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2012年3月

2012年3月20日 (火)

凄い静岡県では事前の高台集団移転が実現!

  津波には逃げるしかない。どこへ逃げるのか?それは高台です。

  静岡県沼津市内浦重須(うちうらおもす)地区の自治会が、地区内の高さ約50メートルの高台へ集団移転を目指すことで合意した。物凄いことです。

 中日新聞が伝えています。

 沼津の内浦重須地区が高台移転合意 東海地震の想定10メートル超 津波に備え

 さすがは東海地震対策先進地だけありますね。

 長期浸水地区に、あらたな市役所を新築するという高知市役所とは全くことなります。

 わたしたちもそれを目指さないと南海地震で生き残れないからです。

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2012年3月17日 (土)

第1回やえもん地区防災フェアへ参加しました


 3月17日は午前9時に、JAビルに集合で、「第1回やえもん地区防災フェア」(主催:やえもん地区まちづくり委員会・和田陽一代表)に参加しました。自宅から1・5キロほどあります。徒歩で行くことにしました。午前8時40分に自宅を出ました。

 赤ヘルメット(吉本隆明さんを追悼する意味もあり)に合羽上下を着用。防災用品がはいったリックを背負い片道25分を歩きました。JA高知ビルに着くと既に大勢の人たち(200人程度)が集合していました。
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 起震車と脱出用ゴムボートなどが展示されていました。
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JA高知ビルは耐震性のあるビルで立派な津波避難ビルです。4階から6階までの廊下が避難場所です。
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 車椅子の人を4階まで持ち上げる訓練にも参加しました。4人ががりでしたが、体重50㎏の女性を4階まで運びあがるのにわたしも含め、大の男4人がふうふう言いながら7分もかかりました。とても無理ですね。
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 自主防災会の大御所である中岡久典さんと愛宕町の小松正幸さんも駆けつけていただきました。廊下が避難場所になっていました。
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 避難訓練終了後には,1階のホールで、防災講演会がありました。
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 まずホームセンターマルニ・ハマートの防災担当から、簡単な家具転倒防止策の講義がありました。「津波から逃げる為には、自宅で家具の下敷きになっては逃げられない。まずそれが大事です。」
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「災害に役立つ便利グッズ」とうチラシもいただきました。防災のための備蓄、備品の準備には大変に役立つと思いました。
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 JA高知ビル前にあるサニーマート御座店店長からは、防災用の非常食の説明と店内にもありますという説明がありました。
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 会場を提供いただきましたJA高知からは「昨年7月に地域の人たちからの働きかけもあり、市役所と協議して津波避難ビルになりました。24時間警備員がいまして、万が1の地震時にはドアを廻旋します。もし警備員がなにかの事情で不在の場合は、ガラスを叩き割ってはいっていただいてかまいません。」との誠意ある話をされました。
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 高知市役所からは、津波避難ビルの概念(定義)と、高知市内の津波避難ビル一覧の説明がありました。公共施設は完了したので、あとは民間施設の津波ビルの指定を推進する必要があります。」とのことでした。(資料参考)

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 津波避難ビルの概念と津波避難ビル一覧表(2012年3月17日現在 67施設)
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 高知工科大学の甲斐芳郎教授「防災予測について」、と大谷英人教授から「防災対策 減災と共助、そして地域防災活動」という表題で 講演いただきました。

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 甲斐教授からは、津波シュミレーションや、想定の見直しの途中経過や、南海地震の基礎的なお話がされました。「津波は浦戸湾からだけではない。大津波であれば、南国市方面から高須を経由して押し寄せて来る可能性もある。」ことも言われました。
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 また「現状では自助努力が災害対策、復旧では報われないことが多い。耐震補強は自分だけではく地域の為になる(家屋が倒壊しなければ避難路が確保できる)にのに行政は評価しない。

 倒壊しない無事な家屋に避難しても、電気水道がガスのインフラが破壊されいるので、避難所へ来ないと食料も支給されない。行政は自宅鄙所を把握しきれない。」という問題がありました。

 「自助努力が報われるしくみづくりが大事です。それには災害が起きたあとに対策をするのではなく、起きる前から起きたことを前提とした事前の対策計画や被害予測もたてる)をこしらえる必要があります。」と言われました。
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 大谷教授からは「高知工科大学の学生も地域の減災に向けたまち歩きワークショップや防災マップづくりのお手伝いをさせていただきます。そのなかから津波避難計画を各地域でこしらえるようにしたいと思います。」

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「自助・共助を推進する為には地域のさまざまな団体の協力が必要です。また日本は沿岸部の沖積平野部は10%の面積ですが、そこへ人口の51%が居住し、資産の75%が集中しています。行政と住民が協働して減災することを推進する必要があります・」と言われました。
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 実行委員長の和田陽一さんありがとうございました。

