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2013年1月

2013年1月24日 (木)

静岡県吉田町のような津波避難型歩道橋の設置を

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 ヤッシーパークの関係者から静岡県吉田町の町道をまたぐ形での歩道橋型津波避難施設が出来上がるとの情報を聞きました。
 ネットで調べますと2013年1月18日号に中日新聞が記事を掲載されていました。いかそのまま引用させて頂きます。

 「町道をまたぐ全国初の歩道橋型津波避難タワー二基の起工式が十七日、吉田町住吉であった。同時に川尻地区で起工した従来型のタワー一基とともに、本年度中の完成を目指す。歩道橋型は町道上のため用地取得の手間やコストが不要で、津波対策の全国モデルとして注目されそうだ。

 歩道橋型は、千二百人収容(高さ六・四五メートル、床面積六百二十八平方メートル)と、八百人収容(同六・三〇メートル、四百十九平方メートル)。海岸から約一キロの浸水想定域内の同一路線(片側一車線)に、約三百メートル間隔で建設する。鉄骨造りで、上部床面はアスファルト舗装する。

 津波避難タワーは有事以外にほとんど用途がないのが悩みだが歩道橋型は一石二鳥。町道のため、利用しやすい、目立つ、適当な用地がない場合でも建設できるメリットがある。

 町は、国交省や県を交えた検討会などで技術、設計の協議を重ねてきた。法的には建築物や道路構造物ではなく、津波避難施設を兼ねた道路施設という。

 従来型の避難タワー(高さ八・一メートルの二層式、計八百人収容)と合わせ、総事業費は約十億七千万円。液状化対策を主因に当初予定の約二倍に膨らんだ。

 町は二〇一三年度末までに計十五基の津波避難タワーの建設を予定しており、地域特性に応じて複数を歩道橋型にする予定。田村典彦町長は起工式で「新しい吉田町を新しい安全の上に築いていきたい」とあいさつした。

中日新聞記事 (伊藤一樹)2013年1月18日


全域が海抜0メートルの高知市二葉町。下知地域全体が海抜0メートル地帯です。

 写真は国道56号線と国道32号線が交差する宝永町歩道橋。こちらに吉田町のような歩道橋型の津波避難施設を設置すれば、浸水地区の多数の住民が助かります。
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 二葉町にも国道56号線沿いに鏡川大橋近くにも歩道橋があります。こちらへもこうした歩道橋型の津波避難施設の設置をのぞみたい。
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 用地買収の必要性がありません。現在地元自主防災会と高知市は地域内の分譲マンションに[津波避難ビル」の指定のお願いに行っていますが、なかなか快い返事はいただけない。マンション住民各位の危機感がまだまだ高まっていないからでしょう。意識変革は難しいと思います。

 それよりも吉田町のように既設の歩道橋を「歩道橋型津波避難施設」として活用すれば、多くの人命が救われます。

 高知市長も県知事もただちに国土交通省に請願していただきたい。

2013年1月23日 (水)

高知市下知地域は海に囲まれている低地だ。

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 高知市の「地球33番地」通りと言われつ一文橋上から撮影しました。

 前方のアーチ橋は国道56号線の鏡川大橋です。高知市内では橋の部分は道路が盛り上がっていまして、。標高が高い。一方人家のある市街とは橋からずっと下の地域で形成されています。

 一文橋が架橋しているのは江ノ口川。鏡川大橋は堀川という運河と、鏡川に架橋しています。一文橋と鏡川大橋の距離は300メートル足らずではないでしょうか。

 南海地震が起きて地盤が沈下しますと、低地の市街地には江ノ口川、堀川の両方から海水が侵入してくることでしょう。更には張り巡らされている下水の管からも海水が噴き出してくると思われます。

 低地での生活を毎日意識しないと高知市では生きてはけないですね。

2013年1月22日 (火)

第1回防災部会が開催されました。

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 下知コミュニティ・センターの第1回防災部会。防災部会メンバー以外に、下知減災連絡会のメンバーも参加しました。二葉町自主防災会顧問の西田政雄氏(防災寺小屋塾頭)も参加いただきました。市役所側出席者を含め20人が出席しました。午後6時半から始まりました

