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2012年8月

2012年8月30日 (木)

政府が最終被害想定を公表

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 8月29日政府は南海トラフ巨大地震の被害想定を公表しました。これは10M刻みの津波被害予測による被害想定です。

 全国で32万人超える死者が想定され、高知県でも5万人が死亡すると言われています。海抜0メートル地帯の高知市二葉町に居住する私たちも「死亡予定者」に含まれているはずです。

 今後はどうやって「生還」するのがテーマです。この想定は東日本大震災の12倍規模です。東海・東南海・南海・日向と4連動で巨大地震が起きれば、日本の工業の中枢部が甚大な被害を受けることになります。愛知県や静岡県、大阪などでも甚大な被害が予想されています。


 この地震予測地域の中に浜岡と伊方の原子力発電所が含まれて居ます。原発が地震や津波で破壊されたら被害想定はこれで収まるはずはありません。

 10月2日に高知市下知地域減災協議会が発足します。下知地域の自主防災会・防災グループが連携する連絡協議会です。少しでも被害を減らすために、お互い連携して活動していくことが確認されました。

2012年8月29日 (水)

第3回下知地区自主防災会連絡会議が開催されました

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 8月28日に、高知市下知消防分団会議室にて、「第3回下知地区自主防災会連絡会議」が開催されました。出席自主防災会・グループ・などは以下のとおりです。

 二葉町自主防災会・知寄町2・3丁目自主防災会。中宝永町自主防災会・弥右衛門地区ふれあい通り自主防災会・サーパス知寄町1自主防災会。青柳町防災会・南金田自主防災会・昭和小校区市民防災プロジェクト・若松町自主防災会準備会、高木妙市議・朝日新聞前田記者。

 結成総会は、2012年10月2日(火曜日)下知消防分団会議室にて、午後6時半からに決まりました。年間会費は100世帯以上の自主防災会は2000円。100世帯以下は1000円です。

 下知地区減災連絡会 として高知市下知地域の自主防災会・グループの連合体として発足いたします。

 結成総会時の記念講演として「新想定による南海地震対策」として、高知市災害対策部に講演をしていただくことになりました。

2012年8月28日 (火)

高知市津波避難ビルの確保情況(8月7日)現在

 高知市災害対策部地域防災推進課では、新基準の耐震性があり、高さも確保できる「津波避難ビル」を指定しています。2012年8月7日現在高知市内86箇所、収容人数は94908人となっています。

 地域防災推進課 津波避難ビル一覧

http://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/12/tsunami-escape-building.html
 
 高知市の市街地の大半は海抜5メートル以下の低地に立地しています。二葉町などは全域が海抜0メートル地域です。南海地震が発生すれば、地盤が2メートル沈下するだろうとも言われています。

 津波避難ビル一覧表は、小学校校区ごとに示されています。二葉町は昭和小学校校区。現在市役所指定の津波避難ビルは6箇所、収容人数は9468人となっています。

 ひところより津波避難ビルの数は増えました。しかし数や、避難可能人数などでもまだまだ足りません。指定されている多くは、市役所所有の学校、市営住宅、庁舎などであります。民間施設では、パーラー店が協力いただきましたので、避難者数が飛躍的に増えました。

 高知市内の津波避難困難地区に居住する市民は、古い想定でも13万人と言われています。絶対数は今でも足りません。昭和校区で言えば、昭和小学校(1246)、JA高知ビル(508)、下知下水処理場管理棟(500)セントラルディーボ知寄店(2467)、セントラル宝永店(4612)、SAN MIGEL(135)となってい

ます。

 海抜0メートルの二葉町には1棟もありません。現在建設中の下知市民図書館が、市役所が認定する唯一の津波避難ビルになります。2013年4月以降供用。

私たちは自宅から50メートル以内に津波避難ビルが必要と考えています。二葉町自主防災会は、独自に2007年仁津波避難ビルを施主との間に協定を結び、指定しています。高知市の言う耐震基準は満たしてはいないかもしれませんが、もよりの施設がない住民にはありがたい存在です。

