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2012年6月

2012年6月30日 (土)

高知防災機器管理展を見学しました。

 香南市夜須でのセーリングは雨模様なので諦めました。
 それで今日明日2日高知じばさんセンターで開催されている「高知防災危機管理展」を見学に行きました。
公園内の駐車場が一杯でした。手前の予備の駐車場へ誘導されました。
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 屋外展示物では、避難用シェルター船「まんぼう」も展示されていました。以前と形が変わっていました。
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 消防関係や自衛隊の皆様がテントや備品を展示されていました。
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 屋内は会場一杯に、防災御用品。防災用食品、簡易トイレ、避難用ボート、救命胴衣などが展示されていました。
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 エアバック式の救命胴衣も展示されていました。
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 注目したのは「エアバック式担架」(㈱ケイウッド)でした。普段は折りたたんで収納。いざというときは瞬時に膨張し、担架になるというものです。56000円程度であるとのことでした。
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 いろんな分野の防災用品が展示されていました。

 高知市二葉町は南海地震が起きれば地盤が沈下し、長期浸水地域になります。救命ボートの展示もありました。組み立て式のFRP仕様の「防災ボート」で35万円であるとか。
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 防災危機管理展の出店業者一覧を会場で配布されているチラシから画像にしました。ご参考ください。
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2012年6月27日 (水)

高知市自主防災会連合会(仮称)準備会が開催

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 6月19日(火曜)に開催予定であった高知市自主防災会連合会(仮称)準備会の会合。当日は台風で暴風雨警報発令にて中止。1週間順延で今日(6月27日)高知市安心センター防災対策部会議室で開催されました。

 やはり1週間の順延で参加者は少なめでした。高知市内各地域からの自主防災会役員が12人参加でした。高知市災害対策部地域防災推進課職員が3人参加し、和田陽一氏(やえもんまちづくり推進委員会)の呼びかけで情報懇談会が開催されました。

 今回は報道関係が3社取材に来られていました。県議会・市議会開催日と重なりましたので多くの報道の参加は無理なようでした。

 最初にこの会合の顧問格である中岡久幸氏(防災士・つきのせ町内会)から挨拶がありました。
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「各地域。地域の取り組みをお互い聞くことがとても大事です。また行政部署の皆様との意見交換も大事です。取り組んでいく課題は多く、まだまだ準備会の段階でありますが、みなでやっていきましょう。」と言われました。

 続いて高知市災害対策部地域防災推進課の青木主査のほうから、6月26日に高知県が発表した「高知市各地域への津波到達時間予測」の説明がありました。
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「津波の震源域の場所の関係で、ケース4とケース5の場合があります。たとえばかるぽーとであれば最短で51分58秒で、第1波が到達します。」

 下知地域の海抜0メートル地域の住民は、家具を固定し、耐震補強行ったうえで、無傷で自宅から抜け出し、海抜10メートル以上の高台、もしくは津波避難ビルへすみやかに避難すべきです。

 ただし先ほど西田政雄氏が高知県庁に確認したところ、「ケース4とケース11」は県西部沖が震源域のデータです。従来地震が起きるとされる東海、和歌山沖のデータではないので、この数字を鵜呑みにしないように」とのことでした。あくまで「参考」の目安ですね。あまり信用しないほうがよさそうです。もっと早いと思うべきでしょう。
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(高知新聞の記事ですが、そう言われ改めて見てみますと正直良くわかりません。県の南海地震対策課は何のために公表されたのか?不明です。正直「使えないデータ」ではないのでしょうか。)

 地盤沈下と津波の高さ合わせて下知地域であれば5Mが目安である。

 また高知市内地域での自主防災会組織率の一覧表も配布されました。周辺h部と自主防災会連合組織のある地域は加入率が高めです。
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 続いて意見交換会になりました。

 防災寺小屋塾頭である西田政雄氏の方から「時間的制約のある起債発行事業をどんどん行うべきです。特に避難ビルの少ない下知。潮江などに、耐震性のある津波避難ビルはできないか。

