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2017年10月19日 (木)

原子力施設の防衛をどうするつもりなのか?


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 日本国憲法を改正し、戦争法案(安保法制とやら)を推進して、北朝鮮と一戦を交えることはいとわないと言う自民党・希望の党・維新の関係者の皆様にお伺いしたい。現在の自衛隊の防衛力で日本国の54基の原子力発電所と核燃料処理施設(六ヶ所村)などは守れますか?
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 いくつか質問があります。きちんと回答して下さい。

1)原子力施設をどうやって防衛するのか?P3Cの迎撃ミサイルシステムを何故原発を守るために配備しないのでしょうか?何故自衛隊や海上保安庁で原発や核施設の警備と防衛をしないのでしょうか?(現在は警備保障会社が警備をしています。)

2)万が1原子力施設が敵性国家や国際テロリストによって爆破された場合、対処策はありますか?あるのであれば、詳細に述べてください。

3)世界1の軍事大国であり、核兵器を保有しているイスラエルは、何故自国に原子力発電所を建設しないのでしょうか?その理由はなんであると思われますか?

4)北朝鮮と緊張関係を持続しながら、外交的に圧力をかけながら、原子力発電所の再稼働をすることについて、安全対策(軍事的な攻撃に対して)大丈夫である根拠を具体的に示してください。

5)万が1日本国内の原子力施設が福島第1原子力発電所以外に、原子力施設が、災害などで被害を受けメルトダウンすれば、頼みの在日米軍は家族を連れて日本から撤退すると思われます。そうならない確証があればお示しください。


6)在日米軍が日本から撤退した場合、自衛隊の力だけで国の防衛は可能ですか?災害支援と原発対応と国土防衛の3方面作戦は可能なのか回答してください。
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7)在日米軍が撤退した場合は、中国が侵攻する可能性があると思われますか?その場合阻止することは可能でしょうか?

 自民党・希望・維新の関係者の皆様の回答をお願いしたいものです。
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2017年10月18日 (水)

元卓球世界チャンピオン浜田美穂氏講演会

 高知市出身で元卓球世界大会(サラエボ)優勝者の浜田美穂さん。現在は高知工科大学教授です。講演会は下知地区町内会連合会(福谷会長)主催。福谷さんも卓球選手でした。2017年10月14日に下知コミュニティ・センターで開催されました。

 下知コミュニティ・センターでも毎週金曜日は卓球サロンが夕方開催されています。卓球は市民レベルでも広く親しまれているスポーツの1つです。

 卓球と言えば娘が中学・高校の部活でやっていました。しかし生徒会や美術部や漫画部との掛け持ちでしたから真面目にやってはいなかったと思いますね。

 「土佐女子卓球部で子どもが6年間お世話になった。」という人も聴講に来られていました。70人の参加者がいました。
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 最初に福谷会長が挨拶しました。

 次に坂本茂雄顧問(県議会議員)が歓迎のあいさつをされました。「下知コミュニティ・センターも開所して4年位になります。地域活動部会が卓球サロンをやっていて大盛況です。私もメンバーですが、最近は全然参加できていません。生涯スポーツと言う点でも、もしもの災害時に命を繋ぐためにも体力の維持は必要です。」
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 福谷さんが日本の一流の卓球選手の国際試合の様子があります。と言われ映像を見ました。バックハンドやフォアハンド、カットなどの技術が試合で披露されています。全く卓球をしたことのない私には「神業」としか言えませんでした。
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 ウィキペディアに浜田美穂さんの卓球選手として、指導者としてのキャリアが掲載されていました。

 濱田 美穂(はまだ みほ 1947年 - )高知県出身の卓球選手。戦型はカット主戦型。世界卓球選手権の女子シングルスで小和田敏子と共に最後にメダルを取った日本人選手である。 その後第54回世界卓球選手権個人戦で平野美宇が48年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得した。現在高知工科大学教授。

 中央大学文学部に進学、1966年の関東学生新人卓球選手権大会では女子シングルス、ダブルスで優勝した。1969年、世界選手権ミュンヘン大会女子シングルスで3位に入った。