 50メートル半径に1つの津波避難ビルを低地にする市民各位は確保しなければいけません。とくに今後は分譲マンションの皆様にご理解を得る活動が必要です。
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「k-city-tunami-hinan-bill-2012.pdf」をダウンロード

2012年8月25日 (土)

猛烈台風15号が沖縄・奄美へ接近中

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 しかし日本近海へ来ても勢力は衰えず発達するようですので恐ろしい。

 気象庁の予想もまた猛烈台風のデータを示しています。

<26日12時の予報>
強さ 非常に強い
存在地域 那覇市の東約130km
予報円の中心 北緯 25度55分(25.9度)
東経 129度00分(129.0度)
進行方向、速さ 北西 15km/h(8kt)
中心気圧 920hPa
中心付近の最大風速 50m/s(95kt)
最大瞬間風速 70m/s(135kt)
予報円の半径 130km(70NM)
暴風警戒域 全域 390km(210NM)

 沖縄はちょうどお盆(旧盆)。帰省客や離島との結ぶ飛行機や船舶も大きな影響がありますね。瞬間最大風速の予想は70メートルというのも半端ではないですね。

2012年8月21日 (火)

二葉町独自指定の津波避難ビルを朝日新聞が取材に来られました。

 市街地のほぼ全域が海抜5メートル以下の高知市。高知市民13万人が津波浸水地域に居住し、避難困難地区になっています。しかしながら2012年4月時点では、高知市役所災害対策部が認知した「津波避難ビル」は僅か80数カ所に留まっています。それはいかにも少ない限りです。

 東日本大震災の教訓でも、「津波からは遠くへではなく、高い場所へ駆け上がらないといけない。」と言われています。
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 自然地形の高台も、耐震性のある公共建築物が皆無な高知市二葉町。2007年に独自に「津波避難ビル」を二葉町自主防災会、二葉町町内会、施主さんと3者協定を締結し、二葉町内に10箇所設置しています。

  3者協定書のひな形  「microsoft_word.pdf」をダウンロード

 徒歩で5分以内に自主防災会指定の津波避難ビルに駆け上がるようにしています。但し、2011年3月11日の東日本大震災の影響で、被害想定が大幅に見直しの動きがありますので、2007年に指定した、二葉町独自の津波避難ビルの見直しの必要性も出てきました。

 朝日新聞高知総局の記者の方が、8月21日に二葉町を訪問され、津波避難ビルに指定させていただいているコーポ・シーロードを視察していただきました。

 低地にあった二葉町自主防災会の倉庫は、5階の踊り場スペースに収納いただきました。森二葉町自主防災会会長が、取材対応をされています。
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 屋上からの眺めです。南側は堀川、鏡川、浦戸湾が一望できます。
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 北側は建設中の下知図書館も見えます。二葉町は本当に海抜が低い。全町内が海抜0メートル地帯です。
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 鏡川大橋は幹線国道56号線の主要橋の1つです。二葉町自主防災会は、国土交通省土佐国道工事事務所と交渉し、歩道部分について「災害時要援護者一時退避場所」として認定いただきました。二葉町防災マップにもそう表記してあります。
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 鏡川大橋中央部では4階建て程度の高さになります。足腰の弱い人や、高齢者、車椅子や乳母車の人たちは、津波避難ビルの階段を昇降するのは困難です。歩道部はスロープになっていますので、避難は可能になりました。

 「自助」と「共助」は、海抜0メートルの二葉町のなかで可能な限りやってきました。2013年4月には、ようやく公共の耐震建築物の高知下知市民図書館が開館します。こちらの施設は屋外階段で屋上に退避でき、直ぐに地域の人たちのための炊き出しができるように、災害時LPガスユニットが設置されています。
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 こちらもLPガス協会のご協力を得て、二葉町自主防災会からの市役所への要望で実現いたしました。