講演会終了後、やえもん地区防災フェアのスタッフの皆様と、甲斐教授、大谷教授を交えての反省会にも参加しました。今後広域で下知全体として交流することを相互に確認し、散会しました。

 やえもん地区まちづくり委員会の皆様ありがとうございました。

2012年3月15日 (木)

新・下知図書館熱源問題の顛末について

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二葉町自主防災会は昨年11月に新・下知図書館の「熱源」問題に気がつきました。1階と3階のき給湯器は、電気調理器になっていまして、地震後の停電、長期浸水になることが確実な地域でありながら使用不可能な熱源でした。

 地元自主防災会として市役所に問いただしました。当時市役所側の説明は「併設する4階屋上部の防災倉庫内に、携帯用のカセットコンロと、5キロガスボンベを常備する。非常時にそれに備える。」といった内容でした。

 携帯用カセットコンロや5キロガスボンベは、買取式。管理がきちんとされていない状態になります。いざというときに使えないのではないか。

 二葉町内にあるLPガス販売会社ツバメガスの小吉裕之氏が「LPガス非常用ユニット」を考案し、新・下知図書館屋上に設置。常時ガス販売業者が点検整備する方式を市役所側に提案しました。同時に日常の熱源も1階部にガスボンベを設置。津波流出対策を行い、1階と3階の給湯器を電気からLPガスに仕様変更することを二葉町として市役所に提案しました。

 高知市議会議員の高木妙氏連携、12月高知市議会経済文教委員会で質疑をしていただきました。平成24年1月30日に、「新・下知図書館熱源問題」で地元二葉町町内会。自主防災会。近隣自主防災会と高知市役所関係部署である図書館館長、公共建築課。危機管理室などが協議しました。その折非常用LPガスユニットが市役所側に高く評価されました。しかし館内の熱源は設計どうり電気でとのことで、議論は平行線でした。

 再度高木市議に依頼し、吉岡副市長との面談を2月21日に行ないました。「市役所側は、地元提案の新・下知図書館の屋上部の非常用LPガスユニットを評価し、設置することに同意します。館内の熱源はコストを考慮し、電気にします。」と言われました。
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結局吉岡副市長の見解が、高知市側の最終回答でした。釈然としませんでしたが、新・下知図書館屋上部に災害用LPガスユニットが認定されたので、それだけでもよしとしなければなりません。

 ただ交渉して不思議であると思いましたのは、ことここにいたっても高知市は、「オール電化住宅」に執着していることです。原子力発電所がフル稼働してこそ成り立つシステムではないでしょうか。

 東京大学地震研究所の都司准教授は、1月に開催されました高知市主催の「防災人づくり塾」での講演で、「ただちに廃炉にしなければいけない原発は浜岡と伊方と福井です。浜岡は東海地震の震源域にあり、大津波は浜岡原発前の海底地形からおきやすくなっています。伊方は中央構造線という日本最大の活断層に隣接立地。過去にも群発事件が発生しています。

 福井の原発群の真下には活断層の巣があり、直下型地震が起きる可能性があります。」と述べました。学者にすれば珍しくはっきり発言されていました。

 将来伊方原子力発電所は廃炉になる可能性もあります。また南海地震で水没する地盤が弱くて標高の低い高知市街地の公共建築物の給湯設備が、従来どうりオール電化というのは正直「おかしい」と思います。

 ほぼ完売した和建設の高知市内の分譲マンションは、購入予定者に、もしもの地震の場合には「津波避難ビルになります」」ということを同意をいただいています。しかも熱源に太陽光とLPガスでの対応を完備しています。

 和建設のマンション建設に関する見解

 民間マンション分譲会社が、南海地震の脅威から入居者を守る姿勢を明確にされているのに、より公共性の高い建物の配慮は少したりないのが高知市役所の現状です。残念であるとしか今は申し上げることはございません。

2012年3月10日 (土)

[Bスタイルプロジェクト」報告会へ参加いたしました。

 独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター主催で、「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会・研究開発領域」の「Bスタイル*地域資源で循環型生活をする定住社会造づくり・プロジェクト」が、高知県仁淀川町秋葉の宿に淀川観光センターで開催されました。

 この事業は主催者団体の補助を受け、独立行政法人森林総合研究所支所と、NPO法人土佐の森救援隊とによど自然素材研究会が、地元高知県仁淀川町を中心に展開した事業の報告会です。

 わたしは、荒木二葉町自主防災会副会長とともに、二葉町防災会として参加しました。
大渡ダムを見下ろす仁淀川観光センターからの景色はいいですね。桜の木が植えられていまして、大渡ダム公園は桜の名所です。
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 参加者は70人ほどでした。県内外からも参加者がありました。
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 まず地元の事業の統括責任者でもある森林総合研究所四国支所の田内裕之プロジェクトリーダーが統括・連携ということで、活動の概略的な報告をしました。
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活動報告の概略のチラシと今日の報告会のメニューです。
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 続いてBスタイル・プロジェクトの中核の3つの団体が活動成果を発表しました。