 1970年大学を卒業、タマスに入社、1971年の世界選手権名古屋大会女子ダブルスで3位。同年の全日本卓球選手権の女子ダブルスでは大関行江とのペアで優勝した。

 1973年の世界選手権サラエボ大会女子ダブルスで優勝した。タマスには1975年まで在籍した。その後高知に戻り結婚、1978年より土佐女子高等学校で指導者を始める。
卓球指導者としても1991年の世界選手権千葉大会女子コーチや1992年のバルセロナオリンピック強化スタッフなどを務めた。とあります。世界水準の選手でした。
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 講演の内容を印象に残ったことを書きとめました。

 「私は下知に縁があります。父が若松町の会社に勤務していました。後に独立して鉄工所を始めました。近所にバトミントン選手がいました。土佐女子中学へ入学し、最初はバトミントン部へ入部するつもりでした。」

 浜田さんは「出会いの大切さ」ということでいくつか話をしてくれました。

「土佐女子では5月の中間試験が終わった後に、クラブへ入部できます。最初はバトミントン部へ入るつもりでした。ある日体育館で卓球部が練習していました。高校2年生の四国チャンピオンになった先輩が練習をしていました。見ていますと卓球は美しく、華麗に見えました。いつのまにか卓球に引き込まれました。
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 そして卓球部へ入部しました。でもあまり練習に打ち込む熱心な生徒ではありませんでした。」

「2つ目の出会いは、6月に県民体育館で、日本選手と欧州の選手との国際試合があり観戦にいきました。一流選手の技に感心し、いつかは日の丸をつけて国際大会へ出たいと思うようになりました。」

「そこで考えました。日の丸(日本代表)選手になるためには、部内でも強くならないといけないし、県内や四国でも強い選手になり全国大会で活躍しないといけない。と思うようになりました。」

「それで素振りを1日100回することに決め、登校後すぐに体育館へ行き舞台の上にある鏡を見て素振りの練習をしました。卓球を始めた時に世界水準の試合をみたことが大きかったです。」

「そして中学3年生の時に中学高校一貫校だからと思いますが、鹿児島県で開催されたインターハイに同行するように言われ試合を見学しました。すると守備の打ち方だけと思っていたシェイク・ハンドを関東の選手たちは攻撃に使っていました。」

「また片手の男子の卓球選手がいて、左手だけでサーブを上げ、打つ選手でした。試合がない時は片手で腕立て伏せをしていました。それで感銘を受けました。」
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「わたしは練習量が多いのですが、試合になると負けたりしました。あるとき松下幸之助さんの本を読んでいて、はっとしました。

 真剣勝負ということを書いていました。竹刀で試合をしていると打たれても痛いだけで怪我しません。それが木刀になると怪我をするようになるのでのらくらとは出来ません。

 それが真剣で戦うとなると、負けると死んでします。必死で戦います。今までの自分は真剣さがなかったことを思い知りました。どうしたら相手に勝てるのか。懸命に作戦を考えるようになりました。」

 「運について」という話もしていただきました。

「大学ではベスト16で終わりました。ベスト4までなら国際大会へ行けたのです。これで卓球ともお別れと思っていましたら、監督に呼ばれ、選抜選手の練習相手をしてくれと言われました。」

「嫌だなと思いましたが、カットマンが少ないので指名されたのです。欧州選手はカットマンが多いのでした。練習試合で男子選手に勝ったこともあります。それを卓球界の大御所の人が見ていて、追加の世界大会派遣選手になりました。」


「それで国際大会へ行きました。中国の選手が文化大革命が終わって復帰したばかりでした。彼等の真剣さ、懸命さに打たれました。中国の選手には負けたくないと思いました。」

「それで社会人になっても卓球を続けました。サラエボの世界大会の時に、ルーマニアの選手と組んだ国際ペアで優勝しました。くさらず練習したからでしら。」

 「最近思うことがあります。自分のためだけでなく、相手のためを思い努力することが必要ではないか。トップ選手には人間力も必要である。。誰かのために頑張ろうと思った方が結果がともないます。」