 朝日新聞は、高知市役所の津波避難ビル指定作業が遅々として進まない中、住民独自での取り組みを各地で取材されており、二葉町へも来たようです。

今朝の高知新聞記事は、3連動地震についてです

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今までは南海地震といえば、1707年の宝永地震がモデルでした。このたび文献に残る白鳳地震(684年)というのがあったとのこと。

 その規模は3連動で予想以上の巨大地震であり、その痕跡は静岡県にあるとのことです。大津波の痕跡が発見されたそうです。

 日本の原子力発電所はすべて海岸沿いにあり、古い地震の記録を意図的に無視してきました。その結果が福島第1原発の事故につながりました。原子力関係者による情報軽視・無視であり[人災]とも言えます。

 日本では文字での記録の歴史はたかだか2000年程度。役所は文書主義をことさら重視する傾向があります。地球の歴史37億年からすれば、2000年など僅かなこと。地質や堆積物の歴史から巨大地震をこの記事のように丹念に抑えていくことが大事です。

 また南海地震発生後、高知市の二葉町では地震発生後30分で車が流される事態になるとのこと。しかしその前に地盤沈下し、地域は水没するのではないか。液状化で道路がぐじゃぎじゃになるのではないのか。

 どちらにしろ、低地の0メートル地域の二葉町。避難には車は使えそうもありません。近くの津波避難ビルに逃げこむしかありません。

 公共の津波避難ビルは来年4月に完成予定の下知市民図書館のみ。後は二葉町自主防災会が独自に指定した津波避難ビルしかありません.。
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2012年8月18日 (土)

「東日本大震災の実体験から学び、南海大地震に備える」講演会

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高知青年会議所8月度定例会が、高知サンライズホテルでありました。併設して防災講演会がありました。テーマは「東日本大震災の実体験から学び、南海大地震に備える」です。市民も自主防災会関係者など40人ほどが来ていました。

 講師は佐藤健氏(37歳)。岩手県大船渡市で整体師をされておられます。3月11日は津波で自宅も診療所もすべて流されました。幸いご家族は無事でした。 震災直後に地域で防災リーダーとして活躍され、今も地域の復興のために奔走されています。

「とにかく、懸命に逃げることだけで必死でした。避難所は娘が通学していた体育館。電気もなく毛布もなく寒かった。」

「震災直後はg¥被害があまりに大きく放心状態に。早く冷静になることが出来れば、迅速な行動ができます。」

「車で逃げましたが停電で信号機もつかない。右車線を逆走して必死で逃げました。今回の津波は東北の人もまさかここまで来ないだろうと思っていた人が多かった。

 わたしは漁師の子供だから、海の怖さを親にいつも聞かされていた。揺れたらとに書く高台へにげることを叩きこまれていました。だから逃げました。」

「高知へ来る飛行機や市内を案内してもらい思いました。大船渡はリアス式海岸だから、山が海に迫っている。だから高台は近い。高知は平地で低地で海が近い。

 とにかくビルでも高いところへ逃げないと駄目です。」

「報道ではおとなしい紳士的な日本人といわれていましたが、直後は怖いところもありました。暴行事件もありました。子供はいつも大人と一緒に行動していました。」


 また佐藤さんは大変大事なことを言われました。

「日頃から地域で小さなコミュニティづくりが大事です。ふだんから顔見知りになることが大事です。最後は人とっ人とのつながりです。」

「堅苦しい集まりでなく、炊き出し会でも。懇親会でも定期的に開催し、地域の絆を深めることが大事ですね。」

「行政は悪平等に陥ることがあります。たとえば収容所に500人いて、400人分食料があっても行政は全部揃わないと配布しません。揃わないので消費期限切れで廃棄することもありました。

 僕ら民間人ならすぐに配布します。そこの協力関係は大事です。お互いが補う事が大事です。」
 
 高知へのアドバイスもいただきました。

「収容所にはノートとサインペンを必ず置いて下さい。そちらへ避難してきた人の名前・住所。家族、連絡先を必ず書いてもらいます。それが安否確認になりますから。」

 参加者との質疑応答もありました。

 震災時には、タンス預金がいいのではないkと言う質問には、「自宅が高台にあればそれもいいでしょうが、津波浸水地区にある場合は無意味です。銀行も郵便局も高台の支店は、震災後すぐに復旧できますので、通帳さえ無事であれば不自由はしません。」

