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2014年9月

2014年9月26日 (金)

5年間保存できるレトルトカレー

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 ハウス食品が防災備蓄品として、温めなくても美味しいというレトルトカレーを販売しています。5年間保存できるといいます。こういうものを備蓄するのは良いとは思いますね。

 東日本大震災後のハウス食品のBCP(事業再構築計画)から生まれた製品のようですね。

 https://housefoods-group.com/csr/topics/topic02_01.html

 カレーは栄養バランスが取れる食品。収容所生活ではどうしても野菜不足になりますから。
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2014年9月25日 (木)

「地震に備えて建物と家具」


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 下知コミュニティ・センター防災部会が開催している「防災連続セミナー・自助力を高めよう」の第2回目は、「地震に備えて建物と家具」でした。講師は西田政雄さん(防災寺小屋塾頭)でした。

 地盤が軟弱である高知市下知地域は、地震の揺れが増幅され強くなる可能性が高い。揺れも長い時間になるので建物の被害も相当出ることは覚悟しないといけない。
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「震度5以上で固定していない家具は倒れます。震度6になると飛んで凶器になります。こちらは震度7が想定されている地域なので、家具の固定はあらためてやりましょう。」

「2004年の新潟中越地震では68人の死者が出ましたが、73%が家具の下敷きになり亡くなりました。冷蔵庫は重たく凶器になります。冷蔵庫の固定はとくに大事です。」

「家具の固定の基本は、家具と天井の隙間を埋めることです。そのことで倒れることを少しでも遅くすることが出来ます。」

「テレビはゲルの上に乗せて倒れにくくします。風呂場は洗濯機や乾燥機が置いてあれば倒れにくい工夫をしてください。」

「台所の水屋や戸袋は使用するときだけ開けるようにして、開かないようにします。ストッパーも市販されています。自作するのであれば、鉢金を折り曲げて、眼鏡状にしてひっかけるだけで戸袋は開きません。」
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 家の中でも「どこへ身を隠すのかを常に考えること」「防災用品と名前がつけば割高なので、工夫をしましょう。」と西田さんは言われました。

 次に家屋の耐震補強について話をされました。

「行政の補助のある耐震診断は、地震対策のなかった昭和56年以前に建てられた木造住宅です。後で耐震補強するかどうかは別として、家の健康診断ですから受けておいたほうがいいでしょう。自己負担は3000円ですから」と西田さんは言います。

 →高知市の住宅耐震診断の受付は住宅課です。

 https://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/60/taishinshindan.html

 各市町村でも住宅課あたりが窓口です。わたしも父の古家(築48年)が隣町のいの町にありましたので、申込み耐震診断を受けました。平屋の安普請の家屋でしたが、判定は「0・59」でした。1が倒壊しない基準です。

 雨漏りが酷くなりましたので、屋根の修理方々耐震補強も含め、西田政雄さんに相談しました。

「基礎が乗っかっているだけの古い家なので、行政の補助が最大110万円出たとしても、1にするためには建て替えするだけの費用がかかるでしょう。寝起きしている部屋だけを耐震補強して、屋根を軽くすることをすれば、耐震性は向上します。」と言われました。

 建築業者も紹介いただきました。結局瓦屋根を軽いトタン屋根にしました。居住部屋の1室だけ壁を張り替え、古いエアコンを撤去し、窓に飛散防止フィルムを貼りました。トイレもこの際水洗にしました。そういう住宅改造をしました。行政側の耐震補強の補助制度は使いませんでした。

 悪徳業者の特色も言われました。

1)チラシなどで勧誘する。

2)訪問を執拗に繰り返す。

3)他社の悪口を言う。

4)状態も調査せず、補助金内で収める。

5)実績数を誇示する。

6)契約を急ぐ。

 こうした業者は要注意であるということです。

 防災連続セミナーは、次回は10月29日に「無線機の使い方とマナー」です。

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2014年9月24日 (水)

「日本の津波災害」を読んで


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 下知市民図書館で「日本の津波災害」(伊藤和明・著・岩波書店・2011年12月刊)を読みました。この著作を読みますと日本列島の沿岸部は過去、文書で記録されている2000年あまりの歴史の中で、津波に襲われ続けています。

 東北沿岸部、四国、紀伊半島、東海地方、関東沿岸部、沖縄の島々、日本海沿岸、北海道沿岸部などです。古文書以前の津波の記録は陸上の淡水池やがけの地形を解析して津波の履歴を調査されているようです。

 1923年の関東大震災でも大火災が印象的ですが、神奈川県の沿岸と静岡県では大津波が沿岸を襲い多くの被害を出しています。その記録に寄りますと「地震だ!津波だ!高台へ逃げろ!」という昔からの言い伝えを実行した集落は命が助かっています。

 1854年の安政地震の時の和歌山県広川町での津波の時に、浜口儀兵衛のとっさの機転とと、津波罹災後に私財を投げうち津波堤防を建設した話を聞いた小泉八雲が感動し、「生神様」という小説になり、「稲村の火」というとして教材として小学校の国定教科書として全国の学校で学ばれました。

 良い教材なのでまた小学校の防災教育として復活していただきたい。「国定教科書」であったということで敗戦後に顧みられなくなったとの事ですが、他の軍国教材とは異なります。

 日本の国土の6割強は森林(山)です。高知県は84%が森林。ひとびとが生活する都市部は沿岸部の沖積平野の埋め立て地になります。地盤が弱く、海抜が低く、海や川に隣接しています。

 地震列島日本に暮らす以上は地震・津波は「宿命」です。過去土佐の先人たちは幾度となく大津波に襲われ、「亡所」(集落ごと津波で壊滅)を繰り返しながら定住し、生活を営んできました。
 
 私たちも「生きのびることが難しい」高知市下知地域で生きのびるための地域活動をしていきたいと思います。この著作は「日本人の宿命」を感じました。

 東京五輪や大阪都構想がいかに危険で、安心・安全に考慮していないことが良くわかります。「安全はすべてに優先する」という当たり前のことが政治に貫かれていただきたい

2014年9月21日 (日)

二葉町防災マップが掲示板に貼られています

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 2014年度版の「二葉町防災マップ」。このたび印刷が完成しました。9月18日に二葉町自主防災会・防災リーダー会にて各班ごとに配布されました。この防災マップは町内会入会メンバーだけでなく、防災世帯調査に協力いただきました町内会外の二葉町民にも配布されます。

 7年ぶりの改定です。「津波一時避難(退避)ビル」は、2か所増えました。7年前にはなかった「津波避難ビル」も二葉町内に2つできました。今まで町内にはなかった収容避難場所も下知コミュニティ・センターとして出来ました。
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 まずは二葉町町内にある掲示板に貼られて行っています。全戸配布しましたので、各家庭で目に付くところへ貼ります。また班内で1か所屋外に掲示できる場所にも貼ることになっています。
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2014年9月19日 (金)

二葉町自主防災会・防災リーダー会


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 2014年9月17日は、下知コミュニティ・センターにて二葉町自主防災会の防災・リーダー会が行われました。今回は新しく完成した「二葉町防災マップ」を配布しました。各班の住民に全戸配布です。
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 各リーダーにお願いをしました。

