最近のトラックバック

カテゴリー

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

災害情報サイト・地震・台風など

行政の防災情報

無料ブログはココログ

市民サイドの防災情報

フォト

« 寒い中での資源・不燃物ステーションの管理は大変です | トップページ | 新・下知図書館「熱源」問題を市役所側と協議 »

2012年1月30日 (月)

住民の命と財産を守り抜いた偉人 浜口梧陵

Imamuranohi2


 1854年の安政地震の時、集落を大津波が襲ってくることを察知した浜口梧陵は。刈り取ったばかりの稲を積み重ねた「稲むら」に火をつけ、沿岸部の住民を高台へ誘導し、村人の多くを救いました。「稲むらの火」の逸話の実在者です。

 小泉八雲の逸話と真実は少し異なっていたようですが、高台への避難誘導のために、稲むらに火をつけ村民それを目印に安全に避難したことは事実だそうです。

 この人の業績はそれに留まらず、大津波で大きな被害を受けた村人のために、炊き出しを行い、避難所をこしらえ、罹災した漁民や農民のために事業再開資金の提供や、家屋の無料提供などを次々と実行していったことです。

 災害復興に手をこまねいていた紀州藩や幕府に代わり、浜口梧陵は私財を投じて防波堤の建設を行い、職を失った村人たちを支援しました。村人の命と暮らしを優先し、地域の復興に尽力したリーダーが浜口梧陵でした。

浜口梧陵は商人身分でありながら幕末期には紀州藩の勘定奉行になり、維新期には大久保利道の要請で逓信大臣も歴任しています。後に郷里へ戻り県議会議長もされています。政治家としてのキャリアも立派ですね。

 市民の命と財産を守るために地方政治も国政もあるべきなんです。少しは浜口梧陵を見習えと思います。

 稲村の火の館 

« 寒い中での資源・不燃物ステーションの管理は大変です | トップページ | 新・下知図書館「熱源」問題を市役所側と協議 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

南海地震関係」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 住民の命と財産を守り抜いた偉人 浜口梧陵:

« 寒い中での資源・不燃物ステーションの管理は大変です | トップページ | 新・下知図書館「熱源」問題を市役所側と協議 »