 災害時FMについての質問がありました。

「申請者は市役所です。許認可はすぐに出ます。放送設備さえあれば電波はすぐに出せます。罹災地は本当に情報が不足します。給水や安否確認。行政からの情報など伝えたい情報はいくらでもあります。」

 実践的な話でした。自ら罹災者でありながら地域の再建のために奔走する佐藤氏の話は、大変参考になりました。

2012年8月13日 (月)

仁淀川町・長者「7夕祭り」へ行きました

 8月12日は、長者地区の「だんだんくらぶ」の皆さんにお誘いを受けていたので、二葉町自主防災会を代表して荒木三芳副会長と、2人で行きました。午後2時30分位に出発しました。途中日高村で大雨に遭遇。開催可能かどうかだんだんくらぶの岡崎副会長宅に電話で確かめました。奥様が出られ「主人は準備に行ってますよ。雨は止んでいます。」とのこと。開催予定ということで現地へ行きました。

 午後4時過ぎに会場に到着。既に長者消防分団前の駐車場は満杯だったので、長者小学校運動場へ案内されそちらへ駐車し、会場へ向かいました。前回家内と行った「花しょうぶ祭り」と同じ場所でした。
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 棚田の上からのアングルがいいよとも聞きましたので、行って写真を撮影しました。6月1日に田植えした棚田ですが、「密集」した状態でも稲が順調に生育していました。刈り取りは10月の予定であるそうです。
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 テントに出店が出ていました。地元の人達の料理やお寿司が並んでいました。ビールもありました。飲む方は荒木さんにおまかせしました。棚田で栽培したじゃがいもと地元のこんにゃくの田楽も販売されていて、なかなかおいしいものでした。
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 七夕飾りに今回利用されたワイヤーは200メートル。地元の西森建設が架設したといいます。大銀杏の神社横に昨年利用された藁で作られた馬がありました。七夕の飾り物は、地域の人たちの手作りです。
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 午後5時前から、テープル席に居座って、食事したりしました。ステージではいろいろやっています。
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仁淀自然素材活用研究会の中山琢夫さんと話をしていましたら、だんだんくらぶの前会長の中島道雄さんが現れ、一緒に懇談をしました。

 だんだんくらぶの創設の頃からの話。平成15年(2003年4月)から始め、最初は8人程度のメンバーが、今は100人を超えるようになったとか。地域おこしの貴重なお話を聞くことができました。

「地域からすればわたしはよそ者。今はこちらに住んで18年。最初は地域の人たちは行事をしてもなかなか出て来ませんでした。また他所から大勢人が来るようになると、かえって地域のお年寄りなどは出て来なくなる。それはまずいと思いました。

 それでお年寄りが出て来やすいようにする。そういう配慮は必要でした。だから今までPRは敢てしませんでしたね。」

「最初の頃は棚田は草だらけで埋もれている状態。草刈りをして、崩れた石垣を修理してとかいう作業もしました。棚田の所有者はほとんど町外、県外にいますが、「委託」されて管理してきました。棚田は放置すれば荒れ果て、崩壊します。

 野菜を植えたり、棚田をこしらえたり、菖蒲を植えました。」
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「だんだんクラブのTシャツの背中に書いてある「だんだんよ」ですが、2つの意味があります。昔農作業などをされていて、今日も元気でお疲れ様。ありがとうまた明日ね。という意味のだんだん。愛媛や広島や島根でも使われている「ありがとう」の意味の言葉。
 
 それと棚田というか、だんだん畑という意味の2つです。」

「だんだんくらぶもメンバーが増えましたので、それぞれ皆さんお得意技を活かす運営になったいます。農業の得意な人。段取りが得意な人。字を書く人。絵を描ける人。重機を扱える人などです。