1)今回は2007年以来年ぶりの改定版です。

2)今までなかった「津波避難ビル」も町内に2か所出来ました。津波一時避難(退避)場所も3か所増えました。全部で二葉町には15か所の避難場所が出来ました。


3)二葉町防災マップは、お手数ですが、班ごとに1軒1軒配布してください。

4)もよりの津波一時避難(退避)場所や津波避難ビルに避難し、携帯トランシーンバーで安否確認する訓練も後日実施します。

 ようやく7年ぶりに新しい防災MAPになりました。

2014年9月18日 (木)

女性の視点を災害対策に生かす

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 2014年9月17日に、高知市下知コミュニティ・センターにて「女性の視点を災害対策に生かす」という講演会が開催されました。講師は「高知市女性の視点による南海地震対策検討委員会」の北村真由美さん(地域保健課・保健師)と明神宏美さん(保育幼稚園課栄養士)です。

 事前に下知コミュニティセンターを7月30日に視察いただき、下知減災連絡会の女性メンバーとも意見交換していただきました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-ba5c.html


今回は「女性の視点を災害対策に生かす」というPRが効きました。聴講者の大半が女性でした。逆に下知減災連絡会のオヤジメンバーが遠慮してか姿が見えません。女性の視点というのは「生活者の視点」でもあります。世代、性別を超えてみんなで聴講する内容の講演会でした。そのあたりは少し残念です。

 まず北村真由美さんからは、「家庭生活の中で女性は家事や、育児、介護などを主体的に担っています。女性のためにというよりは、生活者の視点からの防災対策が必要です。」
 北村さんは2011年3月11日の東日本大震災の直後に、保健活動支援にて宮城県南三陸町へ3月23日から30日まで行かれました。現地で撮影された写真もご披露されながら「避難所開設」「避難所運営」「事前の備え」などの項目をわかりやすく説明されました。
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 広い体育館に大勢の避難してきた人たちが詰め込まれ、個人的な事情に配慮されない避難所であると大きなストレスを生むことを話されました。具体的には、
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「寒い時期でしたが暖房も十分ではなく、体調を崩される人が続出した。」

「知らない異性が隣で寝ていることにストレスを感じる女性が多くおられました。」

「避難所の中での女性への配慮が足りないところもありました。着替える場所や、洗濯物干し場も男女別々に配慮する必要がある。」

「トイレも男女別々に離して設置する必要があります。」

「震災後のストレスから、DV(暴力)も平常時の数倍あるやに言われています。異性の避難所管理者に相談しにくいこともあるので、女性メンバーでの避難所運営も必要です。」

「高齢者や女性、乳幼児や障害者に対する配慮は、運営当初から意識した対応をしないとなかなか混乱時には行き届きません。」身体機能の衰えている人にはトイレへの移動は大変でした。
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「また避難所開設時には、罹災者の名簿を作成し、避難所に安否情報を掲示したります。夫からDVを受けている女性が見つけ出され被害を受けることもありました。名簿の公開の有無と取り扱いは細心の注意が必要です。」

 現地ならではの情報があり、罹災者名簿の取り扱いまでの配慮の視点は正直気が付きませんでした。また災害直後では、行政職員もすぐに動けないため避難所も住民で運営されていたようで、3日後に避難所に到着したものの、何をしていいかわからず(特に防災訓練や担当をしていないので)わからなかったとのことでした。

 それゆえ避難所のルール作りや運営には女性、高齢者、子供、若者、障害者の人達のご意見を取り入れるものでなければならないとのご指摘もありました。普段の地域防災会での会合や運営、訓練も同様の考え方の実践が必要であると思いました。

 また避難所での感染症の予防のために消毒剤などの配備が必要であるとのご指摘がありました。ADL(生活機能)が低下されている人への配慮として、ポータボルトイレを活用することも必要との指摘もありました。
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 明神宏美さんからは、避難所暮らしが長くなると栄養バランスが崩れると言う人が多くなるとのご指摘がありました。避難所暮らしの3週間後の神戸市(1995年阪神大震災直後)と、気仙沼市(2011年東日本大震災直後)の食事供給におきましても、炭水化物が多く、栄養バランスが崩れた食事状況でした。

「菓子パンとおにぎりが主体でビタミン・ミネラルがとれていません。野菜類が避難所生活では食べられませんので、栄養バランスが崩れ、健康維持が難しくなり、身体機能の維持が難しくなります。」
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「南海トラフ巨大地震は、広域に被害が出るでしょう。救援や支援物資がすぐに届けられるかどうかわかりません。また高知市下知地域のように長期浸水する地域では尚更、食料や水の個人の備蓄は必要です。」

「栄養バランスの比率は、主食(米・パン・など)が3で、主菜(肉・魚)が1で、副菜(野菜など)が2です。牛乳や乳製品も副菜に含まれます。」
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「避難所で支給される食料で栄養バランスをとることは難しいです。そこで各家庭での備蓄が必要です。果物缶詰(特にミカンはビタミンが多い)、野菜ジュース、サプリメント(栄養補助食品)、スポーツ飲料(脱水対策)、調味料が必要です。」

「避難所の備蓄品では全く足りないことを自覚してください。各家庭で3日分の食糧と水は備蓄し、乳幼児や高齢者のおられる家庭はより多く備蓄してください。」
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 また薬を服用している人は「くすり手帳」や健康保険書などのコピー。介護認定を受けている人はその症状を記述する必要があります。」

 最後に北村さんの方から総括的なお話もありました。

「普段から地域の多様な人たちも参加されて防災活動や訓練がされるべきです。下知では11月に避難所開設訓練や宿泊訓練がされると聞きました。

 その機会を利用してご自分のご家庭の食料や非常持ち出し品の点検や、備蓄の見直し、避難所のありかた運営についての点検をしてください。」

「日ごろからのご近所付き合いも必要です。遠くの親戚よりご近所の人が頼りになります。また地域に看護士さんや調理師さんがおられることがわかれば、行政の支援が本格化する前に早期の対策も可能になります。」と言われました。

 二葉町自主防災会では、昨年11月から今年2月にかけて「防災世帯調査」を実施しました。各世帯の構成、病歴・介護歴。非常時での連絡先の調査とともに、保有している資格なども申告いただいています。

 防災世帯調査の効用について

 医師が2人、看護師が7名、介護士が2人、理学療法士、調理師や美容師、理髪師や手話通訳の資格者、アマチェア無線免許保有者もおられます。またチェーンソーを取り扱える人や、建築士もおられました。こうした皆様を「地域の資源」として大災害時にご活躍できるように対策をしていく必要性も感じました。