 議題は「下知コミュニティセンターに備える防災備品について」です。

 市役所側は地域防災対策課の松岡係長も出席され、地域コミュニティ推進課の山岡氏から高知市側が購入する予定の防災備品リストが公開され、検討に入りました。リストは高知市文化プラザ「かるぽーと」に現在保管しているリストです。
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 二葉町自主防災会より、独自の防災用品について提案がありました。LPガス発電機などもありました。
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 市側の説明では、「下知コミュニティ・センターは津波避難ビルであると同時に、一時避難所の機能も担っている。想定500人が待避できるので、毛布を600枚程度備蓄するようにします。」
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(下知コミュニティ・センターの避難場所としての位置づけ)「高知市役所の説明」です。


それに対して

「アルミ製のブランケットと組み合わせをすればいい。これは安価で場所も取らない。」

「発電機はガソリンと混合式になっていますが。LPガス災害用ユニットも屋上にあるので、LPガスの発電機が良いのではないか。」

「テント内蔵型の簡易用トイレであると思うが、透けるようなので、遮光ネットとの組み合わせが必要です。」

「女性の観点からで言えば、生理用のナプキンを常備してほしい。また妊婦が避難されてきて対応できるような衛生用品の常備も望ましい。」

「簡易食器は、プラスチック製にしてサランラップとの組み合わせが良い。」

「ロープは必要。登山用や船舶用のナイロンロープが必需品である。」

「オレンジ色の浮き輪も必要であると思う。」

「防災行政無線を屋上に設置してほしい。」

「あんしんセンター「高知市災害対策本部)との連絡手段を確保していただきたい。」

「食料の備蓄は市側が来年以降と聞いているが、無洗米を防災倉庫に在庫し、地元米穀店から購入。定期的に炊き出し訓練をしてサイクルすればどうか。」と活発な意見が出されました。午後8時に終了しました。

 次回会合は2月4日の予定です。下知減災連絡会では、防災備品の点検も含め1月31日に午後6時半から、行います。

2013年1月21日 (月)

ヤッシー・命山構想は合理的

 先日夜須へセーリングに行った折、ヤッシー・パークの関係者の方から「津波・避難施設」の検討会があったようで、そのなかの検討テーマに「命山」構想があるようです。
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 構想ではヤッシーパーク中央部にある芝生広場の西隣に小山をこしらえ津波避難施設をこしらえたらどうだろうかと言うアイデアです。避難広場には176人が退避できるようになっているそうです。高さは18メートル程度であるとのことです。(ヤッシー・パーク全体は標高8メートルです。)
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 概算での工事費用はざっと1・15億円とか。退避道路も階段とスロープになっています。山ですから草刈りをしたらいいだけです。海浜部に設置される金属製の津波避難タワーのように定期的にメンテナンス(防錆塗装の必要性。海浜部では亜鉛メッキでも10年が限度)の必要性がありますが、ことらは草刈りだけで済みます。

 2011年の東日本大震災の大津波でも、仙台市の荒浜海岸の冒険広場に5人が当日おられましたが、生存しています。公園の形が船の形になっており、津波が船の方向に来たから助かりました。ヤッシー・パークの構想では円形になっています。(横から津波が来れば超えていて助からなかった可能性もあります。)

 その関連資料をいただきました。
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 小山構想は長期浸水地域の高知市下知地域では土地がないので、あまり有効ではありませせん。津波避難ビルと、浮体式メガフロート(巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂浮力体)と立体換地がより現実的でしょう。
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 また別の考え方として吉田町の町道をまたぐ形での津波雛タワーが高さ6メートルで、それぞれ800人から1200人が収容できる形になっています。
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 こちらは国道56号線に二葉町と宝永町に歩道橋があります。イラストのように大きな面積の歩道橋をこしらえれば大勢の人たちが退避できます。
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2013年1月18日 (金)

船を応用した津波シェルター

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 私たちは、高密度の発泡スチロールをベースにしたメガフロート(浮体構造物)を提唱しています。
 こちらは。造船の技術を応用した設置式の大型津波避難シェルターであるそうです。岡山県の海のお仕事をされておられる人からの情報です。