 市町村が起債(借金)し、津波避難ビルや、津波避難タワー、津波避難ビルを建設できないかとのことです。潮江地区の防災会の人より「市議会の総務委員会に役知町公民館に防災センターをこしらえてほしいと言う陳情がありました。」の質問が出ました。

 市役所側が確認しますと「確かに出ていて検討の最中である」とのことです。

 具体的には地域で要望を今年8月までにまとめ、9月に市役所に提出して集約していただかないと来年度の施工は無理でしょう。

 街中に住んでいない古家が多くあり、危険である。取り交わすことはできないか。という意見が出されました。

 しかし古家を壊して更地にすれば、固定資産税が3倍から6倍に跳ね上がるとの指摘がありました。それに対して

「高知市は災害特区をこしらえ、所有者が古家を壊す解体費用の補助や、固定資産税の減免なども検討してほしい。」との意見が出されました。

 二葉町自主防災会からは、昨日の下知減災協議会でも説明しましたが、「二葉町から5つの提案」をさせていただきました。

 次回の会合は、7月19日(木曜日)午後1時半からです。場所は同じです。

 「会の名称や、組織体制について」決めることを取り決め、午後3時半に散会しました。
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 毎日「海抜0メートル」を眺めるのには、心がめげてきます。

高知市災害対策部からの回答が来ました

 4月5日に二葉町自主防災会役員は、本年度4月から組織再編された災害対策部(旧組織名総務部危機管理室)に対し、面談し懇談しました。総務部の下部組織から、部に昇格した災害対策部。住民としての期待度も大きかったです。

 それで当日「新年度の二葉町自主防災会の活動計画と要望について」という文章も、災害対策部に提出しておりました。(以下その文章です。)
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 6月22日付で、高知市災害対策部部長下元俊彦氏名で、二葉町自主防災会森宏会長宛に回答文が郵送されて来ていました。(以下はその回答文です。)
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 最優先課題の1つである「一時疎開先予定地である仁淀川町との実質協議の要望」につきましては、残念ながら具体的な回答、高知市としての積極姿勢が現時点では見られませんでした。
 
 住民同士の交流が進展しているのに、防災担当部署の動きが「鈍重」(よく言えば「慎重」)であることには失意を感じざるを得ません。

 また今後も協議を重ね、実現を目指していきたいと考えます。

2012年6月26日 (火)

「下知地区減災協議会準備会」が開催されました。

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 新・下知図書館完成時の、市民団体などで構成される「運営委員会」に、下知地域自主防災会・グループらの代表が,初めて集まり懇談会を開催しました。坂本茂雄(サーパス知寄町1自主防災会副会長・県議)の呼びかけでした。

 6月26日午後6時半から、下知消防分団会議室で開催されました。出席された自主防災会・グループは以下のとうり。

 知寄町2・3丁目自主防災会(68世帯)・二葉町自主防災会(287世帯)・サーパス知寄町1自主防災会(134世帯)・中宝永町自主防災会(112世帯)・稲荷町自主防災会(150世帯)・南金田自主防災会(94世帯)・昭和小校区市民防災プロジェクト・やえもんまちづくり推進委員会・若松町自主防災会準備会など17人が出席し、議論をしました。

 まず呼びかけ人の坂本茂雄さんのほうから、今回の会議の主旨と議題の説明がありました。

「1)下知地域にも現在12の自主防災会があり、また3つの準備中の会合もあります。日頃の活動の情報交換や、情報の共有・共同交流、行動するための必要性。

2)下知図書館の運営委員会組織を発足にあたって、地域防災の拠点としての運営を担う連絡組織作りの必要性。

3)下知地域の自主防災会の未結成地域への支援活動。

4)下知地域の津波避難計画の策定と支援を行う。」ということでした。

 その後、各自主防災会の活動紹介や、取り組み、課題を自己紹介傍ら説明をいただきました。

 津波避難ビル指定のための苦労や活動。まち歩きをしたこと。炊き出し訓練で地域の絆を深めたことなどが報告されました。また担い手がどうしても高齢化していくので、PTAの保護者の目線での活動も必要であり、地域の子供たちの参加も必要であるとの意見も出されました。