 質疑応答でもいくつか質問がありました。

「慢性疾患の人は病歴やくすり手帳も持参する必要性があることはわかりました。介護認定を受けている人などはどうすればいいのでしょうか?」

「介護保険書や介護に様子を書いた文書なども役に立ちます。」

「血圧の薬や血をサラサラにする薬も種類があり、飲む量も各人違います。薬手帳の持参は必要です。あるいは現物」

 「長期浸水地域であります。急病人が出た場合は搬送は可能ですか?」

「それに対しては症状によりヘリコプターによる搬送も必要です。」

「浸水地域にはヘリポートがありません。どう対策するのかはこれからの課題でしょう。」

 「マンションが避難所になっていますが、今説明されたことの訓練は必要なんでしょうか?」

「津波避難ビルはあくまで一時退避所です。今日のお話は避難収容所の話です。コミュニティ・センターや小学校のことです。」

 坂本茂男下知減災連絡会事務局長は、「現在私の住んでいるサーパス知寄町2のマンションが津波避難ビルとして防災拠点、長期浸水地区への支援拠点になりうるかどうかの調査をしています。国土交通省の支援事業が採択され、現在調査・検討中ですので、修了したらご報告します。」と言われました。

 大変充実した講演会でした。北村真由美さん、明神宏美さんありがとうございました。
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2014年9月17日 (水)

第2回認知症重度化予防実践塾


 2014年9月16日に、「第2回認知症重度化予防実践塾」(高知市高齢者支援課主催)の講座を受講しました。8月の講座は台風の接近で中止になっていて、2回目の受講。7月8日以来です。

 第1回認知症重度化予防実践塾


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 今回をいれて3回の受講。受講者はケアマネージャーや、介護施設関係者、社会福祉協議会の人達など介護のプロの人達が大半。家族としての参加は私を入れて3人です。参加者はスタッフは女性が大半で、私を含めた男性の参加者は少数でした。

 午前中は、石黒秀喜氏(財団法人長寿社会開発センター)の講義がありました。石黒氏自身の身内の介護体験がベースになり多くの教訓を引き出されています。多くの参考になるお話をいただきました。そのなかで印象残った言葉を書いてみます。
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「認知症になられた人のプライドを大切にした関わりが最も大事である。当たり前すぎて誰も教えてくれなかったことです。」

「家族の「励まし」は認知症になられている人には「抑制」となり、苦痛となる。指導教育は無理であることを介護をする人や家族は理解しないといけない。」

「認知症の人との信頼関係をつくることが何より大事。その人の全盛期の人生を知ること。」
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「指示は具体的に1つずつ。一度に複数の用事は実行できにくくなる。抽象的な思考は苦手になる。」

「認知症の人はなにもかにもわからないのではない。ただ問題行動を起こしても怒られる原因が理解できない。しかし扁桃体が作動し、悪い感情は蓄積されていきます。」

「海馬が壊れ、全盛期の自分に戻っている可能性がある。」

「何もできないわけではなく一部の機能が壊れてしまった。「命令」には従わない。「抑制」には抵抗する。本人に恥をかかせないことが大事。」
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「認知症は何も分からなくなって、最後は人でなくなるイメージがいつのまにか日本人の認知症観になった。惚けることを認めない文化が背景にある。小説「恍惚の人」の認知症感を引きずっています。」

「物言忘れがあっても気にならない社会であるべき」でした。

 また石黒氏は「ユマニチュード」(フランスで1979年に生み出された。知覚・感覚・言語を包摂したコミュニケーションを軸にした認知症の人と関わり方の技術)
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「見つめること」「話しかけること」「触れること」「立つこと」(2本の足で立って歩くことが、人間の特徴。歩くことで覚醒水準が向上する。寝たきりは不自然)という考え方は、今になれば当たり前。

 医療現場や介護現場では「認知症」ということで、抑制ばかりの治療が今でも横行しているようですね。石黒氏は車椅子の認知症患者が、「ユマニチュード」により立ち上がり歩けるようになることは不思議ではない、むしろ医療関係者がおかしいと指摘されていました。

 午後からは金田弘子氏(森本外科・脳神経外科医院)から、症例ごとの助言をいただきました。うちの母の場合の悩みは腰痛(脊椎間狭窄症による)が原因の筋力低下による尿失禁です。

 「尿失禁対策はウォーキングの実施でしょう。最近では両手で使用する杖(ノルディックウォーキングで使用)を使えば良いという助言を受けました。母は頑固でなかなか歩こうとしません。

 ケアマネージャーの下村恵子さんと相談し、1日デイの回数を増やしていただき、月曜、水曜、土曜にし、火曜と、木曜は半日型の介護予防通所リハビリにしました。金曜日はわたしがはりまや橋商店街の「活き活き100歳体操」(介護予防体操)へ連れて行っています。

 家族としては社会制度も活用して目いっぱいのことをしています。水分補給はしつこくやり、今でも継続中。こちらは上手くやりました。問題はやはり歩くことですね。施設へ行く回数を増やしたのも専門スタッフにお願いしてあるからです。

 不健康から認知症が進行することも理解できました。1回目の金田先生の講義でも「水分補給」の重要性が理解できました。2本足直立歩行の大事さ、「寝たきりにしない」ことが認知症を遅らせる有力な手段であることもわかりました。

 超高齢の両親(父95歳・母88歳)との付き合いはまだまだ続きます。命には限りがありますが、精一杯家族として面白おかしい人生を共有したいと思う。
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2014年9月12日 (金)

二葉町・資源・不燃物ステーション


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 9月になり朝晩はめっきり涼しくなりました。毎月第2金曜日は高知市ッ二葉町町内会では、資源・不燃物ステーションが、下知コミュニティ・センター前で、荒木三芳副会長の指示の元、町内各班の当番が出て、「仕分け」作業を行っています。
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 [高知方式]と呼ばれる資源物の「仕分け」作業。ビンは透明・黒・茶・青などと仕分けされ、段ボールも「印刷された段ボールは」雑紙とされ、分けられます。
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 今日は出されたものも多く自転車や家具、家電製品なども多く見られました。
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 毎月一度町民同士が顔を合わせ、おしゃべりすることも実は大変大事なことであると思います。

2014年9月11日 (木)

第5回下知地域内連係協議会が開催されました。


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 高知市下知地域(9400世帯・人口2万人)で、新たな地域コミュニティをこしらえようという目的で、今年2月から下知地域内連携協議会・準備会を3回開催し、5月から準備会に移行しました。9月10日の会合は準備会としては第5回目です。
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 今回も下知地域に関わりのある町内会や自主防災会、校区安全会議、民生委員、社会福祉協議会、福祉関係者、消防団、地元企業、小学校PTA,保護司会、文化団体などの人達25名が参加しました。

 今回の会合の議題は4つです。

1)下知地域内連係協議会の規約について

2)下知地域内連係協議会の事業計画、予算について

3)下知地域内連携協議会の役員の人選について

4)下知地域内連係協議会の加入手続きについて

 規約については全会一致で承認されました。

 事業計画については、」当初10月17日(金曜日)に、昭和小学校で予定されていた「映画じんじん」については、準備不足ということで延期することにしました。きちんと上映目的をはっきりさせ、実行委員会的なものをこしらえ、再度仕切り直しになりました。

 役員の人選については、「役員選考委員会」をこしらえて行うことが同意されました。加入手続きについては「ひな形」が承認されました。個人・団体用があります。高知市暴力団排除条例に基づいて誓約も提出する形式になっています。
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 10月8日に高知プリンスホテルで結成総会を開催し、総会終了後は懇親会も行います。

