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2012年1月

2012年1月31日 (火)

新・下知図書館「熱源」問題を市役所側と協議

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 (平成25年4月に開館予定の新・下知図書館(仮称)の完成予想図)

 1月30日午後6時半より、下知消防分団会議室にて、「新・下知図書館の”熱源”問題」についての協議が行なわれました。

 昨年末に新・下知図書館の1階部と3階部に設置される給湯器がすべて電気になっていることに二葉町自主防災会役員が気がつき、地元市議会議員である高木妙氏に、事情を説明。12月高知市議会で会派の代表質問や、経済文教委員会にて質疑をしていただきました。

 その議会答弁で市役所側は「年明けに地元関係者と新・下知図書館の熱源問題で協議する」とのことでした。昨日の協議はそのために開催されました。

 出席者は、地元側は二葉町自主防災会の役員、二葉町町内会長。近隣の中宝永町町内会長。下知地域連合町内会長。LPガス協会関係者。市役所側は市民図書館館長。副館長、危機管理室室長、公共建築課担当職員らが出席し、高木市議の司会進行で始まりました。
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(協議は高木妙市議の司会・進行で始まりました。)


 まず市役所側から給湯器を電気にした理由の説明がありました。

「エレベーター電源や、照明設備など電気を使用するので、電気調理器のほうが割安であること。電気のほうが防火上安全であるとの図書館側の意向もあり電気にしました。

 この地域は津波の被害や地盤沈下も予想され、非常時には電気は使用できないことは承知しています。それで防災倉庫にカセットコンロや、5キロや8キロのLPガスボンベを常備し対応したいと考えています。

 平常時は電気調理器。非常時にはLPガス(5キロ・8キロ・ポータブルコンロ)を常備して対応するのが市役所の考え方です。

 新・下知図書館は津波避難困地区にあることは承知しています。一時待避所でありましても収容所ではありません。原則3日以内に救助し、水没地域以外の避難所への退避を想定しています。それゆえ飲料水も、非常用食料も最長3日分構えることで計画しております。」との説明でした。
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 これに対して二葉町自主防災会からは以下の指摘をしました。

「新・下知図書館への退避期間を3日間と想定されていますが、南海地震では高知市街地ほぼ全域が地盤が沈下し、水没しますね。推定罹災者が現時点でも13万人おります。到底3日以内で、一時退避している図書館から移動できるとは思えません。

 市役所の言われている被害想定は、高知市だけが罹災地になる想定に過ぎないと思います。四国全域が地震域になる巨大地震が起きた場合は、名古屋や大阪などの大都市部が甚大な被害を受ける可能があります。高知まで救援部隊がすみやかに来るとは考えられません。
 
 長期間滞在するつもりがなくてもそうならざるを得ない事態になる可能性も高いです。それで平常時も安全に使用でき、非常時には貴重な熱源となる安全なLPガスに設計変更をお願いしたい」と要望がありました。
 
 その根拠と裏付け説明を、二葉町に会社がある㈱ツバメガス勤務の小吉浩之さんが、LPガスの安全性と使い勝手のよさについて詳細な説明がありました。

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(通常の状態で設置されているLPガスボンベ。LPガス協会では、水没などで流失しないように、上下2本の鎖などで流失防止対策をしています。ホースも外れにくく、万が1はずれた場合はガスの奔出が遮断されるようになっています。)
 特に注目すべきは、津波・水没、長期浸水を予想し、通常1階部に設置するLPガスボンベを屋上部に設置し、非常用意熱源と通常熱源を併用させ、非常用の電源の確保も考慮した独創的な「熱源」対策であったことです。

 震災時においてLPガスの安全性や、震災後の復旧作業のインフラでは1番迅速に復興できるシステムです。

 屋上から3階部への配管でガスを供給します。万が1強い地震があったときには、LP
ガスは自動的にボンベからコンロへの供給が遮断されます。1階部に置けば業者も楽ですが、地震対策を併用する為に屋上部に20キロボンベを3本置く計画です。

 小吉さんは、安全性と法令の確認のため県危機管理部と高知市消防局にも確認され、「問題はない」との確証を得ています。より安全性を担保するためにLPガスボンベ収納用のユニット小屋と災害対応時ユニット設備を備えていれば、罹災後すぐに対処でき、災害炊き出しがすぐに出来ます。

 議論は午後8時過ぎまで続きました。8時過ぎに散会しました。

 小吉さん提案の説明書を画像にしましたので、ご参考ください。
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*市役所側の非常用にガスの小型ボンベやポータブル・コンロの備蓄は業者の定期点検がないため、ある意味危険であると思われます。常時LPガスを給湯器などで使用しておれば、業者はガス機器や配管の定期点検と巡視が出来るので、より安全であると思います。

2012年1月30日 (月)

住民の命と財産を守り抜いた偉人 浜口梧陵

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 1854年の安政地震の時、集落を大津波が襲ってくることを察知した浜口梧陵は。刈り取ったばかりの稲を積み重ねた「稲むら」に火をつけ、沿岸部の住民を高台へ誘導し、村人の多くを救いました。「稲むらの火」の逸話の実在者です。