 自然体で「教訓」を語られました。ご自身の卓球人生ですべて実践なさっていることなのでとても説得力のある講話でした。いい話を聴講させていtだきました。下知町内会連合会の皆様ありがとうございました。

2017年10月17日 (火)

二葉町資源・不燃物ステーション


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先月は体調不良のために欠席した二葉町町内会の資源・不燃物ステーションの仕分け当番。2017年10月12日(金)はなんとか行きました。前日までの背中のねじれが完治しましたので。毎月第3金曜日が二葉町町内会の資源・不燃物ステーション運営の日です。
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今朝は午前6時前に下知コミュニティ・センター前に仕分け当番に行きました。夜明けが遅くなりまだ薄暗い。徐々に明るくなります。

 6時半前後になりますと次々と瓶類や缶類、新聞紙、雑誌、段ボールや家電製品や不燃物、家具などが持ち込まれてきます。
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 皆手慣れたもので、手際よく仕分けしていきます。瓶や缶を眺めていますといろんな種類のお酒や飲料水等が入っていた容器だけに個性がそれぞれありますね。
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 車でどっさりと持ち込まれる来る人もいます。月に1度の二葉町町内会のコミュニティになっています。皆であいさつし顔見知りになっていきますから。
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 世話役の荒木三芳二葉町町内会副会長は5時半過ぎから立て看板や、瓶類を入れるコンテナー類の設置など事前準備をされています。世話役の下支えがあればこその資源・不燃物ステーションです。

2017年10月16日 (月)

母の口腔ケアと両親の「いい歯の表彰」

 
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 2017年10月12日は、母(91歳)に付添い歯医者へ行きました。歯磨きと歯垢取りの「口腔ケア」です。1カ月に1回歯医者へ行っています。それというのも自分では歯磨きが不十分です。たまに家内や私も母の歯磨きをしますが、うまく磨けません。
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 どうしても歯の汚れや歯垢を完全に除去することは難しい。それで月に1度歯科医師に点検していただき、歯科衛生士に歯磨きと歯垢の除去をしていただいています。

 父(98歳)も母もともに90歳を超えていますが、26~7本は自分の歯があり、入歯やインプラントの歯は1本もありません。歯医者の団体などは「80-20運動」(80歳で20本以上の歯を残そう」という運動をされています。

 それでうちの両親は90歳なので、担当のケアマネさんが「歯科医院を通じて県のいい歯の表彰にエントリーされてください。」と言われるので、両親のかかりつけ歯科医院である嶋本歯科を通じて夏ごろにエントリーしました。
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 そしたら先日高知県健康政策部健康長者政策課のほうから手紙が来ておりました。「優良賞」に両親とも選ばれたそうです。11月末に表彰状と記念品を高知県歯科医師会から郵送されてくるそうです。まずは良かったです。
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わたしも昨日歯がうずく感覚がするので歯科医師で診察を受けました。レントゲンも取りましたが、とくに虫歯も歯槽膿漏もないとのこと。
 「以前治療された歯がうずくのは、体の疲れなどで免疫力が落ちた時に、なります。体調が回復すれば起きません。酷くなったらまたご来院下さい。」とのことでした。

 私や子供たちも昔から歯は健康です。両親の歯が健康である因子が遺伝したのでしょう。それだけはいいところを継承したようです。

 わたしが子供の頃、麻雀ブームで近所の歯科医師の先生がうちへ来てマージヤンを良くしていました。お土産にわたしに必ずチョコレートを持って来てくれていました。後年虫歯治療にその歯科医院へ行きました。その先生は「あんまり虫歯にならんかったのう」と言っていました。

 口腔ケアの重要性は石巻市の河瀬聡一郎先生が昨年高知へ来られ講演いただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-5825.html

 一般食を自分の歯でいつまでも食べられることが健康の第1歩であると両親を見ていて思いました。わたしも歯のメンテナンスを欠かさないようにしたいと思います。

2017年10月15日 (日)

菅野和夫さん防災講演会IN安芸市


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 岩手山田伝震館の震災語り部である菅野和夫さんの防災講演会が、2017年10月10日午後7時から安芸市防災センターにて開催されました。主催は安芸市自主防災組織連絡協議会です。仙頭ゆかりさんに骨折りをしていただきました。