 地域に新しいコミュニティをこしらえることは結構都市部では大変なことです。でも普段交流のない人たち同士が会話が出来るという事がなにより良いことであると思います。
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 きっと「面白い会合」に成長すると確信しています。

2014年9月10日 (水)

「いま災害を生き抜くためのことば」に参加して思うこと


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 2014年9月7日にNHK仙台放送局が制作した番組「いま災害を生き抜くためのことば」に参加していました。音声NHKラジオ第1放送の番組で午後5時5分から6時55分ま全国放送されました。

 NHK仙台放送局のスタッフの皆様とは当日まで事前に面談はしていませんが、担当者の塚原奏介さんとは事前に何度もメールでやりとりをしたり、時に電話で話をしたりしました。個人的な事を申せば、わたしは今まで一度も東北の地へ行ったこともなく、「仙台へ来られてラジオ番組へ出演しませんか」と言われましたが、私ごときでいいのでしょうか。ちゃんと他の出演者の京都大学助教の奥村与志弘さんやタレントの山口もえさんと話がかみ合うかどうか正直心配でした。
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 事前のNHKの事前取材録音が5本あり、そこがしっかりしていましたので、番組進行はスムーズでした。わたしの技量不足で感想を言うにとどまり、「仁淀川町と二葉町との取組」や、「徳島県美波町との交流」「神戸市長田区鷹取町内会との交流」については紹介できませんでした。

 日程的にシビアでしたので、仙台市は駅から仙台放送局との間の徒歩15分と、帰りにホテルから駅まで15分の歩きで街並みを垣間見ただけでした。それでもあるキリスト教教会に「ボランティア募集」の看板があり、朝日新聞や河北新聞の記事に「震災関連」があり、やはり四国で感じていること以上に深刻であると思いました。
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 「いま災害を生き抜くためのことば」番組について

 番組では5つの事前取材と録音にて構成されていました。

1)岩手県洋野町では、「津波の犠牲者が0」でした。その背景は?

 ベテラン漁師のくらさん(77歳)は、「揺れ方がいつもと違う。これは大津波だ。」と周りの漁師や港にいた人たちを高台へ避難するように大声で呼びかける。地震後とまどいう動けなかった人たちに「スイッチ」が入り、皆が逃げることに成功し、犠牲者は出ませんでした。

 凄いのは、娘さんも「きっと無事だろう」と信じて、1人で探すこともせず高台へ逃げたそうです。

 「津波てんでんこ」の実践事例です。「てんでんこ」は「てんでんばらばらに」の意味で、「人にかまわず必死で逃げろ。」という意味です。「津波対策はハード、ソフト両面あるが、特にソフト面が非常に大切なことが証明された。各家庭で津波の時にどうするか、考え続けてほしい。それが集まることで真の対策となる」(岩手日報)

 まさに岩手県洋野町の人達は「津波てんでんこ」を実践して助かりました。

 「板子一枚の下は地獄」の世界で仕事をしている漁師さんたちは、私は「海の神様」であると思います。わたしもセーリング(ヨット)を遊びでしていますから。2度ほど冬の強風の海で漁師さんに助けていただいたことがありました。

 「冬の青空で北の山へりに白い雲がへばりついていたら大風が吹くので絶対に海へ出られん」と言われました。私が自力で戻れなくなったのは、今思えばそういう気象条件でした。

 ベテラン漁師のくらさん(過去津波に3回遭遇とか)が「これはただ事でねえ。偉い津波が来る。逃げろ!!と叫んだのは物凄い説得力がありました。その一言で経験の浅い若手漁師にもスイッチがはいったのですから

 家族を「探すのではなく、その場その場で、てんでんばらばらに1人1人が高台を目めざして逃げること。そのことを家族と地域のルールにして、しかも実践されたことが凄いことです。

 昔の人が考案した「津波てんでんこ」は優れた言葉であると今更ながらに思いました。

 四国にはそのような優れたコピーはありません。「命山」と呼ばれる小山が沿岸部にあります。

 私がセーリングを年中やっている香南市夜須町。過去の南海地震の大津波で「亡所」という表現が古い記録にあるように被害がでている地域です。この地域の坪井に30メートルの高さの小山があり観音山と言われています。

 言い伝えでは大津波が夜須を襲いました。ひとびとはこの山へのがれて命が助かりました。しかしそのうち何人かは山を下り、自宅へ戻り金目のものを取り出そうとして次の津波の大波にのまれ亡くなりました。
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 徳島県美波町(由紀)には、日本最古の「津波に注意する」石碑があります。
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 石碑には「逃げたら金目のものにとらわれず、家に戻るな。」と刻まれているそうです。この山は人々の命を救う「命山」とも呼ばれています。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_2320.html

 「命山」とよばれている高台は四国に何か所かあるようです。

2)地域のリーダーの責任を考えさせられました。

 山元町ではラジオの予報で津波の襲来を知ってもなかなか地域の人たちが逃げない。区長さんが懸命に説得しても逃げない。90歳のお爺さんを説得中に津波に巻き込まれ、なんとか一命を取り留めました。

 番組の中で区長さんの言葉が紹介されていました。

「自分の区の犠牲者は59人。住宅団地だけで、12.3人亡くなる。近所で固まっていた人も亡くなる。他の区長は、避難を言いまわっているうちに犠牲になった方も。

 自分の命は自分で守り、自分で避難するのが本当でしょう。気持ちの問題として、区長は地域のために働く。自分だけが助かろうとは思えない。

 地域のために働くはずだという住民の期待も感じる。我先に逃げていいのか、悩ましい。そんなことしたら後々まで非難されるのではないか。」と。

 重たい言葉です。

 私の私見は「役目を持つ人の問題ですが、自主防災会は救助のプロでもないので、あくまで事前の啓発や呼びかけ、事前対策がすべてです。自分や家族の命は自分で守ることが大原則です。」

山元町の区長さんは真摯で地域の人達の動静を把握されています。緊急事態にも災害弱者と言われる地域の高齢者をなんとか助けようと奮闘されておられました。では自分はそれが出来るのかと問われれば、それは出来ないと思います。

 うちにも超高齢者の要介護度1の両親がいます。家族があります。小さいながらも会社を経営しています。危機的な状況の中で、避難しようとしない地域の住民を敢えて説得する選択肢は私にはありません。やれることは事前対策がすべてです。

 わたしなりに自主防災会の補償制度や保険についても調べました。

 「現状では自主防災活動で怪我をしたり命を落としても補償はなにもないです。」

 高知市の消防団員をしている知人に聞きました。消防団員は火災現場へ駆けつけ消火活動をしますが、その際怪我をしてもちゃんと保険が掛けられていて、死亡したら多額の見舞金が出るように聞きました。

 一方地域防災の一翼を担うと期待されている自主防災会。現状では南海地震が起きて、ご近所の人達を救助しようとして怪我をしたり、死亡しても消防団員のような補償は全くありません。無保険状態なのです。