 今日の会合では、名称が決まりました。「下知地区減災連絡会」となりました。オブザーバー参加されている二葉町自主防災会の顧問でもある西田政雄さん(防災寺小屋塾頭)の提案でした。それは、「防災はおこがましい。減災がわれわれでは精一杯だ」という岡村眞高知大学教授のご意見も踏まえ、参加者一同の賛同得られたので決まりました。

 次回開催予定日は、7月17日(火曜)となりました。

 次回の議題は

 「組織体制」「役員人事」「財政.会費の問題」「下知図書館の運営委員4人の選抜」「設立総会日の設定」などです。

 活発な議論がされ、8時半過ぎに終了しました。

2012年6月25日 (月)

国道の海抜表示を普段から意識しましょう。

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2桁の国道は国の直轄である。国道32号、国道56号線には最近「海抜表示」がされています。夜間でも光る蛍光色のシールが国土交通省所有の道路標識のポールなどに貼られています。
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 最近のことのようです。
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 昨今の地震学者の方や、地震対策の行政部署の方に聞きますと、高知市内・市街地への浸水は5m程度になるだろうと言われています。

 それは、南海地震が発生すれば、高知市の市街地は1M~2M程度地盤が沈下するだろうということ。そのうえに30分後あたりに津波が来襲し、「合わせて5M」程度浸水するということが言われています。

 それを表示する意味で貼り付けられているのか、道路管理者である国道事務所に問い合わせをしてみました。

、「海抜シール」と言う名称。道路の周辺の海抜(高さ)を表示しています。瀬戸内側が5M以下。太平洋側が15M以下の表示です。平常時には道路と周辺の高さ(海抜)を知ることが出来ます。避難する場合は高さは目安になります。
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 黄色が1~4M.オレンジが6~9M。青が11M以上となっています。「東南海・南海地震と津波に備えて」とありますから、国道沿いの標識を確認し、周辺の海抜を意識する必要があります。

 昨年から主要国道の海沿いの道路や沿岸部の市街地の道路の道路標識に表示されているとのことでした。1KMを目安にしているそうですが、市街地などでは500Mたびに表示をしています。

 同じ5Mでも二葉町や宝永町のように、「見上げる高さ」担っているところと、枡形付近は人の背丈くらいのところに5M表示があります。道路からの高さではなく、あくまで「海抜の表示」です。

「kaibatushirukokudou.pdf」をダウンロード

2012年6月10日 (日)

南海地震の想定規模は2倍に。伊方原発はM9の地震と津波に耐えられるのか?

 2012年6月9日に高知県立大学で開催されていた講演会へ行きました。

 「巨大地震最新情報と伊方原発」という表題で,高知大学理学部教授岡村眞氏の講演会を傾聴していました。主催はグリー市民ネットワーク高知です。大震災後、高知県への南海地震の被害想定が変わりました。そのことにも関心があります。聴講しました。
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  岡村教授の講演主旨を記述してみました。

 東日本大震災を総括しているうちに。地震学者である我々は、日本には、M9クラスの地震が起こるわけはない。と勝手に推論し、「常識化」していました。

 1960年以降でも、チリ地震(1960)、アラスカ地震、カムチャッカ地震、最近では2004年のスマトラ沖地震、そして東日本大震災と5回起きています。

 日本だけは[巨大地震は起きない」と言われていました。この50年間に54基も原子力発電所が日本に立地してしまいました。

 昨年12月末に南海地震の想定をM9に引き上げました。3月に津波の想定高さを公表しますと、にわかに関心が高まりました。黒潮町では37メートル。土佐清水市では30メートルの想定となりました。

