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2013年4月20日 (土)

 野中副市長が二葉町を現地調査に来られました。

 香南市の野中明和副市長が、高知市二葉町の現地調査に来ていただきました。下知コミュニティ・センターにて、防災寺小屋塾頭の西田政雄さんを交え懇談しました。5月31日に予定されています講演会「立体換地から学ぶ下知再生への道」(下知コミュニティ・センター防災部会主催)の事前調査と打ち合わせに来ていただきました。
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 そして下知地域の二葉町周辺をまち歩きをしました。低地であることをよくご理解いただきました。
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「下知の二葉町地域が低地であることは良く理解できました。減災・防災の観点とともに、まちづくりが大事です。どういう街に今後どうしていくのかが大事なのです。」

「欧州と異なり日本の都市計画は50年程度を前提としています。50年ほど前にこのあたりの都市計画がされていた話を聞きました。だいたいそれが終わり、次の50年をどうすればいいのか。検討すべきちょうどの時期であると思います。」と野中さんは言われます。

 つまり今ある海抜0メートルの街を「スクラップ」(放棄)して、高台に新たな街をこしらえることも一つの方法です。また街全体を10メートル以上かさ上げして街をこしらえる方法もあります。「スーパー堤防」と言われ方法です。

 高い建物をこしらえるにしても50年ぐらいが建物の寿命だから、そのあとどうするのかも含め検討しないといけないです。「センター方式」での管理の方法も検討しないといけないどのこと。

 記録に残るかぎりにおいては南海地震は100年周期で起きています。土佐の私たちの先祖は地震で家屋が破壊され、津波で浸水し、時に「亡所」と言われるぐらいになにもなくなっても、多くはまた同じ場所に家屋を再建し住み続けて来ました。命を繋ぎ生活をしてきました。

 低地で海抜0メートルの下知地域で私たちはどう「生きのびたらいいのか」を南海地震が起きる前に真剣に議論をしなければならないと思います。

 「立体換地から学ぶ下知再生への道」の講演日程です。

(日時) 5月31日(金曜)午後6時半より(6時開演)

(場所) 高知市下知コミュニティ・センター4階・多目的ホール

    駐車場はありません。公共交通機関をご利用ください。

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