 損害保険に詳しい知人に「自主防災会メンバーを対象とした傷害保険はありませんか?なければこしらえることは難しいのでしょうか?」と聞いてみました。

 回答は「全国市長会市民総合賠償保障保険というものがありますよ。そのなかでおそらく自主防災会の活動もカバーされているのでは」との回答を得られました。

 全国市長会市民総合賠償保障保険(奈良市の事例))

 http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1244454343983/index.html

 全国の市町村が加盟をしていますが、補償内容が「ボランティア活動」や、防災訓練時の事故などに限られていて、実際の地震や津波での活動は「補償対象外」と明記されているのです。

 例として取り上げました奈良市の場合も「対象外」と書かれています。

■ 補償の対象とならない事故

* 該当行事等に参加するための往復途上の事故
* 給付対象者の故意
* 死亡給付金を受けとるべき者の故意
* 給付対象者の自殺行為、犯罪行為
* 給付対象者の酒酔い状態での事故、又は無資格運転による事故
* 給付対象者の脳疾患、疾病又は心神喪失によるもの
* 大気汚染、水質汚濁の環境汚染
* 地震、噴火または津波
* 医学的他覚所見のないけい部症候群(いわゆる「むちうち症」)や腰痛
  ---など

 ではなぜ自治体は「自助」「共助」「公助」を言い「自助が7割・共助が2割・公助は1割です。」などと無責任極まりないことを言うのでしょうか?

 公助(行政)の2倍も(共助)が担うべきであると行政側は日頃公言するのに、防災活動をする自主防災会の構成員の「身の安全」「傷害保険」については何の手立てもしていません。全く無責任極まりない。社会的なケアする仕組みづくりが大事なのではないか。この件に関しては掛け声だけでなにもしないのが行政当局です。

 
 ちゃんと補償があると言うなら、具体的にそのしくみを解説いただきたいものであります。

3)洋野町の消防団員は「率先して逃げる」ことをルール化していて住民も熟知している。

 時間を決めておられ「何分経過した。これ以上は危険。消防団は率先避難する。」と消防自動車をともないサイレンを鳴らしながら高台へ避難された。それを見ていた住民各位は「消防団が避難しているぐらいだから大変な津波が迫っている。ただちに何を置いても高台へ逃げなくてはいけない。」というメッセージにつながりました。

 これは良いルールであると思いました。消防団はボランティ組織とは言え、行政組織と末端で繋がっています。災害罹災情報は行政から逐次無線で送られてきます。危機が迫っていることをいち早く知ることが出来ます。

 それゆえ知りえた危機的な状況を、的確に住民各位にすみやかに伝達することが消防団には求められます。地域の自主防災会は残念ながら現状では、行政側の情報を提供される立場にはありません。無線も繋がっていませんから。


4)桂島では若手住民が高齢者を優先的に車を活用して高台に避難させ、避難が完了した後、津波が押し寄せましたが皆が助かりました。

 聞いていまして、とくにルール化していなかったようですが、島の人たち同士が顔見知りで島で1番弱い人たちが誰なのか、どこに住んでいるのか熟知しておられました。それゆえ自分ができることはなんなのか。短い時間の間に何をするのかが理解し、行動して成功された数少ない事例でしょう。

 都市部で町内会さえ入らない身勝手な住民が多い今日この頃。地域全体が顔見知りにはなかなかなりにくい。でも工夫して地域コミュニティを再生することが、防災・防犯ン・見守りにつながることではないかと思いました。


5)避難先で待ち受けた苦難。大勢の避難者で混乱している避難者では、傷害を持たれた人や慢性疾患を持たれた人や、乳幼児などへの対応がとても難しい。

 レポートでは視覚障碍者の方が、なんとか高台の避難所へ避難したものの、勝手がわからず苦労され、ついには体調を崩されてしまったとの報告がされました。

 ではどうすればいいのか?二葉町自主防災会では、既に1つの答えを出しています。それは町内住民全員を対象とした防災世帯調査の実施です。
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 7年ぶりに行われた二葉町防災調査。今回も前回同様に、世帯構成や、緊急時連絡先、病歴。介護歴などを自己申告制で記入いただきました。更に今回は「資格」保有者の申告もお願いしました。

 特筆すべきは、「医療・介護」分野の有資格者が複数二葉町内におられるということです。

 看護師は元されていた人も含めて7人おられました。医師も2人おられます。介護士の資格保有者は6人います。助産婦の資格保有者もおられました。理学療法士などもおられます。

 美容師も5人おられます。アマチェア無線保有者も複数おられます。建築士も複数おられます。手話通訳の資格保有者の方や、調理師の方もおられました。高圧ガスの取扱者や危険物取扱者も複数町内におられます。

 大災害直後は、行政機関の速やかな支援は期待できません。「共助」力を高めるために、大変有益な調査であったと思います。

 取りまとめをされまし荒木三芳二葉町自主防災会副会長に感謝申し上げます。

 全世帯を対象とした「防災世帯調査」を二葉町は実施しました。町内のデータはももっています。しかし周辺の町内はまだ実施していません。それとは別に各個人が携帯カード式で「SOSカード」を下知地域の全世帯に配布したいと検討しています。「わたしは●●に障害があります。」とカードの表に表記し、裏には保険書番号や病歴・介護歴を記述し、薬手帳も携帯する方式。避難所ですぐに手が打てます。自主防災会では予算がないので、社会福祉協議会に要請しています。
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 やれること、できそうなことはどんどん提案しています。

 二葉町内の津波一時避難(退避)場所への避難行動と、下知コミュニティ・センター(避難収容所)との携帯トランシーバーを活用した情報伝達訓練を実施しました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-ba99.html

(検討している課題について)
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 「みなし仮設住宅」として、中山間部にある空き家が活用できないか。改装する費用や、維持費用の支援はなんとか取り付けられないだろうかと検討しています。

1)昨年仁淀川町側より「疎開保険」の提案がされました。1人年間1000円の会費を二葉町契約者が払う。もしもの時に宝来荘に宿泊し、空き家探しを行うことが出来る。その間宝来荘を安く利用できるなどの特典が提案されています。まだ検討協議中です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-7d0a.html

2)仁淀川町の家屋を所有している知人から昨年借ることにしました。しかし6年位住んでいないために廃屋状態に。手入れさえすれば居住は可能ですが、その費用が出ません。「みなし仮設住宅扱い」を行政側がしてくれて、支援を戴ければ、」二葉町は独自に町民用の避難住宅をいくつか仁淀川町内に確保することが出来ます。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-b57b.html

(構想としては大きく長期的に取り組んでいく課題)

1)高密度発泡体を活用した浮体構造物での浸水対策

 南海地震発生と同時に液状化が始まり、地盤が沈下し、浸水が始まります。津波一時避難(退避)場所や、津波避難ビルは階段で垂直避難しなければならない。歩けない人たちは介助が必要。高齢化している地域ではとても難しい課題です。
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 元橋梁技術者である小谷鐡穂さんに「高密度発泡体を活用した浮体構造物」を考案していただきました。「高密度発泡体を活用した浮体構造物」は船ではありません。筏のようなものです。低地の被害者は水平移動で「高密度発泡体を活用した浮体構造物」が埋め込まれている公園や空き地へ急ぎます。安全に退避できます。浸水が始まれば浮き上がります。定員の制限はありません。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-ce44.html