 ハッチは気密性を保てるのか。鉄製と言うのであれば防錆対策はきちんとしているのか。海の近くに設置すれば10年毎に防錆塗装をしないと強度は維持できないでしょう。出入り口のメンテナンスも必要です。

 中国新聞1月11日号にも掲載されていました。

http://www.chugoku-np.co.jp/Disaster/An201301110180.html

 高知県庁が提唱している「地下室型津波避難シェルター」より幾分「まし」なように思います。

2013年1月17日 (木)

阪神大震災から18年

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 1995年1月17日に発生した阪神大震災。2013年の今年は18年目になります。
明け方未明に高知でも大きな揺れを感じ、家族とともに本棚が倒れないように、懸命に抑えた記憶がありました。[地震は起きないだろう」と言われた関西での大震災に衝撃を受けました。

 その後新潟県での中越地震や、中越沖自身、能登半島地震や、芸予地震。そして2011年3月11日の東日本大震災と日本では地震が連続して起きています。

 昨年南海トラフ巨大地震の新想定が公表されました。従来型の宝永地震モデルの3連動ではなく、東日本大震災レベルに被害想定が引き上げられました。

 家具の転倒防止、家屋の耐震化、防火対策でその後の災害復興は問題を抱えながらも地域は復興して来ました。
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 しかし、私たちの地域は更に厳しい災害が襲います。軟弱地盤ゆえの液状化。地震と同時に地域全体の地盤が2メートル以上地盤沈下する。そして地域全体が水没する。更に津波が押し寄せる。石油施設も対岸にあり、最悪の場合火災の危険性もあります。

 そのなかで活路を見出すために、減災対策を住民同士で考案し、行政や企業の協力も得ながらできることから受講しなければなりません。

2013年1月16日 (水)

昭和防災プロジェクトをテレビ高知が取材に

 高知市下知地域で、住民避難の「津波避難ビル」選定に交渉している住民グループ「昭和防災プロジェクト」(国見俊介・代表)があります。4月に開館する下知コミュニティ・センター(旧下知図書館)にメンバーが集まっていました。

 国見俊介さんにテレビ高知が取材をされていました。
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 その前に下知地域の分譲高層マンションの管理組合との話し合いがあり、「津波避難ビル」指定への交渉をされたようでした。その様子をテレビ高知の取材があり、その流れで集まっておられました。
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 下知コミュニティ・センター5階部の屋上へ行きました。そこに地元要望で取り付けた「災害時LPガス・ユニット」設置の経緯をテレビ高知記者に説明をしました。
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 6階屋上は30人程度滞留できます。ここまで高いと見晴らしはいいですね。将来防災行政無線放送設備があればいいですね。
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 その様子は1月17日の夕方ローカルニュース枠の「イブニング・高知」で放映されるとのことです。

二葉町内の水道管耐震化工事

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 高知市水道局による水道管の耐震化工事が、昨年末から二葉町内で行われています。施工業者によりますと、従来の塩ビパイプから鋳鉄管に取り替えています。より強い揺れなどにも耐えられると思います。」とのことです。
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 道路をカッターで切れ目を入れ、小型ユンボで掘削し、水道管を入れて埋め戻して、簡易舗装する。掘削し、水道管埋めて、埋め戻すには1工区20メートルで1日のようです。
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 大通り沿いには動脈の送水管の耐震化工事も同時に行われています。

 水源地から道路埋設の水道管までは水道局の領分。そこから各家庭や集合住宅に水道管は引きこまれていますが、そこから先は各個人の領分です。家の水道管の耐震化も考えないといけないでしょう。

2013年1月14日 (月)

仁淀川町・宝来荘「疎開保険」にて検討会開催

 1月13日は、ほぼ1日NHK高知放送局の「とさ金」収録に拘束されていました。出番は少なかったものの、岡村眞高知大学特任教授のお話や、北岡興津小学校校長のお話は有意義であり、テレビ局スタッフの動きなど、大変社会勉強になりました。

 それで今日は「疎開保険」可能性について協議をするために、仁淀川町大屋(安居渓谷)にある宝来荘に、二葉町自主防災会森会長、荒木副会長、仁淀川町池川地域出身の西田政雄氏防災寺小屋塾頭・二葉町自主防災会顧問)と4人で行きました。

