)どこか違和感を感じていました。
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「筆者が「復興災害」という言葉を初めて使ったのは、阪神・淡路大震災から10年が過ぎた2006年のことである。大震災の被災状況調査や避難所、仮設住宅、復興公営住宅、区画整理事業や再開発と言う復興まちづくりに関わるなかで、いつまでも孤独死がなくならず、まちづくりで苦闘する人たちを見て、これは災害の後の復興政策や事業が間違っているのではないかと思うようになった。」

「震災で一命をとりとめたのにもかかわらず、復興途上で亡くなったり、健康を害して、苦しんだりする人々が大勢いる。その被害は個人の責任だけに帰することはできないと思えた。この復興による災厄は「復興災害」と呼ぶ以外にはあるまい。これは自然の猛威ではなく、社会の仕組みによって引き起こされる人災であり、本来防ぐことが可能な災害である。」

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「実は、現在の防災・減災対策の中で、復興施策はほとんど位置づけられていない。命さえ助かればあとは自分で、という形になっているといっても過言ではない、しかしそれでは多くの被災者は生きて行けず、生活再建はできない。そこに復興災害が発生する根本原因がある。

 復興の事業の多くは公共施策として行われるが、その内容は貧弱で、被災者の実情に合っていないことが多い。」(P3)

 筆者は震災後20年が経過しても、阪神・淡路大震災の被災地では「復興災害」にさいなまれている人たちが存在していると指摘されています。それが2011年の東日本大震災での復興事業に活かされているとは言い難い現実があるとも言われています。

 日々いつ起きるかもしれない南海トラフ巨大地震の恐怖で毎日日にち海抜0メートル地帯に住んでいる私たち高知市下知地域住民の想いや、考え方は、高知県庁や高知市役所の言う「減災対策」にはまず活用されないし、意見の聴取をすることもありませんでした。
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 いつ開催され、だれが委員であるのかも不明な県・市による「南海地震長期浸水対策検討委員会」なども該当地域住民抜きで「勝手に」審議され対策が検討されているようです。そして検討会の意見がまとまってから(住民の意見は全く聞くことなく)、住民側にやおら事後報告するとされています。呆れますね。そしてその検討案を押し付けてくるのですから。

  http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/010201/choukishinsui.html

 南海トラフ巨大地震が起きる前からこの有様で、極めて貧弱な事前対策しかなされていません。実際に甚大な被害がでたならば、高知市低地に住む13万人の市民の避難、生活再建は極めて難しいいばらの道であることは想像が出来ます。

 著作の中で新長田駅南地区の再開発事業の記述がありました。

「東日本大震災の被災者らが、阪神・淡路大震災の復興に学ぼうと神戸を訪れ、予想に反して衝撃を受けるのが、新長田の再開発事業である。そこでは震災後20年を迎えても事業は完了せず(現時点のめどは2017年とされている)、それどころか出来上がった再開発ビルの中はシャッターだらけで、多くの商店主が日々苦しんでいる。巨大再開発と言う復興施策がもたらした「復興災害」がいまなお進行中なのである。」

「神戸市長田区の新長田駅南地区再開発事業(面積20ヘクタール)は、阪神・淡路大震災の復興都市計画事業のなかでも最大のものであり、他の事業が完了する中で今も大きな困難をかかえている。

 新長田地区は。ケミカルシューズの工場や卸売店舗が多く、商店街が縦横に張り付いた住宅・商業・工業の混合地域であった。建物の多くは2階建て以下の木造で、無数の路地で構成された神戸の代表的な下町である。震災では市街地大火によって壊滅状態となった。

 従前の世帯数は1600世帯、人口4600人で、権利者数は2162人であった。

 新長田の再開発事業は、いわゆる第2種再開発事業で、管理処分方式をとっており、神戸市が地区内のすべての土地を買収し、44棟のビルを建設する計画である(総事業費2710億円)。2014年6月に37棟が完成し、1棟が建設中、6棟が着工予定である。」

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「再開発ビルの分譲住宅の価格は、688万円(27・24平方メートル)から、4675万円(124・23平方メートル)で、ほとんどの場合、従前権利の評価額より分譲住宅の価格の方が高い。