2)モンゴル民族の知恵 ゲルを仮設住宅に

 モンゴル民族は移動式の家屋で大草原を駆け巡っています。基礎工事などが不要なゲルは、家具一式が揃っており、雑魚寝であれば20人は収容できます。学校の校庭、公園やゴルフ場などに簡便に設置でき、簡便に現状回復ができます。モンゴルと交易している友人によれば、20組をモンゴル本国からコンテナーで運び、組み立て指導まで入れて約700万円程度とか。雑魚寝でいくと400人分の仮設住宅。家族で行くと20家族分の住居が建ちます。そういう柔軟な発想も必要です。
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3)立体換地による下知地域の防災都市整備事業の展開

 地域の合意形成が確率してから、区域を更地にして、耐震地盤をこしらえ、整備地域を10m嵩上げします。その上に耐震高層の建物を建築し、再開発します。住居と部屋を立体換地する。商業店舗や公共施設も誘致する。高知市内中心部にほど近い下知地域が安全・安心な市街地になれば、高知市の価値も上がります。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-55c0.html

4)住民によるまちづくり協議会の発足

 下知地域の団体、グループ、個人などが集まり下知地域内連係協議会をこしらえます。10月には結成できると思います。その地域内のコミュニティ組織を元にして「まちづくり協議会」を近い将来発足させ、事前の震災復興計画を検討するようにします。「立体換地」か「集団移転」かしかこの地域の復興はありえませんから。

 内閣府も市民の動きに注視しているやに聞きます。コンタクトをとり真意を確かめてみたいと思います。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-e800.html

1995年の阪神大震災で大きな被害を受けた神戸市長田区鷹取東地区。石井会長が昨年高知市で講演会をしていただいたときに「こちらの地域は近い将来南海地震が起きることわかっているんなら、自分らのまちをそうやって再建するのかを、地震が起きる前から市役所と一緒に協議会をこしらえ研究・検討会をつくるべきだ。」と助言をいただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/2-4326.html

5)太陽光パネルによるLED照明灯の設置

 真摯な民間企業2社が資金を提供し、避難所、津波避難ビル、避難路、津波一時避難(退避)場所に設置する事業計画。先行モデルは東北3県でJS・Fundationが300灯以上立てています。

 今後来るであろう南海地震対策として実施しようとしています。種々難しい問題もあり、現在行政側と折衝中です。

 http://www.js-foundation.com/

 ともすれば行政主導の防災・減災対策は、「悪平等主義」に取りつかれ、「とりあえず防災」になりがちで効果が上がりにくいものです。市民の目線での減災対策をいくつか実施したいと思っています。

 荒唐無稽な発想もあるでしょうが、低地に住む高知市下知地域全体の住民が「生きのびる」ことは簡単なことではありません。「とりあえず防災」を言い訳にする行政任せでは、命も暮らしも守れないことは確かですから。やれることを「面白く」やることをし続けたいのです。

 「2015年は石巻市訪問交流研修ツアーを実施しようと思っています」

 「高知市下知地域は驚くほど石巻市に似ていますね。」と言われましたのは、今年1月に講演いただきました河北新報社編集局報道部記者の土屋聡史さんです。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-4759.html

 来年5月以降有志で石巻市を訪問し、地元の皆様と交流し、現地を見学し、復興・復旧の課題問題点を見つけたいと思っています。それ一度の訪問にとどまらず、可能であれば継続的な交流ができるようにしたいと思っています。

 2008年に阪神大震災で大きな被害を受けた神戸市長田区鷹取東地区を二葉町自主防災会有志は訪問しました。住民同士の話し合いはとても有益でした。


http://futaba-t.cocolog-nifty.com/blog/cat31916625/index.html

 2013年には「長田復興から学ぶ!下知復興への備え」という表題で、鷹取東地区のリーダーである石井弘利さんに講演いただきました。

「「住民側は集まって、まちづくり協議会をこしらえて、地域の要望を役所に言うことや。言わないと何も始まらん。それをせんと文句ばかり言っても何も変わらん。

 住民側も勉強せんといかん。役所に対抗するには勉強が必要や。地域の絆を強めて、地域からの要求を聞いてもらうことや。それにはメンバーには役所の人にも入ってもらい、一緒に地域づくりをやっていたらえいと思う。

 いずれにしろこの地域は南海地震が来るのだから、。その時に困らないように、地域の地盤のかさ上げをするとか、耐震地盤をこしらえるとか、耐震高層住宅を建てるとか地域の要求を行政側に出すことや。それを地道にやっていくことです。」

  下知地域の文化や歴史を掘り起こすことも必要でしょう。

 市民と行政の協働で、準備段階から慎重に真摯に協力し合いながら、とりあえず「地域連携協議会の研究会」をこしらえたいと思います。それが熟成したところで「準備会」をこしらえます。それから発足に向けた事業計画を出し、可能なら今年中にこしらえたいと思います。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-9e88.html

 NPOや企業やグループも参画できる仕組みにしていきたいと考えています。10月に「地域内連係協議会」は発足することになっています。

 偶然見たNHKのTV番組で「復興するチカラ in アメリカ」が印象に残りました。

東日本大震災で大きな被害を受けた東北3軒(宮城・岩手・福島出身の大学生3人が、アメリカのニューオーリンズとサンフランシスコを大学準教授とともに訪問し討議する番組でした。

 ニューオーリンズと言えば2005年位にハリケーン・カトリーナが直撃し、大きな被害を受けた街です。全く当時から復興していない街があると思えば、ベトナム系移民の多い街では、住民自らが知恵と労力とお金を出し、コミュニティを復興させていました。

 カトリック教会の牧師がリーダーで住民同士で討議しまつづくりをやっていました。

 またニューオーリンズは災害以降に「起業家」が爆発的に増えたそうです。起業家をサポートするNPO法人まであり、学生たちは訪問し理事長との懇談。日本ではともすれば大企業を誘致しよいうとか他力本願的な発想ですが、ここでは「やって見なはれ」の世界。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-26b6.html

 失敗したらまたトライすることやの理事長は頼もしい。

 サンフランシスコでは面白い市職員が登場。しきりに「レジりエンス」という言葉を使用していました。「災害に負けない力」とでもいうのでしょうか、しなやかに地域を街を復興させるということです。

 地域コミュニティの再興をめざしているとか。市の職員は「サンフランシスコは全米でも人気の高い復興明媚な街・しかしこの10年で住民の6割が入れ替わった。そういう状態では災害時に弱い。コミュ二ティを再興しないといけない。」とのこと。

「住民一人一人が立ち上がる レジリエンスで復興を加速せよ」
「街づくりが復興力を高める 全員が町のオーナーだ!」が番組のキーワードでした。

 高知市下知地域においてもこれから「地域内連係協議会」が誕生することになっています。やはりそれは地域コミュニティの再興であり、「おもしろい街」になることです。

 「レジリエンス」という言葉も初めて聞きましたが、地域のしなやかな復興力と言うものでしょう。やはりそのためには地域の住民同士のつながりが必要であるし、地域を元気にする「お祭り」も必要だし、「企業の力」も必要です。