 小泉八雲の逸話と真実は少し異なっていたようですが、高台への避難誘導のために、稲むらに火をつけ村民それを目印に安全に避難したことは事実だそうです。

 この人の業績はそれに留まらず、大津波で大きな被害を受けた村人のために、炊き出しを行い、避難所をこしらえ、罹災した漁民や農民のために事業再開資金の提供や、家屋の無料提供などを次々と実行していったことです。

 災害復興に手をこまねいていた紀州藩や幕府に代わり、浜口梧陵は私財を投じて防波堤の建設を行い、職を失った村人たちを支援しました。村人の命と暮らしを優先し、地域の復興に尽力したリーダーが浜口梧陵でした。

浜口梧陵は商人身分でありながら幕末期には紀州藩の勘定奉行になり、維新期には大久保利道の要請で逓信大臣も歴任しています。後に郷里へ戻り県議会議長もされています。政治家としてのキャリアも立派ですね。

 市民の命と財産を守るために地方政治も国政もあるべきなんです。少しは浜口梧陵を見習えと思います。

 稲村の火の館 

2012年1月13日 (金)

寒い中での資源・不燃物ステーションの管理は大変です

  月に1度の二葉町「資源・不燃物ステーション」の管理。荒木三芳副会長以下、町内の班ごとに当番がステーションへ出てきて管理をされています。二葉町町内会のだれもが、1度は当番にステーションの管理に立つようになっています。

 この季節は寒くて辛いです。日の出も遅いし。でもおかげで家庭の不燃物が出せますので市民にはありがたいことです。当番の人たちは大変です。

 「高知方式」でビン類も透明。黒、青、茶などと細かく分類され、管理されて置かれていきます。ダンボールも印刷ダンボールは「雑紙」として、従来のダンボールとは別に仕分けされるようになりました。

 市民の協力があればこそ、街中も清潔に保たれます。

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2012年1月 3日 (火)

対南海地震ー町ごと疎開計画が讀賣新聞に掲載されました

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 2012年1月3日付けの讀賣新聞12面、くらし・家庭面にて「南海地震・・・町ごと疎開計画」「高知・二葉町 平時から親交信頼築く」と記事が大きく掲載されていました。

 昨年12月25日に讀賣新聞大阪本社記者の岩井孝夫氏が、わざわざ高知市二葉町を訪問され、二葉町自主防災会役員有志と懇談し、取材をされました。事前に高知市五台山からの高知市街地の眺望や、高知市街地や二葉町もまち歩きも体験していただきました。

 1月3日の記事では、震災後高台へ移転を決められた町の町内会の取り組みも紹介されていました。まだ南海地震が襲来していない高知市二葉町ですが、もし襲来すれば「ひとたまりもない」二葉町なのです。

 規模の小さいといわれた1946年の昭和の南海地震時でも二葉町全域が地盤沈下し、水没。長期浸水状態になり約三ヶ月それは続きました。

 次回近い将来起きるであろう南海地震は、内閣府の有識者会議での想定見直しが年末に公表されました。それによると被害は想定できないほど甚大になりそうです。はたして地域で生き残れるのかも疑問です。

 「震度7の揺れ」「液状化」「地盤沈下」「火災」「津波」「長期浸水」の6重苦の海抜0メートルの高知市二葉町。自主防災会で自主的に施主とで決めた「津波避難ビル」に一時的に避難しても、たちまちその後の生活も仕事も出来ない状態になります。高知市全域が水没していますから。

 昨年から津波が絶対に来ない山間部の仁淀川町との交流事業を始めました。経済交流や観光への支援などを二葉町なりに考案し、実行してきました。

 参考ブログ記事 仁淀川町二葉町交流会 関連

 しかしいまだ交流の段階であり、具体的に仁淀川町の施設を二葉町側が一時疎開時に借用する話にはなってはいません。当然高知市役所、高知県の関与も必要であり、仁淀川町の公共施設を管理されておられる仁淀川町役場との折衝も必要です。

 「前例のない事業」を推進するゆえの苦労も当然あります。近い将来必ず起きるであろう南海地震を想定した地域活動を推進していく以外に方策はないと思うからです。
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(1946年12月21日に起きた昭和南海地震。写真右手が二葉町方面です。三ヶ月浸水したままでした。当時は荒地と田畑が大半だった二葉町。今は市街化し、家屋が密集しています。)

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2012年1月 1日 (日)

今年もよろしくお願いします

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 2012年もスタートしました。
 
 昨年は「仁淀川町ー二葉町交流会」を発足させたことで、報道される機会が多くありました。しかしいまだ具体的に「一時疎開場所」を確保したわけではありません。前例のないことでことは簡単には進展しませんでしょうが、なんとか具体化できりようなめどを2012年には確定したいですね。

 また待望の新・下知図書館も二葉町内に建築されます。その「熱源」を設計では「電気」になっています。それを二葉町自主防災会は、防災上でなにかと使い勝手のよいLPガスに変更を市当局に要望します。新年早々、その仕様変更のお願いという大きな問題があります。

 また昨年末には、内閣府の有識者会議が、南海・東南海・東海の想定地震震源域を大幅に拡大、最大M-9級の巨大地震になる可能性があると見解を公表しました。

 とにかく地域の活動も多忙になりそうです。関係者の皆様、どうか2012年もよろしくお願いします。

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