 追加的な資金を持たない人は、わずかな補償額を手に転出するか、受け皿住宅に入るしかなく、震災前の住民の45%は地区外に出たという(日本経済新聞 2009年1月13日)。筆者らの初期の調査でも、分譲住宅の入居者の76%は地区外から来た新住民で、従前の住民は24%であった。」(P42「新長田駅南地区再開発」)

 商業者や事業者には復興には大変な困難が伴いました。

「一般に、市街地再開発事業では、従前の居住者・権利者が地区に留まることは難しく、大半が転出することが多い。商業者・中小零細事業者の営業を確保し発展させることは、当事者にとって死活的な問題であると同時に、地域の活性化という点からもきわめて重要な問題がある。

 しかし、従前の商店・事業所が営業を再開するのは大きな壁がある。主なものは以下の3点である。

第1に、従前資産の評価に比べ権利床価格が高いために、入居できないことである。

第2は、共益費、管理費などのランニングコストである。床の買い取り価格に加えて、巨大なビルを維持するための共益費、管理費など、以前はなかった負担が新たに増える。

第3は、再開発によって生み出される商業床が過大な事である。神戸阪神間ではすでに商業施設が過集積しており、大規模な商業床は競争を激化させ、営業にとって困難をもたらす。

 商業床の大部分を「新長田まちづくり株式会社」に賃貸契約しているため、形式上は契約済みになっているのであろうが、各ビルの1階部分では賑わってる店舗もあるものの、2階や地下ではシャッターが閉まったままの区画が目立つ。」(P439)

 確かに2015年1月17日に地元のチョ・ホンリさんに案内していただき、新長田駅周辺の商店街である新長田1番街商店街、大正街商店街、六間道商店街、西神戸センター街などを歩きましたが、著作で指摘されているような現実を見ました。
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 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-39d2.html

 確かに大阪近辺は梅田駅周辺も大規模な再開発され、商業集積が進みました。また超高層ビルの商業施設であるあべのハルカスなども開業しています。同じ神戸市の三宮周辺との競合もあるでしょう。

 職住・商工混合の下町の風情は失われ、巨大な高層ビル群と、商業ビルには活気のない現状を見ると、神戸市の大規模な長田の再開発事業は完全に失敗していると思いました。

 やはり当事者である住民不在の再開発計画であったことが失敗の大きな原因であったと思います。神戸市都市計画部局の思い上がりと市民軽視の開発手法が破たんの原因でしょうね。
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 また現在東日本大震災の復興事業も、地元の意向が無視する形で進展しているようですね。                                   

「多くの市町村では、震災前よりも高い防潮堤を建設し、道路や鉄道敷を盛り上げて堤防替り(2線堤という)とし、浸水を防ぐ計画になっている。また、今回津波で浸水した市街地を大規模に盛土する計画も多い。しかし、それらの計画に対する疑問も少なくない。
 高い防潮堤については、景観上の問題や、海との関係の段絶、津波避難がかえって遅れるといった点や、海岸の環境破壊なども指摘されている。

 城壁で囲まれたようなまち、海の見えないまちになって、将来の街の発展があるのかといった危惧がすでに住民から出されている。また、数百キロメートルにわたって三陸沿岸を巨大防潮堤が覆う事業は、海岸地区の自然を著しく破壊するという指摘もなされている。本来であれば、十分な環境アセスメントがされなくてはならない大事業である。十分な検討もないままに、予算がかくほされたからといって巨大事業が展開され、人々の生活が戻らない街になってしまっては、本当の意味で復興とは言えない。」(P130「住宅復興とまちづくり」)

 東日本大震災後の復興事業でもまたしても阪神・淡路大震災の「復興災害」の教訓が生かされていないように思います。巨大なコンクリート護岸の背後の街には誰もすまないような現実になるのではないでしょうか。