 今回仙台放送局制作のラジオ番組に参加し、また戻ってきて考えたことをまとめてみました。

 

2014年9月 8日 (月)

仙台へ行っておりました

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 二葉町自主防災会情報班長の西村が、番組出演のために2014年9月7日NHK仙台放送局を訪ねました。その道中記の1部です。

 9月7日の早朝高知を出発。夜須上空を通過。東京も曇天。空港付近は海抜が低い0メートル地帯。首都直下型地震が来ればお終いになりますね。
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 東北新幹線も初乗り。車窓風景から見る東北は豊かであると思いました。駅から仙台放送局までは徒歩で移動。仙台は秋の風情。風が爽やかで気持ちがいい。整然とした大都会ではないか。緑も多い。
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 7日のNHK「いま災害を生き抜くためのことば」の収録風景
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  番組ホームページ  http://www.nhk.or.jp/sendai/pickup/kotoba.html

 四国高知の田舎者が7日はNHK仙台放送局へ行き、全国放送のラジオ番組「いま災害を生き抜くためのことば」へ出演しました。他の出演者の奥村与志弘さん(京都大学助教、津波防災が専門)は京都から、山口もえさん(タレント)は東京から、司会進行の本田俊介アナ(福島局)は福島県から、番組制作の塚原奏介アナ、塩澤大輔アナは仙台放送局から出て来られ、いきなりの打ち合わせ、いきなりの生収録でした。
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 番組の合間や事前・事後の打ち合わせのなかで「これは大事である」と思った内容もいくつかありました。それは近い後日頭を整理し、忘れないうちに記録に残します。出演者の皆さん各位とスタッフの皆様へは「ごめん生姜飴」と「ミレーのビスケット」を持参しました。

 個人的な感想を申せば、タレントの山口もえさんは、頭の回転の速い人でした。位置づけは「視聴者代表の2人のお子さんがおられる若い母親の立場」をわきまえメリハリのある話ができる人でした。
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 番組風景の写真や番組終了後の記念撮影もマネージャーさんの承諾も得ています。色紙を持参していましたので、サインもしていただきました。きどらないきさくな人でした。
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 京都大学助教の奥村与志弘さんは、「引き出しの多い」学識経験者。若いので日本各地や外国へも出掛け実践的な減災対策を常に検討されておられます。「3・11」の極限的な状況の中で、九死に一生を得た東北各地の人達の言葉をスタジオでじっくり聞いてそれへの感想やコメントが求められました。

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 夕食は刺身の盛り合わせと牛タンも食べました。気仙沼や石巻からさんまが大量に水揚げされるので、「さんまの刺身」があり新鮮でした。・
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 今回は番組収録と打ち合わせが主体。魯迅ゆかりの地も行きたいところでしたが、全く時間はなく8日の早朝往路の東北新幹線に乗り、羽田経由で戻って来ました。

 戻って来ますと高知も久しぶりに晴れていましたが、爽やかな仙台の気候と比べると蒸し暑く熱帯のようでした。行きも帰りも空港から東京駅までの乗り換え時間に余裕がなく全力疾走でした。

 今度はじっくりと訪ねてみたいところですね。

 現地へ行って感じたこと、聞いたことなどを後日まとめます。印象にのこった言葉は「日ごろから地域で孤立しない」ということです。今日のところは「乗り物ボケ」(田舎者は新幹線にショックを受けましたので)

2014年9月 6日 (土)

復興するチカラINアメリカを見ました

 7日に仙台へ行くので、関連番組と思いNHK総合テレビ「復興するチカラINアメリカ」をぼんやり見ていました。東日本大震災で大きな被害を受けた東北3軒(宮城・岩手・福島出身の大学生3人が、アメリカのニューオーリンズとサンフランシスコを大学準教授とともに訪問し討議する番組でした。

 ニューオーリンズと言えば2005年位にハリケーン・カトリーナが直撃し、大きな被害を受けた街です。全く当時から復興していない街があると思えば、ベトナム系移民の多い街では、住民自らが知恵と労力とお金を出し、コミュニティを復興させていました。
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 カトリック教会の牧師がリーダーで住民同士で討議しまつづくりをやっていました。

 またニューオーリンズは災害以降に「起業家」が爆発的に増えたそうです。起業家をサポートするNPO法人まであり、学生たちは訪問し理事長との懇談。日本ではともすれば大企業を誘致しよいうとか他力本願的な発想ですが、ここでは「やって見なはれ」の世界。
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 失敗したらまたトライすることやの理事長は頼もしい。

 サンフランシスコでは面白い市職員が登場。しきりに「レジエンス」という言葉を使用していました。「災害に負けない力」とでもいうのでしょうか、しなやかに地域を街を復興させるということです。

 地域コミュニティの再興をめざしているとか。市の職員は「サンフランシスコは全米でも人気の高い復興明媚な街・しかしこの10年で住民の6割が入れ替わった。そういう状態では災害時に弱い。コミュ二ティを再興しないといけない。」とのこと。

「住民一人一人が立ち上がる レジリエンスで復興を加速せよ」
「街づくりが復興力を高める 全員が町のオーナーだ!」が番組のキーワードでした。
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 高知市下知地域においてもこれから「地域内連係協議会」が誕生することになっています。やはりそれは地域コミュニティの再興であり、「おもしろい街」になることです。

 「復興するチカラ in アメリカ」

http://www.nhk.or.jp/ashita/miraijuku/archives/140901.html

2014年9月 2日 (火)

市民目線での減災対策

 上意下達式の防災対策ではなく、市民の目線での減災対策を真摯に実行して行くいことです。

(今までに取り組んできたこと)

1)二葉町全世帯を対象とした「防災世帯調査」。2007年より3回実施。地域の人口動態や世帯の傾向、要支援者の把握を行いました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-3e81.html

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2)二葉町町民各位の自宅近くの「津波一時避難(退避)場所」であるビルの選定と所有者との協定、市指定の「津波避難ビル」の選定も行い、2007年度の11箇所を2014年には、15箇所に増加しました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat50762154/index.html

 

3)仁淀川町との相互交流は、2011年4月から始まり、形を変えて継続している。最近は仁淀川町の長者地区との交流がより親密になっています。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-03ae.html


4)仁淀川町との交流は「大災害時に疎開を前提として」普段の交流をしています。今年は3月の桜の季節に訪問。4月には集落改善センター開所1周年記念祝賀会に参加しました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-601a.html

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 6月には田植え体験に19人が参加し交流しました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ee34.html

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5)二葉町内の津波一時避難(退避)場所への避難行動と、下知コミュニティ・センター(避難収容所)との携帯トランシーバーを活用した情報伝達訓練を実施しました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-ba99.html

(検討している課題について)

1)昨年仁淀川町側より「疎開保険」の提案がされました。1人年間1000円の会費を二葉町契約者が払う。もしもの時に宝来荘に宿泊し、空き家探しを行うことが出来る。その間宝来荘を安く利用できるなどの特典が提案されています。まだ検討協議中です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-7d0a.html