 大雪注意報が出ていました。山道の運転は不安なので、現地事情に詳しい西田政雄さんに運転をしていただきました。心配された雪は現地まで全くありませんでした。東京は雪で大変そうでしたが・・。
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 午前9時に二葉町を出発。順調に行きましたが,安居の手前で道路工事があり、長時間停止しました。それでも約束の時間の11時前に宝来荘に到着しました。
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 宝来荘はパンフレットでは「バラック」に毛が生えた施設かなと思っていました。なかなかどうして立派な木造建築物です。正直驚きました。
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 薪ストープがレストラン部屋に据えられており、とても暖かでした。
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 今回の打ち合わには、仁淀川町側は宝来荘に委託管理をされている井上光夫さん(によど自然素材等活用研究会会長http://www.2410riv.jp/)と中山琢夫さんや安居地区の区長さんも来ていただき早速意見交換をしました。NHK高知放送局と朝日新聞高知総局の記者の人達も取材に来られていました。
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 さっそく「疎開保険」についての意見交換をしました。「仁淀ブルーシェルター・メンバーズ」と言う案を井上光夫さんが出されました。
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 それによりますと、年会費が1人1万円。

 特典として「宝来荘に1泊宿泊(素泊まり)、「年に1回仁淀川町の物産の配送」「安居渓谷の体験農場での体験農業」などが提案されました。

 鳥取県「智頭町の疎開保険」や、東京のNPOの[震災あんぜんパック」なども参考事例にし、意見交換しました。
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「切実な問題だから、実現性は高いと思う。細かい点や金額や名称については詰めないといけない部分はあるだろうが、今年からなんらかのかたちでやっていこう。」

「二葉町は安居の宝来荘とか、各地域コミュニティごとに疎開先を決めたほうがいいと思う。阪神大震災の場合は、仮設住宅入居もバラバラでしたので、孤独死が問題になりましたから。と二葉町側から意見がでました。

「宝来荘関連で受入可能なのは110人です。後で見に行きますがバンガローや、畑もあります。都市部の人たちとの交流が経済効果が出来れば、地域の協力もより多くなるでしょう。」

「特典や料金は協議していきましょう。季節ごとの地域の行事の起爆剤にもなります。双方にとってメリットのあるしくみにしましょう。」と井上さんは言われました。

「先行事例としてやって見る価値がありますね。行政側にも話を通し、今後はより多くの罹災者を受け入れる仕組みを先取りしてやってみるように働きかけをしましょう。」と西田政雄さんも助言されました。

 宝来荘から少し行ったところにあるバンガローもなかなか立派でした。11人宿泊可能なバンガローでしたが、お風呂、トイレやロフトがあり見晴らしも最高です。
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 菜の花のタネを飢えたという畑へも行きました。春になると黄色い花が咲くことでしょう。荒地なので蕎麦などが適しているようです。
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 戻ってきて宝来荘の内部の見学をしました。下へ降りますと、木製の湯船の風呂がありました。見晴らしも最高。大きめのお風呂と、小さめのお風呂があります。
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 別棟では100人程度収容できる大部屋があります。カラオケ装置もあります。
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 宿泊部屋もありました。
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 昼ごはんもごちそうになりました。猪汁です。井上さんのお父様が仕留めたそうです。臭みがない柔らかい室の肉でした。お結びもいただきました。猪汁は旨くて3杯も食べ、おむすびも3個も食べてしましました。
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 帰り道ですが、廃校になっている安居小学校校庭跡にヘリポートができていました。
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 「体験疎開宿泊体験」とか、「日帰り体験」とか、今年二葉町自主防災会で企画をたててみましょう。そして[疎開保険」をうまく仕上げてみたいと思いました。

 そうなれば仁淀川町の皆様との交流がより深まり、「民泊」を受け入れていただけることが可能になれば、「疎開保険」での経済交流がより親密になると思われますね。お互いの地域が「WIN WIN]になる関係性を今後は構築できればと思いました。