 また筆者は原子力発電所の稼働をさせないことが、重要な防災対策であると言い切っています。
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「原発に「世界最高水準」の安全性を求めるといった議論があるが、ほとんど無意味と思われる。一体、何をもって「世界最高」というのか。世界第2位と比べてどれほど安全になるのか。地震や活火山が多く、狭い国土に55基の原発(もんじゅも含む)が存在する日本は、世界的に見てもけた違いに危険な状態にある。」

「大地震の回数[最近100年間発生した死者1000人以上に地震)と原発の個数を、国土面積あたりで比較してみれば、日本の(地震×原発)指数は、38・09で、世界のどの国よりも数百倍ないし無限大の危険性を抱えている。」

「仮に原発が1基になったとしても、指数は0・69で、第2位のパキスタンの7・7倍あり、世界1危険であることに変りはない。狭い国土で地震が多いこの国では、国土を安全で強靭にするには原発をゼロにするしかないのである。」(P185「大災害時代の幕開け」)
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 塩崎賢明氏は「次なる震災復興の備え」として住宅復興の観点から提起をされています。

①避難所生活の改善

②複線的な総合プログラムの作成

*応急仮設住宅の質の向上

*自力仮設の認容

*みなし仮設の制度改善

*家賃補助制度の導入

*被災者生活再建支援金制度の改善

③住宅再建・生活再建と整合性のある災害復興まちづくり制度

④防災・復興省の創設

 「それらの提案事項を「阪神・淡路大震災の経験と東日本大震災の復興の現実から真摯に学び、既存の制度や悪しき慣習にとらわれず、1人でも多くの命を救い  中略

 大胆に法律・制度や仕組みを改革することが、一刻の猶予もなく求められている。」と言われています。

 南海トラフ巨大地震の恐怖に毎日苛まれています。既に私たち海抜0メートルの高知市の下知住民は被災者になっていると思います。既に地域の地価は暴落し、誰も買い手がつかない状態になっているからです。よほど資産がないと地域外への移転もままならないのです。

 南海トラフ巨大地震は近づいて来ています。なんとか困難な地域に住んでいますが、生きのびたいと思っています。本気で活動をしなければいけないと思いました。


 

2015年2月 6日 (金)

耐震性非常用貯水槽の有効活用についての意見交換会


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 2015年2月5日、下知コミュニティ・センターにて18時30分から、「耐震性非常用貯水槽の有効活用についての意見交換会」(下知減災連絡会・主催)で開催いたしました。 説明者として高知市水道局・高知市防災政策課の担当職員が出席されました。

総合司会進行は、有光下知コミュ二ティ・センター長が行っていただきました。
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 まず地元市議の高木妙さんが、12月市議会に地元下知地域3団体(下知町内会連合会・下知減災連絡会・下知地域内連携協議会)から出されていた「耐震性非常用貯水槽の有効活用についての請願」について、高知市議会での質疑のやり取りなどの説明がありました。

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 続いて高知市水道局次長山本三四氏からの説明がありました。
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「高知市水道局は南海地震対策基本計画を策定しています。それは直径1.2Mの送水管が針木浄水場から九反田配水所まで10Kの送水管を二重化して災害の備えをしています。

 また応急給水拠点を整備することになっており、現在12か所のうち5か所完成しています。応急対策用備蓄倉庫や、緊急遮断弁を設置する工事をしています。

 また現在市内19か所に耐震性非常用貯水槽を設置していまして。後6か所設置する予定です。また「応急給水栓」60か所設置する予定です。」

「長期浸水地域になっている箇所に現在11か所の耐震貯水槽が設置されています。冠水している間は利用できませんが、水深が50センチ程度になれば利用可能です。

 続いて森課長より「災害時における給水方法」について説明がありました。その方法は「耐震性非常用貯水槽の活用。応急給水栓の活用。応急給水拠点からの給水。臨時給水所からの給水などの説明をいただきました。
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 また担当係長からは、非常用耐震貯水槽の赤色回転灯についての説明があり、点灯している場合は水圧が低下しているので、ポンプで汲み出しが必要である。点灯しなければ水圧があり配管が破損していない。とのことでした。
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 排水ができないと耐震貯水槽は利用できないこと。また貯水槽の中の飲料水が適切かどうかは残留塩素計で測定することの具体的措置の説明かありました。