2)仁淀川町の家屋を所有している知人から昨年借ることにしました。しかし6年位住んでいないために廃屋状態に。手入れさえすれば居住は可能ですが、その費用が出ません。「みなし仮設住宅扱い」を行政側がしてくれて、支援を戴ければ、」二葉町は独自に町民用の避難住宅をいくつか仁淀川町内に確保することが出来ます。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-b57b.html

3)自主防災会活動は、「無保険状態です。」。訓練時に限った障害保険を掛けることはありますが、消防団員のような補償は全くありません。これでは「共助」は絵空事です。行政側は全く対応しようとしません。

 現在私も所属しているNPОと保険会社とて「設計中」です。「共助」は現状では絵に描いた餅です。行政は自助・共助・公助の割合を、7対2対1と言いますが、行政の2倍も働かないといけないのに、無保険・無保証では無理な話です。


4)全世帯を対象とした「防災世帯調査」を二葉町は実施しました。町内のデータはももっています。しかし周辺の町内はまだ実施していません。それとは別に各個人が携帯カード式で「SOSカード」を下知地域の全世帯に配布したいと検討しています。「わたしは●●に障害があります。」とカードの表に表記し、裏には保険書番号や病歴・介護歴を記述し、薬手帳も携帯する方式。避難所ですぐに手が打てます。自主防災会では予算がないので、社会福祉協議会に要請しています。

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(構想としては大きく長期的に取り組んでいく課題)

1)高密度発泡体を活用した浮体構造物での浸水対策

 南海地震発生と同時に液状化が始まり、地盤が沈下し、浸水が始まります。津波一時避難(退避)場所や、津波避難ビルは階段で垂直避難しなければならない。歩けない人たちは介助が必要。高齢化している地域ではとても難しい課題です。

 元橋梁技術者である小谷鐡穂さんに「高密度発泡体を活用した浮体構造物」を考案していただきました。「高密度発泡体を活用した浮体構造物」は船ではありません。筏のようなものです。低地の被害者は水平移動で「高密度発泡体を活用した浮体構造物」が埋め込まれている公園や空き地へ急ぎます。安全に退避できます。浸水が始まれば浮き上がります。定員の制限はありません。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-ce44.html

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2)モンゴル民族の知恵 ゲルを仮設住宅に

 モンゴル民族は移動式の家屋で大草原を駆け巡っています。基礎工事などが不要なゲルは、家具一式が揃っており、雑魚寝であれば20人は収容できます。学校の校庭、公園やゴルフ場などに簡便に設置でき、簡便に現状回復ができます。モンゴルと交易している友人によれば、20組をモンゴル本国からコンテナーで運び、組み立て指導まで入れて約700万円程度とか。雑魚寝でいくと400人分の仮設住宅。家族で行くと20家族分の住居が建ちます。そういう柔軟な発想も必要です。

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3)立体換地による下知地域の防災都市整備事業の展開

 地域の合意形成が確率してから、区域を更地にして、耐震地盤をこしらえ、整備地域を10m嵩上げします。その上に耐震高層の建物を建築し、再開発します。住居と部屋を立体換地する。商業店舗や公共施設も誘致する。高知市内中心部にほど近い下知地域が安全・安心な市街地になれば、高知市の価値も上がります。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-55c0.html
4)住民によるまちづくり協議会の発足

 下知地域の団体、グループ、個人などが集まり下知地域内連係協議会をこしらえます。10月には結成できると思います。その地域内のコミュニティ組織を元にして「まちづくり協議会」を近い将来発足させ、事前の震災復興計画を検討するようにします。「立体換地」か「集団移転」かしかこの地域の復興はありえませんから。

 内閣府も市民の動きに注視しているやに聞きます。コンタクトをとり真意を確かめてみたいと思います。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-e800.html

1995年の阪神大震災で大きな被害を受けた神戸市長田区鷹取東地区。石井会長が昨年高知市で講演会をしていただいたときに「こちらの地域は近い将来南海地震が起きることわかっているんなら、自分らのまちをそうやって再建するのかを、地震が起きる前から市役所と一緒に協議会をこしらえ研究・検討会をつくるべきだ。」と助言をいただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/2-4326.html


5)太陽光パネルによるLED照明灯の設置

 真摯な民間企業2社が資金を提供し、避難所、津波避難ビル、避難路、津波一時避難(退避)場所に設置する事業計画。先行モデルは東北3県でJS・Fundationが300灯以上立てています。

 今後来るであろう南海地震対策として実施しようとしています。種々難しい問題もあり、現在行政側と折衝中です。

 http://www.js-foundation.com/

 ともすれば行政主導の防災・減災対策は、「悪平等主義」に取りつかれ、「とりあえず防災」になりがちで効果が上がりにくいものです。市民の目線での減災対策をいくつか実施したいと思っています。

 荒唐無稽な発想もあるでしょうが、低地に住む地域全体の住民が「生きのびる」ことは簡単なことではありません。「とりあえず防災」を言い訳にする行政任せでは、命も暮らしも守れないことは確かですから。やれることを「面白く」やることをし続けたいのです。

2014年9月 1日 (月)

9月7日(日)NHK第1ラジオ(全国放送)に高知代表で出演します。


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 9月7日(日) 午後5時5分~午後6時55分(NHKラジオ第1全国放送)

 番組ホームページ  http://www.nhk.or.jp/sendai/pickup/kotoba.html

ローカル局で収録した防災関係のTV番組が、後から全国放送されたことは過去2回ほどありました。今回はラジオとは言え生番組。放送日当日に高知から仙台へ移動し、そのままスタジオでオンエア。さてどうなることか。タレントでもありませんので、市井の1市民はこういう経験はあまりしないでしょう。ただ今回は出番がほとんどないのだから気楽は気楽です。

 番組ホームページにはこう記述されています。

「 東日本大震災から、ことし9月で3年半。
今後大きな災害が起きた時に、あの日の教訓を生かしていかなければなりません。
番組では、あの日、被災地にいた人たちがどんな行動をとったのか、「証言」で振り返り、これからの防災・減災に活かす「ことば」を見つけます。」

 メインは学者とタレントとアナウンサーの掛け合いで、東北地方の罹災者の皆様からのお便りを読んでのトーク番組でしょう。それに加えて「これから」起きる南海トラフ巨大地震の四国・高知の住民代表としてのコメントを番組で求められる立場でしょう。

 わたしの名前は出演者として記載されていません。ですので、番組の中で3つぐらいの質問に短い言葉で答える程度の役目なのでしょう。(と勝手に想定しております。)

 でも300M四方の高知市二葉町から出れない地域防災活動しかしていないのに、NHK第1の全国生放送のラジオ番組に出演する機会なんぞないし、東京ではなく仙台へ行くのも勉強になることでしょう。収録風景を見学したり、局の人達とお話できればそれでいいんです。

 来年高知市下知地域で、東北訪問交流ツアー(特に石巻市を中心に)検討しています。そのあたりのお話も番組終了後にスタッフの人達との会話でヒントが得られたら幸いです。自然体で行こうと思います。

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