 昔の記録をたどると、過去に南海地震は100年周期で高知で起きています。

 1498年明和南海地震。1605年慶長南海地震。1705年宝永地震。1854年安政南海地震。1947年昭和南海地震。

 2003年モデルは宝永地震を想定していました。国のほうで見直し作業がされており、今年の秋ごろには新しい被害想定が公表されることでしょう。
 
 いずれの地震も大津波が高知県沿岸部を襲っており、そのつど「亡所」になっています。

 東北地域でも常磐地震(M 8・4)が起きている記録があり、津波が仙台平野を席巻している記録もありましたが、東京電力は無視しました。

 今回中央防災会議で17人の委員のうち、2人がM9.0想定に反対しました。東海・東南海・南海地震の3連動地震の断層が、九州で止まるとは限らない。南西諸島まで割れるのかも知れないという意見もありました。
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 これからの地震・津波の情報は、東日本大震災で変わりました。[大地震が発生しました。」「大津波が発生しました。」としか言いません。とにかく揺れたら逃げる。ことを実行してください

 東日本大震災では、気象庁の最初の発表が、M7・9でした。想定津波の高さは3メートルになっていました。そのため沿岸部の水門を閉めるために駆けつけた消防団員が250人亡くなりました。

 死者が2万人出ましたが、逃げなくて亡くなった人がたくさんいました。東日本大震災では震源域が海底でした。津波到達まで25分はありました。逃げる時間はありました。仙台など75分もあったのです。

 今年の10月に南海地震の想定規模と、死者数なども出します。東日本大震災は3月11日の午後2時46分に起きました。時間帯は在宅していた高齢者が多く被害に遭われました。

 夜や早朝の時間帯であればもっと被害者は出ていたことでしょう。高知でも夜間の避難訓練をするようにしてください。

 ここで皆さんに基本的なことを申し上げます。

 マグニチュードというのは,地震の大きさ、規模を現します。 

  震度というのは、地震の揺れを表します。

 それから「家が立っている海抜の高さが生死をわけます」4メートル位の津波でも耐震性のあるしっかりした家なら耐えられます。
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 さて愛媛県の伊方原子力発電所についてです。新しい地震の想定では、南海地震の震源域の真上に立地していていることになりました。活断層が沖合いの6キロ、。8キロ沖にあります。

 これはどういうことかといいますと、地震は最初P波が到達し、緊急地震速報を出します。S波はその後に来ます。伊方の場合はP波とS波の感覚が1秒しかありません。

 日本では活断層でなくても地震が起きます。日本列島は地震でできた島だからです。
 
  また揺れの強さを表す[がル」ですが、最近は機械の精度が良くなり、正確な揺れの強さの測定ができるようになりました。2001年の宮城内陸地震では4017
ガルを記録しました。

 伊方原発は「570ガル」の揺れに耐えられると言っています。

岡村氏は、「福井県の大飯原発が再稼動した後は、伊方を再稼動させるでしょう。」といわれています。岡村教授のレポートと、「伊方発電所の地震対策について」(四国電力9の資料を画像処理してWEB上に掲載しました。

 会場には、100人程度の市民が集まって熱心に話を聞かれていました。活発に質疑応答もされていました。

 読み比べて参考にしていただければ幸いです。

岡村眞高知大学教授のレポート「南海地震の想定震源域は従来の2倍に 伊方原発はM9クラスの地震と津波に耐えられえるのか?」です。以下講演時にはいふされました資料の画像です。
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 作成日時は不明(東日本大震災より以前)だと思われます。パンフに作成日時が記載されていません。四国電力ガ作成した[伊方発電所の地震対策について」の画像です。

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 伊方発電所の地震対策

 じっくりと読み比べる必要があると思います。

2012年6月 8日 (金)

雨の中の二葉町不燃物・資源ステーション

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 梅雨入りを思わせるしとしと雨。工事中の新・下知図書館前では二葉町資源・不燃物ステーションの仕分けと管理に、町内役員・班長の皆さん方が雨の中業務をされています。ご苦労様です。