 40人の関係者が参加していました。下知からは若松町防災会の横田政道さんと、二葉町防災会の西村健一と防災DVD制作会社のSさん他1名が参加しました。
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 最初に安芸市自主防災組織連絡協議会会長が挨拶され、高知新聞社の関係者が10月28日に安芸市で開催されます「むすび塾」の話をされました。
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 菅野和夫さんの話はとても具体的です。ご自身も宮古市の高台住宅団地の防災会長。2011年の3月11日もまさに防災会の会合を予定していた平成21年当時は「10年以内に70%に確率で地震が起きる。」と言われていました。

 それで「3・11」の2日前にも地震があり、これが宮城地震なのかと皆が思い込んでいました。また後から分かった事ですが、3月11日だけで、宮城、岩手、福島、茨城で11回も地震がありました。」
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「津波の圧力で、本体の津波が来る前に水路を伝わり津波が陸上に新輸する現象がありこちでありました。」

「気象庁の3・11の最初の津波予想は3Mでした。ところが2回目は6Mととなり、3回目は10M強の津波予報になっていました。たいていの人達は第1回目の3Mしか聞いていません。あとは停電で罹災地の人達は聞いていません。」

「防災行政無線はお音が割れて聞こえませんでした。」

「ハザード・マップをうのみにしないことです。現実に釜石でも想定以上に津波が来ています。群馬大学の片田先生の教えに従い、中学生たちは「想定を信じることなく」「率先して自分たちが逃げることで地域の人達にお知らせすることが出来ました。」
最善策をたてて逃げること」が大原則です。
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 「避難所運営は。入歯、服薬している薬情報、眼鏡の調整する人が、なかなか見つからず苦労しました。」
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 津波避難ビルや津波避難タワーへ、想定以上の高さの津波が襲来してもロープとブルーシートがあれば、生存率が高くなりますよ。とご自身の体でロープワークをされていました。とても実践的な防災講演会でした。
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 菅野和夫さん遠い岩手から駆けつけていただきありがとうございました。また講演を今回献立ていただきました安芸市自主防災組織連絡協議会の皆さん、仙頭ゆかりさん、今治市防災士会連合会(10月6日開催)の皆様ありがとうございました。

 きっと菅野和夫さんの「命がけの」体験談が多くの命を救うことになると思います。皆さまありがとうございました。

2017年10月14日 (土)

名古屋市街を歩きました

 2017年10月7日は、午前中は高蔵寺ニュータウンを歩き回り、午後からは、名古屋市中心部の栄地区を歩きました。生憎の雨でしたので、名古屋城などにいくこともなく、テレビ塔周辺を歩いただけでした。
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 かおちゃんから「国宝犬山城は必見」と言われていましたが、一方で「名古屋にも丸善がありますよ」との情報を選択しました。丸善は遠い昔東京勤務時代職場の近くに本店がありました。懐かしかったので、行くことにしました。
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 三越やドンキホーテの店舗は通りから見えますが、わかりません。市民グループが街宣をされていました。「辺野古基地建設反対」を言われていました。署名活動もされておられたので、署名しながら丸善の所在地を聞きますと、次の交差点を左折し100Mほどにあると教えてくれました。
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 ありました。目的は生産性出版のスケジュール手帳を買うことです。1階の手帳コーナーですぐ見つかりました。高知市では見つけることができないので、毎年メーカーの全国販売店会が横浜や大阪であるのでその時に購入しています。さすがに名古屋は大都会です。

 名古屋の人に聞きますと「高層ビルがないから」とやや卑下した発言もありましたが、人を威圧する超高層ビルは嫌いです。名古屋は道路の幅も広く、大都市でありながら、余裕がある街並みになっています。
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  最近は、東京・大阪にくらべて物価が比較的安いと言う評判で、中国人留学生が多いそうです。生憎の雨でしたので、丸善で3時間近くいました。いると購入したい本がいくらでもあるので、田舎者には目の毒です。3冊買いました。有り金全部使いそうなので我慢しました。
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  街路にノーベル賞を受賞した人の手形があったり、公園では小規模な音楽イベントもやっていました。バスターミナルから名古屋空港へ行きました。歩道橋にスロープ併用も見かけました。スロープを併設するとなると相当長い斜路をつくらないといけないようです。
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2017年10月13日 (金)