 私達が「突破口」「先行事例」となり、他の低地の市街地の自主防災会や他の山間部の地域との相互交流が広がり、行政側も関与いただいて形にすることができれば幸いです。それを目標にしましょう。

 二葉町自主防災会顧問の西田政雄さんもご自身のブログで取り上げられています。

 「生き残った後を考える。」

2013年1月13日 (日)

NHK高知「とさ金エイト」に出演しました

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 NHK高知放送局へ1月13日に行きました。以前から仁淀川町と二葉町の交流事業を取材していただいている近藤泰郎アナウンサーからの声がけでした。メインのゲストは岡村眞高知大学特任教授と、北岡義彦氏(四万十町立興津小学校校長)でした。二葉町自主防災会の事業の説明を少しました。「とさ金エイト」という番組の収録です。ラシオ番組にも連動しています。


 さて事前の打ち合わせをしました。午前10時から午後3時過ぎまでみっちり収録の予定になっています。テレビとラジオの同時収録のようです。

 事前打ち合わせが終わると「豪華」幕の内弁当が出ました。
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 食べ終わりますと短いリハーサル(音合せが)終わりすぐに本番になりました。
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 最初は近藤泰郎アナウンサー、樋口綾子キャスターと岡村眞氏のコーナーの第1部です。「新想定」の話が主体でした。

 2012年の3月に国が想定を出しました。東日本大震災級の最大想定予測で、津波最大高さが32メートル(高知県黒潮町が出ました。5月に高知県が地域の測定をして被害予測図を出し、8月に国が50メートルメッシュの被害想定を出し、12月に高知県が10メートルメッシュの被害想定を出しました。

 これについて岡村眞氏は「できるところから想定を出しましたので、ばらばらという感じになりました。最大の津波の高さは波打ち際のもので、陸へ入ると高さは小さくなります。ですので過大に恐れる必要はありません。4回も南海地震の想定が出ましたが、それは国と県がキャッチボールをしたのです。」

「大きな特色は従来の南海地震の想定域が高知県南部であったのが、四国全域になりました。平野部(高知市など)では最大震度が7も予測されます。

 それと津波の被害想定ばかり関心になっていますが、南海地震は揺れが長い。山間部でも山の斜面が崩れ落ちる可能性もあります。」

「揺れの強さより、揺れの長さに注意をしてください。揺れが1秒で3キロの断層が出来地層が破壊されます。それが3分も続けば、地震の揺れはう弱くても、とんでもない長さの断層が破壊されているので、大津波が襲来することになります。その判断を県民はしないといけません。」と言われました。

「地盤も意識してください。低地の高知市市街地は高知城の2・6倍も揺れます。国土地理院が地盤表を出しているので、自宅や会社がどういう地盤の上に建物が立っているのか把握して下さい。

 また津波は30センチの深さで移動が難しくなります。1メートルでは不可能です。津波が地域へ来る前に高台へすばやく逃げることが大事です。」と言われました。

 第2部は、防災教育を地域ぐるみで取り組んでいる北岡義彦(興津小学校校長)氏を交えての対談です。
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 「前校長の松岡雅人氏(現在は四万十町立十川小学校校長)の時代から奥津小学校では防災教育に取り組んできました。最初は文部科学省の防災教育指定校になりました。1年きりの予定でしたが、地域の自主防災会の皆さん型が連続して通年取り組もうという励ましもあり取り組んできました。

 前校長から引きついで防災教育に取り組んできましたが、東日本大震災では大津波が地域や学校を襲い皆衝撃を受けました。そして国や県の新想定が出ました。海抜15メートルの興津小学校でも危なくいなりました。一時期は防災教育も無駄ではないかと言われました。」

「でも昨年からご指導いただいている矢守克也京都大学防災研究所. 巨大災害研究センター・教授は、今までの取り組みは決して無駄ではない。積み上げがあります。その上に立ってやりましょう。と励ましがありました。それで新想定に皆で挑戦することにしました。」

「具体的には京都大学が支援していただいて、GPSを子どもたちは持って、避難ルートを地域の人達と一緒に選定しています。また児童がビデオを持って地域の人達と一緒に避難訓練をして、撮影し、後で検証する動画避難訓練もしています。