 意見交換会からは様々な意見が出ました。
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「ある時市長と懇談する機会がありました。下知地域の長期浸水地域の可能性をお話し、飲料水の確保が地域指定の津波避難ビルでも不十分です。青柳公園の下の非常用の耐震貯水槽が水没すれば使用できません。どうすればいいのでしょう。と聞きました。

 市長は「潜って水をとって下さいとの答えでした。潜ってとるのであれば、県警や消防の潜水部隊がするのでしょうか?」(若松町自主防災会)
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「当初は高見山へ避難する計画でしたが、長期浸水が下知同様早くなるので、もよとの津波避難ビルなどに避難し、籠城することになります。竹島公園地下にも2万人分の飲料水があります。なんとか有効利用できるようにお願いしたい。」(竹島町自主防災会)

「給水車ですがある程度水没地区でも行動できる仕様になっておられますか?」

「一体何日後に浸水エリアから水が引くのか?県の公表されているデータでは最短で13日後だそうです。それまでの飲料水の工面は自分である程度しますが、低層住宅の住民などは自宅備蓄は無理ですね。なんとか給水体制をしていただかないと限界です.」(二葉町自主防災会)」
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「昔は船舶水を配達する給水船の仕事を親戚がやっていました。浸水地区への飲料水の提供は給水船を活用すべきでしょう。」(若松町町内会)

 それに対しての水道局の回答を要約しますと以下のようになります。

「浸水地域の水が水深50センチ以下にならないと、耐震性貯水槽の利用は出来ません。水道局は浸水地区の市民を見捨てることはしません。ボートもそうですが、局のボートや消防。自衛隊のボートも含め、避難している施設の人達へは飲料水を供給します。」
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「さまざまな給水方法も併用し、大規模災害時にも市民には水を届けます。」


 確かに飲料水は人の口に直接入るものであり、安全衛生管理はシビアにしなかればいけないものです。また異物混入などはあってはならないので、水道施設の管理・運営は専門の水道職員がなさるのは原則であると思います。

 しかしながら、「県と市と学識者や消防や自衛隊などと長期浸水対策検討委員会で議論し、その結論を市民に伝えます。」(高知市防災政策課職員)ということですが、この飲料水問題が議論されているのでしょうか?全く伝達されないのでわかりません。

 浸水予定地域の市民も検討会へいれた議論をしませんと「的外れな」対応になると思います。

 水道局との意見交換会は、開催して良かったと思います。下知地域の住民の切実な思いは伝わったことでしょう。また水道局の「人がおるんだったら飲料水をとどけます。」という真摯な姿勢を確認することが出来ました。

 水道局出身の元参議院議員であった武内則男さんも出席いただきました。
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「水道だけの対応ではなく、市の他の部署や県や国も集い、とにかく下知地域を浸水させない。浸水してもすぐに水を排水する対策が先でしょう。それに全力を尽くすことです。」と言われましたが、全くの正論です。
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 高知市議会への請願書については再考しないといけないですね。思案のしどころです。

2015年2月 4日 (水)

地震対策を市民の立場から申し上げました。

 2014年2月4日は、高知大学総合教育センター社会協働教育部門准教授大槻知史さんからの調査依頼があり、下知コミュニティ・センターに、イタリアの大学教授のパオラ.リッティさんと、大学院生のサランウィット(タイ出身)さんと、浅川直也さんが一緒に来られました。
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 調査の趣旨は「行政側の話は聞きましたので、住民側の話を聞きたい。」ということでした。お話を伺いますとイタリアも地震国だそうです。1906年にメッシーナ(シチリア島)で大地震があり、死傷者が1・3万人出たそうです。