 今年の12月に棚田キャンドル・ナイトの時に、農村レストランの開店があります。今までとはまた違った段階に来ました。施設をこしらえたは維持管理の問題がでてきます。そこを慎重にしないといけないと思います。」

 いずれも地域の振興を実践されてきたこそ語れる含蓄深いお話でした。もっとたくさんのお話をされていましたが、メモもせずに聞いていましたので、今日のところ記述できるのはこれくらいです。

 杉本久典さんと中山啄夫さんです。
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 仁淀川町の大石弘秋町長も会場へ訪れました。少しだけお話をしました。中島道雄さん、大石町長、荒木二葉町自主防災会副会長の3ショットです。
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 販売ブースは高知大学の学生たちが地元の人達と懸命に販売されていました。


 日もくれてぼんぼりに点灯しますと、200メートルの空中に光の線ができました。都市部では味わえない不思議な空間でした。
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 途中雨が降ったりしました。大銀杏のテント下では、地元の方たちでしょうが、宴会もたけなわです。
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 午後7時半を過ぎ、ステージもカラオケ・タイムになりましたので、御暇することになりました。1時間後の午後9時過ぎに自宅に着くことが出来ました。

  6月1日には」「棚田での田植え体験」をさせて頂き、7月には「花しょうぶ祭り」にもご案内いただきました。なにかと仁淀川町長者地区の皆様とは交流が続いています。

2012年8月 5日 (日)

3回目の町内一斉消毒作業

 今朝は朝から蒸し暑い。午前6時過ぎから今年3回目の二葉町町内会(西森俊一会長)の消毒作業が行われました。衛生部長である荒木副会長の指示の下、町内を6台の消毒機器に薬剤を入れて消毒を行います。

 堀川水門付近。満潮で水位が上がっています。
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 ただ消毒器の後をついて廻るのも芸がないので、チリ袋を持参し、ゴミ拾いをしました。結構路上のゴミはあるものですね。
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  仁淀川町長者地区の「だんだんクラブ」さんたちから、「長者・七夕まつり」の準備がてら、懇談会をしませんかとの
お誘いがありました。消毒作業と時間帯が重なっていました。

 「長者・七夕祭り」は、8月12日から18日までやるそうなので、初日の12日に荒木副会長と西村情報班長の2人で様子を見に、行こうということになりました。
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2012年8月 2日 (木)

下知市民図書館運営組織設立準備会(8回目)の防災関連事項

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 8月1日は、「第8回(仮称)下知図書館畝居組織設立準備会が、午後6時半から、知寄町の下知消防屯所防災研修室にて開催されました。高知市下知地域の地域団体や町内会、自主防災会の関係者が集まりました。高地位役所側は、高知市教育委員会市民図書館館長他担当者と、市民協働部コミュニティ推進課が出席しました。

 また市民側から「防災拠点と言うのであれば、災害対策部も出席をお願いしたい」との要望に応える形で、災害対策部横山地域防災推進課長他担当者も出席されていました。

 資料が配布されました。「下知図書館の避難場所の位置づけについて」「仮称下知市民図書館の防災対応」の市役所側見解が示されました。

 あくまで机上の計算でしょうが、図書館の4階部と、5階屋上部に緊急避難できる人数は532人とか。市役所の位置づけでは津波避難ビルとしてだけですが、高知市下知地域は、「長期浸水予想地域」ですので、他の地域と異なる対応が施設面でも必要となります。

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 いずれにせよ、8月末から10月にかけまして、国側の南海地震被害予測の採取想定が出ます。それにより地域の防災・減災対策が順次決まっていくことでしょう。当然高知市役所側の「位置づけ」も変化セざるを得ないと考えます。

 また下知図書館屋上部に、災害時LPガス非常用ユニットが設置されることになっています。このあたりも長期浸水地域の拠点施設であるという特色が出ています。
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 運営委員会の部会は、地域活動部会と、図書館部会でしたが、それに新たに「防災部会」が設置が認められました。

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