 奥津小学校地域防災訓練について 

 「奥津は3つの地域からできています。私達は防災マップは1枚でいいのでは思っていましたが、子どもたちは3つの地域でそれぞれ防災マップづくりをしました。よリ地域のお年寄りや防災会の人たちと連携して取り組んでいます。」という先進的な事例の報告がされました。

 岡村眞氏は「興津地区は素晴らしい取り組みですね。地域の保育園と老人保健施設は昨年高台へ移転完了しました。小学校と地域の集落は高さに不安のある地域にいます。みなで連携して高台へいち早く逃げる訓練をあきらめずに続けています。

 釜石の奇跡と言われていますが、あれは釜石の必然です。揺れが長く続くからおかしいと気がついた小中学生が、率先避難し、大人たちを引張り、幼児や高齢者を助けていちはやく高台へ避難しました。行政の大津波警報を避難先で聞いたといいますから。奥津の取り組みは素晴らしい。」と絶賛されました。

 第3部は二葉町自主防災会の取り組みについてNHKが評価いただいたので、二葉町防災マップをスタジオに持ち込んで経過の説明をしました。2006年12月に二葉町自主防災会が設立し、翌年防災マップを制作しました。二葉町は海が間近にあり、高台はなく全域が海抜0メートル地帯です。
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(昨年12月5日に東京から取材に来られた日本経済新聞記者が「仰天した」薄型高潮堤防に隣接して二葉町の市街地は形成されています。

 ご協力いただける4階建て以上の民間賃貸マンションのオーナーさんと交渉して、津波時に一時退避所の協定を二葉町自主防災会・二葉町町内会・施主と3者で協定書を締結しました。自宅から50メートル以内に津波避難ビルはなければいけないので二葉町内に10箇所あります。
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 更に階段登りが困難な高齢者や障害者の方のために、「国土交通省が管理されている鏡川大橋歩道部を災害時要援護者一時退避所として認めていただきました。東日本大震災直後の2011年からは、ご縁のあった山間部の仁淀川町都の住民同士の交流を深めています。と説明しました。

 近藤泰郎アナウンサーが、番組の中で鳥取県智頭町企画課の松村陽平氏に電話し、「疎開保険」について会話をしました。現在400人程度が加盟しているようです。東日本大震災後に関東地方の方の加盟もありました。受け入れ先は国民宿舎や隣町の宿泊施設の他に町内の民伯も40戸が協力いただいています。300人の受け入れは可能です。
  
 3食付きで1週間程度と書かれてありますが、事情により長期滞在は可能です。実際に疎開された方は現在ありませんが、体験疎開はあります。

 また何事もなければ智頭町の野菜などを加盟者に送ります。それが喜ばれています。高齢者の生きがいになっていて、最初は7人の生産者でスタートしましたが今や80人に増えました。今後は1000人を目標に加盟者を増やす予定です。とのことでした。

 二葉町と仁淀川町でも仁淀川町の宿泊施設宝来荘をベースに「疎開保険」ができないか今後協議をしていくと申し上げました。

 岡村眞教授の助言は「南海地震は西南地方全体に被害が出る可能d生はあります。日本海側の地域との連携は今後は大事です。すでに高知県の製造業も世界戦略の関係で日本海側に工場を建てられた企業もあります。

 防災というとすぐに堤防をつくるとかになりがちですが、住民同士が連携して疎開に取り組んでいる。自分たちでやれることは自分で実施することはとても大事です。」とご評価いただきました。

 第4部は総括的な話を岡村眞氏がされました。

「24時間のなかで自宅で半分以上の時間を過ごしています。まず寝室の安全を点検ください。家具を寝室に置かないこと。置く場合は固定する。枕元に靴を用意してください。そしてヘッドライトと携帯ラジオと飲料水は用意してください。」

「家の中の避難ルートを確保してください阪神大震災でも家具で38%の人が怪我をされています。自分げ怪我をしないことです。家具の下敷きになり怪我をしたら、津波が来ますのでます助かりませんから。人を助けるためには」自分が無事でないといけませんから。」と言われました。
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 また岡村氏は番組では言われませんでしたが、「高知市内の孕から上の北の市街地では長期浸水になりますね。避難するよりも3階建ての建物ならそこへとどまっている方が安全なのかもしれませんね。」と言われました。