菅野和夫さんと再会しました

昨年12月下旬に、愛媛県鬼北町の部派遣事業」(総務省消防庁)の「津波語り部」派遣講師で来られたついでに高知県へも立ち寄っていただきました。師走故に人を集めることが出来ませんでした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-ccd0.html

 今回は情報班長の西村が名古屋へ行って名古屋大学での防災お意見交換会に参加することで。高知市では全く体制が取れませんでした。それで10月6日に今治市防災士会連合会で講演をしていただきました・30人が聴講されました。

 10日は安芸市での防災講演会です。安芸市消防防災センターにて開催されます。

 10月8日は有志で高知市は葉牡丹で夕食会をしました。中味の濃い意見交換会でした。
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 ロープワークもご披露いただきました。
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 人のつながりは大事ですね。

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2017年10月12日 (木)

高蔵寺ニュータウンをひたすら歩きました

 最近「人生フルーツ」という津端修一・英子夫妻の自然体の姿が多くの人達に感銘を与えました。実はわたしは高知青年会議所に在籍していた25年前に、NHKの斉藤ディレクターさんにお願いして高知へ招聘していただきました。高知の都市の在り方を考えるという「都市再開発セミナー」でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-0a83.html
(ブログ 人生フルーツを見て)

 2017年10月7日。早朝から始動し高蔵寺ニュータウンへ行きました。津端さんの住所も何も知りません。行けば現地に誰か知っている人が居る筈だ。そう思いこみ行きました。
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 高蔵寺駅からは離れていてバスでいかないと駄目であることを知りました。また大規模団地でありいくつも区画がわかれていて、小学校だけで複数あるようです。
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 バスの運転手さんに聞きましたがわからないとの答え。ただスマホで検索していただき、1番最初に開発された場所をバスがとうるからと言われ、乗り込みました。中央団地前で降りました。
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 雨がどんどん降って来ます。団地は坂道だらけ。丘陵を切り開き開発したことがわかります。いたるところに公園があり、雑木林が残っています。
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 歩いていた年配者に聞きましたが、誰ひとり知りません。団地が出来た頃入居したと言うご婦人にも聞きましたがわからないとの事でした。
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 栗の木があったようで、クリが無造作に落ちていました。

 雨の中2時間近く歩きましたが手がかりはありません。いい森林浴ができました。ここからだと名古屋の中心街まで電車で30分と言うところです。

 昔伊勢湾台風で大きな被害をだした名古屋市。高台移転の意義もある宅地開発事業でした。西欧の建築やビオトープの知識のある津端修一さんでしたが、高度成長時代はその理想はじつげんされることはなくありきたりの団地になってしまったようです。

 でもここを開発された意味は理解することは出来ました。

2017年10月11日 (水)

名古屋大学での意見交換会のゲストスピーカー


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 2017年10月6日(金)は、午後6時から名古屋大学情報文化学部棟4階STS4教室で、参加者との意見交換会に高知市役所地域防災推進課係長山中晶一さんと一緒にゲストスピーカーをしました。テーマは「新しい防災の考え方を求めて」です。
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 最初に室井研二准教授が挨拶されました。次に今春3月に退官された田中重好先生からも挨拶をいただきました。ずっと新しい防災のあり方を研究なさって来られました。
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 「なかなか行政は、逃げるのは難しい地域ですよ。なんてことは言えません。でも自主防災会は言えますね。


 いつもは10人程度の会合であると聞いていましたが20人を超える学識者や行政関係者、企業関係者、大学院生が参加していました。
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 最初に山中晶一さんが、高知市の立場で地区防災計画を今は下知地区でモデル事業でやっていますが、どのように全市的に広げるように横展開するのかをお話しされました。