 今日は自転車など「大物」が多いようですね。朝の6時過ぎで始まったばかりの時間帯ですので、もっと搬出されてくることでしょう。
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 「高知方式」という細かい資源物管理。ビン類でも透明と茶色・黒と緑に分類され、別々にコンテナーに入れられています。
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 シートを被せているのは古新聞・ダンボール類。ダンボール類も印刷物は「厚紙」として別分類されています。
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 また今日は生ゴミの収集日。何気なくあるゴミステーションですが、町内会と市役所との取り決めで場所が定まっています。不法投棄をする町外の不心得者もいるので、ごみステーション周辺の住民は時に監視し、注意をしたり、掃除をしたりする義務もあるからです。
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 それができない場所には原則ゴミステーションは設置しないそうです。

2012年6月 3日 (日)

2012年の第1回町内消毒

  2012年の二葉町町内消毒作業が、6月3日午前6時10分集合で、6時半から行われました。町内各所を5台の噴霧器にて巡回し、雑草の箇所や排水溝蓋や害虫が発生しやすい箇所に噴霧しました。

 二葉町町内会役員など10人が朝早くから集合。消毒液を調合して、噴霧作業を行いました。
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 町内5箇所をそれぞれ消毒しました。
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 年間夏が来る前に3回消毒します。あと2回消毒作業があります。

2012年6月 1日 (金)

仁淀川町・長者地域のだんだんクラブの皆様に棚田の田植えの指導をしていただきました。

昨日は二葉町防災倉庫の引越しをしました。「高台」への防災用品を移転したので、一安心です。仁淀川町の井上光夫さん(によど

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 仁淀川町大崎の森林組合2階の建物へ行きました。そちらでによど自然素材活用研究会の中山琢夫さんと四国総合研究所の垂水亜紀さんと合流しました。
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 Bスタイル・プロジェクト事務局です。仁淀川町は高知市の日曜市にも最近産品を出品しています。
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 それで一緒に仁淀川町長者地区をめざしました。加枝ダムの少し上流の仁淀川にかかる赤いトラス橋を渡りますと、旧仁淀村地域にはいります。そこから10分ほど走行しますと長者地区へ入りました。

 3月10日のBスタイルプロジェクト報告会でお会いしました岡崎信守さんたち。「だんだんクラブ」の皆様が迎えて下さり、棚田の田植えをご指導いただくことになりました。
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 田植え作業に不慣れな都市部住民にご指導されるのは骨折りであったと思います。指導を受けたのは高知市二葉町が2人。森林総研関係者が2人。地元のご婦人1人(最近嫁いでこられた)の5人。
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 裸足で田んぼに入りました。適度に暖かく、どろもソフトでした。おたまじゃくしがたくさん泳いでいました。

 だんだんくらぶの皆さんが親切に教えていただきますが、稲を20センチ刻みに真っ直ぐ植えつけることは慣れないと難しい。

 女性グループの棚田作業を見学。丁寧に植えつけていかれています。
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 苗がはいったスチロールの箱を船がわりにして植えつけます。あちこち行くので、往生しました。
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 自分たちが植えた後ですが、真っ直ぐに植えるのはとても難しかったです。
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  だんだんクラブの岡崎信守さんと記念撮影をしました。
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 作業修了後、地域にそびえる大銀杏(樹齢1200年)の前で懇談しました。棚田が現在のようになったのは400年ぐらい前からとのこと。
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 地域の人口が1番多かったのは昭和45年頃(1970年)で、2200人いたそうです。棚田の上の道路に「繁華街」が出来ていたそうです。映画館やパチンコ店、旅館もあったそうです。現在は850人が長者地域に居住されています。
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 石のテーブルは地元の土建業者が寄贈されたそうですが、地域の絶好のコミュニティ施設になっています。だんだんくらぶの皆様は私たちが帰った後には懇親会をするそうです。とても気持ちの良い場所です。帰りたくなくなるような快適な場所でした。
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 高知駅前にその昔建築されていた大河ドラマ館。解体され、こちらの長者地域に再登場。農村レストランや喫茶コーナーを備えた交流施設が近くに完成するそうです。
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 花しょうぶ祭りが、6月10日から17日にかけて開催されます。地場産品の販売などが予定されています。二葉町の町民有志にも参加を呼びかけたいとは思いました。
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 近くの長者小学校の生徒たちの課外授業にもだんだん畑や棚田が活用されています。
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