 私ごとですが、うちには93歳の父と87歳の母がいます。自宅は一応鉄骨3階建て(1部4階)なので、建物が地震で損傷を受けても倒壊しなければ自宅にとどまったほうがいいようですね。

 収録は午後4時前にようやく終わりました。

 スタジオ収録風景を許可を得て撮影しました。テレビの画面へ出ているのは、私も含めて5人ですが、テレビカメラもスタジオには4台あり、別室でスタッフが控えておられ、総勢12人の人員で番組作りをされておりました。本番前の準備風景の写真です。
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 これから編集作業をされ、テレビは1月25日の午後8時から8時43分に放映(再放送は26日の10時半から11時13分)だそうです。ラジオは1月26日の午後1時から2時55分の予定で放送の予定です。

 NHKのスタッフの皆様お疲れ様でした。

2013年1月12日 (土)

建設業界NETIBNEWSに掲載されました。

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 西田政雄氏(防災寺小屋塾頭)のご紹介で、WEBジャーナリストである大石恭生氏が取材に来られ、記事を掲載されました。

「正しい公共事業を問う~南海地震への備え」というテーマで高知大学岡村眞教授へも取材されていました。

 岡村氏は[高台移転を主体にした公共工事の必要性」を言われていました。二葉町の方は、長期浸水対策として、浮体式メガフロート(巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂浮力体)についてお話させていただきました。

 岡村教授の知見と、高知市市街地のような低地は、高台移転か、耐震高層建築物と建築して[防災区画整理ー立体換地」を行うことを目標にして、その方策の1つとして浮体式メガフロートがあります。


岡村眞教授の記事

http://ib-kensetsu.jp/2013/01/post-225-0110-oik-05.html

二葉町自主防災会の取り組の記事

http://ib-kensetsu.jp/2013/01/post-225-0111-oik-06.html

2013年1月 3日 (木)

防災まち歩きの下見で散歩(その1)


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高知市下知地域の二葉町、若松町、青柳町、小倉町、丸池町、稲荷町を散歩しました。3月20日に下知減災連絡会主催の予定している「防災まち歩き」のコースの下見です。

 まず二葉町の堀川水門。昨年高知県は耐震工事をしました。震度6強には耐えられるそうです。遠隔操作で水門は閉まると聞いています。

 堀川北岸の高潮堤防。屏風のような薄さ。上部は40センチしか幅がありません。ところどころ亀裂が入り、割れ目から対岸が見える箇所もあります。こころもとない高潮堤防です。
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 二葉町から若松町にひ弱そうな高潮堤防が続いています。
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 その昔(つい30年ほど前迄)は、この岸壁は荷揚げ場でした、。関西方面からの荷物はこの岸壁に荷揚げされ、トラックで陸送されて居ました。逆に高知からの荷物は船に積み込まれていました。
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 青柳橋たもとに田内千鶴子さんの石碑があります。韓国の木浦市へ渡り、敗戦後、朝鮮戦争時に3000人の韓国の孤児を育てた人でした。
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 青柳橋北岸は耐震護岸工事が行われています。工事は2月の月末に完成予定。3月には通れます。
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 護岸の海抜は3・6メートル。市街地の青柳町はその下の低地に形成されています。
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 下知排水機場。ここを」耐震化し、電源も備えれば、浸水被害をかなり低下させることは出来るでしょう。長期浸水にはならないで済みますから役割は大きいですね。
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 葛島橋歩道橋からの眺め。対岸も高須なので低地です。
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 スーパーフジ前の道路堤防は既に耐震護岸工事は終えています。堤防に矢板を2本打ち込んで、再度鉄筋で強化はしています。液状化対策をしているのではないでしょうか。
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 昭和の南海地震では土盛の葛島付近の堤防が崩壊し、地盤沈下した下知地域に海水が流れ込み長期浸水しました。

 小倉町を経由し丸池町へ。丸池町も海抜が低い。
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 江の口水門。河川の護岸が1番高く、市街地はその下に形成されています。
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 丸池町全体も二葉町同様に海抜0メートル地域です。
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 今日の終点は稲荷町の青柳公園。広域公園ですが海抜マイナス0・1メートルと表示されています。

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2013年1月 2日 (水)

仁淀川町と連携して「疎開保険」を実現させましょう!!