「内閣府のモデル事業として2015年度は取組みました。当初から住民参加型の地区防災計画としてスタートしました。下知地域は各種データで説明しましたように、標高も低く(海抜0メートル)、地盤も弱く、高台もない地域です。」
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「課題解決型の防災対策ではなく、魅力増進型の防災対策として地区防災計画を推進しています。声の大きなリーダーの意見にみんなが従うのではなく、参加者皆が意見を言い合う、ワードカフェ方式で下知の地区防災計画は意見を集約させてきました。」
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「地区防災計画は、「魂を入れる」(心・仲間づくり)「仏を作る」(形・計画、モノの確保)「仏を磨く」(継続・訓練。見直し)で行われています。」

「地区防災計画を来年度には高知市防災会議に提案するようにします。高知市地域防災計画に反映していけるようにしていければと思っています。そして他の地域にも地区防災計画を広げて行きたいと思っています。」
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「黒潮町の地区防災計画は、町職員全員が担当地区を決め3人一組で地域へ入り、地区防災計画の議論を進めています。下知地区では住民が主体になった地区防災計画であると思います。」
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 下知地区減災連絡会の西村副会長のほうからは「住民目線の減災対策・主に二葉町の活動」活動実践について話をしました。

「地域住民の実態を把握するために防災世帯調査を実施しました。各世帯の人達の病歴。介護歴・障害等を書いてもらいます。服薬情報(薬手帳)も貼り付けていただきます。そして家にある防災資機材を申告していただき、専門職の資格を持った人も申告頂きました。

 町内に医師や看護師、介護師や整体師、手話通訳者、薬剤師などが町内に居られることもわかりました。」

「要支援者(80歳以上、10歳以下を防災世帯調査で把握し、役員所有の地図では、赤点で印をつけている。その結果津波避難ビルまで遠い班では、自宅から50M以内を目標に津波避難ビル指定を地区(防災会・町内会)でやりました。」

「もしもの時の疎開と言うことで6年前から山間部の仁淀川町の住民と交流をしています。空き家や公民館を借用する話をしていっています。しかし行政側の支援は具体化していません。」」

「長期的視点や大きな話をすれば、立体換地をして耐震高層住宅を事前に建設し整備すれば、揺れや、浸水、津波の犠牲者は激減します。」という話をしました。
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 意見交換会ではいろんな意見が出ました。

「いろんな地域の経験を横に広げていくことが大事です。なかなか広がらないので、今日のような会を通じて広げるべきだ。」

「研究所だけでなく、いろんな立場(地域の)人たちを集約していくことも大事です。」

「行政職員のマンパワーも不足気味。最近でこそコミュニティ防災が言われ出しました。それだけ地域の繋がりが弱って来ていますね。」

「避難所へ皆収容するのではなく、在宅避難者へも情報を正確に伝達することことが大事であると思う。」

「行政は公平を強調しすぎる。一所懸命やっている地域には、予算を傾斜配分すべきです。」

 なかなか話は尽きませんでした。有志による懇親会でも熱い議論が続いていました。ゲストスピーカーの1人をしながらの意見交換でしたので、参加者の発言内容をきちんと記録できず、断片的な記述になってしまってことをお詫びします。

2017年10月10日 (火)

仁淀川町・長者での稲刈り体験


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 2017年10月10日(火曜)。53年前の東京五輪時も快晴でした。今日の高知県は快晴。仁淀川町長者では、だんだんくらぶの皆様と下知地区代表の荒木三芳さん(二葉町防災会)と大崎修二さん(日の出・弥生防災会)2人が参加されて稲刈り体験をされました。
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 だんだんくらぶの藤村吉男さんに大変お世話になって様です。長者小の児童たちは学校行事の関係で早めに稲刈り体験授業は終了されています。

 5月26日に荒木さんも大崎さんも田植えに行かれています。その刈取りが今日でした。休み明けで父親【98歳】の通院で西村情報班長(二葉町防災会)は欠席です。
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 大崎さんが現地から稲刈りの様子を撮影し送信いただきました。晴天で気持ちよく鎌で稲刈りされています。コンバインも活躍しています。刈り取った稲の束は重ねて天日干しされています。昔ながらのの農村風景はいいですね。つい50年前の日本の姿です。懐かしいです。
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 荒木さん、大崎さんお疲れ様でした。
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