 このなかでNPO土佐の森救援隊の中島健造氏は「仁淀川町とともに育ててきた小規模な自伐林業家を育成していく仕組みが、今「全国各地で評価され導入の動きが相次いでいます。
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 無理をせず山を間伐して手入れしながら、良い材木は原木市場へ出荷し、端材や林地残材は、薪や木質パレットの原料として山に放置せず、軽架線方式で運搬し、軽トラ等でどんどん林地残材を運搬する圧倒的な実績をこしらえました。」とのこと。全国的にも注目の存在になってきているようです。
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 ただ高知県の林業行政はあいも変わらず「大きいことはいいことだ」ということで、大豊町に集成材や合板メーカーの銘建工業を多額の税金投じ優遇措置を行なっています。

 中島氏はその事態を杞憂し「間違いなく銘建優遇措置は、高知県の森林は全山皆伐が進み禿山になり,渓谷は土砂で埋められ、下流部に大きな災いをもたらすことは見えています。と警告をしています。
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 仁淀川町のまちおこしのグループが、石垣でイチゴを栽培したり、高知新聞の配送便を活用して産直市へ野菜を出荷したりする様子が、によど自然素材等活用研究会の井上光夫さんたちとの連携で実績を上げていることが報告されました。
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 高知大学の学生さんは、昨年10日間のインターシップをした報告をされていました。次回はホームスティをされて、仁淀川町とかかわりたいと言われていました。
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「災害時に助け合うえる絆づくり!街と山が手を結ぶ」というテーマで二葉町自主防災会として事業報告と今後の展望の話をしました。
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「 二葉町自主防災会は2006年12月に結成されました。二葉町防災新聞にあるように、阪神大震災で大きな被害を受けた神戸市長田区の町内会との交流や、愛媛県今治市の自主防災会の交流も行ないました。

 低地の二葉町ですから町内会。自主防災会独自で町内の4階建て以上のマンションの所有者と協定を結び「津波避難ビル」を設置しました。さらに町内に隣接する鏡川大橋歩道部を「災害時要援護者退避場所」として、国土交通省土佐国道工事事務所に認めていただきました。

 昨年の東日本大震災は、いままで想定していた被害を大幅に超える規模であり。自主防災会役員も無力感が広がりました。

 3月の終わりに、岩手県への災害支援に行かれていた土佐の森救援隊の中嶋健造さんがやってきて「わたしは遠野市を見てきました。あそこが沿岸部の市町村への支援センターになっていました。低地の二葉町は山間部の仁淀川町と提携すべきである」とのことで、4月に二葉町へ井上光夫さんと、森林総合研究所の垂水さんと中嶋さんと3人で来てくれまして交流が始まりました。

 そして6月5日に二葉町の関係者27人が仁淀川町を訪問。一緒に昼食を食べ、交流を深めました。ただその交流会の様子がマスコミ各社で大きく報道され反響もありました、それは事態が深刻であり、二葉町と仁淀川町の取り組みが前例がなく、先進的でユニークだったので大きく評価されました。

 NHKやさんさんTV,朝日新聞、讀賣新聞、高知新聞、毎日新聞、日本経済新聞などが取材に来ました。皆記者の人たちは「気仙沼、石巻、大船渡に似ていると言います。」

 チラシに「1000年前の高知」というのがあります。今度南海地震が起きれば、私たちの高知市街とはまちがいなく海に沈みます。
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 仁淀川町との一時疎開の話しも、高知市役所と仁淀川町、高知県が関与するようにならないと進展しません。私たちは県の防災支援基地機能を仁淀川町にこしらえるべきべきであると県に提案し、またそのことを地元選出の県会議員に2月定例県議会で代表質問をしていただきました。

 昨年1年間仁淀川町の皆様にはお世話になりました。お互いが楽しめる長続きをする交流をl今後も続けたいと思います。

 4月1日には  二葉町が近隣の青柳公園でお花見・懇親会をします。仁淀川町の物産を少しもってきただいて、一緒二交流をいたしましょう。

 10月~11月頃には二葉著側が仁淀川町を訪れる計画です。

 11月には「昭和秋の感謝祭があります」昨年は井上さんと、森林総研の田内さん、中山さんたちと二葉町は「二葉町ー仁淀川町古ラボ」でテントを出して物産の販売をしました。今年もあります。より大きな地域の交流になるでしょう。」

 続いて移住者ドキュメンタリー映像も上映され、製作者同士の対談も行なわれました。
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 2時間の会合でしたが内容は盛りだくさんでした。

報告会の様子を詳細に報告されているブログ記事もご参考ください。

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