 またある地域の地震で、煙草を吸いに外へ出たところ地震が発生し自宅が全壊。家族が死亡しました。罹災者の男性は35年間苛まれ、2年前に自殺されたとも聞きました。結局イタリアでも日本でも「コミュニティのつながりがあるかどうか」が問題であるそうです。
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 パオラ.リッティ教授からは「地防災域の目標はなんですか?」「地域コミュニティはどのように形成されようとしていますか?」「地域で悩まれていることは何ですか?」「復興まちづくり計画はありますか?」と高度な質問がされました。
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 私以外は英語での会話。大槻先生と浅川さんが日本語にしていただいて私なりに、回答しました。
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 メモをしていないので、正確なやりとりは再現はできませんが、「二葉町自主防災会の実施した全世帯を対象とした防災世帯調査について。そこでは調査にご協力いただいた人の病歴や介護歴、緊急連絡先も書いていただいたこと。その情報は金庫に入れ、もしもの災害時以外は開封しないこと」を説明しました。

「調査してわかったことは地域が予想以上に高齢化していること。それ故市役所指定の二葉町の津波避難ビルである下知コミュニティ・センターまで駈け込めない高齢者がおおくいることが判明しました。そこで防災会指定の津波一時避難(退避)場所としてのビルを従来(2007年)の11か所から、2014年は15か所に増やしました。」

「各ビルの連絡は町内の班(16あります)の防災リーダーに携帯トランシーバーを持っていただいています。昨年8月に情報伝達訓練をしました。これを定期的に実施する必要はありますね。」

「地域同士の交流は中山間部の仁淀川町と交流をしています。遠くの親戚のような関係になればと思います。将来的には相互支援ができる関係になり、行政側も支援をいただきたいですね。」
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「津波避難ビルだけでは垂直移動なので、下知地域のような浸水が早く始まる地域では「浮体構造物」も考案していただきました。これなども民間人がここまで考えたのですから、行政側が実証実験するとかしていただきたいと思いますね。」

「また事前復興対策としては、津波浸水地域外へ集団移転するか、もしくは地域を10Mかさ上げして立体換地をして再開発をするしかありません。そのためにはまちづくり協議会をこしらえる必要性があります。

 まだステップ1の段階で、地域の諸団体・グループを統合した下知地域内連携協議会を昨年1年間かけて結成したところがスタートですね。」

 いろいろ他にも質問があり、回答したようですが、自分は頭が悪いので、このあたりまでですね。
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2015年2月 2日 (月)

平成26年度二葉町自主防災会の活動履歴です

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 高知市地域防災推進課より、「平成26年度の自主防災組織活動状況調査表」に記入せよとの通知が、会長あてにきていました。その種の書類はすべてこちらへ回されてきます。
 
 それで上記の画像に様に手書きで書きました。でもそれでは詳しい活動内容はわかりません。

 二葉町防災新聞というブログのカテゴリー「二葉町自主防災会行事」があります。その履歴をたどれば、二葉町自主防災会の活動内容がわかると思います。


 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat37362817/index.html

2015年2月 1日 (日)

下知地域内連協協議会・文化サロン


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 午前中は父(95歳)のゴルフリハビリをしました。戻ってきて両親の昼食をこしらえ、少し雑用をこなして、歩いて南金田町にある藁工ミュージアムへ行きました。予想どうり今日は冷たく強い北西風が吹きました。歩くと風情のある藁工ミュージアムに到着しました。
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 「ポコラート宣言 高知展」は、1月15日で展覧会は終了しています。同じ高知市下知地域にあるミュージアムという事で、下知地域内連携協議会の「文化サロン」ということで特別に閲覧させていただきました。しかも学芸員さんの解説付きです。
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 館内での作品の撮影は出来ませんでしたので、文章での感想にとどめます。こさわりや執着心が作品になったもの。そういう作品が多かった。

 展示された作品については藁工ミュージアムのホームページに掲載されています。

 「ポコラート宣言2014 / 高知」ちいさな鑑賞者たち

http://warakoh.com/museum-blog/?p=4135

 作品を観賞していて、とてつもなく時間がかかる作品も多い。また独自の視点でこしらえている作品もあり、それはそれで見ていて愉快でした。学芸員さんの解説で作者の人となりも理解出来ました。

 見学終了後は隣の「土佐バル」でお茶タイム。まったりした気分になりました。藁工ミュージアムさんに感謝です。

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