「疎開保険」という仕組みがあるそうです。

 昨年12月28日に、NHKの近藤 泰郎アナウンサー(いつも仁淀川町ー二葉町交流会関係の取材をいただいています。)から、鳥取県智頭町(ちずちょう)の「疎開保険」の情報を聞きました。概要は以下のホームページにありました。


智頭町「疎開保険」

http://cms.sanin.jp/p/chizu/kikaku/sokaihoken/(ホームページ)
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制度内容

名称 智頭町疎開保険

募集主体 智頭町役場企画課

募集対象 日本に在住の方どなたでもお申込みいただけます

募集人員 先着1,000名

疎開受入条件 地震・噴火・津波等を原因とする災害救助法が発令された地域の加入者

疎開補助 智頭町内および近隣町村提携施設の宿泊場所の確保・提供

1泊3食7日分(ただし、現金での支給ではありません)

保険代金 1人コース  10,000円/年

ファミリー2人コース  15,000円/年

ファミリー3~4人コース  20,000円/年

※5人以上の場合は、コースを組み合わせてお申込みください。4歳以下のお子さまは無料です。
保険期間 加入日から1年間

 良いアイデアであると思いました。ただ鳥取県智頭町は、高知市からちと遠い。それにわたしの居住する高知市二葉町は、南海地震が起きれば地盤が沈下し、長期浸水地域なることはまちがいない。半年や1年以上は海水が引かず、浸水状態が続くでしょう。「長期滞在」が前提になるのです。
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(1946年の昭和南海地震。規模の小さな地震と言われていますが、高知市下知地域は地盤が弱いので壊滅。地盤が70センチ沈下し、堤防が壊れ地域に浸水した海水は3ヶ月間引きませんでした。)

 そこで昨年から二葉町と交流が続いている仁淀川町
の井上光夫さん(によど自然素材活用研究会会長)に相談してみました。

 によど自然素材等研究会ホームページ http://www.2410riv.jp/

「智頭町長さんには、3年前仁淀川町で行われた全国百業祭りでお話しました。当時仁淀川町町長にも疎開保険のお話をしましたが、仁淀川町役場の体制では無理であると言われました。

 現在私達が委託管理者になっている宝来荘を活用して独自に疎開保険ができないかどうか早速検討に入ります。」と心強い発言をされました。

「宝来荘は宿泊施設です。他にバンガローも空地、もあります。耕作放棄地もあります。長期滞在も可能なようにすることはできます。」
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「耕作放棄地を作付し、市民農園にしていけば、中山間部と都市部市民との自然な交流ができますね。年間保険料を1人1万円程度いただいたら、作付の資金をあらかじめ調達できますので、仁淀川町住民側も今まで以上に思い切ったことができますね。」とのことです。

 当然廃校や休校跡の学校施設の活用や、広場の活用なども今後は必要になってくるでしょう。

 2010年現在二葉町の世帯数は439世帯、人口は794人です。二葉町を16の班に分け、町内会費を集めて回覧板などで町内会活動の告知をしています。370世帯に告知をしています。

 一方2012年10月1日に誕生した下知減災連絡会。11の自主防災会と3つの準備中の自主防災会で構成され、1424世帯で3161人位を組織しています。

 料金体系やどのようなことが出来て、出来ないのかは今後詰めていかないといけないでしょう。 仮に1万円の疎開保険加盟者が100人集まれば、受け入れ側の仁淀川町の井上さんのグループもかなり活動はできるでしょう、何もなければ、年に1度仁淀川町の特産品を送ってもらうとか。

 お茶摘みや、田植え、稲刈りや、芋掘りなどが、地域の祭りへの参加ができますので、お互いの地域が固い絆で結ばれるようになると思います。是非今年実現するように動いてみたいですね。

 「仁淀川町版・疎開保険」をなんとか実現したいものです。ベースは住民同士の交流事業で行いますが、行政側も積極的なサポートをしていただきたいと思います。

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